ゴブリンスレイヤー ―灰色の狼―   作:渡り烏

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あんたには期待してるんだ。しっかり働いとくれよ。


闇夜の宴

 太陽が完全に落ちた暗闇の中、街の外周に広がる平原全体を照らすように篝火が掲げられ、普段は小さな星が見える筈の街の夜空は明るい星のみが見える状態となった。

 光は闇を照らし出し、邪なるモノを炙りだす道具として使われてきたが、此度この街を襲撃する敵はその光すら飲み込もうとする真に魔なるモノだ。

 

「不気味な風ね……」

 

 耳の端に触る風を夜見ながら妖精弓手は呟いた。

 

「森の動物たちも鳴りを潜めている様子、それに空気が硬くなってきておりますな」

 

「こう言った時は大抵良くないものが出てくると相場が決まっとる。

 そろそろ来るぞ……」

 

 蜥蜴僧侶に鉱人道士も硬化する空気を読み取り妖精弓手にそう返す。

 そして外壁の上で待機し、遠眼鏡で周囲を探っていた兵士が叫んだ。

 

「来たぞ!」

 

 兵士が指さす方向へ視線を向ければ、森のその部分だけ異様に動きが大きかった。

 森の木々を真正面からなぎ倒しながら進んでくる何か……、聞かなくとも分かるしそのような異常な行為が出来るのは、見聞きした中で辺境の街で出来るのは一体だけだ。

 

「来たぞ!深淵の主が!」

 

――ガアアアアアアアアアア!!――

 

 声にならない声を上げながら森から姿を現したのは、高々と反り返る牡鹿の様な角、辛うじて人の形を保った筋骨隆々ながらスマートな肢体、尾ていから伸びた長い尾、そして頭に無数に並んだ赤い目の群れ。

 凡そ人間が恐ろしいと言えるすべての要素が交じりあった異形の怪物が姿を現したのだ。

 そしてその姿の後ろから続々とゴブリンの変異体が現れ、街へと行進を開始する。

 

「私の主観時間では凡そ5年ぶりと言ったところか」

 

「私は10年程だ。

 だが……」

 

「「やはりムカつくなあの瘴気は」」

 

「放てぇー!」

 

 不死人と神族が同じ感想を言うと同時に、防衛隊長が号令を出す。

 城壁の上に所狭しと備え付けられた兵器群から、並の魔族が受ければ即死する威力の暴力が次々と放たれる。

 弩砲から放たれる丸太を削り出した大矢、投石機からは可燃性の高い油をしこたま詰め込んだ壺が、種火を灯らせて飛翔してその猛威を撒き散らす。

 壁外の草原は一瞬にして炎に包まれ、その炎に巻き込まれたゴブリンの変異体が焼け崩れて行く様は、地獄もかくやといった惨状である。

 

「すっげ……」

 

「こんなもの、間違っても人同士の戦いで使って良い物ではないぞ」

 

 目の前に広がる惨状に槍使いと重戦士が重く口を開く。

 これらの兵器は元々混沌の勢力との戦いの為に開発されたものだが、目の前に広がる人の手によって出来上がった炎の壁を見れば、これらが人同士の戦争に使われればどのような惨状になるかは想像に難く無かった。

 

「あの油壷、黒い火炎壷を思い出すな」

 

「貴公に投げられた時の事は今でも鮮明に思い出せる。

 相対してすぐにバンバン投げられてたまったものでは無かったがな」

 

「その節はすまないと思うがこちらも負けられなかったからな」

 

 そんな光景を尻目に物騒な言い合いをしている全身鎧共を、周りに居る冒険者達は遠巻きに二人を眺めていた。

 

「なんかすごい事言ってますけど、大丈夫なんですか?師父」

 

『まあ吾輩も悪魔殺しに油壷を投げられたからな。

 もはやあやつの敵に対する挨拶と言っても良いだろう』

 

「嫌な挨拶ね……」

 

「……」

 

 冒険者達が突入準備をしている間、蜥蜴僧侶はジッと深淵の主を凝視していた。

 

『どうかされたか僧侶殿』

 

「いやなに、あの深淵の主と言う強者、元は人間と言いましたかな?」

 

「そうだが?」

 

 剣狼の問いかけで出た蜥蜴僧侶の疑問に、狼の騎士はそう答える。

 

「ならばあの頭と腰に生えている角と尾、あれは竜の角と尾ではあるまいか?」

 

「っ……」

 

 蜥蜴僧侶の言葉に狼の騎士は押し黙り、その姿を蜥蜴僧侶は片側の目をギョロリと動かして見やる。

 

「何やら事情がある様子、ならば子細は事を終えた後に聞くのがよろしいと存ずるがどうか?」

 

「そうしてくれ、今はあいつを倒す事だけを……すまない」

 

「何、拙僧も功徳を積み祖先に至らんとする身、ならば剣狼殿らの世界の理を聞くのもその(しるべ)になるやもしれませぬからな」

 

 そう言いながら蜥蜴僧侶は竜牙刀を構える。

 それに倣うように周りの冒険者や兵士達も己の得物を構えた。

 

「まずは、梅雨払い、ね。

 ウェントス()……クレスクント(成長)……オリエンス(発生)

 

 魔女が呪文を唱えると突風が発生し、平原を舐めていた炎が深淵の主の周りで生き残った取り巻きに向かって延焼を始め、その業火で取り巻きは炎に包まれ燃え尽きて行った。

 

「それじゃあわしもやるかの!風の乙女(シルフ)や乙女、接吻おくれ。わしらの船に幸ある為に!」

 

 鉱人道士も魔女に続いて呪文を唱えると、冒険者達は己の身が軽くなるのを感じた。

 

『脚を速める術か、ならば一番手は貰うぞ』

 

 剣狼がそう言うな否や、愛剣を抜き放ちながら街壁から身を躍らせる。

 狼故の身軽さで地面に着地すると、元が早い移動速度に加えて移動速度が向上したのもあり、その姿はあっという間に駆け抜けて行く。

 その後ろでは冒険者達が人間が使える樋を使ってやっと降り立ったところだ。

 

「は、速い!」

 

「ありゃ最早風だな。

 おぉい!狼に見せ場取られちまうぞ!突撃だ!」

 

 女騎士の声に重戦士がそう答えながら周りの冒険者や兵士に発破をかける。

 剣狼の動きに呆気を取られていた者達は、その声に己が役割を思い出したかのように再び動き出した。

 

 

 

 駆ける。駆ける。駆ける。

 剣狼は己が今までで一番早く動ける今を風と共にかける事で感じていた。

 毛並みに大気の壁を僅かに作り出し、炎の揺らめきを己が通った道筋として靡かせ、友が命を落とす元凶となった深淵の主の元へと駆け迫る。

 深淵の主も剣狼の姿を捕え、足元から黒いなにがしかを出現させた。

 

(深淵沸きか!)

 

 友にとって猛毒そのものだった深淵沸きと言う存在、だがそんな存在にも関係なく効く高威力の攻撃、が存在する。

 

「《裁きの司、つるぎの君、天秤の者よ、諸力を示し候え》!」

 

 後方からつるぎの乙女の呪文が草原に響き渡ると、湧き出た深淵沸きに剣狼の後ろから極光の裁きの光が降り注ぎ、その悉くを打ち滅ぼした。

 金等級の聖撃(ホーリースマイト)の援護を受け、とうとう剣狼は深淵の主の元に辿り着いた。

 

――久しいな深淵の主よ。

 生前は我が友と共にお主を討てなかったが、此度はその悲願を果たさせてもらうぞ――

 

―ゴアアア!―

 

 剣狼の口上を理解しているのかいないのか、剣狼の吠える声と合わせるように深淵の主も吠えかけ、そして杖と言うには余りにも巨大なソレを振り上げ、剣狼に向けて振り下ろした。

 

――遅い!――

 

ピイイイィィィィ

 

 剣狼は振り下ろされる杖の下を潜り抜け、すれ違いざまに深淵の主の右わき腹を切り裂き、再び互いが正対すると笛の音が鳴り響いた。

 深淵の主の後ろから弩砲の大矢が飛来するのが見え、剣狼は回避するために大きくその場から離れた。

 大矢は深淵の主の周囲25mの範囲に着弾し、何本かは深淵の主に命中したが、その強固な表皮に阻まれ砕けるように破片を散らした。

 

「やあああ!」

 

「おおお!」

 

 続いて到着した勇者と狼の騎士が斬撃を繰り出したが、既知の魔物なら一撃の元に叩き伏せる両者のそれを、深淵の主は薄皮一枚の所で回避する。

 

「浅い!」

 

「もういっちょお!」

 

 狼の騎士が体勢を整えているにもかかわらず、同様に大振りをかました勇者は続けざまにもう一撃見舞うと、その一撃は見事に深淵の主の胴を切り裂いた。

 

―ガアアア!―

 

 それに怒ったのか勇者の斬撃を食らったにも拘らず、深淵の主は杖を高く掲げたあと地面に突き立てると、そこから暗色の魔力の塊が周囲に飛び散った。

 

「勇者殿!」

 

「うん!」

 

 両者が銀のペンダントに魔力を込めると、二人の周りに輝く障壁が現れ、闇魔法はそれに当たると方々に散って行った。

 

「すっごぉい!」

 

「ああ、これならば何とかなるな」

 

「勇者達が効果を示した!

 皆、続けて仕掛けろ!」

 

 銀のペンダントを掲げた剣聖の声と共に、冒険者達が続々と戦場に到着する。

 それと同じく、深淵の主の後方から変異したゴブリン英雄やホブゴブリンたちが現れた。

 

「っち、そう易々と攻撃させてくれんか。

 深淵の主と相手できる自信がない奴は変異したゴブリン英雄やホブの相手だ」

 

「お前はどうする?」

 

「俺は……」

 

 指示を出したゴブリンスレイヤーに重剣士が聞き、ゴブリンスレイヤーはチラッと深淵の主を一瞥する。

 そこにはちょうど悪魔殺しが参戦した所だった。

 深淵の主が杖を振るい、それを剣狼達が避けた隙に別方向から彼が斬り付ける。

 魔法が撃たれれば各々が銀のペンダントを使ってそれに耐える。

 それはとても勇ましい勇者達の戦いでは無く、只々己の生存本能を掛けて行われる死闘だった。

 

「俺ではあそこには入れん」

 

「っへ、そうだな。

 剣狼も勇者も狼の騎士も人外の動きをしているが、悪魔殺しもとんでもねぇ見切り方してやがる」

 

 ゴブリンスレイヤーの返事に槍使いはそう答えた。

 元々彼自身は自分に戦いの才能は無いと自覚している。

 だからこそ小細工を凝らして今まで戦ってきた。

 だが……。

 

「だが、いざとなったら切り札を使う」

 

 その彼の言葉に重剣士と槍使いも目を見開く。

 派手さの無い戦いばかりを行う彼が、切り札と言う言葉を使ったのだ。

 

「へへ、お前も冒険者らしくなってきたじゃねぇか」

 

「ああ、その時には目にモノを見せてくれよ?」

 

 そう言い残すと二人も血沸き肉が躍る雑魚散らしに向かい、ゴブリンスレイヤーも彼等の後を追った。

 

 

 

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 城壁の外から少年斥候が少女圃人と共に戦いを見守っていた。

 

「す、すごい……」

 

「突っ込まなくてよかったね……」

 

 視線の先にあるのは文字通り異次元の戦い、深淵の主と剣狼を始め狼の騎士と悪魔殺しの死闘、深淵の主が薙ぎ払いを行うと狼の騎士と悪魔殺しは盾で受け流し、その上段から剣狼と勇者が切りかかり、確実に深淵の主に痛痒(ダメージ)を与え続ける。

 対する深淵の主も負けておらず、これまでに何度か比較的動きが遅い悪魔殺しに攻撃を当てている。

 だがその度に悪魔殺しは後方に下がり、懐から明るい液体の様な物が入った瓶(エスト瓶+7)を取り出し、それを呷ると何事もなかったかのようにまた戦線に復帰していた。

 明らかに致命的な一撃を入れられていても、淀みない動作でそれを行うのである。

 勇者も勇者で初めて相対する敵にも拘らず、狼の騎士と剣狼と同等の動きで深淵の主と闘っている。

 そんな戦場から少し目を放せば、自分達の一党の頭目達や剣聖が取り巻きの殲滅に乗り出している。

 時折変異したゴブリンシャーマンから闇魔法が放たれているので、とてもではないがこちらも自分達が入り込む隙が無い。

 

「せめて何かできればなぁ……」

 

「無い物を強請っても仕方ないですよ。

 それよりも城壁の弩砲に矢玉を供給するのを手伝いましょう」

 

「はい!」

 

「え、えっと私は……」

 

「君は他の術師たちと共に行動してくれ」

 

「っ、分かりました……」

 

 半森人の指示でそれぞれに指示を出すと、少年斥候と共に壁上に上がって行った。

 

(何も出来ないのかな……)

 

 今ほど自分の非力さが恨めしく思う。

 自分は只でさえ筋力に乏しい圃人で、加えて後衛と言う立ち位置な上に女の子。

 力仕事にこれほど向いていない存在はいない……。

 

(それでも……っ!)

 

 それでも自分に何かできる事はないかと周りを見渡す、そしてそれが目に入った。

 それは輜重隊が使う中でも幌が付いていない、それこそ中堅の行商人が使うような馬車であった。

 

「あら、考える事は、同じみたい、ね」

 

 魔女の声がしたので振り向くと、この街に集まっている中でも屈指の後衛職の者達、賢者に剣の乙女、魔女に妖精弓手、鉱人道士に女神官、そして女魔術師が集まっていた。

 

「御者は儂に任せい。

 嬢ちゃんは儂の周りの目となってくれればええ」

 

「あ、あの、いったい何を」

 

「そうですね……言うなれば移動する投石機ですか」

 

 圃人の少女の疑問に賢者が答える。

 

「そうですね。

 ただ、その投石機は射撃できる数は少ないですが」

 

「ま、足りない分は私の弓で補うわよ」

 

「私も、微力ながら力添えします」

 

 各々が言いながら続々と馬車に乗り込んで行く。

 

「馬、連れて来ましたよ」

 

 そしてギルドの裏手から連れてこられた馬と共に、受付嬢と監督官が姿を現す。

 連れてこられた馬は剣狼と共に同じ厩で暮らしている強者達だ。

 

「あの……まさか」

 

「そのまさかですよ。

 あんな化け物、真面な戦法じゃ対抗できませんからね」

 

 何時もともに旅をしていた勇者と剣聖が見たら、目を疑うようなニヒルな笑顔を浮かべながら賢者がそう言った。

 

「我々は打撃力はあるけれど機動力が無いし、あってもそれを支える持久力が無い。

 ならどうするべきか、答えは簡単です」

 

 

 

無いなら相応の道具で補うのです

 

 

 

 

 

 

「準備出来ましたよ」

 

「こちらも、ね」

 

「わたくしも、体の固定完了しました」

 

「ほほほ、最近の只人の嬢ちゃん達は逞しいのぉ」

 

「ふふ、逞しくなくては、あの人達に置いて行かれちゃいますから」

 

「オルグボルグは兎も角、あの剣狼師弟は目を放すと何処かに走って行っちゃうわよね」

 

「簡易的に一応盾で防御していますが、足回りは貧弱なので注意してください」

 

「分かったわい」

 

 あれよあれよと準備が整えられ、門の前まで馬車を進める。

 馬車は荷台の側面に盾を備え、破片から乗っている者達を護れるようにしており、街に残ってペンダントの作成を続けていた女細工師が、追加で一つ銀のペンダントを作り上げたのでそれで魔法攻撃は無力化できる。

 引く馬も剣狼と寝食を共にしてきたので肝が据わっており、未知の化け物と闘うというのに眼に戦意が灯っている。

 

「これでは戦車(チャリオット)ですね」

 

「まあ乗っとるのが戦士では無く魔法使いだがの」

 

「盾で中を護っているし戦車(タンク)で良いんじゃない?」

 

水槽(タンク)……ですか?」

 

「まあ、私達そんなに打たれ強く無いからね」

 

「装甲化した馬車で魔法攻撃を加える兵科……これはまた歴史に名が残りそうな天啓ですね」

 

「あはは……じゃあ私は怪我した人が出たら回復しますので」

 

 かくして戦場に躍り出る為の準備は整った。

 さあ出発だと手綱を握ったその時、壁上から悲鳴が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やられたぞ!」

 

 

 

 

 

「剣狼がやられた!」

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