大マゼラン星雲の孤高の星イスカンダルと地球を結ぶ「光軌」延伸計画が進む中、宇宙海賊シーマ・ガラハウを追う時空管理局所属、次元航行艦ナディア艦長のフェイト・テスタロッサ・ハラオウンと副長のチンク・ナカジマは、永世中立惑星アステリアでのベンツの葬儀を経て、シーマの本拠地であるステルス・コロニーへと足を踏み入れた。
そこで彼女たちが突きつけられたのは、かつて管理局の「殺し屋(クリーナー)」として闇の任務に利用されたシーマたちの悲劇と、自分たちが命がけで救ったはずの管理世界ルークスの汚職高官が釈放され、共に戦ったレジスタンスがテロリストに仕立て上げられたという、組織による許しがたき隠蔽工作の真実だった。
信じていた「正義」の裏に広がるあまりにも深い闇に絶望しながらも、シーマの不器用な気遣いと導きにより、彼女たちはリーゼルたちレジスタンスを海賊による強奪という形で救い出すことに成功する。
しかし、その衝撃の真実はナディアの乗員たちにも大きな動揺と組織への不信感を植え付け、艦内は重く冷たい猜疑心に包まれていった。
組織の腐敗と内部の亀裂に揺らぐ次元世界。
その混迷を嘲笑うかのように、次元の海を切り裂いて現れたのは――外宇宙からの絶対的な脅威、ディンギル軍及びボラー連邦による無差別大艦隊の侵攻だった。
内部の闇に立ち向かう間もなく、次元世界全域を揺るがす「真の危機」が、今、静寂を破って幕を開ける――。
ナディアのブリッジを染め上げる赤い警戒灯(アラート)は、もはや組織の内部不全に苦しむ余裕すらクルーたちから奪い去っていた。
「艦長! 本部より緊急暗号通信を受信! 全艦艇に対する臨戦態勢の発令、および……ハラオウン艦長への速やかなミッドチルダ本部への『即時出頭命令』です!」
通信長ミリアリアの発した金切り声のような叫びが、凍りついていたブリッジの空間に突き刺さる。
モニターには、時空管理局本局からの公式通達が次々と表示されていた。
「シーマ・ガラハウ追跡任務は直ちに凍結……か。ふん、判りやすい掌返しだな」
航海長のレイセンが冷ややかな吐息とともに呟く。
その言葉には、上層部への強い蔑みが込められていた。
「当然や……一海賊の追跡なんぞに構っとる暇が完全になくなったんやからな」
機関長のコウランが、歯を食いしばりながらコンソールの数値を睨み付ける。
「かつて武力制裁を試みて返り討ちに遭い、大失敗に終わったあのボラー連邦……それに、次元航行艦隊を壊滅状態にまで追い込んだ悪夢のディンギル軍や。それが手ぇ組んで攻めてきたとなれば、シーマなんぞと比較になるかいな……管理局、いや、次元世界そのものの存亡の危機や!」
「ディンギル……ボラー連邦……」
フェイトは自らの胸元を強く握りしめた。
自分たちが直面していた「時空管理局の裏切り」という深い暗雲。
命がけで手に入れた真実、そして踏みにじられたリーゼルたちの想い。
それら全てに対する葛藤と怒りが、突如降りかかった圧倒的な暴威によって一時中断を余儀なくされている。
(どうして……どうして今なの……!?)
フェイトの脳裏に、あの冷ややかな嘲笑を浮かべたまま去っていったシーマの言葉が蘇る。
『生半可な正義感じゃあ、巨悪にくわれちまう……』
組織内部の腐敗という内なる巨悪に苦しんでいた矢先に牙を剥いた、外宇宙からの外なる巨悪。
時空管理局上層部にとって、この未曾有の侵攻は皮肉にも、自らの不正から世間の目を逸らす格好の「隠蔽の盾」と化していた。
「……艦長」
静かに寄り添ってきた副長チンクが、低く落ち着いた声でフェイトに語りかける。
「ミッドチルダ本部はパニックに陥っています。出頭命令は、おそらくあなたを組織の『盾』として最前線に投じるか、あるいはこの混乱に乗じてシーマに関する情報を完全に封殺するためのものでしょう。ですが……逃げるわけにはいきませんね」
「……うん」
フェイトは静かに深呼吸をし、溢れそうになる感情を固い意志で押し殺すと、まっすぐな瞳でクルーたちを見渡した。
「通信長、本部へ応答を‥‥『ナディア』はこれより全速でミッドチルダへ帰還、命令に従い本部へと出頭します」
「か、艦長……! いいのですか!?」
ミリアリアが不安げに瞳を揺らす。
「本部は今、自分たちの保身とこの大危機で混乱の極みにあります!シーマの件は兎も角、ルークスの件について艦長は深くかかわっています。今、本部に出頭すれば、艦長がどんな不当な扱いを受けるか……!」
「分かっているわ。でも、第42管理世界の人たちが今も襲われている。それに、ミッドチルダには……なのはやはやて、大切な仲間たちがいる」
フェイトは自らのデバイス『バルディッシュ』を強く握りしめ、凛とした声をブリッジに響かせた。
「組織が腐敗していようと、人々を守るための力にならなきゃいけない。私たちがここで目を背けたら、本当に全てが終わってしまう……!機関長、機関全開!航海長、最短航路の計算を!」
「……了解や! この不完全燃焼の怒り、エンジンの推進力に変えて叩き込んでやるわ!」
コウランが怒号とともにレバーを押し込み、レイセン也また迷いを断ち切った手つきで座標を打ち込む。
「最高戦速! 本艦はこれよりミッドチルダへと針路をとる!」
ナディアの巨大なスラスタ―が蒼い光粒子を激しく噴き出し、空間を歪めながら次元の海へと急速航行を開始した。
暗黒の宙域でその背中を見送るように漂う、一隻の艦艇があった。
ルークスからミッドチルダまでの航路で逮捕されたレジスタンスたちを助けた海賊艦『リリー・マルレーン』。
その海賊船の艦橋で紫煙を燻らせていたシーマ・ガラハウは、モニターに映し出された外宇宙艦隊の侵攻データと、急速に離脱していくナディアの軌跡を冷ややかな眼差しで見つめていた。
「ディンギルにボラーか……ふん、時空管理局の威光も、いよいよおしまいかねぇ。ご自慢の正義(メッキ)が剥がれ落ちた途端に、本物のバケモノどもに食いつくされるとはね」
「キャプテン、俺たちもずらかりやすかい?」
不安げな部下の言葉に、シーマは煙草を吐き捨て、踏みにじった。
「慌てるんじゃないよ……あの甘ちゃん艦長が、あの毒虫どもの巣窟でどう踊るか、高みの見物と決め込もうじゃないか……死ぬんじゃないよ、お嬢ちゃん」
次元世界を揺るがす未曾有の荒波の中、ナディアは、闇と混沌の渦巻く首都ミッドチルダへと向かって突き進むのだった。
ミッドチルダ・首都、クラナガンにある時空管理局本部ビル‥‥
その最上層に位置する広大な大会議室には、時空管理局の命運を握る”陸””海””空”の主要部門から、大勢の高官たちが重苦しい面持ちで席を埋め尽くしていた。
正面の巨大なメインモニターには、第42管理世界に設置されていた防衛用の監視衛星からの生中継映像が投影されていた。
映し出されたのは、あまりにも異様な光景だった。
空間の裂け目から次々と吐き出されるのは、不気味なガトリング砲を備えた隕石の様な特異な形状の宇宙船。
そして、その周囲を固めるように、全体的にずんぐりと丸みを帯びた圧倒的な物量を誇る宇宙船の大軍だった。
現地の悲鳴を最後に、モニターに映る映像の中で、監視衛星そのものが敵艦隊からの集中砲火を浴びて激しい爆発を起こす。
激しいノイズとともに、画面はプツリと暗転した。
「……通信、完全に途絶しました。第42管理世界の軌道防衛網は……壊滅した模様です」
青ざめたオペレーターの報告が、静まり返った大会議室に重く響く。
ボラー連邦の艦船に関しては、かつて管理局が総力を挙げて武力制裁を行い、大失敗に終わった苦い過去があるため、データベースには詳細なデータが蓄積されていた。
しかし、突如として現れたもう一方の勢力――ディンギル軍に関しては、いまだ不明瞭な点が多く、高官たちの間に動揺が広がっていた。
その沈黙を破るように、一人の陸軍高官が鋭い視線を向けた。
「ハラオウン艦長。この隕石の様な船……これは、ディンギル軍の船で間違いないかね?」
問われたフェイトは、引き締まった表情のまま前を向き、はっきりと頷いた。
「はい。間違いありません」
その瞬間、フェイトの脳裏には鮮烈な記憶が蘇っていた。
かつて、アクエリアスでガイアにトリチウムを搭載した後、ミッドチルダ近海へ向かおうとした時――ウルクを脱出したルガール率いるディンギル軍残党が、突如として牙を剥いて襲撃してきたちょっとした悪夢。
あの時、ウルク崩壊の混乱の中でディンギル軍が脱出手段として使用していたのが、まさに今モニターに映し出されたあの岩石ロケットに他ならなかった。
フェイトの返答を聞くや否や、別の高官が険しい顔のまま、今度は八神はやてへと詰め寄るように声を荒げた。
「八神艦長、ディンギル軍はすでに全滅したのではなかったのかね!?」
次元航行艦ジャガーノートの艦長として、アクエリアスの戦場に身を置いていたはやては、静かに目を細めて高官を見据えた。
「いえ……アクエリアス近海での戦闘では、もう一つの地球軍が敵の旗艦らしき艦を撃沈はしましたが、ディンギル軍の戦力全てを根絶やしにしたわけではありません。恐らく、あの戦いを生き延びた残党の残党が、行き場を失って次元の海を彷徨っている中で……ボラー連邦に拾われ、結びついたものと思われます」
はやてが冷静に導き出した考察と報告。
それを聞いた瞬間、大会議室に座る高官たちの顔色が変わった。
恐怖は瞬く間に、身勝手な怒りと責任転嫁へと変貌していく。
「くそっ、野蛮人どもが……! 敵を屠るなら、根っから全てを屠っておくべきだろうが!」
「そうだ! 何故、あいつらの後始末を、我々管理局がこの期に及んでしなければならんのだ!?」
不満と罵声が会議室のあちこちに飛び交う。
高官たちの矛先は、かつてガイアとまほろばを援護し、激戦を共にした防衛軍の艦艇――ヒューベリオン、ヱクセリヲン、そしてガルマン・ガミラスのランダルミーデへと向かっていた。
「あの時、ディンギル軍の残党をあそこで逃がさず、一網打尽に片付けておけば……! ボラー連邦とディンギル軍がこんな凶悪なタッグを組む事など、絶対に無かったはずだ!」
自分たちの安全圏から他者の戦いぶりに文句を垂れ、責任を押し付け合う高官たちの醜態。
その様子を目の当たりにしたフェイトと、隣の席に座るはやては、それぞれに深い冷ややかさと怒りを心に宿していた。
(自分たちの保身と組織の闇の隠蔽に夢中になっておきながら……いざ自分たちが脅かされると、他人のせいにするなんて……!)
フェイトは拳を強く握りしめ、爪が食い込む痛みを堪えた。
先ほどまで頭を悩ませていたルークスの一件や、管理局上層部の腐敗の数々が、この期に及んでさらに黒々とした悪意となって彼女の前に立ち塞がっている。
隣でこれを聞いていたはやてもまた、冷ややかな瞳の奥に鋭い光を灯し、胸中で小さく息を吐き捨てていた。
(……呆れてモノも言えんね。目の前の危機を前にしても、自分たちの責任逃れしか頭にない連中に、この次元世界を守る資格なんてあるんやろうか……?)
外宇宙からの圧倒的な脅威――ディンギルとボラーの連合軍による侵攻という「真の危機」が眼前に迫っているにもかかわらず、管理局の本枢は未だに内輪の責任転嫁とパニックから抜け出せていない。
腐りきった組織の頭上で、次元世界の崩壊を告げる鐘が、容赦なく鳴り響いていた。
会議室の中では、各部門の高官たちがそれぞれの立場から激しい議論を戦わせ始めていた。
「一刻も早く陸上戦力を結集し、第42管理世界へ強襲上陸を敢行すべきだ! 管理局の威信にかけて、即時反攻に出るべきだ!」
“海”の強硬派高官が机を叩いて声を荒げれば、“陸”の慎重派高官が冷ややかにそれを一蹴する。
「馬鹿を言うな! アクエリアスを接近させ、ミッドチルダの水没を企んだディンギル軍との戦闘によって、管理局は艦艇と人員に甚大な被害を受けていた。その傷はいまだ癒えていないのだ。今の戦力でむやみに突撃すれば全滅するのがオチだ。防衛ラインを第六管理世界まで下げるべきだ!」
「ふざけるな! 防衛ラインを下げれば、他の管理世界まで見捨てることになるぞ!」
“空”の高官が険しい顔で割って入る。
「艦艇だけではない、我が軍の誇る魔導師部隊もエルトリア遠征の痛手で慢性的な人員不足に陥っている。まともな航空優勢すら維持できん状態なのだ!」
さらに、財務・行政担当の高官が現実的な数字を突きつける。
「どちらの意見にせよ、予算も造船資材もすでに底をつきかけている。まずは国家予算の緊急徴発と、造船資材の確保が最優先だ!」
紛糾する議論の中、一隅で静かに腕を組んでいた一人の老高官――組織の良心とも称される人物が、重々しく口を開いた。
「静まりなさい……我々が今議論すべきは、責任の押し付け合いでも、保身のための防衛線引きでもないはずだ。第42管理世界には、罪なき多くの民間人や住民たちが暮らしている。彼らを見捨てておいて、どうして管理局が『正義の組織』と言えるかね?」
その言葉に、会議室の空気が一瞬だけピリッと引き締まった。
良識派高官の存在は、この腐敗した管理局のなかにあっても、まだ完全に光が失われていないことを示していた。
とは言え、現実の重圧がそれをすぐに押しつぶしていく。
「……それで、どうするつもりですか? 現状、我々の戦力だけで、第42管理世界奪還できると本気でお考えなのですか?」
静寂を破ったのは、はやての冷徹な一言だった。
その言葉は、会議室にいる全員が喉の奥に引っかけていた最大の懸念を、残酷なまでに浮き彫りにした。
時空管理局の現状は、目も当てられないほど壊滅的だった。
アクエリアスを接近させてミッドチルダの水没を企むディンギル軍との戦闘によって被った甚大な被害。そればかりか、その痛手を引きずったまま敢行した「エルトリア遠征」においても大敗を喫し、多くの貴重な戦力とベテラン魔導師を失っていたのだ。
(残されている戦力はあまりにも少なすぎる‥‥)
フェイトは手元のコンソールに表示された、管理局の「稼働可能艦艇一覧」のあまりにも心細い数字を睨みつけ、唇を噛みしめた。
こんな手持ちの札で、あの重武装を施したボラーの戦艦群と、凶暴なディンギル軍の連合体に対抗できるのか。
局員たちの顔に広がるのは、絶望に似た焦燥だった。
しかし、はやてがその鋭い視線を高官たちに向けたまま、さらに言葉を重ねた。
「相手も無傷ではないはずです。敵だって補給網も整っていない突貫工事の兵力かもしれん……要するに、これは『どちらが先に一隻でも多くの艦艇を揃え、前線に投入できるか』のスピード勝負です」
はやての指摘に、高官たちはぐぅの音も出ず互いに顔を見合わせた。
「一刻も早く、ドックで眠っている予備艦艇の再整備と、傷病兵の戦線復帰を急がせるんだ!」
「ミッド及び他の管理世界にある全ての造船所に通達! 突貫作業でいい、出撃可能な船を1隻でも多く建造・改修させろ!作業員は全て昼夜休み無しで働かせるのだ!!」
掌を返したように怒号混じりの指示を出し始める上層部。
自分たちの不正や隠蔽を棚上げにし、死の恐怖に背中を押されるようにして国防の号令をかけるその醜悪な姿に、フェイトは胸の奥で冷たい哀切を感じていた。
(こんな風にしか動けない組織でも……今はこの世界の人々を守るために、私たちが動くしかない)
フェイトは横に立つチンクと視線を交わし、力強く頷き合った。
一方、その頃‥‥第42管理世界では――かつて時空管理局の平穏な自治領域であった星系は、いまや黒く歪んだ戦火の煙と重力波の乱れに覆い尽くされていた。
電光石火の電撃戦によって瞬く間に管理都市と軌道防衛施設を制圧したボラー・ディンギル連合軍。
だが、拠点を確保したという事実以上に、彼らの前に立ちはだかる現実はあまりにも厳しく、切迫していた。
時空管理局という巨大な組織の喉元に刃を突き立てた以上、敵の本格的な反撃が遠からず押し寄せてくることは疑いようのない事実だったからである。
第42管理世界の主要工業プラントを接収し、臨時の要塞司令部へと改造された一画。
無機質なホログラムディスプレイが蒼白く輝く暗がりの中で、両勢力の幹部たちによる極秘軍事会議が執り行われていた。
ボラー連邦側の代表として重々しく腰を下ろしていたのは、かつて連邦の威信を背負い数々の宙域を転戦してきた将官、グレゴール・ラスプータンであった。
その鋭い眼光の先で立ち上がったのは、水没した故郷ウルクの残虐な滅びを生き延び、残党を率いるディンギル軍の代表――エナント・アルテスである。
「……見事な電撃戦だった」
ラスプータンが太い声を響かせ、深く刻まれた眉間のシワを揺らした。
「第42管理世界の奪取により、我らは急場を凌ぐ資材と工業基盤を手に入れた。だが……奴ら時空管理局が、この侮辱を黙って指をくわえて見過ごすはずもない。エナント、お前たちがミッドチルダ移住計画の折に交えたという、現在の管理局の真の戦力……改めて我らに聞かせてもらおうか」
ラスプータンの問いかけに、エナントは冷徹な眼差しを崩さぬまま、静かにホログラムのデータを操作した。
「ええ……語りましょう、ラスプータン提督。我らが聖なる都市ウルクを失い、ミッドチルダへと押し寄せた際に戦った時空管理局の戦力……それは、貴方がたボラー連邦が四、五年に交戦した頃の代物とは、もはや根本から異なっています」
画面に映し出されたのは、時空管理局が運用する最新鋭の次元航行艦や巡航艦の立体透過図面であった。
「四、五年前に貴方がたが武力制裁を試みた際、管理局の艦艇は局地的な魔法陣防御と低出力の魔導砲を主兵装とする、取るに足らない存在であったはず……ですが、いまや奴らは次元航行技術と魔導兵器の融合を著しく進めています。艦船の数こそ直近の敗戦で急減しているとはいえ、一隻あたりの個別戦力・防御出力においては、貴国ボラー連邦の主力艦船に追いつき、一部では凌駕すらしていると見るべきです」
「何だと……!? あの魔導師どもの舟が、それほどまでに進化しているというのか!?」
ラスプータンが吐き捨てるように呟く。
ボラー連邦もまた、ガルマン・ガミラス帝国との長きにわたる泥沼の小競り合い、そしてかの災厄――「銀河交叉」という宇宙規模の大惨禍によって本星および主要艦隊に致命的な打撃を受けていた。
数において圧倒していた誇り高きボラー大艦隊も、いまや見る影もなく擦り減り、戦力の増強は一刻の猶予も許されない絶対命題だったのだ。
「フン……数で押せぬとなれば、なおのこと一隻あたりの打撃力が物を言う。……だが、ディンギルよ。お前たちの艦艇戦力はどうなのだ?」
ラスプータンの探るような視線に対し、エナントは微かに自嘲めいた笑みを浮かべ、淡々と事実を口にした。
「正直に申し上げましょう。我がディンギルの現有戦力は……貴国ボラー連邦、そして時空管理局の双方と比較しても、最も乏しいと言わざるを得ません」
会議室に一瞬の重い沈黙が流れる。エナントは言葉を続けた。
「先の戦い……ルガール大総統閣下が息子のザール殿下に授けたウルク防衛艦隊は、異世界の戦艦『まほろば』が放った未知の巨砲……いわゆる『波動砲』なる一撃によって、跡形もなく全滅いたしました。我らに残されたのは、あの暗黒の海を漂流していた僅かな生き残りと、船の残骸のみです」
「……全滅か。悪夢のような話だな」
「ええ。ですが……」
エナントの瞳の奥に、暗く燃え盛る執念の火が宿る。
「艦隊は失われましたが、我々にはディンギルが誇る超文明の『技術データ』が完璧に遺されています。この第42管理世界に存在する豊富な重金属資源と大型造船プラントさえフル稼働させれば、かつて次元の海を揺るがした我がディンギル軍の機動艦船を、短期間で大量に再建造することは十分に可能です!」
その言葉に、ラスプータンはピシャリと膝を叩いた。
「なるほど……我がボラーの造船技術と、お前たちの持つ未知の兵器データ。そしてこの星の資源を融合させるというわけか。……ならば、あの恐ろしい兵器……『ハイパー放射ミサイル』も建造できるのか!?」
ラスプータンの期待に満ちた問いに対し、エナントは静かに首を振った。
「……残念ながら、それは不可能です」
「何だと? なぜだ!」
「ハイパー放射ミサイルに必要な特殊物質は、ウルクの地下深くに存在する特異な鉱床からしか採取できません。さらに、その物質を弾頭に充填するには、我が国にしか存在しなかった特殊精製施設が必要でした。現在の我々には、あの兵器を再現する手段がありません」
「くっ……あの絶大なる切り札が使えぬとはな……!」
ラスプータンは苛立ちを隠さず、机に固い拳を叩きつけた。
ハイパー放射ミサイルという一撃必殺の盾を失った以上、力押しでの力学は通用しない。
だが、エナントは動じずにまっすぐラスプータンを見つめた。
「嘆く必要はありません、ラスプータン殿。ハイパー放射ミサイルがなくとも、我が軍の高出力ガトリング兵装、その他にも我がディンギルにはもう一つの切り札があります。そしてボラー連邦が誇る重装甲艦の艦隊があれば、再編途上の時空管理局など粉砕できます。要は……時間です」
「時間……だと?」
「ええ。管理局もまた、我らがディンギルとの戦いによって艦艇も人員も底をついている筈です。今この瞬間、奴らも血眼になって予備艦の整備と新造を急いでいるはずです……どちらが先に、一隻でも多くの艦を完成させて前線に送り込むか。これは一分一秒を争う『建造のスピード勝負』なのです!」
エナントの冷徹な分析に、ラスプータンは深く重い吐息をつき、やがて獰猛な笑みをその唇に浮かべた。
「ふははは……面白い! 時空管理局の腐れ役人どもと、艦艇の建造レースとはな! 良いだろう、エナント。この第42管理世界の全造船ドックは昼夜を問わず稼働させろ!
使える資材はすべて兵器に変えるのだ!」
「御意。我がディンギルの生き残りにとっても、これが最後の再起の機会……一隻たりとも無駄にはいたしません」
ボラー連邦の重厚なる技術と、滅びしディンギルの怨念が宿る超技術。
二つの異形なる勢力が手を結び、第42管理世界の工場群は、不気味な溶接の火花と建造音を次元の海へと響かせ始めた。
時空管理局と、ボラー・ディンギル連合軍。
互いの台所事情が火の車であることすら知らぬまま、次元世界の存亡を賭けた凄絶なる「造船レース」の火蓋が、いま切って落とされたのだった。
――ここで、物語の時間を少し遡る。
時空管理局の本部がディンギル・ボラー連合軍の侵攻に揺れる、その少し前‥‥
大マゼラン星雲の彼方、孤高の星イスカンダルでは、地球から訪れた一隻の艦艇を迎えていた。
大マゼラン星雲の中にあるイスカンダルへ、地球の現状報告の為に使者として向かった良馬が艦長を務めるヒューベリオン。
無事にイスカンダルに到着して、彼はイスカンダルに滞在する古代守とトチロー、そしてイスカンダルの女王であるスターシアに地球の現状、また地球へ来る前に真田から預かった伝言やディスクを渡し、地球の現状報告をしていた。
その頃、王宮の中庭に広がる緑豊かな庭園では、色とりどりの異星の花々が甘い香りを漂わせる東屋のテーブルで、優雅にティーカップを傾けているのは、ジェレミアの妻となったイスカンダル王家の長女、サーシアと、その妹であり良馬の妻となったユリーシャであった。
「リョーマは、相変わらず忙しそう。地球を発ってからここまで、息をつく暇もなかったみたい」
ユリーシャは、カップから立ち上る蒸気をそっと吹きながら、小さく苦笑いを浮かべた。
その瞳には、使者としての重責を背負い、守やトチロー、そして母であるスターシアへの報告に追われる夫への、深い情愛と慈しみが宿っている。
「ふふ、でもお互い様でしょう?ジェレミアだって、トチローさんと一緒に銀河鉄道のデータにかじりつきっぱなしだもの。男の人って、宇宙の存亡とか技術の話になると、いくつになっても夢中になっちゃうのね」
サーシアは柔らかく微笑み、妹のカップに温かい紅茶を注ぎ足した。
二人の会話の端々には、銀河を揺るがす過酷な戦いをいくつも乗り越えてきた者だけが持つ、静かな強さと慈愛が満ちていた。
「……ねぇ、お姉様。地球や銀河系は今、また大きな激動の渦の中にあるみたい。リョーマが真田さんから預かってきたディスクの暗号データ……お父様やトチローさんたちの顔色も、少し曇っていたわ」
「ええ‥‥異次元の空間から現れたもう一つの銀河系が交差するなんて‥‥その影響でデスラー総統の星が壊滅して、総統は今も宇宙のどこかで新たなる故郷を捜している。宇宙の自然相手では人間は無力かもしれない‥‥それでも、人は傷つきながらも何度でも立ち上がる‥‥総統はきっと新しい故郷を見つける筈よ」
サーシアは遠い目をして、庭園の青空を見上げた。
しかし、その重くなりかけた雰囲気を撥ね退けるように、庭園の芝生の上から無邪気で賑やかな歓声が響き渡った。
「待てーっ! 待ちなさい、ガジェット!」
「友莉葉ちゃん、あっちに回り込んで! 挟み撃ちだよ!」
元気いっぱいに声を張り上げて走っているのは、良馬とユリーシャの愛娘である友莉葉と、ジェレミアとサーシアの娘である一架だった。
二人が追いかけているのは、ジェレミアが娘たちのために特別に組み上げた、非武装型の小型ガジェットロボットだ。
黒と銀の愛くるしい球体フォルムをしたガジェットは、ピコピコと愛らしい電子音を鳴らしながら、二人の小さな猛追を軽快に交わして芝生の上を低空飛行している。
「あはは! 一架ちゃん、そっち行ったよ!」
「任せて! ……えいっ!」
一架が勢いよく飛びつくも、ガジェットは「ピピッ!?」と驚いたような音を立ててすんでのところで上昇。
一架はそのまま柔らかい芝生の上をごろりと転がった。
「あたたた……もうっ、ジェレミアお父様の作るロボットは、逃げるのが上手すぎるよ!」
「ふふっ、おじさまのメカだもん。そう簡単には捕まらないよ! ほら、一架ちゃん、立って!」
友莉葉が手を差し伸べると、一架はその手を取って立ち上がり、二人で顔を見合わせて弾けるような笑顔を見せた。
従姉妹同士である友莉葉と一架は、血縁を超えた深い絆で結ばれており、まるで本当の姉妹のように仲が良い。
そんな子供たちの睦まじい姿を、ガゼボから見守るユリーシャとサーシアの表情が、いっそう優しく和らいでいく。
「ふふ、一架も友莉葉ちゃんも、本当に元気がいいわね。ジェレミアが『安全な遊び相手に』って徹夜で作っていたガジェットだけど……すっかり二人の良い運動相手になっているわ」
「ええ。ジェレミアさんの愛情が詰まったロボットですもの。あの子たちの笑顔を見ていると……どんなに宇宙が荒れていても、この平穏と未来だけは、何があっても守り抜かなきゃいけないって、強く思うわ」
ガジェットを追いかけている娘たちの姿を微笑みながら見つめる姉妹たち。
「リョーマの報告が終わったら、きっとまた忙しくなるわね。でも……今日くらいは、こうして静かに家族の時間を愛しみましょう、サーシアお姉様」
「そうね、ユリーシャ。私たちにできるやり方で、彼らを支え、温かく迎え入れてあげましょう」
二人の母が温かな眼差しで見守る中、木漏れ日が降り注ぐイスカンダルの庭園には、幼い友莉葉と一架の無邪気な笑い声と、ガジェットの賑やかな電子音がどこまでも響き渡っていた。
ユリーシャは小さく息をつくと、ふとサーシアのお腹あたりに視線を落とした。
そこには、ゆったりとしたイスカンダルのドレス越しにもわかる、わずかな愛おしい膨らみがあった。
「……ねえ、サーシアお姉様。体調はもう落ち着いたの?」
ユリーシャの声には、姉を心から気遣う優しさと、新しい生命への愛おしさが滲んでいた。
「ふふ、ええ、大丈夫よ。初期のつわりもようやく治まって、最近は少し食欲も出てきたところ。ジェレミアったら、私が少しでも顔色を変えると『大変だ、すぐに横になりなさい!』って過保護にして、トチローさんにも呆れられているのよ」
サーシアは困ったように微笑みながらも、その手で優しくお腹を撫でた。
「ふふっ、ジェレミアさんらしいわ! でも……本当におめでとう、お姉様。一架ちゃんがお姉ちゃんになるのね」
ユリーシャは嬉しそうに目を輝かせ、そっと自分の手をサーシアの手の上に重ねた。
「ありがとう、ユリーシャ。この子がお腹に宿っていると分かった時……真っ先に思ったの。この世界がどれほど激動の中にあろうと、生まれてくる命には、たくさんの光と平和を見せてあげたいって」
「ええ……本当にそうね」
ユリーシャは静かに頷き、空を見上げた。
「リョーマが背負っている戦いや、これから立ち向かう運命は決して軽いものではないけれど……こうして新しい命が紡がれていくことこそが、私たちが絶望に負けない理由そのものだわ」
「そうね。男の人たちは宇宙の平和や未来を守るために戦っているけれど、私たちはここで、彼らが帰ってくる温かな場所を守り、新しい命を育んでいきましょう」
サーシアの穏やかで強い言葉に、ユリーシャは深く頷いた。
その時、庭園の向こうから、
「一架ちゃん、そっちに行ったよ!!」
「よーし‥‥やった!!捕まえたーっ!」
という賑やかな声が上がり、ガジェットを無事に捕まえた友莉葉と一架が、満足気な笑顔で東屋へと走ってきた。
「お母様、叔母様! ガジェット捕まえたよ!」
「見て、見て、ジェレミアお父様のロボット、降参だってピコピコ言っているの!」
駆け寄ってきた二人の子どもたちを、サーシアとユリーシャは温かな笑顔で迎え入れた。
激動の銀河の渦中にあっても、この庭園には確かに、守るべき未来と愛おしい平穏が満ちていた。
同僚を失い傷心のユーノ、そんな彼の身を案じたなのはの今後の進展について
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付き合っちゃえ
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お友達のままで