「……」
昼が過ぎた頃、ゴブリンスレイヤーは壁上から離れて行く避難民の最後の車列を見送った。
2日ほど前からこの辺境の街は、煮え滾った魔女の窯をひっくり返したような騒ぎの仲、なんとか難民キャラバンとしての体裁を整えて送り出せた。
その中には自分と剣狼、そして重戦士の一党が面倒を見た二人の冒険者の姿もある。
そこらの白磁よりは戦えるだろうが、場数が圧倒的に足りない。
「ゴブリンスレイヤーさん」
そんな彼の後ろから聞きなれた少女の声が聞こえた。
振り返るとそこには女神官の姿があった。
「街、静かになっちゃいましたね」
「……ああ」
この時間帯なら人々のざわめきや歓談の声、馬車を牽く馬のいななき、煙突から立ち上る煙があった。
それが2日で死んだように何も無くなった。
今この街に居るのは迎撃のために残った冒険者と街の兵士、そしてそれを支援する者達だけである。
「白猫さんのアクセサリーも間に合ってよかったですね」
「ああ」
今回の呼びかけに応じた冒険者は20余名、その内深淵の主に相対する前衛は剣狼、ゴブリンスレイヤー、重戦士、女騎士、槍使い、先輩女戦士、蜥蜴僧侶、後衛は妖精弓手、鉱人道士、女魔術師、魔女、残りの冒険者や兵士は深淵の主の配下への対応となっている。
つまり剣狼以外の10名分の銀のペンダントが出来ており、これから始まる最終確認のための会議で配布される予定だ。
「街、守り切りましょうね」
「ああ」
思えばこの街で冒険者として生活を始めて5年、10年前のあの頃からすれば考えられない状況だ。
特にこの3か月程の変化の激しさには目を回しそうになる。
全ては1年前に剣狼が出現してから、すべてが始まりだったのだろうと彼は思った。
(生活は……変わらない。
依頼を受け、報酬を得、その金で生活をし、また依頼を受ける)
だが、その内容は常に変わり続ける。
彼もまたこの世界に生きる一人の人間なのだ。
「牛飼さんも受付嬢さんも、貴方の無事を祈っていますし……その、私も、そう思ってます」
「無茶をして勝てれば苦労はしない……だが」
一拍を置いてゴブリンスレイヤーは言った。
「死ぬつもりは毛頭ない」
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「さて、そろそろ出るよ」
白猫の声を聞き剣狼は閉じていたその両目を開けた。
白猫と剣狼、そして女戦士と女魔術師が居るのはゴブリンスレイヤーが寝泊まりしている農場の納屋、その裏手で彼女の言う増援を呼び出す白サインの出現を待っていた。
「説明したけれどもう一度言うよ。
今回の白霊の召喚は
ジェスチャーでのやり取りじゃ味気ないだろう?」
そもそもお前さんじゃジェスチャーの数が少なすぎるからねぇ――白猫はそれだけ言って含み笑いをした。
『しかし何故ここなのだ?人目が付かない場所ならば他にもあるだろう』
「理由の一つとしてはそれもある。
しかし、
ここはその縁がある場所の一つなんだよ」
うちの出身じゃなくても同じようなものだけどね。と白猫は付け加えながら小さく笑った。
「あの、呼び出すのは並行世界……の人なんですよね?
呼び出したら向こうではいない状態になるんじゃないですか?」
「まあその通りだね。
だけどそれはあちらの世界からすればほんの一瞬の事さ。
でも、経験した事や記憶は忘れない。決してね」
『それに白サインはあちらの任意で書き記すことが可能だ。
それに
「余計な流入を防ぐため……ですか。よく考えられています」
説明している内に地面に2つの文字列が浮かび上がる。
だがその文字を女戦士と女魔術師には読めなかった。
「これが……」
「白サイン……」
「向こうも一段落着いたようだね。
じゃあ呼び出してごらん」
『ああ』
剣狼が白サインに触れ、異界の何某かの言葉を紡ぐ。
白サインが消え……そして円環が形成されそこから2人の人影が現れる。
一人は全身鎧を身に着け、蒼いサーコートをまとったゴブリンスレイヤーの一張羅とほぼ同じ姿の人間。
もう一人は背丈が重戦士よりも大きく、こちらも全身鎧姿で蒼いマントをなびかせていた。
「白猫の要請にて参上し……」
「お前は……」
(ああ、懐かしい姿だ)
現れた二人が剣狼を見て狼狽し、対する剣狼は目を細めキュウンと一鳴きする。
呼び出された当人達は白猫に事情を聞こうと周りを見渡し、隣に片や朧げに、片や鮮烈にかつて闘った者を目撃して身を硬直させた。
『久しいが、まずは挨拶からだ。
私は灰色の剣狼と呼ばれている。
灰色なり剣狼なり呼ぶと良い』
「「……」」
剣狼の言葉に二人は黙り、互いの顔を見て困惑してしまった。
死別して何の因果か再び相見えたら、本来喋らない筈の者が喋っているのだから当たり前だ。
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「なるほど、大体の事情は把握できた」
「興味深いな。
こちらとは事件の順序がかなり違う」
その後ややあって二人は何とか落ち着きを取り戻し、街の冒険者ギルドへと足を運んだあと、剣狼の今までについてのあらましを聞きそう呟く。
一先ず街に到着するまでに、呼び名は親友の方を
「しかし改めて思うが深淵の主か……」
『そうだ。
今日の日が沈んだ頃にこの街へ襲撃を掛ける』
「こっちでは随分と大事になっているな……。
こちらでは件のゴブリンロードが首魁だった」
「私は偶然この街に通りかかった所を傭兵として参加したが、悪魔殺し殿と状況は一緒だ」
「しかし、まさかあの女武闘家がな……」
悪魔殺しと呼ばれた全身鎧の男が女戦士を見る。
「あの……」
「ああ、いや、少し稽古を付けた程度だがなるほど、大狼が指導すればこうなるのか……とな」
「うむ、只人としてはかなりの仕上がりだ。
今後が楽しみであるし、私も戻ったら少し指導しても良いかもしれん」
『相手が神族でないことを念頭に置いておけよ?』
「これでも騎士団を率いていた身だ。
只人の柔さは知っているとも」
そんな会話をしている4人を遠目にゴブリンスレイヤーの一党が、別の席で様子をうかがっていた。
「いやはや世界は広いですな。
まさか並行する時間軸からの援軍が現れるとは」
「確かに、あやつ等の魔法技術はこの世界より上のようじゃ。
じゃがそれは同時にあやつ等の出身世界の不安定さも見えると言うものじゃの」
「どういう事よ?」
鉱人道士の考察に妖精弓手が聞き返す。
「ああやって並行世界の住人がポンポンと来れると言う事は、それだけ世界を構成する壁に綻びが多い証拠じゃ。
それは即ち外的要因に晒され易いと言う事でもある。
そんな何時滅びるとも知れぬ世界なんぞわしはごめんじゃな」
「そう考えると怖いですね……」
(何時世界が滅びる規模の災厄が来るか分からないでの生活など、万人に聞けば万人が否と答えるだろうが、この世界も大概だと言うのは駄目なのかしら)
女魔術師はそう考えていたが話がややこしくなるので口に出すのはやめた。
「どちらにしろゴブリンは滅ぼす」
「あんたは単純で気が楽そうよね」
「だが……」
ゴブリンスレイヤーはそこで一拍置いた。
「この街は滅ぼさせん」
「その通りだ」
宣言したゴブリンスレイヤーの傍に、いつの間にか魔神殺しと呼ばれていた剣狼の戦友が居た。
「やはり世界が違ってもお前はお前なのだな。
安心したよ」
「そちらでの俺は……」
「お前ほどの変化はないな。
特に鎧を変えるなど、どういう心境の変化なんだ?」
「……」
ゴブリンスレイヤーは一瞬黙り少し考えるそぶりを見せる。
「灰色……」
「?」
「灰色のお陰で、ゴブリンの依頼が俺の方まで回らなくなった。
家賃を払う為には他の依頼を受けざるを得なくなった。
その為には前の装備では不十分だと感じた。
それだけだ」
「……ふふふ、ははは」
「む……」
悪魔殺しはゴブリンスレイヤーの台詞を聞いて笑い出す。
ゴブリンスレイヤーは何がおかしいのかと、むっとした様な声を出した。
「いや、すまない。
そうだな。確かに相手に合わせて装備を変えるのは常識だ。
ゴブリン相手ならばそこらの木で出来た棍棒でも十分だし、少々荒くても刃を通さない鎖帷子とハードレザーで十分だ。
だが悪魔や大型の獣相手ではそうも行かないからな」
「お陰で覚える事が山積みだが……悪い気はしない」
「ふふ、ますますこちらのお前とは違うな。
今後が楽しみではあるが、この会合は今回限りと言う事なのだ」
「そうなのか?」
「ああ、……本当は奴等との旅も悪くないかなとは思っているのだが、我々はそれぞれ与えられた
……まあ、私も狼騎士も大狼も元居た世界でその役目を果たしたが、どうにも厄介事は我々を放してはくれんらしい。
それは兎も角……だ」
悪魔殺しはゴブリンスレイヤーに右手を差し出す。
「今夜の悪魔狩りは油断せずに行こう。
奴は悪魔の中でも異質故にな」
「……ああ」
ゴブリンスレイヤーは彼の手を握り返した。
「たのもー!」
それと同時に、快活な声がギルド内に響いた。
令和になりました。
本当はもっと書きたいことがあったけれどキリが無いので、こんなしめ方になってしまい本当に申し訳ない。
実質二度目の新年、皆様も健康に気を付けて頑張って行きましょう。