宇宙歴七六六年六月某日。オトフリート五世が崩御してから約一か月が経過したある日、私は帝都の外れにある平民向けの歓楽街に向かっていた。上流階級向けのバーは皇帝崩御を受け軒並み休業している。歓楽街の入り口辺りで見覚えのある顔を見つけた。
「おうライヘンバッハ!久しぶりだな」
「お久しぶりです。シュトローゼマン先輩」
この頃、シュトローゼマンは独立分艦隊の一つで参謀長を務めていた。階級は宇宙軍大佐である。
「准将昇進おめでとうライヘンバッハ。しかしあれだな、やっぱり名門は出世が早い」
シュトローゼマンは少し不満そうにそう言った。
「返す言葉もありませんが……名門は名門で苦労もあるものですよ」
私が苦笑しながらそう言うとシュトローゼマンも頷く。私たちは並んで歩きだす。今日はラルフやノイエ・バイエルンたちにも声をかけて幼年学校以来の友人・知人で飲むことになっていた。……皇帝陛下が崩御為さってたった一か月。飲み会をやるには不謹慎な時期ではある。しかし、その皇帝陛下の死によって我々は急遽出征することになった。それ故に一度集まろうという話になったのだ。
「二六歳で閣下と呼ばれ、ロクに部隊指揮の経験も無いのにいきなり戦隊司令官だからな。司令長官の考えも分かるが、お前も大変だろう」
「……幕僚の半分は経験豊かな者たちです。彼らの言うことを聞いて、醜態を晒さないように努めますよ」
オトフリート五世の突然死は各方面に様々な影響を与えたが、その内の一つは帝国軍三長官の退任である。オトフリート五世の死因はドラゴニア辺境軍管区失陥の報告といってもよい。……今の三長官は皆帝位継承権争いから距離を置いていた。それが裏目に出て、リヒャルト大公派とクレメンツ大公派の双方から『ドラゴニア辺境軍管区失陥によって陛下の御心を寒からしめたこと』の責任を追及されてしまったのだ。
来年四月を以って軍務尚書エーヴァルト・フォン・ゾンネンフェルス宇宙軍元帥、統帥本部総長ユルゲン・オファー・フォン・クヴィスリング宇宙軍元帥、宇宙艦隊司令長官カール・ハインリヒ・フォン・ライヘンバッハ宇宙軍元帥の三人は揃って退役し、その元帥府は解散する。
後任にはそれぞれ軍務副尚書ハイドリッヒ・フォン・アイゼンベルガー宇宙軍上級大将、地上総監ファビアン・フォン・ルーゲンドルフ地上軍元帥、幕僚総監カール・オイゲン・フォン・フォーゲル宇宙軍元帥が任命されることに決まっている。
ゾンネンフェルス・アイゼンベルガーは軍部改革派に属し、クヴィスリング・ライヘンバッハ・ルーゲンドルフは軍部保守派に属する。フォーゲルも軍部保守派に近いスタンスだ。また、いずれも帯剣貴族家の出身者だ。三長官は退任に追い込まれたが、各派閥へのダメージはそれほど大きくない。
ただし、兵站輜重総監セバスティアン・フォン・リューデリッツ宇宙軍上級大将も同時期にその任を解かれる予定だ。イゼルローン要塞が完成するか、計画が中止したときにイゼルローン要塞建設計画責任者の任も解かれ、予備役に編入されることが決まっている。
さて、この三長官の退任決定は軍部に大きな影響を与えたが、その一つが私の従兄であり、家督を争う相手である幕僚総監部作戦部長ディートハルト・フォン・ライヘンバッハ宇宙軍中将の復権である。上官のフォーゲル元帥に信頼されている彼は、フォーゲル元帥の宇宙艦隊司令長官就任と同時に宇宙艦隊総司令部作戦部長となることが有力視されていた。
この事に焦った父は私を戦隊司令官として出征させ、そこで『武功』を立てさせることで私の立場を強化しようと考えた。そして自身の部下から信頼する佐官を選抜し私の下につけ、さらに幼年学校以来の私の知人・友人を形振り構わず艦隊に集めた。こうして私は急遽一〇〇〇隻ほどの戦隊を指揮する必要に迫られることになったのだ。
「アルベルトが来たぞ!」
「待ってました!我らの大将」
酒場には一〇数名の知人が既に集まっていた。ラルフやヴィンツェル、後はハウサーの顔もある。ちなみにラルフは情報部長、ヴィンツェルは後方部長、ハウサーは巡航群司令として私の指揮下に入り、シュトローゼマン大佐は艦隊人事部長として従軍する。まだ来ていない知人では他にクルトが機動群司令、ビュンシェが情報副部長、ハルトマンが後方副部長、ペインが憲兵隊長、エルラッハが作戦副部長、別の分艦隊でノイエ・バイエルンが戦隊司令官、ラムスドルフが師団長を務める。
幼年学校時代の知人以外ではヘンリクが副参謀長、シュターデン大尉が作戦参謀、メルカッツ准将が戦隊司令官、ツァイラー准将が師団長、シュリーフェン大佐が第一分艦隊作戦部長を務める。
(父上も強引な事をするな……ここに居る全員が何らかの形で出征部隊に加わるんだから。こりゃ、お友達戦隊と揶揄されても仕方ない)
私は内心でボヤいてから席に加わる。後からラムスドルフやハルトマンも到着し、最終的には二〇数名が集まった。……なお、全員軍服では無く私服姿だ。皇帝陛下の喪中であるから、あまり殊更に帝国軍士官であることを示すのは避けなくてはならない。
「ブラ公の野郎!グローテヴォール閣下たちを殺したのはあいつらの仕業だろうが!何で三長官が責任を取らされるんだ!」
いつもは集団から少し離れた所に居るラムスドルフが憤懣やる方無い様子で怒鳴ると、一斉に同意の声が挙がる。
「クレメンツ様には失望した!我らの忠誠を裏切るなんて……」
「だから言ったろ、リヒャルト様こそ帝位継承に相応しい」
「どっちも変わらん!下らん政争で何人が死んだ!」
軍内部ではグローテヴォール大将たちの最期が伝わるにつれて、派閥を超えて彼らへの同情が広がっていた。そしてその同情は政争の当事者たちがグローテヴォール大将たちの戦死の原因として帝国軍三長官を批判し始めたことで怒りへと変わった。
「それくらいにしておけ、帝国じゃ『よくあること』だろ……。それに憲兵やマルシャの連中が難癖をつけてくるかもしれない」
「マルシャの汚物共は知りませんけどね。憲兵も政争にはウンザリしていますよ」
マルシャとは一般的に社会秩序維持局を指す隠語である。憲兵は軍隊の嫌われ者とよく言うが、マルシャこと社会秩序維持局に至っては憎まれているといっても過言ではない。軍人がマルシャに抱くイメージは腐敗貴族の手先、既得権益の擁護者、サディストといったところだ。軍全体の反マルシャ感情には機関も何度も助けられたそうな。
「……そろそろ二軒目に行こう」
私は店員たちが不安げな表情を浮かべているのを見て取り、皆にそう呼びかけた。……ここにはマルシャでも簡単に手を出せないような貴族が少なからずいるが、店員たちはそんなことは知らない。物騒な会話を聞いて不安に思うのも分かる。
私たちが二軒目に向かっている最中の事だった。ある店から大通りに平民の出で立ちをした男性二人が飛び出してきた。
「無銭飲食だ!捕まえてくれ!」
後から飛び出してきた店員が大声で叫ぶ。それを受けて私たちの内数人が逃げる二人に立ちふさがり取り押さえようとする。片方は思いのほか見事な動きで現役士官数人を躱してのけたが、もう片方はラムスドルフに呆気なく抑え込まれた。
「殿下ぁ!」
「離せ無礼者!何が無銭飲食だ!こいつらが法外な額を吹っかけてきたんだ」
押し倒されたみずぼらしい青年が喚き散らす。
「人聞きの悪いことを言いなさんな……こっちはこれまでの付けを払えと言っただけですぜ」
追いついた店員がそう返す。
「嘘をつくなぁ!確かにつけはあるが、五万帝国マルクも飲んだ覚えは無いぞぉ!大体、こんな場末の酒屋に五万帝国マルク分も酒があるかぁ!」
「払えないってんなら、こっちにも考えがありますぜ。……捕まえてくださり有難うごぜえます、後はこっちで引き受けるんで……」
そう言って店員は青年を引き立てようとするが、そこで取り押さえられていない方の男が叫んだ。
「おい!卿らは私服だが帝国軍士官だな!?そのお方を放せ、故あって名は名乗れないが、その方はとても高貴なお方だ。このままゴロツキにこの方を引き渡してみろ、ただでは済まないぞ!」
「何……?いや待て、あの男見たことがある!確か……!」
他の面々が酔っ払いの戯言かと呆れている中、ラムスドルフが驚愕の表情を浮かべる。そして男を連れて行こうとした店員の手を振り払った。
「何をするんですかい……?」
「貴様ら、このお方をどなたと心得るか!命が惜しければ立ち去れ!」
店員は困惑した表情だが、やがて苛立ちを浮かべる。
「誰かは知りませんがねぇ。飲み食いした分は払うのが当たり前じゃありやせんか?貴族だろうが平民だろうがそりゃ変わらんでしょう。……どうしても邪魔立てするんでしたらタダじゃ済みませんぜ」
店の方からぞろぞろと柄の悪い連中が出てくる。店だけじゃない、どうもこの店員は歓楽街に影響力を持っている質の悪い集団に属していたようで、裏路地や他の店からも人相の悪い連中が集まってきた。
「上等だ!この私が貴様らの相手になってやる!皆力を貸せ、このゴロツキに礼儀を教えてやろう」
「待てラムスドルフ!お前何を!」
私はラムスドルフの肩を掴む、するとラムスドルフが囁いてきた。
「ここにおわすのはフリードリヒ大公殿下だ。……少なくともあっちに居る年取った男が侍従武官のグリンメルスハウゼンなのは間違いない」
私も驚愕し、男の顔を見つめる。そう言われると、以前名士会議で見たフリードリヒ大公に見えなくもない。確証は無いが、近衛のラムスドルフが断言するのであれば恐らく間違いないだろう。
「……皆、この方を守り抜け」
私が皆にそう言うと、皆は困惑しながらもそれに従う。やがて、私服の帝国軍士官二〇数名とゴロツキ数〇名の睨み合いになる。逃げてきた二人の男はその間にこの場を立ち去ろうとしたが、後ろもゴロツキに回り込まれ断念する。
少しずつゴロツキたちが包囲網を狭め初めるが、こちらは本職の軍人である。その程度で怖気づいたりはしない。
「後方!一点突破!」
私はそう叫ぶと後ろに向けて走り出す。友人たちとグリンメルスハウゼンと思われる男は殆ど遅れずに私の指示に従った。フリードリヒ大公と思われる男が置いてかれそうになったが、ラムスドルフとグリンメルスハウゼンと思われる男に手を引かれ、何とかついてくる。
私は先頭に立ってゴロツキに殴りかかった。この時私はこんな事を考えていた。……とある後の名将は言いました。『対話は大事だ。どんな相手だろうと最後まで対話の意思は捨ててはいけない。ただし、酔っ払いとサイオキシン患者は殴った方が早い』と。
私たちが突撃をかましてくるとは予想していなかったのだろう。ゴロツキたちを突破するのは簡単だった。ところが、暫く歓楽街の入り口方向に走っていると、前方からまた悪そうな連中が大挙してやってきた。
「突っ込むぞ!全員遅れるなよ!」
私たちは再び正面から衝突し、今度は相手が数で勝り、尚且つ油断していなかったことで突破できなかった。そうこうしている内に後ろから追跡してきた連中も相手取ることになり、最終的に大乱闘に発展した。
「帝国軍人を舐めるな!」
シュトローゼマンがそんなことを言いながら飛び蹴りをする。……完全に酔っている。他の面々も酒が入っていることもあり、罵倒しながら相手に殴りかかった。
二〇分程経った頃、通報を受けたらしい保安警察庁の機動隊が到着した。憲兵隊はオーディン中心部ならともかく、こんな街外れの、しかも酒での喧嘩などに一々介入したりはしない。
最終的にゴロツキの一部と私たち帝国士官二〇数名は拘束され、尋問を受けることになった。尋問はフリードリヒ大公が本人であることが確認されるまでの数時間続いた。これが私とフリードリヒ大公の最初の出会い……出会い?……まあ、初めての接点である。
なお、フリードリヒ大公が関わっていたこともあり、事件の当事者が帝国軍士官二〇数名であることは伏せられた。また、書類上で架空の人物二〇数名が処分を受け、私たちは解放された。フリードリヒ大公が保安警察庁に圧力をかけたようだ。殆ど実権を持たない彼だが、それでも第二皇子である。それくらいの力はあった。
数日後、私とラムスドルフの二人は
クレメンツ大公は三部会の平民票獲得の為に
フリードリヒ大公はそんな
「……ライヘンバッハ。実に嘆かわしいことだな!この
「知ってるよ……。皇太子殿下はリントシュタット宮殿で暮らされ、その兄弟や帝位継承権第二位の大公がこの
「そうだ。……それが今では酷い有様じゃないか。欲深い商人や淫猥な売女、不敬な活動家に品の無い酔っ払い、マルシャの薄汚い下郎共にサイオキシン患者……。ここが帝都オーディンだと言うことを忘れそうだ」
ラムスドルフは心底悲嘆に暮れた様子だ。……まあ、ラムスドルフの言うことも分からなくは無い。彼の言うように
「エーリッヒ・フォン・ラムスドルフ、アルベルト・フォン・ライヘンバッハ、フリードリヒ大公殿下のお招きによって参上しました」
「おお、フリードリヒ大公殿下が中でお待ちだ。案内しよう」
「殿下、ラムスドルフ近衛軍准将とライヘンバッハ宇宙軍准将を連れて参りました」
「ん、大義である。まあ、二人とも適当に座ってくれ」
フリードリヒ大公は気怠そうに空いている椅子を指し示した。……一応、大公への謁見という事で私たちは正装で来ていたのだが、大公は平服であるし、明らかに形式から外れた謁見だろう。
「……失礼いたします」
ラムスドルフは困惑して固まっていた。そこで私が頭を下げ率先して椅子に座る。ラムスドルフも戸惑いながら私に倣った。
「ふう……。先日は済まなかったな。出征を控える卿らに迷惑をかけた」
フリードリヒ大公はそう言って私たちに軽く頭を下げた。
「大公殿下!勿体ないお言葉です。臣下として当然の事をしたまでのこと。頭をお上げください!」
ラムスドルフは慌てた様子だ。
「ん、そうは言うがな、卿らは俺の臣下という訳でもあるまい。俺はどう考えても卿らの忠誠に相応しい人間ではないからな」
フリードリヒ大公はそう言うとくつくつと笑った。私たちは何と返して良いか分からず黙っていた。
「俺は偶然『第二皇子に生まれてしまっただけ』の男よ。兄上やクレメンツのような『本物』とは違う。だから、迷惑をかけた卿らにしっかり謝罪しておきたくてな」
「……畏れながら殿下、あまりご自分を卑下なさりませんよう……」
「ん。リヒャルト、酒を持ってきてくれ。卿ら、酒は飲めるな?」
私たちは飲めると答えた。するとフリードリヒ大公は嬉しそうに「そうか、飲めるか」と頷く。
「……兄上もクレメンツも何をやっているのだろうな」
「……どういう意味でしょうか?」
グリンメルスハウゼンがワインを運んできた。フリードリヒ大公はそれを受け取ると私たちのグラスにも注いで渡してきた。私たちは恐縮しながらそれを受け取る。暫くは私たちの軍務に関する他愛のない話をしていたが、やがてフリードリヒ大公がポツリと呟いた。
「父上が亡くなって既に一か月が経つというのに、未だ次の皇帝が即位していない。兄上とクレメンツが帝前三部会で激しく対立しているからな」
オトフリート五世倹約帝が亡くなったのは宇宙歴七六六年五月六日である。実はその前日五月五日から帝前三部会が開催されていた。オトフリート五世帝の死亡によって一旦休会となったが、法案審議を続けるにせよ中止するにせよ、新皇帝が即位した後、最低一回は議員を集める必要がある。それがリヒャルト大公とクレメンツ大公双方が即位する上でネックとなった。
諸君は帝前三部会のルーツを覚えているだろうか?それは大帝ルドルフが終身執政官時代に招集した民選議会である。ルドルフは自身の支持者で固めたこの議会で『民意』によって承認を受けることで神聖にして不可侵たる銀河帝国皇帝へと上り詰めた。さらに第一回帝前三部会を思い出してほしい。第一回帝前三部会は結果的に流血帝から宮廷革命で帝位を簒奪してしまったエーリッヒ二世止血帝によって開かれた。目的は自身の皇帝権力の正当性を確保することである。
銀河帝国の制度において、皇帝が即位する為に帝前三部会の承認を受ける必要は全く無い。全く無いのではあるが、大帝ルドルフ、そしてエーリッヒ二世止血帝、マンフレート二世亡命帝がそれぞれ自身の権力の正当性を誇示する目的で帝前三部会を開いた結果、帝前三部会による皇帝権力の承認は象徴的な意味を持つようになった。もしも仮に即位した皇帝が帝前三部会の場で承認を受けることが出来なければその威信は大きく傷つくことになるだろう。
現在、帝前三部会においてはクレメンツ大公の派閥が優勢だが、アンドレアス公爵やクロプシュトック侯爵を初め、リヒャルト大公を支持する者も多い。そしてクレメンツ大公が帝位継承者として全く瑕疵の無いリヒャルト大公を押しのけて皇帝になろうとすれば、中立派やクレメンツ大公派の一部がリヒャルト大公支持者と共にクレメンツ大公の即位に反対する可能性がある。そんな微妙なバランスの中でリヒャルト大公とクレメンツ大公は睨み合いを続けていた。……互いに自らが即位したとして、帝前三部会から承認を受けられる確証が無いからだ。
「馬鹿馬鹿しいとは思わんか?『神聖にして不可侵たる銀河帝国皇帝』になりたい皇子二人がだ、貴族と平民の支持を得られる自信が無い為に即位できずに居る。これを喜劇と呼ばずして何を喜劇と呼ぶんだろうな?」
「……」
「俺は兄上やクレメンツとは違って馬鹿だからな。『神聖』や『不可侵』の意味がよく分からん。一度あの二人に聞いてみたいな。『神聖にして不可侵たる銀河帝国皇帝』という言葉の意味を」
私は内心でフリードリヒ大公に同意すると共に、目の前の人物を見直していた。フリードリヒ大公を『酒と女にしか興味のない馬鹿息子』と評価したのは誰だろうか?少なくともその人物よりはフリードリヒ大公の方が聡明かもしれない。
「どうした?顔色が悪いぞ?……卿らを見ていてつくづく思う。こういう立場に生まれて良かったことが一つだけあるとすれば、それは言いたいことを言えることだろうな」
フリードリヒ大公は可笑しそうに笑った。側に控えるグリンメルスハウゼンが呆れた様子で首を振った。さらに一時間ほどフリードリヒ大公と言葉を交わした後、私たちは
「……おい、ライヘンバッハ。フリードリヒ大公殿下を見てどう感じた?」
「巷で言われているような……その……残念な方では無い。それは確かだ」
「それだけか?」
ラムスドルフは真剣な表情で私に問いかけてきた。
「あの方は……危険だ。クレメンツ大公殿下の野心と同等か、それ以上に」
「……まさか」
「お前は開明的に見える人間を片っ端から信用する癖がある。そいつは直した方が良い。あれは
ラムスドルフは真剣な表情でそう言った。私の自叙伝の読んでいる諸君はフリードリヒ大公からそのような危険性を感じ取れただろうか?恐らく無理だったのではないかと思う。何故なら作者たる私、アルベルト・フォン・ライヘンバッハからしてラムスドルフが一体フリードリヒ大公のどこに対してそのような警戒心を抱いたのか分からないからだ。この自叙伝を書くにあたって色々と記憶を探ったが、やはり分からないままだった。
……ただ、一つだけ印象的な出来事がある。私たちが立ち去る間際、唐突にフリードリヒ大公が話しかけてきた。
「卿らは皇帝を敬うか?」
私たちは当然「敬います」と答えた。
「痴愚帝や流血帝も皇帝だぞ?それでも敬うか?」
フリードリヒ大公は少し笑いながらそう聞いてくる。ラムスドルフは即座に「勿論」と答えたが、私は黙り込む。ラムスドルフが非難の目を向けてくるが、フリードリヒ大公はそんな私を見て大笑いする。
「卿は正直だな!金狂いとシリアルキラーなんて敬えないか!……まあ、それが普通だろう。俺も大嫌いだ。………………だがまあ、羨ましいとは思うかな」
痴愚帝や流血帝を「羨ましい」と言った彼の真意はどこにあったのだろうか?いくつか推測は出来なくも無いが、それを賢しげに語るのは止めておきたい。
銀河の歴史がまた一ページ……。