アルベルト・フォン・ライヘンバッハ自叙伝   作:富川

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国防委員長さん、何で生きているんでしょうね?
いや、メタ的に言えば「折角だから」という理由になるんですけど


壮年期・イゼルローン要塞は二度死ぬか?(宇宙暦776年2月~宇宙暦776年12月10日)

 宇宙暦七七六年二月。自由惑星同盟最高評議会は一つの計画を発表する。

 

「皆さん。我々の手でこの戦争を終わらせる時がついに来ました。皆さんはかつて我々が直面した危機的状況を覚えておいででしょうか?帝国軍によるドラゴニア方面侵攻、イゼルローン回廊への恒久基地の建設、それは我々を守る距離の防壁を無力化しかねない重大な脅威でした」

 

 マスメディアの前で語る壮年の男は覇気に満ちた表情で語っている。実際の所、『壮年』とは言ったが彼の年齢は既に還暦を過ぎている。全身に満ち溢れる覇気、快活な語り口、自信に満ちた表情、鍛え上げられた身体、それらと我々が知る男の偉業が見る者に男を若く見せるのだろう。

 

『その脅威は既に自由なる将兵たちの尽力によって去りました。しかし、客観的に分析すれば我々が脅威の排除に成功した理由の一端は、愚かにも専制主義を利用し全人類に対する背信を続ける犯罪者たちが内紛に明け暮れ回廊を顧みなかったことにある、と言わざるを得ません』

 

 男はそこで言葉を切って溜めを作る。カメラを通して彼を見るサジタリウス腕の自由な人々、そしてオリオン腕にあって今なお自立心と誇りを持ち続けるアウタースペースの人々を意識しての事だ。

 

『我々は違う。我々は皆さんに対する信頼を裏切らず、平和と繁栄に対する政治家としての崇高な義務を果たす。……皆さん。本日、自由惑星同盟最高評議会は賛成七反対二棄権二でイゼルローン回廊への要塞建設を決定しました』

 

 男……フレデリック・ジャスパー国防委員長がそう言い終えると同時にカメラのフラッシュが一斉に焚かれた。

 

『認めましょう。帝国の双璧、ハウザー・フォン・シュタイエルマルクとカール・ハインリヒ・フォン・ライヘンバッハは名将でした。誤解を恐れずに言わせていただけば、彼らは間違った思想と体制を盲信していましたが、その点を除けば極めて尊敬すべき敵でありました。……しかし彼らは最早我々の障害となることは無い。前者はその良識を疎まれついに退役に追い込まれた。後者は傲慢な貴族たちの愚行によって既にこの世にいない。私は断言しましょう。双璧亡き帝国軍に最早自由の軍隊を止める術は残されていないと!回廊に要塞を築き、専制主義の魔の手からサジタリウス腕を永久に解放しましょう!』

 

 

 

 

 

 

 

「現役復帰おめでとう。テオドール」

「有難うございます。ライヘンバッハさん」

 

 宇宙暦七七六年四月一三日。私は金髪色白の青年と共に帝都近郊の平民向けの酒場を訪れていた。勿論私も青年も平民が着るような安価で質の悪い服に身を包んでいる。

 

「君の勇戦と再会を祈って。乾杯(プロージット)

「……乾杯(プロ―ジット)

 

 私はテオドールことテオドール・フォン・アーベントロート宇宙軍中佐とジョッキを合わせる。先月まで彼の階級には予備役の三文字がついていたが、この春の人事異動で現役に復帰した。彼だけでは無く、グリュックスブルク宇宙軍大将、モーデル宇宙軍大将、シェーンベルク地上軍中将、フローベルガー宇宙軍少将、マイズナー地上軍少将、グロックラー地上軍少将、ドレーアー宇宙軍准将、ベンドリング宇宙軍准将ら、リッテンハイム侯爵派と見做され予備役に編入されていた軍人が現役に復帰する。

 

 その理由としては昨年にリッテンハイム侯爵とアマーリエ皇女の婚約が発表され、公的に中央とリッテンハイム侯爵派の和解が成立したこと、そしてティアマト・爆弾テロ・『三・二四政変』後の粛軍で軍の高級士官を悉く失った、あるいは排除した為に深刻な人材不足に直面したこと、自由惑星同盟がイゼルローン回廊への要塞建設を決定し、それに伴う大規模な辺境侵攻が予想されたことなどが挙げられる。

 

「申し訳ありません。小官だけ先に現役に復帰することになるとは……」

「仕方がないさ。ライヘンバッハ派に復活されたら今の軍上層部は困る。リッテンハイム派が復活してそれでも人材が足りなかったらシュタイエルマルク派、それでも人材が足りなければ平民軍人、ライヘンバッハ派を軍に戻すのは最終手段だろうよ」

 

 ハウザー・フォン・シュタイエルマルク宇宙軍元帥は『三・二四政変』に際して当初反クーデターの姿勢を取っていた。しかし、リッテンハイム侯爵と同じく、クレメンツ一世が想像以上に早く膝を屈したことで梯子を外された形となり、最終的にクーデター派に恭順せざるを得なくなった。

 

 シュタイエルマルク元帥はかつて公的にリューデリッツ元帥やエーレンベルク元帥と同じ軍部改革派に属していたが、それでもクーデター派に対する不信感と反感を隠さなかったことから退役に追い込まれる。一つにはシュタイエルマルク元帥と彼の元帥府がイゼルローン方面辺境の五個艦隊を掌握している状況がクーデター派に危機感を抱かせたという事情もある。

 

 シュタイエルマルク元帥府に所属していた軍人の一部は上官に倣い、あるいは反権威的姿勢が問題となり、退役や予備役編入の道を選んだ。パウムガルトナー宇宙軍上級大将、スナイデル地上軍中将、スウィトナー宇宙軍少将、ハーラー宇宙軍少将らは軍に留まったが、その一部は閑職に回され、そうでなくても万が一旧シュタイエルマルク派が叛乱を起こしても良いように監視者を送られた上で分散して配置された。

 

「……ライヘンバッハさんはこれからどうされるのですか?率直に申し上げて、このまま『革新運動』を続けるのは危険だと思います」

「陛下は我々……『憂国騎士団』の活動に理解を示している。それに警察総局は我々に融和的だし、軍の非主流派は我々に友好的だ」

 

 内務省保安警察庁はかつてセバスティアン・フォン・リューデリッツと協力関係にあった。それだけにリューデリッツが関わったクーデターで壊滅的な被害を被ったこと、そして内務省警察総局に格下げされたことに対し「裏切られた」という意識が強い。実際の所、リューデリッツは保安警察庁がクーデターでここまでの被害を受けるとは単純に想定していなかった。またクーデター派の中では保安警察庁の利益を擁護する立場となり、内務省社会秩序維持『庁』に吸収合併される動きを阻止してもいる。とはいえ、被害者意識は拭い去られず、本来は監視し、取り締まるべき我々『憂国騎士団』に対してかなり甘い。

 

 ちなみに『憂国騎士団』というのは『三・二四政変』後の粛軍で退役や予備役編入に追い込まれた軍部ライヘンバッハ派の将官三二名を中心に、反クーデター派として粛軍の対象者となった軍人二五七名、官僚・貴族四七名によって結成された民間組織である。政変後の政権に対し極めて敵対的な立場であり、言論や集会で公然と政権を批判する。

 

 その主張は次のような物だ。『国はクレメンツ一世陛下とエーリッヒ皇太子殿下とブラッケ侯爵とフォルゲン伯爵を解放せよ』『臣民は奸臣を排除し、フリードリヒ四世陛下をお助けせよ』『国は辺境の安定化に尽力せよ』『国は門閥貴族の不正蓄財を防ぎ、門閥貴族への課税を行え』『国は民衆の声を直接届ける場を設けよ』『司法は正義を取り戻せ』……。

 

 現在の『憂国騎士団』団長はマティアス・フォン・ハルバーシュタット宇宙軍予備役中将。副団長にハイナー・フォン・アイゼナッハ宇宙軍予備役中将、ホルスト・フォン・ライヘンバッハ地上軍予備役少将、フランク・マテウス・フォン・レッケンドルフ元国税庁長官、参謀長にノルド・フォン・ブルクミュラー地上軍退役中将らが就任している。そして私、アルベルト・フォン・ライヘンバッハ宇宙軍予備役少将がゲルトラウト・フォン・ファルケンホルン宇宙軍予備役上級大将、アドルフ・フォン・グリーセンベック宇宙軍退役大将、オイゲン・ヨッフム・フォン・シュティール地上軍退役大将、カール・ベルトルト・フォン・ライヘンバッハ地上軍予備役大将と共に最高顧問を務めている。

 

 高々少将である私が大将クラスと並んで最高顧問の地位にあるのは対外的な広報戦略という意味合いが強い。私の名前は宇宙暦七六九年の裁判で民衆クラスにも知られるようになり、その後フリードリヒ四世の腹心として開明思想に基づいた言動を繰り返している中で改革派の象徴として知られるようになった。

 

 ちなみに、元々の象徴であるブラッケ侯爵は無任所尚書の肩書を与えられながらも帝都で軟禁されている。また、リヒター子爵は様々な思惑から財務尚書の地位に留まったが、周囲を政敵に囲まれ盟友を人質に取られている為に身動きが取れていない。さらにバルトバッフェル子爵とインゴルシュタット中将は帝都でカウンタークーデターを画策し失敗して以来、領地に引きこもっている。開明派の指導者が軒並み精彩を欠く中で、宇宙暦七七一年に『皇帝機関説』を発表した帝国大学歴史学部特任教授ヴェストパーレ男爵・元高等法院判事ブルックドルフ子爵・私の三名が新たな改革派の指導者として認知されるようになった。

 

「それでもかなり危うい立場だと思います。敢えてご忠告させてください。閣下はフリードリヒ四世陛下から信頼されています。そしてチェザーリ子爵という爵位も保持しています。単純に身を守るだけならば十分です。危険な橋を渡る必要はありません」

 

 アーベントロート中佐は真摯な表情で私に忠告する。数歳年下のこの青年が純粋な好意で私にそう言ってくれているのは分かった。しかし、それでも私は退く訳にはいかない。

 

「君の言うことはよく分かる。よく分かるが……それでも私には夢があるんだ。『昨日の夢は今日の希望であり、明日の現実である』……誰かがそうしようと試みる限りは、ね。……『トラーバッハの虐殺(ジェノサイド)』は君も聞いただろう?ああいうことはこれからも起こり続ける。誰かが変えようとしない限りは」

 

 私がそう言うとアーベントロートは黙り込む。貴族ではあるが、実直な青年である彼があそこまで醜悪な虐殺(ジェノサイド)を肯定することは無い。

 

 トラーバッハ星系は名門トラーバッハ伯爵家の領地であり、七〇〇〇万の帝国臣民と四五〇〇万から一億一〇〇〇万の私領民――領主一族の私有財産とされる帝国国籍を持たない民。農奴もこの中に含まれる――が暮らしていた。帝都からも程近く、鉄鋼産業で栄える豊かな土地であり、また歴代のトラーバッハ伯爵も概ね善政を敷いたこともあり、私領民ですら裕福な者が散見された。転機が訪れたのは宇宙暦七六九年だ。クロプシュトック征伐戦で当主クラウス・フォン・トラーバッハ伯爵が跡継ぎを遺さないまま若くして戦死する。

 

 豊かなトラーバッハ伯爵領を巡って親類縁者が骨肉の争いを繰り広げ、最終的にヨーゼフ・フォン・ザルツブルク公爵の次男ジギスムントが相続する。ザルツブルク公爵領は宇宙暦七四〇年代に農業政策に失敗して以来衰退の一途をたどっており、ヨーゼフとジギスムントは幸運にも獲得した豊かなトラーバッハ伯爵領を搾取することで自領を立て直そうと試みる。それは最早悪政と評することすら憚られる有様だった。

 

 消費税を初めとする間接税の大幅な――六〇%という帝国史でも稀な重税――増税を皮切りに、新税が次々と設けられた。子供が生まれたら課税、学校に入学したら課税、卒業したら課税、成人したら課税、結婚したら課税、離婚したら課税、病気にかかれば課税、怪我をしたら課税、死亡したら課税、相続したら課税、移住したら課税、開拓したら課税、修理したら課税、売却したら課税、怠惰と見做されたら課税、犯罪者――脱税・税未納も含む――を一族から出せば課税。

 

 トラーバッハ伯爵領民の経済レベルは帝国の中でも裕福であったが、流石にこれには耐えきれない。すると、あろうことかザルツブルク公爵は人身売買で税金を用意するようにと布告した。当然、人身売買は犯罪者を除き帝国法でも禁止されている。しかし、当時帝都は『三・二四政変』の後始末で混乱しており、中央政府がザルツブルク公爵の悪行を抑止することはできなかった。

 

 宇宙暦七七一年一月四日。故トラーバッハ伯爵の旧臣ヴィーゼ男爵を代表とする二〇名程の集団が秘密裏にトラーバッハ星系を離れる。密輸業者――一部は海賊も兼業する――を頼って帝都に向かい、直訴しようと考えたのだ。ヴィーゼ男爵はブラッケ侯爵・リヒター子爵・ルーゲ公爵・リヒテンラーデ公爵らの人柄を知っており、ザルツブルク公爵の悪行を見過ごすはずがないと確信していた。

 

 同年一月八日、帝国軍第一猟兵分艦隊第二戦隊がこの密輸業者を捕らえ、ヴィーゼ男爵らを海賊と繋がり懐を肥やしていたとして収監した。高等法院改め大審院は潔白を主張するヴィーゼ男爵らから貴族位を剥奪し、ザルツブルク公爵に引き渡した。勿論、ザルツブルク公爵の手回しである。

 

 同年二月一七日。ヴィーゼ男爵らはトラーバッハ星系第三惑星アンゲリィで公開処刑された。事ここに至り、トラーバッハ星系の領民たちは叛乱を決意する。ヴィーゼ男爵の遺児を中心に立ちあがった領民は一部トラーバッハ伯爵の旧臣らの協力を得て第三惑星アンゲリィを制圧する。……それがザルツブルク公爵の狙いとも知らずに。ザルツブルク公爵はすぐに領軍を投入し、略奪の限りを尽くした。ザルツブルク公爵家は最初からトラーバッハ伯爵領を――少なくともトラーバッハ星系第三惑星アンゲリィを――統治する気など無かったのだ。限界以上に絞りつくして後は放置、それがザルツブルク公爵家の思惑である。

 

 ……私がこの事態に気づいたのは略奪が始まった後だ。フリードリヒ四世陛下に帝国正規軍の出動を命じてもらい、強制的に事態を一公爵家レベルから国政レベルに引き上げた。私は自身が推薦したグレゴール・フォン・ミュッケンベルガー宇宙軍中将率いる第二辺境艦隊に同行して現地に乗り込んだ。私たちが略奪と虐殺(ジェノサイド)を終わらせた時、アンゲリィに残った人口は併せても精々三〇〇〇万人程度だった。アンゲリィには四三〇〇万の帝国臣民と最低二〇〇〇万の私領民が住んでいた。少なく見積もって三〇〇〇万人が亡くなったことになる。……この虐殺(ジェノサイド)は帝国史上屈指の規模ではあるが、残念ながら、数十年から一〇〇年程度に一度この規模の虐殺(ジェノサイド)は起こる。ダゴン星域会戦に先立つ核による虐殺(ジェノサイド)のように。

 

「民衆や同盟からはミュッケンベルガー中将と共に『トラーバッハの救世主』と称えられたがね。救世主が必要な社会なんて碌な物じゃないさ……。それにザルツブルクのクソ野郎はあの一件で何らお咎め無しだ。あれだけの規模の虐殺(ジェノサイド)、流石に情報統制も機能せずにかなりの数の臣民が真実を知っている。しかし、公的にはあの虐殺(ジェノサイド)は叛逆者リバルト・ヴィーゼの仕業ということになった。……ああ何と素晴らしい国だろうかね!この国は!」

「……」

 

 リバルト・ヴィーゼの処刑には私も立ち会った。ミュッケンベルガー中将に懇願し、最後に彼と話す機会を設けてもらった私は、彼にもっと早く力になれなかったことを謝罪した。しかし、彼は穏やかな表情――その目から抑え込んでいる激情を伺わせながら――でゆっくりと首を振り、私の謝罪を「不要です」と言った。そして口を開く。

 

『閣下が本気でこの国を憂いているのであれば、死にゆく私に餞別をください。……例えば、あなたの誓いを』

 

 私はその瞬間を思い出す。私の誓いを聞き一度目をつぶった彼はそのまま静かに死んでいった。最期の瞬間まで私を静かに見据えながら。奇しくもその様子はヨーナス・ロンペル宇宙軍少尉のソレと酷似していた。その場に居合わせたミュッケンベルガー中将は私の帝国貴族として極めて不穏当な『誓い』を全て耳にしたはずだ。しかし彼はその『誓い』を理由に私を責めようとはしなかった。彼は自分がその『誓い』を受け取って良い人物で無いことを知っていた。彼が少なくとも『武人』として非の打ち所がない人物であることを私は保証したい。

 

「……ああ、すまないなテオドール。今日は君の現役復帰を祝う席だというのに」

「いえ、私の方が出過ぎたことを言いました。……以前にもお話しましたが、私の立場に存在する『自由』はほんの僅かです。しかし、その『自由』の中では正義に背かぬ生き方をしたい、と思っております。ライヘンバッハさんが正義を為される限り、私もお力に成りたいと思います」

「有難う。テオドール」

 

 アーベントロートは立ちあがる。気づけば夜も大分更けてきている。私たちは連れたって会計を済ませ、酒場を出た。

 

「それではテオドール。辺境でも元気でやりたまえ。メルカッツ少将に宜しく」

「ええ。ライヘンバッハさんも……くれぐれもご無事で」

 

 私とアーベントロートは暫く談笑しながら歩き、広場で別れた。

 

「……ヘンリク、護衛は?」

「ブレンターノがついてます」

「そうか。彼がついているなら安心だ」

 

 私はいつの間にか隣を歩いているヘンリクに問いかけた。……現在の私は公的には辛うじて安全圏に留まっているが、既にいつ命を奪われてもおかしくはない立場である。つまり、裁判ではなく『不運な』事故のような形で。

 

「ハルバーシュタット子爵を襲った連中の正体は分かったか?」

「何てことは無いゴロツキたちです。糸を引いていたのは軍内マルシャ、特事局の連中でしたが」

「ゴロツキ、ね。やっぱり本気で消す気ではなかったか。となると警告?」

 

 私はヘンリクと話をしながら歩く。大通りに差し掛かると同時に目の前に車が止まる。ヘンリクが運転手を確認し、私たちは車に乗り込んだ。

 

「例の計画は気づかれているかな?」

「気づかれていないと考えるのは楽観的でしょうな」

「……向こうはどう動く?」

「暫くは様子見でしょう。権力者連中、特にクロプシュトック公爵やリッテンハイム侯爵からすると我々の動きは必ずしも都合が悪い訳じゃない。ただ、暫くはこちらも大人しくしておいた方が良いでしょうな。もうじき同盟との戦争が始まります。恐らくはティアマト前後に匹敵する激しい衝突になるはずです」

「あんまり派手に動くと戦争の邪魔になって政権の許容範囲を超えるってことか。それだけではなく軍や官界のシンパの支持も離れる。難しいね」

 

 私は考え込む。計画、といっても非合法な物ではない。『憂国騎士団』は務めて合法組織として――まあ稀に極めてグレーなゾーンに踏み込むが――振舞っている。また、今の私はジークマイスター機関から一度離れている。首領のインゴルシュタットが失脚していることもあるが、私は少し目立ちすぎた。今はスウィトナー少将やクルトたちを中心に活動を縮小し、慎重に機を伺っているはずだ。とはいえ、近く起こる同盟と帝国の大規模衝突に際し、恐らくはジークマイスター機関に対しても矢のような情報の催促が飛んでくるだろう。向こうは向こうで大変に違いない。

 

 

 

 

 

 

 宇宙暦七七六年一一月。自由惑星同盟は『授業の再開』作戦を発動。ドラゴニア=イゼルローン戦役と同規模の五個艦隊併せて艦艇五万二〇〇〇隻を投入する。……当然、同盟も財政的・政治的な問題を抱えていない訳ではない。しかしながら帝国の混乱と凋落は自国のそれと比較して明らかに酷いレベルだった。宇宙暦七六〇年代後半から七七〇年代前半にかけて最低一〇億人ともいわれる大勢の難民――『新解放民』とされる括りの第一波――がイゼルローン回廊を超えてサジタリウス腕側に流入してきたという事情もある。将来の帝国領侵攻や現在の帝国の混乱波及を防ぐことを目的に同盟政府が要塞建設を決定した時、市民は「これで戦火が遠のくのならば」と耐え忍ぶことを決意した。

 

 帝国政府も無能ではない……無能かもしれないが、少なくとも学習能力がない訳ではない。『大軍相手に援軍を送らなければ負ける』というドラゴニア=イゼルローン戦役での戦訓――「常識だ」というツッコミは無益だ――を活かし、三個辺境艦隊と五個中央艦隊、併せて八個艦隊を動員し、エルザス辺境軍管区に集結させている。

 

 迎撃軍総司令官に宇宙艦隊司令長官エドマンド・フォン・シュタインホフ宇宙軍元帥、副司令官には幕僚総監コルネリアス・フォン・リンドラー宇宙軍元帥、総参謀長にホルスト・フォン・パウムガルトナー宇宙軍上級大将、副参謀長にディートハルト・フォン・ライヘンバッハ宇宙軍大将という陣容を揃える。本来の宇宙艦隊副司令長官はハンス・アウレール・フォン・グデーリアン宇宙軍上級大将だが、平民出身者がこの大一番で多くの貴族を差し置いてナンバーツーに付くと艦隊に不和が生まれる可能性があると危惧され、帝都の留守部隊を預かることになり、代わりにリンドラー元帥が副司令官に就任した。

 

 動員された八個艦隊は次の通り。赤色胸甲騎兵艦隊(クリストフ・フォン・ケルトリング宇宙軍大将)・青色槍騎兵艦隊(ラインハルト・フォン・ケレルバッハ宇宙軍大将)・黄色弓騎兵艦隊(オスカー・フォン・バッセンハイム宇宙軍大将)・紫色胸甲騎兵艦隊(カルステン・フォン・グリュックスブルク宇宙軍大将)・白色槍騎兵艦隊(フランツ・フォン・リューデリッツ宇宙軍大将)・第一辺境艦隊(オトフリート・フォン・ゾンネンフェルス宇宙軍中将)・第二辺境艦隊(グレゴール・フォン・ミュッケンベルガー宇宙軍中将)・第四辺境艦隊(トラウゴット・フォン・フォイエルバッハ宇宙軍中将)である。

 

 また、士気を高める為にフリードリヒ四世の成人した子供であるカール・フォン・エッシェンバッハ伯爵、ベルベルト・フォン・リスナー子爵、オットー・ハインツ二世の庶子であるクリストフ・フォン・オストヴァルド伯爵、オトフリート五世の第二皇女の息子であるシュテファン・フォン・シュトレーリッツ公爵とクルト・フォン・ヴァイルバッハ伯爵、シュトレーリッツ公爵の子ハンス・オットー・フォン・アーネンエルベ伯爵、オトフリート五世の第三皇女の息子リヒャルト・フォン・ペグニッツ侯爵らが従軍している。彼ら臣籍降下したゴールデンバウム一族の貴族たちが一時的に軍の階級を与えられ、指揮官や参謀として前線に立つ。ルートヴィヒ・カスパーの両王子も従軍を志願したが、これは内務尚書リヒテンラーデ公爵と宮内尚書アイゼンエルツ伯爵の強硬な反対で実現しなかった。

 

 帝国上層部は誰もが勝利を確信した。まあ当然だろう。数に勝り、回廊の出口を塞ぐ遥かに有利な地形に布陣し、『政治情勢が許す限りでは』最良の指揮官たちを揃え、多くのゴールデンバウム血族を投入した。

 

 そしてそれは誤っていなかった。宇宙暦七七六年一二月七日。回廊から進出してきた同盟軍リチャード・ダグラス宇宙軍中将率いる第四艦隊は帝国軍の猛攻を受け回廊にすごすごと引き下がっていった。

 

 帝国軍は初戦の勝利に沸いた。負ける要素は無かったが、同盟軍の総司令官は宇宙艦隊司令長官ステファン・ヒース宇宙軍大将。アッシュビーの作戦参謀を務め、自身も多くの戦いで帝国軍を破ってきた名将だ。勝てるにせよ、苦戦は必至だろうと思われていた。実際はどうか?帝国軍はほぼ一方的に同盟軍を破った。しかも相手はあの忌々しき『行進曲(マーチ)』ジャスパーの薫陶厚き第四艦隊である。これで歓喜しない者は帝国軍人では無いだろう。

 

 帝都で知らせを聞いた者たち――私たち『憂国騎士団』も含めて――もまた歓喜した。一部の偏屈者は「これだけ有利な条件が重なれば誰でも勝てる」と皮肉気に語ったが、それすらも帝国臣民の耳には心地よく聞こえた物だ。

 

 そして宇宙暦七七六年一二月一二日。帝国迎撃軍は同盟侵攻軍に完膚なきまでに叩きのめされた。

 

 銀河の歴史がまた一ページ……。


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