ㅤ光が一片も差し込まない部屋で、モニターの人工的な光源だけが室内を照らしていた。キーボードに一人の男が指を打ち付ける音だけが、ただ響く。
男は、机の中で窮屈そうに押し込められた長い足を組み替えて、こう呟いた。
「一時はどうなることと思ったが……。やはり、私の才能は世界の運命を決定付ける」
ㅤそう言いながら、男は机の上に無造作に置かれていた、手のひら大の何かを手に取った。それは、最近大きなシェアを誇るゲーム会社の家庭用ゲームソフトと同型だった。だが、黒いだけでタイトルも何も書かれてはいない。彼はゲームソフトもどきを暫く手の中で弄んでいたが、ふと思い出したようにその手を止めた。そして、引き出しからポップにデフォルメされている、これまたゲーム機らしきものを取り出した。
「第一のデータ収集は完了した……」男はそこで口を斜めにした。「ようやくゲームを始めることができるな」
ㅤゲームソフトがゲーム機に挿し込まれた。何も起こらなかったが、男の表情が変化することはない。そのまま黙ってソフトを抜き取る。
ㅤその瞬間、驚くべきことが起こった。黒かったそれは引き抜かれた瞬間、鮮やかな緑色に変化したのだ。それだけではない、コミカルなキャラクターがデザインされたシールも貼られている。理屈では考えられない事象だ。
「完成したッ! これぞ現時点での最高傑作だァ!」
ㅤ舌舐めずりをしながら、男はゲームソフトの側面部分に付いているボタンを押した。軽快な音楽とともに、ソフト名が高らかに鳴り響く。
ㅤそれを聞いて、嬉しそうに男は身を仰け反らせた。頭からひっくり返って、椅子から転げ落ちていたが、全く気にした様子はない。緑色のソフトを掲げたまま、彼はゲラゲラと笑い続ける。
「私は神だァ! 刮目せよ、モルモット共ォ! 創造主の描いた理想世界は、既に! すぐそこダァァァァ! ブゥハハハハハハァ……!」
ㅤ彼の見ている未来がどのようなものかは、まだ誰も知らない。人々は迫り来る陰謀に気づかぬまま、生活を続けているのだ。
◆
ㅤ緑谷出久は聖都大学附属病院の研修医だ。現在は小児科で研修をしていて、日々忙しいながらも充実した毎日を送っている。
「あ、緑谷! ちょっといいか?」
「ハイ! すぐ行きます!」遠くの方から出久を呼び止める先輩医師の声に彼は、"瞬間移動"した。「すみません、何かありましたか?」
「いや、大したことじゃなくて。ただ、今日のカンファが明日に延期になったって伝えたかっただけで」彼は少し申し訳なさそうな顔で言う。
「いっ、いえ! 伝えてくださって助かりました! ありがとうございます!」
「そうか。……それにしても、便利そうだなぁ。緑谷の"個性"は」
ㅤおだてでもない純粋な褒め言葉に出久は、照れくさそうに頭を掻いた。
ㅤ中学から高校へかけての一時期、出久は事故で昏睡状態に陥っていた。しかし、奇跡的に彼は意識を取りもどした。それだけでも驚く事態だが、奇跡はそれだけでは無かったのだ。目を覚ました出久には、"自身を任意の座標に移動させる個性"が発現したのである。端的にワープと名付けられたそれを、出久よりも引子の方が喜んだ。彼女は今までずっと、息子を無個性に産んでしまったことに対し負い目に感じていたからだ。
ㅤ逆に出久は現状を受け入れることが出来なかった。確かに個性を得たことは素直に嬉しい。とはいえ、目が覚めたら急に雄英の受験資格を失っていたことは、彼に少なくない心のダメージを与えていた。
雄英高校のヒーロー科は毎年倍率300倍を優に超えることで有名だ。そのため、受験のチャンスは中学3年生の一回だけと規定されている。規定は厳しく、諸事情も考慮されないのだ。もちろん、雄英以外のヒーロー科はそこまで厳格ではない。編入制度のある高校にすぐ入れば、ヒーロー科に入ることも不可能ではなかっただろう。だが、すっかり意気消沈した出久は、どうすればいいのか分からなくなってしまったのだ。
ㅤ気力の無くなった出久を救ったのは、当時研修中だったとあるドクターだった。
――患者の笑顔を取り戻す為に戦うドクターも、誰かの為のヒーローだ。
ㅤその言葉は出久の運命を変えた。彼はヒーローにはなれなかったが、ヒーローに限りなく近い夢を得ることができたのだ。
「でも、ものすごく使いやすい訳じゃないんですよ。自分以外の物だと身につけてないとダメだし……」
「いやいや、一分一秒でも早く持ってこれるじゃん。AEDとか。俺なんか治癒系だけど、小さい傷しか治せないしなぁ。なんか微妙で」
「そんなことないですよ!」出久は思わず大きな声を出してしまう。「脳梗塞になって抗凝固薬を服用してる人とかは、先輩がいたら絶対助かります。他にも色々……」
ㅤ鼻息荒く語ろうとする出久を、先輩医師は押し留める。こういうことは日常茶飯事で、語り始めた出久は暴走機関車の如く止まらなくなることをよく知っているのだ。
「わかった。よぅくわかったけど、俺は今から診察なんだ。その話はまた今度ゆっくり聞いてやる」彼は出久の肩をポンッと軽く叩いて、去っていった。
ㅤ出久はすっかりへこんでしまった。いつも、ついつい相手を顧みずに話してしまう。直そうと心掛けてはいるのだが、その時になると頭から誓いはすっぽ抜けてしまうのだ。そして、自分の言動を思い出して、後悔をする。毎回その繰り返しで、もちろん今日も変わりはなかった。
「……ちょっと、気分変えよ」
ㅤとりあえず自己嫌悪のループから抜け出すべく、出久は外の空気を吸いに行くことにした。病院の周りは緑に囲まれている。自然豊かなここを、病院近くに住む老人などが朝の散歩コースに組み込むほどだ。しかし、今はお昼頃ということもあり、人は疎らだった。ぼんやりと歩くうちに、彼は1人の少年の存在に気がついた。
「あれ? あの子、パジャマ着てる……?」
ㅤ中学生や高校生なら、外出許可を得たのだろうと思えたかもしれない。だが、その少年はどう頑張っても4歳くらいにしか見えない。そんな子供が親の同伴も無く、外を出歩いているのはおかしいのだ。向こうも出久の視線に気づいたのか、目をこちらに向けた。そして、出久を見るやいなや、踵を返して逃げ出そうとする。
ㅤそこで、ようやく彼にも得心がいった。――これは、脱走なのだ。
「ちょっ! ちょっと、待って!!!」
ㅤ慌てて出久は、少年を追った。 大人と子供ではリーチがまるで違う。ワープを使わずとも、すぐに追いつくことができた。手を掴んでも、少年は必死に振りほどこうとする。仕方なく、出久は彼を羽交い締めにした。
「ほら、病院に帰ろう? きっと、先生たちも心配してる」
「やだ! 離して!」
ㅤ当たり前だが、説得にも耳を貸してもらえない。人間を抱えたままワープはできないし、暴れるので歩くのも覚束ない。どうしたものかと考えていると、遠くから走ってくる、アタッシュケースを手にしたスーツ姿の女性と目が合った。女性は出久たちの目の前で足を止めた。
「もしかして、親御さんですか?」
「いえ」出久の問いに、女性は首を横に振った。「電脳救命センターCR所属の仮野明日那です」
ㅤ女性は名刺を差し出したが、出久の両手が塞がっているのを見て、その手を引っ込めた。
「電脳救命センター……?」聞いたことのない部署の名に、出久は首をかしげる。「何処ですか、それ」
「詳しくはお答えできません」彼女の返事はにべもない。「とにかく、ソウタくんを見つけてくれてありがとうございます。……ソウタくん、帰ろう? 治療をしないと、もっと病気がひどくなるよ?」
「ボク、なにも悪いとこないもん! 勝手に先生たちがビョーキって言ってるだけじゃん! 薬も何も出さないくせに!」
ㅤ少年――ソウタが叫んだ瞬間、彼の身体にノイズが走った。反射的に、出久は飛び退く。
「ウワァァァァァァ!」
ㅤ悲鳴とともに、ソウタの体がオレンジ色の物体に変化してゆく。巨大なミートボールが連結したような見た目のそれは、緩慢な動きながらも攻撃的で近くの木を何本かへし折った。
「えっ! 個性の発現!? 異形型?」
「違う。発症したの……」
「発症?」
「人類は新型ウイルスに脅かされているの。ゲームから生まれたコンピューターウイルスが人類に直接感染するように進化した。それが、バグスターウイルス。ウイルスは増殖を続け、最終的に患者の体はバグスターに乗っ取られる……」
ㅤ出久は頭がぐちゃぐちゃになりそうだった。だが、このままでは患者が危険ということだけはかろうじて理解できた。
「何とかならないんですか!」
「……助かる可能性はある」
ㅤ彼女はアタッシュケースを開けた。そこに入っていたのは、黄緑と蛍光ピンクの派手なベルト。そして、ゲームソフトだった。
「ゲーマドライバーとライダーガシャット……。これを使って、ソウタくんとバグスターを分離するオペをする」
「それでオペが出来るって言うんですか⁉︎」
「仮面ライダーに変身すればね。でも、殆どの人間はドライバーに適合しない……って、ちょっと君!」
ㅤ出久はドライバーとガシャットを手に取り、バグスターの方へと走り出す。
「返して! それは素人が扱えるゲームじゃない!」
ㅤ明日那の声は出久に届かなかった。彼はドライバーを腰に巻き、ガシャット横のボタンを押した。
『マイティアクションX!!!』
ㅤソフト名が読み上げられ、周りの景色が一度ピクセル化して再構成される。茶色のブロックがいくつか空間に生み出された。
「ゲームエリアが広がった! ……まさか、適合者!?」
ㅤ彼がドライバーを扱えるのなら……。彼女は出久にオペを託すことに決めた。次に何をすべきか分からず、戸惑っている出久に駆け寄る。
「貸して!」明日那は出久の手からガシャットを奪い取り、ドライバーに差し込んだ。
『ガシャット!』
『レッツ・ゲーム!メッチャ・ゲーム!?ムッチャ・ゲーム!?ワッチャ・ネーム!?』
『アイムア・仮面ライダー!』
ㅤ音楽が鳴り止んだ後、そこにいたのは二頭身のキュートなキャラクターだった。
「えっ……。えぇぇ〜!?」
ㅤ自分が珍妙な姿に変化したことに、出久は叫ぶことしかできなかった。
「早くバグスターと患者を分離して!」
「えっ。あ、はい!」
ㅤ自身を急かす声に、よく分からないながらも出久は走った。身体は軽く、イメージ通りに動くことが出来る。軽くジャンプするだけで何十メートルも跳躍できるし、小回りが利くので攻撃もすぐ避けられる。
ㅤだが、中々向こうに有効なダメージを与えることが出来ない。決めあぐねているうちにバグスターの振り回す腕が出久に当たり、身体がブロックに勢いよく衝突した。ぶつかったことで砕け散ったブロックの中から、メダルのようなものが飛び出した。
「エナジーアイテム! 早く取って!」
ㅤ明日那の声に従い、出久はエナジーアイテムを取った。
『高速化!』
ㅤ先程よりも早く動く出久にバグスターは認識できない。それを良いことに、攻撃を幾度も与える出久。
「これで最後だ!」
ㅤ何度も回転を掛けつつ、バグスター目がけて突進する。的が大きいので、その攻撃は外れることはない。
『PERFECT!!!』
ㅤどんどんバグスターが縮んでいき、最後には消滅した。そこには倒れ込んだ少年だけがいた。
「ソウタくん!」
ㅤ明日那がソウタの元へ駆け寄る。それに続き、出久も変身を解こうとするが、明日那によって止められる。
「まだオペは終わってない。分離しただけで、完全に倒したわけじゃないんだから」
ㅤ彼女の言葉通り、ソウタの身体から再びノイズが走る。ふと、周りを見渡せば、出久たちは異形の怪物に囲まれていた。オレンジ色の頭をした人型の怪物。殆どがシェフのような格好をしている。その中で一体だけ、凝ったデザインのものがいた。全体的に青く、シルクハットのようなものをかぶってかいる。
「マイティアクションXのボスキャラ、ソルティ。アレを倒さないと、ゲームは終わらない」
「あれが、ボスキャラ……」出久は呟いた。
ㅤソルティは高笑いをしながら、戦闘員を引き連れ出久に近づいてくる。
「レベル1のお前など取るに足らん。ハッハッハッ……」
「どっ、どうしよう!」助けを求めるように、明日那を見る。
「レバーを引いて、レベルアップして!」
「こっ、こう?」言われるままにレバーを引く。
『ガッチャーン!』
『レベルアップ!』
『マイティ・ジャンプ! マイティ・キック! マイティ・マイティ・アクションX!!』
ㅤ顔以外の全てのパーツが外れ、手足が生える。頭身も人間らしくなった。
『ガシャコンブレイカー!』
ㅤ出久の手に打撃用武器がおさまる。デザインも相まって、おもちゃのピコピコハンマーのようだ。
「これで、殴ったらいいのかな……?」
ㅤとりあえず、雑魚バグスターを叩いてみた。"HIT!"という文字が浮かんで、バグスターがやられていく。
「うぉぉぉぉぉ!」
ㅤ勢いに任せて、何も考えず叩き尽くす。そうこうしているうちに、残るはソルティだけとなった。しかし、ソルティは雑魚バグスターよりは知能が高かった。ハンマーでの近距離攻撃を電撃で返され、出久は苦戦を強いられた。
「武器のAボタンを押して!」明日那の助言に従い、Aボタンを押す。
『ジャッキーン!』
ㅤハンマーからピンク色の刀身が伸び、剣に変化する。
「うわ、すごい」
ㅤだが、少し武器の長さが変わったくらいで、戦況が変わるものでもない。さっきよりは攻撃が当たるようになったものの、電撃のせいでやはり腰が引けてしまう。
「どうしたらいいんだろ……。あっ、そうだ!」
ㅤ一度ソルティを放置し、出久はチョコブロックの方へと走る。剣でブロックをいくつか破壊し、メダルの柄を確認した。
「蝶ネクタイとマイクのやつは何か分からないな……。というか、絵だけじゃどれもよく分からない。あっ、もしかして。これ使えるんじゃないかな!」
ㅤ出久は青紫色のメダルを取った。そこに描かれているのは、鼻提灯を作り眠る人のシルエットだった。
『睡眠!』
「やった! やっぱりそうだ!」
ㅤ睡眠のエナジーアイテムは、対象を眠らせる効果がある。ソルティにもその効果は勿論効き、ソルティは眠ってしまった。
「……えっと、必殺技ってどうするの?」
「ガシャットを抜いて、キメワザホルダーに挿して! それで、ボタンを押す!」
「わかった!」
『ガッシューン!』
『ガシャット!』
『キメワザ!』
ㅤ右足からカラフルなエフェクトが現れる。出久は力がみなぎるのを感じた。
『マイティクリティカルストライク!』
ㅤ眠ったままのソルティにキックが炸裂する。目が覚めたときには、もう避けることができない。
『会心の一発!』
「グワァァァァァァ!」ソルティは成すすべもなく爆発してしまった。
『ゲームクリア!』
◆
「もう、ソウタくんは大丈夫なんですか?」
「えぇ。彼の体内のバグスターウイルスは死滅したから」
ㅤ戦いの後、2人はソウタを担当医に引き渡しに行った。担当医は病気が治癒していたことに驚いていたが、『外の空気を吸ったのが良かったのかも』と言って明日那は誤魔化していた。仮面ライダーの事実を隠すことに出久は疑問を覚えたが、とりあえず何も言わないことにした。
「そうなんですか、良かった〜! それにしても、僕変身なんて初めてしました。昔はヒーローに憧れて、ヒーロー科目指したりとかしてたんですけどね……。知ってます?オールマイト。格好いいんだよなぁ……」そこまで話したところで、出久はハッと気づく。「って、僕の話なんか興味無いですよね。なんか、すいません……」
ㅤ明日那は出久の話に適当に頷いただけだった。そして、「一緒に行ってもらいたいところがあるの」と言った。
「ここは……?」
「電脳救命センター。通称CR。バグスターに対抗する為に作られた極秘部署よ」
「こんな場所、ウチの病院にあったんだ……」
ㅤエレベーターに乗り込み、連れてこられた先は地下にある部屋だった。それなりに広く、テーブルやモニターなどが備え付けられている。点滴などの医療機具などもいくつか置かれていて、その点は非常に病院らしい。だが、一つだけ異様な一角が存在した。そこにはピンク色のゲーム筐体が置かれていて、周りはぬいぐるみなどでファンシーに飾られていた。
「ゲーム? どうしてこんなところに?」
ㅤそう尋ねた瞬間、明日那が出久の顔近くにぐっと寄った。
「コスチュームチェ〜ンジ!」
その場で彼女はぐるぐると回転する。光と共に、音符やハートが飛び出してくる。驚いた出久は、思わず顔を手で覆う。
ㅤ光が消え、おずおずと手を顔から離す。出久の目の前で、明日那の姿が驚くほどに変化していた。薄いピンク色の髪の毛に、大きなボタンがたくさん付いたミニスカート。オーバーニーソックスとの間の太腿が眩しい。
「……ヒーローコスチューム?」
「も〜! 違う違う! 明日那は世を忍ぶ、仮の姿!私はポッピーピポパポ! よっろしくね〜!」
ㅤ衝撃はそれだけで終わらなかった。明日那――ポッピーピポパポの身体が筐体に吸い込まれていったのだ。
「えぇ〜!?」思わず筐体に身を乗り出す出久。
「やっぱり、私の目に狂いは無かった! 君ならきっとヒーローになれる!」
ㅤだが、出久の様子には気も留めず、彼女はとある画面を表示させる。そこには10個のゲームソフトの画像が描かれていた。背後のモニターに映り込んだポッピーピポパポは、出久にこう告げた。
「ぜーんぶのゲームをクリアして、人類を救うスーパードクターになって! 仮面ライダーエグゼイド!」
「仮面ライダー……エグゼイド?」
ㅤネタなのでもしかしたら続かない。とどろきブレイブとか、かっちゃんスナイプとか妄想してるけど、そこまで書き切れるかな……。
ㅤデクがゲーマドライバーに適合した理由は、多分みんな分かると思います。
ㅤ緑谷出久ゥ! 何故君がエグゼイドに変身できたのか……(ここで途切れてる)