宇宙海賊シーマ・ガラハウへの雪辱を胸に、極秘の次元航行艦『ナディア』を駆るフェイト・テスタロッサ・ハラオウン。
第63管理世界『ルークス』にて、支部長ガリウスの汚職と市民弾圧を打ち砕いた彼女たちは、犯罪組織の影を追うべく、永世中立惑星『アステリア』へと旅立った。力による支配ではなく、一人の旅人として真実を見極めるため、ナディアは静かに中立宙域へと潜入を開始する。
一方、惑星ディスティニーとの平和同盟に沸く地球圏では、SDF(空間鉄道警備隊)『シリウス小隊』の有紀学とルイ・フォート・ドレイクらが月村良馬の案内で海鳴市の月村邸を訪れていた。
イスカンダル出身のユリーシャ、異世界の元管理局員であるギンガ、そして愛くるしい娘たちとの温かな触れ合いや、地球の歴史を刻む「英雄の丘」での経験は、学たちの胸に宇宙の平和を守る者としての新たな誓いを灯した。
その翌日、良馬のもとに下ったのは、宇宙戦艦『ヒューベリオン』の艦長復帰と、大マゼラン星雲・惑星イスカンダルへの特別伝令任務という重大な特令だった。
地球とイスカンダル、そして銀河鉄道を繋ぐ未来の光軌を引くため、良馬は妻のユリーシャ、娘の友莉葉と共にヒューベリオンで再び大空へと旅立つ。
真田志郎から託された親友・古代守やトチローへのメッセージを胸に、巨艦は遥かなる星の海へ舵を切った。
そしてミッドチルダの司令部では、高町なのはと八神はやてが、それぞれの道を歩み始めたフェイトの成長に思いを馳せていた。
仲間と共に自らの意志で正義を貫くフェイトを案じつつも、なのははその強さと絆を深く信頼し、未来を見据えるのだった。
次元の壁を越え、それぞれの想いを乗せた艦と旅人たちが交錯する中、物語は新たな局面へと動き出す。
宇宙戦艦ヒューベリオンが、地球圏を後にして星の海へと躍り出てから数日が経過していた。
艦内は重厚な機関の駆動音が心地よい低音を響かせているものの、クルーたちの表情にはどこか穏やかな空気が流れていた。
今回の航海ではガミラス、暗黒星団帝国の妨害もない他に月村良馬の家族――妻のユリーシャと、愛娘の友莉葉が乗艦しているからだ。
任務を離れた良馬が束の間の休息をとるため艦長室に戻ると、ユリーシャは淹れたてのハーブティーをマグカップに注ぎながら、ふと窓の外へと視線を向けていた。
「すごいね、ママ! お外がキラキラしていて、おもちゃの宝石箱みたい!」
ソファの上で小さく飛び跳ねながら、友莉葉が両手を広げてメインビューモニターを指さした。
そこには、次元の壁の向こう側に広がる極彩色の光の奔流と、息をのむほど美しい星々のまたたきが映し出されていた。
地球で見る星空とはまた違う、宇宙の深淵そのものの美しさに、友莉葉はすっかり魅了されている。
ユリーシャは優しく微笑むと、娘の隣に腰を下ろし、その柔らかい髪をそっと撫でた。
「本当に綺麗ね……友莉葉、ここはね、ママが生まれたイスカンダルへと続く海なのよ。あと少しで、ママの家族や、貴女のおじいちゃま、おばあちゃま、サーシアおばちゃまが待っている場所に到着するんだからね」
「サーシアおばちゃま?ママのお姉さん?」
「ふふ、そうよ。みんな、友莉葉に会えるのをきっとすごく楽しみにしているわ」
ユリーシャの胸には、幼い頃に離れた故郷への懐かしさと、我が子を連れて再びその大地を踏むという感慨が静かに満ちていた。
長い年月が流れ、地球という星で良馬と出会い、家族を築いた彼女にとって、この帰郷は奇跡のような時間だった。
そこへ、艦内の内線チャイムが控えめに鳴り響いた。
「はい、どうぞ」
良馬が声を向けると、ドアが開き、航海長を務める永倉が少し気恥ずかしそうな、しかし温かい笑みを浮かべて顔を覗かせた。
「月村艦長、失礼します。……いや、親愛なる特別乗客の皆様にお茶うけの差し入れだ。艦内の食堂で、若い連中が焼き立てのクッキーを作ったんでね」
永倉の手に握られたトレイには、少し形が不揃いながらも甘い香りを放つ手作りのクッキーが乗せられていた。
「わあ! クッキーだ!」
友莉葉がパァッと目を輝かせ、ピョンとソファから飛び降りて永倉の足元へと駆け寄る。
永倉は嬉しそうに屈み込むと、トレイを差し出した。
「おっ、お嬢ちゃん、どうぞ。長い宇宙の旅で飽きてないか?お前さんが艦内を探検するのを楽しみに待っているんだぞ」
「ほんと? 行きたい! パパ、お船の中を探検したい!!」
「よしよし、パパの仕事が一段落したら、一緒に探検しようか」
良馬が優しく微笑みながら友莉葉の頭を撫でると、友莉葉は「わーい!」と声を上げてクッキーを大事そうに両手で受け取った。
「永倉さん、ありがとうございます。乗組員の皆さんにも気を使わせてしまって……」
ユリーシャが恐縮そうに礼を述べると、永倉は照れくさそうに頭を掻いた。
「いやいや、ユリーシャ様! 殺伐とした宇宙の旅で、友莉葉ちゃんの無邪気な笑顔や声が聞こえるだけで、若い連中も機関室のオヤジどもも鼻の下を伸ばして喜んでいるんですから。むしろ元気をいただいているのは俺たちの方ですよ」
「永倉さん……本当に、温かい艦ですね、ヒューベリオンは」
ユリーシャは胸に手を当て、深く澄んだ瞳を緩めた。
かつてヤマトやヒューベリオンが潜り抜けてきた数々の激戦。
その果てに訪れた今の平和があるからこそ、こうして家族で星の海を旅する時間がどれほど愛おしく尊いものかを、彼女は誰よりも実感していた。
「さあ、友莉葉。永倉さんにお礼を言って、クッキーをいただきましょうね」
「うん! 永倉のおじちゃん、美味しいクッキーをありがとう!」
「おう! しっかり食べて、元気に探検するんだぞ!」
永倉は目尻を下げて豪快に笑うと、敬礼を一つ残して艦長室を後にした。
友莉葉はソファに戻ると、サクサクと音を立ててクッキーを頬張り、その美味しさに「おいしいっ!」と目を丸くさせた。
良馬とユリーシャはその愛らしい姿を隣で見守りながら、顔を見合わせて自然と微笑みを交わす。
「リョーマ……本当にありがとう。貴方と出会えて、友莉葉が生まれて……こうして故郷へ向かうことができるなんて、夢のようです」
「ユリーシャ……」
良馬はユリーシャの手の上に自分の手をそっと重ね、力強く包み込んだ。
「感謝するのは僕の方だよ。君と出会えたからこそ、俺は守るべき大切な家族を得られた……スターシア陛下や守さん、そしてトチローさんにも、俺たちが築いたこの幸せを報告してくるよ」
「ええ。お母様も、お父様も、サーシア姉様も……きっと温かく迎えてくださるわ」
次元航行の滑らかな揺れの中、ヒューベリオンは一路、大マゼラン星雲へと向かって光の軌跡を描き続ける。
かつて数多の試練と戦火を潜り抜けてきた白銀の巨艦は今、平和の使者として、そして温かな家族の愛と絆を乗せた「希望の舟」として、星々の輝く深遠なる宇宙へと進んでいくのだった。
その頃、シーマ・ガラハウの行方を掴むために永世中立惑星アステリアへと到着した次元航行艦ナディア。
アステリアは、表向きはどの主要勢力にも属さない自由貿易の星。
しかし、その実態はまさにアメリカ開拓時代の西部を思わせる荒くれ者たちの無法地帯であった。
木造の建物が立ち並ぶメインストリート。
風が吹くたびに舞い上がる砂塵。
腰にガンベルトを巻き、つばの広いハットを深めに被った、ならず者や賞金稼ぎたちが、荒野の酒場(サロン)の前で行き交っている。
「……すごいくつろげなさそうな街ですね、艦長」
変装として、時空管理局の制服ではなく長めのポンチョと革のブーツを身にまとったチンクが、帽子の庇(ひさし)を指で押し上げながら呟いた。
「ええ……エルトリアやルークスとは全く違う空気感ね」
フェイトもまた、金髪を軽く束ね、シンプルな旅人風の革コートを羽織っていた。
(此処が中立惑星なのは、無法地帯だからじゃないかしら?)
此処がエルトリアと同じ永世中立惑星なのは中立ではなく、無法地帯だからではないのかと思うフェイト。
管理局でもこの星の存在を知っても、エルトリアの様に無理矢理管理世界へ編入させるのか首を傾げるような星だった。
「アステリアは中立条約を盾に、どんな指名手配犯や海賊であっても『街の中で武器を出さない限り』は受け入れる星……だからこそ、シーマ・ガラハウのような裏社会に通じた人物が情報や物資を集めるには格好の場所よ」
「他にも『他人の自由と酒には手を出すな‥‥』と入国前に通信で忠告を受けました」
二人が足を踏み入れたのは、街で一番の賑わいを見せる酒場『ワイルド・ロデオ』。
観音開きのスイングドアを押して中へ入ると、ギシギシと床板が鳴り、入店した途端に煙草の煙と安酒の匂い、そして荒くれ者たちの視線が一斉に突き刺さってきた。
「へい、お嬢さんたち。ここらじゃあ見かけない顔だな?ここは女・子供が来るような場所じゃねぇぞ?」
カウンターの奥でグラスを拭いていた髭面のバーテンダーが、低くしゃがれた声で声をかけてくる。
フェイトは動じることなく静かにカウンターへ歩み寄ると、銀貨を何枚かチャリンとテーブルの上に滑らせた。
「旅の者よ。喉を潤す飲み物と……少しばかりの『新鮮な噂話』を買いにきたの」
バーテンダーは銀貨をサッと手元に引き寄せると、ニヤリと汚い歯を見せて笑った。
「威勢がいいねぇ。で、どんな噂がご所望だい? 賞金首の値段かい? それとも暗黒街の取引場所かい?」
「……最近、この街に立ち寄った女性の海賊について知りたいの。黒髪で鋭い目つきをした女海賊……シーマ・ガラハウという名に心当たりはない?」
その名が出た瞬間、酒場内の騒がしさがほんのわずかに静まり返った。
バーテンダーは目を細め、声のトーンを落とした。
「……シーマ・ガラハウだと?おい、おい、お嬢ちゃんたち、アンタら命が惜しくないのか? あの女狐なら数日前にこの街の『裏情報屋』――ウエスタン・ドックのジャンク屋の老いぼれと密会していたぜ。だが、あいつの追っ掛けをやっていた連中は、みんな荒野のハゲタカのエサになったって話だ。悪い事は言わねぇ、アイツを追いかけるのは止めな」
「ジャンク屋……」
フェイトはチンクと視線を交わした。
まさにその時――酒場のスイングドアが乱暴に蹴り開けられた!
「おいおいおい! 景気のいい話をしているじゃねぇか、お嬢ちゃんたち!」
入ってきたのは、両腰にリボルバー式の大型魔導銃を吊るした、見るからに質の悪そうな賞金稼ぎの一団だった。
首領らしき大男が、下品な笑みを浮かべながらフェイトたちの前に立ちはだかる。
「お前さんたちからは時空管理局の匂いがプンプンするぜ……そんな上等な身なりで、このガンフロンティアみてぇな街を無事で歩けると思っていたのか? シーマの情報を知りたきゃ、俺たちにたっぷりと『案内料』を払ってもらおうか!?」
ジャキッ、と一斉に銃口がフェイトとチンクに向けられる。
しかし、フェイトの瞳には一切の揺らぎもなかった。
彼女は静かにコートの裾を払い、荒野の乾いた風を受けながら、静かに告げた。
「……断るわ。私たちは、力で人を脅すようなやり方には屈しない」
荒野の酒場で張り詰める緊張感。
シーマ・ガラハウの影を追うフェイトたちの、アステリアでの情報戦とスリリングな交渉が今、幕を開けようとしていた。
「ハッ! こっちが下手でいれば生意気な口を利きやがる! ガキ扱いして優しくしてやろうと思ったが……身ぐるみ剥いで売り飛ばしてやるぜ!」
「その前に十分に楽しませてもらうけどな!!」
首領の大男が下品な高笑いを上げ、一斉に引き金へと指がかけられた――その瞬間。
「甘い」
チンクの短い呟きと同時に、静寂が破られた。
ドカッ!
チンクは身を翻すと同時に、腰のベルトに擬態させていたアームドデバイス『シェルタン』の特殊鋼ワイヤーを放ち、目の前の大男の足首を絡め取って豪快に引き倒した。
「ぐはっ!?」
「な、なんだと――!?」
手下が驚愕して銃口を向け直そうとしたが、既に遅い。
シュッ――と風を切る音と共に、金色の光芒が酒場の中を駆け抜けた。
フェイトがコートの下から解き放ったのは、待機状態にしていたバルディッシュ・アサルト。
魔力光を帯びた刃の背で、フェイトは流れるような居合の動作から手下たちの手首や膝の関節を的確に一撃で強打(ストライク)していく。
ガンッ! ガキンッ!
「あがっ!?」
「お、俺の銃が……!?」
銃は一瞬で叩き落とされ、荒くれ者たちは悲鳴を上げながら床に転がった。
魔法の直撃ではなく、打撃による完璧な力加減と圧倒的な体術――魔導師としての精密な制御能力による撃退だった。
わずか数秒。
あんなに威勢のよかった賞金稼ぎの一団は、全員が呻き声を上げながら床にのたうち回る破目となった。
酒場の片隅で様子を窺っていた他の荒くれ者たちやバーテンダーは、あっけにとられて息を呑んでいる。
フェイトは静かにバルディッシュを収めると、床に伏せる首領の大男を見下ろした。
「私たちは、無用な争いをするつもりはないわ……だけど、他人の自由や尊厳を奪おうとする暴力には、絶対に屈しない」
その時、酒場の観音扉が勢いよく開き、つばの広いハットを被った保安官(シェリフ)風の男たちが慌ただしく踏み込んできた。
このアステリア街区の治安維持を担当する自警団だ。
「何事だ! 銃撃戦か!?」
自警団の長が手にリボルバーを構えて飛び込んできたが、目の前の光景――転がる賞金稼ぎたちと、無傷で立つフェイトとチンク――を見て目を丸くした。
バーテンダーが急いで手を振る。
「保安官! こいつは正当防衛だ! こっちの『ジャック一派』が一方的にお嬢さん方を囲んで、脅迫して手を出そうとしたんだ! お嬢さんたちは自分たちの身を守っただけで、酒場の備品にも傷一つ付けちゃいねえよ!」
「なんだと……あの大悪党のジャック一派を、二人だけで……?」
保安官は転がる男たちの顔を確認すると、深くため息をつき、リボルバーをホルスターに収めた。
「ふん……なるほどな。ジャック、貴様らは前々から他人の自由を害し、街の中立規約を破ってカツアゲや脅迫を繰り返していた。今回の件はお前の自業自得だ。……おい、お前たち! こいつらを町外れの牢屋へ連れて行け!」
「は、はいっ!」
部下たちが手際よく賞金稼ぎたちを連行していく中、保安官はフェイトたちに向き直り、ハットの庇に手を当てて軽く一礼した。
「見事な腕前だな、お嬢さん方。アステリアの中立協定は『他人の自由や権利を不当に侵さない限り、個人の身の安全と自由を保障する』ものだ。今回は明らかに相手側の違法行為と自由の侵害だ。あんたたちにお咎めは一切ない。むしろ、街の害虫を退治してくれて感謝したいくらいだ」
「……ありがとうございます」
フェイトは静かに頭を下げた。
トラブルを無事に回避し、正当性が認められたことで、酒場の空気は一変した。
周りの客たちも、フェイトたちの圧倒的な強さと筋の通った態度に一目置くような視線を向けている。
バーテンダーはニヤリと笑うと、新しいグラスをカウンターに置いた。
「ハッ! 肝の据わったお嬢さん方だ。約束通り、ジャンク屋の老いぼれの場所を教えてやるよ……あいつはウエスタン・ドックの奥、廃棄船のパーツが山積みになっているガレージにいる。シーマの女狐と何の話をしていたかは、直接あいつの口から吐かせな」
「感謝します」
フェイトは力強く頷くと、チンクと視線を交わし、乾いた風が吹き抜けるアステリアの街並みへと再び踏み出した。
シーマ・ガラハウの手がかりへ至る道が、今、静かに開き始めていた。
酒場を後にしたフェイトとチンクは、アステリアの街外れに位置する『ウエスタン・ドック』へと足を運んでいた。
風が吹き抜けるたびに、錆びついた金属の軋む音がカランと虚しく響く。
打ち捨てられた宇宙船の装甲板や巨大な推進ノズルが山のように積み上げられたその場所は、まさに廃棄船の墓場と呼ぶにふさわしい光景だった。
その一角、古びたコンテナを改造したガレージの奥で、一人の小柄な老人が油に塗れたスパナを手に、古いジェネレーターの分解作業に没頭していた。
「……何の用だ?お嬢ちゃん方。ここは骨とう品の買い取り以外お断りのジャンク屋だぜ」
老人は振り向きもせず、しゃがれた声で短く吐き捨てた。
フェイトとチンクはどう見ても客には見えない。
なので、老人は体よく二人を追い返そうとした。
「貴方が、ジャンク屋の店主さんね?……単刀直入にお聞きしたいの。数日前、ここを訪れたシーマ・ガラハウについて教えてほしいの」
フェイトが静かに語りかけると、老人のスパナを動かす手がピタリと止まった。
ゆっくりと振り返った老人の目には、長年この無法地帯で生きてきた者特有の鋭い光が宿っていた。
フェイトたちの身なりと、その佇まいから醸し出される気品を見抜き、深く溜息をつく。
「……時空管理局の狗共か?悪いが、客の個人情報をそう簡単にペラペラと喋るほど、俺も落ちぶれちゃいねぇよ。お前さん方がいくら偉そうなバッジを持っていようが、ここはミッドチルダでも管理局が支配する管理世界でもねぇ、永世中立惑星アステリアだ。俺の口を割らせたけりゃ、それ相応の筋を通してもらおうか?」
老人は腕を組み、不敵に鼻で笑った。
「くっ……」
チンクが思わず眉をひそめ、一歩前に出ようとする。
だが、ここで力づくで口を割らせるわけにはいかない。
いくらシーマのような危険人物と取引のある闇商人とはいえ、相手は抵抗の術を持たない老人だ。
手荒な真似をすれば、今度は自分たちが「他人の自由や権利を侵害した側」としてアステリアの法に触れ、拘束されてしまう。
老人もそれを分かっているからこそのこの態度なのだろう。
何より、力で屈服させるやり方は、ルークスでの過ちを乗り越えたフェイトの本意ではなかった。
「チンク、待って」
フェイトはチンクをそっと手で制すると、まっすぐに老人を見つめ返し、深く頭を下げた。
「無理に話させようとして、ごめんなさい。でも……私たちは、ただ彼女を捕まえたり、復讐したりするために追っているんじゃないの。シーマ・ガラハウが何をしようとしているのか、その真実を知りたいの」
真摯で迷いのない深紅の瞳。
その真っ直ぐな眼差しに触れ、老人は少しだけ毒気を抜かれたように眉をひそめた。
老人は近くにある廃材の上にどっかりと腰を下ろし、煙草に火を点け、紫煙を細く吹き出しながら、ぽつりと呟いた。
「……フン。世間じゃあいつを、冷酷無比な宇宙海賊だの、裏切り者の悪女だのと好き勝手に呼んでいるがね……」
老人は遠い目をして、積み上がったジャンクの山を見上げた。
「シーマ・ガラハウは、世間で言われているような悪女じゃねぇよ」
「……っ!?それは、どういうことだ?シーマが悪女じゃないだと!?」
チンクが思わず身を乗り出し、問いただす。
「世間の評判と違うというなら、彼女は何のために情報を集め、何のために動いている? 詳しく事情を聞かせてくれ!」
老人は煙草の灰をトントンと落とすと、首を横に振った。
「そいつは直接アイツに会って確かめてみな……これ以上は俺の口から言うことじゃねぇ」
老人は作業台の引き出しから、小さなチップを取り出し、放り投げるようにフェイトへ差し出した。
「アイツが向かっている町の座標だ……」
老人がフェイトに渡したのはこの星の町の地図データの様だ。
「アイツと話をしてぇなら、武器を向けず、腹を割って話す態度を示せば……気まぐれで話をしてくれるかもしれねぇぞ。あの女は、自分の筋を通そうとする奴の言葉なら、一応は聞き届けるだけの『気骨』を持ち合わせている」
フェイトは受け取ったチップを大切に胸に抱え、老人に向かって深く感謝の礼を捧げた。
「ありがとうございます……絶対に、彼女と直接話してみせます」
「フン、お節介なガキ共め。ハゲタカに骨も残さず貪られなきゃいいがな」
背後で老人が悪態をつく声を背に受けながら、フェイトとチンクはガレージを後にした。
海賊という悪名の下に隠された、シーマ・ガラハウの真の姿。
力ではなく「対話」によって真実を解き明かすため、フェイトたちはシーマが向かっている町へと急ぎ向かうのだった。
此処で視点は再びイスカンダルを目指すヒューベリオンへと移る。
他の星間国家からの妨害もなく、無事に大マゼラン星雲の深遠を超えた白銀の巨艦・ヒューベリオン。
そのメインモニターいっぱいに広がったのは、かつて地球を救った命の源流であり、いまなお幻想的な美しい蒼光を放つ惑星イスカンダルの姿があった。
イスカンダルの宮殿に通信を送り、入国許可を貰うヒューベリオンは、イスカンダル側からの誘導に従って、王都クリスタル・パレスの近くの海へと滑らかに着水を果たした。
そのまま海上走行をして、港へと停泊する。
隣の桟橋には守たちがイスカンダルへ戻る際、使用した雪風・改が停泊している。
澄み渡る風がそよぐ中、降り立った月村良馬、ユリーシャ、そして良馬の手にギュッとすがりつく友莉葉を迎えたのは、忘れもしない懐かしい顔ぶれであった。
優雅な笑みをたたえる女王スターシア。
その傍らで腕を組み、どこか悪戯っぽい眼差しを向けるトチロー。
そして、暗黒星団帝国との戦いにおいてデザリアム星からサーシアを命懸けで救い出し、現在はイスカンダルで共に暮らすジェレミアと、彼に寄り添うロベル。
サーシアの腕には、彼女とジェレミアとの間に生まれた愛くるしい女の子・一架(いちか)が抱かれており、サーシアのふっくらとしたお腹には、既にもうひとつの新しい命が宿っていた。
「お母様!!お姉様!!」
ユリーシャが瞳を潤ませて駆け寄り、スターシアやサーシアと深く抱き合う。
「よく無事に戻りましたね、ユリーシャ……そして、まあ……なんて愛らしい子でしょう」
スターシアは温かな眼差しで、良馬の後ろからおずおずと顔を覗かせる友莉葉を見つめ、優しく微笑んだ。
「うん。私とリョーマの子供‥‥友莉葉って言うの」
ユリーシャが母となった喜びに、女王としての慈愛に満ちた表情が柔らかく崩れる。
スターシアが友莉葉の下へと歩みより、
「はじめまして、友莉葉ちゃん。私があなたのおばあちゃまですよ」
「おばあちゃま……! すごく綺麗……!」
友莉葉が目を輝かせる傍らで、サーシアも抱っこしていた一架をあやしながら「友莉葉ちゃん、一架のお姉ちゃんになってね」と嬉しそうに目を細めていた。
――だが、その温かな空気とは対照的に、一歩前へ踏み出してきた男がいた。
ユリーシャの父であり、古代進の兄であり、かつて地球防衛軍の英雄として戦い抜いた男――古代守である。
守は静かに歩み寄ると、腕を組んだまま、影の差した実に恐ろしい笑みをその顔に浮かべた。
「……やあ、月村艦長。久しいな」
「こ、古代先輩。お久しぶりです……」
良馬の背中に冷たい汗がドッと噴き出しながら守に深々と頭を下げる。
守の背後からは、目に見えるような圧倒的な威圧感(オーラ)が立ち上っていた。
「いやぁ~地球とイスカンダルを結ぶ使節として来てくれたことは誠にめでたい……うん、めでたいんだがね」
守の鋭い視線が、良馬と、ユリーシャ、そして友莉葉を往復する。
「……なあ、月村。説明してもらおうか?俺が地球を旅立つ際、幼いユリーシャを君に託したはずだ。暗黒星団帝国との戦いが終わった後にもな‥‥『妹として、大切な家族として守ってやってくれ』と……それがどうして、俺がイスカンダルに戻っている間にユリーシャが君の妻になり、孫まで抱いて帰ってくることになっているんだ……ん?」
ゴゴゴ……と効果音が聞こえてきそうな守の迫力に、さしもの勇将・月村良馬もタジタジとなり、思わず一歩後ずさった。
「せ、先輩。これには深い理由と言いますか、色々な経緯がありまして……!」
「ほう、色々とな? それじゃあ、ぜひともじっくりと聞かせてもらおうじゃないか。男同士、腹を割ってな……」
ボキボキと指を鳴らしかねない勢いの守に対し、横で見ていたトチローが、
「ヤベェ、古代の奴、顔がマジだぜ!」
と、ちょっと引いていた。
ジェレミアも「ふむ、娘を持つ父親の心理とはこれほどまでに苛烈なものか。興味深い観察対象だな」と顎に手を当てて感心している。
「いえ、ドクターも奥様を妊娠させた際は大旦那様に詰め寄られていましたよ」
と、ロベルが冷静にツッコミを入れる。
彼もサーシアを妊娠させた時、同じような経験をした筈なのだが、自分が体験するのと、第三者として見るとでは感じ方が異なるようだ。
「守、やめなさい。月村さんを困らせてどうするのです?どう言った経緯があったにしろ、ユリーシャが母になり、友莉葉が私たちの孫である事には変わりないのですよ」
スターシアが呆れたようにクスっと笑って諫めるが、守の「娘を嫁に取られた父親」としての追及の手は緩まない。
「せ、先輩。聞いてください!」
良馬はビシッと直立不動の姿勢をとると、滝のような汗を流しながらも、真っ直ぐに守の目を見つめ返した。
そして、ユリーシャと結婚する経緯を守に話した。
「‥‥と、言う事があり、事後報告となってしまった非はどんな制裁もお受けします! ですが、ユリーシャへの愛と覚悟に一切の偽りはありません!!」
命懸けの叫びとも言える良馬の熱弁。
しばしの沈黙が、クリスタル・パレスの広場を支配した。
やがて――守は深いため息をつくと、顔を覆っていた恐ろしい笑みを消し、どこか晴れやかな、そして少し寂しそうな苦笑いを浮かべた。
「……フッ、まったく。最初から断れるわけがないだろう、そんな顔をされたらな」
守は歩み寄ると、良馬の肩をぽんと力強く叩いた。
「守れなかった約束の代わりに、最高の幸せをユリーシャに与えてくれたんだ。父親として、感謝こそすれ怒る筋合いはないさ。……よくやってくれた、月村」
「せ、先輩」
「ただし!」
守はニヤリと笑うと、友莉葉の前で膝をつき、目線を合わせた。
「これからは『おじいちゃん』ではなく『守おじさん』と呼ばせるように。……いいな?」
「えーっ!? そこですか!?」
良馬のズッコケるような叫びに、ユリーシャやサーシア、そしてクルーたちからドッと温かな笑い声が巻き起こった。
緊張が解けたイスカンダルの大地に、遠く離れた星々を越えて繋がった家族の絆と、新しい命の祝福が爽やかな風と共に満ち渡っていくのだった。
緊張感のあった挨拶も和らぎ、一行はクリスタル・パレスの落ち着いた応接の間へと通された。
良馬は胸ポケットから、真田志郎から託された小さなデータディスクをそっと取り出すと、テーブルの中央へ置いた。
「先輩、トチローさん。これは出航前、真田さんからお二人へ預かってきたデータディスクです。地球の『今』の姿、そして真田さんたちの想いが詰まっています」
「真田から……!」
「真面目なアイツらしいな」
守が懐かしそうに目を細めてディスクを手に取り、トチローは待ちきれないといった様子で持参のデバイスを取り出し、即座にデータを読み込んだ。
「相変わらず真田の奴、几帳面な仕事してやがるぜ! おっ……なんだ?ありゃ!? この複雑極まりない次元軌道計算と、流線型の車両設計データは……『銀河鉄道』だと!?」
トチローの目が技術者としての強烈な好奇心でらんらんと輝き出す。
良馬は静かに頷き、応接間のホログラムプロジェクターを作動させた。
空間に浮かび上がったのは、復興を遂げた青い地球の姿と、そこに刻まれた数々の歴史、そして現実の記録映像であった。
「そして、こちらが、皆様にご報告しなければならない、地球の現状があります」
良馬の言葉に、スターシアや守、ジェレミアたちも真剣な表情でホログラムを見つめる。
「度重なる外宇宙からの侵略……ガミラス、暗黒星団帝国、そして様々な脅威との戦いの果てに、地球の人口は激減しました。その危機的状況を打開するため、連邦政府は苦渋の決断として『一夫二妻制』を含む特別な婚姻法を採用するに至りました」
「なるほど……だから月村、君は中嶋さんの娘さん(ギンガ)とユリーシャの二人を妻に迎えたというわけだな」
守が納得したように深く頷く。
「はい。そして……宇宙ではさらに壮大な変革が起きています。銀河系中心部で起きた別銀河との『銀河交叉』。それに伴い現れた未知の宙域と、惑星国家『ディスティニー』との出会いです」
ホログラムには、宇宙の闇を切り開くように敷かれた光り輝く線路――『光軌』と、その上を力強く駆け抜ける銀河鉄道の列車群が映し出された。
「地球圏はディスティニーとの歴史的な平和同盟を結びました。そして現在、ディスティニーから地球へと銀河鉄道の光軌が乗り入れを開始しています。……そして、連邦政府および山南司令官からの真の伝令は、ここにあります」
良馬はスターシアを真っ直ぐに見据えた。
「この銀河鉄道の光軌を、大マゼラン星雲……ここイスカンダルへと延伸する計画の提案です。武力や協定だけでなく、誰もが自由に行き来できる『線路』で星と星、心と心を繋ぎたい。それが地球の望みです」
応接間に静寂が訪れた。
トチローはホログラムの車両データを食い入るように見つめながら、感嘆の声を漏らした。
「すげぇな……次元の壁を線路で越えるたぁ、とんでもねぇ発想だ。真田の野郎、こんなすげぇものに関わってやがったのか!? 設計思想に一切の無駄がねぇ……!」
「……地球も、たくましく未来へ歩み出しているのだな」
守もまた、自らが守り抜いた故郷の逞しい姿と親友たちの活躍に、胸を熱くさせていた。
そして、皆の視線が女王スターシアへと集まる。
スターシアはホログラムに映し出される光芒を見つめ、そっと胸に手を当てた。
「かつてイスカンダルは、滅びゆく地球へサンザー太陽系への道筋とコスモリバースシステムを授けました。それは救済のためであり、当時の私たちは星々の間に直接的な交わりを持つことを怖れてもいました……」
スターシアの美しい瞳に、温かな光が宿る。
「ですが、時代は変わりました。地球の人々が絶望を乗り越え、異なる世界と手を取り合い、このような温かな『絆の道』を創り上げたのですね。……ユリーシャが地球で愛を知り、友莉葉という新しい命が生まれ、サーシアもまたジェレミアと共に未来を紡いでいる。星と星を隔てる距離は、もはや恐怖や孤立の理由ではありません」
スターシアは立ち上がり、良馬へ向けて優しく、しかし確固たる笑みを浮かべた。
「月村艦長……いえ、地球の使者よ。イスカンダルは、銀河鉄道の乗り入れを喜んで受け入れましょう。大マゼランの青い海に、希望の光軌が架かる日を心から楽しみにしています」
「スターシア陛下……! 感謝いたします!」
良馬が力強く礼を述べると、トチローが腕をまくり上げて躍り出た。
「おいおい! そうと決まれば黙っちゃいられねぇぞ! 守、ジェレミア! イスカンダル側の受入ステーションの設計、俺たちで取りかかろうぜ! 地球に居る真田や技術屋連中ども驚かせてやるんだ!」
「フッ、いいだろう。真田への最高のお返しになりそうだ」
守が不敵に笑い、ジェレミアも「未知の移動インフラとイスカンダル技術の融合……知的好奇心が刺激されるな」と不敵な笑みを浮かべた。
地球とイスカンダル‥‥
過去に救い、救われたふたつの星が、いまや「対話と鉄道」という新しい未来の架け橋によって、より深く強く結ばれようとしていた――。
同僚を失い傷心のユーノ、そんな彼の身を案じたなのはの今後の進展について
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付き合っちゃえ
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お友達のままで