アルベルト・フォン・ライヘンバッハ自叙伝   作:富川

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 これはライヘンバッハ伯爵の書斎に存在した備忘録から引用した内容である。
 ライヘンバッハ伯爵は自叙伝執筆にあたり、備忘録などを参考にしているが、敢えて描写の一部を省略したり、削ったりしている。(同様に加筆された部分もアリ)
 その理由は様々だろうが、下記の内容を省略したのは恐らく、フリードリヒ大公の内心に対する推論を長々と書いていたことから、フリードリヒ大公への配慮によって記述を控えたのだと考えられる。

 今回、編集者の間で話し合いがもたれた結果、フリードリヒ大公に対するライヘンバッハ伯爵の批評が多分に書かれた下記の記述は資料的な価値も高く、またフリードリヒ大公に対する再評価を進める上でも周知すべき記述であるとの合意に至り、エドガー・ライヘンバッハ氏の許可の下、原則非公開である備忘録の内、この部分を例外的に公開することになった。


閑話・宇宙歴769年2月8日・皇室宮殿(パラスト・ローヤル)・グリューネワルト公爵訪問

「ライヘンバッハか。よく来たな」

「お邪魔いたします。閣下」

 

 私はフリードリヒに対し頭を下げた。私的な場であり、フリードリヒも細かい礼儀作法を気にするタイプではない。というか、あまり仰々しく振る舞うとむしろ機嫌を害する。とはいえ、相手は元・皇族の公爵閣下であり、いくら相手がフランクな付き合いを望んでいると言っても、最低限の礼儀は弁えないといけない。その辺りを考えた結果、貴族式・軍隊式の敬礼では無く、単純なお辞儀をすることでお茶を濁すことにしている。

 

「おまえも暇なのだな?俺のような名ばかり公爵のご機嫌を取っても意味は無いぞ?」

「意味が有るか無いか、そんな基準だけで閣下の下を訪れている訳ではありません。それに閣下が名ばかり公爵ならば小官も名ばかり少将です」

 

 私がそう返すとフリードリヒは「一緒にするな」と言いつつ小さく笑った。その時、応接間の扉が叩かれる。

 

「お父様ー。アマーリエです。紅茶をお持ちしました」

「ああ、入ってくれ」

 

 フリードリヒが答えると一〇代後半頃の少女がお茶を持って入ってきた。

 

「ライヘンバッハ様……。このような事を言うのも差し出がましいとは思うのですが、あまり父の下に入り浸るのはご自身のキャリアを考えると宜しくないかと……」

「ご心配なく、アマーリエ様。小官はさほどキャリアに拘っておりませんし、小官のキャリアは公爵閣下程度に傷つけられるほど脆くはありません。六月一二日の爆弾ですら、小官のキャリアは傷つけられませんでした」

 

 私は笑みを浮かべながらそう答えるとアマーリエ嬢は反応に困ったように眉を寄せた。

 

「『閑職に回された程度じゃ俺様のキャリアは傷つかないぜ』ということか?言うじゃないか、それならクレメンツにお前の事を告げ口してやろうか?」

「陛下が閣下の言葉を信じる訳が無いでしょう。そもそも会ってもらえるかすら怪しいものだ」

 

 私はフリードリヒの脅しを切って捨て、運ばれてきた紅茶を口に運ぶ。アマーリエ嬢は私とフリードリヒに礼をしてその場を立ち去った。

 

「相変わらず妙な所で気を利かせるな……紅茶は苦手なんだろう?」

「普通の紅茶は苦手です。が、アマーリエ嬢の淹れた紅茶は別です」

 

 私は平然と答えた。フリードリヒは呆れた表情だ。

 

「権威主義的な感想じゃないか。そういうのは嫌いだろう」

「勘違いなさらないでください。閣下の娘だという事実が一体何の権威になるというのです?アマーリエ嬢は美しい。美しい少女が私の為に淹れてくれた紅茶が美味しくない訳が無いでしょう」

「なんだ?アマーリエに気があるのか?駄目だ。あいつはフィーネやクリスティーネと違って俺にも優しい良い娘だ。お前なんかには勿体ない。……そうだ、お前にはコンスタンツェ嬢が居るだろうが」

 

 フリードリヒは不機嫌そうにそう答えた。アマーリエとクリスティーネはフリードリヒの娘だ。また、フリードリヒには他にカール、ベルベルト、ルートヴィヒ、カスパーという息子がいる。その内、カールは生まれつき身体が弱い為、地方で療養生活を送り、ベルベルトは侍女の息子である為に早々に臣籍降下し、今はフリードリヒとは離れて暮らしている。……ああ、後世の諸君、私も同感だ。悪趣味な命名だと思う。

 

 ちなみにフィーネというのはフリードリヒの最初の妻だ。ヴィレンシュタイン公爵家と縁があり、格はあるが没落した貴族の家の出身だったという。ジークリンデ皇后のような活発な性格だったらしく、ヘタレのフリードリヒとは仲が悪かったとも聞く。とはいえ、フリードリヒなりに愛してはいたのか、彼女が病死した際には葬儀場で大泣きしていたらしい。

 

「コンスタンツェ嬢ですか、懐かしい名前ですね。彼女は今頃どこで何をしているのか……」

「白々しい奴め……。実際の所コンスタンツェ嬢とはどうなんだ?ラムスドルフから半ダース程の噂を聞いているが……」

 

 私は肩を竦めて受け流す。コンスタンツェ嬢は父親を失い、実家が叛逆者に仕立て上げられたことで憔悴していた。最近では少し持ち直してきたが……まあ、社交界で面白おかしく噂されているようなことは何もない。

 

「全てくだらない噂ですよ。ま、私の事はどうでも良いでしょう。今日もいくつか面白い話を仕入れてきましたよ?少し軍事に寄り過ぎていることについてはご容赦いただきたいですが」

「俺が一番気になっている噂の真偽をまずは教えてもらいたいものだな?……それにだ、率直に言ってお前が仕入れてくる話はリヒャルト程面白くない」

 

 フリードリヒはそう言って紅茶を口に運ぶ。少し沈黙した後、やがてフリードリヒが口を開く。

 

「出来ればお前自身やお前を動かす意思についての話を聞きたいものだな?その話だけはきっと、リヒャルトよりもお前が話した方が面白いさ。……そうだな?まずはリューベック騒乱の真相、なんてどうだ?」

「物事には順序があります。小官からその話を聞きたいのならばまずは小官がその話をできる状況を作り出していただきたいですね」

 

 私は平然と返した。フリードリヒがこういう揺さぶりをかけてくるのは珍しい事ではない。最初は動揺を隠すのに苦労したが、今では慣れてしまった。私があまりにも動揺していないからだろう。フリードリヒは不機嫌そうに呟いた。

 

「リヒャルトが生きていればな……。あいつが居ればお前如きのプライベートなど丸裸に出来ただろうに」

 

 リヒャルト・フォン・グリンメルスハウゼン宇宙軍少将(当時)は皇室宮殿(パラスト・ローヤル)爆弾テロ事件で爆心地近くに居たフリードリヒ大公を庇い死亡した。彼が盾にならなければフリードリヒ大公は最悪死んでいたかもしれない。その死に様は「侍従武官の鑑」と持て囃されたが、同時に陰ではこんな事も言われていた。「フリードリヒ大公じゃなくて他の高官を守ってくれたら良かったのに」と。

 

 私は少し黙り込み、やがて口を開く。

 

「グリンメルスハウゼン大将閣下のことは……残念でした。小官は数度しかお目にかかったことはありませんが、率直に申し上げて、グリンメルスハウゼン閣下に天が二物を与えていれば、私も私を動かす意思もとうに破滅していたかもしれません」

 

 リヒャルト・フォン・グリンメルスハウゼンという男は非常に優れた情報蒐集者としての素質を有していた。その資質は彼の置かれた状況を考えると、あるいは亡きクリストフ・フォン・ミヒャールゼンに比肩しうる程優れたモノだったのかもしれない。

 

 インゴルシュタットの指示でやや不本意ながらフリードリヒ大公への接触を開始して三度目の時だっただろうか、突如としてフリードリヒ大公が分厚い一冊の文書を持ち出してくると、その中身を次々と読み上げた。

 

『帝国史上、最も優秀な反国家的かつ共和的な組織は、大量の共和主義者の血と引き換えに生まれたということもできる。フランツ・フォン・ジークマイスターという優秀――というよりは偏執的――な社会秩序維持局員にして、家庭における陰気な暴君への反発が、幼きマルティン少年を共和主義へと傾倒させていった』

『黒色槍騎兵艦隊司令官のシュライヒャー大将は平民初の元帥昇進も期待された名将だったが、彼を嫌う先代のブラウンシュヴァイク公爵の讒言によって、卑劣な内通者としてその生を終えることになった。若き幕僚であったカール・ハインリヒ・フォン・ライヘンバッハは常日頃からシュライヒャーへの反発を隠さない男だったが、ブラウンシュヴァイク公爵の陰謀には加担せず、逆にその存在を暴露しシュライヒャーを救おうとした。その結果はどうなったか?手近な歴史書を見れば分かるだろう。『弾劾者ミュンツァー』の名前はあっても『弾劾者ライヘンバッハ』の名前はどこにもない。つまり、そういうことだ。……カール・ハインリヒが漠然と抱いていた自らの家――特に三男という境遇――に対する不満が、帝国の制度に対する絶対的な憎悪へと変わった瞬間である』

 

 実際の所、核心に迫っていたこの二つの記述の他にフリードリヒは五つ程馬鹿らしい妄想の類――ひょっとすると私が知らないだけで事実なのかもしれないが――も読み上げており、グリンメルスハウゼンがジークマイスター機関の存在を確信していたかまでは分からない。あるいは自身が見聞きした情報を基にフリードリヒを楽しませる真実(ものがたり)を創り出した結果、偶々まぐれ当たりしただけなのかもしれない。それでも私はグリンメルスハウゼンという男に戦慄した。断片的かつ僅かな情報を基に、想像力の翼を最大限羽ばたかせた程度でジークマイスターという名前に辿り着くのはハッキリ言って異常だ。私のように転生者だったのではないかと疑うレベルだ。

 

 だが天は彼に二物を与えなかった。優れた情報蒐集能力を持っていたとしても、優れた情報判別能力と情報活用能力が無ければそれは宝の持ち腐れだ。ミヒャールゼン=ジークマイスター=アッシュビーという類まれな才能の持ち主が揃ったかつてのジークマイスター機関と、その三者の奇跡的な連携が崩れた後のジークマイスター機関を比較すればその事は一目瞭然である。あるいはヤン・ウェンリーにとってエドウィン・フィッシャーが如何に大切だったかを考えても分かるかもしれない。

 

 リヒャルト・フォン・グリンメルスハウゼンはその生涯において、自身の優れた情報蒐集能力を自らの主であり、親友であるフリードリヒ・フォン・ゴールデンバウムの無聊を慰めることだけに使い続けた。それは機関にとって幸運な事だっただろう。もし機関の対立者――例えばツィーテン元帥やリューデリッツ上級大将――とグリンメルスハウゼンが近しい関係にあったとすれば……グリンメルスハウゼンは自身の宝を腐らせることも無かった、かもしれない。勿論、私がグリンメルスハウゼンという男を過大に評価しすぎている可能性は否定しないが、彼の遺した文書を読めば私の評価があながち大袈裟で無いことを多少は理解してもらえるはずだ。

 

「なら残念と言うことも無いだろう?お前たちにとって危険な男が一人この世から消えた訳だ」

「まさか。あるいは別の可能性があったかもしれませんが、それでも現実の彼は凡庸な侍従武官でした。現に対立していた訳でもありません。どうして彼の死を喜べましょうか」

 

 「どうだかな」とフリードリヒは呟くが、そこで頭を振った。

 

「いかんな……どうしてもリヒャルトの事を思い出すと気分が沈む。お前に当たっても仕方がないだろうに」

「……やはり、中々吹っ切ることはできませんか?」

「当たり前だ。……ラムスドルフがお前の身代わりに死んだらお前はどうする?」

 

 フリードリヒは少し気色ばんでそう言った。

 

「……小官なら仇を討ちたいと思います。閣下はそうは思われませんか?」

「……止めてくれ!ライヘンバッハ!前にも言ったはずだ。俺に毒を注ぐな!」

「……酷い言われようですな。ではせめて最新の捜査情報位は……」

「それ以上言うなよ?俺はリヒャルトがお前を評価した内の後半部分を重んじて、お前を友人に準じて扱っているつもりだ。だがお前があくまで大きな意思の表れとして俺に接するなら前半部分を重んじてラムスドルフに突き出してやる!」

 

 グリンメルスハウゼンは私をこう評した。『根っからの共和主義者ですが、それ故に殿下の友人に成り得る稀有な若者です』と。全く以って正しい評価だったが、彼が私の何を読み取ってそう評したのか、私には全く分からない……恐ろしい話だ。

 

「前にも言っただろう……ライヘンバッハ。俺はただ平穏に暮らしたいんだ。誰にも迷惑をかけず、誰からも迷惑をかけられない。家族と友人と、適度に満ち足りた生活を送れればそれで良い。この小さな願いに固執することの何が悪いんだ」

「……敢えて、御不興を被る覚悟で進言させていただきます。この国ではその小さな願いを叶えることすら至難の業です」

「分かっているさ!なら皇帝になれば俺の願いは叶うのか!?そんな訳がない!」

「その通りです。だからこそ殿下が変えるのです!下は平民から、上は皇帝陛下まで、この国に自由に願いを叶えられる人間など居ません。勿論、グリューネワルト公爵などという称号を持っていても!」

「……俺に指図をするんじゃない!」

 

 フリードリヒは叫ぶ。私も声のトーンは大きくなっていたが、内心では冷静だ。溜息すらついていた。フリードリヒに対してではない。自分に対してだ。

 

「……俺は俺の生きたいように生きたい。他の誰かに流されるのはもう御免だ……」

 

 フリードリヒはそう呟いた。……そうだ。フリードリヒの根源はそこにある。彼は自由を渇望している。他の誰よりもだ。彼がどうしてそこまで自由を渇望していたのか。私には想像しかできない。理解できたのは恐らく亡きグリンメルスハウゼンだけだ。

 

 皇族は優秀であることを常に求められる。優秀でなくても問題は無い、優秀を演じられるなら。彼にとって不幸だったのは本当に非凡な才能を持つ兄と弟の存在だろう。彼らの存在はフリードリヒの凡庸性を容赦なく浮き彫りにしていった。いっそジギスムント二世やアウグスト二世のように本当に暗愚な男ならば良かったのだ。そうすれば自身が凡庸であることにフリードリヒは悩む必要は無かった。優秀を演じようと努力する必要は無かった。厳格な父もフリードリヒに期待しなかっただろう。

 

 最初の妻フィーネはオトフリート五世の選んだ女性だ。後ろ盾が無い為に長男リヒャルトの帝位継承の障害とならないという理由もあったが、凡庸なフリードリヒを支え、引っ張っていけるような活力を持っているとオトフリート五世は評価した。結果は見ての通りだ。妻の期待と激励はフリードリヒをさらに屈折させ、彼を放蕩息子へと変える最後の一押しとなった。フリードリヒは潰れたのだ。

 

 そこまでならよくある話の一つかもしれない。しかし彼は皇族だった。放蕩息子として冷笑され、軽視され、馬鹿にされる。……きっと帝国中から。成りたくて皇族になった訳じゃない。努力をしなかったから凡庸な訳じゃない。そんな思いもあっただろう。それでも彼はきっと諦めていた。もしかしたら自分を責めていたかもしれない。彼は凡庸だが暗愚では無かった、皇族という立場を理解していたし、何を求められて、何に応えられなかったかも理解できた。

 

 そんな彼も、とうとう去年の爆弾テロ事件でキレた。唯一無二の親友であるリヒャルト・フォン・グリンメルスハウゼンを自身とは一切関わりのない政略絡みの事件で奪われた彼は、世の理不尽を呪ったはずだ。そして「決めた」のだ。何一つ決められない・決めるつもりもない、そんな生活とは離れ、ただ自身の素朴な幸福を追い求めようと。

 

 私には――あるいは思い上がりかもしれないし、独り善がりかもしれないが――彼の気持ちがよく分かった。そして何よりも哀れなのは、彼自身が自身の求めているモノを理解していないことだ。彼は今までに一度も「自由が欲しい」という言葉を使ったことが無い。

 

「……閣下が望むモノを得たいのならば、まずは望むモノを見つけなさいませ。今のままで、閣下が望むモノは得られません」

「かもな、だが平和に暮らせる可能性もある。何故わざわざリスクを負う必要がある?」

 

 フリードリヒの答えは、やはり本当に欲しいモノに気づいていない答えだ。私はすっかり冷めてしまった紅茶を流し込み、立ちあがる。今日は潮時だろう。最後にフリードリヒに丁寧に挨拶し、応接間を後にした。

 

 

 

 

「また派手にやりあったんだな」

「……」

「お前は何がしたいんだ?ライヘンバッハ。グリューネワルト公爵閣下を焚きつける……なんて俗っぽい目的の為にお前が必死になる訳がない」

 

 宮殿を出ようとしたところでラムスドルフが立ちふさがる。

 

「人聞きの悪いことを言うなよ。俺はただグリューネワルト公爵閣下と話がしたいだけだ」

「お前な、そんな方便が俺に……」

 

 そこでラムスドルフが黙り込んだ。

 

「お前、それ本音だな?」

 

 私は黙り込む。やはり聡い奴だ。ラムスドルフは溜息をつく。

 

「またお前は……お節介な奴だな。閣下を哀れんだか?しかし、閣下を焚きつけたい訳でもない。ただ言葉を届けたいだけだ。……そうだな、閣下はあの事件で少し変わられた。今までとは違って能動的に皇族としての義務を放棄するようになった。宮廷の馬鹿貴族共は気付いていないが、飾りであることを止めると決断したらしい」

 

 「よく見ている男だ」と私は思った。ラムスドルフは私以上に常日頃からフリードリヒに接している。思う所もあるのだろう。

 

「だがな、怒りを表現するのに部屋に引き籠るって言うのは子供のやることだ。子供は大きな力の前には無力なものだ。閣下は自分の決断を遂行する方法を間違えている。極端な話、明日から『グリューネワルト公爵を奴隷身分に落とす』とクレメンツ一世陛下が決断したとして、グリューネワルト公爵閣下は抵抗することすらできないだろうよ」

「……過激な言い様だな、お前らしくも無い」

 

 私の突っ込みを無視してラムスドルフは続ける。

 

「だからお前はグリューネワルト公爵を煽ってるんだな?お前は個人個人の選択を最重要視して干渉しようとしない。だが他人が選択肢すら見つけられていない状況を見ると途端に首を突っ込む。そして選択肢をお前が適切だと考える程度に増やした上で言う事が『後は自分で考えなさい』だ。そういう中途半端な事をするから一部の奴から偽善者だとか無責任だとか夢想家だとか陰口を叩かれるんだ」

「言い返す言葉も無いね……だが、それが私の在り様だ。グリューネワルト公爵にとってはきっとこれが生まれて初めての決断だ。それは良い。だが選んだ選択肢を自分で理解できていないというのは……どうにも放っておけない」

 

 ラムスドルフは黙って私を見つめると、溜息をつき、私に背を向けて宮殿の中へと去っていく。

 

「やっぱりお前は気に入らないな……。まあ良いさ、閣下がお前に会うことを嫌がらない内は、俺も静観する」

 

 私はその背中を暫く見つめ、やがて宮殿を立ち去った。

 




注釈23
 「グリンメルスハウゼン文書」は初期ジークマイスター機関についてほぼ同時代の視点で記された数少ない文書である。しかしながら、現在ではジークマイスター機関研究よりも、宇宙歴七三〇年代から宇宙歴七五〇年代の貴族文化、宮廷の動きを研究する資料としての価値が高い。

 ライヘンバッハ伯爵はグリンメルスハウゼンを優れた情報蒐集能力者と評したが、後世では加えて優れた情報選別能力者でもあったと思われている。ライヘンバッハ伯爵がフリードリヒ大公から聞かされた五つの馬鹿らしい妄想というのがどのような話かは不明だが、グリンメルスハウゼンの『馬鹿らしい妄想』は七割方真実の一端をついていることが後世の研究で判明している。ライヘンバッハ伯爵が引用した、クロプシュトック侯爵領出身のゲストウィック国務省自治調整局トリエステ課長に関するエピソードも同文書の中に書かれている。

 また識者によってはライヘンバッハ伯爵が多用する情報~という括りでの評価を好まず、単に「歴史の目撃者となった凡人」や「史上最も優れた歴史記録者の一人」というような言い回しを使う。

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