アルベルト・フォン・ライヘンバッハ自叙伝   作:富川

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青年期・『回廊の自由(フリーダム・オブ・コーリダー)』作戦(宇宙歴768年2月25日~宇宙歴768年4月26日)

 宇宙歴七六八年二月二五日。私はイゼルローン要塞の完成した区画の一室で、幕僚数名と共にテレビ放送を見ていた。画面には統合作戦本部長ロバート・フレデリック・チェンバース地上軍元帥、宇宙艦隊司令長官フレデリック・ジャスパー宇宙軍元帥、地上軍将官会議副議長兼ドラゴニア統合任務軍司令官ブライアン・エイジャックス地上軍大将、統合作戦本部次長メルヴィン・コッパーフィールド宇宙軍大将、宇宙艦隊総参謀長シルヴェール・ルグランジュ宇宙軍大将、第五艦隊司令官ステファン・ヒース宇宙軍中将、第八艦隊司令官クリフォード・ビロライネン宇宙軍中将の七名と帝国軍の軍服を着た一名が映し出されている。

 

 

『……我がシェーンコップ家の先祖、クルト・フォン・シェーンコップは宇宙軍大佐としてダゴンの会戦に従軍しておりました。彼はそこで熱核兵器の非人道性を目の当たりにし愕然とし、その有様を克明に記録した映像を遺しました』

 

 四〇代半ば程の端正な顔立ちをした帝国軍士官が先程から市民に対して語り掛けている。清潔で整った軍服、洗練された立ち振る舞い、穏やかな口調からは彼が上流階級の出身者であることが伝わってくる。

 

『私はそれ故にドラゴニア三への熱核攻撃実施には強く反対しました。人道的に許されるはずがない!幸い、幾人かの恥を知る帝国士官は私に同調してくださいました。しかし、シュムーデ提督ら大多数の将官の意識はダゴン時代から全く変わっていなかった!』

 

 壮年の士官は悲嘆に暮れた表情でそう語る。その姿を見た同盟の市民たちはきっと彼の無念を感じ同情するだろう。……大した役者だ。

 

『彼らはあなた方……様々な不幸によって道を違えたかつての同胞を同じ人間だとは考えていなかった!いや、それだけじゃない。ドラゴニア三には今なお少なくない数の帝国兵が居ます。しかし、彼らには下級貴族の率いる平民の部隊など全く眼中に無かった……。卑劣極まりない!私はその瞬間、かねてから考えていた亡命を実行に移すことを決意しました』

『パスカル・フォン・シェーンコップ地上軍准将の連絡を受け、我々ドラゴニア統合任務軍は急いで迎撃態勢を整えました。ギリギリのタイミングだったと言えるでしょう。シェーンコップ准将の連絡が無ければドラゴニア三が核攻撃を受けていた可能性は否定できません』

 

 シェーンコップ准将に続いて横の同盟軍士官が語る。第五艦隊司令官ステファン・ヒース宇宙軍中将だ。アッシュビーの作戦参謀を務めていた人物でジャスパー派の重鎮である。ヒース中将とビロライネン中将、そしてエイジャックス大将とシェーンコップ准将はホログラムで会見に参加している。

 

『我々の迎撃作戦は成功し、帝国軍のドラゴニア派遣艦隊は壊滅的な打撃を受けました。統合作戦本部の概算では帝国軍一万四〇〇〇隻の内、イゼルローン回廊に逃げ込めたのは半数以下の六〇〇〇隻前後です。同盟市民の皆様。イゼルローン回廊の帝国軍要塞を破壊し、ドラゴニアを同盟の手に取り戻す時がついに来たのです』

 

 宇宙艦隊司令長官ジャスパー元帥が真摯な表情でそう語ると、居並ぶ諸将も頷く。第八艦隊司令官ビロライネン中将以外は皆ジャスパー派の将官であるし、ジャスパーと距離を置くビロライネン中将にしても作戦に反対する程ジャスパーを嫌っている訳ではない。

 

『統合作戦本部は同盟市民の皆様と最高評議会に対しイゼルローン回廊侵攻作戦の実施を提案します』

 

 最後に統合参謀本部長チェンバース地上軍元帥が穏やかな口調でそう語り、会見は終了した。チェンバースは七三〇年に士官学校を卒業し、アッシュビーら七三〇年マフィアとも交流があったが、地上軍の士官であったために七三〇年マフィアには数えられることは無かった。

 

 第二次ティアマト会戦後はフレデリック・ジャスパーの盟友として彼と協調することで出世街道を上り、現在の統合作戦本部長の椅子を手に入れたと言われている。彼自身決して無能という訳ではないのだが、宇宙における作戦は事実上宇宙艦隊総司令部が主導権を握っており、また宇宙戦力の管理に関してもジャスパー派の重鎮であるコッパーフィールド宇宙軍大将が掌握している。水準以上の事務処理能力と地上軍指揮能力を有するとはいえ、彼がお飾りの統合作戦本部長であることは否めないだろう。尤も彼自身はその事に不満を感じていなかったようだが。

 

「……ふざけるな!シェーンコップ、あの裏切り者め!」

 

 エッシェンバッハ作戦部長が堪え切れないといった様子で拳を振り上げ、机に叩きつけた。それを皮切りにして幕僚たちがシェーンコップ准将に対する罵詈雑言を――最低でも一二ダース以上は――吐き出す。

 

「何が『帝国軍の愚行を見逃せず亡命を決意した』だ。父母と妻子を引き連れて亡命しておいてよくもまああんなことが言えた物だ!」

「亡命の機会をずっと窺っていたのでしょう。同盟が自分を一番高く買ってくれるタイミングで亡命した。シェーンコップ准将らしい抜け目のない手腕です」

 

 ビュンシェ情報副部長が忌々し気に発言した横で、ハウプト人事部長が淡々と私に言う。周りの幕僚たちが興奮する間もハウプト人事部長は冷静さを崩していない。彼はどのような状況でも合理的で冷静だ。噂に聞くファン・チューリン程ではないが、やや偏屈な所もある。

 

 帝国から同盟への亡命は主にフェザーンルートで行われる。当然取り締まりの目もフェザーン側を重視している。第二次ティアマト会戦後の一時期は、イゼルローンルートでの亡命や兵士の亡命が増加したこともあって、多くの取り締まり組織がフォルゲンに拠点を置いていたが、現在ではそれらの拠点も規模を縮小している。イゼルローンに要塞が建設されつつあり、ドラゴニアが帝国によって掌握されている状況でイゼルローンルートを使った亡命はほぼ不可能であるからだ。

 

「シェーンコップ子爵一族は昨年末よりフォルゲン星系に滞在、今年の一月二〇日に同星系を発っていますが、その後消息を断っていたことが判明したそうです。同日にはアレンティア星系の帝国地上軍向けの物資を満載した輸送船団がフォルゲン星系を発ちましたから、恐らくそちらに紛れ込んだのでしょうね」

 

 ペイン憲兵隊長が憲兵総監部警保局第五課から送られてきた捜査資料を読みながらそう言った。

 

「一月二〇日か。私たちが初めて熱核攻撃の話を聞いた日だな」

「ええ、ですから元々シェーンコップは亡命を考えていたのだと思います。……正直、油断していたと言わざるを得ないでしょう。軍務省情報本部統合調査部や憲兵総監部外事局といった対外防諜も担当するセクションはこのドラゴニアでも活動しています。しかし統帥本部情報部情報保全課や憲兵総監部警保局といった対内防諜セクションはドラゴニア方面をほぼ放置していましたからね」

 

 ブレンターノ法務部長は険しい表情だ。彼の古巣は憲兵総監部警保局第三課、イゼルローン方面辺境に駐留する戦隊以下の独立部隊及び基地と地上軍及び駐屯地を統括する。つまりシェーンコップ准将の亡命を防げなかった責任を問われる部署だ。……まあ、ブレンターノ法務部長はむしろシェーンコップ准将も含むジークマイスター機関に協力する側の人物であったが。

 

 ちなみに同局第一課は中央地域に駐留する戦隊以下の独立部隊及び基地と地上軍及び駐屯地、第二課はフェザーン方面辺境に駐留する戦隊以下の独立部隊及び基地と地上軍及び駐屯地、第四課は中央艦隊といくつかの独立分艦隊、第五課は辺境艦隊といくつかの独立分艦隊、第六課は特定の自治領駐留部隊(フェザーン自治領内に配備が許されている少数の憲兵隊も第六課の直轄)、第七課はイゼルローン方面とフェザーン方面を除く辺境地域に駐留する戦隊以下の独立部隊及び基地と地上軍及び駐屯地を統括する。

 

 自由惑星同盟や共和主義勢力、いくつかの辺境自治領が絡んだ事件は外事局が、中央の軍機関関係は監査局が、予備役・退役関係は他情報機関との窓口でもある調整局が、貴族絡みの事件と貴族私兵の関係は特事局が、皇族と近衛関係は要人警護にも駆り出される警衛局が担当する。また各局の上に憲兵司令本部が置かれ、憲兵総監部全体を統括する。ちなみにミヒャールゼン提督暗殺事件では警保局と総務局を除く全部署が総動員された。

 

「しかしまあ、憲兵の無能を責めてばかりも居られんでしょう。戦術レベルで考えたとしても、元々ドラゴニアへの分進合撃には無理があった。艦隊を一二の小集団に分けておきながらドラゴニア星系到着時刻は二月一八日午前三時厳守というのは各部隊の作戦行動や各種判断を硬直させたに違いない。仮にシェーンコップ准将から作戦情報が漏れていなくてもちょっとしたトラブルで簡単に破綻する作戦だった、小官はそう思いますね」

 

 エルラッハ作戦副部長はウンザリした表情でそう言った。「戦術レベルで考えたとしても」という言葉は言外に「戦略レベルで考えれば論外」という事を表しているだろう。そしてそれは我々の間での共通認識だった。ドラゴニア星系基地は確かに要衝だが、落としたとしても維持することは不可能だ。現在ドラゴニアで活動可能な帝国軍はドラゴニア特別派遣艦隊一万隻と青色・第一の残党四〇〇〇隻だけなのだから。……それも最早半減したが。

 

 そういう意味では確かに核攻撃による破壊は純軍事的に悪い選択肢では無かっただろう。だがドラゴニア星系基地を破壊してもエルゴンやファイアザードの拠点がある以上、同盟軍がドラゴニア方面に派兵を続けることは可能だ。そう考えれば核を持ち出し、現地の地上部隊を見捨ててまで破壊を試みる必要性があったのだろうか。

 

「過ぎてしまったことを悔いても仕方がないさ。問題はこれからの事だよ諸君。バッセンハイム大将の黄色弓騎兵艦隊、パウムガルトナー中将の第二辺境艦隊は既にイゼルローン要塞防衛の為に動員を開始している。我々もこれに加わらなくてはならない。再編を急がないとな」

 

 私は務めて明るい口調でそう言った。

 

 『ドラゴニア特別派遣艦隊』の残存艦艇はおよそ六三〇〇隻。新たにミュッケンベルガー少将を司令官とし、温厚な性格で人望があるカイザーリング准将が副司令官となった。また、ノイエ・バイエルン准将が第一分艦隊、グライフス准将が第三分艦隊、メルカッツ准将が第四分艦隊の司令官を兼任し、私は副司令官を務めるカイザーリング准将に代わって第二分艦隊を指揮することに決まった。つまり私だけは司令官代理という肩書になる訳だが、二八歳で艦隊勤務歴二年の准将には十分重い肩書である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宇宙歴七六八年三月七日。自由惑星同盟最高評議会は統合作戦本部が提案した『回廊の自由(フリーダム・オブ・コーリダー)』作戦を実行に移すこと全会一致で可決する。

 

 宇宙艦隊司令長官フレデリック・ジャスパー元帥自らが遠征軍総司令官を務め、宇宙艦隊総参謀長シルヴェール・ルグランジュ宇宙軍大将が遠征軍総参謀長を務める。サミュエル・ジョージ・ジャクソン宇宙軍中将の第二艦隊、ハリソン・カークライト宇宙軍中将の第三艦隊、ステファン・ヒース宇宙軍中将の第五艦隊、ショウ・メイヨウ宇宙軍中将の第九艦隊、ツェーザリ・ブット宇宙軍中将の第一一艦隊の五個艦隊が動員された他、さらに複数の独立分艦隊が予備戦力として、アリアナ・キングストン宇宙軍大将が指揮する戦略支援軍集団が兵站と電子戦・情報戦強化の為としてドラゴニア三に進駐した。五個艦隊併せて艦艇五万二〇〇〇隻、これは第二次ティアマト会戦を超える規模の動員である。後方に展開する独立分艦隊は計算に入れていない。

 

 ジャスパー元帥が司令官を務めていた腹心の第四艦隊はアスターテ会戦での消耗から回復しておらず不参加、同じ理由でジャスパー派が多い第六艦隊も不参加である。この両艦隊が動員できないせいか、明確な反ジャスパー派であるジャクソン中将の第二艦隊、リューベック騒乱以来ジャスパーと距離を置いているカークライト中将の第三艦隊、ジャスパー派が掌握しているもののパランティア星域会戦の遺恨が燻っているブット中将の第一一艦隊が動員されている。

 

 大勝を挙げて士気が上がっているとはいえ、ドラゴニア特別派遣艦隊と一戦交えたばかりの第五艦隊を動員したのは、司令官ヒース中将がジャスパー派への忠誠心と能力を併せ持った人物であるからだろう。なお、残るショウ中将の第九艦隊もジャスパー派の庇護を受ける旧ウォーリック系の艦隊であり、忠誠心を重視しての動員と思われる。ジャスパー派は他に第一二艦隊も影響下に置いていたが、こちらは国家総動員法可決後に創設された艦隊である為に、練度面から動員出来なかったと思われる。

 

「……叛乱軍が大挙してイゼルローン回廊に押し寄せることが確実視される状況にも関わらず、帝国軍は一個中央艦隊と一個辺境艦隊、それにドラゴニア特派艦隊の残存部隊を併せ三万隻にも満たない戦力しか迎撃に動員できない。実に厳しい状況だね。一応フォルゲンに拠点を移している第三辺境艦隊も司令官の判断で即応体制に入っているが……帝国軍上層部は三辺の動員には消極的だそうだ。派閥を問わずな」

「軍上層部が消極的なのではない。その上の貴族たちが消極的なのだ。一辺と二辺が担当軍管区を離れて前線に動員されたことで、イゼルローン方面辺境のかなり広い範囲において、三辺だけで治安維持を行うことになった。その三辺までもが叛乱軍迎撃に動員されることになれば、イゼルローン方面辺境から纏まった宇宙戦力が消える。そうなればイゼルローン方面辺境は海賊と犯罪組織が支配する宙域と成り果てるだろう」

 

 統帥本部情報部長の父を持つラルフと大貴族の息子であるリヒャルトはイゼルローン回廊にあってなお中央の情勢に精通している。『回廊の自由(フリーダム・オブ・コーリダー)』作戦発表後も帝国中枢の動きは鈍い。私は激務の合間に彼らと会い、その事に対する見解を聞いた。

 

「何か理由を付けて中央艦隊を動員できないのか?」

 

 私はそう尋ねた。中央艦隊は主として対同盟戦に動員される部隊だが、辺境艦隊の果たす航路保全や治安維持の役割を代行することは可能だ。

 

「今の帝国軍三長官にそんな能力があるとでも?軍務副尚書のシュタイエルマルク上級大将はボーデンで赤色胸甲騎兵艦隊の演習を行うことを主張したが、軍務尚書アイゼンベルガー元帥は貴族のお偉方に睨まれるのを恐れてその主張を握りつぶした。宇宙艦隊司令長官フォーゲル元帥は幕僚総監時代に貴族に近づきすぎた、内心はともかく表立って貴族たちに逆らうことはできない」

「統帥本部総長ルーゲンドルフ元帥だけはシュタイエルマルク上級大将を支持したがな。とはいえあの方は気骨だけは十分だが地上軍将官だからな……。発言力が小さい」

 

 二人は否定的な意見を返す。銀河帝国の軍隊は皇帝の軍隊である。軍令では統帥本部が、軍政では軍務省が、前線では宇宙艦隊総司令部が皇帝の指揮権を代行するとはいえ、その建前は変わっていない。故に皇帝が一言「○○騎兵艦隊を動員する」といえばそれに逆らえる人間は居ない。尤も、現実にはそう簡単な話でも無いのだが……一応建前上は皇帝の意思だけで動員は可能である。

 

 が、逆に言えばその皇帝が不在の状況では法的に中央艦隊を動員する権限を持つ人間が一人も居ないのだ。帝国軍三長官が派遣した『ドラゴニア特別派遣艦隊』も建前上、皇帝から広範な権限を与えられている近衛艦隊と皇帝が三長官に広範な指揮権を許していたいくつかの独立艦隊――つまり元々特定の任務に従事していた動員済みの部隊――を別々にドラゴニア方面に派遣した扱いである。三長官はかなり強引な法解釈を行ったといえる。

 

 現在は摂政が置かれたことで動員権限保持者が存在するが、摂政はあくまで皇帝の代行者に過ぎず、皇帝程強力な権力を持っている訳ではない。摂政は皇帝に比べ閣僚会議や枢密院、高等法院などからより強い拘束を受けている。当然、中央艦隊を動員し、イゼルローン回廊に派遣しようとすればこれら諸組織の支持を取り付ける必要があるだろう。

 

「……まあ、イゼルローン回廊の地形を活かせば十分耐えきることは可能なはずだ。しかも率いるバッセンハイム大将は歴戦の猛将、パウムガルトナー中将は往年の名参謀長、ミュッケンベルガー少将は二〇年に一度の秀才、皆凡百の指揮官ではない」

 

 最後にリヒャルトはそう言ったが、指揮官の能力だけではどうにもならない状況があることは第二次ティアマト会戦におけるコーゼル大将やアッシュビーの最期、第一次パランティア星域会戦におけるコープの最期、アスターテ会戦におけるグローテヴォール大将とアイグナー中将の最期などを見ればよく分かる話だ。私たちが彼らと同じ轍を踏む可能性は諸々の事情を考慮するとかなり高いと言わざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 宇宙歴七六八年四月一二日、イゼルローン回廊入り口付近のシヴァ星系で自由惑星同盟軍第三艦隊第二分艦隊に所属するGⅡ偵察部隊と帝国軍黄色弓騎兵艦隊第三分艦隊に所属する第四一哨戒部隊が交戦、上位部隊の支援を受けた第四一哨戒部隊がGⅡ偵察部隊を撃退する。

 

 バッセンハイム大将は大々的にこの『第二次シヴァ星域会戦』の勝利を喧伝したが、同部隊の目的が偵察に過ぎない事を考えると、これを帝国軍の勝利と呼ぶのは誇張が過ぎるという物だ。しかし、帝国軍、特に大敗直後のドラゴニア特別派遣艦隊の士気は低く、誇張でも何でも士気が上がる材料が必要だったことは否定できない。同月二〇日頃には『第二次シヴァ星域会戦』に匹敵するような小競り合いが回廊の入り口付近で頻発するようになる。

 

 同月二三日、自由惑星同盟遠征軍は第一一艦隊を先頭に回廊への本格的な突入を開始、これにバッセンハイム大将の黄色弓騎兵艦隊、パウムガルトナー中将の第二辺境艦隊が苛烈な砲撃を浴びせ、多くの同盟艦艇を火の玉へと変えた。特にパウムガルトナー中将の部隊配置は巧緻極まりなく、同盟艦隊は二日間に渡って強硬突入を試みては一方的に砲撃を浴びることになる。

 

 しかしながら同月二五日深夜、代わって機動戦の名手として知られるカークライト同盟軍中将が率いる第三艦隊が突入を試みる。第三艦隊は電撃的に回廊へ突入、対応が遅れながらも相変わらず苛烈な二辺の砲撃を受けるが、それを物ともせずに回廊正面に陣取る黄色弓騎兵艦隊に突撃を敢行した。黄色弓騎兵艦隊との乱戦に持ち込むことでパウムガルトナー中将の巧妙な遠距離砲撃を無効化したのだ。

 

 全くの余談だが、カークライト中将は副参謀長のシドニー・シトレ宇宙軍准将に絶大な信頼を寄せていたそうだ。この作戦にもシトレ准将が一枚噛んでいるのだろうか?

 

「ふむ、バッセンハイム大将の気質を利用されましたな。叛乱軍第三艦隊が接近戦を望むからといってこちらが付き合う必要はありませんでした」

「しかし、後退する訳にもいかないだろう?」

「いえ、一時的な後退ならば問題ないでしょう。二辺の側面砲撃は極めて効果的です。遠からず第三艦隊は後退を余儀なくされたでしょうし、第三艦隊が後退すれば叛乱軍は戦線を整える為に回廊への突入を中断するでしょう。仮に第三艦隊が損害を顧みず突っ込んできたとしたら話は別ですが、それでも少なくとも第三艦隊の被害は甚大でです。遠征軍の戦力を削るという目的は果たされていますから、叛乱軍の回廊への侵入を許したとしてもさほど痛手ではありません。……どの道この戦力差では回廊侵入を防ぐことは難しいですからな」

 

 レンネンカンプ参謀長が旗艦リューベックの艦橋で私に対しそう解説する。

 

 パウムガルトナー中将の第二辺境艦隊は黄色弓騎兵艦隊支援の為に力を割かざるを得ず、その隙をついて第九艦隊が回廊突入を開始した。バッセンハイム大将は流石歴戦の猛将と呼ばれるだけあり、乱戦の渦中にあっても指揮統制を維持し、突入から一時間も経たないうちに第三艦隊に対して優勢に立つが、その頃になると二手に別れた第九艦隊が第三艦隊の両翼から回り込むように黄色弓騎兵艦隊に接近していた。

 

『今こそ我らの出番ぞ!左翼から回り込む叛乱軍部隊に砲火を集中し敵の侵攻を押し留める!』

「聞いたな!第二分艦隊が先陣を切るぞ!」

 

 ミュッケンベルガー少将の指示を受け予備戦力として後方に控えていたドラゴニア特派艦隊が黄色弓騎兵艦隊の左方から接近する第九艦隊の二個分艦隊に近距離砲戦を挑む、先頭は先の戦いで比較的戦力を保った第一二特派戦隊を中核とする第二分艦隊である。当然、その前衛集団には戦艦リューベックの姿がある。

 

「敵艦隊と一定の距離を保て!乱戦になれば孤立するのは我々だ。黄色・二辺の後退に合わせて退くぞ!」

 

 既にパウムガルトナー中将の第二辺境艦隊は回廊の端を通り後退を開始している。バッセンハイム大将の黄色弓騎兵艦隊は突入してきた第三艦隊を撃退し、右翼の第九艦隊の二個分艦隊に対しては遠距離での砲戦に徹しつつ、後退のタイミングを計る。

 

 翌、二六日午前。第三艦隊が安全圏まで後退し、第九艦隊も黄色弓騎兵艦隊にこれ以上の打撃を与えることは不可能と判断し後退していく。しかしながら回廊入り口は既に三番手の第二艦隊が固めており、突破口は同盟側に制圧された状態だ。それを確認し黄色弓騎兵艦隊とドラゴニア特別派遣艦隊は後退を開始した。

 

 この三日間の戦いで同盟軍第一一艦隊と第三艦隊は合わせて四〇〇〇隻程度を失った。なお、最終盤に攻撃に参加した第九艦隊の損害は軽微だ。一方、第三艦隊の突撃を受けた黄色弓騎兵艦隊は総数一万二〇〇〇隻の内一四〇〇隻余を、ドラゴニア特別派遣艦隊は三〇〇隻弱を失う。第二辺境艦隊は遠距離砲撃に徹していたことから損害は軽微だ。

 

 単純に与えた損害と受けた損害を比較すれば帝国軍が勝利したといえる。しかしながら同盟軍五万二〇〇〇隻に対して帝国軍は三万隻に満たない戦力しか有しておらず、またバッセンハイム大将とパウムガルトナー中将としては回廊入り口で同盟側に多大な損害を与えることで回廊内部での戦いを優位に進めようと意図があり、一方ジャスパー元帥を初めとする遠征軍司令部が回廊突入にかなりの犠牲を払うことを覚悟していたことを考えると、帝国軍にとって不本意な戦果であり、一方同盟側にとって望外に少ない損害であったといえる。

 

 銀河の歴史がまた一ページ……。




注釈21
 銀河帝国では貴族の亡命を防ぐためにかなりのリソースを投入しており、亡命阻止を職務の一環とする組織が乱立していた。

・宰相府中央情報調査室
・内務省社会秩序維持局
・内務省保安警察庁公安部公安第三課(地方領主担当)及び外事第一課(サジタリウス叛乱軍担当)
・内務省フェザーン運輸監査局
・司法省公安調査庁調査第一部第三課(地方領主担当)
・国務省航行保安局有事調査課
・国務省フェザーン高等弁務官府
・典礼省調停局特別査閲部
・軍務省情報本部
・統帥本部情報部情報保全課
・憲兵総監部警保局及び特事局第二部(通謀担当)
などである。

 この内、軍人の亡命事件は軍務省と統帥本部、憲兵総監部が取り扱うことは決まっていたものの、軍と関係のない亡命事件に関しては各省庁で管轄争いが起きやすく、また多くの組織が乱立する状況は亡命者側からするとそれだけ付け入る隙が大きいということでもあり、少なくない亡命者を足の引っ張り合いで逃してしまったとされる。

 なお、余談だが、銀河帝国の各省は最高法規であるルドルフ大帝の勅令に法的な設立根拠を持つ。一方でその下の部局は名目上法的な設立根拠を有さないか、後の皇帝による立法に根拠を持つ。しかしながら例外的に内務省社会秩序維持局だけはルドルフ大帝の勅令に基づいて設立された組織であり、また局長は閣僚、高等法院院長、枢密院議長などと並ぶ親任官(官僚制度における最高の位置づけ)とされる。内務省社会秩序維持局はこの『格』を背景に様々な職域に強権を振るい、他組織、特に内務省保安警察庁の猛反発を招いていたという。その一例が亡命者対処である。

 本来、社会秩序維持局の職域は帝国内部の思想犯・政治犯に対する取り締まりであり、思想犯・政治犯の亡命事件以外は職域とされていなかったのだが、「亡命者は共和主義者を標榜する危険思想を持つ叛徒の一員になろうとしているのだから全員思想犯である」として亡命者の取り締まりも管轄に含まれると主張した。

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