アルベルト・フォン・ライヘンバッハ自叙伝   作:富川

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この話はプロローグみたいな感じですかね?
イゼルローン要塞建設がどうなったかや、今のアルベルトの状況などは次回以降詳しく書いていくということで。


第三章・動揺する帝都
青年期・弾劾者クレメンツ大公(宇宙歴765年5月20日~宇宙歴765年5月25日)


 宇宙歴七六五年五月二〇日。この日が、ゴールデンバウム朝絶対帝政の終わりの始まりであることに異論を持つ歴史家諸君は居ないのではないだろうか?少なくとも、私はこの自叙伝を書いている時点で異論を持つ歴史家を知らない。

 

 この日はイゼルローン要塞建設費用の高騰とそれによる財政危機の再来を受け、オトフリート五世が帝国名士会議を開いていた。この帝国名士会議での決定は皇帝の名の下に公示される。つまり皇帝の詔勅に等しい権威を持つ。また、帝前三部会を招集する権限を持つ。

 

 また、帝国名士会議は定員が決められておらず、尚且つ皇帝が出席者を選べる会議であり、オトフリート五世にとって都合の良い人物が議員として選ばれていた。以下、そのメンバーを書き記しておこう。

 

 長男のリヒャルト皇太子、三男のクレメンツ大公、国務尚書兼宰相代理アンドレアス公爵、財務尚書カストロプ公爵、司法尚書ルーゲ伯爵、科学尚書ハーン伯爵、宮廷書記長リヒテンラーデ子爵、軍務尚書ゾンネンフェルス元帥、宇宙艦隊司令長官ライヘンバッハ元帥、統帥本部総長クヴィスリング元帥、軍務副尚書アイゼンベルガー上級大将、軍務次官シュタイエルマルク上級大将、軍務政務官マイヤーホーフェン大将、宇宙艦隊副司令長官シュタインホフ上級大将、科学技術本部長エールセン技術大将、枢密院議長クロプシュトック侯爵、枢密院議員ノイエ・バイエルン伯爵、枢密院議員ゾンネベルク伯爵、枢密院議員ヘルクスハイマー伯爵、枢密院議員マリーンドルフ伯爵、枢密院議員バルトバッフェル子爵、大商人と高等法院判事が二人ずつである。

 

 なお、私は当時父の元帥府に勤務しており、父に付き従ってこの帝国名士会議の様子を目撃していた。同じようにそれぞれの要人に従う文官・武官併せて数〇名が部屋の内外に控えていた。

 

 出席者の中で課税か要塞建設に反対する人間、つまり帝前三部会開催に反対する人間はゾンネベルク伯爵とヘルクスハイマー伯爵、そしてライヘンバッハ元帥――つまり私の父だ――とクヴィスリング元帥、マイヤーホーフェン大将、そして二人の高等法院判事と目されていた。ところが、会議が始まってすぐのことだ。クレメンツ大公が発言を求めると立ち上がった。

 

「恐れながら申し上げたい。皇帝陛下は全人類の代表者として人類を正しく統治する責務を担っておられます。故に陛下は帝前三部会を開き、それによって御自身の立法が正当であることを全人類に確認すると仰っています。しかしながら、昨今の帝前三部会は大帝陛下や止血帝陛下の時代とは違い、それぞれの議員が己の欲望のままに活動する場と成り果てております。その様相はまるで地球統一政府(グローバル・ガバメント)の汎人類評議会、銀河連邦末期の衆愚政治ではありませんか」

 

 クレメンツ大公がそのような発言をするとは誰も予想しておらず、皆が呆然としていた。ただ一人、ブラウンシュヴァイク一門のゾンネベルク伯爵が同意の声を挙げる。しかし、彼はすぐにそのことを後悔しただろう。

 

「皇帝陛下はそのような帝前三部会を肯定し、その承認を銀河帝国の根本規範たる人類意思の表れと仰るが、私は絶対に同意しかねる。これでは皇帝陛下は事実上、帝前三部会の腐敗議員共の傀儡であるに等しい。皇帝陛下には是非とも長年栄光ある銀河帝国において積み重ねられてきた慣習と伝統を思い出して頂きたい。私は伏して皇帝陛下にお願い申し上げます」

 

 その発言で場が凍り付いた。完全な皇帝批判である。ゾンネベルク伯爵がサーっと青ざめた。……前半部分はまだ良い、あれは帝前三部会に対する批判であり、ギリギリ皇帝批判ではない。

 

「クレメンツ!貴様余を愚弄するか!」

 

 オトフリート五世陛下があそこまで激怒する姿を見るのは初めてであった。……そもそも陛下と会う事など殆ど無かったが。

 

 それでも怒りを抑えている様子で、端的に「出ていけ!」と指示した。クレメンツ大公はなおも何か言おうとしたが、その瞬間オトフリート五世は怒りが抑えきれなくなった様子で「馬鹿息子をつまみ出せ!」と叫んだ。しかし、大公をつまみ出せる人間が居る訳がない。周囲の人間が遠慮している間にクレメンツ大公は「父上!目を覚ましてください!」などと言い続ける。

 

 やがて、リヒャルト大公が落ち着いた口調で発言する。

 

「クレメンツ、ミッテルラインのワインは美味かったか?」

 

 その言葉を聞き、クレメンツ大公が一瞬動揺する。「父を懸命に諫める息子」の姿が剥がれかけた。……ミッテルラインはブラウンシュヴァイク公爵領最大のワインの名産地だ。リヒャルト大公はクレメンツ大公が恐らく課税に反対する最大の勢力、ブラウンシュヴァイク公爵と繋がってこのような暴挙に出たのであろうと予想し、皮肉をぶつけたのだ。

 

「……兄上の仰っている意味が分かりかねます。私はただこの国を憂いているだけです」

「憂いているのは自分の現状じゃないのか?軍内ではお前と疎遠なリューデリッツたちが台頭しつつあるし、それと対立するライヘンバッハは根っからの帯剣貴族で政治嫌い、唯一例外的に付き合いがあるのは、今お前と距離を置きつつあるクロプシュトックだからな」

「止めんか!……今日の帝国名士会議を中止する。卿らには改めて日程を伝える。……クレメンツ、例え皇子と雖もこれほどの無礼、覚悟はしているな?」

 

 リヒャルト大公の言葉にクレメンツ大公が反論しようとしたところでオトフリート五世が割って入り、中止を宣言した。クレメンツ大公が想定外の暴挙に出た衝撃はそれ程に大きかったのだろう。

 

 ……リヒャルト大公とクレメンツ大公が帝位を争う立場にあったのは後世の諸君も周知の事実だろう。長男のリヒャルト大公が優勢であるし、原則で言えばリヒャルト大公が帝位を継ぐのが筋なのだが……リヒャルト大公の母親は寒門の出身であり、またクレメンツ大公の支持者はリヒャルト大公に対抗できる程度に多いことが問題をややこしくしていた。

 

 リヒャルト大公の支持層は官僚貴族と帯剣貴族の一部だ。これはリヒャルト大公が財務官僚、国務官僚の経歴を持ち、官僚貴族と密接な関わりを持っていると同時に、オトフリート五世の緊縮財政路線を明確に支持していることが大きい。つまり、リヒャルト大公は国に忠実な貴族の支持を受けやすいのだ。

 

 一方のクレメンツ大公の支持層は大多数の帯剣貴族とクロプシュトック侯爵を中心とする譜代の領地貴族集団だった。帯剣貴族の支持はクレメンツ大公が帝国宇宙軍に勤務し、宇宙軍大将まで昇進していることが大きい。クレメンツ大公は積極的に前線に出て、身分にさして拘らない態度と派手なパフォーマンスで将兵の支持を集めているのだ。

 

 しかしながら、第二次ティアマト会戦後の激動は帯剣貴族という貴族集団自体の力を弱めている。その上、軍上層部で台頭しつつあるリューデリッツらの軍部改革派もそれに対抗するライヘンバッハ・クヴィスリングらの軍部保守派もリヒャルト大公と同じようにオトフリート五世の緊縮路線・課税改革方針を支持する立場だ。しかも皇族なのに前線に出てきては目立ちたがるクレメンツ大公の事をあまり良く思っていない。これでは大多数の帯剣貴族が好感を抱いていてもあまり意味は無い。

 

 故にクレメンツ大公が大切にしている支持基盤がクロプシュトック侯爵を中心とする譜代の領地貴族集団だったのだが……。『茶会(テー・パルティー)』計画の失敗以来、要塞建設を防ぎたいジークマイスター機関は要塞に関して中立の立場を取るクロプシュトック派への接近を始めた。

 

 軍部改革派はリッテンハイム一門を初めとする門閥貴族の後ろ盾を得ている。それと対立する軍部保守派が譜代のクロプシュトック派に近づくのは別に不自然な事では無く、また軍部保守派は概ね要塞建設に否定的な為、クロプシュトック派を要塞反対派に加えることも可能だ。

 

 ところが、軍部保守派の中核は私の父も含めて名門と呼ばれるような帯剣貴族家出身者であり、クロプシュトック派に接近できるような伝手が殆ど無かった。第二次ティアマト会戦前まで、帯剣貴族は帯剣貴族同士で固まっていれば良く、他の貴族集団等眼中に無かったからだ。

 

 ……そこで出てくるのが『有害図書愛好会』である。ヴィンツェルと私の縁を通じてクロプシュトック侯爵に近づいたのだ。クロプシュトック侯爵にとってクレメンツ大公との関係は重要ではあったが、宇宙艦隊司令長官と統帥本部総長が味方に付く方がより重要である。

 

 クロプシュトック侯爵家は『あの』ブラウンシュヴァイク公爵家とリッテンハイム侯爵家に対抗しないといけないのだ。今なお軍中枢に一定の勢力を保っている帯剣貴族家との協力関係は喉から手が出るほど欲しい。さらに言えば、ライヘンバッハやクヴィスリングがリッテンハイム侯爵家と協調する軍部改革派に対抗する為にブラウンシュヴァイク公爵家に近づくようなことがあればクロプシュトック侯爵家にとっては死活問題である。

 

 そういう訳でクロプシュトック侯爵家とその派閥は軍部保守派に遠慮してクレメンツ大公に少し距離を置くようになった。……これまで要塞問題にも課税問題にも沈黙を保っていたクレメンツ大公が突如として皇帝批判まで行ったのは、ブラウンシュヴァイク公爵の接触があったと考えるべきだろう。恐らく、クロプシュトック派とクレメンツ大公の不協和音に気づいて接近したに違いない。

 

 二〇日の名士会議の後、すぐにクレメンツ大公は記者会見を開き、オトフリート五世が増税を目指して帝前三部会を開こうとしていること、それを止めるよう説得したが、聞き容れられなかったことを話した。

 

「臣民の痛みを分かっていただけなかった」

 

 クレメンツ大公は最後にそう言うと無念そうに首を振った。大した役者である。帝国ではこの後、『弾劾者クレメンツ大公』という言葉が広まっていくことになる。勿論、あまりにも有名な『弾劾者ミュンツァー』を意識してのブラウンシュヴァイク公爵による宣伝工作だ。ミュンツァーが可哀想でならない、彼にとってブラ公のようなクソ野郎は当然弾劾の対象だっただろうに、そんな奴の宣伝工作に名前を使われるとはね。

 

 さて、そろそろ後世の諸君は少し疑問を感じているのではないかな?何故『弾劾者クレメンツ大公』に対しここまで非好意的なのか。彼は道を誤ったが、少なくともこの時点では平民の味方ではないか、と。

 

 ここでオトフリート五世の租税法改正法案について少し説明したい。一般に諸君らはオトフリート五世を異常なまでの倹約家、口を開けば平民への増税一辺倒と考えているのではないだろうか?それは大きな過ちであることを指摘しておく。

 

 オトフリート五世の租税法改正法案は確かに平民身分への課税強化も含まれているが、それよりも重要な点が二点ある。事実上特権階級を狙い撃ちとした新たな税の創設と、領地貴族の領民に対する直接課税制度の創設だ。前者については説明するまでも無く分かるだろう。後者についてはピンと来ない人間も多いのではないかな?

 

 銀河帝国の租税制度では皇帝直轄領に関しては皇帝から派遣された総督なり代官が課税を行う。その過程で不正が発生しない訳でも無いが、それは帝国財政を傾かせるほどでは無い。問題は各貴族領である。

 

 各貴族領ではその土地の領主が税金取り立てを代行する。そして代行費用を取った上で中央に税金を送るのだ。ちなみに各貴族領では国税とは別にその領地独自の税も課せられている。それらの一部は明らかに帝国政府が定めた租税法に違反する程の高税率なのだが、帝国政府がそれらを全てを調査・把握し、是正させるのは不可能であり、事実上野放し状態だ。

 

 当然、領地によっては生きていくのも難しい程の高税率を課せられることになるのだが、時には税金の支払いが滞るような時もある。そういう時は領主への納税よりも国への納税を優先すると法で定められているのだが、領地貴族共は有ろうことか自らの懐に税金を入れ、中央政府に対しては「今年は税が足りませんでした、領主税を免除してもこれだけしか税が取れませんでした」といけしゃあしゃあと嘘をつくのだ。酷い奴は十分な税金が取れていても同じことを言う。

 

 オトフリート五世の租税法改正法案はこの領地貴族共の不正の温床となっている課税代行制度を変えることが肝になっている。ハッキリ言ってしまおう。オトフリート五世の租税法改正法案が可決されれば、国から平民への課税は増えるが、領主税を合わせた現在の税の総額よりは間違いなく減る。……強欲領地貴族共が何と罪深い存在か良く分かる話だ。

 

 さて、強欲クソ領地貴族共がこんな租税法改正法案に賛成するわけがない。当然抵抗する。その一環としてオトフリート五世に対する中傷を『噂』として流し始める。「帝国一のドケチ」「金を集めたいのは単に性癖」「倹約マニア」等々……。諸君らが思い浮かべるオトフリート五世像はそういった中傷に歪められたイメージだ。

 

 実際の所、オトフリート五世だって好きで倹約している訳じゃない。あの方は強欲クソ害悪領地貴族共が第二次ティアマト会戦以降の財政危機で再建に一切協力しないで不正蓄財に励んでいたから、仕方なく常軌を逸した倹約をせざるを得なかったのだ。何と酷い話だろう。金集めが性癖なのは一体誰なんだろうかね!

 

 そして残念ながら、平民階級はオトフリート五世の租税法改正法案が自分たちにとってもメリットであるという事に気づいていなかった。平民階級は馬鹿ではないが、賢者でもない。無邪気に「増税反対!」と叫び、強欲クソ害悪死にぞこない領地貴族共の特権を守ろうとしていたのだ。何と救いようのない話だろうか!

 

 

 

 

 ……さて、話を戻そう。宇宙歴七六五年五月二五日。改めて帝国名士会議が開かれた。三男のクレメンツ大公に代わって次男のフリードリヒ大公が出席した他は参加者は同じである。クレメンツ大公は前回の会議とその後の独断での記者会見によって謹慎を命じられ、離宮の一つに幽閉されている。

 

 『弾劾者クレメンツ大公』が居ないことで会議は予定調和的に進み、結局帝前三部会を来年に開催することが決定する。

 

 銀河の歴史がまた一ページ……。

 

 


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