アルベルト・フォン・ライヘンバッハ自叙伝   作:富川

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ドイツ語間違っていても見逃してください。
長い年月で発音が変わったという事で。


青年期・『茶会(テー・パルティー)』計画(宇宙歴760年6月)

 惑星エーリッヒ・フォン・マンシュタインは一年を通して気温の低い惑星である。ボーデン恒星系は第四惑星と第五惑星が居住可能惑星、それも比較的地球やオーディンに近い環境であり、それらに比べると住環境的にはあまり良くはない。しかし、それ故に居住可能惑星ではあったが、銀河連邦時代は比較的開発が進んでおらず、改めて大規模な軍事拠点を建設するのに適していた。本格的な軍事拠点建設が始まったのはオトフリート一世禁欲帝の時代である。完成後は第四辺境艦隊の司令部が置かれ、その後、利便性の関係から第四惑星に存在したシュレースヴィヒ=ホルシュタイン辺境軍管区司令部が移転し、同地方最大の帝国軍拠点となった。なお、建設中におよそ一万人を超す死者が出る大事故が発生したが、オトフリート一世帝は「そんな報告を聞く予定はない」と冷たく対応したと言われる。

 

 私は同惑星について調べた情報を基に防寒対策を万全にしていたのだが、輸送艦は真っすぐに第一三ドックへと入港し、また、そのドックは私の予想よりも遥かに暖房が効いている様子だった。私の防寒対策は完全に無駄に終わった。

 

「シュトローゼマン先輩に聞いた話じゃ、辺境の基地は暖房もあまり効いていないって話だったけど……」

「ふむ、その話は正しいでしょうが、ここはマンシュタイン、シュレースヴィヒ=ホルシュタイン地方最大の軍事拠点です。辺境と言っても環境は下手な中央地域の基地より良いでしょうな」

 

 私のボヤキに対して、ヘンリクがそう応じた。私の横ではハルトマンがコートを脱いでいる。暑くなったのだろう。

 

「まあ、防寒対策はこの惑星に長く居るハルトマンにとって無駄にはならないでしょう。御曹司の任地には無駄でしょうが」

 

 ヘンリクは可笑しそうだ。……私の任地は惑星エーリッヒ・フォン・マンシュタインではない。この惑星からさらに約二五〇光年ほど離れた地域にあるリューベック自治領(ラント)の首都星リューベック、それが私の任地だ。一年を通して温暖な気候であるらしい。……ちなみに、リューベックというのはあくまで帝国での呼び名だ。彼らは自身を第七艦隊共和国(リパブリック・オブ・セブンスフリート)と呼ぶ。

 

 銀河帝国には多くの自治領がある。自治領、と聞いて一般人諸君が思い浮かべるのは、「砂漠の惑星、あるいは極寒の惑星に多くの被差別民が厳重な監視下で暮らしている」ような光景ではないか?それは正解だ。但し半分だけ。

 

 銀河帝国の辺境地域には自治領とは名ばかりで、事実上帝国の支配が及ばない地域が複数存在している。それらの地域の住人は時に、一般的な帝国の惑星よりも豊かであり、また民主主義的な体制の中で生きている。信じられないだろう?だが事実だ。帝国ではあまり喧伝されなかったし、従って同盟でもあまり知られていないが。

 

 銀河帝国初代皇帝ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムは『地球統一政府(グローバル・ガバメント)』型の中央集権体制構築を目指したが、地球統一政府時代に比べ、人類の版図は大きく広がっていた。……ルドルフ、そしてその後継者たるノイエ・シュタウフェン公爵は『距離の暴虐』に果敢に挑み、そして敗北した。彼らは最終的にいくつかの辺境地域に広範な自治権を認める代わりに、形式的な臣従を得ることで妥協せざるを得なかったのだ。

 

「ライヘンバッハ大尉殿はおられますか!」

 

 私たちが輸送艦を降りると、一人の士官が話しかけてきた。……階級は少尉らしい。

 

「私です。何でしょうか?」

「大尉殿を案内するように仰せつかっております。グリュックスブルク中将閣下がお待ちです。どうぞこちらへ」

 

 私はヘンリク、ハルトマンと別れ、この士官に連れられて軍管区司令カルステン・フォン・グリュックスブルク中将の部屋へと向かった。

 

 

「アルベルト・フォン・ライヘンバッハ宇宙軍大尉であります!」

「遠い所まで良く来てくれたな、ライヘンバッハ大尉」

 

 敬礼する私を見て、グリュックスブルク中将は笑みを浮かべている。グリュックスブルク中将は領地貴族の男爵家出身で、確かリッテンハイム一門の血を引いていたはずだ。私は親クロプシュトック派と思われているが、それ以前に比較的領地貴族に融和的な帯剣貴族と見做されているので、クロプシュトック派以外の領地貴族系将官からも愛想よく迎えられることが多かった。……ブラ公一門以外は。

 

 私は当たり障りのない挨拶をしてさっさと立ち去ろうと思ったのだが、グリュックスブルク中将は私を呼び止めた。

 

「ライヘンバッハ大尉。卿に頼みたいことがあるんだがね」

「……父かクロプシュトック侯爵様への言伝でしょうか?」

 

 私は半ば確信しながらそう答える。軍務省勤務時代も、よく言伝を頼まれたものだ。だが、予想は外れていた。

 

「もしかしたら、いずれはそれも頼むことになるかもしれないな。だけど違う」

 

 そこでグリュックスブルク中将は真剣な表情で声を潜める。

 

「リューベック駐留艦隊司令、ハウシルト・ノーベル宇宙軍大佐を探れ。怪しいと思ったら多少強引な手を使っても良い、責任は私が取る」

 

 驚きで心臓が飛び出るかと思った。何故なら、私がこんな辺境まで来た理由はグリュックスブルク中将が探れと言ったジークマイスター機関メンバー、ハウシルト・ノーベル宇宙軍大佐の支援を行うためだからだ。

 

「……理由をお聞きしても?」

「いや、悪いがそれは伝えられない、全てが終わった後、説明しよう」

 

 グリュックスブルク中将は私の目を見つめる。私はあるいは自分がジークマイスター機関のメンバーであることがバレたのではないかと恐怖したが、それならば私に「探れ」と言うのもおかしな話だ。

 

「分かりました。閣下のご命令に従います」

「宜しく頼む」

 

 私はグリュックスブルク中将にもう一度敬礼すると、部屋を出た。

 

 

「そいつはまずいですねぇ……」

 

 私はリューベック行きの輸送艦が出るまで与えられている部屋に戻り、すぐにヘンリクに相談した。

 

「ああ、どういうことだと思う?」

「恐らく、リューデリッツたちか誰かが、コーゼル提督もまた『カエサル』であったと気づいたんじゃないですかね?それでノーベルを探るようにグリュックスブルクに伝えた。リューデリッツの部下に、リッテンハイム系の貴族将官が居たはずです」

「計画に影響はあるだろうか?」

 

 私はヘンリクに尋ねた。ノーベルがマークされているとすれば、計画は断念せざるを得ないかもしれない。

 

「……いや、大丈夫でしょう。計画は既に動き出しています。計画が終わるまではノーベルがメンバーだという確証には至らないはずです」

 

 ヘンリクが冷静に答えた。

 

 ……我々、ジークマイスター機関は一つの計画を実行に移そうとしていた。計画名は『茶会(テー・パルティー)』。地球史に詳しいシュタイエルマルク提督らしいネーミングセンスだろう。さて、計画について説明する前に、少し近年の歴史に触れておこう。

 

 宇宙歴七四五年の第二次ティアマト会戦後、軍内で一つの計画が浮上した。『イゼルローン回廊要塞建設計画』である。ジークマイスター機関は大損害を受けたばかりだったが、全力でこの計画を潰しに行った。当然である。もし回廊に要塞が出来、それによって同盟軍が帝国領に侵攻でき無くなれば、機関はもう同盟軍という圧力を使って勢力を拡大することが出来なくなる。結局、宇宙歴七四五年の計画は、ジークマイスター機関の暗躍と財政危機によって立ち消えになった。

 

 その後、宇宙歴七五七年、オットー・ハインツ二世は息子であるオトフリート皇太子(後のオトフリート五世帝)の進言でオーディン高等法院に対し再度の租税法大規模改正を承認するように命令。ところが、オーディン高等法院は頑強に抵抗して譲らない。そこでオトフリート皇太子は一計を案じた。帝前三部会を招集したのだ。皇帝を除けば帝前三部会は事実上帝国の最高権力と言って良い。オーディン高等法院を以ってしても抗することは不可能である。

 

 帝前三部会とは大帝ルドルフが終身執政官時代に招集した民選議会にルーツを持つ。ルドルフは自身の支持者で固めたこの議会で『民意』によって承認を受けることで神聖かつ不可侵な銀河帝国皇帝へと上り詰めたのだ。これが帝前三部会として制度化されたのはエーリッヒ二世止血帝の時代だ。結果的にとはいえ宮廷革命で帝位を簒奪してしまった彼は、その権力の正当性を確保すべく、大帝の民選議会に目を付けた。これを意図的に模倣することで、改めて皇帝権力の正当性を確保したのだ。とはいえその後、マンフレート二世亡命帝の際に一回開かれたのみで、後は一度も開かれていない。

 

 帝前三部会は事実上領地貴族が掌握する地方会、官僚貴族と帯剣貴族の代表が選ばれる公僕会、そして中央地域の平民から代表が出る平民会の三つに分かれていた。そして各会に一票ずつが配分されていた。この内、租税法改正に賛同するのは恐らく公僕会だけである。誰もが――オットー・ハインツ二世も含め――オトフリート皇太子の『奇策』は失敗だと思った。ところが、いざ三部会が開かれると、帝国有数の領地貴族であるカストロプ公爵が租税法改正に熱烈に賛成。今まで増税には慎重だったクロプシュトック侯爵らも条件付きで賛意を示したことで地方会が賛成票を投じることになる。これによってオトフリート皇太子の租税法改正は成功した。

 

 何故カストロプ公爵が賛成したのか、その答えは直ぐに分かった。領地貴族としては異例なことに、カストロプ公爵は財務尚書へと任命されたのだ。租税法を実際に運用するのは財務尚書だ。彼が財務尚書である限り、カストロプ一門の領地に対する課税には『手心』を加えられる。また、他の貴族との取引カードにも使える。彼は財務尚書のポストと引き換えに、租税法改正に賛同したのだ。

 

 一連の絵図を書いたのはオトフリート皇太子ではない。オトフリート皇太子――後のオトフリート五世倹約帝――は全般的に考えて名君よりの人物だっただろうが、それでもここまでの奇策を打つ――そして成功させる――才覚は無い。今まで宮廷の非主流派だった旧ミュンツァー派、特にその中でも若手のリーダー格として台頭しつつあったクラウス・フォン・リヒテンラーデ子爵の働きが大きい。……尤も、カストロプを財務尚書にしてまで租税法改正をするべきだったかは若干判断が分かれるが。

 

 宇宙歴七五七年の租税法改正によって、オトフリート皇太子は着実に財政再建を進めていき、宇宙歴七六〇年にオトフリート皇太子がオットー・ハインツ二世から譲位されオトフリート五世となった時には未だ予断を許さないものの、国債発行額が増加から減少へと転じた。そんな中、一度葬り去ったはずのあの計画が息を吹き返した。

 

 宇宙歴七六〇年二月一〇日、兵站輜重総監セバスティアン・フォン・リューデリッツ上級大将ら将官三二名の連名でオトフリート五世に一冊の建白書が提出された。その名は『イゼルローン要塞建設建白書』。

 

 現在、軍部と官界は真っ二つに割れている。リューデリッツの『イゼルローン要塞建設建白書』を支持する『要塞派』と財政再建、あるいは艦隊再建、もしくは航路安定等、他の政策を優先することを主張する『保守派』である。『要塞派』と『保守派』の勢力は拮抗しているのだが、『保守派』の中では意見の対立が少なくなく、そのせいで全体として『要塞派』が優勢となっている。

 

 もしイゼルローン要塞が完成した場合、先に述べた通りジークマイスター機関にとっては死活問題である。ミヒャールゼン暗殺事件をきっかけに『外からの変革』から『内からの変革』路線に切り替えたとはいえ、帝国の体制は不安定であればあるほど望ましい。仮に要塞建設をきっかけに帝国の政情が安定してしまったら、機関の付け込む隙は無くなってしまう。

 

 ……その恐怖がミヒャールゼン暗殺事件以来休眠状態にあったジークマイスター機関に、新たなる大規模作戦『茶会(テー・パルティー)』の立案を決意させた。

 

 以下、作戦を説明しよう。

 

 帝国辺境自治領の中で、最もイゼルローン回廊から近いのがリューベック自治領である。このリューベック自治領はコルネリアス一世元帥量産帝の時代に一度叛乱を起こしたことで、総督府と駐留軍が置かれ、他の辺境自治領に比べ抑圧された状況にある。第二次ティアマト会戦以降、他の辺境自治領と同じようにこのリューベックでも独立の機運が高まっている。そこでだ、このリューベックの独立派を支援し、帝国総督府と駐留艦隊を無力化、同時に同盟軍艦隊をリューベックに招き入れることで、オリオン腕側に同盟軍の一大拠点を作り出すのだ。

 

 リューベックは銀河連邦時代に辺境地域の中心惑星として機能しており、連邦宇宙軍の大規模なドックも設置されていた。そのドックは現在もリューベック警備艦隊と帝国軍リューベック駐留艦隊に利用されており、今でも同盟一個正規艦隊を収容可能と見られる。仮に、『茶会(テー・パルティー)』作戦が成功すれば、リューデリッツのイゼルローン要塞建設案は断念せざるを得なくなる。当然だろう。既に回廊のこちら側に同盟一個艦隊が常時駐留できる拠点があるのだ。チマチマ要塞なんか作っている余裕は無くなる。

 

 リューベックには既に宇宙歴七四六年に機関のメンバーであるハウシルト・ノーベル宇宙軍大佐が駐留艦隊司令として着任していた。宇宙歴七四五年に最初の要塞建設案が出た際に、ミヒャールゼンは後々を見据えて布石を打っていたのだ。何という神算鬼謀であろうか。……既にノーベルは駐留艦隊をほぼ掌握しつつある。あとは軍中央の最新の情報を持った補佐要員――つまり私だ――が到着すれば、作戦はいつでも実行に移すことが出来た。

 

「……」

 

 グリュックスブルク中将に呼ばれたことで、私は動揺していたが、それを何とか抑えると、再び決意を新たにした。この作戦を成功させることこそ、自由への第一歩なのだ、と。

 

 銀河の歴史がまた一ページ……。




注釈12 
 作戦名の『茶会(テー・パルティー)』は恐らく、地球時代のアメリカ独立革命のきっかけとなった、『ボストン茶党事件(ボストン・ティーパーティー)』から取られていると思われる。

 この事件に関しては詳しく分かっていないが、一説によると、ボストンという都市においてアメリカ独立派の決起集会が行われたが、独立派の集会とバレてはイギリスに弾圧されるので、『茶会』という体裁をとって集まったという。ところが集会の中で群衆が暴走し、自らを『茶党』と名乗り、イギリス軍と激しく衝突したという事件であると言われている。
 尤も、いくつもの異説があり、キワモノとしては、ボストンの群衆が輸送船の中に積まれた茶葉を海に捨てたところ、まるでお茶のように見えたので、人々が面白がって『ボストン茶会事件(ボストン・ティーパーティー)』と事件を呼び始めたという説すらある。勿論、信憑性は低い。

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