アルベルト・フォン・ライヘンバッハ自叙伝   作:富川

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 アルベルト・フォン・ライヘンバッハは我々、特にクロイツェル教授が最も尊敬する偉人の一人であった。
 彼の孫から交友のあった我々の下に「祖父の自叙伝を公開したいが、協力してくれないか」という相談が来た時、我々は内心小躍りしていた。勿論、自叙伝の資料的価値はさほど高くないが、それにしても、謎に包まれたジークマイスター機関の全容を明らかにする大きな手掛かりになるのは確かだろう。
 ジークマイスター機関に関してはゴールデンバウム王朝期の機密資料が公開されたことで、その研究は大きく進展した。というより、公開前は単なる陰謀論に過ぎなかった。しかし、公開された資料にはいくらか欠落があり、その創設者がマルティン・オットー・フォン・ジークマイスターであり、指導者がクリストフ・フォン・ミヒャールゼンであることしか明らかにはなっていない。アルベルト・フォン・ライヘンバッハ、カール・フェルディナント・フォン・インゴルシュタットと言った人物が構成員であったとして名前が挙がっているが、彼らはそれについて一様に沈黙を守った。
 しかし、我々歴史学者はあのアルベルト・フォン・ライヘンバッハが真実を黙ったまま死ぬはずがないと確信していた。果たしてやはり、彼の遺した自叙伝にはジークマイスター機関に関して多くの示唆が含まれていた。故人の思想や人柄を踏まえると、この本を多くの人が読めるようにしたいと思っていたはずだ。こうして一般に向けて出版することが出来たことをうれしく思いたい。
 最後に自叙伝を提供してくださり、出版に際しても助力してくださったエドガー・ライヘンバッハ上院議員に感謝を。

ハイネセン記念大学文学部史学科教授ブルクハルト・オスカー・フォン・クロイツェル
タップファー歴史学総合研究所所長クラウス・フォン・ゼーフェルト


前書き
前書きという名の戯言


 前世の記憶を持ったまま、好きな小説の世界に転生したら、何を感じるだろうか。

 

 前世の私はこう考えていた。最初は家族や友人と離れたことを悲しむだろうが、時が経てば少なくとも知識を自らの栄達か保身に役立てようとするだろう、と。そして斜に構えていた前世の私は「成功するかどうかは別にしてね」と付け加えるはずだ。

 

 もっとも、今の私には彼の考えが誤っていたことが分かる。転生者が感じるのはひたすらに「違和感」だ。あらゆる怒りも悲しみも苦しみも、全ては「違和感」から生まれる。栄達?保身?そんなものはどうだって良い。私の目に映る世界は全て「おかしい」世界だった。

 

 私は転生者だ。西暦二〇三〇年代、恐らくはこの世界のパラレルワールドである世界で平凡に生まれ、そして死んだ。そして私の生きた時代、一三日戦争のような悲惨な戦争は起きなかったが、人はついに火星にすら到達することは出来なかった。人工知能は結構劇的に進化したのだが、シンギュラリティと言うほど劇的な社会変革も技術進化も起こらなかった。そうして宇宙が遠いままだったから、スペースファンタジーとかいうこの世界からすると需要がどこにあるか分からないような小説ジャンルが生き残っていた訳で、前世の私はそういった小説を読み漁るのが好きだった。この世界はそうして読み漁っていた小説の内の一つと酷似していたが、まあそんなことはどうでも良い。どこの世界だろうと、人間が別の世界に放り出されたら碌なことにならないのだ。

 

 想像してみてほしい、地球上で全てが完結する世界に生きた私が、星と星を簡単に行き来し、あまつさえ戦争すらやっている世界で再び生きるのだ……。ストレスは半端なモノでは無かった。一例を挙げよう。私の生まれたライヘンバッハ星系第三惑星タップファーは自転周期二八時間だった。勿論、帝国標準時に合わせて可能な限り二四時間周期での生活が行われていたが、それにしたって私は自転周期二四時間の惑星で八〇年近く生きていた「意識」を持っているのだ。幼少期は自分の知る地球の時間間隔との違いか、それとも日照時間の違いか、とにかく朝が辛かった。地球とライヘンバッハ星系第3惑星タップファーの差異は他にも色々あり、それらは連携して私の体調を崩そうとしてきたが、ここでは割愛する。詳しく知りたければ図書館に行って西暦時代の地球に関する資料を調べつくした上で我が故郷タップファーに行ってくれ。私が何に苦しんだか、多少は分かってもらえるだろう。

 

 長々と書いてきたが……まあ、つまるところ「私は転生者である」という事をどこかに書き残しておきたいという気持ちを抑えきれなくなったというだけの話だ。信じるか信じないかはこれを読んでいるだろう歴史家諸君に任せよう。……本当に歴史家だよな?もし読んでいる君が私の愛する家族や信頼する同僚であったりするのならば……これはただのくだらない冗談だ。忘れてくれ。忘れなければ私はこの本を勝手に読んだ君を絶対に許さない。

 

 さて、私は記憶力には自信がある。あのフレデリカ・グリーンヒル・ヤン嬢にも負けてない、と勝手に思っている。実際は知らん。だが、彼女はどれだけ頑張っても精々宇宙暦七七〇年代の事しか覚えていないのだ。私は西暦二〇〇〇年代の事を覚えているのだから、やはり私の方が記憶力に優れていると言うべきだろう……冗談だ。まあ、とにもかくにも、私は生き残って老後に本を書くことを楽しみにしてきた。その為に逐一機密に触れない範囲で色々とメモも残しておいた。そういう訳だから、記述の正確性には少なからず自信がある。荒唐無稽な前書きで少なからず失望した歴史家諸君もこれ以降は安心して読んでほしい。私が面白くもない冗談を言うのは今に始まったことじゃないだろう?

 

                      ――アルベルト・フォン・ライヘンバッハ――

 


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