アルベルト・フォン・ライヘンバッハ自叙伝   作:富川

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前話最後の五行程を消して、同様の内容をこの話に加えました。


青年期・駐留艦隊司令部掌握(宇宙歴761年1月6日~1月7日)

 宇宙歴七六一年一月六日。ライティラ星系陥落の報を受け、銀河帝国地上軍ヘルセ駐屯地は重苦しい空気に包まれていた。

 

「……ライヘンバッハ大尉のハッタリが本当になってしまったな」

 

 そう言ってアドラー中佐が溜息をついた。

 

「だから言ったでしょう。ハッタリでは無く、本当の事だと」

 

 私は少し不機嫌になりながらアドラー中佐に応じた。自由惑星同盟とノーベル大佐が内通しているという私の主張に対して、この場に居る面々は多かれ少なかれ疑いを持っていた。フェルバッハ総督は最終的にプロパガンダの一環として「ノーベル大佐が自由惑星同盟と通じている」という『真実(てっちあげ)』を事実と見做して宣伝したが、それにしても本心から信じ切っていた訳では無いだろう。

 

「しかし、惑星リューベックの状況だけを考えればこれは好都合です。革命派や駐留艦隊司令部に従う将兵たちが動揺しています。革命派はサジタリウス叛乱軍に疑念を抱いている様子で、慎重な姿勢を崩していません。また、ライヘンバッハ大尉の主張を信じて総督指揮下に戻る部隊も少しずつですが増えています」

 

 ツァイラー司令の言う通りであった。銀河帝国の長い歴史の中で、旧エルザス辺境軍管区を突破し、リューベック自治領(ラント)まで自由惑星同盟軍が到達したことなど一度もない。それだけに機関・同盟の動きを知る一部の人間を除いた革命派・駐留帝国軍双方が受けたショックは大きいはずだ。

 

 リューベック自治領(ラント)まで第三艦隊が進軍できたのは第二次ティアマト会戦以来の劣勢によってイゼルローン方面辺境軍全体が消耗し、後退を余儀なくされていることが大きい。しかし、私とミシャロン氏が創作した『真実(でっちあげ)』を聞いた人々は内通者(ノーベル)の協力を強く疑うはずだ。

 

「しかし一辺や二辺は何をやっているんだ?リューベックまで侵攻を許すとは……信じられん。やはりノーベルの手が回っているのか?」

 

 メルカッツ少佐は誰ともなしに問いかける。イゼルローン方面辺境を守る帝国軍は著しく弱体化しているが、だからと言ってリューベックまで同盟の正規艦隊を素通りさせる程無能ではない。……本来は。

 

 実を言うと、リューベックの騒乱を詳しく知らない機関の別の構成員たちが一辺司令部や二辺司令部から第三艦隊の存在を隠匿するように工作していた。彼らの動きは父、カール・ハインリヒも把握していたが、リューベックの詳しい状況が分からない為に、第三艦隊をどう動かせば良いか判断が出来なかったらしい。

 

「……総督閣下。サジタリウス叛乱軍は一個艦隊。どれほど多くの地上部隊を連れていようと一〇〇万を超えることはありません。ライティラ星系に部隊を残す必要もあるでしょうし、リューベック地上駐留軍七〇万が万全の状態で迎え撃てば耐えきることは可能です」

「大尉の言う通りだ。……『万全の状態なら』耐えきるのは難しい事じゃないな」

 

 フェルバッハ総督は皮肉気にそう言って溜息をつく。

 

「大尉。貴官が意味も無くそんな無駄な事を言うとは思わない。何か考えがあるんだろう?」

 

 フェルバッハ総督は私に尋ねてきた。その目を見た時、総督は既に私と同じ考えに至っているのではないか、分かった上で私に言わせようとしているのではないか、という根拠のない考えが浮かんだ。

 

「……駐留艦隊司令部を奇襲しましょう。実力を以って」

 

 私がそう言った瞬間、空気が張り詰める。

 

「正気か大尉。帝国軍同士で血を流すつもりか?」

「バルドゥング提督の故事に倣いたくは無いでしょう」

 

 アドラー中佐の言葉に私はそう返すが、その意味が通じたのはヘンリクとメルカッツ少佐だけのようだ。

 

 バルドゥング提督は航海士官の裏切りによって同盟軍の捕虜となった提督だが、彼は自身を狙う同盟の陰謀に気づいていた。気づいていながらも、部下や戦友を疑うことを嫌うあまり、何ら有効な手を打つことが出来ないまま囚われの身になったのだ。

 

「……勝算はあると思うか?大尉」

「駐留艦隊司令部が既に我々を実力で排除する覚悟を決めているのであれば勝算はありません。が、我々の方が先に覚悟を決めて動けば、間違いなく勝てるでしょう」

 

 その時、私は保元の乱の逸話――平治の乱だったかもしれない――を思い浮かべながらそう言った記憶がある。……私の言いたいことは歴史家諸君には通じていないだろうな。

 

「もし大尉の提案通りに動くのであれば、早めにやる必要があります。叛乱軍の艦隊が到着する前に全帝国軍を掌握しなければいけません」

 

 ヘンリクが私の言葉を補足する。

 

「……分かった。ツァイラー大佐、アドラー中佐、オークレール少佐。準備を始めてくれ」

「な!?」

「責任は私の首で取るさ。平民はこういう時都合が良い。命が軽い分、死ぬ時に他人を巻き込まなくて済む」

 

 フェルバッハ総督は覚悟を決めた表情でそう言った。ツァイラー司令やアドラー中佐は何か言いたげであったが、総督の表情を見たまま黙っていた。やがて、敬礼すると二人とも行軍の準備にかかった。

 

「……総督閣下は大した人だ。なあ大尉。私はな、こういう人を見るとどうにもやり切れない気持ちになる」

「……」

 

 メルカッツ少佐が私の方によってきてそう言った。その気持ちが恐らくはこの国であまり公言できる類の代物ではないだろうと予想し、私は黙っていた。

 

「何ともならない話かね?こういうのは」

 

 メルカッツ少佐は溜息を一つつくと司令室から出て行こうとする。私は思わずメルカッツ少佐を呼び止めていた。

 

「……小官が何とかして見せますよ。必ずね」

 

 メルカッツ少佐は黙ったまま私を見つめ、やがて「期待させてもらおう」と言って司令室を出て行った。

 

 

 

 

「御曹司!前に出すぎです!」

「すまない!」

 

 宇宙歴七六一年一月六日〇時。フェルクリンゲン州の中心部に存在する駐留艦隊司令部基地をヘルセ駐屯地を秘密裏に出立した三個大隊が急襲した。この部隊は本来ならば領都方面での有事に即応出来るように待機していたが、急遽駐留艦隊司令部基地攻略に動員された。

 

『やるなら速度が命だ。ライティラの叛乱軍の事も考えれば、今日中に襲撃を実行する位で無いと間に合わんし、ノーベルが叛乱軍と協力して何らかの動きを取る可能性もある』

 

 アドラー中佐の進言を受け、即応できる少数の部隊で奇襲的に攻撃を仕掛けることが決まった。どの道、大部隊を動かせば奇襲は不可能だ。

 

「帝国の兵士が何故攻めてくるんだ!?」

「こいつら変装した革、うっ!」

 

 奇襲部隊は難なく基地内に侵入できた。このタイミングで私たちが武力を以って駐留艦隊司令部を攻撃するとは思っていなかったらしい。革命派と同盟を警戒して、二個連隊弱の兵士が警備に配置されていたらしいが、その混乱振りは見ていて哀れになる程であった。

 

 私たちは目印として腕に白い布を巻き、出力を落としたブラスターを用いて警備部隊を排除する。

 

「大尉殿、第三訓練場に警備部隊の一部が立てこもっているそうです!」

「放って置け!必要以上に血を流す必要がどこにある!」

 

 私は兵士にそう答えながら、前方でライフルを撃ち続ける警備兵の脇腹を銃撃する。

 

「お見事です、百発百中ですね」

「体力が無い分、近距離戦は無理だからね。ブラスターでケリをつけたいのさ。……あと、味方を撃つ腕を賞賛されるのはあまり良い気分じゃない」

「は!申し訳ありません」

 

 私はヘンリクから一個小隊を預かり放送室を目指していた。数日前に負傷した脇腹が微妙に傷んでいたが、この程度の傷なら問題なかった。

 

「見えました!あれです!」

「総督府命令だ!抵抗を止めろ!」

 

 私の呼びかけに対する返答は激しい銃撃であった。他の部隊とは違って迷いが無い。ノーベル大佐に近い人間が指揮しているのだろう。私たちは通路脇の部屋に分散して入る。

 

「止むを得ないな……小隊撃て!」

 

 私の指示と同時に一斉に応射するが、出力を落としたブラスターでは埒が明かず、すぐに出力を戻して撃ちあうことになった。呻き声を挙げて隣の兵士が倒れた。敵味方双方での出血が拡大している。

 

「!手榴弾だ!伏せろ!」

 

 その声に反応して私は身体を伏せる。轟音と悲鳴が聞こえた。私のいる部屋とは別の部屋で数人の兵士が爆発に巻き込まれたようだ。それでも生き残った兵士がライフルを拾って乱射する。

 

「友軍同士で何やってるんだ……!」

 

 私はいささか倒錯した事を言った。友軍同士での襲撃を提案したのは私であるし、何なら私は反国家的組織の一員なのではあるが、それでも思わず口に出してしまった。

 

「大尉殿、このままでは他の部隊が放送室に集まってくる恐れがあります。突撃しましょう!」

「曹長、やるしかないのか!?」

「このままではジリ貧です。やるしかありません!」

 

 分隊長のワーナー曹長が進言してきた。私は覚悟を決めると、ハンドサインで向かい側の部屋に居る小隊長のハーマン中尉に突撃を指示する。やがて小隊長から突撃の指示が出る。

 

 私も必死で小隊に続く。放送室側からの射撃で数人が倒れるが、こちらの応射も同数の警備兵を打ち倒す。やがて距離が近づき、銃剣やナイフでの戦闘となる。奇襲側も防衛側もそれぞれの理由から重装備ではなく、携行火器での戦闘を行っていた。

 

「クソ貴族がぁ!」

「邪魔を……しないでくれ!」

 

 私も無我夢中で目の前の兵士を撃ち殺した。そこに現れた士官の銃剣による刺突を何とか避け、ブラスターをナイフに持ち替え、その士官に刺す。

 

「ロンペルの……仇……」

 

 士官は最後にそう言って倒れこむ。私は動揺しそうになったが、それより早く揉みあいながら私の方に二人の兵士が倒れてきた。私は目の前の兵士を手に持っていたナイフを刺そうとし、ギリギリの所でその兵士が腕に白い布を巻いていること――すなわち味方であること――に気づき手を止める。そして一瞬躊躇った後、その兵士と揉みあう警備兵にナイフを刺した。……急所を避ける努力をしながらである。しかし、結局その兵士は揉みあっていた相手に胸を刺されて息絶えた。

 

 そこで私は先ほど倒した士官が放送室防衛の指揮を執っていた士官であることに気づき、警備兵たちに武装解除を叫ぶ。その声は数分間に渡って黙殺され、私もその間戦闘を続ける羽目になったが、やがて少しずつ混乱が収まった。……その時までに小隊側一三名、警備兵側一七名の兵士が命を落とすことになった。

 

「……」

「大尉殿!放送を!」

 

 私は目の前の光景に呆然としていたが、ワーナー曹長に促され、放送設備に向かった。設備は壊されていたが、小隊の兵士が簡易的に修理したらしく、放送自体は可能になっていた。

 

 私は全館放送で警備部隊に抵抗を止めるように呼びかけ、総督府の指揮下に入るように訴えた。また、ほぼ同じ頃、駐留艦隊ドックをメルカッツ少佐と下級兵士たちが占拠した。第三作戦群の兵士たちがメルカッツ少佐の支持に回ったことは、警備部隊や駐留艦隊の兵士に少なくない影響を与え、ドックに近い部隊を中心に武装解除に応じ始めた。

 

 宇宙歴七六一年一月七日午前三時頃、駐留艦隊司令部基地のほぼ全部隊が総督府の指揮下に入ったが、駐留艦隊司令部はなおも抗戦していた。

 

「ノーベル大佐!ライヘンバッハ大尉だ。話をしたい」

 

 私は駐留艦隊司令部の立てこもる中央指令室に呼びかけたが、当然無視された。やがてアドラー中佐の指示で中央指令室に部隊が強行突入しようとしたその時、中央指令室から白旗を持った士官が出てきた。

 

「駐留艦隊司令部は総督府に対し一切抵抗しません。ノーベル以下叛徒一三名は我々の手で処刑いたしました。我々はノーベルの命令に騙されていただけです。総督閣下に寛大な処置をお願いしたい」

 

 士官はそう言って頭の後ろで手を組み跪いた。

 

「……制圧しろ!」

 

 アドラー中佐の命令で部隊が突入するが、士官の言った通り、既にノーベル大佐らは死亡していた。……ノーベル大佐の口封じは私が機関の為にやらなくてはいけない任務の一つであると言って良い。その事に対しては覚悟を決めていた。しかし、正直な話、ノーベル大佐を自分で手に掛ける事に対して気後れしていたのは事実である。私は内心でホッとした。……だからだろう。私はその動きに反応出来なかった。

 

「死ね!裏切り者!」

 

 最初に出てきた士官が突如そう叫び、服の下からブラスターを抜き出して発砲してきたのだ。

 

「クソっ!」

 

 私の近くに居たワーナー曹長が士官に乱射するが、それより早く銃撃は行われていた。……アドラー中佐に対して。

 

「き、さま……」

 

 アドラー中佐がゆっくりと倒れる。

 

「中佐!衛生兵、すぐに中佐を医務室……いや、軍病院に連れていけ!」

 

 ヘンリクが叫ぶ。……その後、士官から全身を五発撃たれたアドラー中佐は病院に搬送される途中に亡くなった。彼は私と対立することが多かったし、彼は恐らく私を嫌っていただろう。だが、私は彼の気骨ある人柄に好感を抱いていた。彼が私と対立したのは彼が帝国軍人として命令を遵守した一方、私が機関の構成員として背任を繰り返していたからだ。それなのに彼を恨める訳があるまい。……彼をこんな所で死ぬべき人間では無かった。融通は利かなかったが、それでも彼が高潔な軍人であることに疑いは無い。

 

 当時の私は何が起こったのか暫く分からず呆然とし、そしてやがて気づいた。士官はアドラー中佐に「裏切り者!」と叫んでいた。ノーベル大佐にとっての裏切り者は誰か?アドラー中佐の事もそう言えないことは無いが、彼が一番、裏切り者だと考えるのは……恐らく機関の構成員である私だ。

 

 銃撃を行った士官が死んでいるために分からないが、あるいはこの士官はノーベル大佐から「ライヘンバッハ大尉への復讐」を頼まれたのではないだろうか?だがあの士官と私の間に面識はない。

 

 ノーベル大佐は私の顔を知らない士官に対して、「指揮を執っている士官がライヘンバッハ大尉」だと言った可能性がある。ノーベル大佐が全館放送を聞いて私を指揮官と誤認していた、あるいはヘンリクが指揮官だと考えていたとすれば、私かヘンリクを狙うように指示し、結果的にアドラー中佐が撃たれるという状況は起こり得る。

 

 流石に考えすぎかもしれないし、今となっては分からない。だがアドラー中佐がもし私と間違われて撃たれたのであれば、ここに書き記しておく必要があるだろう。……それもまた、私の罪であるのだから。

 

 

 

 

 宇宙歴七六一年一月七日午前七時。ヘルセ駐屯地からシュリーフェン中佐の総督府防衛大隊に護衛されて、フェルバッハ総督が駐留艦隊司令部基地に到着する。ノーベル大佐の死亡により、リューベック駐留帝国軍七〇万の内のほとんどがフェルバッハ総督の指揮下に入ることを表明することになる。

 

 同日午後六時。自由惑星同盟宇宙軍第三艦隊がリューベック星系に到達する。同艦隊は第五惑星ボストンの駐留艦隊基地を制圧すべく、部隊を降下させた。本来、第五惑星に駐留する第二・第四・第五作戦群は同盟軍のリューベック到達と同時にゲリラ戦に移行することになっていたが、駐留艦隊指揮系統の混乱によって適切な作戦行動がとれず、地上で艦艇の大半を失うことになる。

 

 しかし、ボストンには約三〇万の地上部隊が駐留しており、その一部は適切な指示が無い為に殆ど抵抗も出来ずに無力化されたが、残りの部隊は惑星全域で同盟の降下部隊に対する抵抗を開始することになる。

 

 そして、駐留艦隊司令部を制圧したことで、ようやく機関との交信が可能になった。最後の交信は私が捕まった直後にヘンリクから行われた報告であり、それ以来機関はリューベックの状況を殆ど把握できていなかった。

 

『アルベルト!無事だったのか、心配したぞ』

「ハルトマン、すまない。私の不手際で『茶会(テー・パルティー)』計画を失敗させてしまった」

 

 画面の向こうには第二辺境艦隊司令部に属しているユリウス・ハルトマン宇宙軍中尉が映っている。

 

『いや、それは多分、別の方面の不手際だろうな。……まあ、詳しいことは後々話す。それよりも聞いてくれ、大事な話がある』

 

 ハルトマンは真剣な表情だ。私はリューベックの状況を報告しようと思っていたが、それを遮ってのハルトマンの発言である。一度聞く体制に入った。

 

『エルザス・シュレースヴィヒ=ホルシュタイン辺境軍管区と第二辺境艦隊は既に動員を済ませて、リューベックに進軍中だ。……第三艦隊の動きは把握されている。すぐに撤退させろ』

 

 私は驚愕した。一体、何がどうなっているのか、これからどうなるのか一切想像が出来なかった。

 




注釈16
 保元・平治の乱は地球時代に起きた戦乱の一つであるが、詳細は不明である。

 ただ、一つ気になることがある。この乱の存在は自叙伝が書かれた時期にはまだ知られていなかった。というより、この自叙伝で言及されていた為に研究が行われ、どうやら地球時代の戦乱らしいという所まで突き止められたのである。

 アルベルト・フォン・ライヘンバッハが熱心な地球趣味者であることは知られていたが、彼の蔵書類にも保元・平治の乱に関する物は無かった。一体、ライヘンバッハはどこからこの乱の知識を得たのであろうか?

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