ㅤ変身を解除した勝己は、肩で息をしながら出久を睨め付けていた。出久に彼は何かを言おうとしたようだった。しかし、急に彼の体が前に揺らいだと思えば、そのまま地面に倒れこむ。彼は起き上がるどころか、ピクリとも動かなかった。
「かっちゃん!」
ㅤ出久が慌てて駆け寄る。彼の体にはノイズが走っていた。ゲーム病特有の症状だ。すぐさま、ゲームスコープで彼の体内をスキャンして確認。バンバンシューティングのキャラクターであるリボルバグスターの反応が出た。
ㅤしかし、仮面ライダーに変身していた筈の勝己が、何故バグスターウイルスに感染しているのか。尋ねようにも、勝己は意識を失っておりどうしようもなかった。
「……とりあえず、CRに運ぼう。一度戻って担架を持ってきてくれ」変身を解いた焦凍が言う。
「分かった!」
ㅤ出久の体は粒子化し、すぐに姿を消す。 数十秒もすると、出久は担架を持った姿でその場に現れる。彼らは勝己を担架に乗せると、CRへと急ぐ。 現場から病院まで、そう距離が無かったのは幸いだった。
ㅤ勝己を病室に運び込んだあと、出久と焦凍、そして明日那は、医局のテーブルでカンファレンスを行なっていた。カンファレンスとはいえ、大袈裟なものではなく、それぞれの持っている情報などを共有する簡素なものであった。
「――仮面ライダーに変身出来る人が、あんなふうにゲーム病になることってあるの?」出久は明日那に尋ねた。
「そんなの、普通はあり得ないよ。ウイルスへの耐性を持つ人しか、ガシャットもドライバーも反応してくれないんだから」
「ウイルスへの耐性って?」
「適合手術を受けた人。出久みたいなのは特殊だけど……」
「なぁ、ちょっと思いついたんだが」
ㅤ明日那と出久の話に特に口を挟むことなく聞いていた焦凍が、軽く片手を挙げた。
「そもそもライダーの資格者に選抜される時点で、適合手術を受けられる程度のウイルス耐性は必須の筈だ。そのレベルの人間なら手術前でもガシャットは反応するんじゃないか?」
ㅤ適合手術は人間の体内に僅かなバグスターウイルスを注入する。人間の免疫力を利用して、体内に抗体を作り上げるのだ。だが、微少とはいえウイルスはウイルス。人によってはそれが死に直結する場合もある。なので、先にパッチテストなどで調査をするのだ。
「もし、それが正解だとしたらさ。ゲーム病になった状態で、出久と戦って互角だった訳でしょ? それって、めちゃくちゃ強いってことじゃん!? すっごくやばい!」明日那が自分の頬を両手で挟みながら言う。
「あぁ。おまけに恐ろしい程の精神力だ。単に、良い格好しいなだけの可能性もあるけどな」その言葉に対し、焦凍もしみじみと頷いていた。
ㅤその時、螺旋階段からドスドスと乱暴な足音が聞こえてきた。3人は揃って、階段の方を見た。そこには、階段を登る勝己の姿があった。いつもに増して苛立っているようで、普段ネットニュースなどに掲載されている写真よりも凶悪な顔をしていた。
「ちょっと、患者は安静にしてないとダメでしょ!」
ㅤそんな明日那の声も無視して、そのまま勝己は医局内へと入ってくる。そして、椅子に座っている出久の前に立ち、静かに見下ろした。
「久しぶりだね……。えっと、中学ぶりくらいかな……」
ㅤとりあえず、出久は再会の挨拶をしてみた。しかし、それは逆効果だったようだ。何も言わずに勝己は、出久の胸ぐらを掴んで持ち上げた。
ㅤプロヒーローとドクターでは、鍛え方がまるで違う。出久は勝己の手を引き剥がそうと藻搔くが、更に締め上げられていくだけであった。
「……おい、デク。なんでテメェがライダーシステムを使ってる? ゲーム病のことは極一部の人間しか知らないはずだ。何処から嗅ぎつけてきやがったんだ!」
「嗅ぎつけるって、そんな……。僕がライダーになったのは成り行きで。でも、ヒーローみたいに、誰かの役に立てると思って……」
ㅤライダーになったんだ、と言おうとしたが、勝己の重たい拳でそれは阻まれた。全く予想していなかったそれを出久は避けきれず、まともに受けてしまう。痛みに顔を押さえて蹲る。
ㅤ口の中の何処かが切れて、鉄の味がする。鼻の毛細血管も切れたのだろう。ぽたぽたと鼻孔から血が流れ出し、白い床にコントラストを描く。明日那が小さく悲鳴をあげたのが、出久の耳にも入った。
ㅤ勝己はわなわなと震え、激昂していた。
「……何がヒーローだ! つまり、テメェはヒーローごっこに使えるおもちゃを手にして悦に入ってるだけだろうがよ! 」
「そんなことっ……!」
「あるに決まってんだろ」彼は冷たく言い放つ。「研修医の身で首を突っ込んでるのもそうだ。デク、テメェは結局何でもいいんだろ。誰かの為だとか、そんな大義名分を掲げられる立場が欲しいだけで」
ㅤぐっ、と出久は詰まる。勝己の言ってることは間違いでも何でも無かった。それどころか、的を射てさえいた。
ㅤ誰かのヒーローでありたいという出久の願いは、彼を律すると同時に呪いでもあった。年月を経て歪みきったそれは、自己満足の自己犠牲に形を変えて、彼のアイデンティティとなっている。研修医とCRの二足の草鞋を履くリスクを勘定に入れずライダーになったのは、何も焦凍への売り言葉に買い言葉だけではなかったのだ。
ㅤ勝己の弾劾に、出久は項垂れたままで何も言い返すことができなかった。その様子を見て彼は鼻を鳴らし、出久に背を向けた。
「どこ行くんだよ」焦凍が勝己の背中に声を掛けた。
「バグスターを倒す。なんか文句あるか?」
「いや、好きにしたらいいと思うが……。1つだけ質問、良いか?」
ㅤ勝己は振り向いて、殺意に満ちているような顔を焦凍に向ける。それを気にすることなく、彼は質問を投げかけた。
「手術を何で受けていなかったんだ?」
「は、手術? 手術どころか、俺はここ何年も病院なんか行ってねぇわ。そんじょそこらのモブと一緒にすんな、クソ野郎」
ㅤ理不尽な暴言を返されても、焦凍は冷静な表情を保ったまま「そうか」とだけ言った。もっとも、勝己はそれを聞くか聞かないかといううちに、医局を出て行ってしまったのではあるが。
ㅤテーブルの向こう側では、明日那が出久の鼻にティッシュペーパーを詰めてやっていた。出久はティッシュくらい自分で詰められると主張したのだが、結局明日那に押し切られる形となったのだ。
「ハイ。これで大丈夫! しばらくしたら多分止まるよ」そう言って、彼の鼻をバシンと叩く。
「はひ。あひがほうございまふ……」
ㅤ両穴にティッシュを目一杯詰め込まれて、どこか間抜け顔の出久は、鼻を押さえたまま礼を述べる。
「それにしても……。さっきのが、出久を苛めてた人なんでしょ? なんかやな感じだよね。眉毛なんかこ〜んなくらい釣り上がっちゃって」人差し指で眉尻の辺りを引っ張ってみせる。
「いや……。あれでもいいところはあるんだよ。多分……」
ㅤ最後の方は声が小さくなる。出久もあまり自信が無かったからである。
「そうかなぁ? 私にはあんまりそう思えないけど……」案の定、明日那は出久の言葉をやんわり否定した。「それにしても、どうする? 一応患者だけど、帰っちゃったし。放っておく?」
ㅤ割と辛辣な明日那の提案に、出久はかぶりを振る。彼はここで逃げる訳にはいかない理由があった。
「……ううん。僕、かっちゃんの所に行くつもり」
「えっ!? 行くの?」
「これで行かなかったら、僕が今まで生きていた意味が無くなっちゃうんだよ」
ㅤ勝己はいつだって出久の全てを否定する。だからこそ、出久は自分自身が揺らがないように、彼の言うことを絶対に受け入れないのだ。ヒーローになるなと言われれば、ヒーローになる夢をいつまでも捨てない。死ねと言われれば、死なない。勝己の人生は出久の否定にあるし、出久の人生は勝己の否定にある。明確な上下関係に見える彼らの関係は、ただの意地の張り合いでしかない。
「……よく分からないけど、出久は行くんだね」明日那は頷いた後、焦凍の方を向いた。「焦凍はどうする?」
ㅤ焦凍は返事をしなかった。見ている方が怖くなるような無表情で考え込んでおり、こちらの方に目を向けることもしない。
「……焦凍?」明日那はそっと、彼の顔の前で手を振ってみる。
「あっ、あぁ……。何だ? 悪い、聞いてなかった」
「もう! バグスター倒しにいくかどうか聞いたの!」明日那は相当立腹のようで、声がポッピーピポパポじみてきていた。
「だから、悪かったって。考え事をしてたんだ」
「何か、気になることがあったの?」
ㅤ出久の問いに焦凍は少し慌てたように首を振り、「なんでも無い。なんでも無いんだ」と幾度も繰り返した。
ㅤそれは己に言い聞かせているかのようでもあった。
◆
ㅤCRを後にした勝己は、肩をいからせながら歩いていた。節々は痛むし、熱を持った身体は石のように重たい。しかし、彼はそれを道行く人々には悟られないようにしていた。
ㅤヒーローというのはその存在感のみで相手を沈黙させるための、いわゆる抑止力であるべきだと勝己は常々考えている。どんな時でも弱みを相手に見せてはならない。現に、今にも倒れこみそうな身体を、その信念だけで引き摺っている。
――テメェは結局何でもいいんだろ
ㅤ先程の幼馴染への言葉に、悪意がひとかけらも入っていないと言えば嘘になる。その事実を無視できるほど彼は愚かでは無かった。
「クソッ……」
ㅤ勝己は出久のことが大嫌いである。
ㅤ昔はそうでもなかったはずなのだ。個性が発現する前、世界が勝己と出久の2人で完結していた頃は。気宇壮大な出久の夢を受け入れることが出来ていたし、彼が自分と並び立てる存在だと疑いもしなかった。
ㅤそれがどうだろうか? 現実はかくも残酷であり、出久は"無個性"という空っぽのギフトを受け取ることになる。それなのに、彼は夢を捨てることは無かった。
ㅤその姿は、憐れだった。なんの力も無いのに、お伽話のようなヒーロー像を理想として生き続けている。けれど、力の無いものは、力のあるものの庇護のもと生きるのがまともな生き方だろう。現に、勝己は幼稚園の頃まで出久のことを苛めながらも、ヒーローごっこの仲間に入れてやっていた。
ㅤあの日、森の中で彼は子分たちとヒーロごっこをした。だが、丸太で出来た橋を渡っている時に足を滑らせて、下の池に落ちてしまったのだ。怪我は無かったし、本当にちょっとしたアクシンデントでしかなかった。それなのに出久は――
――だいじょうぶ? たてる?
ㅤその手を勝己に伸ばしたのだ。その瞬間、彼は一つの恐怖に囚われた。
――今、いっちゃんすごくねぇやつに見下されてる!
ㅤ出久にしてみれば、純粋な心配でしかなかったのだろう。しかし、勝己の膨れ上がりかけていた自尊心はそうは捉えなかったのだ。
「……嫌なこと思い出させやがって」
ㅤ自分の感情に理屈がつけられるような年になっても、勝己は出久のことが嫌いなままだ。夢見がちで、綺麗ごとばかり言って、身の程知らず。絶対に叶わないであろう夢を追いかける姿を見ると、勝己は腹が立って仕方が無い。そして、出久もビクビクしてばかりの癖に頑固な所があり、周りの声くらいでは揺るがない。そのことも勝己を苛つかせる要因なのだ。
ㅤぐらり、と勝己の体が揺らぐ。彼は咄嗟に爆破を起こして、バランスを保つ。ふと、自分の手を見るとノイズが走っていた。
「……現れたか」
ㅤ勝己の前には、大量の重火器を身につけた黒いバグスターウイルス――リボルバグスターが右手の万能重火器を突きつけていた。
ㅤバグスターは宿主のストレスで実体化する。出久のことを考えていたのは、間違いでは無かった――勝己はそういう理屈で、自分を安心させた。
ㅤドライバーを腰に巻く。バンバンシューティングガシャットも取り出し、起動する。
『バンバンシューティング!』
ㅤボタンを押した途端、先程よりも更に身体へ痛みが走る。呻き声をあげたくなるのを押し留め、歯を食いしばる。身体の不調など素知らぬふりをする。
「……変身!」
『ガシャット!』
ㅤ震える手で、何とかガシャットを握る。それをドライバーに差し込んで、レバーを引く。
『ガッチャーン!』
『レベルアァップ!』
『ババンバンッ! バンババンッ! バンァーバンァーシューティングゥッ!』
ㅤ勝己は仮面ライダースナイプ・レベル2に変身した。仮面の下の表情はもう、本人以外には分からない。
「ブッ殺すぞ! オラァ!!!」
ㅤ彼は両手から爆破を起こし、リボルの方へと跳躍していった。
ㅤ前回、あれ……?なんか、かっちゃん弱ない? って感じだったのは、彼がゲーム病患者という伏線だったのさァ!(後付け)
ㅤそのため、前回の話を一部修正しました。申し訳ないです。バグスターそのまま出て良いの?っていうのは、エグゼイド中盤もそういう感じだったので許してほしい。最後には全部神のせいにするので、整合性はつけます。
ㅤ書いてて思ったけど、このかっちゃんは仮面ライダークロニクルもクリアできそう。