ㅤ何を言われているのか、最初出久には理解できなかった。彼は口を呆けたように開けたまま、モニターの向こうで微笑むピンク髪の少女を見つめていた。
ㅤ何も言葉を返してもらえないことに痺れを切らした彼女が画面から出てくると、ようやく出久は「話す」という行動を思い出した。堰を切ったように、口から言葉が溢れでる。それらは質問となって、矢継ぎ早にポッピーピポパポにぶつけられていった。
「エグゼイドって? まず、CRってそもそもなに!? あと、マイティアクションXって今復刻版出てるやつだよね? 最近流行ってるから知ってる。でも、なんでその敵キャラが感染するの? あと、急に格好が変わったのは? それから……」
「そんなにいっぱい色んなこと聞かないでよ〜! わかんなくなっちゃう! もう〜! ピプペポパニックだよ〜!!!」
ㅤポッピーピポパポの頭の上にヒヨコのエフェクトが現れ、小さく円を描く。キャパシティオーバーを表しているのだろうか。
「ごっ、ごめんなさい……」
「いいよ〜!」頭上のヒヨコが消える。「というか社長、復刻版出してたんだ〜! 教えてもらってなかったから全然知らなかった!」
「あれ……。幻夢の社長さんと知り合いなんですか?」
「知り合いも何も」そこで彼女は嬉しそうに笑みを浮かべた。「ポッピーは幻夢コーポレーションからCRに派遣されたの! ガシャットやドライバーも幻夢製なんだよ!」
ㅤそう言ってポッピーピポパポは、その場でくるくると回り始めた。テンションが上がると踊り出してしまう。それが、彼女の癖なのである。
「えぇー!? 敵やシステムがゲームモチーフなのは偶然なんだとばっかり……」
「そんな偶然ある訳ないでしょ。そもそもバグスターが生まれた経緯はね――」
ㅤポッピーピポパポの説明は、纏めるとこのようなものであった。
ㅤ幻夢コーポレーションにて開発中のゲームがある時、悪意ある何者かに盗まれた。そのゲームは「現実世界をゲームに」という開発コンセプトで、バグスターウイルスを平和利用する研究を進めていた。ウイルスは、人体に感染してしまうと感染者のストレスで増殖する。ウイルスは最終的に宿主を消滅させる形で、人間を乗っ取ってしまうのだ。これをバグスターウイルス感染症、通称ゲーム病と呼称している。
ㅤけれども、その欠点さえ回避できれば、バグスターは人間文明を飛躍的に進化させる可能性を秘めているのだという。だが、バグスターウイルスは既に悪用されてしまい、何人もの犠牲者が出ている。
ㅤその為、幻夢コーポレーションは新ゲームの開発を一時的に中止し、バグスターに対抗するシステムを開発した。それがライダーシステムである。仮面ライダーに変身するには、ウイルスへの耐性を持っていなければならない。普通であれば適合手術を受け、体内で抗体を作り出せた者だけが変身できる。出久は適合手術を必要としなかった稀有な例なのだという。
ㅤ電脳救命センターは、幻夢コーポレーションといくつかの大手ヒーロー事務所との共同出資で作られた。聖都大附属病院は提携病院として、場所を提供しているのだ。
ㅤただ、バグスターへの対処は一見戦闘ではあるけれど、実際はオペという医療行為だ。ライダーがヒーローだけに偏るのもおかしいので、ドクターも加入させるべきという意見が出た。故に、ポッピーピポパポは病院に足を運んでいたのだ。ライダーの候補者を探す為に。
「――だから、元々はプロヒーローの誰かがエグゼイドに変身する予定だったの」
「プロヒーロー!?」出久は驚きで、顎が外れそうな程に大口を開けた。「そんなところに僕が混ざるって、場違いな気がするんですけど……」
「大丈夫だって! はい、これ。イズクのだよ」
「えっ……」
ㅤ手渡されたのは、聴診器。
ㅤよく見ると、普通の聴診器とは構造が少し違っていた。チェストピースの上がコントローラーのようになっていて、レバーやボタンが付いている。
「これはね、ただの聴診器じゃないんだよ。ゲームスコープって言って、ゲーム病患者の診察に使うの。PHSにもなってるから、失くさないようにしてね。期待してるよ、ドクター!」
ㅤ肩を勢いよく叩かれ、出久は少しよろけた。ゲームスコープを握ったまま、不安そうに俯いて――
「いや、でも……。僕、ちょっとヒーローに詳しいだけのクソオタクだし、戦闘向きの個性でもないし……。ヒーローと、かっ、肩を並べるなんて、そんなの僕に……」弱気な発言を並べていた。
ㅤそれも当たり前である。彼の中で、ヒーローという存在は神格化されたも同然だ。"個性"という己の力のみで人々を救う……。それはあり得たかもしれないが、叶いはしなかった、彼の夢だった。
「務まる訳がない……か?」
ㅤそんな出久に言葉が掛けられた。もちろん、ポッピーピポパポではなかった。CRを隔てる扉の向こうから、1人の男が入ってきていた。まず目を引くのは、頭の中心でくっきりと分かれている赤と白の髪。そして、その特徴が霞む程の整った顔立ち。
ㅤ彼の顔に無駄なものは何も無かった。瞼と眉の間の肉や、鼻と口を繋ぐ人中線といった、人間の醜さを象徴するパーツはどれも主張をしていない。逆に、二重幅はくっきりと癖付き、長い睫毛は重力に反して上に伸びている。目と目を隔てる高い鼻も、計算され尽くしたかのような造形だ。
ㅤだが、顔の4分の1程は肌の色が周りと異なっている。しかし、そのアンバランスさが妙な色気を醸し出していた。
ㅤ男は冷たい眼差しで出久を見ている。人間離れした美貌からの視線に射竦められ、出久は身じろぎ一つ出来なかった。
「こんな弱気な奴もCRには居るんだな。仮面ライダーというのはどうやら、ヒーローより間口が広いみたいだ」
ㅤ何の感情も乗っていない声だった。侮蔑でも憐憫でもない。淡々と事実を述べたのだ、と言わんばかりの様子だ。
ㅤそんなこと言わなくても、と諌めようとするポッピーピポパポを出久は押し留める。何とか気を奮い立たせて、男を真正面から見た。
「……そりゃあ、当たり前です。ヒーローと僕が同じレベルな訳が無いんですから」意識しないと声が細くなりそうだった。「だけど……」
ㅤ出久の脳裏に、あの時の医師の言葉が蘇る。
「ゲーム病患者の消滅の事実を、知ってて放っておくことなんて僕にはできません。だから、誰に何と言われようと、僕は変身します。……エグゼイドに」
ㅤその決意表明に、男は少しだけ目を見開いた。けれども、出久へ言葉を返すことはなく、ポッピーピポパポにゲームスコープを貰いに来たという旨だけを述べた。そして、ゲームスコープを受け取ると、何も言わずにCRを出ていってしまった。
◆
「あー! やってしまった!」出久は頭を抱えてしゃがみ込んでいた。「あんな啖呵切っちゃうなんて……。僕どうかしてた……。これから僕どうしたらいいんだろ……。あぁ、どうしようかなブツブツ……」
「顔! イズク、なんか顔が変になってるよぉ!」
ㅤネガティブループに陥った出久の顔を見て、ポッピーピポパポは少し怯えていた。それでも、とりあえず彼女は出久に椅子へ座るように勧めた。よろよろと出久は立ち上がる。
ㅤポッピーピポパポは冷蔵庫の方へ向かったかと思うと、ジュースの入った2Lボトルと紙コップを手に戻ってきた。
「まぁ、でも。よく言ったと私は思うよ。あそこで何も言わなかったら、男じゃないよ。――はい、どうぞ」そう慰めつつ、紙コップを出久の前に置いた。
「ありがとう……」一息にジュースを飲み干すと、少し落ち着いたようだ。「ところで、さっきの人って、ヒーロー……だよね?」
「うん。イズクと同じ、仮面ライダーの変身者。轟焦凍って人。CRのセンター長の息子らしいってのは知ってるんだけど……」
「セッ、センターちょう……!?」思わず、声がひっくり返る。
「まぁ。センター長って言ったって、No. 1ヒーローだとか何とかが名前貸してるだけだけどね」
ㅤ出久は目を白黒させながら、現在のヒーロー勢力図を思い出していた。現在の一位は確か――
「フレイムヒーロー・エンデヴァー……」
ㅤ炎を操る個性を持つヒーローだ。炎系統の個性としては地上最強と言われている。
「あー、それそれ! そんな人」
「でも、エンデヴァー事務所にあんなツートンカラーのヒーロー居たかな……。僕デビューしている人は一応活躍をチェックしている筈だけど……」
ㅤヒーローがわからないなんて、ヒーローオタクの名折れ。必死に脳から、記憶の断片を引き出していく。
「……雄英体育祭だ」
「え?」
「高1の体育祭の決勝でかっちゃんと戦ってた。あ、かっちゃんってのは幼馴染で。本名は爆豪勝己って言うんだ。まぁ、僕が事故に遭ったあとは、僕おじいちゃん家に引っ越したから会ってないんだけどね。すごい個性を持ってて、今ヒーローしてるんだ。爆心地って知ってる? 結構大手の事務所に入っててさ……」
「だから、一気にいっぱい言わないで!」
ㅤ雄英高校の体育祭はTVやインターネットってリアルタイム配信される。ヒーロー好きなら、チェックしないなんてあり得ないそれ。勿論、出久もテレビに齧り付くようにして、毎年それを見ている。
ㅤただ、出久が高1の時の雄英体育祭を心から楽しんで観ることができていたかというと、やはり違った。その時はまだ、意識を取り戻したばかりの頃で入院していたのもある。幼馴染への羨望だったり、過ぎ去ってしまったチャンスへの無念さだったりで、出久の心はないまぜになっていた。
ㅤだが、体育祭の決勝戦。順当に進んでいた幼馴染とかち合ったのは、先程の男――轟焦凍だったのだ。
ㅤ彼は圧倒的な氷の力で、勝己を下した。勝己の個性である"爆破"は有用だが、汗が出なければならないという欠点が存在する。絶対零度と化したフィールドは彼の汗腺と相性が悪すぎたのだ。その一幕を見た時、出久は酷く驚いた。
ㅤ出久にとって、爆豪勝己の存在は"強さ"の象徴で、最初のあこがれだ。毎日のように苛められ、聞くに耐えない言葉を投げつけられても、そのことだけはずっと変わらなかった。
ㅤそんな彼が、負けたのだ。
ㅤ爆豪勝己も敗北するという事実は、出久にパラダイムシフトを体験させたのだった。だからこそ、医者という選択肢を提示された時に、すんなりと受け入れることができたのかもしれない。
「――そのあとはあんまり見かけなかったし、すっかり忘れてたけど……。ヒーローになってたんだなぁ」出久はしみじみと呟いた。
「ふーん。でも、なんでだろうね。No.1ヒーローの息子って話題になりそうなのに」
「うん……。まぁ、そこには僕なんかには想像もつかないくらいの理由があるかもしれないですし」
「確かに」ポッピーピポパポは頷いた。「それに、イズクはショウトのことよりも考えた方が良いことがあるよ」
「えっ、何を……?」
「変身ポーズ!」
ㅤ椅子から勢いよく立ち上がり、彼女はクルリとターンを決めた。そして、人差し指を出久の顔に突き出す。
「気合いを入れやすいのもあるし、ガシャットを入れるタイミングを計りやすいの。だから、カッコいいの考えなよ!――あと、キャラ選択画面も忘れちゃダメだよ」
「わっ、わかった……。考えてみます」がくがくと首を縦に振る。「なんか、書くもの貰えますか?」
ㅤ電話台の上に置かれていたメモ帳とボールペンを渡されると、出久は細かい文字でアイデアを書き始めた。時折、小声でブツブツと何事かを呟いているのが聞こえる。
ㅤその異様な様子を見て、ポッピーピポパポは唇の端を引きつらせる。少しずつ距離を取り、そっとゲーム筐体の中へと戻っていった。
ㅤこの回でアランブラ戦まで終わらせたかったけど、足りなかったので次に。ライダー関連の説明とかを端折ってしまえばいいんだろうけど、クロスオーバー特有の設定同士の擦り合わせがあるので雑にしたら意味不明になるのは分かりきってるんだよな……。