ゴブリンスレイヤー ―灰色の狼―   作:渡り烏

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逆流性胃腸炎辛い。


深淵禍(前編)

 

 

 

 

 燃える家屋、見知った人々の悲鳴、宵闇を駆け抜ける異形の小人共。

 その中心でゴブリンスレイヤーは立っていた……立ち尽くすしかなかった。

 体を動かそうにも動かないのだ。

 

(なぜ……今になって……)

 

 自問する間にまた一人が小人……小鬼に殺される。

 それらは自分の事など見えないかのように蹂躙され、蹂躙していた。

 

(動け)

 

 ゴブリンスレイヤーが自分の体に叱咤し、動かそうとするが動かない。

 これが夢であると言うのは分かっていた。

 だがそれでも、ゴブリンに対する復讐心で彼は体を動かそうとする。

 

(動け!)

 

 それでも動かない。

 その間にも村人たちが次々と物言わぬ肉塊にされてゆく。

 それを見る事しかできない自分に歯噛み、悔しさから血が出るような強さで拳を握る。

 そんな時、狼の遠吠えが響いた。

 いや、襲ったのだ。

 

「ぐっ!?」

 

 だがその遠吠えは物理的な波となって小鬼共や村人に襲い掛かる。

 小鬼も村人も……ゴブリンスレイヤーも遠吠えをした方へ顔を向けていた。

 ……そこには。

 

「灰……色?」

 

 そこには見慣れたはずの狼が家屋ほどもある身の丈となり、同じくそれに見合った大きさとなった大剣を咥えて佇んでいた。

 そして灰色の剣狼は、月に向かって吠えた。

 

 

 

「っ!?」

 

 そこでゴブリンスレイヤーは目を覚ました。

 毛布から起こした上半身だけでなく、つま先まで満遍なく冷や汗をかいていた。

 

「……今のは?」

 

 朧げになっている夢の内容を思い出す。

 最後に出てきたあの狼、体格や毛色、そして咥えていた大剣は間違いなく剣狼の物だった。

 しかしその大きさが著しく違っていた。

 

「ふむん……」

 

 しばらくゴブリンスレイヤーは考え込んだが、すぐに今日の訪問を受け入れるために動き出した。

 今日は3人と1頭がこの牧場に来るのだ。

 

 

 

「ここが彼が下宿している牧場ですね」

 

「家畜が生き生きしてて良い牧場じゃない」

 

「こういう場所は余り来たことが無いから新鮮ね」

 

『柵も使われている木が太くしっかりしているな。

 こういう設備は家畜にとって窮屈だろうが、その代わり外敵から守られているという安心感をもたらす』

 

 各々がゴブリンスレイヤーが住んでいる牧場の感想を言う。

 予定より少々早い時間に来てしまったため、案内人のゴブリンスレイヤーが来るまで牧場の敷地外で待っているのだ。

 朝食を済ませた後に街から出て来たので、3人と1頭はまだ腹を空かせていない。

 

「待たせたか?」

 

「いえ、先程来たばかりですので」

 

「そうか、ならこっちだ」

 

 今回黒曜等級三人と剣狼がこの牧場に来たのは、簡易的な防衛設備の設営に関するノウハウの伝授が目的だ。

 かつて自分が行った単独での農村防衛は苦行と言えるものだったが、得難い経験を得たとも思っている。

 それをこの三人に教えるために牧場主と幼馴染に相談し、牧場主はしぶしぶと(内心では剣狼の訪問にわくわくしていた)、幼馴染は彼の成長を嬉しそうにしながら賛成した。

 

「おお……」

 

『牧場主殿、本日から2日間世話になる。

 それなりの金子をゴブリンスレイヤー殿に預けてある故、その間の迷惑はそれで勘弁願いたい』

 

「いやいやとんでもない!

 あの剣狼に来て戴いたと言うだけでも光栄です!」

 

「「……」」

 

 牧場主の態度の変わりようにゴブリンスレイヤーと牛飼娘が胡乱気な視線を向ける。

 だが剣狼のネームバリューがこの辺境で鳴り響いているのは事実なので、余り咎める事もできないのは確かだ。

 それに気づいたのか牧場主は「おほん」と一旦咳を吐いてから、新人三人に視線を向ける。

 

「私がここの牧場主だ。話は彼から聞いている。

 君たちが良き冒険者になると言うのなら私も協力を惜しまない。

 存分に彼から知識と経験を受け取って、今後の冒険者活動に役立ててくれ。

 それと……姪のシチューは絶品だから、飯時には楽しみにしてほしい」

 

「「「はい!」」」

 

 牧場主の挨拶を終えると、ゴブリンスレイヤーは「こっちだ」とだけ言い歩き出す。

 相も変わらず不愛想な態度だったが、今更そんな事で怒ることも無く彼に3人は着いて行き、牛飼娘もその後を追うが……剣狼だけはその場にとどまっていた。

 

「師父?」

 

『吾輩は牧場主としばらく話す故、指輪を彼に貸してほしいのだが……』

 

「分かりました。

 何かあったら指笛で呼びますので」

 

『うむ』

 

「では牧場主さん、こちらを指に嵌めれば師父と話が出来ますから」

 

「ああ、これはどうも……」

 

 剣狼と言う飛び切りの盗難防止が居る為、女戦士は指輪を牧場主に渡してから一礼し、ゴブリンスレイヤー達の後を追った。

 

「……礼儀正しい娘さんですな」

 

『うむ、それに素直な上に飲み込みも早い。

 人の身ではかなりの才能だと吾輩は思うが』

 

「貴方に師事しているんです。

 あの娘は冒険者として大成しますよ」

 

『そうなれば我が親友も浮かばれるだろう』

 

 その後もポツポツと互いに話題を振りあい、牧場主は剣狼と話しながら仕事を続ける。

 大柄の狼が居るのに牧場主が無警戒なのを見て、最初は遠巻きで警戒していた牛達も警戒を解いて普段と変わらずに草を食み、太陽の光を浴びて微睡みの中でうとうとする個体が出始めた。

 

『ここの牛達は賢いものが多いな』

 

「そうですかね?」

 

『うむ、大抵の牛達は慣れて何時もの調子に戻っているであろう中、何頭か未だにこちらを監視している者がいる。

 この牧場を襲うとなると並の狼の群れでは少々骨だな』

 

「そう言っていただけると牧場主としては嬉しいものですな」

 

 しばらく間を置いてから牧場主が再び口を開く。

 

「その……彼は何時もどのように?」

 

『ふむ……、まあ良き先輩だとは思うがな。

 面倒くさがっていてもきっちり面倒を見ている辺り、生真面目なのだとは思うが……亡くなった姉の教育が良かったのやもしれぬな』

 

「それは……彼が?」

 

『うむ、少し前にオーガと遭遇した依頼の道中でな。

 火酒を飲んで偉く饒舌になった時に零した。

 その時に姉の話題が出て、過去形の言い方で察したが』

 

「……ええ、貴方の言う通りです。

 彼は10年前まで、たった一人の肉親である姉が居ました。

 ですが、あの娘がここの手伝いの為に村から離れたその日に、ゴブリンに襲撃されて……」

 

『なるほど……ゴブリンに対する並々ならぬ執着はやはり復讐からか』

 

 合点がいったと言うように剣狼は頷きながら言う。

 その後も話を聞けば、5年前の白磁の時分には自分を顧みず、毎日ゴブリン退治の依頼を受けていたそうだ。

 その後誰かから注意されたのか休みを取るようになり始め、半年前からゴブリン退治の依頼が剣狼の影響で少なくなりはじめ、下宿代の調達に悩んでいる最中、新人の一党の応援に出されたところで吾輩と遭遇したらしい。

 

「だからあの娘も私も感謝しているんですよ。

 彼が最近になって変わってきたのは貴方のお陰です」

 

『それは些か過大評価ではないかな?

 吾輩が居なくても、あの娘達や今組んでいる一党でも変化があったはずだ』

 

「ですが、劇的な変化の要因は間違いなく貴方です。

 それだけは確かなのですよ」

 

『ふむん……まあ去年は好き勝手に暴れまわっただけなのだが、それが彼のためになったのならば良かったと思う事にしよう』

 

「ええ、それがよろしいでしょう」

 

 その後も昼食を摂った後、再び簡易柵の作成の仕方や背の高い草を使った罠の作り方を一通りやった後、乳絞りや牛の手入れの仕方などを手伝いあっという間に夜になった。

 

「いやぁ午後は助かったよ」

 

「いえ、しばらくここを使わせて頂くのですから当然です」

 

「それにお世話になってる先輩冒険者が下宿してる所だし、弟子が失礼をすればそれは師の評価に直結しますから。……少々危なっかしいのが玉に瑕ですが」

 

「師と言うにはちょっと不安が残るけれどね」

 

「……」

 

「ふふふ」

 

 新人達から散々な言われようでゴブリンスレイヤーは閉口したが、そんな珍しい様子を見て牛飼娘は嬉しそうに笑った。

 

『明日はどうするのだ?』

 

「そうだな……近場の森を使って追跡の仕方などを……?」

 

 剣狼の問いに答えようとして、ゴブリンスレイヤーは言葉を切り窓へ視線を向けた。

 

「どうしたんだね?」

 

「物音がした。俺が使っている小屋の辺りからだ」

 

「物取りですか?」

 

『音だけでは分からんな。

 ここは吾輩とゴブリンスレイヤー殿で見て来よう』

 

「私も行きましょう。

 なに、盗人くらいなら相手取ったことはありますよ」

 

「しかし……」

 

『何、吾輩とお主が居るのだ。

 一般人の護衛は何とかなるだろう』

 

「……分かりました。

 ですが不用意な行動はしないようにお願いします」

 

「う、うむ」

 

「っ……」

 

 急に雰囲気が変わったゴブリンスレイヤーに、牧場主と牛飼娘が息を飲む。

 これが仕事状態になった彼の姿なのかと、彼等は初めて感じ取ったのだ。

 

「では牛飼娘さんの護衛は我々にお任せを」

 

『ああ、くれぐれも気を付けるのだぞ。

 まだ単独か複数かもわからんのだから』

 

「指輪は女戦士が持ったままの方が良いわね。

 ……離れてても意思疎通ができるのって便利ね」

 

「そうですね……。

 指笛や悲鳴では届かない場合もありますから……」

 

「あ、あのね……」

 

 牛飼娘がゴブリンスレイヤーに歩み寄る。

 

「気を付けて……ね?」

 

「……ああ」

 

 幼馴染の問いに対してゴブリンスレイヤーはそれだけしか答えなかった。

 だがその前に逡巡した様子から、彼なりに彼女の意思を尊重しているようだった。

 

 

 

「なんだか、何時もとは雰囲気が違うな……」

 

「一つ異常があるだけでもそうなります。

 たとえ慣れている場所でも、何時も使っている場所でも」

 

――……――

 

 牧場主とゴブリンスレイヤーが喋る中、剣狼だけが異様に静かにしていた。

 元から無暗に吠える事はないが、全身から警戒心を露わにしているのは、二人の目から見ても明らかだった。

 

(指輪を置いてきたのは間違いだったか?)

 

 ゴブリンスレイヤーがそう思案する間に、いつも使っている納屋に到着した。

 

「……施錠は外されていない様です」

 

「勘違いかな?」

 

――……!この臭い!――

 

 二人が施錠の状態を確認する中で、剣狼だけが異常をはっきりと捉え、ゴブリンスレイヤーと牧場主に一度吠えた。

 

「灰色が何か感じとったようです。

 ……それに血の臭い」

 

「怪我人がいるのか!?」

 

「その可能性がありますが、用心に越したことはないでしょう。

 剣狼、貴方、俺の順で接近します」

 

 ゴブリンスレイヤーの指示に従って隊列を組みなおし、剣狼の先導で納屋の裏手に回る……そこに居たのは酷く憔悴し、頭飾りを避けるように角のような出来物が生えた大柄なゴブリンだった。

 

「これは!?」

 

「……ゴブリンロード」

 

「G……B……」

 

 松明の明かりを感じたのかゴブリンロードが目を薄っすらと開ける。

 それを見てゴブリンスレイヤーは牧場主をかばうように前に出た。

 

「ヒ……只人(ヒューム)カ……」

 

 濁った眼で確かに目の前に居るのが只人だと認識しているはずなのに、ゴブリンが持つ敵愾心がまるで感じられない声色で、共通語を喋り始めた。

 

「ソシてお前……噂ニなってイタ狼……ダナ?

 アア……コレデ群れノ仇ヲ、討てる……ケフッケフッ」

 

「……何があった」

 

「本来ナラば、只人ニ警告ナゾセぬが……我々ノ将来ヲ考えれバ、この程度ノ恥辱ナゾ安いモノダ」

 

 そこでゴブリンロードは一呼吸置いた。

 

「深淵ノ化け物が……三度日がしずンダ頃にニ此処の街ヲ襲う。

 奴ハ混沌の手先ではナイ、もっとベツノ場所からヤッテきたと、奴を連れてキタ魔神王ノ幹部ガ言っていた」

 

 そこで再び咳き込む。

 

「群れハ、奴に乗っ取らレタ。

 ニヒャクを越えル群れが、街を襲ウだロウ」

 

 そう言いながらゴブリンロードは上半身を弱々しく起こし、地面に簡単な地図を描く。

 

「ココが今の場所、ソシテ……コフッ、ここが、イマノ場所から近い村ダ。

 奴等は、この間ヲ抜けるヨウに進行する……オレガそう仕向けタ」

 

 そこでまた体を横たえて一息吐く。

 

「……お前の言は信用できん」

 

「フフ、だが、ソコの狼ハおれノ言葉を聞き入れるヨウだぞ?」

 

「なに?」

 

 そう言いながらゴブリンスレイヤーが剣狼に顔を向けると、剣狼は同じようにゴブリンスレイヤーに顔を向けていた。

 その眼には未だ見えぬ敵に対する憎しみの炎が浮かんでいるようだった。

 

「お前は……こいつの言うその相手の事を知っているのか?」

 

――ウォン――

 

 そうだと言うように剣狼は吠えた。

 

「……なぜ我々にこの情報を渡した?」

 

「G……R……B……ソレは、俺がゴブリンの王ダカラだ。

 大を助けるノニ、小を切り捨テル覚悟はデキている。

 俺はモウ助からんシ、復讐スルだけのチカラも残っていなイ。

 ナラバ例エ、憎き冒険者デアッても、奴ヲ倒せる『メ』があるノナらば、利用するマデだ」

 

 そう言いながらゴブリンロードは最期の力を絞り出すように、得物である戦斧を自らの頭上に振り上げる。

 

「GBROGBGO!」

 

 そしてゴブリンにしか分からない言葉を叫ぶと、戦斧を自らの頭に振り下ろし自切した。

 ゴブリンロードの変貌した頭が地面に落ちる。

 

「っう……」

 

「……」

 

 あまりの凄惨な最期に牧場主は呻くように口を押さえ、ゴブリンスレイヤーは転がり落ちたゴブリンの王の頭を回収する。

 剣狼は彼の者の潔い最後に伏して黙祷を捧げた。

 

 

 

 その後、剣狼から事の顛末を指輪越しで聞いた女戦士達は出立の準備を整え、牛飼娘も街に向かう準備をしてその日は寝付けぬ夜を過ごした。

 明後日に来るであろう敵に備えて……。

 

 

 

(奴が来ていた……。

 技はあの頃より研磨をし高めたが、力と重さが足りぬ……アルトリウスよ、吾輩はどうすれば良い?)

 

 そして剣狼は、自らが持っている親友のソウルを目の前に置きそう聞くが、狼騎士の魂が答えを返すことはなかった。

 

 

============

 

 

「啓示ですか?」

 

 時を遡る事三日前、王都に向かう途中で勇者は啓示を得たと賢者に話した。

 

「うん……僕の故郷にある西の辺境の街で起きる戦いを見届けろって」

 

「見届ける?来襲する魔物を倒すのでもなく?」

 

「そうなんだよねぇ……。

 でも、無視はできないよ」

 

 思わぬ強敵に阻まれたが、なんとか魔神王を倒すまでに至った勇者一党、もうすぐ開かれると言う式典に出席する直前に降りた啓示に答えが出せず、こうして二人に相談していた。

 

「ならば式典は延期にしよう」

 

「お、王様!?」

 

 勇者一行の元に若い国王が現れた。

 

「勇者の啓示と言う事なら説得出来る。

 後はこちらに任せて啓示があった場所へと赴くと良い」

 

「で、でも……」

 

「なに、式典は逃げぬさ。

 勇者が居て初めて成り立つものだからな」

 

「……ありがとうございます!必ず戻ります!」

 

 勇者は礼を言い荷支度を始める。

 今から早馬を乗り継げば目的の場所まで六日、早く行けば五日で到着するだろう。

 国王は傍に控えていた侍従に言伝を書かせると、それを勇者に渡した。

 

「必ず帰ってくるのだぞ」

 

「「「はい!」」」

 

 三人はしっかりと返事を返し、宿代わりにしていた部屋から駆け出した。




結構オリジナル入れたので遅くなってしまった。
両方の世界観を共存させながら書くのは苦労するけど、同時に楽しいのです。
そして期待に答えれるように胃と頭を苛める作業が始まるオ。

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