ゴブリンスレイヤー ―灰色の狼―   作:渡り烏

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負けフラグの定番と勝利フラグの定番の詰め合わせ。
人それを王道と言う。


衝撃と恐怖

 それが起きたのは取り巻きを処理仕切り、残敵掃討しようとした所だった。

 森から無数の黒い塊が飛んできたのだ。

 

「うお!?」

 

「あぶねぇ!」

 

「なんだありゃあ……」

 

 間一髪の所で冒険者達がペンダントで闇魔法を弾くと、そこに居たのは人の体を張り合わせるだけ張り合わせた様な、醜悪な造形の腐臭漂う肉塊が現れた。

 

「あんなやつ見た事ないぞ!」

 

「しかし、所々変異したゴブリン共の様な角が見えるぞ。

 それにあの胸の膨らみ……ありゃ虜囚になっていた女達の成れの果てだってのか!?」

 

 槍使いの声に周りの冒険者達が驚愕の表情を浮かべる。

 剣聖もまさかの事態に動揺を禁じ得ない。

 助け出すべき虜囚が、まさかこちらに牙を剥いてきたのだ。

 悪意の塊ともいうべき凄惨で陰湿なその化け物は、次を撃とうと突き出た腕に闇の魔法が灯り始める。

 

「銀のペンダントを!」

 

「もうやってる!」

 

 だが動揺していてもそこは一流の冒険者達、冷静に使うべき道具を使う瞬間は心得ている。

 再び戦場に注がれる闇魔法に銀のペンダントによる加護が発揮される。

 女戦士もその加護にて闇魔法をやり過ごし、急襲してきた新たな化け物を両の目で捉える。

 動きはその重さに対して足が貧弱な為か鈍い、だが突き出た無数の腕が曲者であり、下手に接近すれば獲物や自分自身が捕えられかねない。

 ならば……。

 

「重量武器による短期決戦を!」

 

「それしかないな!」

 

「久しぶりに滾ってきたわね!」

 

 女戦士に重戦士、そして先輩女戦士がそれぞれの得物を振りかざして接近する。

 

「いやあああぁぁぁ!」

 

「どりゃ!」

 

「ふん!」

 

 突き出た腕ごと本体の肉を切り刻む音が鳴り響くと同時に、腐ったような色の血潮が噴き出る。

 

「GGGGGOOOOOoooooo!!!」

 

「うるせぇ!黙って死んでろ!」

 

 重戦士が叫びながら二撃目を見舞う。

 言い方こそ荒々しいが、その表情は苦汁で滲み切っていた。

 それでも手に持つだんびら(・・・・)を振るい、犠牲となった彼女達を開放するために攻撃を加え続ける。

 そしてその横から鋭い穂先が怪物を切り裂く。

 

「くそ、後味わりぃな」

 

「剣狼や悪魔殺しが言っていたのも納得だ。

 確かにこれは助けられん」

 

「最早彼女達を助ける手はこの場で倒す事のみ、皆々様方!この時を以って確実に彼女達を天に返しましょう!」

 

 剣聖の掛け声が、余りに余りな虜囚の惨状に萎え掛けた冒険者達の戦意に活力を与える。

 剣聖も自らの湾刀の柄をギュッと握りしめる。

 彼女としても初めて相対する敵であり、被害に合った彼女達と同じ女性である。

 こうは成るまいと思いたいが、目の前にあるモノに敗北した先の未来の自分を重ねてしまうのも無理はない。

 だがそんな彼女達の想いとは裏腹に、目の前の化け物……仮に深淵の聖母とでも言うべきか、その天辺が黒く光ると巨大な塊となった。

 

「くそ!銀のペンダントの用意!」

 

「いや、ありゃ何か変だ」

 

 重戦士の声に術に覚えがある槍使いが答える。

 槍使いの言が正しかったのか、その黒い塊から細く何かが射出される。

 

「なんだ?」

 

「……まさか!?」

 

 はっと射出された方に振り向いた剣聖は、勇者達が戦っている深淵の主を見た。

 案の定、深淵の聖母から放たれた闇の魔力が、深淵の主へと伸びており、今迄に傷付いた傷が瞬く間に治されていくのが見て取れた。

 

「っ!!まずい!早くそれを倒してくれ!

 深淵の主の傷をそいつが治している!」

 

「なんだと!?」

 

「……どうやらそれだけではないようだ」

 

 ゴブリンスレイヤーが珍しく動揺を隠せない声色で呟いた。

 魔力の支援を受けた深淵の主が肥大化を始めていた。

 全体の寸法が大きくなり、既に元の大きさから一回りほど大きくなっていた。

 

――■■■■■■■■■■■■!!――

 

 大音量で深淵の主が叫ぶと杖を滅茶苦茶に振り回し、周囲を連続して薙ぎ払い悪魔殺しと狼の騎士、はては勇者と剣狼もその攻撃に怯み……、そして巨大な杖が剣狼へと掬い上げるように振るわれた。

 

「「剣狼(シフ)っ!!」」

 

 大質量によって腹を打たれて打ち上げられた剣狼が、その愛剣と口から洩れた血潮とともに森の中へと消えて行った。

 狼の騎士は剣狼に向かって叫ぶが直ぐに戦線へと復帰する。

 まさかの光景に女戦士が、そして今まで剣狼と共に過ごしてきた冒険者達が呆ける。

 剣聖も確かな実力を持ち、詩にまでされている剣狼が消えて行った森の方へと見ていた。

 

「……ッ!呆けないで下さい!

 目の前に敵がいるのに、呆けている間に殺された等、師父が聞いたら叱られますよ!?」

 

 この中で一番の若輩である女戦士が、震えが入った声で先輩達を激励する。

 それと同時に悪魔殺しが戦線を離れ、剣狼が落ちて行った方へと走り出し、勇者と狼の騎士も戦闘を継続する。

 

「師父と白猫から聞きました!

 援軍として来てくれた狼の騎士と悪魔殺しは、依頼者(ホスト)が死ぬか目的が達成されるまで消えないと!

 今も彼等は残ってます!なら、師父もまだ生きている筈です!」

 

 女戦士の声に冒険者達は我に返る。

 

「そうだな。

 あの剣狼があの程度で死ぬはずがない!」

 

「悪魔殺しが向かったんだ。

 なら何か隠し玉がある筈だ」

 

「……ここが切り時か」

 

 ゴブリンスレイヤーが呟くと、ポーチから巻物(スクロール)を取り出す。

 

巻物(スクロール)?」

 

「時間を掛けられん、今が切り札の切り時だと判断した」

 

「……分かった!

 おおい!そいつから離れろ!ゴブリンスレイヤーがやらかすぞ!」

 

 槍使いの声に反応して冒険者達が慌てて射線から離れる。

 それを確認するとゴブリンスレイヤーは巻物の封を切り、巻物を開いた。

 

「図体がデカく、鈍いのが仇となったな」

 

 そして巻物に描かれた魔法陣が輝くと、そこから夥しい水量の水が細く噴出した。

 

「GYOOOOGGGOOO!」

 

 噴出した水流が深淵の聖母に中ると、そこから削れるように切り裂いて行く。

 見る間に削れて行き、そしてその水流の勢いが弱まった頃には、切り口から反対側に到達し、大木を切ったかのように深淵の聖母は半身を地面に倒され、白い霧となって消えて行った。

 

「……何をしたんだ?」

 

「見た所水系統の魔法のようだったが……」

 

「転移の巻物の行き先を海の深くに繋いだ物だ。

 元はゴブリンの巣穴へ水攻めを行うために用意した」

 

 女騎士の問いにゴブリンスレイヤーはなんてことが無い様に答えた。

 その返答に質問をした剣聖と女騎士はもとより、女戦士や他の冒険者達も唖然としたような顔をする。

 

「脱出に使われる転移の巻物を……攻撃に転用するだと!?」

 

 剣聖が正気かと言うような声音で尋ねるが、当の本人は紙面が青い炎で包まれた使用済みの巻物を放った。

 

「それよりも、剣狼は?」

 

「そうだ!師父!!」

 

 女戦士は剣狼が消えて行った方へと駆け出して行く。

 それと同時に、車輪が地面を駆ける音が聞こえて来たのでそちらに振り向くと、そこには市壁内に居る筈の鉱人道士と圃人の祈祷師の姿が見えた。

 

「おぉーい!」

 

「ありゃ鉱人の爺さんじゃねぇか……ってなぁにやってんだかうちの相方共は」

 

 槍使いが呆れ気味に、荷台から顔を出す魔女の姿を見てそう呟く。

 状況は剣狼が落伍し、深淵の主がより強大になったと言った所か。

 そこへ何やら軽く装甲化された馬車と、火力面では申し分が無い後衛職が幾人か。

 

「ま、やろうとしてる事は分かるが……」

 

「ええ、少々状況はよろしくないようです」

 

 賢者の考えではこのまま軽装甲馬車で機動しながら魔法攻撃を加え、その間に銀等級冒険者達が接近して一気に畳みかける算段だったのだが、深淵の主の負傷の回復に加えて大型化、前者は出来ても後者が出来なくなってしまった。

 そして気になるのは剣狼の容態だ。

 

「すみませんが勇者たちの援護に私達と剣聖が赴きます。

 皆様方は……」

 

「俺達は一時撤退だな。

 流石に市壁に迫る大きさの奴相手に大立ち回りするほど無謀じゃないさ」

 

「精々矢玉の運搬や装填の手伝いくらいか。

 だが万が一の場合もあるし、俺は同乗させてもらうぜ。

 こう見えても術の心得はあるんでな」

 

 槍使いがそう言いながら周りを見渡すと皆が頷く。

 ゴブリンスレイヤーは自分の一党の仲間達の元へ行く。

 

「すまない。俺ではあれの相手は確実にできん。

 だから俺も後退する事になるが……」

 

「まああれは本当に規格外じゃ、お主の判断は間違ってはおらんよ」

 

「そうですね。

 無茶は出来ればしてほしくはありませんが、無理はして欲しくないですし」

 

「なにより剣狼の方が心配ね。

 何があったのかは……あれを見れば一目瞭然ね」

 

 妖精弓手が見る先には、深淵の主と剣を交えている勇者と狼の騎士の姿があった。

 

「悪魔殺しは?」

 

「剣狼を探しに行った。

 あいつの弟子も先程森に入って行った」

 

「そうですか……剣狼さん、無事だと良いのですが」

 

 心配する女神官が、剣狼が消えて行った森へと視線を向けるが、負傷者の中で重傷の者が居ないかすぐに見て回りに行った。

 

 

 

========================================

 

 

 

「師父!師父!」

 

 息を切らしながら森の中を掛けて行く女戦士、方角と飛距離から凡その落下地点は見当がつくが、その範囲から剣狼を見つけなければならない。

 

「シフ!」

 

 だがそこに悪魔殺しの声が響き、声がした方へと振り向くと、ちょうど悪魔殺しが屈む所だった。

 

「悪魔殺しさん!」

 

「君か、すまないが一刻を争う。

 こいつの口を開けてくれ」

 

「口をって……っ!」

 

 女戦士が悪魔殺しの前を見ると、そこには腹に自身の愛剣が刺さり、折れた肋骨が胴から突き出し口から血を流す剣狼の姿があった。

 だが僅かに胸が動き、呼吸しているのが分かる。

 

「正直これほどの負傷(ミリ残り)で生きているのは奇跡だな。

 今から剣を引き抜き、こいつを飲ませる」

 

 そう言いながら悪魔殺しが取り出したのはポーションのようだが、凝った意匠が施された小瓶だった。

 

「こいつは女神の祝福と言ってな。

 どのような負傷や呪いも治せる(生命力と状態異常の全回復)効果がある。……尤も、ここまでの怪我は前例がないがな」

 

「ですが、やらないよりはマシです。

 私はまだ、師父から学びたいことが沢山あります!」

 

「そうか、なら直ぐにやるぞ」

 

 悪魔殺しの言葉を受けて女戦士は剣狼の口に手を添え、悪魔殺しは剣狼の剣を掴み、腹に手を添える。

 二人が頷くと悪魔殺しは躊躇なく剣を引き抜く。

 鮮血が悪魔殺しの鎧と地面に飛び散るが、女戦士はひるまずに剣狼の口を開け、悪魔殺しがそこに女神の祝福を流し込む。

 

(お願い、飲んでください師父!)

 

 女戦士がそう願うと、剣狼の喉が動き口内にあった液体を嚥下する。

 口の奥に入ったものを即座に胃に送るという野生の本能、それは生存本能が動くだけの力が剣狼に残っていたという証拠だった。

 すると傷口や折れた肋骨が瞬く間に修復されてゆく。

 

「ふぅ……これで一先ずは、俺達が今の場面で帰ることは無くなったな」

 

「師父っ……よかった!」

 

 剣狼に縋りつく女戦士の姿を、悪魔殺しは感慨深げに眺めた。

 

(良い出会いをしたな……シフ)

 

『……っぐぅ』

 

「師父!」

 

「目が覚めたか」

 

 女戦士の指輪から剣狼の声が漏れると、女戦士と悪魔殺しが声を掛ける。

 

『そうか……吾輩はあいつに殴り飛ばされたのだったな。

 今の状況は?』

 

「今、お前の主人と勇者があいつを抑えている」

 

『ならば行かねば……』

 

「ですが、深淵の主は手強くなっています。

 師父がこのまま参戦しても決め手が無いですし、どうすれば……」

 

「手が無い事はないよ」

 

 その声が上から聞こえて来たのでそちらを向くと、そこには木の枝に乗る白猫が居た。

 

「その前に悪魔殺し、あんたこいつのソウルはあるかい?」

 

「……どうもこいつのソウルで武器を作る気にはなれなくてな」

 

 そう言いながら悪魔殺しはソウルからかつての剣狼のソウルを取り出す。

 

「なら重畳、まあ無かったら無かったで代替手段があるから問題なかったけど、やはり同じ持ち主のソウルを使った方が良いからねぇ。

 ああ、お嬢ちゃん、そいつの首飾りを全て外しておいてくれないかい」

 

 そう言いながら白猫が下りてくる。

 女戦士も剣狼から獣語の首飾りと、認識票代わりの首飾りを外す。

 

「さて、じゃあ反撃の準備をしようじゃないか」

 

 白猫はそう言いながらニヤニヤと顔を歪めた。

 その瞬間、剣狼とそのソウルから光が溢れた。

 

 

 

========================================

 

 

 

「うあ!?」

 

「ぐぅっ!」

 

 深淵の主の一撃が勇者と狼の騎士を薙ぎ払い、二人が弾き飛ばされ地面に叩き付けられる。

 深淵の聖母の強化で深淵の主の力も防御力も格段に上がっていた。

 今までの深淵の主の性能が四方世界における、魔神王の配下である魔神将の中で上位のレベルであったならば、今の深淵の主は魔神王の中でも最上級の強さを誇っている。

 まさしく世界の危機そのものであった。

 

サジタ()……インフラマラエ(点火)……ラディウス(射出)!!」

サジタ()……ケルタ(必中)……ラディウス(射出)!」

 

――■■■■■■■■――

 

 女魔術師と魔女の攻撃魔法が深淵の主に刺さるが、馬車上の彼女達を一瞥し、深淵の主は興味が無いとばかりに辺境の街へと駆け出す。

 深淵の主に続いて勇者と狼の騎士も追いかけるが、歩幅で圧倒的な差がある上に四足を使って移動をする分、加速度と最高速では深淵の主の方が優位であった。

 

「まずい!」

 

「くそ!シフが居なければ何もできないのか私は!」

 

 

 

「お、おい!深淵の主がこっちに来るぞ!」

 

「戦線を突破されたか!

 突撃される壁上から退避しろ!

 他のものは深淵の主に射掛け、油を撒いて火を点けよ!」

 

 大慌てで投石機部隊が予測突撃地点に油を撒いてから退避し、弩砲部隊も少しでも怯ませればと次々太矢を射出する。

 だが表皮がさらに強化された深淵の主はその攻撃をものともせずに、辺境の街の市壁へと突撃、壁全体が大きく揺れる。

 

「対魔物進行用に備えた壁だ!流石に深淵の主とて容易く……」

 

――■■■■■■■■■■■■■■■■!!――

 

 防衛隊長の台詞を遮り深淵の主が雄叫びを上げると、頭上に夥しい数の闇の魔力の塊が出現した。

 

「た、退避ぃ~!」

 

 魔力弾は一点集中で市壁に命中し、ひびが入り、上部が崩落する。

 

「か、壁が!」

 

「このまままた殴られたら!」

 

――■■■■■■■■!!ッ!?――

 

 深淵の主が叫び杖を振り上げたその時、深淵の主の左腕に衝撃が走り、そのまま倒れ伏した。

 

「「「「……」」」」

 

 夜風が吹き、勇者と狼の騎士、壁上に居た兵士たち、一足先に戻ろうとしていた冒険者達、そして倒された深淵の主が一様に、辺境の街の壁上を見上げていた。

 

――グルルルルル……――

 

 そこには、巨大な灰色の狼が、剣を咥えて佇んでいた。




お 待 た せ 。

もうすぐクライマックスなので思った以上に筆が進んでしまいました。
本編は後2~3話で終わる予定です。
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