大マゼラン星雲の孤高なる美しき星・イスカンダル。
女王スターシアの英断により、地球圏と銀河鉄道を繋ぐ「光軌(こうき)」の延伸計画は正式に採択され、トチローや守、ジェレミアらを巻き込んだ壮大な技術協力の幕が上がった。
かつて戦火に焼かれたふたつの星は今や、鉄路と対話という最も平和的な絆によって、新たな未来へと舵を切ろうとしていた。
一方、その星々の海を隔てた永世中立惑星『アステリア』では――。
力による支配を排し、「対話」と「真実」の道を模索するフェイト・テスタロッサ・ハラオウンの姿があった。
ジャンク屋の老人から託された座標を頼りに、フェイトとチンクが辿り着いた荒野の果て。
そこで待ち受けていたのは、宇宙海賊として悪名を背負う「シーマ・ガラハウ」その人であった。
世間が囁く冷酷な裏切り者という虚飾の裏で、彼女は何を求め、何を背負って生きているのか。
銃口ではなく、互いの信念をかけた静かなる対話の末に、フェイトが知る「真実」とは?
星々の海は、新たな航路(みち)の先へと彼女たちを導いていく。
アステリアのとある町の郊外。乾いた荒野を吹き抜ける風が、ざわめく野次馬たちの熱気と砂ぼこりを運んでいた。
人々の視線の先で対峙していたのは、屈強な体格をした一人の男と黒髪を風になびかせる宇宙海賊――シーマ・ガラハウその人だった。
「シーマ・ガラハウ、わりぃがアンタの首にかかっている賞金、俺がいただくぜ」
男は不敵な笑みを浮かべ、あからさまな挑発の視線を向ける。
一獲千金を夢見るハイエナの類か?
あるいは己の腕に過信した愚か者か?
対するシーマは、面白そうに片眉を吊り上げ、冷ややかな眼差しで男を値踏みするように見据えた。
「はん、随分と威勢がいいじゃないか、野蛮人。獣でさえ本能で危険を察知できるのに、この私に挑むとはアンタは獣以下か?」
「ふん、負け犬の遠吠えだな。せいぜい今の内に吠えていろ」
舌戦がピタリと途切れた瞬間、周囲の空気が凍りついた。
これは中立惑星アステリアに認められた「決闘」――自警団に届けを出して許可が下りれば、武器の使用と命のやり取りさえも法的に許容される‥‥この星独特の残酷な娯楽である。
男の腰にはガサツな作りのレーザー銃。
一方、シーマの腰には、使い慣れた拳銃型のデバイス。
一瞬の静寂‥‥両者はタイミングを見計らっている。
そして、両者がカッと目を見開き、電光石火の早業でホルスターから武器を抜き放つ。
――パンッ!
荒野に乾いた銃声が鳴り響いた。
両者ともに射撃姿勢のままピタリと動きを止める。
数秒の沈黙の後、男の手からレーザー銃が音をたてて砂の上に落ちた。
続いて、男の巨体が崩れるように荒野の大地に倒れ伏す。
「勝者、シーマ・ガラハウ!!」
立会人の自警団員の宣言が響き渡ると、観客からどよめきと興奮の歓声が巻き起こった。
決闘の余韻が冷めやらぬ中、シーマは手際よく愛用のデバイスをホルスターに納めると、賭けの運営を取り仕切る集計人のもとへと歩み寄った。
「賭けの総売上に対するあたしの取り分は?」
シーマが声をかけると、集計人は冷や汗を拭いながら手元の端末を操作し、報酬のチップを差し出した。
「えっと……あんたが勝つ方に賭けた奴が多かったから、倍率は低めだね」
集計人が冷や汗を拭いながら手元の端末を操作し、報酬のチップを差し出す。
「それじゃあ、売り上げの3%はあたしがもらうよ」
「あいよ、毎度あり……っとに、怪物みたいな強さだぜ」
手に入れたばかりのずっしりとした報酬をポケットに放り込み、シーマは先ほどまでの殺気から打って変わってホクホク顔で町へと足を踏み入れた。
乾いた風が酒場の暖簾代わりの重いレザーシートを揺らし、荒野の熱気をかすかに店内に運び込む。
町はずれの飲食店兼酒場は、昼下がりということもあって客の姿もまばらだった。
薄暗い店内には、安酒と揚げ物の匂い、そして古びた換気扇の低い作動音が満ちている。
シーマは迷いのない足取りで店の奥へと向かった。
薄暗いボックス席の片隅。そこで一人、冷めかけたスープと向き合っている小柄な男‥‥ベンツの姿があった。
シーマはため息をひとつ吐くと、先ほど手に入れたばかりの報酬チップの袋を、彼のテーブルの傍らに無造作に放り投げた。
「ほら、さっきの決闘の金さ、アンタの船の建造費にでもしな」
金属質の重い音が木製のテーブルに響く。ベンツは匙を止め、じっとその袋を見つめた後、静かに首を振った。
ベンツは匙を止め、じっとその袋を見つめた後、静かに首を振った。
「‥‥いらない」
シーマは眉をひそめ、面白くなさそうに鼻を鳴らした。
「おや? どうした? 金が無くて困っているんだろう?」
「アンタにはこの前、船に必要なパーツを貰ったばかりだ。その代金もまだ全部払っていないのに‥その上、金まではもらえない」
ベンツの目は頑なだった。惨めさに怯む眼差しではない。己の矜持と、シーマへの申し訳なさの狭間で揺れる直向な瞳だ。
シーマが先日、あの胡散臭いジャンク屋の老人を訪ねたのは、まさにこの男のためであった。
もちろん、ただのパーツ集めではない。
ジャンク屋の老人に大金を叩きつけ、手に入る限り最高級の耐熱合金と高出力スラスターの部品を発注させ、彼のために整えさせたのだ。
ベンツはゆっくりと視線を上げ、シーマの顔を直視した。
「なぁ、アンタほどの人物がどうして俺なんかの為に此処までしてくれる? 俺はこの通り、見た目もさえないちび男だ。やろうとすることだって、アンタからすればちんけで馬鹿みたいな事だろう?」
彼が挑もうとしているのは、このアステリアの極北領域に存在する「二連星太陽」――その激しいプロミネンスが交錯する超高熱帯を突っ切るという、決死の飛行実験「炎のチャレンジ」だ。
名誉のためか?
夢のためか?
宇宙の過酷さを骨の髄まで知るシーマから見れば、死に急ぐ自殺行為にしか思えない挑戦。
しかし彼女は、カウンターに届いていた冷えた酒のグラスを手に取り、フッと自嘲気味に笑った。
「そうさね、アンタのやろうとしている事は確かにバカで無謀な事だ。でもね――そんなバカはバカでも、あたしが嫌いなバカじゃない」
シーマの目が、ふっと遠い過去の情景を見つめるように深くなる。
宇宙の棄民として泥を啜り、生き残るために悪名を背負ってきた自分。
力や欲望のために他者を踏みにじる「下劣な馬鹿」は嫌というほど見てきた。
だが、見返りも求めず、ただ己の命を燃やして未知の領域へ挑もうとする男の真っ直ぐな瞳は――シーマの胸の奥底に眠る、冷え切っていた何かをわずかにくすぶらせるのだ。
「世の中にはね……そんなバカを応援するバカも居るって事さ」
シーマは手に持ったグラスを一気に煽り、強いアルコールを喉へと流し込んだ。
空になったグラスをカンとテーブルに置くと、彼女はフッと口元を緩める。
「今回の金は、そんなバカに対するバカからの投資だと思いな。生きて帰ってから返せばいいさ」
言い捨てると、シーマは男の返事も待たずに立ち上がった。
テーブルの上に酒の代金を無造作に置くと、一度も振り返ることなく、長靴の音を響かせて店を出て行く。
「……待ってくれ、シーマさん!」
ベンツの声が背中に届いたが、シーマはひらひらと片手を振ってみせただけだった。
店を出ると、外の眩しい太陽と乾いた風が再び彼女を包み込む。
(二連星太陽の炎を突っ切る舟‥か‥‥)
「ふん……とんだ物好きだよ、あたしも」
シーマはポケットに手を突っ込み、眩しそうに空を仰いだ。
その時だった。
「……見事な手際でしたね、シーマ・ガラハウ」
荒野の砂風を切って届いたのは、凛とした、だがどこか寂しげな少女の声だった。
シーマがゆっくりと視線を落とすと、路地の影から二つの人影が歩み出てくるところだった。
黒いバリアジャケットに身を包み、黄金の髪をなびかせる少女――フェイト・テスタロッサ・ハラオウン。
そしてその傍らには、チンクの姿もあった。
「ほう……?」
シーマは片眉を跳ね上げ、腰のデバイスへ自然に手を伸ばしかけたが、立ち開かる二人の瞳に「敵意」がないことを見抜き、動きを止めた。
「ハイエナの残党かと思ったが……随分と綺麗なお嬢ちゃんたちじゃないか。このあたしに何の用だい?この前のリベンジを次元の海じゃなくて此処でやろうって事かい?」
「いいえ」
フェイトは静かに首を振り、まっすぐにシーマの瞳を見つめ返した。
「私たちは、ジャンク屋の老人に教えられてここに来ました。……あなたが何のために金を稼ぎ、何のためにパーツを集めているのか。『真実』を確かめるために」
「真実、ねぇ……」
シーマはあざ笑うように肩をすくめた。
世間が自分につけた「冷酷無比な宇宙海賊」「裏切り者」というレッテル。
そんなゴシップを真に受けて追いかけてきた平和ボケの連中かと、吐き捨てるつもりだった。
しかし、フェイトの瞳には、一切の偏見や無知な恐怖はなかった。
ただ「対話」を望む、強い信念の光だけが宿っていた。
「……物好きなガキどもだ」
シーマは煙草をくわえ、火をつけると、紫煙を風に散らした。
「いいかい、お嬢ちゃん。あたしが背負っているものは、アンタみたいな光の中にいる奴らが知るべきものじゃないんだよ……だが、どうしても話を聞きたいって言うなら」
シーマは視線を、先ほど出た酒場の奥、あの「炎のチャレンジ」に挑む男のいる方角へと向けた。
「あの馬鹿のチャレンジが終わってからだ」
「チャレンジ?」
「あの男のチャレンジが終わるまで、あたしはこの町に居る。逃げも隠れもしない」
そう言い残して、シーマは踵を返してフェイトたちの前から去る。
「チャレンジって、何かこの町でイベントでもやるのかな?」
「さ、さあ‥‥でも、艦長どうする?」
「‥‥シーマ程の人物が管理局員二人に対してあたふたして逃げ回るとはとても思えないわ。此処は彼女の言葉を信じましょう」
そう言ってフェイトは先ほどシーマが入っていた店に入る。
チンクも後を追う。
そこで、フェイトは店のバーテンダーに話を聞く。
「すみません」
「はい?なんでしょう?」
「さっき、店の外である女の人と話したんですけど、その女性の知り合いの方が何かしらのチャレンジをすると聞いたのですが‥‥」
「チャレンジ?ああ、それはきっとあの事だな」
フェイトの話しを聞いてバーテンダーは『チャレンジを』と言う言葉に反応した。
「ああ、きっと『炎のチャレンジ』のことだろうね」
バーテンダーはグラスを布巾で手際よく拭きながら、顎で店の奥のボックス席を指し示した。
「この町じゃあちっとは有名な話さ。あそこに座っている小柄な兄ちゃん……ベンツってんだがね。この星から北方方向にある二連星太陽のプロミネンス領域を、自作の小型艇で突っ切ろうとしているのさ」
「二連星太陽のプロミネンスを……!?」
フェイトは息をのんだ。
過酷な宙域や惑星環境をいくつも見てきた時空管理局の執行官として、その過酷さは容易に想像がついた。
二つの超高熱の太陽が接近し合い、互いの重力と磁場で巨大なプラズマの炎を噴き上げ続ける極限地帯。
防護策のない船など、接近するだけで一瞬の内に蒸発してしまう。
「無謀だ!!いくら何でもただの自殺行為じゃないか!?」
傍らのチンクが眉をひそめ、信じられないといった様子で呟く。
戦闘機人である自分でも通常の人間よりは頑丈な身体であるが、さすがに自分でもプロミネンスの炎の河を渡ろうとは思わない。
「そうさ、誰もがそう言うよ」
バーテンダーは肩をすくめ、苦笑いを浮かべた。
「だがな、あいつは本気なんだ。亡くなった親父さんが果たせなかった夢なんだとさ。あいつ自身の夢でもある。誰もが見捨てた無謀な企みに、本気で命を張ろうとしている……。そしてな、そんな男に手を貸してんのが、さっきのシーマ・ガラハウってワケさ」
「シーマが?」
フェイトはそっと視線を落とし、先ほどシーマが残していった紫煙の残香と、その言葉を反芻した。
『あの馬鹿のチャレンジが終わってからだ』
世間は彼女を「悪名高き宇宙海賊」「冷酷な裏切り者」と呼ぶ。
しかし、彼女がこのアステリアで血と汗を流して稼いだ金は、己の欲望のためではなく、命懸けで夢を追う一人の男の無謀な挑戦を支えるために使われていた。
(力で奪うのではなく、誰かの意志を守るために……)
フェイトの胸の中に、温かくも切ない実感が広がっていく。
ジャンク屋の老人が言った言葉‥‥冷徹な裏切り者の仮面の裏に隠されていたのは、苛烈な運命を生き抜きながらも、人の愚かしくも気高き情熱を捨てきれずに抱きしめる、一人の女性の孤独な優しさだった。
「艦長、どうする?」
チンクが静かな声で問いかける。
フェイトは決意を込めた瞳で顔を上げ、バーテンダーに向かって優しく微笑んだ。
「その『炎のチャレンジ』は、いつ行われるんですか?」
「明日さ。明日の正午、二連星が最も近づくその瞬間だ」
「わかりました。ありがとうございます」
お礼を言い、フェイトとチンクは店を後にした。
表へ出ると、アステリアの眩しい日差しと乾いた風が二人を迎える。遠
くの地平線には、うっすらと揺らめく二つの太陽の輝きが見えていた。
「艦長……本当に待つのか?シーマが約束を守る保証なんてないし、あの挑戦だって失敗すれば命は‥‥」
チンクの言葉は現実的だった。だが、フェイトの表情に迷いはなかった。
「シーマは逃げたりしないよ。それに……あの男の人も、きっと無事に帰ってくる。此処まで聞いたのだから、私はその最後まで見届けたいの。そして、その後にシーマとちゃんと話がしたい」
フェイトの真摯な眼差しに、チンクもまたフッと口元を緩めた。
「まったく……あなたも相当な『物好き』ですね」
「ふふ、そうかもしれないね」
二人は風が吹き抜ける荒野を見つめながら、静かにその時を待つことにした。
翌日、正午――。
アステリアの頭上に二重の太陽が重なり合い、燃え盛るような狂おしい熱気が荒野全体を支配していた。
町の簡易発射場には、異様な形をした小型船がたたずんでいた。
ジャンク屋から掻き集めた耐熱フレームに、シーマが買い与えた最高級の耐熱合金と高出力スラスターが歪に組み合わされた、手作りの宇宙船。
そのタラップを、小柄な男――ベンツが一段ずつ踏みしめて上っていく。
発射場を取り囲む大勢の野次馬たちからは、嘲笑と野次が容赦なく浴びせられていた。
「おいおい、本気でいく気かよ! あのボロ船で二連星太陽に突っ込むなんて自殺行為だ!」
「命を無駄にするバカ野郎が!」
「親の血を引いて頭までイカれちまったのか!」
「どうせ大気圏を出る前に蒸発して終わりさ! 無謀にもほどがあるぜ!」
口々に吐き捨てられる冷毒な言葉。
傍らで見守っていたフェイトとチンクは、眉をひそめて拳を強く握りしめた。
己の夢に命を懸けようとしている人間を、安全な場所から笑いものにする群衆の身勝手さに、胸の奥から怒りが湧き上がる。
フェイトが思わず一歩踏み出し、口を開こうとしたその瞬間――。
「――お前ら、ぶち殺されたいのかい?」
静寂を一瞬で引き裂くような、氷のように冷たく、そして地獄の底から響くような声が発射場に響き渡った。
野次馬たちが一斉に息をのんで振り返る。
そこには、紫煙が立つタバコをくわえ、腰のデバイスに手をかけたシーマ・ガラハウが立っていた。
その瞳に宿る殺気は本物であり、荒野の熱風さえも一瞬で凍りつかせるほどの圧力を放っている。
「シー、シーマ・ガラハウ……!」
「な、なんだよ……俺たちは…事実を言っただけだ……」
身を縮こまらせる住人たちを見下し、シーマは吐き捨てるように言葉を続けた。
「――命知らずのバカだって? なら、何もせず安全な場所から人を笑っているアンタらは何なんだい?夢に命を懸ける人間を笑う資格が、自分たちにあるとでも思っているのかい?」
圧倒的な悪名と、幾多の修羅場をくぐり抜けてきた本物の海賊のカリスマ。
その凄みに呑まれ、罵声を浴びせていた者たちは一言も返せず、コソコソと後ずさりしていった。
シーマは去っていく群衆に目もくれず、ハッチの前に立つベンツを見上げた。
ベンツは一度だけ振り返り、シーマに向かって静かに頭を下げると迷いのない手つきでコックピットの扉を閉めた。
ゴォォォォォッ……!!
爆音とともに高出力スラスターが噴射され、手作りの宇宙船は強烈な光の尾を引いて大気を引き裂いた。
一直線に空を目指すその姿は、まるで灼熱の宙域へ挑む一筋の彗星のようだった。
船は無事にアステリアの引力圏と大気圏を突破し、遥か北方の空、燃えさかる二連星太陽のプロミネンス領域――あの炎の河へと消えていった。
その日の夜。
静まり返った町の郊外、暗闇に包まれた荒野の空が一角だけ真っ赤に染まった。
ドドドドドッ……!!
大気を切り裂く不気味な衝撃波とともに、空から一筋の赤い隕石が猛スピードで落下してくる。
「っ……帰ってきた!?」
チンクが叫ぶ。
隕石の正体は、間違いなくベンツの宇宙船だった。
手負いの鳥のように姿勢を崩しながらも、船体は激しい摩擦熱に耐え、町の郊外の大地へと豪快に滑り込んだ。
ズザザザザザッ!!
激しい砂塵と火花を巻き上げながら、大地を数百メートル削り取り、船はついに停止した。
爆発してバラバラになることは免れたものの、手作りの外装は漆黒に焦げ付き、あちこちから激しい煙を吹き上げている。
駆けつけた町の住人たちが騒然となる中、集まった自警団が消火剤を吹き付け、必死の救助作業が始まった。
しかし、誰よりも早く、躊躇なく煙の充満する船体へと飛び込んでいったのはシーマだった。
「ベンツ! 生きているかい!?」
シーマは焦げ付いたハッチをデバイスの力任せにこじ開け、操縦席へと押し入った。その後にフェイトとチンクが続く。
「ベンツさん……っ!?」
コックピットの中に広がる煙の奥。
そこにいたベンツの姿を目にした瞬間、全員が言葉を失った。
ベンツは、しっかりと両手で操縦桿を握りしめたまま――全身が白骨化していた。
超高熱帯の放射線と、船体を超えて漏れ出たプロミネンスの熱波。
手作りの船のシールドは衝撃には耐えたが、内部にいた彼の肉体を守り切ることはできなかったのだ。
だが、その骨となった指先は、最後まで決して操縦桿を離していなかった。
倒れ伏すことなく、まっすぐに前を見据えた姿勢のまま、彼は自分の船をこの故郷の大地へと送り届け、この船自体も彼の想いに応えたのだ。
「……バカ野郎が」
シーマの声が、低く震えていた。
彼女は煙草を取り出そうとしたが、指先がかすかに揺れ、そのままポケットに手を押し戻した。
やがて、回収された宇宙船のブラックボックスが、自警団の簡易モニターで再生された。
そこに映し出されていたのは、奇跡としか言いようのない映像だった。
狂乱するプロミネンスの炎‥‥猛烈なプラズマの嵐が船体を叩きつける中、ベンツの船はやみくもに、だが確かな意志を持って進んでいた。
炎の蛇がうねる死の河を潜り抜け……船体は悲鳴を上げながらも、二つの太陽の狭間を「往復」してみせたのだ。
彼は、やり遂げた。
誰もが「絶対に不可能だ」「自殺行為だ」と笑った炎の河を、彼は己の手で作り上げた船で渡り切ったのだ。
肉体は限界を超え、生命は途中で途絶えていたかもしれない。
それでも、彼の魂が宿った船は、目的を果たして彼を故郷の星へと連れて戻ってきた。
「……届いていたんだ」
フェイトは胸に手を当て、白骨化したベンツの遺体を見つめた。
肉も髪もなくなり、着ていた耐熱宇宙服もあちこちが黒焦げとなり破れている。
溢れ出そうになる涙を堪えながら、その瞳には深い敬意と熱い感動が宿っていた。
「愚か者なんて、誰にも言わせない。彼は、自分の全てをかけて、自分の夢を叶えたのだからな‥‥」
チンクもまた、静かに目を伏せた。
「計算や効率だけじゃない……人間の意志の強さって、こういうものを言うのね。見事だったわ、ベンツ」
結果として彼は命を散らした。
だが、そこに惨めさや後悔の色は一切なかった。
己の命を燃やし尽くし、夢を果たして死んでいった男の矜持。
満足して旅立った男の胸の中の想いが、どんな宝玉よりも美しく、眩しく輝いて見えた。
モニターの映像が静かに途切れる。
沈黙が満ちる現場で、シーマはゆっくりと歩み寄り、ベンツの白骨化した肩にそっと手を置いた。
「……見たかい?お前ら」
シーマの言葉は、集まっていた住人たち、そしてフェイトたちに向けられていた。
その声には、悲しみを超えた誇らしさが満ちていた。
「この馬鹿はね……あたしたちが逆立ちしたって届かない最高の空を飛んで還ってきたんだよ……見事なもんだろう?」
シーマはふっと口元に笑みを浮かべると、ついに煙草に火をつけた。紫煙が焦げた船体と夜空へと溶けていく。
その横顔を見たフェイトは、確信した。
シーマ・ガラハウという女性が愛し、守ろうとしているのは、こういう「命の輝き」なのだと。
冷酷な宇宙海賊という悪名の下に隠された、不器用で、けれど誰よりも情に厚いその魂の「真実」に、フェイトは今、確かに触れていた。
夜空には、ベンツが駆け抜けた二連星太陽が、静かに、そして誇らしげに輝いていた。
荒野に吹き抜ける夜風が、焦げ付いた宇宙船の残骸から立ち上る熱をゆっくりと冷やしていく。
野次馬たちはもはや誰一人として野卑な言葉を吐く者はおらず、ただ静かにその場から立ち去っていった。
彼らの胸に去来したのは、嘲笑ではなく、自分たちには到底持ち得なかった熱い魂への圧倒的な気後れだった。
シーマ・ガラハウは自警団の男たちを鋭い眼差しで見据えると、低く、しかしはっきりと告げた。
「あの馬鹿の墓は、この荒野を一望できる丘の上に作ってやりな。墓石の材質は、最高級のものをアステリアの街で特注。費用ならあたしが全額出す……それと、あいつが二連星太陽を往復した偉業を記した石碑も一緒に建てろ。いいかい、一文字たりともケチるんじゃないよ」
「あ、ああ……わかったよ、きっちり手配するさ」
自警団の男たちは圧倒的な迫力に気圧されつつも、深くうなずいた。
ベンツが見せた命がけの奇跡は、この星に生きる者たちの心に、消えない刻印を残したのだ。
シーマは白骨化したベンツの遺体を優しく棺に納めさせると、その手配を一任して、静まり返った町の酒場へと足を向けた。
昼間の賑わいが嘘のように静まり返った飲食店兼酒場。
換気扇の低い作動音だけが響く薄暗い店内で、シーマはいつものボックス席に腰を下ろしていた。
彼女の斜め向かいには、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンと、その傍らに寄り添うチンクの姿があった。
テーブルの上には、冷えた酒のボトルと、フェイトたちのためにバーテンダーが用意した温かいミルクのグラスが置かれている。
シーマは黙ったままグラスに酒をなみなみと注ぐと、ふっと息をつき、そのグラスを持ち上げた。
「……あいつに代わって、ね」
シーマの声はかすかに掠れていたが、不思議なほど真っ直ぐだった。
「二連星の炎をくぐり抜け、意地でもこの故郷へ還ってきたあの大馬鹿野郎の航海と……その死に様に‥献杯」
ガチャリ、と重いグラスが鳴る。
フェイトは胸に手を当て、チンクもまた静かに、目の前にあるミルクのグラスを両手で包み込んだ。
「……彼のご冥福を、心から祈ります」
「ああ……見事な旅立ちだった」
シーマに倣うように、フェイトとチンクもグラスを掲げる。三つのグラスが微かに触れ合う音は、荒夜の静寂の中に吸い込まれていった。
シーマはグラスの中の強い酒を一気に喉へ流し込み、カシャンとテーブルに叩きつけるように置いた。
アルコールの熱が胃の腑を焼くのを感じながら、シーマはゆっくりと顔を上げる。その冷ややかな、しかしどこか深い色を宿した瞳が、正面の少女を射抜いた。
「――それで」
シーマは紫煙を燻らせる代わりに、腕を組んでフェイトを真っ直ぐに見据える。
「管理局のエリート様が……この世界中から悪逆非道の海賊として追われている女に、いったいどんな話があるって言うんだい?」
酒場の薄明かりの中、静まり返った空間に問いが落ちる。
それは決して威圧的なものではなく、互いの底を見定めようとするような、剥き出しの意志のぶつかり合いだった。
世間が貼り付けた「裏切り者」という虚飾の仮面。その内側に隠された痛みを、孤独を、そして温もりを知ったフェイトは、微塵も怯むことなく、シーマの瞳を真正面から見つめ返した。
銃口ではなく、互いの信念をかけた静かなる対話‥‥
二人の女性の本当の言葉が、今、紡がれようとしていた。
薄暗い酒場のボックス席。グラスに注がれた強い酒の香りと、漂う煙草の紫煙が、重苦しい沈黙を包み込んでいた。
シーマはフェイトのまっすぐな眼差しを真正面から受け止めると、ふっと自嘲気味に片方の口角を上げた。
「……管理局のエリート様なら、あたしの経歴のデータくらい、端末を叩けばいくらでも引っぱり出せるだろうさ。士官学校をトップクラスの成績で卒業し、高ランク魔導師として将来を嘱望されていた『優等生』――そんな昔の記録が、まだ残っているかい?」
静かな問いかけに、フェイトはゆっくりとうなずいた。
「ええ……データには、あなたの輝かしい経歴が記されていたわ。でも……同時に、ある時期から不自然に所属部署のデータが欠落し、数年間の空白期間があったことも知っている」
フェイトの隣で、チンクが冷徹なまでの分析眼を光らせながら言葉を引き継ぐ。
戦闘機人としてこの世に生を受け、スカリエッティや他の戦闘機人の姉妹たちと共に管理局と戦った事のあるチンクだからこそ、組織の「黒歴史」の匂いには敏感だった。
「空白の期間の直後、あなたは管理局を脱走し、組織の機密を持ち去った重罪犯として手配されている。あなたがどうしてエリート街道から転落し、『宇宙海賊』なんて呼ばれる道を選ばざるを得なかったのか、その理由を教えてもらえる?」
成績や経歴を見れば、自分やはやてよりも優れているシーマ。
管理局を脱走していなければ今頃は中将か大将の地位に就いていてもおかしくはない。
チンクの問いに、シーマはしばらく天井の薄汚れた換気扇を見上げていたが、やがてフッと息を吐き出し、グラスを指で軽く弾いた。
「……信じる、信じないは、アンタらの勝手さね」
シーマの瞳が、遠い悪夢の記憶を呼び起こすように暗く澱んだ。
「確かに、最初は順風満帆だったよ。管理局のエリートとして正義を信じ、世界を守るために誇りを持って戦っていた。だがね……いつからか、上層部から命じられる任務の性質が変わってきたんだ」
「任務の性質、が……?」フェイトが息をのむ。
「ああ。『管理局に対して反逆を企てるテロリストの排除』、『危険なロストロギアを不正に保持する者の逮捕』……当時はそう聞かされてた。あたしや部下たちは、言われるがままに汚れ仕事をこなした。あいつらは反逆者なのだと、社会の脅威なのだと信じ切ってな」
シーマの拳が、ガシリと固く握りしめられた。
「だが、ある時気づちまったのさ……。あたしたちが消していた連中は、テロリストなんかじゃなかった。管理局の上の連中が隠蔽しようとしている『不正』に気づき、それを告発しようとした現場の役人や、無実のジャーナリスト、ただ真実を知ってしまっただけの一般人だったのさ」
酒場の空気が、一層冷たく凍りついた。
「自分たちは正義の執行者なんかじゃない。……組織の不都合な真実を闇に葬るための、ただの『殺し屋(クリーナー)』に成り下がっていたんだよ」
吐き捨てるようなシーマの声には、底知れぬ絶望と、自らへの深い嫌悪が滲んでいた。
「それに気づいた時には、もう手遅れだった。あたしと、あたしの指揮下にあった部下たちは、組織の暗部にすっかりズブズブに浸かっていた……そして、すべてを知りすぎた人間を上層部が生かしておくわけがない」
「ま、まさか……!」
フェイトの顔から血の気が引く。
「そうだ。ある日突然、あたしたちの部隊に下ったのは『極秘任務中の事故による全員殉職』の指令だったよ。暗礁宙域でおびき出され、味方であるはずの管理局の艦隊から全方位攻撃を受けたのさ。死ねば英雄、生き残れば反逆者ってわけだ」
シーマは自嘲気味に笑ったが、その笑みは痛々しいほどに歪んでいた。
「間一髪のところであたしは部下たちと一緒に逃げる事が出来た。そこから先は、生き残るために悪名を被るしかなかった。管理局に追われ、身を隠すためには、海賊の真似事でも何でもして泥を啜るしか生きる道がなかったのさ」
語り終えたシーマは、再びグラスに酒を注ぐと、一気に飲み干した。
そこにあったのは、世間が嘲笑する「冷酷な裏切り者」の姿ではない。
組織の巨大な闇に人生を狂わされながらも、部下との絆と己の誇りを守り抜くために、泥を這うようにして生き延びてきた一人の人間の、あまりにも生々しい真実だった。
「だから、あたしたちは管理局に復讐をする‥‥自分たちはのうのうと不正をして大勢の人々を苦しめているにもかかわらず、表では「正義の味方」気取りの偽善者共の集団にね。管理局があたしらを悪だと認識しているなら、あたしらにとっては管理局こそ悪の巣窟さ」
――静寂。
フェイトは、目の前が真っ暗になるような衝撃を覚えていた。
自らが身を置き、誇りを持って奉仕してきた「時空管理局」。その組織の頂点が持つ、絶対的な光の裏に隠された、あまりにも悍ましい闇。
正義とは何か。
守るべき秩序とは何か。
フェイトの中で、執行官としての信念が大きく揺さぶられる。
フェイトの唇が震え、胸の奥が締め付けられるように痛んだ。
彼女は、目の前で孤独に耐えてきたこの女性の痛みを、痛いほどに理解してしまった。
「あんたらも管理局のエリート様で優秀な魔導師なら‥‥いつかはあたしらが担わされていた『管理局のための重要なお仕事』を任せられるかもしれないね」
シーマからのたっぷりと皮肉を込められた言葉がフェイトとチンクに投げ掛けられる。
そこにあったのは世間の嘲笑う裏切り者の姿ではなく、組織の闇に人生を狂わされながらも仲間との絆を守り抜いた一人の人間の生々しい真実だった。
フェイトはゆっくりと顔を上げた。その瞳には、迷いを断ち切った者特有の、揺るぎない強い光が宿っていた。
フェイトはテーブルに置かれたミルクのグラスから手を離し、姿勢を正すと、まっすぐにシーマを見据えた。
「……教えてくれて、ありがとう。あなたが背負ってきたものの重さも、その痛みの理由も……よくわかったわ」
「おや、同情してくれるのかい? 管理局のエリート様が、犯罪者の戯言に涙を流すとはね」
「同情じゃないわ」
フェイトの声は毅然としていて、そして優しかった。
「あなたが経験したことを、私は簡単に否定したくない。でも、あなたの言葉を本当の意味で受け取るためにも、何が起きたのかを確かめなければならないと思う。私は時空管理局の執行官として、組織の光も影も、これからは目を背けずに見つめていくつもり。……だから、あなたの過去を知ることができて本当によかった。あなたが守ろうとしたものも、あなたが選んだ道も、私は決して否定しない」
シーマは驚いたように目を見張り、やがて呆れたようにため息をついた。
「……本当に、どこまでもお人好しなガキだねぇ、アンタは」
しかし、その口元には、先ほどまでの刺々しい冷たさはなく、どこか救われたような、微かな温もりのある笑みが浮かんでいた。
星々の海を隔てたアステリアの荒野。
銃口を向け合う代わりに交わされた「対話」は、冷酷な海賊と正義を追う少女の間に、決して消えない確かな絆を架け橋として架けていたのだった。
「ただ、あたしの口からじゃあ、信憑性も乏しい‥‥物理的な証拠を見る覚悟はあるかい?」
「えっ?」
シーマからの提案にこの後、フェイトとチンクは驚愕する事になるのだった。
同僚を失い傷心のユーノ、そんな彼の身を案じたなのはの今後の進展について
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付き合っちゃえ
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お友達のままで