ゴブリンスレイヤー ―灰色の狼―   作:渡り烏

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遅れに遅れて2週間……。
本当に申し訳ない。


兆し

 夏の青空の下、建物の影で重戦士と女騎士、そして灰色の剣狼が涼んでいた。

 

「しかしあのゴブリンスレイヤーがデーモンの相手をするとはね」

 

「俺も意外だとは思ったが、あいつもやっと一端の冒険者になってきたってところか」

 

『吾輩は最近のあやつしか知らぬが、昔はもっと酷かったのか?』

 

 女騎士の左手に付けられた指輪から剣狼の声が響く。

 各々が休息を十分に取り、ようやく満足に動けるようになったのが昨日の事だった。

 

「あんたが喋れるようになった事に比べたら、あいつの変化なんて微々たるもんだけどな」

 

 

 

「戻った」

 

「あ、ゴブリンスレイヤーさんお帰りなさい……ってボロボロじゃないですか!?

 ああ、女戦士さんも!」

 

「よぅ、今戻ったぜ」

 

「槍使いか、あっちでの収穫はどうだった?」

 

『……吾輩も挨拶w「「「「キェェェェェェアァァァァァァシャベッタァァァァァァァ!!」」」」』

 

 

 

「あれから3日、皆慣れたものだな」

 

『人間とは慣れの生き物だ。

 どんな異常も1月もすれば動じないものにする生き物よ。

 案外ゴブリンスレイヤー殿の変化もな』

 

「異常と言えば……」

 

「イヤーッ!」

 

「「アバーッ!!」」

 

「「アイエエエェェ……」」

 

 女戦士が放った模擬大剣の一振りで、白磁の男二人……少年斥候と新米戦士が盾ごと吹き飛ばされる。

 そんな彼等を心配するが、それ以上に1週間程見ない間に歴戦の戦士へと変貌した女戦士の気迫に、圃人の巫術師と見習聖女が抱き合ってガタガタ震えていた。

 ちなみに模擬大剣の刃の部分は、今にも折れそうなほどに損傷している。

 

「あいつ強くなりすぎてないか?」

 

「剣の振りが銅等級並みだったぞ」

 

『ゴブリンチャンピオンと楔のデーモンとの戦闘で強くなり過ぎたか……』

 

 銀等級でも梃子摺る小鬼英雄と楔のデーモンとの戦いは、休息を挟んだとはいえ女戦士にとってオーガ以来となる格上との連戦だ。

 その経験は確実に女戦士の成長の糧となり、今年の春に冒険者になったばかりの少女とは思えない戦闘力へと昇華した。

 ちなみに冒険者ギルドの長は考えるのを止めていた。

 

「灰色の故郷は一流戦士の養成所じゃったのか?」

 

「魔素単位でその可能性はありそうですな」

 

「いや無いから」

 

 同じく先程から陰で涼んでいた妖精弓手達が駄弁っている。

 

「いやしかし、女戦士殿も大剣の持ち方が師に似てきましたな」

 

「そうだな。

 大剣を肩当てに乗せ、盾を正面に構えるか……あれが剣狼の師匠の構えだそうだ」

 

「確かにあれなら大剣の重さを気にせずに素早く動けるな。

 だが細かい攻撃ではなく一撃で致命傷を与える構え、まさに喉笛に食らいつく狼のごとしか」

 

『我が親友ならば少し離れた程度の距離ならば、身の丈以上に跳躍し距離を縮めて大剣を叩き付けられるが、さすがにそこまで望んではいないな』

 

「お前の親友って白金等級の戦士か何かなのか?」

 

『一流の騎士だったのは間違いないな』

 

 あの雄姿をここの者たちにも見せてやりたいものだ……と剣狼は想う。

 それが叶わぬ事だとしても……。

 

「さあ!」

 

 女戦士が盾を正面に構え、大剣を肩に置きながら叫ぶ。

 

「さあ!じゃねぇよ!お前なんでそんなに強くなってるんだよ!?」

 

「おかしい……冒険者としては僕の方が長いのに……」

 

「……?ただ強敵と対峙し続けただけですが?」

 

「駄目だ……これは本気で言ってる」

 

「しかしオーガや初見の悪魔相手にして生き残ったんだよね……。

 しかも悪魔の方は自分でとどめ刺してるし」

 

 どうしてこうなったとしか言いようのない現実に、二人は嘆息する。

 片やほぼ同期、片や5年ばかりサバ読んで冒険者になった男二人は、世の不条理を嘆くのだった。

 

「黒曜等級と言えば、普通は野獣退治とか、薬草採集の依頼がメインなんだがなぁ……」

 

「私達もそうだったな……」

 

 重戦士と女騎士は、駆け出しの後輩の行く先を心配して空を見上げた。

 そこには憎らしいほど透き通った青空が広がっていた。

 

 

=====

 

 

「う~ん……」

 

「悩むねぇ……」

 

 ギルドの受付で受付嬢と監督官が、顔を突き合わせて渋い顔をしていた。

 彼女たちの目の前には女武闘家改め女戦士と、初の冒険で同じ日に一党を組んでいた女魔術師と女神官の冒険記録用紙(アドベンチャーシート)が置かれていた。

 

「この前オーガの討伐に協力して黒曜等級になったっていうのに、今度はゴブリンチャンピオンに新種の悪魔二体、しかも片方は女戦士が飼っていることになっている灰色の剣狼が単独撃破……。

 ちょーっと経験点が多すぎやしないかな?」

 

「しかもその悪魔も名前を呼んではいけない怪物(鈴木土下座ェ門)を倒してますからね……」

 

「今なんて?」

 

「え?」

 

「え?」

 

 しばし沈黙が満ちる。

 

「……と、とにかく!そんな強大な悪魔を倒したのですから、昇級審査を受けさせても良いと思うんですよ!

 女戦士さん、帰って来てからは他の新人さんたちと訓練してますけれど、もう黒曜等級の動きじゃないですよ……」

 

「さっき見てきたわ。

 態々依頼してまでやっているの見たけれど、あれはもう鋼鉄とか色々すっ飛ばして銅等級って言っても良いレベルだよ。

 他の冒険者達からは等級詐欺とか言われているしね」

 

「そこまでですか……」

 

「女騎士のお墨付きだし、灰色の剣狼も弟子の成長に満足してるからね。

 あの狼に言わせれば……コホン、「吾輩の剣技も親友には及ばんよ」……とか言っているし」

 

「灰色さんもほぼ無傷で討伐してますからね……。

 あれでまだまだって、灰色さんの師匠ってどれだけ強いんでしょうね」

 

「案外竜の群れを単身で倒してたりして」

 

「まさか」

 

 二人で笑い、改めて三人の冒険記録を見る。

 回復役である女神官も≪聖壁≫で支援しており、女魔術師も悪魔には効果が薄かったが行動阻害魔法と攻撃魔法で支援している。

 女戦士も銀等級三人の支援を受けて悪魔の討伐と、黒曜等級としてはこの上ない貢献を誇っている。

 

「やはり女戦士さんの昇級審査を優先しましょうか?」

 

「でもそれだと魔術師ちゃんが焦ってやらかしそうなんだよねぇ……。

 じゃあ今夏の終わり辺りに昇級試験を予定しようか」

 

「それ明らかにキリが良いからって理由ですよね?」

 

「それもあるけど、一番の理由は新人の神官が出てくることかな?

 小半年ごとに新しい子が出てくるだろうし、やっぱりゴブリンスレイヤー一党の二軍としては、回復役が居た方が良いでしょ」

 

「ああ、なるほど」

 

 言われてみればその通りだ。

 しかも今夏では、そこそこ優秀な……奇跡を二回使える敬虔な神官や聖女が二桁いるそうだ。

 彼又は彼女等を狙っている一党も多いだろう。

 

「そこに合わせて新進気鋭の女戦士達の昇級審査を行うって寸法よ。

 銀等級一党の二軍だけどその頭目は6か月で一気に鋼鉄等級!実力も申し分なし!搾取される心配も無い!」

 

「確かに優良物件ではありますよね」

 

 加えて灰色の剣狼と言う『保護者』もいるのだ。

 全滅する可能性はかなり低いだろう。

 

「将来有望な冒険者にはこういう気遣いもしないとね」

 

「やっかみがすごそうですけどね……」

 

 急な躍進は周囲からの反感も買いやすい。

 もちろん冒険者は実力主義な面も多い職であり、この辺境の街の冒険者は良心的な者も多く在籍している。

 それでも全員が快く受け入れてくれるとは限らないのだ。

 

「……そう言えば彼女達、最近お金の使い方に困ってる風だよね」

 

「そう言えば……女魔術師さんは魔術本を買ったりしていますけれど、女戦士さんはクレイモアの強化と鎧の新調、女神官さんは新しい錫杖を購入と……錫杖伝の指南書?」

 

「錫杖を使った格闘術だね。

 たしかうち(至高神)や戦勝神の神殿では中堅の司祭様が習ってるよ」

 

「ええ……」

 

 受付嬢は困惑する。

 ほんの三か月前に冒険者登録した華奢な女神官が、まさかの格闘術指南を受けていることにである。

 唯一まともに成長しているのは女魔術師のみなのだが……。

 

「その女魔術師さんも使用回数で悩んでいるんですよね……」

 

「あればかりは才能云々があるからねぇ……」

 

 女魔術師の前途に不安を覚えながらも、彼女の成長に期待を寄せる二人だった。

 

 

======

 

 

 何時ものように鎧戸を開けると、そこには鎧姿ではない彼……ゴブリンスレイヤーの姿があった。

 

「おはよぉ~」

 

「ああ、おはよう」

 

 牛飼娘の挨拶に傍目から見れば素っ気ない風に返すゴブリンスレイヤー。

 

「今日もお休み?」

 

「ああ、どうも去年灰色が暴れ過ぎたようだ。

 この時期になってもゴブリンの依頼が少ない上に、新人や鋼鉄等級の連中に取られるのは想定外だ」

 

 実際は狼に出来て自分達が出来ないのは我慢ならないと、奮起した冒険者達が受けたのだが、その認識で出て行った奴等がいったいどれほど戻ってくるのか。

 彼はその辺りを少し考えたが、やはり考えても仕方ないと思考を放棄した。

 成功する時もあるし、失敗する時もある。

 自分が出来るのは失敗した連中が出た時に、その後始末をするだけだ。

 

「そっか、じゃああの狼さんに感謝しないとね?」

 

「ああ」

 

 そう応えながらもゴブリンスレイヤーは柵の調子を見る。

 予備の鎧が前回の探索で壊され、前に出した鎧が返ってくるまで依頼を受けられない。

 大鏡を売った金で上等な鎧を買う事も考えたが、自分が正面きっての戦闘に才能は無いと自覚している為、何時もの装備と同等か少し良い物があれば買おうと言う結論に至った。

 そうなると必然的に今やれることは農場の手伝いと、5年掛けて拵えた設備の点検と言う事になる。

 

「すぐ朝ご飯用意するからねぇ~」

 

「ああ」

 

 幼馴染の声に返事をし、一通り設備の調子を見た後母屋のダイニングに入る。

 そこには既に牧場主が居た。

 

「おはようございます」

 

「ああ、おはよう」

 

 互いに短く挨拶をする。

 5年間彼等の間に交わされた言葉は少ない。

 その数少ない会話もほとんどが業務連絡のようなありさまだ。

 

「今日、装備を取りに行きます」

 

「そうか、だが、そろそろ見直してみたらどうかね?

 素人目だから余計な口かもしれないが、最近ではゴブリン以外の相手もしているそうじゃないか」

 

「……はい」

 

 ゴブリンスレイヤーの返事に牧場主はおっと心の中で気付いた。

 いつもは平たんな口調でしか返さない彼が、少し落ち込んだような口調なのだ。

 

「まあ、君の懐具合もあるだろうが……、あの娘が安心して見送れるようにはしてくれ」

 

「……工房長と話してみます」

 

 

 

「それほど上等じゃないが、今の装備より良い鎧なぁ……」

 

「ないのか?」

 

「……ああ、あれならどうだろうな」

 

 少し待っていてくれと言い老爺が奥へ引っ込み、しばらくしてある鎧を持ってきた。

 

「こいつは大分前に国軍騎士の装備の選考会に出された奴なんだが、あと一歩のところで落ちた代物でな。

 作った奴がわしの知り合いで特別に卸して貰ったのだよ。

 使われている金属部分は今までお前さんが使っていた物より良いし、可動部分もそう変わらない構造だ」

 

 付けてみろと言われてゴブリンスレイヤーはその鎧を身に着ける。

 なるほど、新品特有の金臭さはあるが、それは後で何時もの加工をすればどうとでもなる。

 重要部分にある金属部分も前に使っていた物より良さそうだし、膝などの部分も前と変わらない具合に動かせるし、合間に見えるチェインメイルも良い具合だ。

 ただ左肩の鎧と蒼いサーコートが異様に目立つが……。

 

「正式な物より少し性能を落としてあるが、一応上級騎士の鎧と呼ばれている。

 それならお前さんの要望に応えられるはずだ。

 それにそのサーコートは火を防ぐ役割もある。

 ただのかっこつけじゃないぞ?」

 

「なるほど」

 

 確かにこれなら自分の要望に合った代物だ。

 以前まで使っていた防具は、ゴブリン退治の依頼を受けた時に使う事にして、早速予備の分の代金と共に払い、何時もの兜を被ってから工房を出た。

 

「ん?んお?!ゴブリンスレイヤー、お前、鎧新調したのか!?」

 

「ああ」

 

 槍使いの声が響き、物珍しそうな目線があちらこちらから飛んでくる。

 

「へぇ、中々格好いい鎧を選んだじゃないか」

 

「ああ、だがこのままだと金臭さが出てしまう。

 あとで加工しなければならん」

 

「……まあ、お前はそう言う奴だよな」

 

「?」

 

 半ば諦めた様子の槍使いにゴブリンスレイヤーは首を傾げた。

 そこへギルドの扉が開く音が響く。

 

「お疲れさまでした師父」

 

『うむ、また一段と太刀筋が良くなっている。

 だがしっかりと休息も挟むように、過度な訓練は体に毒だ』

 

「心得ています」

 

『うむ、では……っ!?』

 

 剣狼がゴブリンスレイヤーを見るとそこで動きが固まった。

 

「師父?」

 

 弟子の言葉を無視……いや、耳に入っていない様子の剣狼は、少し息を荒くしながらゴブリンスレイヤーに歩み寄る。

 

「……灰色?」

 

「!!」

 

 剣狼に気が付きゴブリンスレイヤーが声を掛ける。

 そこで剣狼は耳を立て数舜瞬きをし、尾と耳を垂れさせた。

 

『いや、お主の鎧が戦友が着ていたものとそっくりでな……。

 あやつもこちらに来ていたのかと一瞬思っただけだ』

 

「そうか」

 

 ゴブリンスレイヤーはそれだけ答えた。

 彼は必要以上に踏み込まない。

 それは自己保存のための行動なのか、それとも他者を労わっての事なのか定かではない。

 だが今の剣狼にとっては、彼のその行為はありがたかった。

 

(似た様な装いの鎧などいくらでもあるだろうに、この程度で動揺する等吾輩もまだまだだな……。

 さて、今日の女給殿のおすすめは何だったか)

 

 若干落胆しながらも気を持ち直す。

 運動後の食事は上手いと相場が決まっているのだから。

 

 

 

 

 

 とある洞穴、そこで複数の影が蠢いていた。

 本来そこの主であるはずだった彼は思った。

 

(どうしてこうなった……)

 

 自分の後ろで佇むその巨体の気配を感じながら、小さく嘆息する。

 ほんの数日前には自分がこの洞穴の主だったのだ。

 それが混沌の軍勢の使者が連れてきたこいつが居着いてから、手下たちは虜囚どもと義務的に繁殖を続けていた。

 自分の管理下から離れて体の一部も異形と化していた。

 最近では自分も何度か意識が途切れる時がある。

 そして体の一部にも手下達と一緒のできものが出来つつあった。

 

(俺の……夢が……)

 

 また意識が途切れそうになる。

 これは……面倒な事に……なっ……た。




次回から2話構成でゴブリンホードやる予定です。

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