アルベルト・フォン・ライヘンバッハ自叙伝   作:富川

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青年期・ドラゴニアの地で(宇宙歴767年10月11日~宇宙歴767年10月17日)

「第一一特派戦隊司令部より連絡。『これより本戦隊は惑星シルヴァーナへの突入を試みる、貴戦隊は当初の作戦通りに本戦隊を援護されたい。貴戦隊の援護に期待する』」

「いよいよか……。通信員、第一一特派戦隊司令部に返信を頼む。『了解した。援護は任されたい。貴戦隊の幸運を祈る』以上」

 

 宇宙歴七六七年一〇月一一日。私はメルカッツ准将の率いる第一一特派戦隊と共にパランティア星系第五惑星シルヴァーナの帝国軍基地援護に向かっていた。

 

 惑星シルヴァーナはほぼ全域が砂漠であるが、酸素を含んだ大気が存在し、銀河連邦時代には二〇万人程の入植者が暮らしていたという。同惑星はダゴン星域会戦に際して帝国軍による核攻撃を受けたものの、元々の入植者が少なかった為か攻撃は限定的な物であり、放射能汚染が他の惑星に比べ軽微なレベルだった。それ故、ダゴン星域会戦後に汚染を免れた地域に自由惑星同盟軍の前線基地が設置されることになる。

 

 コルネリアス一世元帥量産帝の頃に帝国地上軍がシルヴァーナに侵攻。同盟軍シルヴァーナ基地は分艦隊規模の駐留が可能であり、その後、この同盟軍基地の奪取か、新たな基地の設営を目指す帝国軍と防衛する同盟軍の間で激しい戦闘が行われることになる。

 

 宇宙歴七六四年、帝国軍第二辺境艦隊と地上軍の猛攻を受け同盟軍シルヴァーナ基地は陥落。以後、数年に渡って帝国軍が惑星シルヴァーナを制圧下に置いていたが、今年四月の同盟軍による大規模侵攻の際、同盟地上軍が再度惑星シルヴァーナ基地を奪還。しかし、帝国地上軍守備隊は頑強に抵抗し、惑星全体で今なお同盟地上軍と帝国地上軍による激戦が続いている。

 

「第一一特派戦隊、叛乱軍の惑星シルヴァーナ包囲部隊に接近していきます」

「通信部長。通信封鎖を解除。通信回路を開け」

「承知しました」

「『本戦隊はこれより第一一特派戦隊の援護を開始する。敵は総数において我々に勝るが、惑星全域を包囲している以上、短期的には一点を攻撃する我々の方が優勢である。我々の目的はシルヴァーナの戦友たちの援護であり、叛乱軍の殲滅ではない。我々が為すべきことを為せば、目的を達成することは容易い。本職は各員の奮励努力に期待する』」

 

 私は内心では緊張していたが、それを押し殺し落ち着いた口調で訓示を行う。私はドラゴニア辺境軍管区において既に二桁を超す戦闘に参加している。しかしながら、その大半は同数、あるいは少数の敵に対する物であり、また今回のように重要な役割を担ってはいなかった。レンネンカンプ参謀長の言葉を借りれば、「ようやく戦力として数えて貰えるようになった」ということだろう。

 

「司令官閣下。この位置では第一一特派戦隊との間に叛乱軍の部隊が割り込む危険性があります。もう少し前進しましょう」

「参謀長の言うことは分かるが……こちらがあまり前に出れば叛乱軍に発見される可能性が高くなる。第一一特派戦隊の奇襲にも悪影響を及ぼすかもしれない」

「問題ありません。今更叛乱軍が我々の存在に気づいたところで適切な防備を整える時間的余裕はありません」

 

 レンネンカンプ参謀長はキッパリと言い切った。確かに参謀長の言う通りであろう。

 

「分かった。戦隊を前進させよう」

 

 第一二特派戦隊が前進し、第一一特派戦隊との距離を詰める。我々はシルヴァーナ二と呼ばれる衛星の陰からシルヴァーナに接近していた。既に第一一特派戦隊も第一二特派戦隊も陰から出ており、同盟軍に気づかれるのも時間の問題である。

 

「第一一特派戦隊、惑星シルヴァーナ包囲部隊に対して突撃を開始します!」

「よし、本戦隊も続くぞ!全艦砲門開け!」

 

 シルヴァーナを包囲するのは同盟軍第五艦隊第二分艦隊と第六独立分艦隊併せて六〇〇〇隻弱と予想される。しかしながらその一部は惑星シルヴァーナの同盟軍基地に降りている。帝国艦と違い同盟艦は大気圏内での活動が出来ない為、もう一度軌道上に展開するには最低三時間はかかる。また、惑星シルヴァーナ全域を包囲しつつ、パランティア星系全域に哨戒部隊を広げている関係上、極々短時間であれば二個戦隊約二〇〇〇隻でも包囲網突破は可能なはずだ。

 

 メルカッツ准将の第一一特派戦隊は突撃隊形を取って包囲網に突っ込んだ。薄く広がっていた同盟軍部隊は突撃を防ぐことが出来ず左右に押し出される。一早く混乱から立ち直った少数の部隊が第一一特派戦隊の左右から砲撃を浴びせようとするが、そこに私の戦隊が砲撃を浴びせていく。

 

 同盟軍部隊は統制を取り戻そうと努力している様子だが、基点と成り得る部隊が私の戦隊から集中砲火を浴びている為にその努力は実っていない。包囲網を突破した第一一特派戦隊から打撃群を中心とした一部が反転し、左右の同盟軍部隊に突入する。

 

「よし、この機を逃すな。本戦隊も突撃するぞ!」

「お待ちください司令官閣下!目前の既に統制を失った部隊を陣形を崩してまで殲滅する必要性はありません。我々はこのまま第一一特派戦隊を援護しつつシルヴァーナ二方面への離脱経路を守るべきです」

「情報部長として司令官閣下に報告させていただきます。目前の部隊は当初の作戦通り、第六独立分艦隊第一戦隊です。しかしながら第六独立分艦隊の混乱は予想よりも軽微な物であり、既に第二戦隊を中心に再終結を開始している様子です。一二分~四三分の間で本宙域に到着するかと」

 

 エッシェンバッハ作戦部長とラルフ……クラーゼン情報部長が私に異を唱える。レンネンカンプ参謀長も頷いて「小官も同じ意見です」と言う。

 

「確かに貴官らの言う通りだ。目の前の部隊に拘る必要性は無いな」

 

 私の戦隊はそのまま砲撃援護に徹する。やがて目前の部隊が撤退――あるいは潰走――を始めた。第一一特派戦隊は既に地上に対して支援物資の投下を開始している。本来ならば増援部隊も送りたい所ではあるが、要塞建設の是非で論争が続いている段階で更なる地上部隊の投下は難しく、今回の『ドラゴニア特別派遣艦隊』に同行した地上部隊も限られている。

 

 やがて、一個戦隊規模の部隊――恐らく第六独立分艦隊第二戦隊――がこちらに向かってきた。第一一特派戦隊が地上支援群を守る形で布陣する。エルラッハ作戦副部長の進言に従い、第一二特派戦隊からも一個機動群と一個駆逐群を派遣した。残りの部隊は引き続き遠距離からの砲撃支援に徹する。

 

 第六独立分艦隊第二戦隊は突撃陣形を取って突っ込んだが、第一一特派戦隊の激しい応射とクルトが率いる第一二特派戦隊からの援護部隊が横やりを入れたことで左翼部隊の進軍速度が僅かに遅れる。

 

 その瞬間、第一一特派戦隊から艦載機(ワルキューレ)部隊が一斉に放出され第六独立分艦隊第二戦隊の左翼を強襲した。左翼が明らかに崩れ始め、それを気にした右翼部隊の前進速度が低下する。メルカッツ准将はその瞬間を逃さなかった。第一一特派戦隊が強力な短距離砲を用いて右翼部隊に斉射三連を行い、逆に突撃を敢行する。

 

「見事な手並みですな……。まだ三〇歳にも満たない人間の指揮とは思えません。特に艦載機(ワルキューレ)部隊放出のタイミングが素晴らしい。アレは強力な武器ですが、放出のタイミングを誤ればエネルギーを使い果たした状態で七面鳥のように撃ち落されるか、宇宙母艦と一緒に沈められるか……まあ、難しい兵器です」

 

 エッシェンバッハ作戦部長が思わずといった様子で唸る。

 

「御父上の戦法をよく研究しているようですな。ヨハン・ディードリヒ・フォン・メルカッツ宇宙軍少将は帝国有数の猛将と言われていましたがね。勇気や戦術能力に秀でていたというよりも砲術畑出身で短距離砲の使い方に秀でていた」

艦載機(ワルキューレ)と組み合わせているのはメルカッツ提督自身の経験からですかね?確か、大佐時代は機動群司令だったはずです」

「……天性の才能もあるだろう。経験だけで言うならばメルカッツ提督よりも長く機動畑に居た提督はざらに居る」

 

 レンネンカンプ参謀長、ビュンシェ情報副部長、エルラッハ作戦副部長がそれぞれ批評する。

 

「だから言っただろう?『メルカッツ提督と一緒なら安心だ』って」

 

 私はそう言うと意識を切り替えた。第六独立分艦隊第二戦隊はほうほうの体で退いていく。一個戦隊で攻撃してきたことからも分かるが、どうやらあの戦隊の司令官は攻撃を焦ったようだ。時間は余計にかかるが、しっかり第六独立分艦隊の全部隊を集めてから進軍してきていれば、ここまであっさりと敗北することは無かっただろう。

 

 尤も、それだけの時間があれば大方の支援物資は投下できる。同盟軍側が焦ったのにも無理はないかもしれない。同盟側にしてみれば帝国の二個戦隊を相手にする必要は無く、その後ろの地上支援群さえ撃破できれば良いのだから、強引に突撃を試みるのも間違っては無いかもしれない。

 

「レーダーに反応!新たな敵部隊です。凡そ三〇〇〇隻!」

「何!第五艦隊第二分艦隊か!早いな……」

 

 私は思わず呟く。こちらの想定では同盟の包囲部隊がここまで早く集結し、迎撃に出てくるとは予想されていなかった。

 

「第一一特派戦隊司令部より連絡。『支援物資の投下は予定量の九割が完了。本戦隊は敵分艦隊との交戦を避け撤退する』」

「何?分かった。『異論無し、承知した』と返答しろ」

 

 私は驚いた。同盟軍の動きも早かったがメルカッツ准将の動きも早い。この段階では精々半分も投下出来ていればマシだと思っていた。

 

「……!なるほど!そういうことか!」

「どうしたレンネンカンプ参謀長?」

「アレを見てください司令官閣下」

 

 見ると数隻の帝国艦が惑星への降下を行っている。こちらに向かっている部隊から分かれた一部同盟艦が発砲しているが遠距離である為に有効な打撃を与えられていないようだ。

 

「……そういうことか!?戦艦ごと補給物資を投下しているのか?」

「そうです。青色槍騎兵艦隊、第一辺境艦隊の残存艦艇の一部をメルカッツ提督が艦隊に組み入れているのは気づいていましたが……なるほど。これならば物資を積んだ艦艇をそのまま降下させるだけで済みます。大幅な時間短縮になりますね」

 

 私はレンネンカンプ参謀長の説明を聞いて頷いた。アスターテ会戦で壊滅した青色槍騎兵艦隊、第一辺境艦隊の残存艦艇の内、黄色弓騎兵艦隊と合流できたモノはアムリッツァで再編されている。しかし、様々な事情で放棄された艦艇や、ドラゴニア辺境軍管区に残った艦艇が存在する。その一部をメルカッツ准将は物資降下用のシャトル代わりに使ったのだろう。元々特派戦隊に属している艦艇をこのように使うことは許されないが、既に員数外の扱いになっているドラゴニア辺境軍管区の艦艇ならばどこからも文句は出ない。

 

「第一一特派戦隊、後退して来ます」

「よし、本戦隊も続け!殿は旗艦直属部隊が務める」

 

 私は大貴族の息子の若造である。将兵の信頼を得るには過剰な程前線で共に戦っているというアピールが必要だ。これまでの戦いでも可能な限り私は前線に身を置いて戦った。数人の幕僚が私の指示に異論を述べたが、私は受け容れない。アピールは抜きにしても旗艦直属部隊は最精鋭部隊である。殿という役目に練度的に最も適した部隊であることは間違いない。

 

 同盟部隊による追撃は我々がパランティア星系を離脱するまで続いた。その後、私の戦隊は第一一特派戦隊と別れフォンセ星系へと向かう。イゼルローン回廊のサジタリウス腕側出口近くにある星系の一つだが、主要航路から外れている上に居住可能惑星も無い。この星系の第五惑星第二衛星、フォンセ五=ニに第一一特派戦隊の仮設基地が存在する。同じようにドラゴニア辺境軍管区の各地に『ドラゴニア特別派遣艦隊』の部隊は仮設基地を作り、半分ゲリラ的に同盟軍艦隊を攻撃したり、帝国地上軍の支援を行ったりしている。

 

 ちなみに、メルカッツ准将の第一一特派戦隊は第二分艦隊第四特派戦隊と共にアルレスハイム星系の小惑星帯に潜んでおり、第四分艦隊司令部と直属部隊、第一〇特派戦隊はヴォルテール星系に拠点を置いている。これらの拠点の一部は同盟軍の把握する所ではあったが、『ドラゴニア特別派遣艦隊』は危なくなったらすぐに仮設基地を放棄しイゼルローン回廊へと逃げ込み、その後同盟軍が維持できない別の惑星に拠点を作る為に、同盟軍はその対処を後回しにしている。

 

「作戦成功おめでとう。ライヘンバッハ准将」

「有難う。戦隊が留守の間基地の方は問題ないか?」

「ああ、心配は要らないだろう。今の所叛乱軍に気づかれている様子は無いよ」

 

 宇宙歴七六七年一〇月一七日。私が基地に戻ると基地司令を臨時に兼ねているツァイラー地上軍准将が出迎えてくれた。

 

「それよりいくつか話したいことがあるんだが良いだろうか?」

「分かった。レンネンカンプ参謀長、少し外す」

 

 私はツァイラー准将と執務室に向かう。ツァイラー准将はリューベック騒乱の後、ジークマイスター機関の協力者となった。彼は帝都近郊の惑星出身であり、中央地域での勤務を切望していた。そこでシュタイエルマルク閣下が中央地域の師団長のポストと引き換えにツァイラー准将を機関の協力者に引き入れたのだ。

 

 尤も、彼は「ジークマイスター機関」という名前も知らないし、その目的も知らない。そもそも彼にシュタイエルマルク提督と取引したという意識も無いだろう。彼は派閥に属するのと同じ感覚でジークマイスター機関の協力者となっている。彼は大抵の命令について機関の指揮系統に従うが、明確に帝国に仇為す命令――例えば皇帝陛下を暗殺しろとか、同盟軍に情報を流せとか――には従わない。彼はジークマイスター機関を反国家的組織だと知らないから協力しているに過ぎないからだ。

 

「ライヘンバッハ准将。貴官へ伝えなければならない情報がいくつかある。まずは帝都情勢だが、フリードリヒ大公を擁立する組織の試みは失敗に終わったようだ」

「……やはり無理か」

「うん、支持者が少ないのならともかく、支持者が居ないのではどうしようもないよ。後、クレメンツ大公派はともかくとしてリヒャルト大公派が猛反発した」

 

 私は「そうだろうな」と思う。リヒャルト大公が帝位継承を主張する有力な根拠の一つが「長男であること」だ。次男フリードリヒの即位を一時的にとはいえ容認することはできないだろう。クレメンツ大公に対して優位に立てる材料を自分から捨てることになる。

 

「だが、良い話もある。フリードリヒ大公を擁立する動きが出てきたことでリヒャルト大公とクレメンツ大公の双方が態度を軟化させた。先帝の『遺言書』の中に記載されていた事項の内、ルーゲ伯爵やリヒテンラーデ子爵の爵位引き上げについてクレメンツ大公派の高等法院が支持を表明し、カストロプ公爵の財務尚書解任についてリヒャルト大公派のキールマンゼク宮内尚書が『遺言の解釈を誤った』として撤回を宣言した」

 

 先帝の『遺言書』はオトフリート五世帝が生前に書いたとされる物である。しかし、全ての内容かどうかはともかく、一部の内容に関してはどう考えてもリヒャルト大公派によるでっち上げである。リヒャルト大公派はこの『遺言書』にリヒャルト大公が後継者として記述されているとしていたが、クレメンツ大公派は「奸臣による偽造」と全否定していた。

 

「それと枢密院でバルトバッフェル子爵が提案した『ブローネ侯爵レオンハルトの爵位を大公に引き上げ摂政とする』案が可決したよ。枢密院はリヒャルト大公派とクレメンツ大公派が激しく対立していたが、この案に関しては全会一致で可決したらしい」

「オトフリート三世帝の末弟か!なるほどな……」

 

 ブローネ侯爵レオンハルトの長兄はオトフリート三世猜疑帝、次兄はエルウィン=ヨーゼフ一世誠賢帝である。オトフリート三世が皇太子時代に優秀な業績を治めたことは広く知られているが、弟のエルウィン=ヨーゼフ一世帝も同様に優れた統治を行った。

 

 オトフリート三世が猜疑心に囚われた結果、宮廷は著しく混乱し、一時は「暗赤色の六年が再来するのでは」とも危惧された。しかしエルウィン=ヨーゼフ一世は類まれな決断力と鉄の意思でその混乱を治めた上で、色狂いのバカ皇子として有名だったオトフリート三世の長男オトフリートへの譲位を断行した。

 

 彼自身はそれが帝国にあるべき秩序を復活させると信じており、実際それは間違っても居なかったが、後世の歴史家の一部は「誠賢帝は自身が誠実であることに拘った結果、強精帝の下で貴族が増長する結果を招いた」として批判している。

 

 まあ、誠賢帝の決断の是非は置いておくとして、話をブローネ侯爵レオンハルトに戻そう。彼は欠点はあるものの概ね有能で人格的にも優れていた二人の兄に比べて能力的にも人格的にも問題のある人物であった。彼は統治者では無く芸術家であり、世捨て人だった。

 

 彼は後世に優れた画家、あるいは建築家として知られているだろう。彼はブローネ侯爵位を継いだ後、統治を家臣に任せ、自身はひたすら芸術に打ち込んだ。

 

 彼を象徴するこんなエピソードがある。オットー・ハインツ二世帝の即位式に出席する為に帝都オーディンに向かっている最中にインスピレーションが沸いた彼は、数秒の逡巡の後、創作の為に領地へ戻ることを決意した。彼は見事な地球時代ルネサンス風の絵画を書き上げたが、その代償として無断で即位式を欠席するという大罪を犯すことになった。オットー・ハインツ二世は当然ながらこの無礼に激怒したが、その後ブローネ侯爵から謝罪と共に献上された絵画を見て、その怒りを治めざるを得なかった。その絵画はあまりに見事であり、思わず衆人の前でオットー・ハインツ二世は感嘆の声を挙げてしまったのだ。

 

「ブローネ侯爵……大公ならば摂政に置いたところで何の問題も無い。格はあるがそれ以外何もないからな。帝位継承者が存在する状況で摂政を置くのは中々珍しい事だが、ジギスムント一世帝の即位後に帝国宰相から摂政を名乗ったノイエ・シュタウフェン公爵の例もある。皇帝が居て摂政を置くことが許されるならば、帝位継承者が居て摂政を置くことも許されるだろう」

「なるほどね。これからは摂政の下でリヒャルト大公派とクレメンツ大公派が争いながら帝国を統治していくことになる……訳が無いか。皇帝不在の非常事態を何とかする為の苦肉の策だろうな。……百日摂政にならなければよいが」

 

 私の言葉を聞いたツァイラー准将が眉を顰め、「滅多な事を言うものではない」窘めた。

 

「ああ、それともう一つ伝えることがあった。帝都でリヒャルト大公派とクレメンツ大公派の双方に属さない第三勢力が台頭してきたようだ。なんでも……開明派とか言うらしい」

「開明派?」

 

 ツァイラー准将の話によると、ヴェストパーレ男爵邸に集まっていた中立派の一部がリヒャルト大公派とクレメンツ大公派の終わらない政争にウンザリして、両派を批判しつつ、改革を叫んでいるらしい。

 

 主なメンバーとしてはやオットー・ハインツ二世帝の弟であるオイゲン・フォン・リヒター子爵を中心とする旧ミュンツァー派の左派、教育総監部本部長カール・フェルディナント・フォン・インゴルシュタット宇宙軍中将を初めとする実戦派の軍人、オトフリート三世帝の長女の子であるカール・フォン・ブラッケ侯爵や枢密院議員コンラート・フォン・バルトバッフェル子爵、枢密院議員ジークベルト・フォン・ノイエ・バイエルン伯爵といった既存派閥と距離を置く貴族が挙げられる。

 

「後、『あの』高等法院でも若手判事たちがトーマス・フォン・ブルックドルフ男爵を中心に開明派に同調する動きを見せているようだね。……皇帝不在で一年以上も政争をやっていれば、そりゃあ不満も溜まるだろう。三部会議員の中にもリヒャルト大公やクレメンツ大公から離れて開明派に同調する人間が出てきている」

「辺境出身者か?」

「そうだ。中央はともかく、元々海賊や犯罪組織の活発化で困窮していた辺境地域は皇帝不在による行政機構の機能不全で大打撃を受けつつある」

 

 辺境地域の代表は地方会に集まる貴族ということになっているが、主として中央地域の平民が集まる平民会にも少数が参加している。彼らにとっては中央の都合で地方が出血を強いられている状況には我慢がならないだろう。

 

「リヒャルト大公とクレメンツ大公が一部で妥協したのは開明派の批判を躱したいという事情もあったんだろうね……それと最後は明るい話があるよ。帝都情勢じゃなくてドラゴニア辺境軍管区の話だ」

「ドラゴニアの話で明るい話か、想像もつかないな」

「グレゴール・フォン・ミュッケンベルガー宇宙軍少将率いる第一分艦隊がドラゴニア星系外縁部で同盟軍第二艦隊二個分艦隊に大勝したらしい。詳しい情報はまだ入っていないが、ドラゴニア辺境軍管区では久しぶりの大勝だ。噂によるとシュムーデ提督はこの機に乗じてドラゴニア恒星系を一度強襲することを考えているらしい」

 

 ツァイラー准将は嬉しそうにそう言った。

 

 グレゴール・フォン・ミュッケンベルガー宇宙軍少将の父は第二次ティアマト会戦において戦死したウィルヘルム・フォン・ミュッケンベルガー宇宙軍中将である。ミュッケンベルガー中将は会戦に先立って、艦隊に対し伯父ヴェンデル・フォン・ケルトリング元帥の仇を取るように訓示したが、これが会戦後に「私戦を扇動するようなもの」と問題視された。

 

 最終的にミュッケンベルガー中将は「個人的な復讐心に囚われ、冷静な判断を欠いた」とされ、第二次ティアマト会戦大敗の原因の一端を担ったとされる。これによってミュッケンベルガー伯爵家は爵位を子爵に引き下げられることになる。

 

 ミュッケンベルガー少将は父を失った後、母の教育によって士官学校に入学。主席でこれを卒業した後、前線においても後方においても優れた功績を挙げ、二七歳の時に帝国軍少将に昇進した。ちなみに私は二七歳で宇宙軍准将、ハウザー・フォン・シュタイエルマルクは三一歳で宇宙軍少将、カール・ハインリヒ・フォン・ライヘンバッハは三〇歳で宇宙軍少将に昇進している。ミュッケンベルガー少将の出世スピードがいかに速いか分かるだろう。

 

「流石はミュッケンベルガー少将だな……。しかしシュムーデ提督がドラゴニア星系攻撃を考えているというのは本当か?僅か一万隻では無謀だろう」

「黄色弓騎兵艦隊と第二辺境艦隊、それに帝国軍中央にドラゴニア星系攻撃を何度も主張しているって噂だ」

「それは……」

 

 私は渋い顔をしているはずだ。いくら何でも今の政治情勢では無謀な上申だ。軍事的にもたった二個分艦隊が消耗した程度、ドラゴニア星系の防衛に与える影響は微々たるものだろう。

 

「シュムーデ提督らしくないな……あの人は凡庸だが、帝国軍でも最高クラスの『プロフェッショナル』だ。独創性は皆無だが、与えられた職責を全うすることにかけて右に出る将官は居ない。余計な功名心に囚われているとすればあの人の持ち味が無くなってしまう」

 

 第一次パランティア星域会戦では遥かに将帥として格上のジョン・ドリンカー・コープを討ち取っている。あれもリューデリッツらから与えられた情報に従って、その命令を全うしたから出来た勝利だろう。……直後にフレデリック・ジャスパーから痛撃を食らっていることを考えても分かる通りだ。

 

 私は、この時派遣艦隊の未来に一抹の不安を覚えていた。




注釈17
 レオンハルト・フォン・ブローネは悲運の天才芸術家として知られる。歴史学者エリオット・ジョシュア・マッケンジーは「彼の人生は人間が身分制に救われることなど一つも無いという事を示す実例の一つである」と評した。

 二人の兄、オトフリート・フォン・リンダーホーフ、エルウィン=ヨーゼフ・フォン・リンダーホーフはいずれも優れた才能を持っていた。彼の芸術的な才能はこの二人の兄が持つ政治家、あるいは統治者としての才能と比較してもなお劣るモノでは無かったといえるが、残念ながら当時の人々――特にリンダーホーフ侯爵や宮廷の政治家たち――は彼の芸術的な才能を全く必要としていなかった。彼はその才能に比較するとあまりにも相応しくない不遇の青年時代を送ることになる。

 そんな彼の人生は、宇宙歴七五一年に兄オトフリート三世から突如として帝位継承者に指名されることで一変する。彼はリンダーホーフ侯爵家の一門に連なる子爵家を継ぐことになっていたが、仮にオトフリート三世の次にレオンハルトが帝位を継承するのであれば、子爵というのはあまりに軽い爵位だ。

 宮廷は慌てて彼にブローネ侯爵の爵位を与える。仮にこのまま彼が皇帝になっていたとすれば、それは彼も含め万人にとって不幸な結果となっていただろうが、幸か不幸かその後、オトフリート三世が死の間際に帝位継承者をエルウィン=ヨーゼフに変えたために、彼は即位せずに済んだ。

 その後、彼はブローネ侯爵という何不自由のない地位で創作に励むことになるのだが……。革命の波はこの皇室生まれの天才芸術家も例外なく呑み込んでいくことになる。

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