星の海へ   作:ステルス兄貴

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七十五話 法の舟は再び星の海へと船出する

 

銀河系星雲・某宙域

 

「敵艦の撃沈を確認ました」

 

「スペース・ロックは、全弾正常に作動し、敵艦に命中しました」

 

「宜しい、参謀長、残骸と死体のサンプル回収を忘れるなよ」

 

「はっ!!」

 

「それにしても、あんな軟弱な艦で『次元世界の管理者』とは笑わせてくれる。だが、まあいい、新型誘導ミサイル『スペース・ロック』の実用試験に貢献してくれたことだけには感謝しよう。全艦反転、準備が出来次第帰還するぞ!」

 

「はっ!!」

 

大型の丸みを帯びたずんぐり型の艦船及びシャープなデザインの小型艦艇は何処へと去って行った‥‥。

 

 

時空管理局 本局

 

はやて、クロノら穏健派が「しばらく次元世界探索はやめるべき」と主張しても、相手は百年以上、魔導師至上主義、管理世界拡大推進を唱えて来た管理局のお歴々の方々が相手だ。

自分たちの様な若造の言う事など、聞く耳を持つはずがない。

しかも言っている事がこれまで管理局が行ってきた行動を控えろと言うのだから尚更だ。

そんな中、またもや管理局に凶報が齎された。

時空管理局本局にあるクロノの執務室にある端末が呼び出しのアラーム音を立てた。

 

「提督!!」

 

用件を訊ねようとしたクロノの機先を制するかのように、画面の秘書が焦った声を上げた。

 

「どうした?」

 

珍しく慌てた様子の秘書にただならぬ気配を感じたクロノは、敢えてゆっくりと訊ねる。

 

「巡航艦ラティオが遭難信号を発信し、直後に消息を絶ちました!!」

 

「な、なんだと!?」

 

クロノの表情が凍り付き、彼は反射的にデスクから立ち上がった。

 

それから数時間後、クロノは突然の召集を受けた。

 

 

時空管理局本局・次元航行本部管制室

 

クライスラーの消息不明に次ぐ、ラティオの遭難の報に管制室は騒然としていた。

自分のオフィスから駆け付けたクロノも現状と経緯の把握にかかっている。

ラティオは、新たな有人世界を発見したと報告を寄せた後、調査のためその本星を確認する予定だったと聞く。

 

ラティオは反管理局活動の鎮圧や数多くのロストロギア確保・収集の実績が本局上層部に高く評価されていた艦だが、クロノはかねてからこの「実績」とやらに強い疑念と不信感を抱いていた。

反管理局勢力の殲滅では犯罪組織に無関係の者まで死傷させ、ロストロギアの回収もかなり強引な手段で行い、管理局への怨嗟を買う等、反管理局の火種を作って回っているとしか思えないのだ。

前・現艦長とも上層部に強力なコネがあるため、都合の悪い事は揉み消されてしまうところも、クロノが不信感を拭えない所だ。

しかし、遭難となればなおのこと無視できない。

反管理局勢力によるテロか? あるいは、ガトランティスや地球防衛軍のような、管理局を上回る軍事力を持つ勢力なのか?

前者ならまだ打つ手はあるし、再発防止策も打てるが、後者ならオプションは大きく縮まる。

地球防衛軍のような、比較的穏健な勢力ならば交渉できる余地があるかも知れないが、ガトランティスや暗黒星団帝国のような好戦的・侵略的な組織だと、薮を突ついて毒蛇か大蛇を呼び出すようなものだ。

 

「一体、何が起きようとしているんだ‥‥?」

 

何か大きな力が、時空管理局を破滅の落とし穴にゆっくりと引き寄せているような気分になるクロノだった。

 

 

時空管理局本局、会議室

 

L級巡航艦ラティオの遭難を受け、管理局の“海”・“空”に加え、“陸”の高官も交えた緊急会議が開かれた。

スクリーンには、まずラティオの出航から緊急救難信号をキャッチするまでの航路や定時連絡等の経過が説明された。

ラティオが最後に送ってきた通信文は、

 

「本艦はこの世界の艦隊に襲撃され‥‥」

 

で途切れていた。

少なくとも、地球防衛軍やガミラス、ガトランティス、暗黒星団帝国ではない、未知の艦隊と交戦したらしい。

 

本局の管理世界拡大推進派や強硬派からは、直ちに捜索・探索隊を派遣すべきだとの声が上がったが、“陸”の高官からは、ラティオの捜索だけならまだしも、犯人の探索は新たな犠牲を増やすだけだ、との声が上がり、本局の慎重派もこれに同調して、互いに譲らぬ激論になった。

またミッドの地上本部、本部長のロールスロイス中将は、新世界探査の無期限中止を提案した。

この提案に対し、管理世界拡大推進派が真っ向から反発することになった。

 

「我々は次元世界の正義と安全を守る義務がある!我が管理局の正義を貴官らは自ら否定するというのか!?」

 

「その通りだ!!そんな軟弱な考えを持っているから未だにミッドの治安が改善されないのではないかね?」

 

「貴官らはそう言うが、次元航行艦の遭難が相次いでいるのに尚も世界探査を続けることに一体、何の意味があるのだ?ガトランティスや暗黒星団帝国のような好戦的勢力への対策の目処が立っていない上に、唯一話が通じそうな地球防衛軍にまで喧嘩を売るような真似をするなど、正気の沙汰とは思えん」

 

ロールスロイスは若干ムッとしながらも、本局の行動そのものを否定した。

 

「地球防衛軍も大量破壊兵器を持っている危険な勢力だ!貴官はそんな連中を信用など出来ると思っているのか!?貴官こそどうかしているぞ!!」

 

「ならば、こんな所で吠えないで、地球防衛軍と地球連邦政府側にそのまま言ってみたらどうかね?『君たちの存在は危険だ。故に我々の管理下に入れ!!』とな‥まぁ、そうなれば、ハラオウン執務官らは用済みということなんだな?」

 

皮肉混じりに返すロールスロイスに、“陸”の出席者は失笑し、本局の管理世界拡大推進派が反発しかかるが、フェイトの事が出てきたことで、流石の連中も失言に気づいて黙り込んだ。

もし、この時点でフェイトたちを切り捨てれば、市民のみならず管理局内部からも激しい反発が起きることに気づいたのだ。

それだけ、旧六課の隊長陣の人気は物凄いと言う事だ。

彼女たちは実績もそうだが、容姿も美しいため、局内、一般人問わずに人気があるのだ。

事実、局内の売店では彼女らのブロマイドが売っているくらいなのだから。

会議場が剣呑な空気に包まれた時、三提督の一人、ミゼット・クローベルが動いた。

 

「ラティオを襲撃したのが何者かわからない以上、派遣任務はラティオの捜索だけに限定し、かつ複数の艦で赴くべきでしょう。また、この捜索活動の結果が出るまで、新世界探索は一時見合わせて、現在探索任務についている艦船は直ちに中止命令を出し、一旦帰還させて、各管理世界との連絡を密にすべきだと思いますが、皆さんはどうお考えですか?」

 

“陸”や本局の穏健・慎重派は賛意を示し、本局の管理世界拡大推進派も三提督からの進言を蹴る訳にはいかず、渋々同意した。

次に議題はラティオの捜索任務に移り、その任務に当たったのは、先ごろ完成したばかりのSX級一番艦キャデラックを始めとするX級巡航艦、R級巡航艦を中心とする部隊となった。

これには管理世界拡大推進派の局員たちが、ここで新鋭艦の性能、強さを知らしめて、再び主導権を握ろうとする思惑があった。

 

 

それから数日後‥‥

 

時空管理局 本局 次元航行艦発着港

 

謎の艦隊の攻撃を受け、消息不明になったラティオを捜索するため、管理局が誇る最新鋭のSX級次元航行艦キャデラックと同じくSX級次元航行艦ベントレーと三隻のXV級次元航行艦、四隻のX級巡航艦、二隻のR級巡航艦が次々と本局の次元港バースを離れていく。

次元港には三提督を筆頭に、本局勤務の局員が多数見送りに来ていた。

 

「‥‥」

 

穏健派の局員は一様に厳しい、あるいは浮かない表情だ。

出航した艦に家族や恋人が乗っているのか、発着港には涙ぐんでいる女性の姿も見受けられる。

明るい顔、自信満々の顔をしているのは管理世界拡大推進派の高官ぐらいだ。

勿論連中は、この任務には誰一人参加せず、彼らの身内は一人も乗って居らず、ただミッドで捜索隊の報告と帰りを待つだけだった。

恐らく捜索隊が帰還したら、さも自分たちの手柄の様に吹聴するだろう。

この見送りに来ている者の中にはクロノ・ハラオウンもいた。

艦長を務めているクラウディアがドック入りしたばかりのため、当面出動の予定はないが、事態の推移によってはドック明け後に出動という可能性もあるため、情報収集は欠かせない。

同時に、クルーたちには可能な限り一時帰宅を勧めた。

 

管理世界拡大推進派や魔導師至上主義者を中心に、ラティオは油断したからやられたのではないかと言う空気が漂っているが、クロノは嫌な予感が沸き上がるのを禁じ得なかった。

 

(ラティオを撃沈した艦隊はガトランティスや暗黒星団帝国同様、強力かつ好戦的な軍事勢力ではないのか?)

 

クロノの脳裏にカリム・グラシアの預言が蘇る。

管理局は全次元世界の平和と正義の守護者たる唯一の存在と自認し、次元航行手段を実用化していたり、実用化の目処が立ちつつある世界を次々と管理世界に組み入れたが、全てが平和的だったわけではなく、「編入」時の行き違いや、ロストロギア収集を強引に行ったことが原因で、管理局に反発する者も決して少なくはないのだ。

 

 

時空管理局 本局 喫茶スペース

 

「管理局は驕り高ぶっていたというのか‥‥?」

 

「そう思っとる人たちは少なくないやろな」

 

独白するクロノに、クロノ同様、見送りに出ていたはやてが応じる。

 

「ロストロギアの収集や管理世界に組み入れる時に、管理局の理屈だけを押し付けた事例は過去に幾らでもあった筈やろう?一族に代々伝わる宝みたいな、金では代えられないロストロギアを無一文で奪われた人や強引に管理世界に編入された後に管理局によって職を追われた人にすれば、後でどんなにケアをしようと、私ら管理局に対する憎しみは消えへんやろなぁ‥‥そんな人らに私ら管理局が『正義』ですなんて言っても、向こうの人から見たら、完全に侵略者であり、略奪者で『悪』やで‥‥」

 

特別捜査官として赴いた先で、地元住民からの冷たい視線や怨嗟の言葉、どこからともなく投げつけられる石礫や生ごみ、果ては汚物まであった。

そんな中で捜査協力を得るのは、大変、苦労の言葉では済まされなかった。

随行の局員の中には現地住民に対して高圧的に振る舞い、暴言や石を投げて来た現地住民を逮捕しようとしたり、他の住民に見せしめとして、その場で処刑しようとする輩も居た。

その都度はやてはそれらの局員を窘めていた。

 

「そう言った人たちからすれば、管理局は悪党だ、傲慢だと大声で叫びたいやろなぁ‥‥」

 

「とはいえ、管理局が崩壊すれば、世界の治安は乱れに乱れてしまう。こちらが悪い所は正さなければければいかないが‥‥」

 

「その悪い所をちゃんと理解して謝罪し、改める気概が無いから、大変なんや‥‥そう言う点では、管理局は直すべき所は沢山あるやろう。そもそも一番の問題は魔法至上主義やけど、これは私らにとっては自己否定に等しいからなぁ、難しい問題やで‥‥」

 

続発する次元航行艦の遭難・戦没と地球防衛軍のヤマト と まほろば が示した戦闘力は、今の魔導兵器の限界を如実に示している。

そこから導き出される結論は、

 

『結局のところ、戦闘魔法は訓練された兵士達が扱う質量兵器には歯が立たない』

 

と言うことだ。

 

この局面を打開するには、こういった世界からは完全撤退するか、ある程度、質量兵器の使用を緩和し、これらの世界の技術を導入するかのいずれかなのだが、撤退には強硬派が強く反対し、技術導入は時空管理局を根本から変えなければならない。

質量兵器は、非魔導師でも必要な訓練を受ければ扱える。

そうなれば、これまで魔導師が持っていた優位性は失われ、今の地位を追われることになる。

自己否定に等しい選択を今の魔導師たちが出来るとは思えない。

クロノやはやて、なのは自身もそれを受け入れられるのか?と、問われて、「出来ます」と即答できる自信は無い。

そう考えると、自分も今まで築いて来た権力や地位の保身に走っているのだと‥‥魔導師至上主義の局員と何ら変わらないのだと自覚した。

 

それに、あの技術をどこから得るかだ。

ノアやテリオスを襲ったガトランティス軍の艦船は未だにその残骸ですら、管理局は回収できていない。

暗黒星団帝国は防衛軍側から話を聞いただけで、第三十七探査部隊の遭難以降未だに遭遇していない。

まぁ、遭遇したとしても接収する前にこちらが一方的にやられるだけだろうが‥‥

そして地球防衛軍も、クロノが用意した通信ポッドに小細工をしたことを見抜かれた挙句、クライスラーの領海侵犯の一件で完全に信用を失い、フェイトたちの事以外では完全に警戒されてしまっている。

ノアやテリオスの船体から遺体と共に機密資料も回収・解析された可能性もあり、管理局のかなり深い部分や、魔法の事も丸裸にされているかも知れない。

一番話が分かりそうな防衛軍や地球連邦にでさえも、自らが招いた行動により信頼を失った管理局。

この先、管理局が防衛軍、地球連邦へ信頼を回復させるには容易な事ではないだろう。

テーブルの上に置かれたコーヒーカップを見ながらクロノとはやてはそう思った。

 

 

地球 メトロポリス東京・地球防衛軍本部

 

「改装‥ですか‥‥?」

 

「そうだ」

 

一室にはヤマト副長兼技師長の真田志郎がいた。

 

「先日、説明した通り、今現在、ヨーロッパ、アメリカ、ロシア、中国では、大型戦艦の設計・建造が進められている」

 

白色彗星戦役で大打撃を被った艦隊戦力の再建を急ぐため、現在、各国は独自設計の導入を認め、次期主力艦艇開発も睨んだ戦艦や巡洋艦等の建造を要請していた。

 

「日本ではアンドロメダ級二番艦の建造後、新型の戦艦、巡洋艦、駆逐艦の設計が始まっている」

 

「新型艦ですか?」

 

「そうだ。それにともない現有の艦も順次に近代改装を行う事になった。もちろんヤマトも例外ではない」

 

「‥‥」

 

ヤマトの改装‥それを聞き、真田は去年のヤマトの改装案を思い出す。

あの時は、ヤマトの火器、機関を機械とコンピューターによる自動管理方式にする案がでた。

白色彗星の一件でそれは有耶無耶になったのだが、再びその話が持ち上がったのかと思った。

しかし、藤堂が提示したヤマトの改装案は、真田が予想していたのとは違い、大幅な機関の改装‥前回のイスカンダルでの旅で使用した新型機関デバイスが完成の見通しつき、遂に連続ワープ搭載機関がヤマトに積むことが出来るのだ。

また全天球型レーダールームの設置などの改装であり、ヤマトに自動管理方式を導入するものでは無かった。

その為、真田はその改装案を快く受け入れ、ヤマトの改装が始まった。

 

 

海鳴市 市民慰霊園

 

真田が防衛軍本部でヤマトの改装案を聞いている頃、良馬、紅葉、ギンガ、フェイト、ティアナの五人は海鳴にあるこの市民霊園に来ていた。

霊園には高さ十メートルの慰霊塔と、ガミラス、そして白色彗星帝国との戦争で命を落とした海鳴市民の氏名が刻み込まれている慰霊碑がある。

そして慰霊塔の先には、直径三百メートルを超えるクレーター湾が広がっていた。

 

「クレーターの口辺りが臨海公園の跡です」

 

「そう‥‥」

 

紅葉がクレーターと湾が接するあたりを指差す。

話には聞いていたが、この世界の今の海鳴の姿に、フェイトとティアナは言葉を失っていた。

先日、海鳴の繁華街に出た時は、もう完全に復興されたものばかりと思っていたのだが、実際自分たちが知らない場所ではまだまだ戦災の傷跡が残っていたのだ。

慰霊塔前で合掌した彼女たちは、一面に荒涼とした枯れ野原が広がり、海側には最近植林された松の若木が、内陸側には広葉樹の若木が並んでいる。

内陸部の奥まった所には風力発電用の風車が立ち並んでゆっくりと回転していた。

 

(ここが、あの海鳴‥‥?)

 

世界は異なるが、小学三年から中学三年までの、約六年間を海鳴で過ごしたフェイトは言葉が出てこない。

それに、海鳴臨海公園‥‥そこは、かつて自分となのはが友情を得た場所‥‥。

フェイトにとっては大切な思い出の場所だった。

それが見るも無残な姿でフェイトの眼前にある。

 

「余りの荒廃さに驚いたかい?」

 

良馬が振り返り言う。

 

「はい‥まさか、これほどとは‥‥」

 

「そうだね。中心部は、復興されたのだが、郊外は未だに手つかずのままなんだ。それにこの風景はここだけじゃない。この地球の方々でこれに似た風景があるのさ」

 

「「‥‥」」

 

先頭を歩く良馬が静かに話す。

 

(そう言えば、月村艦長は、以前、自分は故郷も親友も守れなかったんだ、と言っていたわね)

 

先程、慰霊塔に花を供えた後、良馬はしばらく頭を下げたままだった。

 

(この人も、ずっと苦しんでいるのかな?)

 

軍人は同胞の生命を守るのが仕事であり、結果で評価される。

その意味で、ガミラスの地球への攻撃を阻止できなかった責任は免れまい。

 

(でも、ヤマト以前の地球防衛軍の戦力で、相手があのガミラスじゃあ仕方なかったと思うけど‥‥)

 

フェイト、ティアナとも、ただ日々を浪費していたわけではない。

図書館に通ったりしながら、この世界の情報収集を行っていた。

この世界の地球も、フェイトが知っている第97管理外世界の21世紀初めまでは、ほぼ同様の歴史を辿っている。

ただ、ヤマトの母体?である旧日本海軍の戦艦大和の最期は、フェイトが知っている第97管理外世界とは異なっており、大和は沈没時に大爆発は起こさずに沈んだようだ。

それに大きさも異なっていた。

フェイトの知る戦艦大和の大きさは、約260m。

しかし、この世界の戦艦大和は333mあった。

 

(この間のことは、はやてとなのはや本部には言わない方がいいと思うんだけど‥‥)

 

(そうですね。忘れてしまいましょう)

 

フェイトとティアナは21世紀から22世紀の間の出来事も当然知ったが、その事については黙秘を貫こうと決心した。

馬鹿正直に全てを管理局に報告して、自分の知る第97管理外世界に妙な干渉をされては困る。

そう言うティアナであったが、彼女は更に、フェイトの知らない情報がある。

この世界のなのは、フェイト、はやての未来もアルバムを通して知っていたが、この事もティアナは自分の胸の中に留めておこうと決めていた。

 

そして、ガミラスとの戦闘‥‥

彼我の兵器の性能差を考えれば、地球は十分健闘したと言える。

管理局ならば、遷都するか、侵攻された世界を切り捨てていただろう。

ヤマト就役前の地球軍の主力艦船だったM-21741式宇宙戦艦、M-2170式宇宙巡洋艦、M-21881式宇宙突撃駆逐艦は、ガミラス艦に比べればだいぶ見劣りするが、通常空間での機動力は管理局の艦船を上回り、アルカンシェルを除いた火力でも管理局の性能を十分に上回っている。

そして宇宙・大気圏両用戦闘機のコスモゼロ、ブラックタイガーはガミラス軍の戦闘機と互角以上に戦っていたようだ。

とは言え、客観的事実として遊星爆弾は大半が地球に着弾し、人類を含めた地球上の動植物の大半が消えた。

地球防衛軍はその任務を全うできなかったのだ。

 

(今いる地球防衛軍の人たちは、皆、あの当時に同胞を守れなかったという後悔と苦しみと悲しみを抱えているのかな?)

 

だとすれば、白色彗星帝国相手に地球防衛軍の残存部隊が死兵と化してでも戦いを挑んだことも頷ける。

 

(管理局はここの人たちと戦ったら、間違いなく負けるわ)

 

ミッドに帰ったら報告する機会があるだろうが、地球防衛軍や地球連邦を敵に回したら、管理局に味方するところはなくなるとハッキリ言ってやる。

フェイトがそう意気込んでいると、

 

「ここです‥‥」

 

紅葉の声に、フェイトとティアナは我に還った。

長方形の石板に無数に刻まれた夥しい犠牲者の名前。

その一角に紅葉を除く高町家一同と、良馬の大叔母にあたり、フェイトが知る親友の名前‥月村すずかとその専属メイドのファリンの名前が刻まれていた。

 

「っ!?」

 

「‥‥」

 

この世界にも高町家が代々続いていた事と、その一家が戦争という愚行で事実上全滅したという事実にフェイトたちは一言も発することができなかった。

特に親友の一人がこの時代まで生きており、その最後がガミラスとの戦争で命を落としていたことが、フェイトに少なからずショックを与えていた。

 

(向こうの海鳴の街が戦争や地震、大津波で全滅し、なのはの家族の高町家の人たちやアリサ、すずかたちが命を落とす事になったら、私はしばらく立ち直れないかも‥‥)

 

自分の知る海鳴に居る親しい者たちを思い、もし、その人たちが不運な死を遂げたと思うと、胸が痛む。

良馬たちに続いてフェイトとティアナも花を供え、五人は慰霊園を後にした。

 

良馬が運転する4WDで頭を天井にぶつけそうなほどの悪路に揺すられて約十分。

車は海を望む一角に止まった。

五人の目の前の更地には、

 

『都合によりしばらく休業致します。翠屋』

 

と、明らかに少女の字で書かれた板が立てられていた。

 

(紅葉は翠屋再建を諦めていない――)

 

『跡地』ではなく『休業中』と書いたところに、紅葉の強い意志を感じる。

世界こそ違え、思い込んだら一途に進むところはやはり高町の血を引いた娘だ、とフェイトとティアナは思った。

 

海鳴での墓参を済ませた後、ランチタイムを挟んで、良馬たちは、今度は東京・メガロポリスにある英雄の丘に足を伸ばした。

 

「考える事は皆同じかな」

 

「「えっ?」」

 

駐車場に車を入れ、皆が降り立った時、良馬たちの車の隣にもう一台の車が停まり、三人の男女と二人の赤子が降りてきた。

 

「おや?月村君も来たのか」

 

「ええ‥皆に新年の挨拶に‥‥」

 

車から降りて来たのは古代兄弟とその許嫁の女性、そして守の娘たちであるサーシアとユリーシャだった。

 

「古代先輩たちもご両親のお墓参りに?」

 

「ああ、それと娘たちの初顔見せにな‥‥」

 

良馬と守の話し声を聞きながら短い坂道を上ると、やがて杖をつき、軍服を纏った人物の銅像が見えてきた。

その像を中心に、夥しい人数の氏名が刻み込まれたいくつもの真新しい石板が立てられている。

 

「石碑にはガミラスや白色彗星帝国との戦闘で亡くなった人達の名前が刻まれおり、あの銅像の人が、ヤマト初代艦長の沖田十三さんです」

 

「へぇー」

 

「あの人が‥‥」

 

紅葉がフェイトとティアナに耳打ちする。

 

宇宙戦艦ヤマト初代艦長、沖田十三。

防衛軍が誇る名将であり、それと同時に優秀な物理学者でもあった。

自らの身体が宇宙放射線病と言う病に侵されながらも、14万8千光年先のイスカンダルへの旅を‥‥当時、乗組員たちの大半が新人だったヤマトを指揮統率し、文字通り命懸けで地球人類史上初の往復約30万光年の銀河系間航行を成功させ、地球人類を滅亡の淵から救った人物。

古代進はもちろん、兄の守や良馬ら、地球防衛艦隊の中堅幹部たちを一人前の宇宙戦士に鍛え上げた人物だという。

 

(この人が、不可能を可能にした人‥‥)

 

フェイトとティアナは銅像の沖田をジッと見つめる。

 

病の進行と闘いながら、成功率がゼロに近い、まさに手探りの大遠征に自ら志願、挑戦し、病のため、途中からは古代進の補佐を受けたとはいえ、艦の士気を最後まで保ち続けてイスカンダルへ向かい、そして地球への帰還を果たしたのだから、その精神力は一体どの位のものなのか?

 

(直接的な比較はできないだろうけど、この沖田提督は伝説の三提督をも上回る人かも知れない)

 

管理局の生きた英雄でもある伝説の三提督‥しかし、目の前の沖田提督と比較してしまうと、三提督の実績も沖田提督一人の実績の前では霞んでしまう気がした。

 

時空管理局や管理世界が滅亡の崖っぷちに追い詰められた記録はない。

JS事件の出来事さえも、ミッドや管理局滅亡の危機と言うほどの事ではない。

スカリエッティは確かに『聖王のゆりかご』と言う強力な切り札があったが、所詮一介のテロリスト兼マッドサイエンティスト‥‥彼の敗因は保有する兵の数が余りにも少なすぎたのだ。

しかし、この世界は一度ならず二度も生存の瀬戸際に追い詰められ、宇宙戦士たちの死を厭わぬ闘いでその窮地を脱したのだ。

 

(修羅場とは言うけど、私たちが体験した修羅場なんて、この人たちから見れば、多分足元にも及ばないな‥‥)

 

(JS事件の地上本部崩壊や『聖王のゆりかご』の起動の時の絶望感が生易しいものに思えてきたわ)

 

この地球が辿った歴史と自分たちが今まで経験して来た事件を振り返り、自分たちが修羅場だと思ってきた出来事がまだまだ温い事だったと自覚させられた。

しかし、フェイトたちはまだ知らないが、時空管理局はJS事件とは比べものにならない絶望と無力感を突き付けられることになる。

 

沖田像の足元に花を供えた時、台座に取り付けられたステンレスらしい金属板に、フェイトたちは思わず見入った。

其処には、こう書かれていた。

 

『明日のために、今日の屈辱に耐えるのだ』

 

フェイトがエッチングされた文字を言葉にして読んだ。

 

「それは、沖田艦長が俺に向けた言葉なんだよ」

 

当事者の守と、当時あの場に居合わせた良馬がほろ苦い表情でその時の一部始終を話して聞かせた。

傍らの古代、雪、ギンガ、紅葉も哀しげで複雑な表情になる。

あの時、守が決死の突撃に出なければ、守はスターシアと出会う事は無く、当然サーシアとユリーシャもこの世に生を受ける事は無かった。

その反面、何とか冥王星の戦場から撤退して居れば、雪風の乗員を殺す事は無かったと言う罪悪感もある。

もっともあの時、雪風には冥王星から撤退する程の力は残ってはいなかったので、どの道、結果は同じ事だったかもしれない。

 

「そうですか‥‥」

 

「そんな事が‥‥」

 

(すごいドラマよね)

 

(そうですね)

 

あの時、沖田の撤退指示に従った良馬は無事に帰還した。

しかし、守同様ガミラス艦隊へ特攻した紅葉の兄、高町恭介と沖田の息子、沖田一は還らぬ人となった。

そして、地球に帰還した良馬は、その途中でギンガを救助し、戦争孤児になった紅葉の後見人となった。

ヤマトが地球を旅立った後、良馬は、ガミラス軍残党の掃討と土星圏までの資源・物資輸送経路の確保に当たり、ヤマトが地球に帰還するまで、留守中の地球を守り抜いた。

 

一方、撤退を肯んぜず、沖田たちを撤退させるために恭介たちと共にガミラス艦隊へ突撃した守はそのガミラスに捕えられるが、移送中に輸送艦が遭難。

偶然にもイスカンダルに不時着したため、そこでスターシアと出逢った。

 

一同は次に沖田像の横にある胸像の前に立つ。

その銅像の台座には『土方 竜』と彫られている。

 

「こちらの方は?」

 

「白色彗星帝国との戦いで亡くなった地球艦隊の司令官で、俺らの士官学校時代の教官だった人だよ」

 

続いて、フェイトとティアナが土方の銅像を見ていると、

 

「おー、お前たちも来とったかー!!」

声の主は佐渡酒造だが、後ろには一升瓶の箱を抱えたアナライザーに相原、太田らのヤマトの乗員たち、まほろば の機関長である井上らが来た。

 

「ふむ、沖田艦長の倅や娘たちに孫まで揃ったか」

 

佐渡が嬉しそうに言う。

佐渡が言った孫とは無論、サーシアとユリーシャだろう。

ともあれ、揃ったところで沖田像前に皆は整列し、最年長の佐渡が号令する。

 

「沖田・土方両艦長、並びにガミラス・白色彗星帝国との戦いに倒れた戦士たちの御霊に、敬礼ーっ!!」

 

ザッ!!

 

守、良馬、井上、ギンガらは海上自衛隊型の挙手礼を、それ以外の皆は拳を胸にあてるヤマト式の敬礼をする。

ちなみに紅葉、フェイト、ティアナの三人は頭を下げて黙祷の礼をとった。

皆の敬礼を見て、ティアナは、

 

(やはり、本物の軍人さん、いえ、宇宙戦士だけのことはあるわね。敬礼の姿勢は管理局よりピシッとしているわ‥‥元局員のギンガさんでさえも‥‥)

 

等ということを考えていた。

 

戦死した宇宙戦士たちに新年の挨拶やら、近状報告やらを行った後は、一同は沖田艦長の銅像の前で円陣を組んで座り酒盛りをする。

当然未成年である紅葉とティアナ、ギンガ、ドライバーである良馬と守は酒を飲まず、お茶やジュース等のソフトドリンクを飲んだ。

そして、年末パーティーでお酒に対して、トラウマのあるフェイトもソフトドリンクを飲んでいる。

良馬たちがソフトドリンクを飲んでいる中、雪は自分が淹れてきたと言うコーヒーを差し出してきた。

雪の淹れたコーヒーの威力を知る良馬と守は顔を引き攣らせ、その威力を知らないフェイトとティアナ、紅葉は首を傾げている。

 

「さっ、どうぞ」

 

雪がコーヒーの入った紙コップを差し出してくる。

受け取った良馬と守の手が僅かに震えている。

そして、コーヒーを口に含むと、我慢するかのようにソレを何とか無理矢理喉へと流し込む。

雪の淹れたコーヒーを飲んだ良馬たちは明らかに顔色が悪い。

 

「貴女方もどうですか?」

 

次に雪がフェイトたちにコーヒーを勧める。

良馬たちの行動に首を傾げつつも、フェイトたちはコーヒーの入った紙コップを手にしてソレを口にした。

いや、口にしてしまった。

すると‥‥

 

「「「っ!?」」」

 

紙コップのコーヒーを飲んだ瞬間、三人は固まった。

 

((あぁ~やっぱり‥‥それが当然の反応だよなぁ~))

 

良馬と守は、雪の淹れたコーヒーを飲んだ瞬間のフェイトたちの反応に納得した。

 

(な、何、このコーヒー!?シャマルさんと同レベルじゃない!?)

 

コーヒーを飲んだ途端、その味に驚愕するティアナ。

 

(匂いや見た目は普通なのにどんな方法をすればこんなコーヒーが出来るの!?)

 

何で見た目と匂いは普通なのに、どうして味だけは違うのかと、疑問に思うフェイト。

 

(マズっ!!激マズっ!!なに!?この泥水!?)

 

率直な意見を心の中で思う紅葉。

雪の淹れたコーヒーを此処で初めて飲んだ三人は、何故、良馬たちがあの様な表情をしたのかを理解した。

しかし、折角淹れてもらったコーヒーをそのまま地面にリリースする事は失礼なので、彼女らも良馬たち同様、紙コップの中のコーヒーを無理矢理喉に流し込んだ。

 

英雄の丘での酒盛りを終え、それぞれが家路に向かう中、紅葉は月村家にお邪魔した。

そこで、紅葉は夕食のカレーを作り、月村家の皆に振舞った。

 

「紅葉、美味しいよ。これ」

 

「ホント、美味しいわ。紅葉」

 

紅葉の作ったカレーライスを一口食べたフェイトとティアナは異口同音に賛辞を口にした。

他の皆も同様の意見で紅葉に賛辞を送る。

ギンガは紅葉のカレーのレシピを聞いている。

 

(向こうの翠屋のカレーほどじゃないけど、それに近い味だ‥‥でも、何かが違う‥‥)

 

地球に住んでいた折に何度となく口にした翠屋のカレーライス。

純粋な旨さではまだ及ばないが、その味に近い。

少なくとも、十三歳の少女が作るカレーとしては破格の味と言って良いだろう。

 

(紅葉ちゃん、腕を上げたわね‥‥なのはちゃん‥貴女の子孫は、十分、貴女の血を後世に伝えているわよ)

 

(正直、年長者としては敗北感を覚えるわ‥‥)

 

忍は紅葉の先祖であるなのはに想いを寄せ、ティアナは内心で忸怩たる思いを抱え、苦笑しながらサラダを突つく。

しかし、ティアナは知らなかった。

嘗ての相棒、スバルも特別救助隊へと入って、一人で寮生活を送っている中、家庭スキルが上がっていた事を‥‥。

 

「『なのはカレー』と言って、母から受け継いだレシピで作ってみました」

 

「「なのはカレー!?」」

 

紅葉からその名称を聞いた二人は反射的にスプーンを止めた。

 

「はい。何でも翠屋の二代目店主が独自で考えたオリジナルレシピで、両親の代まで受け継いできたんです。『なのは』は二代目の店主の名前です」

 

(この世界のなのはは、翠屋を継いだんだ‥‥)

 

(やっぱり紅葉はこの世界のなのはさんの直系の子孫なんじゃないのかな?)

 

フェイトはこの世界のなのはが翠屋を継いだ事に驚き、ティアナはアルバムから、この世界のなのはの生涯を知っていたが、紅葉がなのはの直系の子孫だと予測を立てた。

まぁ、紅葉の容姿を見ればなのはと酷似しているため、簡単に予測はつく。

 

(管理局に言うつもりはないけど、なのはたちにも打ち明けて良いのかどうか‥‥)

 

紅葉が出処不明なインテリジェントデバイスまで有する高い資質を持つ魔導師である。

世界こそ違え、あのエース・オブ・エース、高町なのはの直系の子孫であることを管理局が知ったら、どんな愚行に出るかわかったものではない。

それには紅葉の先祖にあたるなのは自身も例外では無かった。

フェイトはなのはと紅葉が邂逅するシーンを脳裏に浮かべた。

 

 

フェイトの脳裏には、先祖である高町なのはとその子孫である高町紅葉がそれぞれ、向かい合いっている姿があった。

 

「紅葉ちゃん、管理局に‥「固辞します!!」即答!?どうして!?」

 

なのはが紅葉を管理局へとスカウトするも紅葉は速攻でそれを拒否する。

 

「私には時空管理局とやらに入る意思は全くありません。それに、職業選択の自由は地球連邦の憲法に明記されていますから」

 

「ぐっ‥‥で、でも、管理外世界での魔法使用は時空管理局規則で禁止されているんだよ。だから‥‥」

 

なのはは引き攣った笑みを浮かべながら管理外世界における魔法の使用を禁ずる管理局法を述べる。

それは安易に魔法を使いたければ、管理世界、管理局へ来いと言うモノであった。

 

「それは随分と奇妙な話ですね。私は貴女が言うところの管理世界出身ではありません。『時空管理局?何それ?美味しいの?』としか言いようがないです。‥‥それに貴女は基本的なことをお忘れではありませんか?」

 

「な、何を?」

 

「他人にそんな物騒な物(レイジングハート)を向けておいて、貴女は本当にお話をする気がおありなんですか?」

 

「‥‥」

 

レイジング・ハートを向けられながらもそれに全く微動せず、冷静な態度でなのはの勧誘をバッサリと切っていく紅葉。

 

「と、とにかく、貴女は管理局に入るの!!」

 

どうしても紅葉の管理局入りを諦めきれない様子のなのは。

レイジング・ハートを引っ込めながらも必死にスカウトを継続する。

きっと彼女は最初は嫌でも、働いていく内に魔法の素晴らしさや管理局での仕事や信念を分かってくれると思っているのだろう。

そして、そんな魔法を使って人々の役立つ事をしている管理局に就職出来て良かったと思う日が必ず来ると信じているのだろう。

そんな風になのはは思っているに違いない。

 

「はぁ~ですから、お断りすると言っているんですが‥‥異世界生活が長くて日本語が理解出来なくなったのですか?」

 

何となく、なのはに対する紅葉の視線が、可哀相なモノを見る眼に変わってきている。

これでは、どちらが年上なのか分からない。

 

「ん?何か言ったの?」

 

「いえ、何も‥‥」

 

紅葉は、溜息をつきながら、背中のバックパックからビニール袋を取り出すと、その袋の中をごそごそ探るように掻き回す。

 

「な、何をしているのかな?」

 

紅葉の行動に恐る恐る訊ねるなのは。

 

「なのはさん、手を出して下さい。私がこれから渡す物を落とさなければ、管理局入りを考えます」

 

「本当に?」

 

「ええ、女に二言はありません」

 

なのはは既に勝ったとばかりに微笑んで、右手を差し出した。

 

「どうぞ‥‥」

 

そういって、紅葉は、なのはの掌に白っぽい物を数個、そっと置く。

その際、紅葉の口元がニヤリと少し緩んでいた。

なのはは手のひらに置かれた白い物体を注視する。

それはニョロニョロと、なのはの手の上を動き回っていた。

 

「に、にゃあああぁぁぁ‥‥!!(泣)」

 

次の瞬間、なのははそれを放り投げ、号泣しながら走り去っていった。

紅葉は無表情のまま、走り去って行くなのはを見送ると、地面に落ちたそれをヒョイと拾い上げて袋に入れ直す。

彼女がなのはに渡したのは、蜂の子‥いわゆるオオスズメバチの幼虫であった。

フェイトの脳裏には年末の夕食会で見た蜂の子が未だに強烈なインパクトがあり、今回フェイトの想像の世界にもゲスト登場したのだ。

仮になのはが、蜂の子を落とさなくても、紅葉は『管理局入りを考える』と言って、『管理局に入る』とは、明確に言っていない。

きっと、何らかの理由をつけてきっと管理局への就職を蹴るに決まっている。

つまり、なのはは、最初から紅葉の掌の上で踊らされていたのだ。

 

 

と、まぁこの様な感じで、なのはと紅葉のやり取りが脳裏に浮かび、それをイメージしたフェイトは、

 

(うーん‥‥もしかしたら、なのはと紅葉は分かり合えないかも‥‥)

 

魔法と言う未知の力に魅了され、そのまま流れる形で管理局に入局したなのはは、今の魔導師至上主義者と似た様な思想を持っているような気もする。

魔導師素質のある者は、管理局に入り、その力を管理局のために使うべきだと‥‥。

質量兵器は危険な物でこの世から廃絶しなければならない。

そんな考えを持ったなのはが、異世界ではあるが、自分の直系の子孫、しかも自分と同じように高ランクの魔導師資質を持っていれば、彼女を管理局に勧誘しない筈がない。

しかし、当の紅葉は管理局に入局する意思は全くない。

そうなれば、二人は意見の違いか対立する事は目に見えている。

であれば、なのはにも紅葉が魔導師である事は黙っておいた方が良いのかもしれないと思うフェイトだった。

先日の定期連絡でこの世界になのはの子孫である紅葉の存在を知ってはいるが、彼女に魔導素質、デバイスがある事は知らない。

しかし、なのはの子孫なのだから、紅葉にも魔導師の素質があるのではないか?と、はやてやなのはたちはそう予測しているかもしれない。

だが、全ての魔導師が時空管理局の管理下に入る義務があるのかと言われれば、答はNoではないだろうか?

そもそも紅葉の場合、管理局の存在を知らずに育ち、なのはと違い、魔法を積極的に人前で使った形跡もない。

話を聞いた限りでは、ガトランティス帝国の超巨大戦艦の砲撃射撃の衝撃で、落下してきた大量の土砂と瓦礫から我が身と周囲にいた子供たちを守るために、防御魔法と中距離砲撃、シューター魔法を一度ずつ使っただけらしい。

まぁ、月村家の地下闘技場でギンガとリニス相手に模擬戦はしたようだが、それは十分に許容出来る。

それに、紅葉の将来の夢が翠屋の再建ならば、それを妨げる権利など誰にもあるまい。

それがたとえ時空管理局でも、だ。

下手に干渉すれば、それは基本的人権と精神への侵略だ。

第一、そんな事を後見人である月村家の人々がそんな事を認めるわけがないし地球防衛軍相手に管理局が戦えるとも思えない。

何としてでも、地球連邦・地球防衛軍とは共存、でなければ逆に一切の接触を断つしかない。

先日の定期連絡の際に一時漂った険悪な雰囲気。

管理局の次元航行艦、クライスラーがここの太陽系内に進入しようとして行方不明になってしまった。

それ以前にも、クロノが用意した次元通信ポッドに、どうやら“海”の管理世界拡大推進派が細工をして、此方の地球の位置を突き止めようとしたらしい。

「何て余計なことをしてくれたのだ!」と、画面の向こうのギルフォードを怒鳴りつけてやりたかった。

恐らくティアナも同じ気持ちだっただろう。

レティ提督のとりなしで喧嘩分かれにはならなかったが、あんないたたまれない思いをするとは思わなかったし、恥ずかしかった。

結局のところ、クライスラーの遭難は管理局側の自爆、自業自得としか思えなかった。

いきなり知らない人に「君のクレジットカードの番号とパスワードを教えて」と言われて、「ええ、良いですよ」と言って素直に応じる馬鹿がいると思っているのだろうか?

恐れていた事態――管理局の地球への干渉――が取り沙汰されているのかも知れないが、管理局の全戦力を投入しても勝てるかどうかわからないし、そんな事をすれば、管理局は壊滅的な被害を受け、再建するまでかなりの年月を必要とする。

そうなれば、再建が完了する前に管理世界は無法地帯になり、管理局は崩壊する。

得る物はあまりに少なく、失う物は甚大な、愚劣極まることだ。

一連の艦船の遭難で、ガトランティスや暗黒星団に対抗できるだけの戦力や技術を欲するのはわかるが、高圧的に臨めば反発されるのはわかりきったこと。

今まではそれで通じたが、地球防衛軍はそれが通じる相手ではないのだ。

もし、この地球に大規模な侵攻、ないし、地球にアルカンシェルを撃ち込もうものなら、次元航行能力を付加したヤマト や まほろば、その他多数の防衛軍艦船が管理世界に大挙して押し寄せ、本局に波動砲を撃ち込み、ミッドの空にはコスモタイガーが舞い、クラナガンに絨毯爆撃を行い、空戦魔導師たちをその銃口で蜂の巣にしていくだろう。

一度ならず不可能を可能にした彼らだ。

ことに、スカリエッティの上を行くあの男たち(真田と大山)ならば、本当に防衛軍艦船に次元航行能力を持たせてしまうだろう。

ミッドや本局の座標はノアやテリオスの調査から既に知っていてもおかしくはない。

「管理外世界の住人にそんなことができるはずがない」と管理局の皆は思うだろうが、ここにいるのは『不可能を可能にした男』の後継者たちだ。

管理局の基準や常識、法律など、道端の小石以下の価値でしかなかろう。

それに、目の前の高町 紅葉にしても、家族を皆失いながらも翠屋の再建を志している。

市井の一少女もこれだけの強い意思を見せているのだ。

こういう人たちが住まう地球が時空管理局に屈するとは到底思えない。

フェイトとティアナは管理局の未来と、防衛軍‥地球連邦との友好を模索しながら、紅葉の作ったカレーに舌鼓をうった。

 

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