大マゼラン星雲の孤高の星イスカンダルと地球を結ぶ「光軌(こうき)」延伸計画が進む中、中立惑星アステリアへと降り立った時空管理局の執行官フェイト・テスタロッサ・ハラオウンとチンク。
彼女たちが追うのは、悪名高き宇宙海賊シーマ・ガラハウの背負う虚飾と、その裏に隠された「真実」であった。
命を賭して二連星太陽の過酷な宙域へ挑み、白骨化しながらも故郷へ生還を果たした男・ベンツ。
その無謀な挑戦を影で支えていたシーマの気高き矜持と孤独に触れたフェイトは、銃口ではなく「対話」を選び、彼女の語る衝撃の過去を知る。
かつて管理局の正義を信じるエリート魔導師であったシーマとその部下たちは、組織の闇を暴こうとする無実の人々や目撃者を消し去る「殺し屋(クリーナー)――反逆者の抹殺や事件現場の証拠隠滅を担当する汚れ仕事」として利用され、最後には暗礁宙域で味方から裏切られ暗殺されかけたのだと――。
衝撃を受けるフェイトに対し、シーマは冷ややかな、しかし試すような視線でこう告げた。
「……あたしの口からじゃ証拠として弱いかい? なら、あたしたちのホーム(拠点)に来るかい? 組織が隠蔽しきれなかった『物理的な証拠』、その目で確かめさせてやるよ」
――その言葉に、フェイトとチンクは息をのんだ。
宇宙海賊の心臓部であり、厳重に隠蔽されているはずのシーマの秘密拠点。
そこへ自分たちを招くというあまりにも突飛で危険な提案。
しかし、いくら一艦の艦長と副長とはいえ、部下の乗員たちの命と艦の安全を預かる身として、独断で即答できるような内容ではない。
「……一度艦に戻り、乗員たちと相談させてもらいます」
フェイトが真摯に答えると、シーマは紫煙を風に散らしながらフッと笑った。
「ああ、いいさ。じっくり考えな。あたしはベンツの墓の出来を確認する必要があるから、もう少しこの町に留まるよ」
そう言い残し、シーマは風が吹く荒野の町へと姿を消した。
二人は急ぎ、乗艦であるナディアへと帰還し、すぐさま艦の幹部たちをブリッジへと集め、事の顛末とシーマからの提案を共有した。
案の定、幹部たちの間に走ったのは激しい動揺と強い警戒感だった。
「罠の可能性が極めて高いと考えます、艦長」
真っ先に声を上げたのは航海長のレイセンだった。
時空管理局の局員としての冷静な面持ちの裏に、徹底的な警戒を滲ませる。
「相手は数々の修羅場をくぐり抜けてきた海賊です。自分たちの本拠地に敵対組織を招き入れるなど、常識では考えられません。艦長を人質に取るか、艦ごとやおびき寄せるための周到な罠と見るのが妥当です」
機関長のコウランも腕を組みながら眉をひそめ、力強い口調で言葉を重ねた。
「レイセンの言う通りやで、艦長。のこのこ敵の懐に飛び込めば、この『ナディア』ごと強奪される危険性だってある。相手は以前にも管理局のコロニーから最新鋭艦を強奪したあのシーマや!!今度はこの艦を狙っているかもしれへん。最新鋭の艦艇をみすみす獲物として差し出すようなマネは到底認められん!!」
さらに、通信長のミリアリアは端末を操作し、シーマの行動に心を動かされながらも慎重な面持ちで提案を口にする。
「……もし、その招待に乗るフリをするなら……ミッドチルダへ速やかに増援を要請すべきです。シーマの提案を受け入れたフリをして追跡信号を送り、本拠地を特定した瞬間に『ナディア』と増援部隊で一斉攻撃を仕掛ける。そうすれば、シーマを一網打尽にし、拠点も制圧できます」
幹部たちの主張は、どれも時空管理局の局員としては極めて正論であり、客観的なリスク管理としては当然の帰結であった。
これまでのシーマ・ガラハウが積み重ねてきた海賊行為としての悪名と所業を考えれば、そう簡単に信用できるはずもなかったのだ。
報告したフェイトとチンク自身も、シーマの提案が完璧な善意であると言い切る確証はなく、罠である可能性を完全に捨てきれていたわけではない。
しかし‥‥
フェイトの脳裏には、死したベンツの白骨化した肩にそっと手を置き、誇らしげに空を見上げていたシーマの横顔が焼きついて離れなかった。
あの眼差し、語られた痛切な過去の言葉、そして命を燃やした男への献杯。
それら全てが、敵を騙すための浅はかな嘘や演技だとは、どうしても思えなかったのだ。
「期限は……ベンツさんの葬儀と埋葬が終わるまでの、あと数日」
静まり返る艦長室で、フェイトは自分の手を見つめる。
冷徹な軍事的なリスクと、目の前の「人間」を信じたいという直感。
組織の闇の真相を確かめる権利と、愛する仲間たちの命を背負う艦長としての責任。
アステリアの乾いた風が吹き抜ける中、フェイトとチンク、そして『ナディア』の乗員たちに突きつけられた選択の刻限(タイムリミット)は、刻一刻と迫っていた。
『ナディア』のブリッジに流れる重苦しい沈黙。
時空管理局の局員として、正論を突きつけるレイセン、コウラン、ミリアリアの言葉はどれも正しく、艦長として軽率な決断を下すわけにはいかないことは、フェイト自身が誰よりも理解していた。
「艦長の気持ちは分かります」
静かな声で口を開いたのは、それまで腕を組んで思案していたチンクだった。幹部たちの視線が副長へ集まる。
「私も元々はドクターの下で『兵器』として作られ、裏の社会を生きてきた身です。だからこそ分かります……シーマ・ガラハウがベンツに向けた眼差し、そして言葉には、偽りのない『意志』がありました。ですが、一艦の副長として罠の可能性を完全に否定することもできません」
チンクはフェイトと目を合わせ、静かに頷いてみせた。
「だからこそ……自分の目で見て、確かめるべきだと思う。彼女がどんな想いで生きている人間なのかを」
フェイトはチンクの言葉に力強く頷き、幹部たちに向かってまっすぐな瞳を向けた。
「みんなの懸念はもっともだし、艦長としてみんなの命を危険に晒すわけにはいかない。でも、私は『正義』という言葉の陰に隠された闇から目を背けたくないの。もし彼女の言うことが本当なら……私たちは組織の巨大な罪を知らずに背負い続けることになる」
フェイトの声には、迷いを断ち切った強さと、温かい信念が宿っていた。
「シーマはベンツさんの葬儀と埋葬が終わるまで、あの町に留まると言っていたわ。期限はあと二日‥‥航海長、機関長、通信長、私と一緒に、ベンツさんの葬儀に参列してほしい」
「現地住民の葬儀に‥‥ですか?」
驚くミリアリアに、フェイトは優しく、しかし確かな口調で答える。
「ええ。立場や肩書を捨てた一人の人間として、シーマ・ガラハウが死者とどう向き合うのか、その横顔をみんなの目で確かめてほしいの。その上で……もしみんなが『やはり信用できない』と判断するなら、私はこの提案を断るわ」
艦長としての威圧ではなく、信じる意志と誠実さを尽くした説得。その理念の深さに、レイセンたちは思わず気圧され、互いに顔を見合わせた。
「……わかりました。艦長がそこまでおっしゃるなら、その目で見極めさせていただきましょう。ただし、万が一の際は即座に撤退・防衛行動に移れる体制を整えておくことが条件です」
レイセンの厳格な条件付きの了承に、コウランとミリアリアも深く頷いた。
翌日、アステリアの町を一望できる荒野の丘の上。
乾いた風が吹き抜ける中、ベンツの葬儀が執り行われていた。
そこには、シーマが自らの手持ちの金を叩き込んで特注させた、最高級の漆黒の墓石がぽつんと立っていた。
石碑には、無謀と笑われながらも二連星太陽のプロミネンスを往復し、故郷へ還ってきた彼の偉業が、一文字の妥協もなく刻まれている。
参列者はわずかだった。町の住人たちの多くは、まだどこか気まずそうに遠巻きに眺めているだけだったが、その輪の最前列に、礼服に身を包んだフェイト、チンク、そして『ナディア』の幹部たちの姿があった。
棺が静かに土へと降ろされていく中、シーマは煙草をくわえることもなく、ただ一人、まっすぐに墓標を見つめて立ち続けていた。
その背中はどこまでも小さく、そして孤高だった。
まさか、あのシーマが目の前にいるとは信じられない様子のレイセン、ミリアリア、コウランであったが、ベンツの葬儀に参列している彼女の表情には、世間が恐れる悪名高き海賊の凶暴さなど微塵もなかった。
ただ、命を燃やして散っていった一人の愚直な男への深い敬意と、遺された者特有の静かな哀傷だけが漂っていた。
風が吹き抜け、墓標に供えられた一輪の花が揺れる。
シーマはそっと墓石に手を触れると、低く、しかし愛おしそうに呟いた。
「……いい空だったろう、ベンツ。ゆっくり休みな」
その声を聞いた瞬間、レイセンの目元がかすかに揺れた。
コウランは溢れそうになる息を深く吐き出し、ミリアリアは胸に手を当てて静かに目を伏せた。
そこにあったのは、演技でも偽りでもない。
過酷な銀河の海を漂流し、悪名を背負いながらも、人の気高き魂を誰よりも愛し、守ろうとする一人の人間の「素顔」そのものだった。
――この人が、自分たちを罠に嵌めるためにここまでの涙を流すだろうか?
――この眼差しを持つ者が、安っぽい強奪のために愛艦を誘き寄せるだろうか?
答えは、語らずとも全員の胸の中に届いていた。
葬儀が終わり、参列者が去っていった丘の上で、シーマはゆっくりと振り返った。
そこには、自分を待っていたフェイトたち『ナディア』のクルーが立っていた。
「……へっ、艦の偉いさん方を総出で連れてくるなんてね。あたしを囲んで逮捕でもする気かい?」
皮肉めいた口調で吐き捨てるシーマに対し、航海長レイセンが一歩前に出ると、深く一礼した。
「失礼いたしました。貴女という人物を、我々の目で確かめさせていただきました」
機関長コウランも厳めしい顔を少し緩め、深く頷く。
「あんたみたいな筋の通った格好ええ奴が、くだらん罠なんか張るわけあらへん。艦長はん。うちは、艦の安全確保を念頭に置いた上で、招待を受けます」
ミリアリアもまっすぐな瞳でフェイトを見つめた。
「私もです、艦長。増援の要請は撤回します。私たちの力で、真実を確かめに行きましょう」
幹部たちの言葉を聞き、フェイトは感極まったように口元を緩め、そしてシーマに向かって誇らしく胸を張った。
「決まりました、シーマ。……貴女の提案を受け入れます。私たちを、貴女のホームへ連れて行ってください」
シーマは一瞬、呆れたように目を見張り、やがて紫煙を燻らせながらフッと口角を上げた。
「……まったく。艦長が甘けりゃ、部下まで揃いも揃ってお人好しばかりかい」
そう言いながらも、その目にはどこか温かい光が宿っていた。
「いいだろう。覚悟してついてきな……時空管理局が次元の闇に葬り去ろうとした、あたしたちの『生き証拠』を見せてやるよ」
乾いた風が吹き抜けるアステリアの丘で、確かな絆を結んだ彼女たちは、次なる真実の待つ星の海へと、新たな航路を歩み出そうとしていた。
『ナディア』の艦内スピーカーから、フェイトの静かで、しかし凛とした声が響き渡った。
『ナディア搭乗員各員へ。本艦はこれより、シーマ・ガラハウ率いる宇宙海賊艦「リリー・マルレーン」の先導のもと、彼女らの本拠地へと向かいます』
そのアナウンスが流れた瞬間、艦内のあちこちから驚愕と狼狽のどよめきが上がった。
「海賊の本拠地に案内されるだって!?」
「いくら艦長のお達しでも、正気かよ……!?」
「相手はあのシーマなんだろう!?罠だったらどうするんだ!?」
各部署で動揺が広がる中、フェイトは言葉を続けた。
『不安に思う気持ちは当然です。ですが、副長をはじめ幹部全員で検討し、私の責任においてこの決断を下しました。組織の影に隠された「真実」を確かめるため、皆の力を貸してください』
艦長自らの強い意志と、普段から信頼を寄せる幹部全員が承諾しているという事実に、乗員たちは納得しきれない表情を浮かべつつも、「艦長がそう決めたのなら……」と渋々指示に従い、各々の配置へと戻っていった。
次元の海を滑るように航行する二隻の艦。
前方をゆく『リリー・マルレーン』は、防衛策を張るでもなく、完全に無防備な背中を『ナディア』に向けていた。
主砲を撃ち込めば即座に撃破できるほどの無警戒さ――それこそが、言葉を超えたシーマなりの「信頼の証」であった。
その頃、リリー・マルレーンの艦橋では‥‥
煙草の煙を燻らせながら操舵席を見つめるシーマの背中に、側近の部下が心配そうに声をかけた。
「しかし、キャプテン。いいんですかい? 管理局の連中をホームに案内するなんて……いくらなんでもリスクが高すぎやすぜ」
シーマは紫煙をふっと吐き出し、つまらなさそうに肩をすくめた。
「かまわないさ。管理局の艦が一隻入ってきたくらいで落とされるほど、あたしたちのホームはヤワじゃない……それにね」
「それに……?」
シーマは遠い目をして、口角をわずかに上げた。
「あの艦の艦長……最初は鼻につく管理局のエリート様だと思っていたけど、面と向かって話してみて分かったのさ……あの娘は、昔のあたしに似ている」
「は、はぁ……」
部下は首をかしげ、渋々といった様子で引き下がった。
いくら不安が残るとはいえ、数々の死線を共にくぐり抜けてきたキャプテンの決断に、これ以上異論を挟む者はいなかった。
その時、通信オペレーターが緊迫した声を上げた。
「キャプテン、こんな情報が入りやした!」
差し出された電文の紙片を、シーマは奪い取るようにして目を走らせた。
そこに記された文字列を読んだ瞬間、シーマの瞳に冷ややかな光が宿り、やがて自嘲気味な笑みが漏れた。
「……ふん。あの嬢ちゃん、コレを知ったらどんな顔をするかねぇ……」
シーマは紙片を握りつぶすと、窓の外に広がる次元の海を睨みつけた。
「いっそのこと、さっさと管理局なんて辞めちまった方が幸せなのかもしれないねぇ。このままあたしを追いかけ回したところで、あたしに殺されるか……それとも、管理局に居続ける限り、遅かれ早かれ管理局に殺されるかの未来しかない……」
吐き捨てられたシーマのその言葉の意味を、フェイトが本当の意味で理解するのは――もう少し後のことである。
やがて、二隻の艦艇はある特定の宙域へと到達した。
周囲には星くずすら存在しない、静まり返った暗黒の空間。
次の瞬間、ナディアのメインモニターに映る前方の宙域が、まるで空間そのものが溶け出すかのようにグニャリと歪んだ。
「なっ!?……空間が歪んで……!?」
ブリッジのミリアリアが息をのむ。
歪みが収束した時、そこには周囲の闇を背景に、小惑星を豪快にくり抜いて建造された巨大なコロニーが、静かにその姿を現していた。
「な……なんだ!?あれはっ!?」
レイセンが椅子から身を乗り出し、コウランもまた「なんちゅうもん隠してやがったんだ……」と目を見張る。
コロニーの外殻を覆う球体構造と全周を包む軌道リングには、最高レベルの空間屈曲型ステルス機能が施されていた。
さらに、この巨大コロニー自体が定期的に軌道を変え、まるで彗星のように次元の海を移動し続けているのだ。
これほど大掛かりな偽装と流動的な潜伏を行っていれば、どれほど広大な時空管理局の探索網であっても、シーマたちの根拠地を発見できるはずがなかった。
「……これが、シーマたちのホーム……」
フェイトは息を呑み、暗黒の宙域に佇む無機質で圧倒的な要塞コロニーを見つめた。
時空管理局が追撃の手を緩めなかった真の理由、そして消し去ろうとした「闇の証拠」が、今まさにその巨大な扉を開こうとしていた。
ステルス・コロニーの巨大なエアロックが開かれ、ナディアは重々しい音とともに港湾ドックへと入港した。
タラップを降りたフェイトとチンクは、静かに待っていたシーマの背中を追う。
無機質な金属の通路を抜けた先に広がっていたのは、巨大なドーム状の居住エリアだった。
しかし、そこで二人の目を奪ったのは、厳重な兵器や物々しい海賊たちの姿ではなかった。
広場を駆け回り、無邪気に声を上げて遊ぶ、大勢の子供たちの姿だった。
「……何、これ……?」
呆然と呟くフェイトの傍らで、チンクもまた息をのんで立ち尽くす。
困惑する二人を振り返り、シーマは煙草の煙をくわえたまま、どこか愛おしそうに子供たちへ視線を向けた。
「此処はあたしたちのホームであり、この子らのホームでもあるのさ」
「この子供たちは……?」
「みなしごたちさ」
「みなしご……?」
「そう……管理局の手によって、家族や故郷を奪われた子供たちさ」
シーマの口から淡々と語られた事実に、フェイトとチンクの胸に激震が走る。
「管理局によって……」
「家族や故郷を奪われた……!?」
「驚くことじゃないさ。あたしたちが命じられてきた『汚れ仕事』の裏で、行き場を失った命の残骸だよ。親を『反逆者』のレッテルで消され、住処を『ロストロギアの事故』として吹き飛ばされた。あたしたちはね、上からの命令で奪う側だったが……土壇場で残った僅かな反抗心で、この子らだけでも救い出して匿ってきたのさ」
シーマはそう言うと、二人の前に一枚のデータディスクを投げ渡した。
ホログラムとして展開されたのは、時空管理局上層部から直接下された暗殺・隠蔽工作の作戦書、そして無残に抹殺された一般市民や地方高官たちの膨大な記録――まさしく「ダーティー・ミッション」の実行を裏付ける決定的な証拠だった。
シーマの言う「物的証拠」とはこの子供たちの事を指していた。
圧倒的な闇の真実に、フェイトの手が微かに震える。
だが、シーマの告発はそれだけでは終わらなかった。
「それと……お嬢ちゃんたち。此処へ来る途中で、あたしの情報網に飛び込んできた最新の『お土産』があるんだが……聞いて驚きな」
シーマが操作したサブモニターに、ある世界のニュースデータと通信記録が映し出された。
その見出しを目にした瞬間、フェイトとチンクの顔から完全に血の気が引いた。
それは、アステリアに立ち寄る直前、彼女たちが訪れた第63管理世界『ルークス』の情報だった。
ルークスにおいて、現地の自治権を脅かし悪政を貪っていた支部長のガリウス。
フェイトたちは現地のレジスタンスを率いる女性・リーゼルたちと協力し、ガリウスの巨大な汚職と横領の証拠を白日の下に晒したはずだった。
自分たちはシーマの追撃という任務のためにルークスを後にし、後から到着した本局の査察団に後処理を任せ、ガリウスと彼の私兵部隊の処罰、そしてルークスへの自治権返還に向けた手続きが着々と進められている……そう信じて疑っていなかった。
しかし、モニターに映し出されていた現実は、悪夢以外の何物でもなかった。
ミッドチルダの管理局上層部は、フェイトたちが命がけで集めた決定的な証拠データが存在したにもかかわらず、ガリウスを『冤罪』として不起訴処分にし、即座に釈放。
逆に、共に戦ったリーゼルたちレジスタンスのメンバーを、「管理局に対する武装テロ事件の首謀者」として残党も含めて一斉逮捕・拘留したというのだ。
さらに、データ端末を照合すると、フェイトたちが提出した証拠データの受領記録が不自然に改ざんされており、査察団の最終報告書には現地の事実と全く異なる虚偽の記述が並んでいた。
管理局内部の通信回線には、不都合な真実のログを抹消した膨大な削除履歴が残されていたのである。
「な、何よ……!? これは……っ!」
フェイトの声が裏返る。絶句するフェイトの隣で、チンクが身を乗り出すようにしてモニターを凝視した。
「この情報は確かなのか……!? ガリウスの汚職は、ミッドの本部へデータベースにも送信したはずだぞ! レジスタンスの皆がテロリストだなんて、そんなデタラメが事が通るはずがない……!」
「ああ、間違いなく本物の情報さ。そろそろ管理局でも公式発表される頃じゃないか?」
シーマは氷のように冷ややかな声を響かせ、紫煙を大きく吐き出した。
「そ、そんな……っ! リーゼルさんたちが……どうして……!?」
膝から崩れ落ちそうになるフェイトを、シーマは冷徹な、だがどこか憐れむような目で見下ろす。
「この事件、アンタたちも深く関与していたみたいだけどねぇ……でも、ミッドのお偉いさんたちの方が、アンタらより一枚も二枚も上手だったって事さ。多分、このガリウスって野郎から多額の賄賂でも貰っていたんだろう?こいつが逮捕されて取調べを受ければ、自分たちとの裏金までバレちまう。口封じに処分したいところだろうが、自分たちに大金を流してくれる貴重なATMは失いたくない……ならば、『この高官はレジスタンスに嵌められた悲劇の被害者』って筋書きに変えちまえば万事解決だ。恩を売っておけば、今後も甘い蜜を吸い続けられるって訳さ」
「そ、そんな……そんなのって……っ!!」
フェイトは胸を強く締め付けられ、激しい眩暈に襲われた。
自分たちが信じ、誇りを持って掲げていた「時空管理局の正義」。
命をかけて管理局の腐敗と戦っていたリーゼルたちが、自分たちが去った後に悪者にされ、暗い牢獄に繋がれている。
自分たちが正義と信じて手渡したバトンが、上層部の都合のいい金儲けと保身のために潰されたのだ。
『あの艦の艦長は、昔のあたしに似ている』
移動中にシーマが漏らしていたあの言葉の意味が、今、痛烈なナイフとなってフェイトの胸を刺し穿つ。
「わ、私たちは……一体、何のために……」
チンクは固く拳を握りしめ、歯が折れんばかりに噛み締めながら、ただただ震えるフェイトの肩を抱きしめることしかできなかった。
正義の光の裏に広がる、吐き気のするような暗黒。
海賊のホームで少女たちの信じてきた世界が、音を立てて崩れ去ろうとしていた。
通信モニターを通じて『ナディア』のブリッジへと共有された『ルークス』の最新ニュースデータと、シーマの提示した物理的証拠。
その惨状を目にした瞬間、ブリッジにいた幹部たちの間に落雷が落ちたかのような衝撃が走った。
「な……ッ、なんだ……これは……!?」
航海長のレイセンは、端末の画面に表示された「ガリウス支部長の不起訴処分」と「レジスタンスメンバーのテロ容疑での一斉検挙」の公的に偽装されたニュース記事を凝視したまま、言葉を失った。
普段の沈着冷静な面持ちは完璧に崩れ去り、その瞳には激しい動揺と憤怒が入り交じっている。
「我々が命を賭して現地で回収した汚職の決定打となるデータは、一体どうなったというのだ!? 査察団へ確かに引き継ぎを行ったはずだぞ……それを、隠蔽したというのか……っ!?」
レイセンの指がコンソールを激しく叩く。
「……じょ、冗談やろう……?」
機関長のコウランは、組んでいた腕をダラリと下ろし、力なく呆然と呟いた。
いつもなら豪快な笑みを浮かべてエンジンルームを指揮する変人の顔が、土気色に変わっていく。
「う、うちらがルークスでやったことはなんやったんや?リーゼルさんら現地の人らが、泣きながら『ありがとう』って言ってくれたあの笑顔は……全部、上層部のクソどもに泥足で踏みにじられたっていうんか!?何が『レジスタンスに嵌められた悲劇の高官』やと!? 笑わせるな、あのドブネズミが!!」
コウランの怒声がブリッジに響き渡る。
怒りのあまり拳をコンソールに叩きつけると、分厚い金属パネルが鈍い音を立てて歪んだ。
そして通信長のミリアリアは、流れてくる拘留中のリーゼルたちの映像を直視できず、両手で顔を覆って小さく肩を震わせた。
「そんな……そんなのって、ひどすぎます……私たちが一生懸命本部へ送った報告書も、証拠映像も……全部、最初から見られもせずに揉み消されていたなんて……」
ミリアリアの声は涙で途切れ途切れになっていた。
組織の「通信」という心臓部を司り、本局との繋がりを誰より信じて仲介してきた彼女にとって、自分たちの送信した「真実」が闇へと葬られ、偽りの「テロ報道」へと書き換えられていた事実は、自身の存在理由すら否定されたかのような深い傷となった。
「シーマ・ガラハウの言っていたことは……全部、本当だったというのか……?」
レイセンが深く、深く頭を垂れる。
かつて「宇宙海賊」「裏切り者」と蔑み、罠ではないかと警戒していた相手。
しかし、今や自分たちが信じていた「時空管理局」こそが、偽善の仮面を被った悪そのものであり、シーマたちはその闇の犠牲者として追い詰められた被害者だったのだ。
自分たちが誇りを持って乗艦していたナディア。
その船体は、巨大な組織の欺瞞を背負い、宙を漂う空虚な箱のように思え、幹部たちの間に重く、冷たい沈黙が立ち込めた。
シーマから受け取った暗殺や隠蔽の膨大な証拠データ。
しかし、どれほど決定的な証拠を手に入れて公にしたところで、上層部の手によって容易く揉み消され、都合よく改ざんされてしまう‥‥ルークスの惨状を前にしたフェイトの胸には、底知れぬ疑心暗鬼が渦巻いていた。
(このデータを提出しても、揉み消されるだけ……?それどころか、真実を知った私たちも、かつてのシーマたちのように『殉職』という名目で管理局の手によって消されてしまうんじゃあ……)
信じていた組織の暗部の規模の大きさと強大な力、そして自らに迫る死の影。
フェイトが恐怖と混乱で身をすくめていたその時、煙草の紫煙を吐き出したシーマが、低く静かな声で問いかけた。
「……で、お嬢ちゃん。アンタにとって、その『リーゼル』とかいう女たちは、そこまでして守る価値のある大事な存在かい?」
「っ……!はい……彼女たちは命がけでルークスの未来を変えようとした、大切な仲間です……っ!だから……だから助けたい!でも、今の私たちにはどうすればいいのか……!」
公式にリーゼルたちレジスタンスは管理局にテロ行為を仕掛けてテロリストとして認識された。
管理局員である自分が助けに行けばそれが自分も反逆者と言う事になる。
本音を言えば助けに行きたい。
しかし、立場上それが出来ない。
自らの正義と管理局の正義‥‥その両方に葛藤するフェイトをじっと見つめた後、シーマはフッと自嘲気味に口角を上げた。
「……まったく、青くさいねぇ。だが——」
シーマは煙草を指で弾き、どこか投げやりな口調でぽつりと呟いた。
「こっちは常に人手不足だから、人員補充でもしようかねぇ」
「えっ……?」
フェイトがバッと顔を上げる。その瞳に驚愕の色が走る。
シーマはフェイトから視線を外し、面倒くさそうに肩をすくめて見せた。
「海賊に貸しは作りたくないだろうけど、これはあたしが人員補充の為、勝手にやった事だ。あたしらはホームを留守にする事が多い……その間、子供らの面倒を見る奴が必要なのさ……」
「えっ!?それって……!?」
シーマの言葉の真意を悟り、フェイトは息をのんだ。
海賊としての悪名を被りながら、管理局に犯罪者として囚われたリーゼルたちレジスタンスを「海賊の人手不足による強奪・拉致」という名目で救い出し、このステルス・コロニーへ匿って子供たちの世話を任せる——それが、シーマの提示したあまりにも不器用で、命がけの救出策だった。
「あたしらは、あたしらの仕事をする。アンタたちはアンタたちの道を行きな……ただし、生半可な正義感じゃあ、巨悪にくわれちまう。あたしからのプレゼントの使いどころを間違えるんじゃないよ……それと、今後もあたしを追いかけるって言うなら、命をかけて追いかけな」
そう言い残すと、シーマは一度も振り返ることなく、長靴の音を響かせて堂々とその場を去っていった。
その背中は、組織の闇に抗い続けてきた者特有の、圧倒的な矜持と孤高の光を纏っていた。
残されたデータ端末を強く握りしめ、フェイトは去り行くシーマの背中に向かって、静かに、しかし二度と揺らぐことのない決意を込めて深く頭を下げた。
それからしばらくして‥‥
ルークスから時空管理局の本拠地ミッドチルダへと向かう航路にて、リーゼルたちルークスのレジスタンスを乗せた囚人輸送艦が突如襲撃を受けた。
その輸送艦を襲撃したのは、海賊艦『リリー・マルレーン』であった。
ガリウスとしては、見せしめとしてリーゼルたちレジスタンスをミッドチルダにて白日のもとで処刑し、自らの権威と「悲劇の高官」としての地位を揺るぎないものにするつもりだったのだろう。
しかし、その歪んだ思惑はシーマ・ガラハウの手によって完膚なきまでに打ち砕かれた。
海賊による強奪——表向きはそう処理された電光石火の強襲劇により、リーゼルたちは命を救われ、シーマのステルス・コロニーへと匿われることとなったのだ。
一方、フェイトは「補給不足および艦の整備」を名目にシーマの追跡断念をミッドチルダの本部へ申請し、ミッドチルダへの帰還途についた。
帰還の航海中、フェイトは極秘の暗号回線を立ち上げ、ミッドチルダにいる高町なのは、そして八神はやての二人へ直接秘匿通信を繋いだ。
画面越しに対峙した二人に対し、フェイトは落ち着いた、しかし重い口調で語りかけた。
シーマ・ガラハウがかつて背負わされた「汚れ仕事」の真実。
組織の闇を暴こうとした無実の人々や目撃者を消す「殺し屋(クリーナー)」として利用され、捨て駒にされた歴史。
そして、自分たちが命がけで解決したはずの一件で、汚職高官ガリウスが釈放され、逆にその汚職高官たちと戦っていたレジスタンスたちがテロリストにすり替えられた悪夢のような隠蔽工作――。
情報を受けた当初、なのはとはやての二人はにわかには信じられなかった。
何しろ情報源の相手は幾多の悪名を背負う宇宙海賊シーマ・ガラハウなのだ。
「そんな……管理局上層部が、裏でそんなことを……?」
「でも、シーマの言っていることが、どこまで本当なんやろうか……?」
戸惑いを隠せない二人だったが、フェイトから提出されたルークスの最新動向データ、および改ざんされた受領記録や通信ログの削除履歴を前にして、否応なしに現実を突きつけられることとなった。
ルークスで起きているあまりにも歪んだ「現実」は、シーマの言葉の正当性を証明する何よりの補強材料だったからだ。
完全には受け入れきれないながらも、二人の心には重く深い疑念の種が植え付けられた。
しかし、最も深刻な変化が訪れていたのは、フェイトの足元——『ナディア』の艦内であった。
真実を知った乗員たちの間には、目に見えない冷たい猜疑心が広がり続けていた。
「俺たちの苦労は、上層部の汚い金儲けや保身のために使われていたのか……?」
「自分たちは『正義の味方』なんかじゃない……いつか自分たちも、都合が悪くなったら切り捨てられるんじゃないか?」
ブリッジでも、機関室でも、乗員たちは互いに視線を交わしながら、消し去れない不安と組織への不信感を募らせていた。
自分たちは、このまま「時空管理局」という組織に在籍し続けて良いのだろうか——。
ミッドチルダへの距離が縮まるにつれ、艦内に漂う沈黙はより一層重く、深く沈み込んでいくのだった。
重く苦しい猜疑心と沈黙が艦内を支配する中、巡洋艦『ナディア』はミッドチルダへと向けて次元の海を航行していた。
乗員たちの誰もが自らの信じる「正義」と組織の「闇」の狭間で葛藤し、息を潜めていたその時――ブリッジの通信コンソールが、緊迫した警報音とともに赤く点滅を始めた。
「ハラオウン艦長、救援信号および本局からの緊急警戒警報を受信!」
通信長ミリアリアの悲痛な叫びが、凍りついていたブリッジの空気を一瞬で引き裂く。
「なにごとだ、ミリアリア!?」
航海長のレイセンが身を乗り出し、機関長のコウランもまたコンソールを睨みつける。
ミリアリアは震える指先で受信データをメインモニターへと投影した。
「辺境の管理世界『第42管理世界』および周辺宙域が、突如として次元の海から現れた謎の未知艦隊による無差別襲撃を受けています!現地の防衛隊はすでに壊滅状態です!」
「何やと……!? 謎の艦隊やと!?」
メインモニターに映し出されたのは、監視衛星が途絶する直前に捉えた鮮明な映像だった。
次元の歪みを切り裂いて出現したのは、時空管理局の艦艇とも、これまでに記録されたいかなる次元海賊の船とも異なる。
過剰なまでの重武装と異質な艦体構造を持つ大艦隊。
画面を解析していたミリアリアが、その正体を示すデータに目を疑い、息をのんだ。
「監視衛星の照合データ……出ました! 識別パターン、過去の戦闘データと一致……! 襲撃者の正体は――ディンギル軍およびボラー連邦の戦闘艦船です!!」
「ディンギル……ボラー連邦……!?」
フェイトは息をのんだ。
組織内部の闇と腐敗に揺れていた次元世界に、突如として牙を剥いた外宇宙からの絶対的な脅威。
「そんな……どうして彼らがこの次元世界に……っ!?」
フェイトの手が、ぎゅっと強く握りしめられる。
管理局上層部の保身や闇取引などという醜い内輪揉めを嘲笑うかのように、次元世界そのものを揺るがす圧倒的な「真の危機」が、今まさに幕を開けようとしていた。
同僚を失い傷心のユーノ、そんな彼の身を案じたなのはの今後の進展について
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付き合っちゃえ
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お友達のままで