仕事や受験で平穏に年を越せない人も居るでしょう。
ご安心を私もそうです(白目
「獣語の指輪に首輪……ね」
「聞くまでも無いと思いますが効果は?」
「この首輪を掛けた動物の声を、指輪から聞き取ることが出来るようで、同時に指輪のサイズは自動で付けたもののサイズに合わせられるようです。
指輪の機能は2つ、つけた者個人へ声を届けるものと、指輪から周囲に声を聴かせるもの、指輪の台座にあるダイヤルを左右に動かして設定が可能です。
念のため罠などの検査もしましたが、一度付けたら外せないなどの仕掛けはありませんでした」
剣の乙女が指輪を操作してみせながら、罠の可能性が無い事を伝える。
「なるほど、じゃあ試してみましょうか」
そう言いながら槍使いが剣狼を見る。
剣狼も事態を把握しているのかジッとその場から動かない。
「指輪は誰が?」
「私が、つけるわ」
魔女が指輪を人差し指につけ、槍使いは首輪を剣狼の首に通す。
『聞こえるか?』
指輪から聞こえてきたのは老練な初老の男性のような声だった。
「あ、ら」
「お、聞こえたのか?」
「どうやら左は個人宛になっているようですね。
右に回してみてください」
魔女が右にダイヤルを動かす。
『これで周りにも声が聞こえるようになったのか?』
「おお!?お前こんな声だったのか!」
『いや、自分の声を聞いたのはこれが初めてだ』
そう言いながら尻尾をパタパタと動かす。
「あら、中々渋いお声ですのね」
『まあ、これでも数百年は生きている身ゆえ、声も老練になるさ』
「すっ!」
「「「数百年!?」」」
『もうすぐ4桁になるかもしれんが……なに、100から先は数えるのも忘れた無精者の戯言、あまり気にするな。
亀も陸に住んでいる類は100年生きるものも居る故、探せばそれよりも長生きするものなど其処ら中にいるだろう』
言いながら剣狼はふふふ……っと笑う。
凄まじいまでの台詞に4人は思わず唾を飲み込む。
背負っている大剣も相まって、その佇まいは隙を作らない剣聖の様であった。
『それよりも今はゴブリンスレイヤー殿との合流が先だろう。
剣の乙女殿、彼等は何処から地下水道へ?』
「あ、はい。彼等はええっと……ああ、ありがとうございます。
……この入り口から再び探索を開始すると言っておりましたわ」
剣の乙女は、街の外れ辺りにある地下水道の入り口を差した。
『ふむ、では急いで合流するとしよう。
槍使い殿らはどうする?』
「あーゴブリン退治なんだろ?
しかしお前さんの戦い方を生で見られるチャンスか……良いぜ。付き合ってやるよ」
「ふふ、素直じゃ、ないわ、ね?」
「うるせぃ」
「それでは合流を急ぎましょう。
地下水道を拠点にしているなら、それなりの規模が居ると思います」
「……」
そんな3人と1頭が段取りをしてゆく様を、剣の乙女はどこか懐かしそうに聞き入っていた。
「さぁて、ここからは灰色が頼みになるな」
『少々臭いはキツイが、幸い流れ出る汚物に比べて水量が多い。
辺境よりは利きが良いだろう』
「ここまで水が豊富なのはそうないから……」
「川の、中洲だから、出来る事、よね」
各々が警戒しながら地下水道の通路を歩いて行く。
ゴブリンスレイヤーが通ったはずの道は、どのような理由か道中に小鬼の死骸は無かった。
剣狼たちもそれに習いながら進んでゆく。
「あいつにしちゃ珍しいな、ゴブリンを殺さないなんて」
『恐らく何らかの理由があっての事だろう。
それにここは反響しやすい、戦闘の音を立てればすぐに他の場所にいるゴブリンに察知される』
「そう、ね」
「それにしてもこの壁画……前にオーガが居た遺跡に似ているわね」
「ああ、この形式は大抵墓所になっている遺跡に描かれているんだ。
さっきから居るのも、死霊術師に戦死した奴等を悪用されないためだろうな」
『墓所か……』
(吾輩も思えば随分と長い間墓守をしていたな)
槍使いと魔女の解説を聞きながら道を進んでゆくと、剣狼の耳が金属を打ち合う音を拾った。
『剣戟の音!』
「と言う事はゴブリンスレイヤーの連中か!」
「急ぎましょう!」
全員が音の出どころへ駆け出した。
「くそ!数が多い!」
「嬢ちゃん熱くなるな!一当てした後引いてかみきり丸と後退して戦うんじゃ!」
「分かりました!ですが、もう少し粘ります!」
女戦士はまた一匹、小鬼を長剣で切り殺す。
今回は通路も広く、小鬼の総数も多い事を考慮して不意打ち防止のために、顔は出ているが、頭全体を覆える兜を被っていた。
「GBRB!」
「甘い!」
そして飛び掛かってきた小鬼を盾で弾き飛ばす。
弾かれた小鬼は彼等の
「あいつは大分逞しくなったな」
「あんたと一緒に居るのもあるんだろうけれど、灰色と女騎士との稽古もあるんでしょうね」
「ですが、そろそろ後退するべきです」
「女戦士殿!一旦後退を!」
「了解!」
隣で戦っていた蜥蜴僧侶の声を聴いて、女戦士はバックステップで
そして入れ替わるようにゴブリンスレイヤーが前に出る。
女戦士が少し休息を取った後、今度は蜥蜴僧侶と交代する手筈だ。
「ふぅ……」
水筒に入った水を喉に流し込み一息吐く。
小鬼が相手とは言え、罠に嵌まった上に退路がない状況での大規模戦闘で、思った以上に消耗が激しい。
「女神官も近接戦に備えた方が良いわね」
「は、はい、ですがまだ奇跡は残っていますから」
「すまんなぁ……わしがもう少しでも術が使えておれば……」
「今は反省するよりもっ、今を生き残ることを優先しましょ!」
鉱人道士と妖精弓手が口を動かしながら遠隔武器で、前衛に群がる小鬼を間引きする。
終わりがないかのような数の暴力に、銀等級と言えども疲労が出始めていた。
「女戦士殿、拙僧はそろそろ!」
「分かりました!」
蜥蜴僧侶の声を聞き女戦士が再び構え、≪聖壁≫に向かって走り出した。
「無理はしないで下さいね!」
「無理はしないわ!無茶はすると思うけれど!」
女戦士が前線に入ると同時に蜥蜴僧侶が後退する。
「息は?」
「整ったわ!これぐらいでへばってたら、師父に申し訳がありません!」
「そうか、っふ!」
ゴブリンスレイヤーが小鬼から奪った武器でまた1匹始末する。
「GOBRORORO……」
遅々として進まぬ戦闘に小鬼英雄が苛立ち始める。
そして足元に飛ばされた小鬼の死骸を見て一計を案じた。
小鬼英雄は一匹のゴブリンを掴む。
「GB?」
「GOROB!」
そして大きく振りかぶって女戦士に向けて投げつけた。
「女戦士さん!」
「え?きゃあっ!」
女神官の声で咄嗟に盾を構えるが、体が脆いとはいえ子供並みの重量を投げつけられ、完全に受け止め切れるわけもなく、小鬼の潰れた死骸と共に≪聖壁≫の向こう側へ吹き飛ばされる。
そして石櫃へ強かに打ち付けられた。
「かっは!」
肺から空気が絞り出され背骨や肋骨が軋む音が聞こえる。
だが手に持つ長剣は手放さなかった。
「女戦士!大丈夫!?」
「あっ……かっ……はっ!」
妖精弓手の声が鼓膜に届くが、体中を走る痛みでそれどころではなく、何とか呼吸しようと体を捩じらせる。
だが半甲冑に鎖帷子、そして鎧下と防御力を高めていたからこれだけで済んだのだ。
これが以前着ていた格闘服ならば、背骨が折れていてもおかしくなかった。
「嬢ちゃん!こいつを飲め!」
鉱人道士が治癒の水薬を取り出し女戦士に少しずつ飲ませる。
戦闘中とは言え、急いで飲ませると喉を詰まらせる恐れがある為だ。
「けほっけほっ、ありがとう、ございます」
「なぁに、気にするでない……まだいけるかの?」
「はいっ!?」
女戦士が右腕を持ち上げ、剣が異様に軽い事を感じ見ると、長剣は半ばから折れていた。
「そ、そんな……っ!」
青年剣士の形見である折れた長剣を見て一瞬呆けるが、女戦士はそれを鞘に戻し鉄甲の調子を確かめる。
「無手で行くつもりか!?」
「いえ、ゴブリンから武器を奪います!」
女戦士がそう言い≪聖壁≫から出ると、近くに居た小鬼を殴り殺した後、その手に持っていた短剣を拾い上げる。
「もう一枚≪聖壁≫を張ります!」
女神官が言うともう一枚≪聖壁≫を張るのと、最初に出していた≪聖壁≫が砕け散るのは同時だった。
「あ、危なかった……」
「いやいや、良い塩梅じゃぞ」
もう一息で破れると思っていた小鬼達は、もう一枚張られた≪聖壁≫で見るからに士気が落ちていた。
「……っ!この足音!」
「どうした耳長!?」
「灰色と女魔術師が来るわ!それと一緒に足音がもう二つ!」
妖精弓手の声を聞いて一同の士気が向上する。
「ちょ、なんなのこのゴブリンの数!?」
「うっへ、中の奴ら大丈夫だろうな!」
『先程耳長の声が聞こえた。
ならば前線はまだ崩壊していないだろう』
「じゃあ、行くわ、ね」
石櫃の間の廊下にいた小鬼を舐めるように
そして扉の奥に援軍が姿を現した。
「馬はいねぇが騎兵隊の到着だ!」
『待たせたな』
「灰色!女魔術師!」
「師父!」
「おお、槍使い殿に魔女殿も来てくれたか!」
蜥蜴僧侶の声を聞き剣狼が大剣を抜き放つ。
そして一息に飛び上がり小鬼英雄の頭上を越えて女戦士の傍に着地した。
『女戦士、お前の新しい武器だ!』
「え、ちょ、ええ!?師父が喋ってる!」
女戦士が一瞬驚くが声は剣狼からではなく、向こう側にいる魔女……その人差し指にはめられた指輪から聞こえていた。
『話は後でする』
「は、はい!」
女戦士が諭されながら、剣狼の脇に付けられたクレイモアを抜く。
松明の光に照らされ、鈍い輝きを放ちながらその刀身があらわになった。
それと同時に女神官が入り口側にもう一枚≪聖壁≫を張った。
「よし、では仕上げに入るぞ」
「おうとも!」
ゴブリンスレイヤーと槍使いの声が合わさる。
銀等級4人と黒曜等級2人に剣狼の金床へ、銀等級2人と黒曜等級1人の金槌が叩き付けられ、研磨機にかけられた布地の如く小鬼達を屠って行く。
小鬼英雄の思考は混乱の極みに達し、一際力強く踏み込んだ足音を察知して振り向けば、灰色の狼が蒼い軌跡を引きながら振りかぶり、眼前に迫る大剣の刃があった。
「ふぃ~あっぶなかったぁ~」
「もう、駄目かと思いました……」
妖精弓手と女神官が石櫃に体を預け、文字通り一息吐く。
「よう、ゴブリンスレイヤー、ゴブリン専門家のお前さんが珍しく苦戦してたじゃねぇか」
「お前か、援軍助かった」
「良いって良いって、ここまでくる間に灰色が剣技を見せてくれたんだから、それでチャラだよ」
この石櫃の間に来るまで、群れていた小鬼の大半は剣狼が排除しながら突き進んできた。
槍使いも剣狼の大剣に合わせて槍を突き込むため、小鬼達は手足も出せずに魔女と女魔術師の詠唱を許したのだ。
『女戦士よ。強く背中を打った様子だが大事ないか?』
「は、はい、まだ少し痛みますが一人で動けます」
『ならば良かった。光る物を持った若者が散るのは、それだけで大きな損失だ。
それと先程の大剣を振り方、よくぞ季節一つでここまで醸成した。
これからも鍛錬を続けるぞ』
「っ……これからも、ご指導よろしくお願いします!」
剣狼に褒められ僅かに涙を浮かべた女戦士は、改めて剣狼に頭を下げながら願い出た。
「しかし、剣狼が喋っちょるのはどういうカラクリかの?」
「それは、これのお陰、ね」
そう言いながら魔女が己の左手の人差し指に付けた指輪を差す。
『そしてこの首輪のお陰で、吾輩はこうして言葉を交わせるようになったのだ』
「ほほう、こりゃ興味深いのう」
「猟犬を伴う狩人などには重宝しそうな品ですな」
鉱人道士と蜥蜴僧侶も興味深そうに魔道具を見ていると、魔女は女戦士に近寄る。
「じゃあ、これは、あなたに、あげるわ」
「え……」
「今の、あなたには、必要、でしょ?」
魔女はそう言いながら指から指輪を外し、女戦士の左親指につける。
「使い方は、剣狼から、聞いて、ね」
「……ではお預かりします」
「ふふ、お預かり、ね」
魔女は楽しそうに笑った後、槍使いの方へと歩いて行った。
『……ダイヤルを左に回せ、指輪の台座にある』
剣狼の指示に従って、女戦士は指輪を操作する。
『都市の地下水道にこれほどのゴブリン、ただ自然発生したものではあるまい』
「はい、ゴブリンスレイヤーさんも、この小鬼禍は人為的なものだと言っていました」
『ふむん……あの神殿の司祭達の仕業ではないのは明白、ならば最近蔓延っている魔神王とやらの配下の仕業だろう』
「っ!……ならばなぜ剣の乙女は対処をしないのでしょうか」
剣狼の言葉に女戦士は小声になって聞く。
『……金等級でも、魔神王の配下の仕業ならば地下に巣くうゴブリンを倒しに行ける理由になる。
だが彼女はそれをするでもなく神殿の奥で祈り続け、彼に依頼を出した……その先を吾輩が言うのは憚られるな』
―少し、失敗してしまったのね。うしろから頭をガツン……って―
剣狼の言葉を聞き、そして蒸し風呂で女神官と聞いた剣の乙女の独白を思い出す。
「……何てことっ」
『相応の立場とはそう言うものだ。
剣の乙女はまだ運がある方、歴史の中を探せばそれすら出来ずに隠れてしまった人々も居るだろう』
吐き捨てるように言った女戦士の言葉を聞いて剣狼はそう返す。
女戦士は世の無情さと、剣の乙女の苦悩に胸が締め付けられる思いだった。
『一先ず地上に出よう。
消耗が激しいままでは、残ったゴブリンの掃討などできまい』
「……そうですね。切り替えていかないと」
『その意気だ』
ゴブリンスレイヤー達は地上へ帰還する。
まだまだ小鬼が居るかもしれないこの地下水道へ戻る為に……。
鑑定結果の指輪と首輪の効果は箇条書きにするとこうなります。
・指輪は使用者が嵌めた指の大きさに自動で合わせられる。
・指輪は対となる首輪の動物の声を聞ける受信機となり、基本は指輪の使用者にだけ声を聞ける。
・指輪は設定で周囲に首輪を装着した動物の声を聞かせれる。
・首輪のサイズ変更は無し、ただしサイズに合う動物なら意匠にある動物全てに効果あり。
この通りとなっております。
うん、完全に携帯電話付きバウリンガルだこれ!