女帝アーザルミードゥフト(試し読み)   作:獺祭り改め水蜜桃

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 ハハーマニシュ王朝(アケメネス朝ペルシア)のダーラヤワウ三世の末裔を称するアルダシールが前王朝を滅ぼし、クテシフォンで即位してから約四百年。

 歴代の皇帝たちは国内的には中央集権を押し進め、対外的にはローマ帝国やクシャーンと戦ってイラン高原、メソポタミア地方、アルメニア、アラビア半島のペルシア湾岸地域を支配する巨大帝国を築き上げた。

 いっときは騎馬遊牧民エフタルの朝貢国となるも、中興の祖ホスロー一世の時代にこれを滅ぼし、エーラーンシャフル(サーサーン朝ペルシア)は黄金期を迎えた。

 帝国が最大領域となるのは彼の孫にあたる同名の皇帝ホスロー二世のときである。

 若く野心家の皇帝は東ローマ帝国の内紛に乗じる形でシリア、エジプト、そしてアナトリアへと兵を進め、かつてハハーマニシュ朝が支配していた領土のほぼ全てを手中にした。版図が拡がったことで国庫の収入は二倍になった。

 ダスタギルドの大宮殿、数多の美女を擁した後宮、厩舎を飾る名馬、曲頚琵琶(バルバト)の名を与えられた楽師、タークィ・ブスターンの大洞にも刻まれることになる宝玉をびっしり縫い込んだ衣装。

 これらは飽くことをしらぬ征服活動と勝利の賜物であった。

 皇帝が占領地からもたらされる莫大な富の恩恵を享受する一方で、憤懣はあらゆる階層で高まっていた。

 貴族は皇帝の独断専行に、商人は戦争で交易路が閉ざされたことに、農民は重税と一家の働き手を兵士として奪われることに憤っていた。

 東ローマ帝国の反攻が始まり、エーラーン帝国本土が脅かされるようになると、ついに不満は爆発した。ホスロー二世は政変で斃され、長子シールーイ・カワードが即位した。

 カワード二世は自らの地位を安泰にするために兄弟、甥、従兄弟といった男性皇族を殺戮した。だが、彼は国を立て直す間もなく即位してから一年たらずして、この世を去ってしまう。あとに残されたのはわずか六歳の皇子ひとりであった。

 幼帝アルダシール三世の後見人となった大宰相は類稀なる賢臣であった。その施政はエーラーンの人々に自らの王が子供であることを気づかせぬほどであった。アルダシール三世が無事に成人していたら大宰相の輔佐のもと、帝国を再興していただろう。

 だが、長く続いた東ローマ帝国との戦争で将軍たちは強大な存在となっていた。彼らを前に幼帝と大宰相は無力であった。将軍のひとりシャフルバラーズが叛旗をひるがえして幼帝と大宰相を殺し、帝位を(うば)った。しかし、その天下は四十日しか続かず、シャフルバラーズは別の将軍に殺害されてしまう。

 シャフルバラーズを殺したファルロフ・ホルミズドは帝室の縁戚イスパフブド家の棟梁であり、帝国の北西アードゥルバーダガーンを支配する君侯(ヴィスプフル)である。その名は国外でも知られていて、アルメニアの史書には‹メデスの王子›と記されている。メデスとはアトロパテネ、現在のアーゼルバーイジャーンのことである。

 ファルロフ・ホルミズドはカワード二世の同母妹ボーラーンドゥフトを擁立すると、自らは大宰相となって国政に采配を(ふる)った。

 政権の中心が北部出身の貴族で占められたことに南部パールスに地盤を置く貴族たちは烈しく反撥した。彼らはボーラーンドゥフトを帝位から引きずり下ろし、彼女の妹アーザルミードゥフトを新たな女帝に担ぎ出した。

 貴族たちの闘争は皇帝の権威が形骸化するにつれて勢いを増し、逆巻く渦となって、アルダシールの王朝を揺るがし始めていた。

 

 ホスロー一世の大宮殿。その宏壮な円蓋の天窓から光が射し、宮廷に集う人々の姿を照らし出している。

‹神の(すえ)›たるアルダシールの血統は神聖不可侵。ゆえに皇帝の姿は玉座の前に垂らされた金紋紗の(とばり)によって隠されている。

 謁見のさい、帝王が臣下と直接言葉を交わすことはない。

 宰相や高官たちの上奏とそれに対するご下問は、帝側に侍す御佩刀持ち(シャフシェラール)が取り次ぐ。

 八稜華文(はちりょうかもん)の金紗の蔭で臨聴しているアーザルミードゥフトは、肘掛けと脚を獅子にかたどった黄金の玉座の上に金襴の座蒲団を背にして坐っている。

 金の珠をつるした額飾りを着け、金の総刺繍を施し真珠を(ちりば)めた女帝の装束をまとっている。全身をおおう被衣(かつぎ)もやはり金糸織りである。衣装の裾からは尖端が細く反り返った(くつ)がのぞき、脚台に載せられていた。

 アーザルミードゥフトは聴政に()みきっていた。欠伸(あくび)をしそうになって何とか我慢し、目を(しばたた)いて天蓋を見た。

 金銀珠玉からなる帝冠が宙に浮いている。あまりに重いために鎖でつり下げられているのだ。

 帝冠の頂きに輝いているのは戦いと勝利の神ウルスラグナの象徴たる鷲の翼。叛逆者バハラーム・チュービーンに対する勝利の印だ。

 父ホスロー二世が我が物とし銀貨にも刻まれた王冠を、兄カワード、姉ボーラーンも頭上に戴いてきた。

 しかし、座高が足りないためにアーザルードゥフトの頭には届かない。それは彼女が玉座を占めるにふさわしい者でないと暗示しているようにも見える。いや、事実そうなのだ。アーザルミードゥフトは前女帝の同腹の妹という理由で帝位に据えられただけの存在なのだから。

 彼女自身、政治にはまったく関心がなかった。それでも統治者として、こうして玉座に坐していなければならない。

 アーザルミードゥフトはため息をつき、臣下たちの討論を聴くともなく、恋人から贈られた指環をためつすがめつしていた。

 玉座の階段(きざはし)の下には豪奢な大絨毯が敷かれている。

 楽園の情景を織り出した、帝室の至宝というべき芸術品である。小川と小径(こみち))が金糸でかがられ、緑の牧場(まきば)を表現するのにエメラルドをもってなされている。黄金の茎と絹の葉をもち、ルビーや真珠やトパーズや藍玉といった宝石から成る花々が、冬の皇宮クテシフォンにあっても春の息吹を感じ取れるようにと咲き乱れている。

 季節はいま夏である。しかし、宮廷にはたしかに冬の寒風が吹きすさんでいるのだった。

 大絨毯の前で二人の大貴族が対峙している。先に口を開いたのは現女帝の大宰相(ヴズルグ・フラマーダール)フィールーザーンだった。

「報告によれば、ハーリドはすでにヒーラを去り、ムサンナーもマディーナに帰ったというではないか。彼らの目的はかつてラフム朝が支配していた地域を手に入れること。彼の地はもともとアラブ人の土地だったのですからな。ホスロー二世陛下の御代に直轄地となったが、それが今またアラブ人の手に帰しただけのこと。ならば、あらためて彼らと和議を結べばよいではないか」

「何を莫迦な。アラブ人の野心が川向こうだけに留まるとなぜ言えるのだ。この平穏はわずかばかりの小康状態に過ぎぬ。彼らはいずれまた戻ってくる。そして次こそはエーラーンの地を我が物にしようと策動し始めるだろう」

 前大宰相ファルロフ・ホルミズドは相手の楽観的な意見を真っ向から否定した。

 エーラーンシャフルを揺るがす要因は国内貴族の抗争のほかに、もうひとつあった。アラビア半島に蟠踞(ばんきょ)するアラブ人の侵入である。

 始まりはムサンナー・イブン・ハーリサという男であった。

 アラビア半島の北東部で遊牧しているバニー・バクル族の族長である彼は、東ローマ帝国との戦争によるエーラーンシャフルの弱体化に乗じ、領内への侵入を繰り返すようになった。エーラーン側がさしたる防衛もできぬのを看て取ると、辺縁部を荒らしていただけの劫掠は次第に大胆になっていった。

 ちょうどこの頃、アラビア半島の西部ヒジャーズに宗教国家が興り、周辺のアラブ諸族を支配下に置いて、勢力を拡大しつつあった。その軍事力に目をつけたムサンナーは使者を派遣し、侵略の旨味を説いて協力を求めた。

 ムサンナーが得た大きな富はヒジャーズの政権首脳部にとっても魅力的であった。

 彼らは援軍を送ることに決め、天才的な軍才ゆえに彼らの神にちなみ〝アッラーの剣〟と讃えられたハーリド・イブン・ワリード将軍指揮の下、一万八千の騎兵部隊がユーフラテス西岸への本格的な侵入を開始したのだ。

 彼らの目的はユーフラテス河の中核都市ヒーラの征服である。

 かつてここはイエメン系アラブ人のラフム朝の首都であった。

 ラフム朝はエーラーン帝国本土とアラビア半島の緩衝地帯だったが、ホスロー二世は国王ヌーマーン三世をキリスト教への改宗を理由に処刑し、王制を廃止した。メソポタミアからシリア、エジプトへと至る肥沃な穀倉地帯を直接統治するためである。

 東ローマ帝国との実りのない戦争のあと、ヒーラと周辺都市は明確な支配者もいないまま取り残された。

 一気呵成にユーフラテス河沿いに攻め上るアラブ軍に対し、エーラーン側はカワード二世の急逝、幼帝アルダシール三世の登極とシャフルバラーズ将軍による謀反と簒奪といったように政治的混乱が相次ぎ、こちらの地域を守り抜くことができなかった。

 旧ラフム朝の支配地域を掌中に収めたアラブ軍はしかし、いまのところエーラーンシャフルの首都をうかがう気配はない。これをどう見るべきなのか。彼らは目的を達したと考えるべきなのか。それともさらなる侵略を目論んでいるのか。クテシフォンの宮廷の意見も割れているのだった。

「エーラーンの地を我が物に、ですと? 考えすぎでござろう」

 フィールーザーンが冷笑した。

「偉大なる我が帝国と臣民は幾千年にわたって他民族の支配を受けた(ためし)はない」

「マケドニアのアレクサンドロスに滅ぼされ、征服された過去があろう」

 これはハハーマニシュ王朝(アケメネス朝ペルシア)の後裔を称するアルダシールの王朝への当てこすりとも取られ、フィールーザーンの声音が憤怒を帯びた。

「アラブ人が第二のアレクサンドロスになるとでもおっしゃりたいのか。遊牧と交易を生業(なりわい)とし、これまで王など戴いたこともない、砂漠の部族連合にすぎぬ彼らがか?」

「その侮りと油断ゆえに連戦連敗を重ね、ついにはユーフラテス以南を奪われた事実をお忘れか」

「そこまでご懸念なさるなら、貴公が兵を率いてアラブ人と戦いなさればよいではないか」

東ローマ帝国(フローム)との国境ががら空きになるが、それでもよろしいか」

 議論は紛糾し、堂々巡りを繰り返した。

 東ローマ帝国との戦争も終わったばかりだというのに、いままた出征して兵を失いたくない。敗北を喫して面目を失いたくない。首都を離れて政敵に付け入る隙を与えたくない。そういった思惑や打算、足の引っ張り合いから、アラブ軍に対して共同歩調が取れないのだ。

 こうしたとき前女帝ボーラーンドゥフトは要所要所で的確な決断を下し、また仲裁役に徹してきた。

 しかし、傀儡に甘んじる妹のほうは政治に積極的に関わろうとしない。

 大絨毯の横に腰を下ろした祐筆(ディビール)たちは、白熱する議論を書き漏らすまいとしながら、(さき)の女帝との違いを強く意識したことだろう。

 かみ合わない討論は双方の発言者を疲れさせただけだった。フィールーザーンは汗を拭うと、玉座を仰いだ。

「この件については後日あらためて討議するということでよろしゅうございますか」

 御意を取り次ぐ御佩刀持ち(シャフシェラール)が女帝のほうを伺った。アーザルミードゥフトはうなずいた。

「いずれまた議論の場を設けるとの仰せである。本日はこれまで。一同、退きませい」

 ぶつぶつと呟く声、祐筆が筆記具を片づける音、列席の貴族たちが場を払う衣擦れなどが謁見の間に響いた。

 玉座の後ろの帷が開かれ、アーザルミードゥフトは内奥に入った。

 金紋紗の垂幕を仰いでいたファルロフ・ホルミズドは、退出しようとする貴族の一人を呼び止めた。

「アランダ殿、」

 振り向いたのは前王朝からの名門カーレーン家の棟梁であり、ダルバンド海(カスピ海)の南岸グルガーンとクーミスを領する君侯(ヴィスプフル)である。相手の顔に警戒の色が浮かぶのもかまわず、微笑みかける。

「貴公にご相談したいことがありましてな」

 

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※フローム(Hrōm)は東ローマ帝国に対するサーサーン朝ペルシアからの呼称。この呼び名はソグド人商人らを通じて中国にも伝わり、隋唐の史書では拂菻(フリン)となっている。
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