ゴブリンスレイヤー ―灰色の狼―   作:渡り烏

17 / 22
前後編でやると言ったな……あれは嘘だ。


深淵禍(中編)

 

 

 どうしてこうなった!

 と≪死≫が叫び。

 

 どどどどうしよう!

 と≪幻想≫がどもり。

 

 すまぬ……すまぬ……

 と≪真実≫が謝罪の言葉を零し続ける。

 

 事の発端は件の狼に何らかの冒険(セッション)をしようと、≪真実≫が狼の記憶から新たなボスを作り出そうとしたのが原因だ。

 どうせなら因縁深いものが良いだろうと、候補は3体居たが2体は混沌には相応しくないと除外、結果残った一体がボス役として決定した。

 当初は勇者一党に剣狼を同行させて共に倒す想定だった。

 

 ふふふ……これで完成だ。

 

 結果出来上がったのは≪真実≫がこれ以上にないほど、『丁寧』に『忠実』に作り上げた化け物だった。

 仮に『深淵の化身』と名付けたそれを≪真実≫は、≪幻想≫と≪死≫などの秩序側の神々と混沌側の神々に見せた。

 その醜悪な見た目や性能などは、今までどの神々にも作り出せなかった物であり、まさに狼に当てるには最適な物だった。

 ……ただ一つ『深淵』と言うステータスを、≪幻想≫と≪死≫は危険だと言ったが、もしもの際には我々の勇者が何とかすると。

 

 さあお前の活躍を見せてくれ!

 

 そして四方世界に深淵の化け物が投入された。

 最初は神々の想定通りに事が進んでいた。

 古都の地下を魔物達が掘り進め、ついにその怪物が発掘された。

 混沌の勢力にとって幸いだったのは彼等が人間性を持たない存在だったこと、そして神性を持たなかったことに限る。

 だからこそ問題が起きたことに気付くのが遅れた。

 深淵の浸食はそんな彼等にも僅かずつだが、確実に蝕んでいたのだ。

 それに気付いたのは≪恐怖≫だった。

 

 おや……っ!?

 

 ≪恐怖≫は驚愕しました。

 なんと≪真実≫が用意した魔物が魔神王とその配下に、深淵による浸食を始めていたのです。

 これには混沌と秩序の神々も大騒ぎ、以前に勇者用に用意した白竜は何ともなかったので、今度も大丈夫だろうと完全に油断していたのでした。

 しかも深淵の主は狼と白竜同様に賽子を受け付けません。

 これに困った神々で最初に叫んだのが≪死≫でした。

 幸い魔神王は純粋な神ではないので浸食は微々たるものですが、それも時間の問題です。

 

 ……魔神王に深淵の主をゴブリンの巣に誘導させましょう。

 ≪幻想≫が厳しい表情で言いました。

 

 ≪幻想≫にしては厳格な判断に神々が息を飲みます。

 あの何時も≪真実≫に翻弄され、はわはわ言いながらファンブルか出目が低い目しか出せず、不貞寝していた神とは思えない存在感です。

 事態はそれほど深刻だと言う事に、混沌・秩序両陣営の神々は把握したのでした。

 確かにゴブリンの巣に放り込めば被害は最小限で済みます。

 ですが問題は何処の巣にするかです。

 

 ……あの狼が住む街の近くにゴブリンロードの巣がある。そこを使おう。

 持ち直した≪真実≫がそう提案します。

 

 そうして深淵の主はゴブリンロードの巣へ誘導され、その後少々梃子摺りながら魔神王を討伐した勇者達には啓示で西の辺境の街へ派遣され、辺境最高戦力として剣の乙女へも至高神が神託を下し、結果として発生した異世界の化け物と四方世界の決戦は、こうして整えられたのでした。

 ですがこれだけやってもまだ勝てるか不安が残ります。

 何かほかに討てる手はないか?神々がそう考えたその時でした。

 

「てこずっているようだね。手を貸そうか?」

 

 

 

 

 

============

 

 

 

 

 

 西の辺境の街にある冒険者ギルド、魔神王が討伐されたという知らせはまだなく、冒険者達はその日の稼ぎを稼ごうと、依頼書の張り出しを今か今かと待ち構えていた。

 そこにゴブリンスレイヤーと剣狼、そして牧場主と女魔術師が入ってきた。

 牛飼娘と女戦士、女神官は貴重品等を荷車に乗せて遅れてこちらへ向かう形となっており、ゴブリンスレイヤー達は先行してここに来たのだ。

 そして剣狼の背には何かが入った麻袋があった。

 

「で、そこで俺がだな……って、ゴブリンスレイヤーじゃねぇか。

 お前そこの新人達の教育じゃなかったのか?

 それに牧場主さんも」

 

「……緊急の知らせだ」

 

 ゴブリンスレイヤーの緊張を含んだ一言で、槍使いとその話し相手になっていた重戦士が真剣な表情になる。

 以前は雑魚狩り専門の銀等級冒険者だと揶揄されていたが、最近ではゴブリンスレイヤーが知る同期等との知識交換で、彼があまり冗談を言う性質ではないのは知られていた。

 ……もっとも、言っても理解し難い冗談は言うが。

 ゴブリンスレイヤーの、何時もより大きめの声にギルド内に居た冒険者達の視線は、当然彼等にその大半が向けていた。

 当然その中には、何時も一党を組んでいる妖精弓手達もある。

 

「あ、ゴブリンスレイヤーさ……どうかしたんですか?」

 

「……依頼をしたい」

 

 そう言いながら彼は剣狼が背負っていた麻袋を無造作に持ち上げる。

 縛り口と底にはどす黒い血が滲んでいた。

 

「その前に血で汚れて良い場所で状況を説明したい」

 

「じゃあ裏手の空き地でやろうぜ。

 お前が言うんじゃかなりやばい事が起きてるんだろ?」

 

「ああ、剣狼が言うにはこの街の存亡が掛かっている」

 

 ゴブリンスレイヤーの一言でギルド内に緊張が走る。

 仮にも彼は銀等級の冒険者だ。

 それに見合った信頼をギルドが認めている者であり、その言葉はそれなりの確度があってのものだと皆は認識していた。

 そして大半の冒険者と受付嬢、そして支部長に監督官がギルドの裏手に出た。

 

「今からこれを開けるが、人型の死体に慣れていない奴は覚悟をしておいてほしい」

 

 ゴブリンスレイヤーの声に冒険者達が戸惑いながらも頷くと、それを確認した彼は短剣で麻袋を切り裂いた。

 女魔術師の魔術で、井戸水から作らせた氷を布に包んで防腐処理は施していたが、それでも死臭と血の臭いを辺りに撒き散らす。

 そこには切り落とした首を縫合し、事切れたゴブリンロードの姿があった。

 

「う……」

 

「こいつは……」

 

 一目でそのゴブリンが普通の状態ではないと言う事を、冒険者達は認識した。

 頭から生えた角のような出来物、手足も通常のゴブリンより長くなっており、明らかに何らかの外的要因で変異したものだと言うのが分かる。

 

「昨夜、不審な物音がしたので捜索した所、彼が使っている納屋の裏手でこいつが瀕死の状態で倒れていました」

 

 牧場主がそう言う。

 第三者の言葉を入れる事で、情報の信頼度をさらに上げる。

 それがギルドに食料品を届けている者であれば尚更であった。

 

『まだ意識があったので何があったか聞きだした所、吾輩が倒した筈の深淵の主と呼ばれる魔物が、こやつの巣を乗っ取ったそうだ』

 

「そして明後日の日が沈んだ頃合いに、こいつの元配下200と共にこの街を襲うと証言した」

 

「200!?」

 

「ゴブリンが200もか!」

 

「しかもこいつみたいな変異種になってるんだろ?

 未知数過ぎて強さが分からんな……」

 

 剣狼とゴブリンスレイヤーが襲撃する頃合いと規模を話すと、冒険者たちが一斉にざわつき始める。

 

「支部長」

 

「ああ、君はここで彼等からの話を纏めてくれ」

 

「は、はい」

 

 監督官と支部長が人込みから離れて行き、受付嬢は厚板に状況記入用紙を当てて彼等の話を聞き続ける。

 

「その情報はこいつからで、その主犯を剣狼が知っていることで良いんだな?」

 

「ああ、ゴブリンの言う事が本当か分からんが、俺は灰色の嗅覚を信じる事にした」

 

『深淵の主の臭いは忘れたくても忘れきれん。

 あやつは吾輩の親友を深淵の毒で正気を失くし、戦友によって討たれた原因となった仇だ。

 それが復活したとなれば吾輩はこの身一つでも討伐に赴く、でなければあやつはこの街の地下深くまで穴を掘り進め、深淵による闇と毒の結界でこの地を蝕むだろう』

 

 ここ数日で剣狼の声に聞きなれてきた冒険者からすれば、珍しく怒りを含ませた声に息を飲む。

 

「灰色が言うにはその深淵の主というのは、どう見繕っても白金等級案件の実力を持っているらしいわ」

 

「お、おい、それじゃ国や勇者が動くレベルじゃないか!?」

 

 一人の男性戦士がそう聞く。

 彼は確か同期の冒険者だったなと、ゴブリンスレイヤーは思った。

 

『吾輩は勇者ではないが、かつてあやつを戦友と共に討伐した事がある。

 だが、そのためにはこの命と引き換えにする所存だ』

 

「ちょっと待て剣狼殿、あの娘はどうするのだ!」

 

 突然の剣狼の発言に女騎士が声を荒げる。

 剣狼と共に女戦士の稽古をしてきた間柄で、互いに気の知った仲でもあった。

 

『親友の技の基礎はほぼ引き継げた。

 まだ先を見てみたくはあったが、あとは吾輩が居なくても何とかなるだろう。

 ……中途半端に継いだのが少々心残りではあるが、先達として後輩の苦労を取り除かねばならん』

 

 そこで一旦言葉を切り剣狼は周囲を見回す。

 並の冒険者以上……人間だったら金等級にまで届きそうな実力を持つ剣狼でさえ、今回の魔物禍(モンスターハザード)には決死の覚悟で臨むと言う決意を見て、冒険者達は戸惑いを隠せないでいた。

 

「今回の依頼では……仮称で深淵ゴブリンか、それ一匹につき金貨2枚を払うつもりでいる。

 それに加えてホブとシャーマンは2枚、チャンピオンは4枚の追加報酬を払う」

 

「最大で1匹に金貨6枚!?」

 

「それより変異してるとは言え普通のやつで金貨2枚かよ!」

 

 ゴブリンスレイヤーが提示した報酬金額に冒険者達がざわつく。

 だが剣狼が死を覚悟して向かう事態でもある為、銀と銅以外の冒険者達はしり込みしてしまう。

 

(やはり人は集まらんか……)

 

 ゴブリンスレイヤーがそう思案した。

 

「おやおや、騒がしいと思って見に来てみれば、随分と懐かしい顔が居るねぇ」

 

 その場にいる全員の耳にその様な声が響く。

 それは老婆の様にしわがれた声だったが、冒険者達の目にその様な人物はいない。

 

「愚かだねぇ、実に愚かだ。

 何事も可能性を考えて行動せねば、すぐに混沌と深淵に飲み込まれてしまうよ」

 

 そして剣狼の傍に一匹の白い猫、それも体長が人の背丈ほどにもなる大きな猫が降り立った。

 

『お前は!』

 

「いやぁ実に久しぶりだねぇシ……この世界じゃ剣狼だったね。

 ちと面倒だけど面白い慣習だ」

 

 ニャニャと笑うような鳴き声を出す。

 

「まああたしの今の名前は白猫とでも呼んでおくれ。

 それはそうとこれは何の騒ぎだい?あたしは深淵の進行をあんたと実力者に押し付けて、傍観しようとしてる連中にしか見えないけどねぇ」

 

『全て見ていたではないか……。

 それよりもその物言い、本当にお主なのだな……まあそう言ってやるな。

 彼、彼女等は不死人ではなくただ一度の生しか持たない只の人だ』

 

「あたしとしてはどちらでも構わないさ」

 

「あ、あのぉ」

 

 そこへ声を掛けたのは受付嬢だった。

 事態の変異に周りが付いていけない中、彼女はいち早く意識を立て直した。

 

「あなた灰色さんのご友人なのでしょうか?」

 

「ふむ、友人と言うよりは保護者に近い関係だね。

 それにしてもあんた、常人なのにあたしみたいなのを見て怖くないのかね?」

 

「いえ、剣狼さんが警戒心を抱かないから危険性は無いと思いまして」

 

「おお、なんて勇気のある娘だ。

 親しい者が危険は無いと言って早々信じるのは愚だけど、その勇気はそこらのぼんくらにも見習ってほしいねぇ」

 

「え、えっと……」

 

『気にするな受付嬢殿、白猫は物言いこそアレだがそれでもお主を誉めているのだ』

 

「アレとはなにさね。

 あたしはまっとうな事しか言ってないよ」

 

 目の前で繰り広げられる異常な光景に集まっていた冒険者達は茫然としている。

 

(あの魔術師を見ているようだ……)

 

 もっとも、ゴブリンスレイヤーは別の感想を抱いていたが……。

 

「つもる話は色々あるけどね。今は目の前の危機に対処しようじゃないか。

 あーそこの不死人擬き」

 

「……俺か?」

 

『白猫、彼にはゴブリンスレイヤーと言う名がある』

 

「ああ、そうなのかい?それは失礼したね。

 じゃあゴブスレとやら、襲撃は明後日の夕刻頃からだったね?」

 

「ああ、こいつの情報が正しければだが」

 

 ゴブリンスレイヤーはゴブリンロードを差しながら答える。

 

「ふむ、じゃあ時間は十分にあるね。

 誰か、この街で腕利きの魔道具職人、それもアクセサリー関係で腕利きの職人は居ないかね?」

 

「誰か居たか?」

 

「俺にはそのつてはさっぱりだな」

 

「おお、ワシなら一人知っとるぞ」

 

 白猫の問いに答えたのは鉱人道士だった。

 

「おお、これは恰幅の良い道士だ。

 それで、そいつはどれだけの腕前何だい?」

 

「ワシと魔女がちょいちょいと教えているがの、これまた腕が良い職人になって来ておる。

 大抵の……そうじゃな、一時的に効果が出る魔道具なら作れるじゃろうな」

 

「もちろん、私達も、作れる、わよ?」

 

「なるほどなるほど、なら問題はないね。

 じゃあこれと同じものを作ってもらおうかね」

 

 そう言いながら白猫が取りだしたのは、銀色に輝くペンダントだった。

 

「それは見たまんま銀のペンダントと言うものだ。

 奴の闇魔術を、短い時間だけど弾く事ができる代物さね」

 

 白猫の言葉に冒険者達の表情は喜色に代わる。

 一番強力であろう敵の、それも魔術攻撃を無効化できるのは大きい。

 

「あ、もちろん終わったら返してもらうからね」

 

 白猫がそう付け加えると、冒険者の幾人かが小さく舌打ちをした。

 それが耳に入ったのか白猫はウニャンウニャンと鳴き笑いをする。

 

「ふふ、この世界は素直な子が多いね。

 あそこでもこんな子達が居ればよかったものを」

 

『それは無茶な注文だろう。

 まあ、吾輩とてこの世は気に入っている。

 あの小鬼共が居なければ尚良い』

 

「それこそ無理な注文さね。

 ここは盤の上、そしてそれを覗き込んでいる上位者達が暇を明かせる場でしかない。

 ま、お前さんが来てからそれも少し改める様にはなったみたいだけどね」

 

『吾輩が?しがない狼一匹でなぜそうなる?』

 

「ふふ、そのうち聞いて見ると良いさ」

 

『もう一度死にたくはないな』

 

「あ、あの、さっきからちょくちょく不穏な単語が出てきているのですが……」

 

 そんな2頭の会話に受付嬢が割って入る。

 

「ああ、なに、あたしたちがこの世界の住人ではないってだけの話だよ」

 

 白猫の言葉にその場にいた受付嬢と冒険者達、ちょうど警備隊の隊長達を連れて来たギルドの支部長と監督官、そして……。

 

「……え?」

 

 そこへやってきた女戦士達は白猫の言葉を聞き、それだけしか言えなかった。




流石に厳しいので援軍を連れて来たよ!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。