アルベルト・フォン・ライヘンバッハ自叙伝   作:富川

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青年期・フェルバッハ総督暗殺未遂事件(宇宙歴760年11月18日~宇宙歴760年12月23日)

 宇宙歴七六〇年一一月一八日、第七艦隊創設記念日を何とか無事に乗り切ったリューベック総督府に、惑星エーリッヒ・フォン・マンシュタインから補充人員が到着した。

 

「本日付けでリューベック総督府に配属されました。テオドール・フォン・アーベントロート宇宙軍中尉であります」

 

 アーベントロート中尉は金髪色白のどこか感じの良い印象を受ける快活な青年だった。

 

「良く来てくれた中尉!これでリューベック総督府も安泰だ。中尉、君の上官を紹介しようと思う。特別監査室長のアルベルト・フォン・ライヘンバッハ宇宙軍大尉殿だ。非常に優秀な私の最も信頼する部下だ。彼の命令を私の命令だと思って……いや違うか、彼の命令を私以上の命令だと思って従うように」

「……総督閣下、流石にそれは……」

「何、アーベントロート中尉も平民より大尉殿の指示に従いたいはずだ、そうだろう?」

 

 その日、フェルバッハ総督はやたらハイテンションだった。まあ、無理も無いだろう。久しぶりの良いニュースである。アーベントロート中尉は苦笑している。

 

「承知しました。しかし、小官は帝国軍人として弁えるべきものは弁えております。総督閣下にも無論、忠誠を誓いますのでご安心ください」

「そうか!宜しく頼むよ!君にも期待している」

 

 上機嫌のフェルバッハ総督はそう言うと、私にアーベントロート中尉を職場に連れて行くように命じた。

 

「中尉、すまないな。あれでフェルバッハ総督も優秀な方でな」

「……それは分かっております。『内憂外患』そんな状況であの方は良くこの総督府を保たせました、そうは思いませんか大尉殿?」

 

 アーベントロート中尉はどこか意味深にそんなことを言った。私は怪訝に思ったが、『内憂』の部分が機関を指していると考えるのは早計だろう。無能の極みである総督府の役人たちを指していると考えることにした。

 

「全くだ。初めて監査に入った時驚いたよ……。教育局以外の全てに問題があった」

「?教育局は問題なかったので?」

「仕事のやり方はね。……そもそも何でそんな仕事をしているのかが理解できなかったけど」

 

 私はランズベルク局長の能天気な顔を思い出す。……あいつは無能な訳じゃない。ただ致命的に役人に向いていないんだ。軍人で例えるなら戦略的視野に著しく欠ける戦術レベルの名将と言った所だろうか。

 

「はあ……」

 

 アーベントロート中尉は分かっていない様子だ。だがこの後ランズベルクの元に挨拶に行った彼は私の言いたいことを分かったようだ。

 

 アーベントロート中尉の他にも数人の下士官が私の部署や他の部署に配属されたが、彼らはどこか私と距離を置いている。無理もない、アーベントロート中尉以外の配属者は皆平民だ、名門貴族の私に話しかけるのは気後れするのだろう。

 

 

 その日、私はアーベントロート中尉……と付いてきたランズベルクを連れて飲み屋に向かった。そこにはいつものようにメルカッツ少佐とヘンリクが居る。

 

「やあ!ライヘンバッハ大尉。先にやっているよ」

「御曹司!遅かったじゃないですか。……そちらの金髪の方は?」

 

 メルカッツ少佐とはあれ以来定期的に会う仲になっている。どうやら少佐の方も兵士からは慕われているものの、同僚とは上手く行っていないようだ。「あいつらと話すのは疲れる。ベルディエまで出向く方がマシだ」とはメルカッツ少佐の言である。

 

 ヘンリクの方は言うまでもあるまい。彼は私がこの惑星に配属されるのと同時に総督府防衛大隊の中隊長として赴任した。それなりに上手くやっているようだ。

 

「テオドール・フォン・アーベントロート宇宙軍中尉です。ライヘンバッハ大尉の部下として本日着任しました」

「いやーリッテンハイム侯爵の一門に連なる名家の出身らしいよ。僕もブラウンシュヴァイク公爵の一門に連なる名家の出身だけどね!」

 

 アーベントロート中尉が二人に挨拶し、その後でランズベルクがどうでも良いことを付け足す。

 

「ランズベルクの旦那……またこっちに来たんですかい?細君に怒られても知りませんよ?」

 

 ヘンリクがウンザリした様子で言うと、ランズベルクが青ざめる。

 

「エリーの事は今は良いだろう?……私だって友人と飲みたい時だってあるんだ!聞いてくれ皆、あいつまた私の買ってきた壺をゴミ扱いしたんだぞ!銀河連邦時代から続く由緒正しき窯の壺なのに……」

「まーた壺を買ったのか……。ランズベルク局長、こんなことは言いたくありませんが、辺境自治領勤務なんですからそんな壺を買う余裕なんて無いでしょう?小官はまだ一人身ですから分かりませんが、細君とお子さんの事を考えたら……」

 

 メルカッツ少佐がランズベルク局長に説教をしている。私は店員に日本酒を注文した。正直なところ、酒はあまり好きではないが、付き合いという物も大事なのだ。それに帝国本土では中々日本酒を呑める場所は無い。リューベックは所謂日系が一定数住んでいるから、今でも日本酒を作っている蔵があるのだ。

 

「どうした中尉?」

「すいません……あまりこういう所には慣れない物で」

「ああ、なるほど。まあ慣れれば格式ばった所より楽で良いもんだよ」

 

 私はアーベントロート中尉のジョッキに日本酒を注ぐ。本来は御猪口が欲しいのだが、どうもリューベックでは酒は造っていても御猪口は作っていないらしい。

 

「これは……不思議な味ですね」

「だろう?ワインやビールも悪いとは言わないが、私はこっちの方が好きだよ」

「……日本酒、ですか。リューベックには帝国本土で消え去ったような文化が今でも生き残っているのですね」

 

 アーベントロート中尉は店の壁に付けられたモニターを見ながらそう言った。そこではオヨンチメグ氏のアーレンダール星系分治府副主席就任が報道されていた。

 

 オヨンチメグ氏を巡る一連の騒動は結局、オヨンチメグ氏の就任を拒否し、再選挙で選ばれた人物が星系分治府主席に就任する代わりに、その主席がオヨンチメグ氏を副主席に任命した場合総督府は絶対に拒否権を行使しない、という条件で手打ちになった。無論、不満の火種はくすぶり続けていたが、それでもフェルバッハ総督は上手く切り抜けたという所だろう。勿論私もフェルバッハ総督の手となり足となり奔走したが、頭となる人間が優れていないと意味は無い。やはりフェルバッハ総督は優秀な役人であると言える。

 

「……非ゲルマン系の文化は嫌いか?」

「そんなに狭量じゃありませんよ。ただ……小官はゲルマン系の社会で生まれ育ってきました。その社会を守りたい、とはどうしても思ってしまいますね」

 

 アーベントロート中尉は日本酒を飲みながらそう言った。

 

 私たち五人は暫く歓談した後、飲み屋を出て別れた。その際ヘンリクが話があると私の方へ付いてきた。

 

「御曹司。あの中尉には警戒しておくべきでしょうな」

「……やっぱりそうかい?」

 

 私はヘンリクの言葉を予想していた。この辺境にリッテンハイム一門に連なる名家の出身である中尉が赴任。何らかの意図があると考えるのが自然だ。ただ、単にグリュックスブルク中将が私と父に慮って優秀な部下を送り込んできただけの可能性もあった。

 

「まあ、我々を怪しんでいる訳でも無いでしょうが、リューベックでキナ臭い動きがあるのは分かっているみたいですしね。注意するに越したことは無いでしょう」

 

 ヘンリクはそう言うと私と別れた。彼の宿舎は別の区画にある。本来は遠回りの道だった。

 

 

 新しいフェザーン弁務官事務所の駐在員、テオドール・フォン・アーベントロート宇宙軍中尉、往々にして暴走しがちなリューベック独立派、私はそれらを警戒しながらも総督府での仕事を無難に処理していた。やがて月は変わり、一二月二一日、ついにゾルゲから同盟宇宙軍第三艦隊司令部直属部隊がエルゴン恒星系の同盟軍基地まで到達したことを聞いた。残りの部隊も複数のルートを取り、ティアマト恒星系に向かっている。集結に時間がかかることを考慮しても、年明け、一月一〇日頃までにはリューベックに到達するはずだ。

 

 そろそろこちらでも独立派を動かすべきか、そんなことを考え始めていた宇宙歴七六〇年一二月二三日、その日の昼、私はランズベルクと共に総督府の中にある食堂に居た。食事を終え、食堂を去ろうとしたその時だった。爆音が轟き、総督府が激しく揺れた。この時私の頭の中にあったのは「独立派の暴発」だった。だがすぐにそうでは無いことが分かった。

 

「大尉、ライヘンバッハ大尉殿はおられますか!」

 

 慌てた様子でアーベントロート中尉が駆けてくる。

 

「どうした!何があったんだ!」

「総督が……総督が暗殺されました!」

 

 その瞬間、食堂の時が止まった。すぐにそれはパニックに取って代わられる。

 

「誰に?いやどうやって?自治領民がやったのか?ライヘンバッハ大尉、どうすればいいんだ……」

「中尉、ここを頼んだ」

 

 私はすがりつくランズベルクを放置すると総督室に向かう。一階の食堂から階段を駆け上がった。総督府の前では数人の総督府職員が集まっている。

 

「何をやっておるか!総督閣下を救出しろ!憲兵と軍病院には連絡したか!」

「す、すぐに!」

 

 一人の役人が走っていく、私は煙を吹き出す総督室の中に突っ込んだ。所々炎が燃えている。砲撃か?いや爆弾?

 

「総督閣下!ライヘンバッハ大尉であります。どちらに!」

 

 総督室の中には瓦礫が散乱している。執務机がひっくり返り、その陰に人の手を見つけた。

 

「閣下!」

 

 私は机を蹴り飛ばそうとするが、思ったより重く、動かない。

 

「誰か!総督閣下が机の下敷きになっている。力を貸してくれ」

 

 その声でようやく二人が部屋の中に入り、力を合わせて机をどける。その下には頭から血を流したフェルバッハ総督の姿があった。三人で力を合わせて何とか総督室の外へ身体を運び出す。

 

「大尉、まだ息はあります」

 

 アーベントロート中尉がそう言った。いつの間にかついてきていたらしい。

 

「おお、総督!誰がこんな酷いことを……」

 

 ランズベルクも居た。どうやらこの二人が私に力を貸してくれたようだ。……他の連中はボーっと突っ立て居た。

 

「担架!あと軍医を!急げ!」

 

 私の指示でようやく動き出す。数分後、担架で一階まで総督を運ぶ途中で軍病院から来た救急隊に引き継ぐ。

 

「総督府防衛大隊を招集しろ!憲兵隊を市街に……いやダメか。自治領府と警察府に連絡、戒厳令を出す。領民を統制させろ」

「待ってください大尉殿、それは越権行為です」

「お前、この状況で……」

「この状況だからです!落ち着いて!」

 

 アーベントロート中尉が私の肩を掴んでそう言う。それで少し落ち着いた私は近くに居たランズベルクに声をかける。

 

「ランズベルク局長、私が今言ったのはあなたへの進言です。認めていただけますね?」

「は?え?」

「貴方が現在総督府の最高位者です。他の局長はどこに居るかは分かりませんからね」

 

 その言葉を聞いて視界の端で財務局長と参事官が「自分は?」というように自分を指差したが無視する。

 

「わ、分かった。じゃあライヘンバッハ大尉の言う通りに皆頼む」

 

 その言葉で数人が動き出した。……たった数人である。何と嘆かわしいことだろうか。

 

 それから四〇分ほど経った時だっただろうか。駐留艦隊司令部からロンペル少尉らが総督府を訪れた。

 

「おお、ロンぺル少尉か。悪いが駐留艦隊司令部に協力を頼みたい、総督府は人員不足で……」

「アルベルト・フォン・ライヘンバッハ、貴様をマックス・フェルバッハ総督暗殺未遂と大逆罪の容疑で拘束する」

 

 私は耳を疑った。「は?」と間抜けな声を出してしまった。

 

「また、現時刻を以ってハウシルト・ノーベル宇宙軍大佐がリューベック総督府の指揮権を引き継ぐ。よって、総督府の全職員は駐留艦隊司令部の指揮下に入る。いいな?」

「いや、待て!駐留艦隊司令部と総督府は独立しているだろう?確かに階級で言えばノーベル大佐が引き継ぐのが相応しいように思えるかもしれないがこの場合は副総督が……」

「煩い!」

「がっ!」

 

 信じられないことにロンペルは私を足蹴にした。私は何が何だかわからなかった。

 

「これは不当だ!大体ライヘンバッハ大尉が暗殺犯だって?私はあの時食堂で彼と一緒に居た、無実は証明する!」

 

 意外な事にランズベルクがロンペルと私の間に立ちふさがった。

 

「時限式の爆弾を使ったのかもしれない。とにかく、調査は駐留艦隊司令部で行う。妨害するならば貴様も拘束する」

「何だと!上等だ、このコンラート・フォン・ランズベルクを不当に拘束するというのならば、ランズベルク伯爵家とブラウンシュヴァイク公爵家が黙っていないだろう。確かめてみるが良い!」

 

 ランズベルクがロンペルと押し問答をしている間にアーベントロート中尉が近づいてきた。

 

「やられました。申し訳ありません。小官の責任です」

「何?」

「詳しい話は後々。今はロンペルに従いましょう。小官を信じてください」

 

 アーベントロート中尉は小声で私に言う。私は不安でならなかったが、ロンペルと押し問答を続けていたランズベルクが殴られたのを見て、この場はロンペルに従わざるを得ないと判断した。

 

「分かった!私は貴官に従って出頭しよう。ランズベルク局長、皆さん、私は無実です。必ずそれを証明してこの場に戻りましょう。今は皆さんの職務に集中してください」

 

 私がそう言うと、ロンペルの連れてきた兵士が私を乱暴に引き立てた。私は訳が分からなかった。何故総督が襲われたのか、何故私が拘束されるのか、ノーベル大佐は何を考えているのか、アーベントロート中尉の言葉はどういう意味だろうか、『茶会(テー・パルティー)』計画はどうなるのか……何一つ分からなかった。

 

 ただ一つ分かっていることは、私がどうやら危うい立場にあるということだけである。

 

 


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