アルベルト・フォン・ライヘンバッハ自叙伝   作:富川

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第二章開始。
この話から本格的に第二次ティアマト会戦が帝国にもたらした影響を書いていきます。


第二章・リューベック騒乱
青年期・シュレースヴィヒ=ホルシュタイン方面への赴任(宇宙歴760年6月)


 宇宙歴七六〇年六月。私はヴァルハラ星系第四惑星オーディンから、ボーデン星系第六惑星エーリッヒ・フォン・マンシュタインに向かう軍の輸送船に乗っていた。同惑星にはエルザス・シュレースヴィヒ=ホルシュタイン辺境軍管区司令部と第二辺境艦隊司令部が存在する。厳密に言うと私の配属先はこの二つの司令部のどちらでも無い。しかし、エルザス・シュレースヴィヒ=ホルシュタイン辺境軍管区司令部は私の配属先の上位司令部である為、一度出頭する必要があるのだ。尤も、面倒臭かったら多少の不利益と引き換えに無視しても良いのだが、どういう訳か同司令グリュックスブルク宇宙軍中将が私を名指しで呼び出してきた。

 

 私は幼年学校を卒業しておよそ四年弱で宇宙軍大尉にまで昇進していた。と言っても特に功績を上げた訳じゃない。幼年学校卒業生は通常宇宙軍准尉として任官するが、成績、品行共に優良と認められた卒業生は校長の推薦を受け、軍務省人事局の検討を経て、宇宙軍少尉として任官する。名門の血を引く私は、とりたてて優秀だった訳でもないのに、この制度によって少尉として任官し、軍務省国防政策局運用政策課に配属されることになった。

 

 軍務省での仕事には前世の経験が役に立った。前世の私はある地方自治体――惑星政府のようなものだ――で公務員として働いていた。当然、帝国軍務省と一地方自治体では仕事の質も量も全く違うのではあるが……。まあ基礎の部分では通じるモノが無い訳じゃない。少なくとも、私が職場に慣れるのを半年程度は縮めてくれたのではないか?歴史家諸君は信じてくれないだろうがね。

 

 宇宙歴七五八年、宇宙軍中尉に昇進した私は軍務省地方管理局辺境調査課に転属した。通常、局を跨いでの転属と言うのは中々無いのだが……。ライヘンバッハ伯爵家は旧艦隊派系の帯剣貴族だ。旧軍政派系の影響力が色濃い軍務省では扱いに困ったのかもしれない。恐らく、他の艦隊派系帯剣貴族と同じように、多少軍務省のエリート街道に腰掛けて箔をつけたら、すぐに前線に行くと思っていたのだろう。ところが私がいつまでも前線に行きたがる素振りを見せないので、痺れを切らして花形の国防政策局から追い出したのではないか?

 

 とはいえ、私はデスクワークが性に合っている。それに、ミヒャールゼンが死んでから機関の軍務省に対する影響力は低下した。嗜好と実益を兼ねて堅実に地方管理局長を目指したかったのだが……、そうも言っていられない事態が起きた。止むを得ず私は堅実な軍官僚ルートから外れ、シュレースヴィヒ=ホルシュタインなどというド田舎に向かっているのである。餞別として宇宙軍大尉に昇進させてもらったとはいえ、甚だ不本意な展開だが……。自由の為には仕方がない。

 

「ライヘンバッハ大尉、ここに居られたのですか」

 

 輸送艦の左舷側展望ブロックから宇宙を見ていた私は、背後から名前を呼ばれて振り返った。

 

「ハルトマンか。大尉は止めてくれ。公の場でもあるまいし……アルベルトで良いよ」

 

 私は背後に居た人間の顔を確認し、そう応じた。ユリウス・ハルトマン宇宙軍少尉。『有害図書愛好会』の古参メンバーであり、私の旧友だ。

 

「そういう訳にもいかないでしょう……。身分はともかくとして階級が違うのですから」

 

 ハルトマンは困ったようにそう言った。ハルトマンは未だ少尉だが、これが普通だ。私がたった四年で大尉に昇進している方がおかしい。……原因としては先に述べた血筋ブーストや厄介払いがあるとは思うが、それに加え機関の手回しもあったのかもしれない。

 

「……」

 

 純粋に実力でこの階級に上り詰めた訳でもない私は、ハルトマンという聡明な友人に敬語で話されるのがどこか後ろめたかった。だが、これも大義の為である。この国を変えるのには尉官では力が足りない。

 

「惑星エーリッヒ・フォン・マンシュタインまで後半日ほどだそうです。オークレール少佐が探していましたよ。『そろそろ戻ってきて欲しい』だそうです」

「そう。分かった。有難う」

 

 オークレール地上軍少佐……つまりヘンリクの事だが、私の軍入隊と同時に現役に復帰した。この四年間は帝都防衛軍で中隊長を務めていた。今回も私の辺境行きについてきてくれている。勿論、父が手を回した結果だ。

 

 ハルトマンと共に士官室に向かう途中、船体に衝撃が走った。

 

「う!」

「危ない!」

 

 私はバランスを崩しかけたが、ハルトマンの支えで大事に至らなかった。

 

「何だ!?」

『敵襲!敵襲!総員第一種戦闘配置、急げ!』

「敵襲だと!?馬鹿な、目と鼻の先に第二辺境艦隊司令部があるんだぞ!?」

 

 私は思わず艦内放送に怒鳴った。辺境とは言え、同盟軍の前線からは大きく離れている。ここで襲ってくる敵と言えば、常識的に考えれば宇宙海賊か、共和主義勢力だろう。だが、それにしたってマンシュタインの近くで襲ってくるなど信じられなかった。

 

「『辺境では非常識が常識だ。本土以上に何が有り得ないかを言うのは難しいと思え』……。シュトローゼマン先輩のあれ、アルベルトへの冗談だと思っていたんだがな……」

 

 ハルトマンが呟いた。私たちの幼年学校における先輩であるマルセル・フォン・シュトローゼマンは卒業と同時に第四辺境艦隊司令部に配属された。いわば辺境勤務の先輩でもある。故に、この輸送艦に乗る前に私たちはシュトローゼマン先輩に会って色々と話を聞いていたのだが、あの時は「先輩ってこんなによく冗談を言う人だったかな?」と言うのが私たちの共通の感想だった。……どうやら先輩は冗談を言っていた訳では無さそうだった。

 

「……私たちは『お客さん』だ。輸送艦隊が上手くやることに期待して引っ込んでいよう」

 

 私はハルトマンにそう言って、共に士官室へ向かった。

 

「御曹司!出歩くときは一言お願いしますとあれ程言ったでしょう!?」

「いや、私もいつまでも子供じゃないし、第一ヘンリクは私の部下でも上司でも無いだろう?」

 

 士官室には『お客さん』、すなわち、これから辺境軍管区司令部か第二辺境艦隊司令部に配属される士官が数人集まっていた。その中から凄い勢いでこちらへ向かってきたヘンリクに怒られたが、私は建前論で反論した。さらにヘンリクが何か言おうとしたとき、再び船体が大きく揺れた。

 

「おいおい……頼むぜ艦長」

 

 ヘンリクは少し怯えた表情でそう言った。私はそれを意外に思った。ヘンリクがこんな表情をしているのは見たことが無かった。私のそんな視線に気づいたのだろうか。少し言い訳がましくこんなことを言う。

 

「いや……陸の兵士にとって一番怖いのは陸に着かない内に死ぬことです。抵抗も出来なきゃ、逃げ場も無いですしね」

 

 ……確かにヘンリクの言う通りだ。『お客さん』である私たちは輸送艦隊に命運を託すしかない。私も少し怖くなってきた。それから一時間ほど戦闘は続いていただろうか。やがて衝撃音は聞こえなくなり、艦内放送で第一種戦闘配置から第二種戦闘配置へ切り変える旨が流れた。

 

「ったく、二辺の奴ら冗談じゃねぇぜ……」

「本当によう、目と鼻の先で自分たちの輸送艦隊が襲われているのに四〇分も気付かねぇって、あいつら何のために給料貰ってやがる」

 

 暫くして、士官室に不機嫌そうな士官が数人入ってきた。どうやら艦橋勤務の士官のようだった。ちなみに二辺とは第二辺境艦隊の事を指す。

 

「よう、『お客さん』。悪かったな。だが、悪いのは二辺の奴らだ。俺たちもこんなところで海賊が襲ってくるとは思わなかったが、それはあいつらが真面目な仕事をしていると信頼していたからでな。どうやら買いかぶりだったらしい」

 

 その中の一人が私たちに気づいて声をかけてきた。相当第二辺境艦隊に不満があるらしい。だが、彼らの言っていることが本当ならそれも無理はあるまい。

 

 宇宙歴七四五年の第二次ティアマト会戦、そしてその後の断続的な同盟軍による帝国辺境領侵入は帝国に多大な悪影響を与えた。その一つが、帝国の軍事力低下による星間航路の不安定化だ。オーディンのあるユグドラシル中央区、経済の中心地であるチューリンゲン・ヘッセン・バイエルンの各行政区などは今でも安定しているが、その他は酷い。同盟軍が侵入を繰り返すエルザス辺境軍管区に至っては事実上放棄され、軍管区司令部もシュレースヴィヒ=ホルシュタイン辺境軍管区司令部に統合された。その他の辺境軍管区でも戦力不足が著しく、主要航路ですら、海賊が出没することがあるという。

 

 この事態を解決すべく、コルネリアス二世は領地貴族共に自費で領軍を整えることを無制限で許したが、これは何ら航路の安定化に繋がらなかった。領地貴族による領軍創設は帝国軍人の大量引き抜きを招き、さらに一部の大貴族は軍や軍に艦艇を提供してる工廠から艦艇を『買い取り』領軍を整えた為、中央軍の弱体化と軍再建の速度低下を招いた。

 

 ……しかもだ!そうやって集めた領軍をあいつらは何に使ったと思う!?お互いへの嫌がらせだ!海賊に偽装した領軍を政敵の領土に向かわせる。政敵の領軍を海賊だと『誤認』して攻撃する。正規軍が海賊を追い詰めた所で突然、任務の『引継ぎ』を『提案』して、ものの見事に全ての海賊を逃がしてしまう……時にはわざと。追い込み漁のように領軍を使って政敵の領土に海賊を大量に侵入させた奴も居れば、無駄なプライドで自領への正規軍の立ち入りを拒否し、自領が海賊天国と化した後で「貴様らが仕事をしないからだ!」と言って正規軍の投入を『命令』する奴も居る。本当に領地貴族ってクソだ。死ね!

 

 ……一応、公平を期すために言っておくと、第二次ティアマト会戦後の粛清人事で中央に属していた名門帯剣貴族が残らず辺境送りになったのも事態の悪化の一因ではある。彼らは治安戦や航路安定に関しては丸っきり素人だ。お世辞にも海賊や共和主義勢力に上手く対応できたとは言えない。臣従は形だけで実質独立国と言っても良い各辺境自治領との関係も悪化させてしまった。だけど!それはあくまで軍務に対して自分の持てる知識と能力で対応しようとした結果であって、領地貴族共の薄汚い欲望による愚行とは全く以ってその性質は異なっているのだ!一般人諸君よ、そこはどうか分かって欲しい。彼らの失敗は一概に全て彼ら自身の責任とも言えないのだ……。領地貴族共は全部自分の責任だけどな!私たちのせいにするな、死ね!

 

 ……話が逸れた。すまない。とにかく、第二次ティアマト会戦以降、輸送艦隊勤務と言うのは命がけとなり、それ故に根拠地がある惑星の近くですら、安全を確保できない第二辺境艦隊に対する不満が大きいのだろう。「どうやら無事につけそうだ」と思ってからの襲撃だ。腹が立つのも無理はない。

 

 とはいえ、第二辺境艦隊にも言い分はあるはずだ。あくまで記録を見る限りだが、この時期、第一辺境艦隊と第二辺境艦隊は同盟宇宙軍の繰り返しの侵入に備える為に、ほぼずっと出撃態勢を整えていたと言っても過言では無い。仮に同盟宇宙軍の侵攻を阻止できなければ、安定しているユグドラシル中央区や各行政区等もただでは済まない。彼らの本音は海賊程度、多少は我慢してくれ、と言った所か。

 

「だがな、カイ……。おかしくないか?今日の海賊連中、全部高速戦闘艦だったぜ?海賊なら輸送艦や強襲艦を連れているだろうに。しかもやたら装備が良かった」

 

 別の士官が私たちに話しかけたカイという名前の士官に言う。階級章を見る限りだと少佐らしい。

 

「ふむ、そりゃそうだ。それにいくら二辺の連中でもだ、流石に四〇分も気付かねぇのはおかしい」

 

 カイは考え込むと、私たちの方を向き、問いかけてきた。

 

「ひょっとしてだが……あんたらの中に大貴族とか、あるいは大貴族に嫌われている奴とか居るか?」

 

 ……私は素知らぬ顔をしていたが、ハルトマンとヘンリクが私の方を見た。……お前ら何故こっちを見た、いや理由は分かるが、空気を読めなかったのか。案の定、カイが私を見る。

 

「あー、私ですかね?ライヘンバッハ伯爵家の御曹司で……ついでにブラウンシュヴァイク公に嫌われている可能性があります」

 

 私は渋々そう言った。「ライヘンバッハ伯爵家の御曹司」の段階で心なしか部屋の士官たちがこちらに好意的な姿勢を示そうとしてるように感じ……「ブラウンシュヴァイク公に嫌われている」の段階でハルトマンとヘンリク以外の士官が一斉に私の側を離れた。……気持ちは分かるが、ちょっと傷つく。やはり帝国の身分制は破壊しなければならない。

 

「……ブラ公か、そいつぁやべぇな!まあ強く生きろよ、坊ちゃん」

 

 だがカイは可笑しそうにそう言った。あまつさえ、『あの』ブラウンシュヴァイク公爵を「ブラ公」呼ばわりである。私はこの男に興味を持った。

 

「えーっと、少佐、あなたのお名前を聞いても良いでしょうか?」

「ん?何だブラ公にでもチクるのか?そいつは止めてほしいな」

「まさか。私もあの人は……」

「御曹司」

 

 思わず「ブラ公」の悪口を言いそうになりヘンリクに止められる。……そうだ、周りには他の士官も居るのだ。私は軽率を恥じた。

 

「ほー、大貴族の息子って本当に御曹司って呼ばれてんだな……ん?すまんな、ちょっと呼ばれた」

 

 そこで他の士官に呼ばれてカイは私たちから離れていった。私は後にこの宇宙軍少佐がカイ・ラディットという名であることを知った。

 

 その後、輸送艦隊は何事も無く惑星エーリッヒ・フォン・マンシュタインに到着した。私にとっては辺境勤務の始まりである。……本当の所属はさらに辺境だが。

 

 銀河の歴史がまた一ページ……。




注釈11
 帝国正規軍の辺境艦隊が置かれている惑星と、一部の軍の拠点が置かれている惑星はゲルマン系の偉人の名がそのまま付けられている。
 ボーデン星系第六惑星に付けられたエーリッヒ・フォン・マンシュタインの名は、地球時代の大戦で活躍したと伝わる将軍の名前から取られている。同時代からはエルヴィン・ロンメル、パウル・フォン・ヒンテンブルク、エーリッヒ・ハルトマン、ヨーゼフ・ゲッペルス、カール・デーニッツらが惑星の名前として付けられている。いずれも、偉大な軍人で活躍したらしい。

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