アルベルト・フォン・ライヘンバッハ自叙伝   作:富川

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青年期・疑惑のクロプシュトック事件(宇宙歴769年1月~宇宙歴769年2月1日)

 宇宙歴七六九年一月。年明けを祝う暇も無く、帝国上層部では派閥同士の対立が激化していた。大まかに言えば保守的で利己的な領地貴族派と急進的で過激な開明派の対立ということになる。

 

 しかし、一口に領地貴族派といってもその内実はバラバラだ。まず同派の両巨頭、ブラウンシュヴァイク公爵とリッテンハイム侯爵の二人からしてあまり仲が良くない。両巨頭はクレメンツ一世の支持者という立場で今まで協力していたが、クレメンツ一世の即位後は様々な権益をめぐって微妙な緊張関係にある。

 

 さらにエーレンベルク侯爵、グレーテル伯爵といったクレメンツ大公の消極的な支持者、あるいは元・中立派の存在も無視できない。彼らは今でこそブラウンシュヴァイク公爵やリッテンハイム侯爵の風下に立たされているが、第二次ティアマト会戦頃はブラウンシュヴァイク公爵やリッテンハイム侯爵に比肩する勢力を有していた。第二次ティアマト会戦後の混乱に乗じてブラウンシュヴァイク公爵とリッテンハイム侯爵はその勢力を拡大させたが、それでもエーレンベルク侯爵らとの差は絶対的なモノではない。

 

 そして領地貴族であってもリンダーホーフ侯爵、フォルゲン伯爵、ノイエ・バイエルン伯爵らは明確な反ブラウンシュヴァイク・リッテンハイム派ともいえる人々だ。彼らはブラウンシュヴァイク公爵とリッテンハイム侯爵の専横を快く思っておらず、基本的にはクレメンツ一世に忠実に動き、場合によっては開明派に協力する。旧リヒャルト大公派に対しても融和的だ。

 

 一方の開明派はカール・フォン・ブラッケら過激派とコンラート・フォン・バルトバッフェルら穏健派――一般的な帝国基準ではそれでも過激な改革派――の二つの集団が存在する。しかし、調整能力に優れ、またオトフリート四世帝の息子という権威を持つオイゲン・フォン・リヒター、啓蒙主義に詳しく、歴史学者として声望厚いブルーノ・フォン・ヴェストパーレらが間に立っていることもあり、派閥自体は結束している。しかしながら開明派の主張は全体的に過激である為に、他の派閥の協力を得ることが出来ていない。但し、旧リヒャルト大公派を排斥した関係上、要職にある実務家のほとんどが開明派か平民出身者である。その為にクレメンツ一世は開明派に融和的であり、発言力では領地貴族派に充分対抗可能だ。

 

 そして最後に旧リヒャルト大公派の生き残りも一定の勢力を保っている。クロプシュトック事件で連座してリヒャルト大公派の多くが処罰されたが、テロ被害者のリヒテンラーデ、ルーゲ、ハーンらを処罰する訳にはいかず、またクレメンツ一世が旧リヒャルト大公派の残党を領地貴族派の牽制に利用しようと考えたために要職からは追われているが、派閥としての影響力が完全に消えた訳ではない。内務省自治統制庁長官にクラウス・フォン・リヒテンラーデ伯爵、国務省フェザーン高等弁務官事務所参事官にヨッフェン・フォン・レムシャイド伯爵令息らが任命されたことからもその事は読み取れる。

 

 各派閥にとって重要な対立点になっていたのは、「財政問題への対処」「故カストロプ公爵の資産」「省庁再編」そして「クロプシュトック派への対応」である。

 

 ブラウンシュヴァイク・リッテンハイムらは当然にクロプシュトック領への侵攻と徹底的な弾圧をやろうとしたが、開明派がそれに待ったをかけた。内務尚書ブラッケ侯爵が社会秩序維持局と憲兵総監部の捜査に疑問を呈し、高等法院では若手のブルックドルフ判事らが旧リヒャルト大公派の官僚一五名に対し「証拠不十分」として無罪を言い渡した。

 

 さらに、クレメンツ一世はクロプシュトックの処断には当然積極的だったが、クロプシュトック派全体の凋落は望んでいなかった。クロプシュトック侯爵領、そしてその派閥の存在はブラウンシュヴァイク・リッテンハイムら不穏分子の動きを建国以来掣肘してきた。クレメンツ一世は隣接するリューネブルク伯爵を通じ、水面下でクロプシュトック個人が自ら降伏するように説得を繰り返していた。

 

 軍部のエーレンベルク元帥はクロプシュトック征伐に大部隊を動員することに対し消極的だ。回廊戦役での敗北を受けて辺境防衛部隊を増強する必要があり、同時に旧カストロプ派の暴発に対する警戒部隊の展開に既に大部隊を動員している。この状況でさらにクロプシュトック征伐に大部隊は動員したくない、というのが本音である。また、実家のエーレンベルク侯爵家がクロプシュトック征伐に消極的だという事情もある。ブラウンシュヴァイク・リッテンハイム一門を掣肘するクロプシュトック侯爵家の消滅は両家にとって都合が良かったが、その他の貴族家には必ずしも望ましい事では無かった。これらの事情によって、爆弾テロから五か月近く経過したにも関わらず、未だクロプシュトック征伐は実施されていなかった。

 

 宇宙歴七六九年一月一七日。突如として国務尚書オットー・フォン・ブラウンシュヴァイク公爵が記者会見を開く。

 

「邪悪なる叛逆者、ウィルヘルム・クロプシュトックを討ち取ることは帝国臣民にとって最早責務ですらある!その崇高な使命を果たすことを妨げようとする者が帝国臣民に居るはずも無いが、結果として妨げている者が居ることは甚だ遺憾である。私、オットー・フォン・ブラウンシュヴァイクが本来高貴なる者が在るべき姿を臣民に見せよう!私の下に集った二一三二の貴族家、七七〇万の兵士たちはここに『愛国挺身騎士団』を結成し、クロプシュトックを討ち果たす!」

 

 その宣言と同時にクロプシュトック侯爵領に面するバルヒェット伯爵領からブラウンシュヴァイク公爵一門の私兵部隊がクロプシュトック侯爵領に雪崩れ込んだ。バルヒェット伯爵領には以前からブラウンシュヴァイク公爵一門の私兵部隊が集結していた。しかし、まさか独断で征伐を実行するとは誰も予想していなかった。

 

 この事態にクレメンツ一世とブラッケ侯爵は怒り狂った。しかし、一番猛然とブラウンシュヴァイク公爵を非難したのは司法尚書リッテンハイム侯爵だった。

 

「国務尚書ブラウンシュヴァイク公爵は畏れ多くも皇帝陛下の承認を得ないまま、自領の外に私兵を大規模に派遣した。確かに叛逆者クロプシュトックの征伐は臣民の崇高な義務ではあるが、それは皇帝陛下の詔勅に基づいて為されるべきであり、それが銀河帝国の正しい姿である。ブラウンシュヴァイク公爵の行為は明確な帝国法違反であり、司法省はブラウンシュヴァイク公爵を五つの詔勅・法令違反の疑いで捜査を開始した。ブラウンシュヴァイク公爵の私兵部隊が進軍を停止しない場合、告発も辞さない」

 

 リッテンハイム侯爵がここまで強硬に非難したのは、別に彼が誠実な官僚だから、という訳ではない。単にブラウンシュヴァイク公爵と水面下で結んでいた密約――クロプシュトック侯爵領の資産に関する利己的で表に出せない類の――を反故にされたからに過ぎない。

 

 その証拠に同月二三日、リッテンハイム侯爵領のアルテナ星系に集結していたリッテンハイム一門の私兵部隊が『忠君誠心連合艦隊』を名乗りクロプシュトック侯爵領に侵攻、その際にブラウンシュヴァイク公爵軍が制圧していたいくつかの惑星がリッテンハイム侯爵軍に譲渡された。つまり、ブラウンシュヴァイク公爵は抜け駆けに対する補償をリッテンハイム侯爵に対して行い、リッテンハイム侯爵はそれを受け入れたという事だ。

 

「司法省は国務尚書ブラウンシュヴァイク公爵の私戦扇動行為・内乱誘発行為・違法軍事行動疑惑に対する捜査を打ち切った。ブラウンシュヴァイク公爵は本心から忠君愛国の為に部隊を動かしており、その事に一切の私心は無い。その為、ジギスムント一世陛下二二号詔勅、アウグスト一世陛下一一号詔勅、エーリッヒ二世陛下五号詔勅、エルヴィン=ヨーゼフ一世陛下七号法令等への違反には当たらないと判断した。また、私、ウィルヘルム・フォン・リッテンハイムは一九二七の貴族家、五二一万の兵士と共に『忠君誠心連合艦隊』を結成し、叛逆者クロプシュトックを討ち果たす為に闘うことを宣言する」

 

 クロプシュトック侯爵領に雪崩れ込んだブラウンシュヴァイク公爵軍とリッテンハイム侯爵軍はあっという間にクロプシュトック侯爵領の三分の一を制圧下に置いた。クロプシュトック侯爵領の私兵部隊は長年の仮想的であるブラウンシュヴァイク公爵とリッテンハイム侯爵に激しく抵抗すると思われたが、その抵抗は散発的であった。民衆もまた両巨頭への反感は等しく有していたが、武力を持つ私兵部隊が殆ど有効な抵抗をしない以上、無力な自分たちだけが占領軍に抵抗するという選択肢は無い。民衆は早々に恭順の意を示し、占領軍に徹底的に媚びた。気を良くしたブラウンシュヴァイク公爵は「こんなに弱いのならもっと早く潰せばよかった」と側近に漏らしたらしい。

 

「……ライヘンバッハ少将。卿はどう見る?」

「クロプシュトック侯爵は中々の器量をお持ちですね。誘引作戦を立てたのはクライスト中将かフォイエルバッハ中将か……とにかく軍人でしょう。しかしそれでも自分の領地を一時的に宿敵に渡すという決断は中々出来ません。全ての領地がクロプシュトック侯爵の直轄地という訳では無いですし、一門をよく掌握しているともいえます」

「なるほど。そういう視点の評価もあるな……。クロプシュトック侯爵軍は私兵部隊が一万二〇〇〇隻、それにマリエンブルク要塞駐留艦隊等が加わって総勢三万隻程度。ブラウンシュヴァイク公爵とリッテンハイム侯爵の軍は合わせるとその倍はあるが……。上手く分散させられているな。こりゃ手酷くやられるぞ」

 

 私とバッセンハイム大将の予想は当たった。宇宙歴七六九年一月三〇日、クロプシュトック侯爵軍が一斉に反攻を開始する。同日未明、まず既に制圧下に置かれている筈の各惑星でクロプシュトック侯爵軍が一斉に占領軍を襲撃した。油断しきっていた占領軍は散々に打ち破られ、いくつかの惑星を追い出されることになる。

 

 これに激怒した――恐怖した、焦ったともいえるかもしれない――のが後方を任されていた、シュミットバウアー侯爵、シュタインハイル侯爵、ヘルクスハイマー伯爵、ローゼン子爵らだ。既に本隊はクロプシュトック侯爵領の各地に分散して侵攻している。後方の惑星を失っては補給が寸断される恐れがある。そして何よりも盟主たちの信頼を失い、怒りを買うことになるだろう。「貴様らは制圧した後方拠点を維持することすら出来ないのか」と。

 

 恐らくクロプシュトック侯爵も予想していなかっただろうが、後方を任されていた貴族たちは本隊に叛乱の規模を過小に報告する一方で、奪還された各惑星に再侵攻を開始する。クロプシュトック侯爵地上軍の大勝に驚喜したクロプシュトック侯爵領の民衆は大いに勢いづき、長年の教育と宣伝で培ってきたブラウンシュヴァイク公爵とリッテンハイム侯爵への憎悪を爆発させた。

 

 クロプシュトック侯爵領民にとっては、ありとあらゆる災いの原因がブラウンシュヴァイク公爵とリッテンハイム侯爵の陰謀である。嘆かわしいことに彼らの大半はこの馬鹿馬鹿しいプロパガンダを完全に信じ込んでおり、さらに嘆かわしいことにこのクロプシュトック侯爵の馬鹿馬鹿しいプロパガンダは六割方真実であったりする。

 

 輸送船を襲う海賊は全てブラウンシュヴァイク公爵の息が掛かっているし、惑星ニュルンベルクの大地震はリッテンハイム侯爵の破壊工作だし、フロンベルク子爵の病死はバルヒェット伯爵の呪いが原因だ。最近ではクロプシュトック侯爵領出身のゲストウィック国務省自治調整局トリエステ課長が妻に裏切られ、自棄酒を飲んで酩酊し裸で帝都を歩き回ったが、これもヘルクスハイマー伯爵に嵌められたからである。ああ、諸君も馬鹿らしいと思うだろう。しかしこれも事実である。

 

 クロプシュトック侯爵領軍と民衆は再侵攻してきた占領軍に激しく抵抗する。勿論、全ての民衆が立ちあがった訳では無いが、占領軍側は戦闘員と非戦闘員の区別を最初からやる気が無かった。各所で虐殺に近い凄惨な戦闘が起き、それに対する民衆の報復も凄まじかった。各地で凄惨な地上戦が開始されるが、これはその後の展開を考えると全く以って無益な戦いであったといわざるを得ない。

 

 

 

 

 

 そんな凄惨な地上戦が始まった日の翌日、二月一日。私は近衛第三旅団の司令部を訪れていた。とある密命を果たすためだ。

 

「軍務省高等参事官補っていうのは暇なんだな?探偵の真似事をして給料を貰えるなんて羨ましい事だ」

「……皇室宮殿(パラスト・ローヤル)警備責任者も私からしたら羨ましいけどね。今の帝都で一番安全で安定した職場だって噂じゃないか」

 

 私とラムスドルフ近衛軍少将は顔を合わせるなり、お互いの立場をあげつらった。軍務省高等参事官補についてはいわずもがな、皇室宮殿(パラスト・ローヤル)警備責任者というのは現在の近衛軍における閑職である。

 

 テロの後もグリューネワルト公爵――臣籍降下したフリードリヒ大公である――とその妻、及び四人の娘と三人の息子が居住している皇室宮殿(パラスト・ローヤル)には当然ながら警備が必要である。しかしこの混迷する政治情勢にあってグリューネワルト公爵程、無関係かつ安全かつ安定した立場にある要人は他に居ない。それもそのはずだ。彼が無能の極みで、お飾りの大公であったことは民衆にすら知られている上に、今では臣籍降下して一公爵に過ぎない。しかも未だ領地は与えられておらず、名誉職にすら就いていない。本人もその環境を受け入れており、宮殿で家族と一緒に引きこもっている。昔の放蕩癖も最近ではなりを潜めている。

 

 そんなグリューネワルト公爵を警備する近衛は『今の帝都で一番安全で安定した職場』あるいは、『帝国で最もホワイトな職場』といわれている。勿論皮肉交じりである。

 

「ふん、俺は確かに閑職にあるがな。それでもその職務を全力で全うしている。お前とは違ってな」

「グリューネワルト公爵閣下の話し相手になるのが君の職務かい?なるほど、確かにホワイトな職場じゃないか」

 

 私は軽く笑いながらそう答えた。ラムスドルフは不機嫌そうな表情だ。これ以上からかうと怒って私の頼みに応じてくれないかもしれない。

 

 ラムスドルフの父は皇室宮殿(パラスト・ローヤル)爆弾テロ事件――通称クロプシュトック事件――時に近衛兵総監を務めていた。その為、責任を追及され後備兵総監に転任させられており、息子であるラムスドルフも皇室宮殿(パラスト・ローヤル)警備責任者などという閑職に追いやられることになった。

 

「……お前に頼まれていた通り、爆弾テロ事件の際に現場を警備していた近衛を連れてきた。佐官二名と尉官四名、下士官は悪いが二名が精一杯だ」

「門閥や主要派閥とのつながりは……」

「無い。安心しろ。佐官一名が男爵家の分家筋で尉官二名が帝国騎士だがいずれも大物とは繋がっていない」

「……完璧だな。流石はラムスドルフだ。ありがとう」

 

 私が礼を言うとラムスドルフは顔をしかめながら、「この程度の事で一々礼を言うな。これは単に貸しだ、いつか返せ」と返してきた。私は苦笑する。

 

 ラムスドルフの案内で近衛第三旅団司令部の一室に入ると、一斉に近衛兵たちが敬礼してきた。

 

「手前の二人が近衛第一旅団第二大隊長バルドゥール・フォン・モルト近衛軍中佐と近衛兵総監部第二特別警護中隊長ファウスト・ノイヤー近衛軍中佐。そしてフォン・ブラームス、アクス、フォン・ジングフォーゲル、シュルツ、ここまでが尉官、フックスとシェーファー、二人は下士官だ」

 

 ラムスドルフが私に説明してくる。私はラムスドルフに頷くと、彼らに話しかけた。

 

「軍務省高等参事官補のライヘンバッハ宇宙軍少将です。本日はわざわざお越しくださり有難うございます。今日は皆様に皇室宮殿(パラスト・ローヤル)爆弾テロ事件に関していくつかお聞きしたいことがあり、お呼びだてしました」

 

 私の言葉に近衛兵たちは困惑した様子だ。やがてモルト中佐が一同を代表する形で発言する。

 

「小官らに答えられることならば答えますが……、失礼ながら軍務省の方が何故今になって我々に証言を求められるのでしょう?差し支えなければお聞かせください」

「申し訳ありませんが、それを答えることはできません。……ただ、私を動かしたのは官房審議官である、とだけお伝えしておきます。後は察していただきたい、察せなければ気にしないでいただきたい」

 

 その言葉でモルト中佐とブラームス大尉は私の背景に見当を付けたらしく、納得の表情を浮かべている。残りの面々は分かっていないが、二人の表情を見てとりあえず疑問を捨てたようだ。

 

「まずは皆さんに一人ずつ、当日の行動を教えていただきたい。覚えている範囲で結構です」

 

 私は聞き取りを開始する。ここにいる近衛たちの証言は最も信憑性が高い証言だ。貴族社会のしがらみから比較的自由であり、低い階級故に保身とも縁が遠い。職務故に周囲の行動に注意を払っていただろうし、その観察眼は凡百の貴族たちよりも信用できる。皇室宮殿(パラスト・ローヤル)の周囲は憲兵総監部警衛局警備企画課と帝都防衛軍司令部によって警備体制が敷かれていたが、宮殿内部は近衛の担当である。

 

 ノイヤー中佐は平民階級故に宮殿の正面玄関付近の警備を担当していたらしい。モルト中佐はグレーテル伯爵の警備担当として数名の部下と会場内に待機し、ブラームス大尉は常にアイゼンベルガー元帥の側に控えていた。アクス少尉は会場西側外壁、シュルツ少尉はフリードリヒ大公の控え室の警備に加わっており、ジングフォーゲル中尉は憲兵総監部に設置された合同臨時警備司令部に近衛兵総監部から連絡要員として派遣されていたそうだ。

 

 彼らの証言で気になる話がいくつかある。それを抜粋しよう。まずはモルト中佐だ。

 

「私はブラウンシュヴァイク一門の貴族たちが集まっている一角の近くに居たのですが……。その……もしかしたら爆弾が最初に仕掛けられていたのはそこだったのではないかと」

「何故そう思うのですか?」

「爆発の一〇分ほど前だったと思います。私の近くで掌典次長と若い貴族……確かランズベルク伯爵家の紋章を身に着けていたと思います。その二人が話し合っていました。そして掌典次長が若い貴族から黒いセラミック・ケースを受け取って、閣僚の皆様方が居る一角へと持って行ったのです」

「それが爆弾だったと?」

「分かりません。しかし……閣僚の皆様が居る一角は最も厳重な警備が為されています。近衛も無能では無いですし、憲兵総監部が言うように最初から爆弾が仕掛けられていたら気づきますよ」

 

 モルト中佐は少し不満気にそう言った。当時皇室宮殿(パラスト・ローヤル)の警備を担当していた近衛軍の上級士官は残らず責任を取らされている。モルト中佐の上官である近衛第一師団長に至っては軍法会議にかけられ、一時は銃殺刑に処されるところであった。クレメンツ一世即位の恩赦が無ければ危うかっただろう。

 

「なるほど。確かに気になりますね。掌典次長はあのテロで亡くなっていますが、ランズベルク伯爵家の縁者があのテロで亡くなったという記録はありません。私の方で聴取を行ってみようかとも思うのですが、何か特徴を覚えていませんか?」

「内務省民政局の官僚だと思います。チェリウス民政局長と一緒に居る所を見ました。チェリウス氏は平民出身ですから、血縁が理由で行動を共にしていたとは考えにくいかと」

「民政局……あー、なるほど。分かりました」

 

 私は民政局のランズベルクと聞き、あの(・・)ランズベルクを頭に思い浮かべた。他に気になったのはブラームス大尉の証言だ。

 

「小官はアイゼンベルガー元帥の側に護衛として控えていましたが、爆発の少し前ですかね?アイゼンベルガー元帥閣下が突然会場の外に向けて歩き出したんですよね。元帥閣下は宇宙艦隊司令長官のフォーゲル元帥閣下と前・統帥本部総長のクヴィスリング退役元帥閣下と談笑していたのですが、急に様子がおかしくなり、ついに二人との会話を放り出して、いきなり会場の外に出たんです」

「様子がおかしくなった?」

「ええ、しきりに懐中時計を取り出しては時間を確認しておられました。……まあ、そうやって会場の外に向かっている最中に、『ドカーン』です。先ほどまで近くに居たフォーゲル元帥閣下もクヴィスリング退役元帥閣下も亡くなられました。正直あの時は肝が冷えましたね。しかしアイゼンベルガー元帥閣下は流石の落ち着きでした。爆発が起きた途端、平静さを取り戻し、的確な指揮で憲兵隊の到着まで混乱の収拾に努めておられました」

「……なるほど。爆発が起きた途端に平静さを取り戻した、ですか」

 

 ブラームス大尉も不自然には感じているようだが、だからと言って流石にアイゼンベルガー元帥が黒幕、とは考えていないようだ。勿論私も同感である。そもそもやるメリットが無い。そして最後にジングフォーゲル中尉の証言だ。

 

「合同臨時警備司令部なんですけどね?普通は憲兵総監部の憲兵司令本部・警衛局・調整局、それに帝都憲兵隊司令部と帝都防衛軍司令部、そして近衛兵総監部第一局、内務省保安警察庁警備部が出張ってきます。しかし、今回は調整局が参加していませんでしたし、帝都防衛軍司令部と内務省保安警察庁が明らかに干されていましたね。つまり憲兵隊、特に帝都憲兵隊司令官のオッペンハイマー中将が強権を振るっていた訳です。そしてどういう訳か憲兵総監部特事局が参加していました。これは小官の妄想なんですけどね?憲兵隊、皇室宮殿(パラスト・ローヤル)で何が起こるか分かってたんじゃないですか?それで邪魔なクラーマー大将とか上層部を一掃する為に……」

「ジングフォーゲル中尉、滅多な事を言うな」

 

 ラムスドルフが苦言を呈すると、ジングフォーゲル中尉はバツの悪そうな表情で黙った。しかし、彼の言うことも分かる。父も言っていたが、今回の憲兵隊の動きは不自然だ。だからこそブラッケ内務尚書もクロプシュトック征伐にストップをかけたのだろう。

 

「貴重な証言、有難うございました。最後にお聞きしたいことがあります。カミル・フォン・クロプシュトック伯爵について何かご存知でしょうか?」

 

 私はクロプシュトック伯爵の写真を見せながら尋ねた。すると、おずおずとブラームス大尉が発言する。

 

「小官の見間違いで無ければ、この方は我々の近くでキールマンゼク宮内尚書、高等法院判事のバッセル子爵と談笑していたかと思います」

「それは……つまり既に亡くなっていると?」

「いや、それは……」

「恐らくそうでしょう。小官はあの爆発の直後、クロプシュトック伯爵の御令嬢が『お父様!』と叫びながら煙の中に突っ込んでいこうとしているのを止めました。あれが芝居だとは思えませんな」

 

 モルト中佐の発言を聞き、私は頷く。実は、コンスタンツェ嬢から自分を宮殿の外へ連れ出してくれた紳士的な近衛兵の話は聞いていた。今日集めた近衛兵の中でモルト中佐だけは私がラムスドルフに指定した人選だ。モルト中佐が実在し、彼の証言がコンスタンツェ嬢の証言を裏付けている以上、コンスタンツェ嬢の証言――つまり、カミル・フォン・クロプシュトック伯爵が既に死亡している――は信憑性が高いということになる。

 

 カミル・フォン・クロプシュトック伯爵はウィルヘルム・フォン・クロプシュトック侯爵の叔父であり、皇室宮殿(パラスト・ローヤル)爆弾テロ事件の首謀者の一人として指名手配されているが、未だ見つかっていない。さて、憲兵総監部は既に死んだ男を首謀者として捕まえたいらしい。なんとも奇妙な話だ。

 

「ライヘンバッハ……。お前、結構危ない橋を渡っているぞ?大方ブラッケ侯爵の指示で動いているんだろうが、下手したら『叛逆者の係累』扱いされて処刑台送りだ」

「分かっているよ。下手を打つ気はないさ。……次は奴の所に行って、それからグリューネワルト公爵、可能ならベーネミュンデ公爵にも面会しないとな」

 

 ラムスドルフの忠告は分かるが、そもそも私はジークマイスター機関の一員である。今更多少危ない橋を渡ることなど気にしない。

 

 銀河の歴史がまた一ページ……・


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