アルベルト・フォン・ライヘンバッハ自叙伝   作:富川

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青年期・アルベール・ミシャロンの秘策(宇宙歴760年12月27日~宇宙歴760年12月31日)

 宇宙歴七六〇年一二月二七日から始まった『リューベック奪還革命』は日に日にその規模を拡大させていった。翌一二月二八日にはリューベック宇宙港近郊のルーテンブルク監獄に収監されていたライティラ星系分治府主席ダニエル・アーレンバーグが自力で脱出し、彼を主席としてリューベック革命臨時政府が発足。一二月三一日時点で惑星リューベックに存在する一三の州の内、領都特別区、ランペール、オシュトローへ、タンネンブルクの四州から帝国軍は撤退を余儀なくされ、他の州でも革命を支持する群衆との間で睨み合いが続いていた。完全に帝国軍が掌握している州と言えば駐留軍司令部のある領都ベルディエの東隣にあるフェルクリンゲン州とその隣のゲルスハイム州位の物だった。

 

 尤も、この事態が革命成功を意味するものかというと、一概にそうとも言えない。革命臨時政府が掌握する四州はいずれも平野部の開けた土地に存在しており、元々ゲリラ戦を志向していたリューベック駐留帝国軍が叛乱軍の襲来時は放棄することを前提としていた地域である。残りの州も多くの帝国軍部隊が戦力を温存した状態で拠点、または掌握した都市・地方に立てこもっており、革命臨時政府にとっては未だ予断を許さない状況であった。

 

 とはいえ、駐留帝国軍にしても、駐留艦隊司令部の指示に従って軽率な武力行使に踏みきった複数の部隊が群衆による強かな(あるいは狂気的な)逆撃によって少なくない損害を被ったことも事実であり、一二月三一日時点では革命臨時政府と駐留帝国軍は互いに危ういバランスの上で睨み合いを続けている。

 

 クラークライン監獄に立てこもる私たちも混乱する状況の中でどうやら自分たちが敵地の真っただ中に取り残されていると気づいていた。実際にはランペール州から撤退してきた第四師団を中心とした部隊が領都警衛隊の残存部隊と合流し、革命臨時政府を支持する群衆と激しく戦闘を繰り広げていたが、その時の私たちにそれを知る術は無かった。

 

「ここで間違いないのか?ヘンリク」

 

 宇宙歴七六〇年一二月二九日、私はヘンリクと共に監獄の牢の一つを訪問していた。

 

「はい、私はここでお待ちしております」

「分かった」

 

 私は牢を開けて中に入る。牢と言っても個室のようになっている。監視カメラがついてるが、ヘンリクが手を回して録画は止めてある。

 

「……そろそろ来る頃かと思っていたよ、カール。……いや、アルベルト・フォン・ライヘンバッハ宇宙軍大尉」

「……ご無沙汰しております。ミシャロンさん」

 

 私の目の前に居るアルベール・ミシャロン氏はボロボロだった。独立派のアジトで会った彼はいつも紳士然とした格好であったが、目の前の彼の服はあちこちが破れ、顔には大きな青あざがあり、髪もボサボサになっていた。しかし、その鋭い眼光は全く変わっていなかった。

 

「アルベール、知り合いか?」

 

 牢に入っているのはミシャロン氏だけではない。他の囚人の中で知り合いらしい老人がミシャロン氏に声をかけた。

 

「ええ、総督暗殺未遂の犯人に仕立てられ上げた、我々の協力者ですよ。……ノーベル大佐の離反は予想出来なかったかね?私は可能性はあると思っていたよ。まあ、捕まっておいてそんなことを言っても格好はつかないがね」

「……とんでもありませんよ。貴方の『切り札』に領都の帝国軍は脆くも崩れ去りました」

 

 ミシャロン氏は頷いて言った。

 

「まあ、そこまではやれるだろうな。だが独力だとそれが限界だ。……君たちは『茶会(テー・パルティー)』計画を諦めているか?」

 

 ミシャロン氏の目は真剣だ。ここは嘘をつくべきでは無いだろう、と私は判断した。

 

「……ええ、残念ながら難しいでしょう、今の私の役割は敗戦処理です」

「処刑場への乱入もその一環か。だがあれは良い動きだった。私が死んだらこの局面を打破することは出来なかっただろうな。率直に礼を言おう」

 

 ミシャロン氏は淡々とそう言った。どうやらあの囚人待機部屋にミシャロン氏も居たらしい。……しかし、この局面を打破するとはどういうことだろうか?

 

「カール、いやアルベルト。君は機関の目的があって我々リューベック独立派に協力していたのだろう。だが、それだけかね?」

「……それだけとは?」

「我々の理念に、あるいはこの自治領の姿でも良い、君個人として価値あるものを見出したのではないか、ということだ」

 

 ……ミシャロン氏の言う事は間違っていない。本国とは違う自由な気風。全ての民族が――ゲルマン系ですら――対等に互いを尊重して生きる社会。本国では当に絶えた非ゲルマン系文化の伝統。私はそれらを気に入っていた。……ここにはここの不公正もあったが。

 

「……単刀直入に聞こうか。我々に力を貸す気は無いか?……機関のカールではなく、自由人アルベルト・フォン・ライヘンバッハとして。私の見ている物は機関の目的とは必ずしも合わない。だが……アルベルト・フォン・ライヘンバッハ、君はあるいは私と同じ物を見れるのかもしれない」

 

 ミシャロン氏の視線が私を貫く。彼は表情は変えないまま、まるで明日の夕食について話すような自然な調子で言った。

 

「私はここから、真のリューベックを作る」

 

 

 

 

 

『御曹司、準備できました』

「分かった。それじゃあ頼む」

 

 宇宙歴七六〇年一二月三一日、私は処刑場に居た。隣にはミシャロン氏と立法府議長のロシェ氏が並ぶ。ロシェ氏はミシャロン氏との話し合いの場に居た老人だ。

 

『三、二、一、どうぞ!』

「……リューベック自治領の全ての人々に呼びかけます。私はリューベック独立派代表、アルベール・ミシャロンです。独立派の方々は私の事をご存知かと思います」

「リューベック立法府議長、バーナード・ロシェだ。『第七艦隊共和国(リパブリック・オブ・セブンスフリート)』の同胞たちよ。アデナウアー総書記を初め、多くの同胞があの虐殺で亡くなった……。しかし、ここに居る青年士官のおかげで、私を初めとする少なくない諸君の代表はどうにか生き延びている。まずは諸君にそのことを伝えよう。その上で、同胞諸君に聞いてほしい話がある」

 

 ロシェ氏はそう言うと、横に控えていた私に発言を促す。私たちの作戦はこうだ。まずは過激な独立派に影響力を持つミシャロン氏と万民に知名度があるロシェ氏が放送に出ることで、リューベックの自治領民たちに「この放送を見よう」と思わせる。

 

「有難うございます。ロシェ議長……。私はアルベルト・フォン・ライヘンバッハ。銀河帝国リューベック総督府特別監査室長。宇宙軍大尉です」

 

 この放送はリューベックの全てのテレビに放送される。特に都市部の大きなモニターには総督府の流す番組を強制的に映す機能がついている。間違いなく多くの民衆が私の姿を見ている筈だ。

 

「先日、リューベックの多くの民の命を不当に奪ったこの処刑場から、放送を行う無礼をどうかお許しください。しかしながら、叛乱軍に気取られないように放送を行い、尚且つ邪魔をさせないようにするにはこの場をそのまま利用するしかありませんでした」

 

 放送を管轄するのは総督府であり、駐留艦隊司令部よりも強力に放送網に干渉可能だ。駐留艦隊司令部の権限では総督府の権限で放映されているこのクラークライン監獄からの放送を中止させることは出来ない。勿論、駐留艦隊司令部から総督府に放送を中止させるように命令が下れば即座にこの放送は暗転するに違いない。

 

 ヘンリクが私に向けて〇を作る。どうやら総督府の妨害は無いようだ。……当然である。私は知らなかったが既に総督府はほぼ壊滅状態だ。

 

「また、小官の力が及ばなかったがために、この場で亡くなった皆様にも深く謝罪をさせていただきます」

 

 私は目を伏せて、沈痛な表情を作って謝罪する。あるいはこの放送を見ている自治領民の一部は、数日前に処刑を止めた若手士官が私であることを覚えている、あるいは思い出しているかもしれない。私は意図的に暫く溜を作る。そこで事前の打ち合わせ通り、ロシェ議長が私の肩に手を置いた。私はロシェ議長を見て頷き、再び話し始める。

 

「皆さん、私はエルザス・シュレースヴィヒ=ホルシュタイン辺境軍管区司令、カルステン・フォン・グリュックスブルク中将から一つの密命を受け、このリューベックに赴任しました。その密命とは、駐留艦隊司令ハウシルト・ノーベル宇宙軍大佐のサジタリウス叛乱軍との内通疑惑です」

 

 横でミシャロン氏とロシェ氏が大きく頷く。彼らには私の話に正当性を与えてもらわなくてはならない。……最悪、信じられなくても良い。この二人が「信じている」というメッセージを送ることで、私の味方になる自治領民も居るはずだ。

 

「私はフェルバッハ総督の協力を得て、密かにノーベルの動きを探っていました。しかし、ノーベルは私と総督のそんな動きに気づき、フェルバッハ総督を爆殺しようと試み、私をその犯人に仕立て上げたのです。それだけに留まらず、ノーベルは皆さんの代表を不当に拘束し、大量に虐殺しました。許されない大罪です」

 

 私はこの言葉を言う際に憤る演技をするよう言われていたが、実際の所、私はこの言葉を言う際に演技を必要としなかった。ここで亡くなった人々を思えば、自然と感情が溢れ出してくる。

 

「何故、ノーベルがそんなことをしたのか?それはノーベルが皆さんを差別していたからです。しかし、それだけじゃない。ノーベルの背後には、サジタリウス叛乱軍の影があります。サジタリウス叛乱軍は狡猾にも、ノーベルの差別感情を利用してリューベックの皆さんを挑発することで、リューベックにおいて帝国軍と皆さんが対立するように仕向けたのです」

 

 私は真剣な表情で口からでまかせを述べる。一体どれほどの人がこの与太話を信じるだろうか?まあ、ミシャロン氏とロシェ氏が居たとしても三割程度が少しでも「本当かな?」と思えば良い方だ。……今は、な。

 

「きっと皆さんは私の言うことを信じないでしょう。しかし、私は動かぬ証拠を掴んでいます。現在、自由惑星同盟を名乗る叛徒共の艦隊がこのリューベックを目指して行軍中です。恐らく、後一〇日もしない内にこのリューベックを同盟の版図に組み込むべく殺到してくるでしょう。その時になって慌てても遅い!リューベックの皆さん。小官を信じてください。これは全て叛乱軍とノーベルの陰謀です。そして帝国軍の将兵たちよ!目の前の人々は本当の敵ではない。本当の敵は叛乱軍と叛乱軍に通じたノーベルだ!」

 

 私は力強くそう言い切った。そしてミシャロン氏が再び口を開く。

 

「私は独立派の中心人物として同盟軍のリューベック接近を知っています。彼の言ったことは事実です。諸君、宇宙歴六六八年の屈辱を思い出してください。何故我々は敗北したのか……。コルネリアス一世元帥量産帝が名将だったから?違う!数の差がありすぎたから?違う!……自由惑星同盟が我々を見捨てたからだ!それにもかかわらず、彼らは再び私たちを都合良く利用しようとしている!……彼らは解放軍ではありません。単にリューベックを対帝国の前線基地としたいだけです!帝国の植民地から同盟の植民地に変わる、それが本当の独立か!」

 

 続いてロシェ氏も発言する。

 

「……リューベックは誰の物か?帝国か?同盟か?いや違う、我々の物だ!我々は我々自身の独立を危うくする全ての存在に抵抗しなくてはならない!ハウシルト・ノーベル、彼を何としても討ち果たす。それはこの革命(レボリューション)の目的なのだ!」

「銀河帝国も、最早リューベックの忠誠と希望を無視することは出来ないはずだ。今回のことで彼らも叛乱軍が悪辣な手腕でこの星を狙っていることを知った。真の敵を無視する程、帝国は馬鹿ではない」

 

 私は自治領民に対する自治権拡大を匂わせる。嫌らしく聞こえないように細心の注意を払った。

 

「私、アルベルト・フォン・ライヘンバッハは約束します。この監獄に今なお囚われている二一六人の囚人を解放します。叛乱軍を前に我々が対立することは何の益も生まない。どうか小官を信じてください」

 

 最後に私がそう述べ、放送は終わった。

 

『カット!……御曹司、大隊司令部がカンカンですぜ?』

「だろうね。まあ、なるようになるさ」

 

 私はミシャロン氏に対して肩を竦めた。……彼の作戦が上手く行くかどうかは微妙なラインだ。しかし、私は彼に協力することを選んだ。今から考えれば軽率な判断だったのかもしれない。しかし、私はアルベール・ミシャロンという男に惹かれた。人は理想の為ではなく、理想を体現した人の為に闘う。私は常に理想の為に闘う人間でありたいと願っていたが、終生、私は理想を体現した人……自由の為に命を燃やす人を見た時、それを放置することが出来ないで居る。……幼年学校において、カミル・エルラッハの意思を継いだ時もそうだ。クリストフ・フォン・ミヒャールゼンと最後に面会した時もそうだった。そして私はこれからもそうやって生きていくことになる。


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