アルベルト・フォン・ライヘンバッハ自叙伝   作:富川

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登場人物の立ち位置を分かりやすくするために無理やり幕藩体制で例えます
リヒャルト大公=徳川家光+徳川家茂
クレメンツ大公=徳川忠長+徳川慶喜
フリードリヒ大公=徳川家定

貴族たちは大体こんなイメージです。時代ごちゃごちゃですが。
ブラウンシュヴァイク公爵家=伊達政宗
リッテンハイム侯爵家=前田利長
クロプシュトック侯爵家=松平容保
アンドレアス公爵=保科正之
ブラッケ侯爵・リヒター子爵=島津+松平春嶽





青年期・第三六代皇帝クレメンツ一世即位(宇宙歴768年11月1日~宇宙歴768年12月)

 宇宙歴七六八年一一月一日。オーディン帝国大学の敷地内に存在するリヒャルト一世恩賜大講堂において第八回帝前三部会が開催された。「オトフリート五世の崩御によって開会直後に休会が決定した第八回帝前三部会を再開する」という形式を取っている。

 

 通常ならばオトフリート五世が崩御した時点で第八回帝前三部会は中止となり、全議員がその資格を失うはずだった。しかし、二人の大公がそれぞれの思惑で帝前三部会の閉会に消極的だった――帝前三部会の承認を受けて厄介な反対派を黙らせたかった――ために、「休会」という形が取られ、その結果、大勢の帝前三部会議員が帝都オーディンに長期間留まる羽目になっている。

 

 一部の地方会・平民会議員は生活の都合もあり自ら職を辞したが、クレメンツ大公とその派閥が人気取りの為に支援を惜しまなかったために大半の議員は帝都に残っていた。彼らの一部は昨年の開明派と社会秩序維持局の対立において民衆を扇動し、開明派に強力な援護射撃を行うなどオーディンの政治情勢にも少なくない影響を与えていた。とはいえ、この所謂「八会組」は後の議員たちに比べれば遥かに体制に従順であり、また平民身分の代表と言いながらも身分全体に及ぼす影響力はさほど大きくなかった。

 

「忠実なる帝国臣民諸君!今日は余の為によく集まってくれた!……余は確信する。余の下に諸君らが結束し、為すべき使命を為せば、この輝かしい祖国に対する脅威を全て打ち砕くことが出来るだろう!サジタリウス叛乱軍も、航路を脅かす犯罪者も、恥知らずにも共和主義者を標榜する残虐なテロリストも、祖国に弓を引いた叛逆者も、全て例外ではない!」

 

 大講堂の一番前、そして一番高い場所――当然議長席よりも――に設けられた席から快活そうな大柄の美男子が語り掛けた。その表情からは自身の能力に対する揺るぎない確信が読み取れる。男の名はクレメンツ・フォン・ゴールデンバウム。彼はこの日、銀河帝国第三六代皇帝に即位する。

 

 クレメンツ大公……いやクレメンツ一世は時に大仰な身振りを交えながらスピーチを続ける。老いも若きも貴族も平民もクレメンツ一世のスピーチに聞きほれているようだ。……ただしリヒャルト大公派の残党は心穏やかではあるまい。

 

「皇帝が臣民に臣民足ることを求めるのであれば、皇帝も皇帝たるに相応しい器を示さねばなるまい……。余は約束しよう!全ての臣民に安心して眠れる夜を!暖かい我が家を!相応しい労務を!そして何よりも充分なパンを!」

 

 その言葉と同時に大講堂内部に議員たちの歓声が響く。平民議員たちが口々に熱狂的な支持を表明し、地方貴族たちも新たなリーダーへの期待を口にする。当初は不愉快そうな表情をしていた大貴族たちも空気を読み、満面の笑みを張り付けて歓声に加わった。

 

 クレメンツ一世は言葉を切り、歓声が収まるのを待つ。そして再び口を開く

 

「帝前三部会の諸君。余の閣僚を紹介しよう」

 

 クレメンツ一世の言葉と同時に、最前列に座っていた一〇名強が立ちあがった。

 

「宰相代理兼国務尚書ブラウンシュヴァイク公爵、内務尚書ブラッケ侯爵、軍務尚書アイゼンベルガー伯爵、財務尚書リヒター子爵、副宰相兼司法尚書リッテンハイム侯爵、宮内尚書ノイケルン伯爵、典礼尚書ヘルクスハイマー伯爵、科学尚書バルヒェット伯爵、宮廷書記官長バルトバッフェル子爵、無任所尚書エーレンベルク侯爵、無任所尚書フレーゲル侯爵、無任所尚書ランズベルク伯爵、無任所尚書フォルゲン伯爵、無任所尚書ゾンネベルク伯爵、無任所尚書ボーデン伯爵」

 

 ……後世、「極右と極左の連立政権」あるいは皮肉混じりに「帝国史上最も優秀な反国家的組織」とも称される第一次クレメンツ政権はここに誕生した。平民議員たちは自分たちの支援者であるブラウンシュヴァイク公爵やリッテンハイム侯爵、あるいは代弁者であるブラッケ侯爵やリヒター子爵の姿を見て無邪気に喜んでいたが、呑気な物である。クレメンツ一世の果断さは認めよう。だが内務尚書カール・フォン・ブラッケや司法尚書ウィルヘルム・フォン・リッテンハイムなど質の悪い冗談としか思えない。……果断が過ぎるという物だ。

 

「……この国はこれからどうなるんだろうね?」

 

 三部会が進んだ頃、クルトがウンザリとした様子で私に語り掛けてきた。先月、ハウザー・フォン・シュタイエルマルク上級大将は元帥に昇進し、宇宙艦隊副司令長官に就任した。宇宙艦隊副司令長官は自動的に公僕会議員資格を有するが、シュタイエルマルク提督は別に地方会議員の資格も有しているために、地方会議員の資格は息子であるクルトが代行している。私も同じような仕組みで父の地方会議員の資格を代行している。

 

 議場の中央ではブラウンシュヴァイク公爵が大仰な身振りで故・カストロプ公爵を弾劾している。故・カストロプ公爵は優れた政治屋であった。機を見るに敏とは彼の為にある言葉であり、徴税権を一手に握ることで莫大な不正資産を築き上げた。一方で彼のあからさまに過ぎるそのやり方は方々で顰蹙を買っていた。それでも彼の「奇術」を前にしては誰も――オトフリート五世倹約帝もアンドレアス公爵もブラウンシュヴァイク公爵も――手出しすることが出来なかったといわれる。「カストロプ公爵の弾劾」は第一次クレメンツ政権の全閣僚が同意した数少ない政治判断では無いだろうか。

 

「とりあえず同業者組合(ギルド)は潰されるみたいだな」

 

 早々に飽きた私は手元に配られた資料を勝手に読み始めていた。クルトは最初こそカストロプ公爵の弾劾を見て「帝国政治史に刻まれる瞬間だ」と眼を輝かせていたが、あまりに多くの貴族が同じような批判を繰り返す様子為に辟易した様子であり、私の読んでいる資料を覗き込んできた。

 

 「組合禁止法」……提案者の名前を取ってブラッケ法とも称されるこの法律は自由競争を促進し、ギルドによる不当な価格のつり上げを防ぐ、との大義名分で制定されるらしい。が、その提案者はブラウンシュヴァイク公爵たちを睨み付けながら法案審議の場でこう言った。

 

「……小さく産んで大きく育てる。それが出来ればこの法の意義は達せられるだろう。それが出来ればな」

 

 ブラッケの仏頂面とあからさまな不快感の表明は議員たちを不安にさせたが、結局この法律は全会一致で――あくまで公式記録上では――可決された。民衆と地方貴族、そしてその代表議員にとって物価の安定は長年の夢だ。彼らは物価高騰の原因として三つのモノを考えていた。一に宇宙海賊、二に官僚貴族と特権商人の癒着、三に土地の国有化。……彼らはこう考えていた。

 

『人類が一つの惑星に住んでいたころならともかく、この宇宙時代に物資が不足する訳無い』

『物資は足りているのだ。それが私たちの手元に来ない社会と経済のシステムに問題があるのだ』

 

 このような不満を実に悪辣に、実に狡猾に利用しているのがクソ領地貴族共だ。奴らこそが帝国に巣食う寄生虫なのに、奴らは中央政府や官僚に民衆の敵愾心を逸らし、「自分たちこそが腐敗した無能な官僚たちから民衆を守っているのだ」といけしゃあしゃあとのたまっていたのである。

 

 第八回帝前三部会ではこの「組合禁止法」が新たに制定された他、六の法律が改正され地方貴族や民衆がより強力な私的護衛部隊や自警団を設立することが可能になったが、最大の懸案事項である租税法改革には一切触れられないまま閉会した。その事に対し不満を漏らす議員がいなかった訳では無いが、大半の議員はそれぞれの意味でクレメンツ一世の手腕に期待しており、大きな混乱は起きなかった。

 

 

 

 

 

『フランツ・フォン・マリーンドルフ伯爵がカストロプ元・公爵の不正な資産を全額帝国中央政府に引き渡すことを表明。今後、資産の使い道を巡って上層部での対立が激化することが予想される』

『高等法院判事ブルックドルフ子爵他三名がリッテンハイム司法尚書に建白書を提出。リッテンハイム侯爵は立法権に対する過干渉であると反発』

『帝国学士院の貴族血統データを巡って典礼尚書ヘルクスハイマー伯爵と宮内尚書ノイケルン伯爵が対立』

『内務尚書ブラッケ侯爵、社会秩序維持局に一〇六点の捜査資料開示を命令。保安警察庁・民政局の独立を示唆』

『無任所尚書フレーゲル侯爵が閣僚会議と枢密院に対し典礼省・保安警察庁・公安調査庁の規模縮小を提言』

『開明派のレッケンドルフ国務次官補が辞意を表明。ブラウンシュヴァイク国務尚書は慰留の意向』

『宮廷書記官長バルトバッフェル子爵を議長とする自治領行政改革推進会議において、自治統制庁の省への格上げが提言される。宮廷関係者によると、バルトバッフェル子爵は内務省からの切り離しには肯定的だが、自治統制庁の規模拡大には警戒している模様』

 

「予想通りの内輪もめだな。開明派とクソ領地貴族が上手くやれるわけがない。しかもバランス感覚に優れた官僚貴族は開明派系統以外軒並み更迭されているからなぁ……」

 

 私の今の職場の上司が、勤務時間中にも関わらず帝国一般新聞(ライヒス・アルゲマイネ・ツァイトゥング)の記事を流し読みしながら呟いた。

 

 帝国の情報媒体は全て内務省情報出版統制局の検閲が行われている。とはいえその範囲内においても各紙面毎に傾向は分かれる。以前から上流市民向けの全国紙帝国一般新聞社(ライヒス・アルゲマイネ・ツァイトゥング)――後の民主(デモクラティ)前衛(ー・ラディカ)新聞社(ル・ツァイトゥング)だ――は最もリベラルな報道姿勢で知られていた。そしてその傾向は開明派の台頭に合わせて強まっており、内務尚書にブラッケ侯爵が就任した翌週には財務官僚四名と特権商人の大規模な収賄事件を紙面に掲載した。

 

 以前も政争絡みでそういう事件が表に出ることはあったが、基本的に国営メディアからの報道であり、帝国上層部の統制下にあった。帝国一般新聞社(ライヒス・アルゲマイネ・ツァイトゥング)がこのような報道を独自に行うことは極めて稀であり、またこのような報道を行ったにも関わらず誰一人処分されなかったことに至っては帝国史上初の出来事といっても過言ではない。

 

 とはいえ、悪名高い同盟の極右紙、経済(エコノミック・)産業(インダストリ)新聞社(アル・ジャーナル)の方がマシだろう、といえる程度には相変わらず偏向した質の悪い内容だったが……。オリオン腕の人々から報道の自由が奪われて約五〇〇年、仕方がないことだろう。

 

「……閣下は開明派を支持なさっていたのでは?他人事ではないはずです」

「それはそうだ。軍部の自称・改革派とは違って本気で国を良くしようとしているのは分かるからな。で、俺に何が出来る?」

 

 私が窘めると上司は肩を竦めて応じた。上司の名はオスカー・フォン・バッセンハイム宇宙軍大将。イゼルローン回廊を守り切れなかったこと、そしてイゼルローン要塞を独断で破壊したことを理由に彼は軍務省高等参事官という閑職に追いやられた。

 

 ……察しの良い諸君は気付いたかな?その通りだ。閑職に追いやられた彼の部下である私もまた、当然閑職に追いやられている。階級は一つ上がって宇宙軍少将、役職は高等参事官補だ。私の場合はクロプシュトック侯爵の姪と婚約していたことが響いての閑職行きだろう。婚約破棄自体は済ませているが……まあ、何事も無しとはいかなかった。クロプシュトック事件発生時に遠くイゼルローン回廊に居たことや、父の名声、ライヘンバッハ伯爵家の帯剣貴族家全体に対する影響力などを考慮して、辺境ではなく中央の閑職へと回されたに違いない。

 

「エーレンベルク軍務尚書の例もあるでしょう?高等参事官という閑職にありながら、リューデリッツ元兵站輜重総監と協調することで軍部改革派の重鎮となり、『アイゼンベルガーの懐刀』『軍務省の鷲』と呼ばれるようになりました。今では元帥・軍務尚書です」

「『軍部省の鷲』は半分悪口だ。それに奴は先代のエーレンベルク侯爵の甥。一か月で大将・軍務政務官から元帥・軍務尚書とはな。陛下かブラウンシュヴァイクか、誰の思惑かは知らんが余程エーレンベルク侯爵のご機嫌を取りたいらしい」

 

 バッセンハイムは不機嫌そうにそう言った。

 

「閣下はシュタイエルマルク提督の元帥府に属しておいででしょう。提督は閣下を高く評価しておられます。元帥閣下のお力を借りては如何です?」

「お高く止まったいけ好かない奴に評価されても嬉しくは無いし、あいつに借りを作るのは御免だ。卿の父上が現役ならばな……喜んで馳せ参じたのだが」

 

 バッセンハイムはそう言って溜息をついた。

 

 バッセンハイムは我が父と馬が合い、シュタイエルマルク提督とは不仲だった。しかしイゼルローン回廊失陥後にシュタイエルマルク提督が宇宙艦隊副司令長官に任じられ、元帥府を開設すると元帥府入りした。本人曰く「他が酷すぎたし、あのシュタイエルマルクが俺に頭を下げて頼んできたから仕方なく」らしい。

 

「……バッセンハイム大将閣下。元帥閣下を悪く言うのは止めていただきたい。それと閣下。今は休憩時間ではありませんが何故休憩室におられるのでしょうか?」

 

 私とバッセンハイム大将が話しているとそこに眉間に皺を寄せた若い士官が加わった。軍務省官房審議官カール・フェルディナント・フォン・インゴルシュタット宇宙軍中将である。

 

「インゴルシュタットか、卿こそ一体何の用だ?」

「カストロプ一門がクロプシュトック侯爵領と連携し離反した場合に軍務省が取るべき対応について軍務尚書閣下に申し上げないといけません。実戦経験の豊富な閣下の意見をお聞きしたい、と申し上げていたはずですが」

 

 インゴルシュタットは剣呑な表情だ。しかし取り立てて不機嫌という訳ではない。彼はいつもそうなのだ。バッセンハイムはウンザリとした表情だ。

 

「あれ、本気で言っていたのか……?クロプシュトックとカストロプ残党が手を組むなど有り得ん」

「同感です。しかし閣下。何があり得ないかを言い当てるのはとても難しいものです。昨日の夢が明日の現実とならないとも限りません。閣下はクロプシュトック侯爵のテロを予測できましたか?」

 

 インゴルシュタットは淡々と話す。

 

「分かった分かった……。それが資料だな?受け取ろう。俺なりの見解を加えてアルベルトに持っていかせる。それで良いな?」

「承知しました。それと閣下、執務室をあまり長く空けるのは宜しくないかと考えます。では失礼します」

 

 インゴルシュタットは敬礼すると私たちの前から立ち去った。

 

「点数稼ぎ……では無いんだろうな。もっと賢いやり方はいくらでもある」

「先日インゴルシュタット中将が仰っていました。『やることが無いんじゃない、やることを見つけられていないだけだ』だそうです」

「無能な働き者、と断じるにはちと惜しいわな。もう少し肩の力を抜けば良い塩梅になると思うんだが」

 

 バッセンハイムは手元の資料に目線を落としながらそう言った。

 

 カール・フェルディナント・フォン・インゴルシュタットはシュタイエルマルク提督の薫陶厚い模範的な軍人であり、実戦指揮でも兵站畑でも教育畑でも統合任務でも水準以上の実績を残してきた。故・クヴィスリング元帥は「どこに置いても必ず役に立つ」と評していたという。

 

 ちなみに、その名前で分かる通り、ダゴン星域会戦の敗戦責任を負ったゴットリーブ・フォン・インゴルシュタットの曽孫である。弾劾者ミュンツァーの弁論はゴットリーブ本人にとって無意味な物であったが、彼の遺された家族の運命を大きく変えた。彼の三親等以内の血族は皆「内通者の一党」として処刑台に送られたが女性と一〇歳以下の男子、そして五親等以上の親族が死を賜ることは無く、インゴルシュタット伯爵家は帝国騎士まで爵位を落としたがその命脈を保った。やがてマクシミリアン=ヨーゼフ二世晴眼帝の下で名誉回復が行われ、バルトバッフェル男爵家等四家と共に子爵位が授けられた。

 

 なお、本人は帝都防衛司令官を務めているときにクロプシュトック事件が発生し、その責任を取らされる形で軍務省官房審議官という閑職に回された。優秀な人材の不足や開明派との繋がりもあって、苛烈な処分を受けずに済んだといえる。

 

「しかし……もう一二月の中旬だぞ?クロプシュトック討伐はいつになったら始まるんだろうな?卿は心穏やかではあるまい。その……なんだ、コンスタンツェ嬢も心配しているだろう?」

 

 バッセンハイムは遠慮がちに私に尋ねてきた。表向き、我が母アメリアの姪アンドレアとしてライヘンバッハ邸に滞在しているが、コンスタンツェ嬢がライヘンバッハ伯爵家に匿われていることは公然の秘密となっている。女性とはいえ叛逆者の一族を匿うというのは大罪だが、クレメンツ一世もその他の権力者も黙認する構えだ。

 

 今の帝国軍を支えている軍人はほぼ全員がライヘンバッハかシュタイエルマルクの影響を受けている。高々女一人の事で処断するのを躊躇う程度にはライヘンバッハという家は大きい。名門か否かという観点で見ても、ライヘンバッハに匹敵する権威を持つ帯剣貴族家は最早ルーゲンドルフ、ノウゼン、ゾンネンフェルス、シュタインホフ、リンドラー等数えるほどしか残っていない。

 

「主導権争いが続いているようですね。ブラウンシュヴァイク・リッテンハイムらは長年クロプシュトック侯爵家によって掣肘されてきました。彼らにとってクロプシュトックは目の上のたん瘤であり仇敵です。しかし、クレメンツ一世と開明派はクロプシュトックを丸ごと潰す事に対し消極的だ。カストロプと同じようにクロプシュトックの資産を抑えたいということもありますが、クロプシュトック領、特にマリエンブルク要塞を押さえておけばブラウンシュヴァイク・リッテンハイムに最低限の抑えは効きます。他にも旧リヒャルト大公派と軍の一部はそもそもクロプシュトック侯爵がテロを実行したということ自体に懐疑的ですし、リンダーホーフやエーレンベルク、グレーテルもそれぞれの思惑で勝手に動いています」

 

 私はコンスタンツェ嬢については触れずに答えた。バッセンハイムは腕を組んで――左腕は義手である――考え込む。クロプシュトック侯爵は今なお潔白を叫び続けている。それは離宮の一つに幽閉されたリヒャルト大公も同様である。

 

 実際の所、クロプシュトック事件には多くの謎が残されており、確かにクロプシュトック侯爵の犯行であることを否定できる証拠は無いのだが、エーレンベルク侯爵やリッテンハイム侯爵、極端な話死んだアンドレアス公爵を犯人としてもそれは変わらない。尤も詳しい捜査資料を見ればクロプシュトック侯爵を犯人と断定する動かぬ証拠もあるのかもしれないが……それについては「今の」私に確認する術はない。

 

……銀河の歴史がまた一ページ。

 

 

 


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