猫は死ぬ前に姿を消す‥‥
飼い主に自分の死に目を見せないために、猫は死ぬ前にどこかへ姿を隠すと言われている‥‥
そして今、此処でまさに死を迎えようとしている一匹の猫が居た‥‥
???Side
私の役目はこれで全て終わった‥‥
あの子に私が知っている全ての知識を全て教えた‥‥
あの子にはあの子の為の専用のデバイスも作り、それを与えた‥‥
使いこなせるかは、全てあの子次第‥‥
私はあの子を悲しませない為、一人、何処かへと転移し、其処を自分の最期の地と決めた。
あの子の成長した姿を見られないのは残念だけど、元々そういう契約なのだから、仕方がない‥‥
プレシア‥‥どうかあの子を‥‥フェイトのことをちゃんと自分の娘として見てあげてください‥‥
アルフ‥‥どうか、フェイトを支えてあげて‥‥
ああ、目の前が段々と暗くなってきた.‥‥体ももう動かず、眠くなってきた‥‥
私は薄れゆく意識の中、願った。
主人であるプレシアの事。
娘の様に育てたフェイトの事。
妹のような存在であるアルフの事を‥‥
そして、あのカプセルの中で永遠に眠り続けるであろうもう一人のあの子の事はきっと、きっと、大丈夫だろうと必死に思って‥‥‥‥‥
「猫?」
私が残されていった人達の事を思っていると、誰かが傍に来たようだ‥‥
でも、私にはそれが誰なのかは分からない‥‥
「坊ちゃま!!やっと見つけましたよ!!心配したんですからね!!」
それが、目を閉じた私が最後に聞いた言葉だった‥‥
???Side end
海鳴市の少し人里離れた場所にその屋敷は存在した。
広く大きな庭の中には小さいながらも、林も存在し、そこに住む人物がかなりの金持なのだと一目でわかる。
そんな屋敷の庭でメイド服に身を包んだ女性が声をあげて庭を走り回っていた。
「坊ちゃま~!! 良馬坊ちゃま~!!」
メイドの名前はノエル・エーアリヒカイト
この屋敷の当主月村忍に仕えるメイドである。
そしてノエルが名前を呼んでいる「良馬」とはメイドのノエル、そしてこの屋敷の主である月村忍にとって大切な人の名前だった。
つい先ほどまで、庭で遊んでいた筈の坊ちゃまの姿が見えなくなったので、ノエルは血相を変えて、その坊ちゃまを探している最中なのだ。
その坊ちゃま本人は、林の中で一匹の猫を見つけた。
「猫?」
彼が見つけた猫はぐったりと地面に倒れ、姿が半透明になっている。
「坊ちゃま!!やっと見つけましたよ!!心配したんですからね!!」
弱っている猫を見つけた彼の背後からノエルが声をあげながら近づいてきた。
「あっ、ノエル、猫、猫さんが‥‥」
「猫?」
ノエルが怪訝そうに見ると、彼の腕の中には半透明で今にも消えそうな猫の姿があった。
「坊ちゃま、その猫は、どうやらただの猫ではないようですね‥‥」
「?」
良馬はノエルの言う言葉の意味が分からないようで首を傾げる。
そんな良馬にノエルは猫の正体を教える。
「その猫はおそらく誰かの使い魔の様ですね」
「つかいま?」
「ええ、魔術師のパートナーの様なものです。でも、長くは無いようですね‥‥主との契約が切れて消滅しようとしているようです」
既に消えかけている事からこの猫の使い魔としての寿命が短くなっている事をノエルは察する。
「えっ?猫さん死んじゃうの?」
ウルウルと瞳をにじませながらノエルを見上げる。
「その‥助ける方法が無いわけではありませんが‥‥」
ノエルはどうしたものかと思い、気まずそうに視線を逸らす。
「どうすればいいの?」
猫が死なない方法があると分かった良馬はパァっと顔を輝かせる。
「‥‥その‥新たに契約をすれば助かるかと‥‥」
「どうやって契約をするの?」
「‥‥坊ちゃまの法術を使えば何とかなるかと‥‥」
ノエルが気まずそうに言うと、
「‥‥」
良馬も表情を曇らす。
しかし、最終的に良馬は法術を使い、猫と契約を結んだ‥‥
良馬が猫と契約を結んだ後、良馬とノエルの姿は屋敷の中にある一室にあった。
二人は部屋にある椅子に座っている。その二人の目の前には屋敷の当主である月村忍の姿があった。
「良馬‥‥」
忍の冷めた声が部屋に響く。
「は、はい‥‥」
体をビクッと振るわせ、怯えた声で返事をする良馬。
「私はあれほど言った筈よね?無闇に法術を使っちゃダメって‥‥」
「‥‥」
忍のお説教の言葉に良馬は顔を俯かせる。
「ノエル‥‥」
「は、はい」
次に忍はノエルにお説教の矛先を向ける。
ノエルも忍の剣幕に怯えている。
「貴女にも言い聞かせた筈よね?良馬に法術を使わせないようにしっかりと面倒をみるように‥って‥‥」
「は、はい‥申し訳ございません」
忍がノエルに睨みをきかせると、ノエルはますます怯える。
「ノエルは悪くない!!」
突然良馬の大声が部屋に響く。
良馬は椅子から立ち上がり、声を上げる。
「ノエルは悪くない!!悪いのは法術を使った僕だ!!だからノエルは悪くない!!」
ノエルが忍に苛められていると思った良馬は目に涙を浮かべながら必死にノエルを弁護する。
良馬の態度に忍もノエルも一瞬唖然となる。
しかし、忍はいち早く再起動すると、良馬に尋ねる。
「そう‥それなら、どうして法術を使ったの?私と約束をしたのに‥‥」
「そ、それは‥‥」
良馬は視線を泳がせ、力なく椅子に座る。
「私に言えない様な事をしたの?しかも、法術を使って‥‥」
「‥‥」
「貴方の法術は特別な力なの‥それを狙う悪い人も居るのよ!?どうなの?良馬?答えなさい!!」
忍はこれまでに無いほど、大きな声をあげて、良馬に問う。
「そ、それは‥‥」
忍の大声を聞いて良馬は忍から視線を逸らす。
目には既に涙が浮かんでいる。
「それは?何なの?言いなさい!!」
「‥‥」
「し、忍様実は‥‥」
ノエルがもう見るに見かねて良馬が法術を使った経緯を話した。
良馬が忍に話さなかったのは、只でさえ、使用を止められている法術を猫のために使ったと知れば更に怒ると思ったからだ。
しかし、ノエルから経緯を聞いた忍は良馬の頭を撫でた。
「まったく、それならそうと先にそう言えばよかったのに‥‥」
「もう、怒ってない?」
「ええ‥そう、猫を助けるために使ったのね?でもね、良馬」
「はい」
「生き物を飼うと言う事は、命を預かり、命に責任を持つと言うことなのよ。途中で止めることは出来ないのよ。それだけは絶対に忘れないでね?まして使い魔となれば、それは、貴方の半身でもあるのよ。いいわね?」
「はい!!」
先ほどとは打って変わって良馬は嬉しそうに笑みをこぼした。
「それで?その猫は今、どこに居るの?」
「部屋で寝ているよ」
忍、ノエル、良馬は猫が居ると言う良馬の部屋へと赴く。
部屋にはノエルが用意したクッションの中で静かに眠る茶色い猫の姿があった。
「可愛いわね」
忍は笑みを浮かべながら眠る猫を見ていたが、心の中では別の事を考えていた。
「ん?ここは‥‥?」
目を覚ますと、そこは見慣れない部屋だった。
「私は確かプレシアとの契約が切れて消滅したはずじゃあ‥‥?」
辺りを見回すと、既に夜のようで、窓の外も部屋の中も真っ暗だった。
ただ部屋にあるベッドの中から人の気配を感じる。
それも自分とリンクしている。
どうやらベッドの中にいる人物が新たに自分と契約を結んだ人物なのだろう。
つまり、自分の新しいマスターと言う事になる。
目が暗闇に慣れてくると、猫は部屋の中を見渡した。
部屋の中には玩具や絵本が置いてあることから、新しいマスターは子供の可能性があった。
(上級使い魔である私と契約するなんて‥‥でも、プレシアの時の契約と何か違うような違和感が‥‥)
リニスは妹分のアルフと違い、上級使い魔に位置する。
上級使い魔は契約時とその後に供給する魔力が多い。
そのため、猫にはベッドで寝ている子供が自分と契約しているのが驚愕に値した。
しかも前まで、当然魔法での契約を行っていたが、現在自分とのリンクが魔力とは少し異なる感覚があった。
目覚めた猫がベッドをジッとみていると、部屋のドアが静かに開き、一人の女性が部屋の中に入ってきた。
その女性はベッドではなく、一直線に猫の下まで音もなく歩いてきた。
「ちょっといいかしら?」
その女性はクッションの上に座っている猫に話しかけた。
普通、猫に話しかけても猫は理解しないだろうが、その女性は今、クッションにいる猫が人の言葉を理解できると、最初から分かっているかの様に話しかけてきた。
猫の方もその意を読み取り頷くと女性と共に部屋を出た。
そして忍は自分の執務室に猫と共に入ると、
「その姿じゃ話し辛いから姿を変えてくれるかしら?なれるのでしょう?人の姿に‥‥」
と、言い放つ。
流石に猫に当たり前のように声をかけていると危ない人か寂しい人に見えて構図的には嫌だった。
「っ!?」
猫の方はいきなり忍からその様な事を言われて驚いたが、向こうも使い魔に関して覚えがあるものと判断して猫の姿から人の姿へと変えた。
忍の目の前には茶色い猫では無く、黒い上下一体のアンダーウェアーの上に白と茶色のロングコートを着て、頭にナースキャップの様な白い帽子をかぶった茶色い髪の女性が一人立っていた。
「はじめまして迷い猫さん。私はこの屋敷の当主、月村忍。貴女の名前は?」
人の姿に変わった猫を見ても忍は驚く様子もなく、早速猫に名前を尋ねる。
「私の名前は‥リニスです」
人の姿になった猫は自らの名前を明かした。
「そう、リニスって言うの‥‥」
「あ、あの‥‥」
「ん?どうしたの?」
「あ、いえ、その‥‥あまり驚かれないんですね」
リニスは忍の平然とした態度に驚かない理由を尋ねる。
「昔、近くの神社で貴女と似たキツネがいたから‥‥そう‥‥昔‥‥にね‥‥」
忍は昔(過去)を懐かしみながら呟く。
「はぁ‥‥」
リニスは既に忍が自分と同じ使い魔と既に面識があったので、あそこまで平然としていられたのだと一人納得し、本題へと入る。
「それでお話と言うのは?」
「良馬‥いえ、私達一族の秘密についてね。その前にまずは、貴女の事を教えてくれないかしら?その後、私達一族の事も話すわ」
「分かりました」
リニスは、魔法の事、使い魔の事、そして自分の前のマスター プレシア・テスタロッサの事を忍に話した。
「そう、貴女も色々大変な思いをしたのね」
「‥‥」
「それじゃあ次は私の番ね」
続いて忍は約束通り、リニスに自分達一族の事を話した。
「まず、私達一族の事だけど、私達は外見こそ、普通の人間に見えるけど、人間であって人間じゃないの」
「?それはどういう事ですか?」
「私達は夜の一族と呼ばれる種族なの」
「夜の一族?」
聞いた事のない種族名を言われ、リニスは首を傾げる。
「分かりやすく言えば吸血鬼よ」
「きゅ、吸血鬼!?」
「ええ」
吸血鬼と呼ばれる種族についてはリニスもいくらかの覚えがある。
管理世界にはそう言った吸血鬼と呼ばれる種族が存在している世界があるからだ。
しかし、文献で見た吸血鬼と今、目の前に居る自称吸血鬼と言う忍の外見からはあまりにも似つかわしくなかった。
「貴女が吸血鬼に対し、どんなイメージを持つかは大体分かるわ。太陽の光が苦手だったり、ニンニクや十字架、教会、銀が苦手‥‥そんなイメージなのでしょう?」
「え、ええ」
自分の知る吸血鬼のイメージを言われ、首を縦に振るリニス。
「でも、残念。私達は貴女のイメージしている吸血鬼とは、少し違うタイプの吸血鬼なのよ。まず、普通の人と違う点だと寿命ね」
「寿命?」
吸血鬼に寿命なんてあるのかと思うリニス。
文献に記されている吸血鬼は不老不死と書かれているものがあったためである。
「一般の人間の平均寿命が七十~八十くらいだとして、私達、夜の一族の平均寿命はその二倍~三倍の寿命でね。実際私自身も百年以上生きているわ。まぁ、私は結構長く生きている方に分類されるわね」
夜の一族の平均寿命をリニスに教える忍。
その夜の一族の平均寿命を聞いたリニスは、
「ひゃ、百年!?」
思わず声をあげる。
それは忍の容姿が年齢と合わないためである。
彼女の容姿はどう見ても二十代後半の容姿‥‥とても百年以上生きているとは信じられない。
「まぁ、実際こうして生きているのだから、これは信じてもらうしかないわね。もっとも血を飲まないと長生きはできないけどね」
そういって忍は手に持った輸血用パックをリニスにチラつかせる。
「は、はぁ」
「それと、吸血鬼と言えど、ちゃんと死ぬ時には死ぬのよ。事実、私の両親は天寿を全うする前に事故で死んだわ。それに良馬の両親もね‥‥」
「‥‥」
「次に人間離れした身体能力と、他者の記憶操作や霊感などを持っている事ね。誰かに見られでもしたら、私達は静かに生活できないもの」
「た、確かに‥‥」
「それらを踏まえた上で、貴女に問うわ」
忍は真剣な表情でリニスを見つめる。
リニスもそんな忍同様真剣な表情で、忍を見る。
「私達が普通の人間でなくとも、あの子と一緒に居られる?良馬と貴女の話を聞く限り、貴女のマスターは良馬と言う事になるのだから‥‥もし、命惜しさで良馬の使い魔をすると言うのならば、今この場で私が貴女を殺すわ。どんな手を使ってもね‥‥」
一見脅しの様だが、忍の表情と内に秘めたる殺気から、忍が脅しで言っているのではないと分かる。
その証拠に部屋の空気がピリピリする。
しかし、リニスは既に死を覚悟した身。
今更、そんな安い理由で契約を続けようとは思わない。
「見くびらないで下さい。これでも私は使い魔の中では上級の使い魔だと自負しております。使い魔となった時点で何時死んでもおかしくない状況に居たんです。今更死など恐れませんし、マスターをそんな目で見る様な使い魔は使い魔ではありません!!」
リニスの真剣な表情を見て、忍はリニスの言葉に嘘偽りがないと判断した。
これでも百年以上生きており、なおかつ、実家は財閥と言う事でこれまで沢山の野心や下心を持った人間を見てきたので、人を見る目は十分肥えているつもりだ。
リニスの言葉を信じ、忍は殺気を引っ込めた。
「一応、その言葉を信じるわ」
「‥‥」
忍はリニスの決意を聞いた後、ノエルを呼び、深夜のお茶会と洒落込んだ。
「あの子は‥‥良馬はさっきも言った通り、事故で両親を失っているのよ」
「‥‥」
カップを持ちながら哀愁漂う雰囲気で良馬の身の上を話す忍。
リニスは黙ってそれを聞いている。
「母親の代わりとなって育てているのは私とメイドのノエルの二人だけ‥だから、貴女が良馬の事を本当に思ってくれるのなら貴女に良馬のことを任せられるわ。良馬の事をよろしくお願いします」
忍は深々とリニスに頭を下げる。
「い、いえ、そんな!!マスターを守る事は使い魔の当然の義務です!!だから、頭を上げて下さい」
「ありがとう。でも、良馬は負けず嫌いで、周囲に迷惑や心配をかけてばかり‥そのくせ妙な所で律儀というか、他人を見捨てられない所があるの‥ホント、あの人そっくり‥貴女もこれから色々と苦労するかもしれないわね」
忍はクスッと笑みを浮かべる。
「男の子は少しヤンチャな方が可愛いんですよ」
そんな忍に釣られてリニスもクスッと笑みをこぼす。
「それにあの子、死んだ私の旦那の力を孫達の中でも一番強く受け継いでいてね、正直、魔術を齧った事のある人(?)が近くに居てくれると助かるわ」
忍の話を聞き、ここは何処かの管理世界なのかと思ったリニスは此処が何処なのかを聞いた。
互いに色々話したが、此処が何処なのかまだ聞いていなかったからである。
「あの‥今更ながら失礼ですが、ここはなんという世界なのでしょうか?」
「?ここは日本の海鳴だけど?そう言えば、貴女はどこから来たの?イギリスのロンドン?それともロシア?あっ、それともイタリアのバチカン?」
忍は今まで会ってきた魔術関係者の出身国と地名をあげる。
しかし、リニスは、
「い、いえ私が前のマスターに仕えていたのは、ミッドチルダと言う世界です」
「ミッドチルダ?」
聞いた事の無い地名に忍は首を傾げる。
そこで、リニスは、管理世界の概念を忍に話した。
「成程、貴女の話し通りならば、この世界は管理外世界に属するわね。時空管理局なんて組織の名前は、聞いた事が無いもの」
「ですが、マスター(良馬)には魔法めいたものがあると‥‥?」
「基本的、私達もそうなんだけど、魔術師と言う生き物は、おおっぴらに存在を明かしたりしないのよ。だからこの世界がその時空管理局に相手にされてこなかったのでしょうね。もっとも、話を聞く限り、そんな組織の傘下に入るつもりは私個人としてはゴメンだけどね」
「会った事があるんですか?その‥魔術師に?」
「何度か有るわ。私の死んだ旦那が生前、退魔の仕事をしていてね、そう言ったオカルトめいた事件を近くで見てきたから」
忍の話を聞き、この世界が密教の隠れ里のような世界なのだとリニスはそう認識した。
しかし、ここがどんな世界だろうと、こうして新しいマスターと出会えたのだから、文句は無い。
使い魔として、また母親として、そして魔術関係者の保護者として、やるべき事が多そうだ。
しかし、どれも使い魔としてはやりがいの有りそうな仕事ばかりだ。
こうしてリニスの新たな使い魔生活が始まったのであった。
部屋に戻ったリニスはベッドの中で眠る良馬の頭を撫でる。
「うぅ~‥おかーさん」
リニスに頭を撫でられた良馬は寝言を呟く。
良馬の寝言を聞いたリニスは一瞬唖然とするが、すぐに頬笑み、再び良馬の頭を撫でる。
「よろしくお願いしますね。ご主人様(マイマスター)」
眠る良馬を見つめるリニスの姿はまさに我が子を見つめる母親の様であった。
一方、リニスと別れた忍は自分の部屋で月明かりの中、一人、ウィスキーの入ったグラスを傾けていた。
リニスに夜の一族の事と良馬の事を話して、忍は昔に死に別れた旦那の事を思い懐かしんでいた。
テーブルの上にある写真立ての中には古ぼけた写真があり、その写真には若き日の頃の忍の姿と黒髪の青年の写真があり、二人は仲むつまじく腕を組み、カメラに向けて、笑みを向けている。
写真を見て、忍は口元を緩めた。
リニスが良馬の使い魔となってから暫くして、良馬、リニス(猫バージョン)、忍はノエルが運転する車で、ある場所へ出かけた。
ちなみに良馬はリニスが人の姿になれるということは知らないし、リニスと言う名前もまだ知らない。
良馬達がやって来たのはこれまた良馬が住んでいる屋敷同様大きな屋敷で、広大な庭には、沢山の猫が住んでいた。
「相変わらず、すずかの家は猫天国ね」
忍が庭に居る沢山の猫達をみて呟く。
「いらっしゃいお姉ちゃん、良馬君、ノエル」
玄関先にはこの屋敷の主でもあり、忍の妹である月村すずかが良馬達を出迎えた。
「こんにちはすずかさん!!」
良馬が元気よくすずかに挨拶をする。
「こんにちは、良馬くん。あれ?その猫?」
すずかは良馬の頭の上に居るリニスに注目する。
猫好きのすずかならば、猫が気にならない筈がない。
「この前、家で拾ったの~」
「へぇ~その子、なんて言う名前なの?珍しい種類だね?」
すずかがリニスに興味がある様で、名前を聞いてくる。
さすがにリニスの種類までは分からないが、良馬は思いついた名前をすずかに伝える。
「う~んと‥‥ド〇リアさん!!」
今ここでリニスに名前を与えた良馬であったが、
「にゃ~にゃ~!!」
リニスは良馬のつけた名前に不満があるのか、首を振っている。
「あまり気にいってないみたいだよ?」
「えぇ~それじゃあ・・・・ザー〇ンさん」
最初のドド〇アさんにかなりの自信があったにも関わらず、却下になったのが少し不満の様子の良馬。
「うにゃ~」
またもリニスは良馬のつけた名前が気に入らない様子。
「じゃあ、フ〇ーザ様」
「にゃ~」
その後も、リニスに新しい名前をつけて行くが、そのどれもがリニスには気に入らない名前ばかりだった。
(((ネーミングセンスの無さもあの人そっくり)))
次々と浮かんでくる名前を言っては却下される良馬の姿を見て、忍、すずか、ノエルの考えは一致した。
忍の旦那だった男もネーミングセンスが無かったことからリニスの名前を必死に考えている良馬にその姿が被った。
「良馬、『リニス』なんてどう?」
見るに見かねた忍が助け船を出す。
「ニャ!!ニャ!!」
リニスも変な名前をつけられるよりも既につけられている名前を呼んでもらう方が良かったため、必死に頷く。
「喜んでいるみたいだよ?」
リニスの様子を見て、すずかが言うと、良馬は渋々猫の名前を「リニス」と決めた。
猫の名前も無事に決まり、その後は皆でお茶会や他の猫と戯れた。
すずかの家の猫たちもリニスに興味があるのか近づいてきた。
中には少し目が怪しい猫もいた。
主に雄猫たちの目つきがリニスを見る目がヤバい。
その後、リニスはすずかの家の雄猫たちに追いかけまわされたが、事情を知らない良馬は、
「リニスは皆と仲良しさんになったんだね」
と微笑みながらリニスの様子を見ていたが、なんとなく事情を察した忍やすずか、ノエルは何とも言えない顔をしていた。
(帰ったら、慰めてあげないと‥‥)
沢山の雄猫に追いかけまわされるリニスを見て、忍は今夜の酒と愚痴の相手をしてやろうと心で決めた。
しかし、それ以前にリニスが今日此処で純潔を散らさないかが心配だ。
そして当のリニスはと言うと、
(イヤーっ!!犯されるー!!)
(姉ちゃん、俺と楽しい事しようぜ!!)
(いや、俺とやろうぜ!!)
必死にすずかの家の雄猫たちから逃げ回っていた。
約一名(?)にとっては不幸だったこの日、ここには確かな平穏があり、大人たちはこの平穏がいつまでも続くものだと信じていた。
しかし、その平穏があまりにも過酷で地獄の様な現実に晒されようとはこの場に居る者‥いや、地球に居る者の中で誰一人として知る者は居なかった。