アルベルト・フォン・ライヘンバッハ自叙伝   作:富川

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青年期・ドラゴニアの大敗(宇宙歴768年1月20日~宇宙歴768年2月17日)

 宇宙歴七六八年一月二〇日。私はホログラム通信を使い『ドラゴニア特別派遣艦隊』の部隊長会議に出席した。この会議には司令部参謀の部長クラスと戦隊司令、師団長クラスまでの全指揮官が出席する。議題は来月下旬に決行されるドラゴニア星系基地に対する強襲作戦についてである。

 

 ドラゴニア星系基地強襲作戦の話が最初に浮かんだのは去年の暮れ頃だ。背景には自由惑星同盟側で反戦運動が大きな盛り上がりを見せ、ドラゴニア全域に派遣されている同盟宇宙艦隊の活動が低調になっていることがある。その大きな理由として、要塞建設を望むフェザーンの献身的な努力もあったらしいが、元々同盟内部でも第二次ティアマト会戦後の総力戦体制に対する不満は存在していた。それがここにきて一気に爆発したという事だろう。

 

「壊滅的な打撃を与えられた帝国宇宙軍は少なく見積もって二〇年は同盟領に侵攻出来ない。ならば今こそ民力休養の時期ではないか?大英雄ブルース・アッシュビーが稼いだ時間を使い、同盟の地力を上げるべく予算を投じるべきではないか?この機に乗じて帝国領土を攻めたとしても、これまで帝国を苦しめてきた『距離の防壁』が、『距離の暴虐』と化して我々に襲い掛かってくるだろう」

 

 避戦派の代表的な論客だったエドワード・ヤングブラッド上院議員は議会でそう発言した。本題とは関係が無いが、一応、彼を含む初期の避戦派の大半が反アッシュビー派と重なっていた事実は指摘しておこう。

 

 絶大な名声を持つジャスパー、ヴォーリックら七三〇年マフィアが帝国辺境地域の奪取を主張し、当時の多数派市民がこの方針を熱烈に歓迎したことでこれら避戦派の声は退けられた。しかしながら、宇宙歴七四七年の第三次エルザス会戦におけるジャスパーの大敗、宇宙歴七五一年の第一次パランティア星域会戦におけるコープの戦死、宇宙歴七六一年のリューベック侵攻作戦の失敗等によって少しずつ反戦派・避戦派の勢力が拡大していくことになる。

 

 尤も、宇宙歴七六三年に帝国軍の大規模侵攻によってドラゴニア星系基地が失陥し、さらにイゼルローン回廊に要塞が建設されていることが判明すると一気に同盟世論は沸騰し、避戦論・反戦論をかき消した。その興奮はすさまじく、ついに「国家存亡の危機である」として同盟議会で国家総動員法が可決するに至った。歴史上、同盟に国家総動員法が存在したのはダゴン星域会戦前後の一三年間だけである。つまり帝国軍の動きは同盟の民衆にダゴン並みの危機感を抱かせたということだ。

 

 しかしながら、大半の同盟市民が予想していたように帝国艦隊がドラゴニア星系基地から同盟辺境星域を脅かすようなことは無く、また要塞の建設工事自体も、遅々として進む気配が無い。……帝国側は同盟も要塞も放置して見苦しい政争に熱中し、結果として要塞建設どころかドラゴニア辺境軍管区の維持にも支障が出るという醜態を晒していた。この有様を見た同盟市民たちは国家総動員法や軍拡の必要性に疑問を持ち始めることになる。

 

 宇宙歴七六六年、同盟議会の統一選挙を前にジャスパー元帥はドラゴニア辺境軍管区への大規模反攻作戦を実施する。この作戦は想定以上の損害を出した上に肝心の要塞破壊には失敗する。とはいえ、ドラゴニア星系基地の奪取とドラゴニア辺境軍管区の制宙権を確保した事実は同盟軍の勝利を喧伝するに足り、反戦論を一時的に抑え込むことに成功した。……そう一時的にである。

 

 帝国地上軍はドラゴニア辺境軍管区の各地で抵抗を続け、それを鎮圧する為に大規模な地上軍部隊が派遣された。しかしながら、明らかに投じる資金・物資・人命とそれによって得られる戦果が釣り合っていなかった。例を挙げれば惑星ソンムではファルケンハイン中将が作り上げた塹壕陣地を前に同盟軍は僅か一二kmしか前進できなかった。……一四万の死傷者と引き換えに。

 

 政府、国防委員会、統合作戦本部は戦況が同盟側優位であることと、各惑星への攻撃が必要であること、既に帝国地上軍は激しく消耗していることなどを再三に渡って強調したが。が、一二月上旬のアドベント攻勢、特にドラゴニア星系基地が炎上する様子がフェザーン系メディアなどによって大々的に放映されたことをきっかけに市民の不満が爆発した。

 

 これまで「帝国地上軍の瓦解は最早時間の問題」と国民に説明していたフィルダート最高評議会議長は急遽会見を開き、これまで国民に行っていた説明が誤っていたことを認め、次期議長選挙に立候補しないことを表明したがそれでも反戦運動が収まる気配は無かった

 

 そんな同盟の混乱を見たからこそ『ドラゴニア特別派遣艦隊』の中でも一度ドラゴニア星系基地とそこに籠る同盟艦隊を叩いてみても良いのではないか?という話が出てきたという訳だ。……尤も、まさかこんなやり方をするつもりだったとは知らなかったが。

 

「『ドラゴニア星系基地を熱核兵器で破壊せよ』ですか。非常に信じ難い命令ではありますが……小官は軍人です。それが正式な命令である以上従いはしましょう。ただそれはそれとして作戦の細部に関して数点疑念があります」

 

 私は不愉快さを飲み込み務めて淡々と質問する。私を含む部隊司令官たちは今この場で初めてドラゴニア星系基地攻撃に熱核兵器を使用するという話を聞いたのだ。しかも、その事は既に統帥本部の許可を受けているという。信じ難いことに派遣艦隊司令部の一部が独断で熱核兵器を使用する作戦案を統帥本部に持ち込み、既成事実を作ってしまったらしい。後でシュトローゼマンに聞いた話だと、司令部の参謀ですら作戦部の一部が知っていた位だったという。

 

「ふむ、聞こうか」

 

 私の発言に対してヒルデスハイム准将が鷹揚に応える。私はその態度に少し苛立ちを覚えながら続けた。

 

「まずは攻撃目標に関してです。ドラゴニア星系基地を破壊するのは宜しい。その為に熱核兵器を使用することも、まあそれが命令である以上は仕方がないでしょう。しかしながら惑星『全域』に対して熱核兵器を投下するなど正気の沙汰とは到底思えません。司令官閣下は今なお多くの帝国軍将兵がドラゴニア三で抗戦していることを知らない訳では無いでしょう」

「無論知っているとも。彼らの献身的な戦いぶりには頭が下がる思いだ」

 

 私はシュムーデ中将に向かって発言したがヒルデスハイム准将が応える。私はその事に対して不愉快さを隠しきれなくなっていたが、淡々と続ける。

 

「惑星全域に熱核攻撃を実施するということは、オフレッサー地上軍少将以下約三〇万の将兵を見捨てるということです。……我々の手で殺すといっても過言ではない。それでも核攻撃をやると?」

「ドラゴニア三の基地だけを破壊したとしてもその効果は一時的な物に過ぎない。我々の隙をついてやつらは基地を再建するだろう。遺憾ながら現状の帝国軍にドラゴニア辺境軍管区に充分な戦力を送る余裕は無く、叛乱軍の基地再建設を防ぐことは難しい」

 

 ヒルデスハイム准将は滔々と語る。私以外の諸将もドラゴニア三の熱核攻撃に対しては不満を抱いている。ヒルデスハイム准将の語り口は諸将に言い聞かせるような響きを含んでいた。

 

「ならばそもそもドラゴニア三自体の居住環境を悪化させ、正規艦隊の恒久的な基地建設を不可能にするべきだ。確かにドラゴニア三に取り残されながらも抵抗を続ける将兵たちには同情する。しかしながら、情に流され大局を見誤ることは避けなくてはならないのだ」

「司令官閣下も同じ考えですか?」

 

 私は先程から黙っているシュムーデ中将に語り掛けた。

 

「……オフレッサー少将ら装甲擲弾兵師団はグローテヴォール大将から撤収を許可されたにも関わらず、死地に留まることを選んだという。彼らは命を祖国の為に捨てる覚悟をしているはずだ」

 

 シュムーデ中将はしばし黙った後、私にそう答えた。

 

「それは祖国を信じているからでしょう!祖国は今の所オフレッサー少将やドラゴニア辺境軍管区の将兵たちの期待を裏切り続けている、その上我々までがドラゴニア三の残存部隊を惑星諸共焼き尽くすなど……!」

 

 私は自らの昂った感情を何とか抑えた。危険な発言ではあったかもしれないが、実際帝都の馬鹿貴族共の政争によって一番苦しめられているのはこのドラゴニアの将兵だ。そして我々はそんな現状に業を煮やした先代の帝国軍三長官の強権で動員された部隊ではないか。力及ばず見捨てることは仕方ないかもしれないが、主体的に核の炎で焼き尽くそうとするなど……信じられない話だ。

 

「……そもそも今更ドラゴニア三の基地機能を失わせる必要性を感じませんな。無論、あの基地に駐留する同盟軍艦隊が邪魔であることは間違いない。しかしながら懸けるリスクと得られるリターンに差があり過ぎる」

 

 私が言葉を途中で切った為に一瞬会議の場が静まるが、そこでカイザーリング准将が落ち着いた口調で質問した。

 

「祖国は大きな勝利を必要としている、という事だろう。戦略的な理由ではなく、政略的な理由で、な。……いや大きな勝利を必要としているのは祖国だけでもないか」

 

 第三近衛旅団長ラムスドルフ准将が皮肉気な口調で発言しつつ、シュムーデ中将、ゾンネンフェルス少将、ヒルデスハイム准将に目線をやった。

 

 ……歴史上、国内の不満を対外的な勝利によって解消しようとした国家の例は枚挙に暇がない。帝国もまた例外ではないという事だ。それはそれとしてシュムーデ中将、ゾンネンフェルス少将、ヒルデスハイム准将は個人的な理由から勝利――功績と言い換えても良い――を求めていた。

 

 シュムーデ中将は便利屋の如く使われ続ける不満、ゾンネンフェルス少将は同期ミュッケンベルガー少将の軍功に対する焦燥、ヒルデスハイム准将はブラウンシュヴァイク公爵の意向に対する忖度。私もその事に勘付いてはいたが、ラムスドルフはよりハッキリとそれに気づいていたのだろう。

 

 その後、諸将から作戦の細かい点について様々な質問が行われたが、結局作戦自体の実行は決まっている以上、私の発言も含めて全てが時間の無駄だった。ミュッケンベルガー少将やメルカッツ准将はそれを分かっているからか何も発言しなかった。しかしその顔色を見れば二人に発言したいことが無かった訳ではないということは分かったはずだ。

 

「それではこれにて部隊長会議を終了する。各員の奮励努力を期待する」

 

 シュムーデ中将が最後にそう言った時、会議室は重い空気に包まれていた。私も敬礼の後ホログラム通信を切り、思わず天を仰いだ。

 

 

 

 

 宇宙歴七六八年二月一七日。ドラゴニア特別派遣艦隊に属する各部隊はドラゴニア星系基地を目指して各仮設基地を出立した。当初の作戦案ではラインドル星系での集結後ドラゴニア星系に向かうことになっていたが、ゾンネンフェルス参謀長がこれを変更させた。

 

「ラインドル星系で一度集結すればドラゴニア星系の同盟軍がこちらの意図に気づく可能性がある。ここは奇襲の効果を最大限高める為に分艦隊・戦隊規模で同盟軍の警戒網を抜けた後、ドラゴニア星系外縁部で合流するべきだ」

 

 こうしてドラゴニア特別派遣艦隊と青色槍騎兵艦隊・第一辺境艦隊の残党を併せた計一万四〇〇〇隻が小部隊に分かれてドラゴニア星系を目指すことになった。ドラゴニア星系には第五艦隊と第八艦隊の拠点が置かれていたが、惑星シルヴァーナを包囲していた一個分艦隊のようにドラゴニア辺境軍管区の各地に散らばっており、戦力差は殆ど無い。仮に帝国側が奇襲を成功させれば、勝算は十分にあるといえる。

 

「尤も……『奇襲を成功させれば』の話だけどね」

 

 私は小さな声で呟いた。……我々ジークマイスター機関の目的はイゼルローン要塞の建設阻止だ。現状ジークマイスター機関は帝都の政争や同盟における反戦運動の高まりといった諸々の状況に対して殆ど影響を及ぼせていない。帝都では二人の大公と開明派がしのぎを削り、同盟ではフェザーン・ジャスパー派・反ジャスパー派・辺境諸地域の思惑が絡み合っている。機関の介入する余地は無い。だがそれでも状況を利用することは可能だ。

 

「偵察艦から報告です!前方の宙域に叛乱軍です!数はおよそ三〇〇」

「何!?何故そんな所に叛徒共の艦隊が居る?気づかれたのか?」

 

 レンネンカンプ参謀長の顔には焦りが浮かんでいる。

 

「分かりませんが、叛乱軍艦隊に目立った動きはないとのこと」

「ふむ……この辺りは恒星バッハの活動が不安定な為にレーダーや通信に支障が出やすい。叛乱軍艦隊がこちらに気づいていない可能性もゼロでは無いでしょう」

「しかしドラゴニア星系への到着時刻を考えると迂回は難しいです」

「そうだ。となるとここはリスクを冒してでも叛乱軍艦隊を突破することを考えなくてはなるまい」

 

 クラーゼン情報部長が意見を述べ、シュターデン作戦参謀とエッシェンバッハ作戦部長が補足する。

 

「ふむ……参謀長はどう思う?」

「この状況では仕方ないでしょうな……」

「お待ちください」

 

 そこにシュタインメッツ少尉が割り込んだ。顔色は悪いが、堂々とした口調で私たちに発言する。……シュタインメッツ少尉は常に「分を弁えた」副官として振舞っていた。彼が参謀たちの話を遮って自分の意見を述べるのは初めてである。

 

「目の前の艦隊がこちらの動きに気づいていないと考えるのは早計かと思われます。この恒星バッハは赤色超巨星であり、完全に叛乱軍側の勢力圏内です。よって激戦区ドラゴニア辺境軍管区においてもただの一度も戦場となったことはありません。単艦規模まで含めてもです。何故なら戦場とするにはあまりに状態が悪く、また戦略的にも何ら意義を持たない恒星系だからです」

「ふむ、それで?」

「そんな恒星系に何故このタイミングに限って叛徒共の艦隊が展開しているのでしょうか?三〇〇隻というこのような星系に派遣するには多すぎる艦艇数も気になります。いや、むしろもっと多いならばまだ分かります。その場合は恐らくこの戦隊の動きを叛乱軍側が察知し、その迎撃に出てきたと考えるのが自然でしょう」

 

 シュタインメッツ少尉は澱みの無い口調で説明する。

 

「……それで?貴官は何を言いたいのだ?」

「はい。小官は眼前の艦隊が我々を誘っているモノと考えます。その場合、状況は最悪といえるでしょう。単にドラゴニア侵攻作戦を叛乱軍側が察知したというだけの話では無く、恐らく作戦立案の段階から詳細な情報が叛乱軍側に漏れており、それによって叛乱軍側が我々の作戦を逆用し、各個撃破に出てきたということになりますから」

 

 参謀たちがざわつく。

 

「考えすぎではないのか?」

「……いや、そういうことも有り得るんじゃないですかね?帝国が一枚岩じゃないのは、帝都を見れば良く分かります」

 

 レンネンカンプ参謀長がそう疑念を呈するが、クラーゼン情報部長が意味ありげな視線をこちらに向けた後でシュタインメッツ少尉に同調した。とはいえ参謀たちの間では懐疑的な声が強い。当たり前だろう。シュタインメッツ少尉の意見は情報が流出している可能性を示唆している。

 

「私はシュタインメッツ少尉の意見にも一理あると思う。とりあえず我々は目前の艦隊を攻撃する素振りを見せるべきだ。その上で索敵を強化し、他に叛乱軍の部隊が潜んでいないかを確認しよう」

「しかしそれでは時間がかかりますし、目前の艦隊が仮にただの警備艦隊だったとすれば、我々が索敵を行っている間に、ドラゴニア星系基地に連絡が行くかもしれません」

 

 エッシェンバッハ作戦部長が意見を述べたが、私は首を振る。

 

「それでもこの状況は不自然に過ぎる。多少時間が余計にかかるとしてもここは一度索敵を徹底するべきだ」

 

 私の命令で二五隻の偵察艦が改めてバッハ恒星系の索敵に加わる。その間、第一二特派戦隊はゆっくりと前方の同盟艦隊に対して回り込むような動きで接近していく。

 

「……ルートⅪより報告です!第二惑星軌道上に叛乱軍艦隊を確認!」

「ボンCDXCIIIより報告!八時の方向に叛乱軍艦隊凡そ四〇〇隻」

 

 偵察艦より続々と報告が集まる。やはり同盟艦隊はこのバッハ恒星系で第一二特派戦隊を密かに包囲するつもりだったらしい。シュタインメッツ少尉の洞察が大正解だ。そして私の予測も大正解だ。……いうまでも無い事だが、シュタインメッツ少尉の洞察は正しい。今回のドラゴニア侵攻作戦に関してはジークマイスター機関が情報を同盟側に流した。今頃各部隊は同盟軍から袋叩きにあっている筈だ。

 

 当然、私には同盟側が第一二特派戦隊を襲うならばこのバッハ恒星系だろうと予測はついていた。だが、だからといってそこから逃げる訳にもいかない。もし各部隊が同盟の罠に引っ掛かって大損害を受けたとしよう。その時私の部隊だけが同盟の罠を華麗に回避した(あるいは私の部隊だけが襲われなかった)とする。その状況で私を裏切り者だと特定できない間抜けが帝国軍に居るとは思えない。

 

「馬鹿な……包囲されているだと……」

 

 エルラッハ作戦副部長が愕然とした表情でそう言った。少なくない参謀が動揺している。第一二特派戦隊の戦力は約九〇〇隻。対して現状把握できているだけでも同盟艦隊は二〇〇〇隻弱をこのバッハ恒星系に展開させているようだ。同盟軍はジークマイスター機関の流した情報を最大限活用したようだ。恐らくドラゴニア辺境軍管区に散らばっていた艦隊の大半を集めて、帝国の侵攻軍に対する攻撃部隊として配置したのだろう。

 

「狼狽えるな!状況は悪いが最悪じゃない。我々は敵の奇襲に気づくことが出来た。敵軍の機先を制するぞ!」

 

 私は冷静沈着に、如何にも自信有り気にそう叫ぶ。頼もしい指揮官に見えていただろうか?奇襲を予測していた分、他の参謀たちよりも落ち着いていたはずだとは思う。

 

「参謀長!この布陣を見る限り、恐らく叛乱軍は我々を九時の方向へ誘い込みたいはずだ。そこで我々は前方の艦隊を中央突破した後、そのまま時計回りで三時の方向を突破してバッハ恒星系を離脱する」

「恒星のすぐそばを通ることになりますな。なるほど。あの不安定な恒星バッハの近くならば叛乱軍の伏兵も居ないだろう、ということですか」

「そうだ。叛乱軍の戦力にも限りはある。まさか我々が早々に恒星バッハに突っ込んでいくとは予想して、部隊を配置してはいないだろう」

 

 私は予め考えていた離脱策を参謀長に披露する。

 

「その方向性で良いでしょう。詳細は急ぎ作戦部と情報部で詰めます」

「宜しく頼む」

「叛乱軍各部隊に動きあり!我々に向かってきます」

「こちらが気づいたことに気づいたか。まあ良い。通信開け」

 

 私は通信機器に近づく。長距離ならともかく、戦隊全体に対してなら通信も繋がるようだ。実際に戦闘が始まれば寸断されることも有り得るだろうが。

 

『第一二特派戦隊司令官、アルベルト・フォン・ライヘンバッハ宇宙軍准将である。現在、第一二特派戦隊は叛乱軍の包囲下に置かれている。危機的な状況であるといえるだろう。しかしながら叛乱軍は完成していない包囲網の為に広く分散している。我々は敵軍の機先を制し、バッハ恒星系を離脱することが十分に可能である。私、アルベルト・フォン・ライヘンバッハが殿を務めよう。諸君らは安心して為すべき使命に集中したまえ』

「司令官閣下!麾下各部隊に連絡完了しました」

「よし、全艦突撃隊形を取れ!目標は前方叛乱軍三〇〇隻。進め!撃て(ファイエル)!」

 

 第一二特派戦隊が一気に同盟艦隊に突っ込む。同盟艦隊は抗戦しようとせずにそのまま散り散りに逃げた。

 

「一一時、二時、四時の方向から砲撃!敵の伏兵です!」

「司令官閣下、後方の敵部隊が急速に距離を詰めています」

「構うものか!このまま二時の方向へ進め!敵伏兵部隊を牽制しつつバッハへ突っ込むぞ!」

 

 同盟艦隊は実に効果的に伏兵を配置していた。特に四時の方向から数百隻の部隊が強引に突っ込んできた時には戦隊を分断されそうになり肝を冷やしたが、第七四機動群――クルトの部隊である――が持ちこたえている間に逆に第二六一巡航群――ハウサーの部隊だ――が突撃してきた部隊に対して突撃を敢行し、強引に活路を切り開いた。

 

「第二六二巡航群司令インゲ中佐戦死!指揮権継承者のエーミール少佐と連絡が途絶。臨時で次席幕僚ナールバッハ大尉が指揮を執るとの事!」

「第一六地上支援群旗艦ベートーヴェンⅥ轟沈、司令デンプヴォルフ大佐の生死は不明!」

「耐えろ!このまま恒星に突っ込むぞ!」

 

 第一二特派戦隊は少なくない損害を出しながらも何とか持ちこたえながら恒星バッハへと接近する。この動きはやはり同盟側の想定とは違っていたらしく、慌てて遠方の部隊がこちらに向かっている。

 

「第五六打撃群副司令ヘルムホルツ中佐の乗艦であるロールシャッハⅢより救援要請、推力を失い恒星バッハに引き寄せられつつあるとのこと!」

「指揮系統の混乱は避けたい!周辺の艦に何とか牽引させろ!」

 

 ロールシャッハⅢだけではなく、複数の艦が脱落しバッハへと墜落しつつある。同盟艦隊は無理に追撃してきていないが、今も遠距離砲での攻撃を続けている。

 

「よし、バッハを抜けた!この機を逃すな、一気に距離を稼ぐぞ」

 

 その後、包囲を受けた第一二特派戦隊は同盟軍の追撃を辛くも凌ぎ、バッハ恒星系を離脱することに成功した。同時刻にはドラゴニア辺境軍管区の各地でドラゴニア星系基地を目指していた部隊が数で勝る同盟軍に敗退しており、特に本隊はラインドル星系において三倍の敵に包囲されることになった。

 

 ハンス・ヨーデル・フォン・シュムーデ宇宙軍中将以下司令部は激戦の中で行方不明となる。私の先輩であるシュトローゼマン人事部長も例外ではない。本隊自体は副司令官グレゴール・フォン・ミュッケンベルガー宇宙軍少将の指揮の下、辛くもラインドル星系からの離脱に成功するが、当初三六〇〇隻を有していた本隊は最終的に半数以下の一五〇〇隻にまで撃ち減らされることになった。

 

 また、第三分艦隊司令官クリストフ・フォン・リブニッツ宇宙軍少将らが戦死。第二分艦隊司令官ワルター・フォン・バッセンハイム宇宙軍少将は第一六二混成師団の反乱で拘束され、同盟軍に引き渡されて虜囚となった。第四分艦隊司令官マティアス・フォン・ハルバーシュタット宇宙軍少将は戦死こそ免れたものの旗艦を沈められたことで重傷を負った。戦隊司令官、群司令クラスになると戦死者負傷者の数はさらに増える。

 

 まさしく大敗であった。……ジークマイスター機関の思惑通りの大敗であった。




注釈20
 銀河帝国ではクリスマスから逆算した四週間をアドベントと呼び、クリスマスを祝う風習がある。アドベント攻勢は丁度その機関にドラゴニア辺境軍管区に展開する帝国地上軍部隊が一斉に行った反攻である。
 ユリウス・ファルケンハイン地上軍中将、アルバート・フォン・オフレッサー地上軍少将らドラゴニア辺境軍管区の地上部隊指揮官たちはアスターテ会戦前に一つの約束をした。「毎年、クリスマス・アドベントまで健在ならば、一斉に反攻に出ることでそのことを戦友たちに知らせよう」というのがその内容である。
 しかしながら結局一年目・二年目にはそんな余裕は無く、『ドラゴニア特別派遣艦隊』の支援を受けることが出来た三年目の七六八年に初めて実行された。後にパトリック・アッテンボローが「伊達と酔狂だけを胸に半場ヤケクソで喧嘩を売った」と評したように到底作戦と呼べる代物では無かったが、同盟側の油断もあり想定上の戦果を挙げることに成功する。特に、オフレッサー地上軍少将の奇襲で混乱したドラゴニア星系基地の一区画が一時的に炎上した様子は同盟市民に大きな衝撃を与えた。

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