宇宙海賊シーマ・ガラハウを追跡していた次元航行艦「ナディア」の艦長・フェイトと副長チンクは、ステルス・コロニーで時空管理局の隠蔽された闇――組織の汚れ仕事に利用されたシーマたちの悲劇と、ルークス汚職高官の釈放という衝撃の真実に直面した。
葛藤の末にレジスタンスの救出に成功したものの、艦内が猜疑心に揺らぐ中、次元世界を揺るがす「真の危機」が牙を剥く。
外宇宙からの圧倒的な脅威であるディンギル軍とボラー連邦の大艦隊が突如として侵攻を開始し、第42管理世界の軌道防衛網は壊滅した。
時空管理はパニックに陥り、フェイトには彼らに対する対策会議への出頭命令が下る。
組織の不正や保身に満ちた上層部の醜態に怒りを覚えながらも、フェイトは「人々を守るため」にミッドチルダへの帰還を決意する。
一方、第42管理世界を制圧したボラーの提督ラスプータンとディンギルの残党エナントは、両者の技術と資源を融合させ、戦局を覆すための「艦艇建造レース」の火蓋を切った。
――時を同じくして、大マゼラン星雲の孤高の星イスカンダル。
地球の現状報告のため赴いた良馬を迎え、宮殿の緑豊かな庭園では、サーシアとユリーシャが穏やかなティータイムを過ごしていた。
無邪気に駆け回る子どもたちの笑い声に包まれる中、サーシアのお腹には新しい命が宿り、銀河の激動の嵐から遠く離れた場所で、確かな未来と平穏が育まれていた。
組織の腐敗、外宇宙からの侵略、そして新たな命の誕生――。
混沌の渦巻く次元世界の明暗が交錯する中、物語はいよいよ緊迫の次ステージへと突入する。
大マゼラン星雲の孤高の星イスカンダル。
その王宮の中庭に広がる陽光あたたかな庭園では、次元世界を包み込む緊迫した空気とは打って変わり、静けさと優しい時間に満ちていた。
「よしっ、月村!データリンクの同期、これで完了だ!」
作業用バイザーを押し上げたトチローが、油のついた手で快活に声をあげる。
その傍らには、真田から預かった暗号ディスクの解析を終えた古代守と、ジェレミアの姿があった。
「ありがとうございます。トチローさん、古代先輩。これで地球側の最新状況と『光軌』延伸計画の進捗データがすべて揃った」
イスカンダルへ地球の使者として赴いた良馬は、受け取った端末の数値を確認しながら深く息を吐いた。
東屋のテラスからは、紅茶を注ぎ足すサーシアとユリーシャの穏やかな笑い声が風に乗って運ばれてくる。
芝生の上では、友莉葉と一架がジェレミア作のガジェットロボットを追い回して賑やかな歓声をあげていた。
「ふふ、リョーマ。お仕事の話はもうひと段落ついたかしら?」
ユリーシャが温かな眼差しで歩み寄り、良馬にそっとカップを差し出す。良馬は「ああ」と小さく笑い、愛する妻の手から温かいお茶を受け取った。
「サーシアお姉様のお体も順調みたいだし……こうして家族みんなで過ごせる時間は、本当にかけがえのないものね」
「そうだな……地球はこれまでいくつもの激動を乗り越えてきた。だからこそ、この平穏を守り抜かなきゃならん」
良馬は優しく微笑み、サーシアの少しふっくらとしたお腹を気遣うように視線を向けた。
新しい生命の宿る光景は、戦いの中に身を置く者たちにとって何よりの希望そのものだった。
ここで時間を現在へと戻し、視点をイスカンダルからミッドチルダへと移す。
これまでの不穏な前兆を拭い去るかのように、ミッドチルダ・時空管理局本部の大会議室には緊迫した空気が満ちていた。
「フェイトちゃん……本当に、その提案を通すつもりなん?」
はやてが隣に居るフェイトに静かに声をかけた。
その表情には、友を案じる色と高官たちの浅はかさに対する諦めが混ざり合っている。
「ええ。この提案を実行しなければ、管理局も管理世界も今度こそ、破滅よ」
フェイトは立ち止まり、握りしめた自らのデバイス『バルディッシュ』に視線を落とした。
「あのエルトリア遠征での大敗……そして、あのシーマ・ガラハウが管理局の動きをことごとく先回りしていた理由。それを考えれば考えるほど、答えは一つに行き着くの」
フェイトの脳裏に、かつて敵として、そして暗闇の中で苦い真実を突きつけてきた女性――シーマの冷ややかな嘲笑が蘇る。
(『生半可な正義感じゃあ、巨悪にくわれちまう……』)
「シーマは、管理局のような巨大な組織力も資源も持っていない……ほぼ単独の海賊勢力よ。それなのに、なぜ彼女は私たちの動きを正確に把握し、裏の裏まで読み切れていたのか?……それは、彼女が次元世界全域に張り巡らせた独自の人脈と、泥をすするような思いで手に入れた情報網・情報ルートがあまりにも豊富なのよ」
「情報、か……」
「そう。情報こそが、勝敗を分かつ最大の鍵なの」
フェイトの瞳に宿る真摯な光に、はやては息を呑んだ。
フェイトの頭の中には、かつて自分たちが直面した痛烈な失敗の記憶が鮮明に刻まれていた。
「……思い返してみて、はやて。機動六課の時もそうだった。私たちはカリムの『予言』という貴重な情報だけに頼って部隊を動かしていた。けれど……予言は決して万能な情報ではなかったわ。断片的で、不完全だった」
「……そうやな」
はやては悔しそうに唇を噛みしめた。
「あの公開陳述会の日……スカリエッティは地上本部ビルと六課隊舎を同時に襲撃してきた。私たちは敵の完全な奇襲を許し、ヴィヴィオを奪われ、最終的に『聖王のゆりかご』の起動まで許してしまった……あれは、私たちが敵の正確な動向と真の狙いを掴みきれていなかったからや」
「うん。だからこそ……同じ過ちを繰り返すわけにはいかないの」
フェイトは力強く頷き、重い会議室の扉を見据えた。
「ボラー連邦とディンギル軍の連合体……彼らが次にどこを狙い、どう動くのか?今の管理局はパニックを起こして『艦艇の量産』や『即時反撃』ばかりに目を奪われているけれど、敵の進路も把握せずに暗闇で振り回す剣なんて、何の役にも立たないわ」
二人が意識を周囲に戻すと、大会議室では相変わらず高官たちが「造艦ドックの稼働率」や「陸上部隊の徴用」について罵声を浴びせ合っていた。
フェイトはまっすぐ中央の壇上へと歩みを進め、毅然とした声を響かせた。
「皆様、発言をお許しください!」
凛とした声に、騒然としていた高官たちの視線が集まる。
「ハラオウン艦長、何だ? 今は戦力増強の具体策を詰めている最中だぞ!」
「いいえ、それ以上に直ちに着手すべき事項があります!」
フェイトは手元のコンソールを操作し、次元世界の立体マップを表示させた。
「現状、我々が優先すべきは無謀な奪還作戦ではありません。管理局残存艦隊の全力を挙げた、広域哨戒・索敵網の構築です!」
「何だと……!?君は貴重な残存艦艇を、そんな地味な索敵活動などに割けというのか!?」
“海”の高官が立ち上がり、机を叩く。
「今、一隻でも多くの艦艇を前線に配置しなければ、第42管理世界に続いて他の宙域まで侵攻されるのだぞ!?」
「敵の『位置』も『規模』も『補給線』も分からずに前線へ送り出せば、それこそ、貴重な艦船を無駄にし、エルトリア遠征の二の舞になります。私は現在の管理局の現状を理解しているつもりです。だからこそ、慎重かつ的確な行動をしなければならないのです!」
フェイトは引かずに高官の視線を真っ向から見返した。
「かつてのエルトリア遠征における管理局の敗北……そして本局の崩壊、アクエリアスの接近、ディンギル軍の襲来、そして機動六課時代に許した地上本部ビルおよび隊舎への同時襲撃事件。これらはすべて、我々が敵の情報を誤認し、あるいは不完全な情報に依存しすぎた結果引き起こされた惨劇です!」
会議室がしんと静まり返る。過去の苦い敗北を引き合いに出され、高官たちは言葉を詰まらせた。
「一海賊勢力に過ぎないシーマ・ガラハウが、なぜ巨大組織である我々管理局の裏をかき続けられたのか?……それは彼女が次元世界の至るところに張り巡らせた人脈と情報網を有し、常に正確な状況を把握していたからです。情報量の差こそが、戦力の優劣を凌駕する最大の武器なのです!」
隣に立ったはやても、静かに、しかし重みのある声を重ねた。
「ボラーとディンギルの連合軍もまた、突貫作業で戦力をかき集めている最中のはずです。敵がどの航路を使って補給を行い、どこに戦力を集中させようとしているのか……哨戒網を広げてその『動脈』を突き止めることこそが、少数の戦力で巨大な敵を打倒する唯一の勝機です」
フェイトは高官たちに向かって深く一礼し、まっすぐな瞳で訴えかけた。
「司令部直轄の予備艦艇、および稼働可能な高速巡航艦をすべて主要次元航路の哨戒任務へ再配置してください。暗闇の中で闇雲に剣を振るうのは、もう終わりにしましょう」
フェイトの痛切な提言と論理的な分析。
保身と混乱に満ちていた高官たちの間に、初めて「現実的な作戦方針」に対する沈黙が広がった。
組織の腐敗に傷つき、絶望の淵に立たされながらも、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンは「人々を守るため」に自らの足で立ち上がり、冷徹なまでの洞察力で時空管理局を動かそうとしていた。
大会議室を支配していたのは、重苦しく張り詰めた沈黙だった。
これまでの管理局の敗北は情報の軽視にあった。
そして、例え一戦で敗北を記しても、これまでの管理局にはそれをカバーできる艦船と人員があった。
しかし、現状の管理局にはもう艦船も人員も余裕がない。
今の管理局にとって一度の敗戦は今後の勝敗に左右する重大な局面にもなっていた。
勝利を確実にするには戦う前の下準備が念入りに必要になっていた。
「……ハラオウン艦長の言う通りだ」
静寂を破ったのは、先ほど「組織の良心」として言葉を発した老高官だった。
彼は深く溜息をつき、周囲の険しい顔つきをした同僚たちを見渡す。
「我々はいつも、目先の戦力比や面子にとらわれ、敵がどこから牙を剥くかという基本を軽視してきた。その結果がこれまでの激痛だ……今ここで暗闇に向かって闇雲に艦艇を突撃させれば、ボラーとディンギルの二重の罠に落ち、管理世界全域の防衛網が完全に崩壊するぞ」
「しかし! 哨戒に戦力を割けば、ミッドチルダ本星の直衛網が手薄になるリスクはどうするのだ!?」
なおも保身から抗弁しようとする陸軍高官の言葉を、はやてが鋭い一言で遮った。
「本星の手前で敵を待ち構えるだけの防衛策が、どれほど危険かはアクエリアスの接近で痛感したはずです。敵の進路を早期に察知し、局地的な数的優位を作って叩く……それが、今のボロボロな我々に残された唯一の『生き残り策』やありませんか?」
はやての背後に漂う静かな圧迫感と、フェイトの揺るぎない眼差し。
二人の若き特命提督・艦長が示す冷徹なまでの現実解に、ついに最高評議会の代理を務める幹部が重々しく頷いた。
「ステータス承認――。ハラオウン艦長、八神艦長の提言を受け入れる。――全稼働可能な高速巡航艦、および地方基幹基地の予備哨戒艇に対し、直ちに第42管理世界周辺宙域から主要次元航路にまたがる『広域早期警戒網』の展開を命じる!」
決定が下りた瞬間、フェイトは小さく息を吐き、胸の前で深く頭を下げた。
「……感謝いたします」
作戦承認の報は、瞬く間にミッドチルダの各ドック、そして待機中だった残存艦隊へと伝達された。
ミッドチルダ首都クラナガンの港湾地区にある管理局の次元航行艦停泊港。
そこには、前述の激戦で傷つき、応急修理を終えたばかりの次元航行艦や各種の高速偵察艇が不揃いな姿で繋がれていた。
「全艦、MS機関の始動確認! 哨戒エリア第八海域から第十海域へ向けて、順次発進せよ!」
管制塔からのオペレーターの怒号にも似たアナウンスが響き渡る。
ナディアのブリッジに戻ったフェイトとチンクの眼前で、ドックのロックが次々と外れていく。
満身創痍でありながらも、蒼く輝く魔導推進の光粒子を撒き散らしながら、一隻、また一隻と次元の海へ躍り出ていく艦艇たち。
「……艦長」
副長のチンクが、コンソールに映し出されるリアルタイムの展開図を見つめながら呟いた。
「各艦、疲弊し切っています。ですが……誰ひとりとして、不平を口にする者はいませんね」
「うん……みんな分かっているんだと思う。自分たちが今、暗闇に灯りをともさなければ、この次元世界の誰も守れないって」
フェイトはブリッジの前面ウィンドウ越しに、自艦「ナディア」の側方をすり抜けて次元跳躍に入っていく小型巡航艦の影を見つめた。
それは、組織の腐敗や醜い隠蔽工作に打ちのめされながらも、現場で生きる末端の局員やクルーたちが泥をすすりながら繋ごうとしている「正義の残り火」そのものだった。
「通信長。広域データリンクの構築状況は?」
「はい! 第6、第12管理世界の地上観測所、および展開中の哨戒艦32隻とのデータリンク、正常に確立!
リアルタイムでの次元歪み検知システムの運用を開始しました!」
ミリアリアの力強い声とともに、ブリッジの中央ホログラムに、暗黒の次元世界を網の目のように覆っていく青い警戒ラインが描き出されていく。
かつてシーマ・ガラハウがその手で築き上げた情報網。
そして、これまで情報の重要性を軽視して来た事による苦い敗戦の数々の経験……。
その双方の記憶を糧にして、時空管理局は今、過去最大級の広域警戒網という名の「目」を手に入れつつあった。
しかし――フェイトの胸の奥には、消えることのない冷たい予感が渦巻いていた。
(ボラーとディンギル……彼らがこの警戒網の構築を黙って指をくわえて見ているはずがない。必ず……この網を破るための『刃』を打ち込んでくる筈……!)
蒼い推進光の残光を残し、ナディアもまた、自らに割り当てられた危険な最前線宙域へと向けて、次元の海を切り裂いていくのだった。
管理局の次元航行艦群が次々とミッドチルダを出航していく中、ミッドチルダ近海の次元宙域に身を潜める暗雲の影――海賊艦『リリー・マルレーン』のブリッジは、薄暗い紫煙と無機質なオペレーション音に包まれていた。
「キャプテン、ミッドチルダ宙域からの暗号データを傍受しやした! 例の甘ちゃん艦長……時空管理局の全残存艦隊を使って、主要航路全域にでかい網(哨戒網)を張り始めやがったようですぜ」
シーマの部下の一人が、信じられないといった様子でコンソールのモニターを指さす。
そこには、次元の海を網の目のように覆っていく時空管理局の警戒アクティブ・ラインと、それに呼応して動き出した各管理世界の残存艦艇の動向がリアルタイムで映し出されていた。
シーマ・ガラハウは操舵席のシートに深く腰掛け、紫煙をゆったりと吐き出しながら、細められた瞳でそのホログラムを眺めていた。
「へぇ~……あのお人好し小娘、ただ命令に従って出頭しただけじゃなかったってワケかい」
シーマの唇に、皮肉とわずかな感嘆の混ざった笑みが浮かぶ。
「エルトリアでの無残な敗北……過去の無様な失態を盾にして、あの腰抜けの高官どもを黙らせたってトコだろうねぇ。泥をすするような思いで情報を集めてきたアタシたちのやり方を、まさか管理局の小娘艦長が真似事するようになるとは思わなかったよ」
「ですがねぇ、キャプテン。そんな網を張ったところで、相手はあのボラーとディンギルですよ? 物量も火力も桁違いだ。情報が手に入ったところで、今の管理局の戦力じゃ正面からぶつかれば一溜まりもありやせんぜ」
部下の言葉は至極正論であった。第42管理世界を接収し、工場ドックを昼夜問わずフル稼働させて機動艦艇を建造し続けるボラー・ディンギル連合軍。
その圧倒的な暴威に対し、満身創痍の管理局がいくら早期警戒網を敷いたところで、戦局を根底から覆せる保障などどこにもない。
「だからこそ……面白いんじゃないか」
「と、申しますと?」
シーマは煙草の火を灰皿で消し、鋭い眼光をモニターの暗闇へと向けた。
「あの小娘たちは、腐りきった組織の闇を直視して、絶望を知りながらも『人々を守る』なんて甘い理想を捨てきれずに足掻いている……そしてボラーとディンギルは、過去の敗北と滅びの執念で動く飢えた狼どもだ。その猛獣どもと今の管理局がどう向き合うのか‥‥最高のショーだと思わないかい?」
「は、はぁ‥‥」
「でも、管理局以外のお得意様に被害が及ぶと折角のお得意様を無くすことになる。お得意様各方面には今回の事を教えてやりな」
「へい!!」
シーマの脳裏に、かつて時空管理局の「殺し屋(クリーナー)」として利用され、捨て駒にされた自分たちの血塗られた過去が重なる。
時空管理局という組織が背負う闇は深い。
しかし、今その組織の看板を背負って戦場に立つフェイトやナディアのクルーたちは、その闇に抗いながらも命を懸けて前線へと向かっている。
「キャプテン……俺たちはどう動きやす? このまま高みの見物を決め込んで、どっちかがくたばるのを待つんで?」
「焦るんじゃないよ」
シーマは低く冷ややかな声で制した。
「今飛び出せば、ボラーの重火力とディンギルのガトリング砲の蜂の巣にされるか、管理局の無能どもに後ろから撃たれるのがオチだ。アタシたちが動くのは……奴らの『ご自慢の網』に、決定的なバケモノがかかったその瞬間さね。フェイト・テスタロッサ……アンタがどれだけの覚悟でその網を張ったのか、見せてもらおうじゃないか……この地獄のゲームから無事に生き残ってみせな、お嬢ちゃん」
シーマ・ガラハウは冷ややかな笑みを浮かべながら、闇の中に潜む『リリー・マルレーン』は漆黒の次元の海の彼方に姿を消した。
一方、辺境の管理世界スプールスでは――。
そこにある時空管理局の辺境造艦プラントでは、連日のように響く重厚な金属音と溶接の火花が激しく飛び散っていた。
作業卓に向かい、難解な設計図面と格闘していた主任造艦技師・ヴェルタンのもとに、一枚の緊急端末を持った部下が慌てた様子で駆け寄ってきた。
「ヴェルタン技師、ミッドの本部から……!」
「あぁ~分かっている。『一隻でも多くの次元航行艦を作れ』って指令だろう?そんなのディンギル戦役からずっと言われっぱなしじゃないか……適当に『リョウカイシマシタ』とでも返信しておけ」
ヴェルタンは顔を上げることなく、手に持った電子ペンを走らせながら冷めた口調で吐き捨てる。
しかし、部下の息の荒さは収まらなかった。
「は、はぁ……ですが、今回はどうも急を要する事の様で……」
「急を要する?ふん、管理局は常に急を要する事ばかりだろう?」
「それが、どうもボラー連邦とディンギル軍の残党が第42管理世界を占領したみたいで……」
部下のその言葉に、ヴェルタンのペン先がピタリと止まった。
彼はゆっくりと顔を上げ、部下をじっと見据える。
「ほぉ~ボラーとディンギルがねぇ……ボラーは兎も角、ディンギルの連中まだ生き残っていたのか」
ボラー・ディンギルの連合軍が第42管理世界を占領したという重大な事実を聞かされても、ヴェルタンの顔色には驚愕の色など微塵もなく、どこか冷めた関心が浮かんでいるだけだった。
管理局の方針では既にこのスプールスも見捨てられているのだが、一応造艦プラントがあるからこそ、一応通達が来たのだ。
しかし、自分たちが半ば管理局から見捨てられている事などヴェルタンたちは知る由もなかった。
「それで、管理局は第42管理世界を奪還するために次元航行艦を作れと?」
「どうやらその様です……追加の要請も来ています」
部下はそう言うと、震える手で追加要請が記された電子指令書をヴェルタンに差し出した。
ヴェルタンが画面に目を通す。
そこには、上層部の無責任さを象徴するような一文が大きく映し出されていた。
『――余力があれば、新型艦の設計・建造も行え』
「はぁ!?余力だと!?そんなものあるわけがないだろう!?本部の連中は今の艦政部の実情を知らないのか!?本部の尻拭いをこっちが必死にカバーしようとしているのに、次から次へと無駄に戦力を消耗しやがって!!艦政部に艦隊が湧き出す魔法の壺でも持っていると思っているのか!?」
ヴェルタンは怒りに任せて端末をデスクに叩きつけ、声を荒げた。
現場の苦労を全く理解せず、机上の空論で無理難題を押し付けてくる本部の体質に、彼の我慢の限界はとうに振り切れていた。
だが、そんな激昂するヴェルタンを前に、部下はふっと不敵な笑みを浮かべ、少し身を乗り出した。
「で、ですが、これはある意味チャンスなのでは?」
「ん?」
予想外の部下の言葉に、ヴェルタンは眉をひそめて動きを止めた。
「……どういうことだ?」
「『余力があれば新型艦を作れ』ですよ。これを逆手に取るんです。量産艦の建造や数合わせなんて他の世界の大きな造艦所に任せておけばいいではありませんか?私たちスプールスの技術陣は、このお墨付きを盾にして、我々が本当に夢見ていた新型艦の建造に堂々と着手できるのではないでしょうか?」
部下のその言葉を聞いた瞬間、ヴェルタンの怒りの表情がスッと消え去り、代わりに技術者特有の狂気じみた、しかし鋭い光がその瞳に宿った。
「……ほぉ?」
ヴェルタンは口元にニヤリと不敵な笑みを浮かべ、先ほど叩きつけた端末を再び拾い上げる。
彼はコンソールを叩き、一つの設計構想を呼び出した。
「量産型の雑魚船ばかり作らされるのはゴメンだが……単なる火力任しの船じゃあボラーの物量には押し潰される。オレが目指すのは、ボラーの巨艦隊の群れやディンギルの大型艦艇を迎撃するため、そしてフェイト艦長の掲げる『広域情報戦・索敵網』を最前線でバックアップするための、長距離索敵・電子戦および高機動・高迎撃能力に特化した新型特務艦だ。本部の間抜けな高官どもが尻尾を巻いて逃げ回る前に、次元の海をひっくり返すようなとびっきりの牙を仕込んでやろうじゃねぇか!」
辺境の造艦プラントで、管理局の無理難題を逆手に取った一人の天才技師の暴走とも言える「索敵・電子戦特化型新型艦の建造計画」が、今まさに静かに動き出そうとしていた。
一方、時空管理局の本局直轄であるミッドチルダ本土の主要造艦施設でも、まったく同じ「余力があれば新型艦を作れ」という無理難題の指令が届いていた。
静まり返った主任技師室。
淡いホログラムの明かりに照らされたデスクの上で、一人の女性技術者――ニナ・パープルトンは、手元に届いたばかりの電子指令書を見つめながら、深いため息をついていた。
「……またコレよ。『余力があれば、新型艦の設計・建造も行え』……ってねぇ、まるで馬鹿の一つ覚えみたい」
ニナは頭を抱え、艶やかな髪を軽くかき上げた。
彼女もまた、ヴェルタンと同様に、型式通りのありふれた量産艦の建造ばかりを強いられる毎日にうんざりしていた技術者の一人だった。
本当であれば、彼女自身も新型艦の設計など喉から手が出るほどやりたい仕事である。
だが、ニナの胸中には、ヴェルタンのようなどこか野心的な暴走とは違う、強烈な「ブレーキ」とトラウマが刻まれていた。
(新型艦……作ってみたいのはやまやまだけど……あんな事件があった後じゃ、素直に飛びつく気にはなれないわよ……!)
ニナの脳裏に甦るのは、悪夢のような過去の記憶。
かつて彼女が全精力を傾け、設計から建造の指揮まで執り行った肝いりの新型次元航行艦――。
その鳴り物入りの最新鋭艦が、よりによってあの宇宙海賊――シーマ・ガラハウの手によって、まるで我が物のように鮮やかに強奪されてしまったのだ。
「自分の設計した船が、あんな海賊の手に渡って牙を剥くなんて……二度あんな屈辱を味わうのは御免だわ。……それに、ミッドチルダの本土の真ん中で、厳重な防衛シールドと本局直轄の警備艦艇に守られていれば、あんな海賊だってそう簡単に手出しはできないはずよ!」
ニナは本土の分厚い警備体制を見上げ、自分に言い聞かせるようにそう結論づけた。
しかし、シーマは単なる力任せの海賊ではなく、管理局内部の組織網すらハッキングし、必要ならば正面戦闘を避けて情報を盗み出す恐るべき手口の持ち主である。
「本土だから絶対安全」というニナの認識は、致命的なまでに甘いものであった。
(……それに、ヴェルタンみたいに辺境で危険を冒さなくても、本土の最先端環境なら、本国の基準に沿った手堅くも強力な『防空・バランス型新型艦』を優雅に設計できるわね)
世渡り上手で処世術に長けたニナは、この混乱に乗じて本国の主要造艦所への異動願を電光石火のスピードで提出し、見事に受理されていた。
こうして、ヴェルタンが辺境で電子戦・索敵特化の牙を研ぎ澄ませていたのとは対照的に、ニナは本土の安全圏(と彼女が信じる場所)で、自身の設計思想に基づいた新たな新型艦の図面にペンを走らせ始めるのだった。
天才技師たちがそれぞれの野望や保身に走り、極秘裏に新型艦の設計に没頭していたその裏で、時空管理局の「現場」は音を立てて崩壊の危機に瀕していた。
辺境の造艦プラントであれ、ミッドチルダ本土の巨大ドックであれ、状況は同じだった。
連日続く昼夜逆転の突貫工事、終わりの見えないシフト、そして限界を超えた過密スケジュールにより、現場の作業員やエンジニアたちの肉体的・精神的な疲労はとうにピークを突破していたのだ。
時空管理局・艦政部の総務窓口には、連日のように山のような書類が積み上げられていた。
その中身は、本部が求めている「戦力増強の報告書」などではない。
『休みがない、これ以上の継続勤務は不可能』『過酷な労働に見合う給与が支払われていない』、そして何よりもデスクの隅を埋め尽くしていたのは、大量の『辞表』の束だった。
さらに深刻なのは、現場の労働者たちの間に漂う不安と不満の空気であった。
熟練の整備士たちは「こんな現場では命がいくつあっても足りない」と愚痴をこぼし、一部の古株は「どうせ上層部は、人間を使い捨ての駒としか見ていない」と冷めきっていた。
人材も、時間も、そして労働意欲もすべてが枯渇しきった絶望的な状況。
その「システム崩壊」の隙を突くようにして、狡猾な巨悪が管理局の足元へと忍び寄ってきた。
そんな中、ミッドチルダ本部の高官室に招かれたのは、巨大軍需・技術開発企業――『カレドヴルフ・テクニクス社』の主席営業代表だった。
スマートなスーツに身を包んだ男は、冷徹な微笑みを浮かべながら、手元のホログラム端末を優雅に操作した。
投影されたのは、無機質な輝きを放ち、鋭利な装甲を纏った自律作動型汎用端末(CW-ADX規格)の立体映像だった。
「どうやら今回の一件でお困りのようですね、管理局の皆様。人手不足、作業員の疲弊、そして迫り来る外宇宙からの脅威……そのすべての悩みを、一挙に解決する最高のソリューションを我々はご用意いたしました!」
男が指をパチンと鳴らすと、映像の機体が鮮やかな起動シークエンスを見せた。
「ご紹介しましょう。我がカレドヴルフ・テクニクス社が誇る、次世代の自立学習型AIを搭載した無人端末――『ラプター(CW-ADX Raptor)』です」
『ラプター』――それは、高度な自立学習型AIを搭載し、人間の操縦者を必要としない完全無人の汎用戦闘・作業端末であった。
「このラプターの最大の強みは、その汎用性と耐久性にあります。睡眠も食事も必要とせず、放射線汚染地域や重力異常宙域であっても、24時間365日休むことなく過酷な造艦作業を遂行します。さらに――」
営業代表の目がギラリと光る。
「戦闘プログラムに切り替えれば、そのまま屈強な最前線の歩兵、あるいは艦隊の防衛ドローンとして運用可能です。来るボラー・ディンギル連合軍との戦闘においても、人間の代わりに盾となり、恐怖を感じることもなく、血を流すこともなく敵を圧倒してくれますよ」
そのプレゼンテーションを聞いた管理局の高官たちの表情は、驚愕から、次第に救いを求めるような貪欲な色へと変わっていった。
現在、管理局はボラー・ディンギル連合軍の侵攻という極限の非常事態に直面している。
高官たちは、非常時特例による緊急調達名目と、「すでに他の管理世界での導入実績がある」という企業側の巧みな営業トークに飛びついた。
かつて管理局が経験した、人工生命や自律型制御システムの暴走事件に関する歴史的教訓など、今の恐怖と保身に狂った高官たちの脳裏からは綺麗さっぱり抜け落ちており、安全審査は驚くべきスピードで簡略化され、予算の特例枠から巨額の資金が即座に捻出された。
「素晴らしい……! すぐに契約しよう! 非常時特例だ、全造艦ドックへのラプターの導入を急いでくれたまえ!」
「これで奴らに勝てるぞ!!」
高官たちが飛びつくように『ラプター』の大量導入を即決する中、その場に同席していた一部の良識ある技術者や現場責任者たちは、背筋が凍るような強い嫌悪と恐怖を覚えていた。
だが、現場の労働者たちにとっても、ラプターの導入は決して救済などではなかった。
「これで過酷な作業から解放される」
と期待する者もいたが、一方で熟練技術者たちは、
「自分たちの仕事が機械に奪われ、やがて人員整理の口実に使われるのではないか?」
と、強い危機感を抱いていた。
さらに、現場の技術者会議では深刻な懸念が次々と指摘されていた。
AIの学習制御: 自己学習型AIが、予測不能な環境下で命令の解釈を勝手に書き換えるリスク。
通信システムの脆弱性: 外部からのハッキングや通信妨害(エレクトロニック・ウォーフェア)を受けた際、一斉に暴走する危険性。
魔力制御の互換性: 管理局独自の魔導システムや霊子回路との互換性が不完全に等しく、予期せぬエネルギー漏洩を引き起こす懸念。
整備体制の欠如: 複雑な故障が発生した際、それを自力で修理・対応できる専門技師が現場に圧倒的に不足していること。
軍事転用と裏の罠: 最も恐ろしいのは、カレドヴルフ社が「マスターキー」および全機体の遠隔管理システムを自社サーバーに保持している点だった。
管理局は人材不足を解消するためにラプターを大量導入したつもりが、実際には一企業に自軍の重要なインフラと全兵力の首根っこを握られることになっていたのだ。
企業側が別の思惑を持っていた場合、ラプターは管理局の最大の致命傷になりかねない。
「ちょっと待ってください! 安全性の検証も不十分で、しかも外部企業の遠隔管理下に依存する兵器を、これほど大規模に導入するなど正気の沙汰ではないぞ!」
良識ある技師が声を大にして反対したが、恐怖と保身に駆られた高官たちはその警告を完全に一蹴した。
(……人間を使い捨ての駒のように扱い、挙句の果てに当然の権利を主張した者たちを切り捨て、感情を持たない機械の群れに現場を明け渡すというのか……!?)
新鋭艦の設計を進めるニナや、辺境で独自の牙を研ぐヴェルタンの知らないところで、管理局の裏側はさらに深く、冷徹な機械の論理と企業の謀略に浸食され始めていた。
労働者の怒りと辞表の山、現場の深刻な分断、そして突如として持ち込まれた「冷酷な鉄の兵団」。
混沌を極める時空管理局の足元で、破滅へと向かう歯車が、また一つ重く不気味な音を立てて回り始めたのだった。
同僚を失い傷心のユーノ、そんな彼の身を案じたなのはの今後の進展について
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付き合っちゃえ
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お友達のままで