アルベルト・フォン・ライヘンバッハ自叙伝   作:富川

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第一章・ジークマイスター機関の蠢動
幼少期・シュタイエルマルク提督の『プレゼント』 (宇宙暦740年5月5日~宇宙暦745年5月5日)


 私は宇宙暦七四〇年五月五日にこの世界に生を受けた。帝国歴は知らん。父は伯爵家の三男で青色槍騎兵艦隊副司令官を務める帝国宇宙軍少将カール・ハインリヒ・フォン・ライヘンバッハで母は男爵家の娘であったアメリア・フォン・ライヘンバッハ。前書きでも触れたが、幼少期は大幅な環境の変化によってか、何度も体調を崩していた。生まれたのが裕福な貴族家じゃなければ、私の人生は幼少期に終焉を迎えていたかもしれない。

 

「男子か、よくやったぞ!アメリア」

「ありがとうございます、貴方様。実はこの子を産んでいる間の話なのですが、何か不思議な光のようなものが私のお腹に入ってきたのです。ですが、医師たちも看護婦たちも一切そんなものは目にしていないと……。」 

「それは不思議な話だが、何かの吉兆かもしれないな。よしアメリア、私は決めたぞ。この子にはアルベルトと名付けよう」

「アルベルト、ですか……?」

「不満か?」

「いいえ、しかし義兄様方が快く思わないのではないかと……」

 

 私の名前である「アルベルト」はライヘンバッハ伯爵家第二八代当主、アルベルト・フォン・ライヘンバッハから取られた。アルベルト・フォン・ライヘンバッハはコルネリアス一世帝の大親征の際に大活躍した人物である。コルネリアス一世帝にとってのウォルフガング・ミッターマイヤーとでも言えば分かりやすいだろうか?最終的に元帥号を授与され、オズワルド・フォン・ミュンツァーの後を継いで司法尚書に抜擢された。本来、帯剣貴族が閣僚になることなど有り得ない。当然、ライヘンバッハ一族の中で閣僚になった人間はアルベルトだけである。そんな偉人の名前を三男の息子に過ぎない私につける訳だから、伯父上たちはさぞ不愉快に思われただろう。

 

「あの無能共の言うことなど知ったことか!アルベルト、お前は私やアルベルト様のように誇り高き帝国軍人となるのだ。あの無能共とは違う、真の帝国軍人に!」

 

 父は控えめに評しても優秀な人物だった。プライドが高く、時に傲慢な言動もあったが、能力に関しては今の実力主義の軍でも一線級で通用するはずだ。そして伯父上たちは決して父の言う通り無能ではなかったと思うが……。まあ、父よりも出世が早かったのは、彼らが兄で父が弟だったからだろう。当然、父はその事に不満を抱いていた。私にアルベルトの名をつけたのは、母の不思議体験が理由ではなく、恐らく伯父上達への嫌がらせが理由だろう。

 

「アメリア、またアルベルトは体調を崩したのかい?」

「はい……すいません。クラウス義兄様」

「別に責める気はないよ。仕方がないことだ。ただ……帯剣貴族の名門であるライヘンバッハの男子としては心許ないのもまた事実だ。それは分かるね?」

「……はい」

「君からもカールを説得してくれないか?あいつは私とエーリッヒ兄上の事を嫌っているからな……」

 

 私の生まれたライヘンバッハ伯爵家はいわゆる帯剣貴族の中でも名門と呼ばれる部類にあたる。初代当主は大帝ルドルフの下で中央艦隊の一つである赤色胸甲騎兵艦隊司令官を務めたエーリッヒ・フォン・ライヘンバッハ宇宙軍中将。以来、宇宙艦隊司令長官を二人、中央・辺境艦隊司令官を八人輩出するなど、軍部に少なくない影響力を持つ。そんな武門の家柄に生まれた私だが……前書きで触れた通り、虚弱体質だった。原因は分からない。私は前世の記憶とのズレだろうと思っているが、歴史家諸君も医師諸君も信じてはくれまい。「何が有り得ないかを言うのは難しい。何故なら昨日の夢は、今日の希望であり、明日の現実であるからだ。」という言葉を知らないのだろうか?……また話が逸れた。そんな私を伯父上達はライヘンバッハ家に縁のある下級貴族に養子に出そうとしていたそうだ。

 

「貴方様……またクラウス義兄様からアルベルトを他の家に養子に出してはどうかと勧められました」

「あいつは……!アメリア、気にするな。アルベルトは必ず良くなる。クラウスもエーリッヒも俺とアルベルトが邪魔なだけだ」

「しかし……エーリッヒ義兄様はそうかもしれませんが、クラウス義兄様は違うと思います。クラウス義兄様が紹介してくださった家はどこも下級貴族ですが、しっかりとした家ですし……。ライヘンバッハ家は帯剣貴族の名門、このままアルベルトをライヘンバッハ家に残しておくのは、アルベルトの為にも良くないと思うのです」

「……アルベルトは俺たちの息子だぞ。俺たちが信じてやらなければ誰が信じる?まだ見捨てるには早い」

「見捨てるなんてそんな……私はそんなつもりは……」

「ああ、分かってる、分かってるんだアメリア。とにかくまだ早い、まだ早いんだ」

「……」

 

 父と母は人並みに私を愛してくれた。父は軍務の合間を縫って私の虚弱体質を治す為に奔走していたが、実際の所、三男の息子である私がライヘンバッハ家に残ろうが養子に出ようが大して扱いが変わる訳でもない。父もそうだ。

 

 エーリッヒ伯父上は粗暴だったらしいが、それなりの武功は挙げていた。クラウス伯父上はツィーテン元帥の下で作戦参謀として重用されていた。そして二人にはそれぞれ男子が居た。私が虚弱体質だろうとなかろうとライヘンバッハ家は揺らがないし、父の立場も変わらない。にも関わらず父が私の虚弱体質を治す為に奔走していたのは、伯父上たちに対する意地もあるだろうが、私の事を愛していたからではないか、と思っている。父は貴族的なプライドは高かったが、思考様式は貴族然とはしていなかった。自分の息子を手元に置いておきたかったのではないだろうか。

 

 勿論、養子に出すことに賛成した母が、私を愛していなかったとは思わない。虚弱体質の男子が名門ライヘンバッハ家に残っていれば、軍務に就いても就かなくても笑いものになるのは目に見えている。というか実際、エーリッヒ伯父上は私の事を笑っていた気がする。エーリッヒ伯父上と最後にあったのは五歳の時だったと思うが……それでも覚えているのだ。クラウス伯父上はともかく、エーリッヒ伯父上に対する父の嫌悪感はよく分かる。あいつはその……何というか……ウザいのだ。名前の元となった初代様と似ている点と言えば声が大きいことぐらいだろう。

 

 さて、私にはこの頃の出来事で印象に残っていることが二つある。一つは先ほど書いたエーリッヒ伯父上に笑われた話だ。そしてもう一つは、青色槍騎兵艦隊司令官、ハウザー・フォン・シュタイエルマルク宇宙軍中将と父の会話である。

 

 あれは私の五歳の誕生日の話だ。突然連絡も無しに、父が上官のシュタイエルマルク提督を連れてタップファーに帰ってきたのだ。その頃私は母と共に故郷のタップファーに住んでいた。父は軍務が忙しく、故郷に帰ってくるのは年に数回程度だったが、帝都近郊に領地があったからだろう、他の軍人家庭よりはよく会うことが出来た。帰ってくるときは激務故か、前もって連絡が無いことも少なくなかった。しかし、それにしたって不可解な話ではなかろうか?中央艦隊の司令官が激務の中で帝都に近いとはいえ副司令官の私領を訪れるのだ。一応、私の誕生日を祝うとか何とか言っていたが……。シュタイエルマルク提督とは初対面である。どう考えても不自然だ。

 

 ましてやシュタイエルマルク提督は上官であり貴族である。父が自領に連れてくるのであれば、前もって連絡をしないというのはどう考えてもおかしい。歓待することが出来ないではないか。好奇心を刺激された私は、父とシュタイエルマルク提督の会話をこっそりと聞くことにした。

 

 父は大切な話は書斎に人を招いて行う。先回りして隠れようと思っていたのだが、どうにも隠れる場所が見つからない。困り果てた私は半分やけくそになって書斎のソファーに横になって狸寝入りを決め込んだ。私は実の息子だし、しかも五歳児だ。どう転んでも酷い目には合わないだろうと高を括っての行動だ。

 

「カール、この子は?」

「俺の息子だ。参ったな、アルベルトが入り込んでいたのか……」

「場所を移すか?」

「……いや良い、寝ているなら大丈夫だろう。途中で起きたとしても構わん。いつかは知らないといけないことだ。そうは思わないかハウザー?」

 

 私は二人の会話を驚きながら聞いていた。父は不機嫌になると他人の悪口をすぐに言う。そしてエーリッヒ伯父上やクラウス伯父上と並び、父が激しく罵っていた相手が上官のシュタイエルマルク提督だ。シュタイエルマルク家は立派な帯剣貴族家だが、所詮は男爵家に過ぎない。それだけなら父も構わないだろうが、シュタイエルマルク提督は気骨のある人である。自信家の父の事だ。上官のシュタイエルマルク提督と意見が対立することが多かったのだろう。

 

 シュタイエルマルク提督は「帝国軍の高級士官は、戦場を、個人的な武勲のたてどころとしか考えていない。したがって、同僚との協調性にとぼしく、兵士にたいする愛情も薄い。憂慮すべきである」という言葉を残しているが、私の記憶が確かなら父はこの言葉が自分に向けられたと思い込んで激しく怒っていた。それがどうだ?目の前の二人はかなり親しげにファーストネームで呼び合いながら話しているじゃないか。

 

「相変わらずだな、カール。確かに君の言う通りかもしれないが、この子が我々の話を聞いたことがきっかけとなって、我々が窮地に陥るということも無いとは言えない。場所を変えるかこの子を部屋の外に出そう」

「……そうだな、アルベルト起きてくれ」

 

 父はそう言って私の肩を揺さぶる。私は暫く寝ぼけているふりをして抵抗したが、しぶしぶソファーから起きて部屋の外に出た。しかし、私の好奇心は書斎から離れることを許してくれなかった。栄達にも保身にも興味が持てない私だったが、好奇心は人並み程度に備わっていた。部屋から出ると、そのまま扉に耳を当てた。結論から言って、中の会話はほとんど聞こえなかった。まあ当然だ。だからこそ父は大事な話を書斎でしているのだろう。ただ、断片的に聞こえた言葉がある。

 

「……………………」

「………………………機関…………………………ツィーテン……協力してきた。…………私を………………………………者は居…………、…………真っ先……われるであろう私………………………………今回の遠征軍を信……………………………………協力…………ない………………これまで……………………戦略レベル……の高……………………には、……………………必要だ」

「……危険……お前……………………可能性がある…………『グラープ』………………死ぬ………………俺に任せろハウザー。俺は突撃屋だ。………………………………正体………………………………ミヒャールゼンが………………上手く……………………………………違うか?」

「……コーゼル…………」

「……嘘…………」

「本当………………確証は…………………………………………時間…………………………平民出………………他の将官………………………………不幸………………。『グラープ』…………………しかない」

「本気………………………………………………友人………………」

「……理想…………………………………………出し抜く…………………………私以外……………………」

「……………………」

「カールには無理だ!」

「出来る!」

 

 そこまで聞こえたところで、不意に扉が開いた。愚かにも私は突然扉が開く可能性を一切考えていなかったのだ。扉を開いたのはシュタイエルマルク提督だった。

 

「君は……聞いていたのか?」

「えっと……いやその書斎に忘れ物をして……すいません」

 

 後から考えれば分かるが、五歳児なんだからもっと滅茶苦茶なことを言ってれば良かったのだ。それを下手に言い訳するのは「ずっと聞き耳を立てていました」と言っているようなものではないか。

 

「……そうか」

 

 シュタイエルマルク提督は恐ろしく真剣な目をして黙っていた。恐らくほんの数秒の話だろうが、体感では数分間ずっとシュタイエルマルク提督と見つめあっていたような気もする。あの時、私は完全に呑まれていた。殺されるんじゃないか、とすら一瞬考えた。

 

「何が有り得ないかを言うのは難しい。何故なら昨日の夢は、今日の希望であり、明日の現実であるからだ。」

 

 シュタイエルマルク提督は不意にそう言った。

 

「は……?」

「覚えておくと良い、西暦時代から技術者に伝わる言葉だ。最初に言ったのが誰かは私は知らない」

 

 シュタイエルマルク提督は少しだけ笑みを見せながら、分厚い書斎の扉を二度叩いて続ける。

 

「忘れ物は見つけられなかっただろう?代わりにこの言葉を持っていくと良い、君が為すべきことを見つければ、この言葉が助けになるはずだ」

 

 そう言ってシュタイエルマルク提督は再び扉を閉めた。流石になおも盗み聞きを続ける勇気は無かった。シュタイエルマルク提督は私が盗み聞きを試みていたことも、それが十分果たせなかったことも気づいた上で『プレゼント』を渡してくれたのだ。満足する他は無かった。

 

 私が父とシュタイエルマルク提督の会話の意味、そして『プレゼント』の本当の価値を知るには後一〇年の年月が必要だった。しかし、少なくともこの会話が恐らくは何か重要な意味を持つことはすぐに理解した。何故ならその直後、シュタイエルマルク提督と父は英雄となるからだ。

 

 宇宙暦七四五年一二月、同盟軍のブルース・アッシュビーを前に帝国艦隊が壊滅的な被害を被った「第二次ティアマト会戦」特に「軍務省にとって涙すべき四〇分」は帝国を大きく揺るがすことになる。

 

 銀河の歴史がまた一ページ。……言ってみたかったんだ。許してくれ。

 




注釈1
「何が有り得ないかを言うのは難しい。何故なら昨日の夢は、今日の希望であり、明日の現実であるからだ」という言葉は一般的にアルベルト・フォン・ライヘンバッハかクルト・フォン・シュタイエルマルクの言葉とされているが、本編の通り、それ以前から技術者に伝わっていた言葉であり、超光速航行を可能にしたアントネル・ヤノーシュ博士の言葉とされている。しかし、タップファー歴史学総合研究所の最新の研究によると、北方連合国家(ノーザン・コンドミニアム)で「ロケットの父」と呼ばれた研究者、ロバート・ハッチングズ・ゴダートが最初に言った言葉である可能性が高い。

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