アルベルト・フォン・ライヘンバッハ自叙伝   作:富川

13 / 79
やっと第一章終わりました。
原作時間まで巻いていかないと……。
あと、前のページに注釈一個増やしました。


少年期・箱庭での終戦と、帝国社会への宣戦(宇宙歴755年3月10日~宇宙歴756年5月15日)

 宇宙歴七五五年三月一〇日。オーディン高等法院に対してルーブレヒト・ハウサーを代表とする平民生徒七八名が「裁量権を著しく逸脱した退学処分の取り消しと校長の解任」を求め提訴した。と言っても、未成年者の為に、実際には法定代理人の親権者が法廷に立った。

 

 証言者にはクロプシュトック侯爵家、ラムスドルフ侯爵家、ライヘンバッハ伯爵家、グレーテル伯爵家、ノイエ・バイエルン伯爵家と言った大貴族家の縁者たちが名を連ね、弁護団はそれらの貴族家と縁の深い一流の弁護士たちが招集された。同時に、カルテンボルンが辺境時代に校長を務めていた学校では生徒の『病死』が異常に多いこと、あるいは過去に平民に対して激しい暴行を行っていたこと、第二次ティアマト会戦で兄が戦死した後、その遺産を息子から実質的に奪取したことなどが軍の内外で噂として流れ始めた。

 

 教育総監部ではハイドリッヒ・フォン・アイゼンベルガー本部長らがハーゼンシュタイン教育総監の任命責任を追及し、またカルテンボルンの更迭を主張した。同年四月一日、裁判の結果を待つこと無く、人事異動でカルテンボルンは実権の無い職である軍務省高等参事官補に転任させられることになった。

 

 宇宙歴七五五年四月二十六日、提訴から僅か一か月強という異例の速さで下された判決は原告側の全面的な勝訴であった。さらにオーディン高等法院は判決文で異例にも軍務省人事局、並びに教育総監部の責任に言及。その内容を一部引用する。

 

「……一部の貴族が高位階級を独占したことが、人材の流動性を失わせると共に将官に過剰な選民意識を与えることに繋がり、カルテンボルンの如き『陛下の良き臣民であり、将来、陛下の忠実な剣と盾になるであろう者たちを苦しめる、傲慢にして無知蒙昧な校長』を生み出したと言わざるを得ない。これは一校長の問題ではなく、軍務省人事局や教育総監部の体質の問題であり、高等法院は改善を強く期待する……」

 

 高等法院としては今回の事件にも、あるいは平民七八名にもそれほど興味は無く、単に自分たちと同じ領地貴族が軍高官に上り詰めることが出来るように、帯剣貴族が掌握している軍務省や教育総監部を牽制したかっただけだろう。しかし、この事件において平民側の味方に立った(ように見えた)高等法院は先のオトフリート皇太子(後のオトフリート三世猜疑帝)による租税法大規模改正に抵抗したこともあり、『万民の父』『正義の代弁者』『公正なる法の擁護者』と広く称えられるようになる。

 

 また、後の話ではあるが……。この『幼年学校長弾劾事件』においてカルテンボルン憎しの感情から平民七八名に協力した貴族たちは自由主義貴族を標榜し、開明派の一派閥として台頭してくることになる。尤も、彼らが最初から自由主義的な思考を持っていたとは考えにくい。恐らく大半は開明派の台頭に便乗したのだろう。私が見たところによると、この時期から明確に開明的な思想の持ち主だと言えたのは親フェザーン派のノイエ・バイエルン伯爵令息リヒャルト位だ。

 

 カルテンボルンはこの民事裁判の後、過去に行った平民への殺人、傷害が立件される運びとなり、内務省保安警察庁の捜査を経て、今度は罪人としてオーディン高等法院に送られることになった。当然ながら、この銀河帝国においても平民だろうが自治領民だろうが皇帝の許しを得ずに勝手に殺害すれば犯罪だ。とはいえ、取り締まる側と取り締まられる側が癒着している為に、大抵の場合、事件そのものが闇に葬られることになる。だが逆に言えば、今回のように隠しようがない程注目が集まっている状況で悪事が暴かれれば、然るべき捜査と手続きを経た上で、相応の罰を与えられることになる。

 

 

 

 宇宙歴七五五年五月五日、五年生になった私たちは幼年学校の始業式に出席した。カルテンボルン裁判は幼年学校のスケジュールを一か月ほど後ろ倒しにさせるという影響を与えたが、彼がそれまでに断行してきた『改革』が齎した影響を考えると、些細な事であったと言える。

 

「……であるからして、前校長の諸君に対する態度はとても教育者と呼べるものではなく、ましてや皇帝陛下の忠実な臣民を自らの判断で殺害するなどと言う事は当然ながら許されるものではない。前校長の愚行を止め、畏れ多くもマクシミリアン=ヨーゼフ二世晴眼帝陛下の作り出されたこの偉大な学び舎に秩序を回復した諸君らに、私、教育総監代理ハイドリッヒ・フォン・アイゼンベルガー宇宙軍大将は最大級の賛辞を送りたい。前校長の悪辣な振る舞いによって諸君らの学びは停滞を余儀なくされたが、諸君らはきっとこの試練を乗り越え、誇り高き帝国軍人となるに違いない。諸君らの輝かしい前途を祈り、私の訓示を終わりとする」

 

 ハーゼンシュタインに代わって教育総監に就任したアイゼンベルガーは前任者に比べると取り立てて有能だったわけでもないが、訓示の長さは精々二〇分程度だった。つまり、少なくとも前任者よりは忠誠心と常識のバランスを取るのが上手だったと言えるだろう。もっとも、訓示で一時間半話す奴がハーゼンシュタイン以外に居るとも思えないが。

 

 カルテンボルン体制で統合作戦研究科に入れられていた私は改めて戦略研究科に転属希望を出した。同様にクルトは戦史研究科、ラルフは兵站輜重研究科に希望を出し、五年生においては別々の研究科に入るはずだったのだが、どういう訳か『有害図書愛好会』に属していた貴族メンバーの大半は全員戦略研究科に集められた。

 

「少し目立ちすぎたね……。厄介者はまとめておこうという事だろう」

 

 本人曰く「逃げ損ねた」ラルフはそんな風に言っていた。士官学校の戦略研究科はエリートの中のエリートと言われる。士官学校より一段低いレベルの幼年学校教育でも、戦略研究科だけは士官学校並みの教育が行われており、やはり一定の特別視を受ける。そんな研究科ならば、強引に転入させても反発は少ないと踏んだのではなかろうか。実際は戦略研究科の勉強についていけない落伍者を多数生む結果となり、当然身の丈に合わない教育を強制された生徒たちの反発を買うことになるのだが。

 

 ちなみに私は戦略研究科三二八名の内、四八番という微妙な成績で卒業することになる。机の上でやる科目、すなわち戦術学、戦史、軍制学、情報処理学、教育学、フェザーン語学などでは三十番以内に入る成績を収めていたのだが、実技科目、特に体力が必要となる科目が足を引っ張った。

 

 四八と言うのはそう悪い数字では無いが、ライヘンバッハ家としては決して良い数字では無いだろう。ディートハルト従兄上は士官学校を二八番で卒業したそうだ。ちなみに、ラムスドルフは主席、クルトは三番、ラルフは二一番、後は知り合いだとバルヒェットが二六番、ビュンシェが五八番、クライストが一三二番と言った所であった。

 

 幼年学校ではいくつか大きなイベントがあった。研究科対抗フライングボール大会、パウマン川流域マラソン大会、武装障害物競走、エイレーネ山冬季行軍訓練、フェザーン練習航海……。フライングボール大会では失点を許してラムスドルフに怒鳴られた。雪山を彷徨いながら、宇宙軍士官に冬季行軍訓練が必要なのかと何度も真剣に考えた。練習船に襲撃をかけてきた宇宙海賊の知能の低さをあらん限りの言葉で罵倒し、それがどこぞの馬鹿貴族の陰謀と気づいてからはその貴族を見つけ出して殴り飛ばす事を誓った。

 

 

 

 

 

 宇宙歴七五六年五月五日、奇しくも私の一六歳の誕生日の日に幼年学校の卒業式は行われた。だが私にとってより感慨深かったのは卒業式よりもその前に行った式である。

 

「あーゴホン。それではこれより『有害図書愛好会』解散式を始めます。会長、アルベルト・フォン・ライヘンバッハ。副会長クルト・フォン・シュタイエルマルク。『非常勤参謀長』ラルフ・ヘンドリック・フォン・クラーゼン。前へ」

 

 クライストの言葉と同時に私たち三人が前へ出る。五月三日、会議室の一つに『有害図書愛好会』の中核メンバーが集まっていた。カルテンボルンの失脚後、新校長の下で図書室は解放され、校内有害図書指定もほとんどが解除された。それ故に、目的を達成した我々が集まることはこの一年で一回も無かったのだが……、どいつもこいつもこの組織にはそれなりに思い入れがあったらしく、気づけばクライストが中心となって『有害図書愛好会』解散式を行うという話になっていた。尤も、クライストだけは「こういう繋がりが後々生きるのです。最後にしっかりと強調しておくべきです」という理由で張り切っていたようだが。

 

「ではこれより、三役よりお言葉を頂きます。それではまずクラーゼン君からお願いします」

「えー、役職が示す通り、僕はほとんど会合にも出席していなかった訳で、このような場所に立たされるのは少し居心地が悪いと言いますか……。まあ有難うございました」

 

 ラルフはバツが悪そうに挨拶した。確かに『有害図書愛好会』の中核メンバーでもラルフとほとんど交流の無い人間も居る。ただ、ラムスドルフやノイエ・バイエルンのような目端の利く奴らは、ラルフが私の依頼に応じて早期からカルテンボルンの詳細な情報を調べ、提訴と同時にその悪行を暴露できる手筈を整えてくれていたことに気づいている。彼らはその後もラルフ・ヘンドリック・フォン・クラーゼンと言う男を決して侮りはしなかったし、常に警戒していたと言って良い。……ラルフとしては甚だ不本意だっただろう。巻き込んで申し訳ない。 

 

「じゃ、次は僕だね。僕としては『校内有害図書指定』を解除出来ればそれで良かったから、この結果には万々歳なんだけど……。君たちはもう少し読書の楽しみを知るべきだね。口を開けばカルテンボルンを罵倒してばかり、そんな有様じゃ口が腐るだろう。僕としてはもっと文学に親しんで、その感想を言い合うような組織をだね……」

「はい、ありがとうございました。ではライヘンバッハ様。お願いします」

 

 クライストが無理やり割り込んだ。……結局、最後までクルトは『有害図書愛好会』がその初期の目的から変質し、反カルテンボルンの地下組織となったことに不満を表明していた。まあ、それが丸っきり嘘という訳でもないのだろうが、本気で言っている訳でもないだろう。あいつもカルテンボルンを放っておいて良いとは思っていなかったはずだ。『有害図書愛好会』の闘争戦術のほとんどは、クルトかラムスドルフが考案した。何だかんだ言ってあいつは『有害図書愛好会』の頭脳として組織に貢献していた。

 

「そうだね……。今日まで共に闘ってくれた皆に、『有難う』と言わせてほしい」

 

 私はそう言って、皆に対して頭を下げた。「貴族らしくない」と結局幼年学校でも言われていた私ではあるが、何だかんだ言ってヘンリクの忠告には従っていた。幼年学校に入ってから、他人に頭を下げたことは一度も無いし、謝罪や礼を言った回数は両手の指で足りる。一年前にラムスドルフに礼を言ったのは私的には大きな決断だったのだが、ラムスドルフは気づいていたのだろうか?……単細胞に見えて聡い奴だから、気づいた上で流したのかもしれないな。

 

「頭を上げてくれ!ライヘンバッハ君。私たちも卿と共に闘えたことを誇りに思う。なあ皆!」

 

 感動した様子でノイエ・バイエルンが言い、帯剣貴族の子弟たちが同意の声を上げる。……実際の所、ノイエ・バイエルンは開明的な思想故にこの組織に入ったのだろうが、残りの連中はカルテンボルンの課す詰め込み教育に耐えられなかっただけだ。もしカルテンボルンの被害を受けていたのが平民だけだったら、ここまで多くの貴族子弟が組織に入ることは無かっただろう。

 

 とは言え、貴族、特に帯剣貴族はロマンシズムを刺激されると面白いくらいに単純な反応を返す生き物だ。「正義の闘いに勝利した秘密組織の解散式で、名門帯剣貴族であるリーダーが、自分より低い身分のメンバーに礼を言いって頭を下げる」という状況に彼らの軍事的ロマンシズムが激しく反応したのだろう。

 

「ライヘンバッハ様!貴方様は我々平民の恩人です。この恩は絶対に忘れませんし、代々後輩たちに語り継いでいくことをお約束いたします」

 

 戦略研究科四年生のルーブレヒト・ハウサーが私にそう言ってきた。彼は『有害図書愛好会』の中核メンバーではないが、カルテンボルンを訴える際に平民生徒たちの中で中心的な役割を果たした。

 

 ……実を言うと、カルテンボルンをオーディン高等法院に訴えるというアイデアを最初に思いついたのは彼だ。私たちはそれ以前から教育総監部の反ローゼンシュタイン派に干渉したり、カルテンボルンの悪行の証拠を集めたり、色々と活動していたのだが、カルテンボルンを失脚に追い込める最後の一手が足りなかった。そんな時に、エルラッハの紹介で私とクルトに接触してきたのが彼だ。エルラッハはハウサーに「君のアイデアを理解できる柔軟な頭があって、協力してくれるような性格と実現させられる能力を持った貴族などあの二人しか居ない」と言っていたそうだ。

 

「……ああ。ハウサーも協力してくれて有難う。平民の皆とも、またいつか肩を並べて闘いたい。宜しく頼む」

 

 私のその言葉は、おおよそ貴族が言って良いような代物では無かった。このような状況で無ければ、ラムスドルフなんかは私を糾弾したはずだ。現にこの時も顔をしかめていた。とはいえ、私はこの言葉を言わないで居ることが出来なかった。これは誓いだ。「貴族と平民が肩を並べて闘える」ような国に、この国を変える。私はそう決意していた。

 

「『何が有り得ないかを言うのは難しい。何故なら昨日の夢は、今日の希望であり、明日の現実であるからだ』。この言葉は私を常に支えてくれている。君たちにこの言葉を贈り、僕の最後の挨拶を終えたい」

「……ありがとうございました。それでは現時刻を以って『有害図書愛好会』を解散します」

 

 クライストがそう言った後も暫く生徒たちは残っていた。ラムスドルフは仏頂面だったが、残りの生徒は互いに『有害図書愛好会』での自らの『戦果』を誇り、他の生徒と思い出を振り返った。私の下にも多くの生徒たちが別れの言葉を言いに来た。

 

 「秘密組織マジック」とでも名付けようか?彼らの中でいつの間にか『有害図書愛好会』での日々は凄まじく美化されているらしく、入学当初は私を嫌っていたような領地貴族までもが「感動の別れ」を演じに来た。私は笑顔を浮かべて対応したが、内心では辟易していた。「平民はともかくとして、お前らは俺に反発していただろうが」と喉元まで言葉が出掛かったが、これでも名門貴族である。最後まで「良きリーダー」を演じ続けた。

 

 

 

 その一〇日後、私は久しぶりにシュタイエルマルク邸を訪れていた。父とシュタイエルマルク提督の真実を知った後、カルテンボルンの圧政もあって、私はシュタイエルマルク邸を訪れなくなった。凡そ、二年ぶりの訪問だろうか。

 

「……よく来たな、アルベルト君。幼年学校では大変だったね」

「皆の助けがあったから闘えました。シュタイエルマルク閣下にもご協力頂き、感謝しております」

 

 私は深く頭を下げる。カルテンボルンは酷い男だが、それでも帯剣貴族の名家出身ではある。カルテンボルンが失脚しそうになれば、帯剣貴族全体がカルテンボルンを庇いに行く可能性は少なくなかった。そうならないように、私やクルト、ラムスドルフのような帯剣貴族の子弟は実家に連絡を取ってそれぞれの親に帯剣貴族の動きを抑えこんで貰ったのだ。

 

「……エルンスト・カルテンボルンがあそこまで酷い奴だとは思わなかった。彼の兄は短気だったが、貴族としての責務(ノブリス・オブリージュ)は弁えた奴だったんだがな……」

 

 シュタイエルマルク提督は第二次ティアマト会戦においてカルテンボルン校長の兄と共に戦っている。それ以前にも面識があったのだろう。

 

「『第二次ティアマト会戦以降、帯剣貴族全体の質が低下しつつある。エルンスト・カルテンボルンはまだマシな部類だ。何とか帯剣貴族に自分が帯剣貴族たる理由を思い出させないといけない』とリューデリッツ閣下が嘆いていたよ」

 

 シュタイエルマルク提督は現在軍内で革新派と見做されているリューデリッツ派に属している。……ミヒャールゼン提督を追い詰めた提督の下で働いている訳だ。シュタイエルマルク提督はどんな気持ちだっただろう。

 

「さてアルベルト君……今日は何の用事だい?」

「シュタイエルマルク閣下……。私はこの国が窮屈でなりません」

 

 私はシュタイエルマルク提督に話し始める。シュタイエルマルク提督に会ったらすぐに機関に入ることを伝えようと思っていたが、いざ実行に移そうと思うと、どう切り出してよいのか分からなかった。

 

「ほう。それで?」

「ですから……その……、私は自由に生きたいのです」

「ふむ、自由に生きたいだけなら亡命と言う手段もあるが?」

 

 シュタイエルマルク提督は面白がるような表情で言う。ここまで言えば私が何を言いたいかは分かっているはずだが、あくまで自分で明言しろという事だろう。私は覚悟を決めて口を開いた。

 

「いいえ。私が自由に生きる為には、この国から不自由と不平等を追放しないといけないのです。何故なら私はとても自分勝手だからだ。私はこの国が!この社会が!苦痛で仕方がないんだ!」

「……」

 

 シュタイエルマルク提督は唖然としている。そうだろう。まさか私がこんなことを言うとは予想できまい。私はシュタイエルマルク提督を驚かせたことに少し満足しつつ続ける。

 

「閣下、なぜこの国には皇帝なんて代物が居るんです?宇宙に人類が進出して、もう一五世紀は経っているのに、この国の政治体制は中世以下だ!『自由・平等』という当たり前の概念までもが朽ち果てようとしている!……カルテンボルンが『まだマシ』だって?いいや違う!あいつは最低のクズだ!もうたくさんだ!どいつもこいつも他者の自由を平気な顔で踏みにじる。救いようがないのは踏みにじられた側も含めてそれが悪だと知らないことだ!……死ね!」

 

 私は感情に身を任せた。この人には本当の気持ちを言って良い。彼はきっと否定しない。私はこの一六年間溜まりに溜まった鬱憤を吐き出した。

 

「人は生まれながらにして選択の自由を持っているんです。その自由を侵害して良いのは、他者の自由が侵害されそうになったときだけだ!……閣下、この世にこんな国が存在している限り、私は決して自由になれない。同盟に行こうが、この国が存在していることを私は知っているし、そこの現実も知っている。この国がある限り、私はずっとこの国の不自由を憎み続けて生きていかないといけないんです」

 

 私はそこで言葉を切って息を整える。

 

「閣下。私をジークマイスター機関に入れてください」

 

 シュタイエルマルク提督は黙っている。そしてため息をつくと、「入ってこい」と言った。

 

「どうです、父さん?僕の言った通りでしょう?アルベルトの本心は間違いなくこの国を憎んでいるって」

 

 得意げな顔をしたクルトが入ってくる。クルトもまた、ジークマイスター機関に入る道を選んだようだ。尤も、私と違って資料室の発禁本を読み漁った上で選んだようだが。

 

「ああ……。君が我々に協力を申し出ることは予想していた。だがここまでこの国の体制を憎悪しているとは……何かきっかけがあった訳でも無いだろう?」

「……強いて言えばこの国に生まれたのがこの国を嫌うきっかけでしょうか?」

 

 私はそう言った。嘘はついていない。転生などと言う非現実的な事が起きなければ、私がここまで銀河帝国を憎悪することは無かった。

 

「っく、ははは!なるほど、つまり君は生まれながらの自由主義者だという事か」

 

 何が面白かったのか、シュタイエルマルク提督は大笑いしている。

 

「よし分かった。アルベルト・ライヘンバッハ、クルト・シュタイエルマルク」

 

 シュタイエルマルク提督は私たちの名を『フォン』の称号を外して呼んできた。

 

「ようこそ『機関』へ。歓迎しよう、新たな同志達よ」

 

 

 

 私はこの瞬間から自由の為の偉大な戦いに参加した。その戦いは覚悟していたよりも遥かに大変な物だったが、それでも私は機関に入ったことを終生悔いることは無いだろう。

 

 銀河の歴史がまた一ページ……

 

 




注釈10
 この自叙伝にも登場した『有害図書愛好会』であるが、この組織は後世、『ラグラングループ』『ファウンディング・ファーザーズ』『七三〇年マフィア』『ヤン・ファミリー』に匹敵する人気を得ることになり、いくつもの小説、ドラマ、映画などが制作されることになる。その中ではファーストネームで呼び合う貴族と平民の姿や、エルラッハを庇いカルテンボルンに殴られるライヘンバッハとラムスドルフというようなエピソードがお約束のように描かれるが、これらは全て後世の創作である。
 
 何故このような創作が生まれたかというと、救国革命期に元・有害図書愛好会メンバーの貴族たちが『有害図書愛好会』を盛んに宣伝したことが大きい。特にノイエ・バイエルンが「『有害図書愛好会』こそ我々が目指すべき理想社会の有り様である!」と帝国議会で高らかに宣言したことはよく知られている。
 
 なお、『有害図書愛好会』について聞かれたアルベルト・フォン・ライヘンバッハはこう言い遺している。

「貴族にも平民にも、中二病は平等に訪れるという事さ」

 中二病という言葉が何を表すかは不明だが、ライヘンバッハが『有害図書愛好会』の神格化に協力せず、この組織について聞かれるたびに皮肉まじりの苦笑を浮かべていたことは広く知られている。

 とはいえ、『有害図書愛好会』が巷で知られる程開明的でなかったにせよ、グレゴール・フォン・ミュッケンベルガーがその副官に述べた「革命の歴史は、アルベルト・フォン・ライヘンバッハと『有害図書愛好会』によって始まった」という言葉は真理をついていると言って良いだろう。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。