アルベルト・フォン・ライヘンバッハ自叙伝   作:富川

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閑話・ミヒャールゼン暗殺事件に関する一考察

 私の推論を披露する前に、前提として宇宙歴七五一年頃、機関がどのような状況に置かれていたのかを解説しておこう。

 

 宇宙歴七五一年のミヒャールゼン暗殺事件前後、ジークマイスター機関はその存在が一部の軍高官に露見しかけていた。その原因は……やはり第二次ティアマト会戦にある。

 

 宇宙歴七四五年の第二次ティアマト会戦によって、機関の活動に気づきつつあった軍の高官、特にミヒャールゼンを疑い追及しようとしていたヴァルター・コーゼルを葬った機関は、暫くの休眠期間を挟み、その活動を再開した。しかし、アッシュビーの戦死とそれによるジークマイスターのリタイアは機関の活動をより困難にすることになる。

 

 優れた情報選別者と情報活用者を失った機関はその前の情報収集の段階で、より精度の高い情報を掴む必要性に迫られた。それでもミヒャールゼンと彼の部下たちは良い仕事をしていたと思う。とはいえ、ティアマト以前に比べ、より危険を冒す必要性に迫られたのは確かだ。

 

 ミヒャールゼンは……というよりジークマイスター機関全体が躊躇した。このまま活動を続けていても良いのだろうか、と。しかし、結局、彼らは活動を続行した。理由は二点、一点目は第二次ティアマト会戦で機関の障害となりつつあったツィーテンたちが消えている事。そして二点目は、同盟に解体したとはいえ、まだ七三〇年マフィアのメンバーが存在した事。

 

 ダスティ・アッテンボローの著書によると、同盟の名将ヤン・ウェンリーはこう言っている。「仮にブルース・アッシュビーを謀殺しようとする者が居たとすれば、その者たちが心理的拠り所にしたのは七三〇年マフィアの面々であろう」と。

 

 流石は名将ヤン・ウェンリーというべきか。彼がケーフェンヒラーと共にまとめた資料も彼らが得られる情報から考えると素晴らしい代物だったが、洞察力に関しても際立ったモノを有していたらしい。まさしく、アッシュビーを失った当時の機関にとって七三〇年マフィアは心理的な拠り所、希望であった。(勿論、我々はアッシュビーを暗殺していないし、しようとも思っていなかったが)

 

 しかし、やはり機関の方針には無理があったらしい。第二次ティアマト会戦に出征しなかった兵站輜重副総監、セバスティアン・フォン・リューデリッツ宇宙軍大将が機関の活動に勘付いた。この恐ろしく保守的な価値観と、優れた管理能力を併せ持った(しかし、指揮官としての才能は恐ろしいほど欠如していた)能吏は、機関の活動を暴くべく、行動を開始した。

 

 彼は機関を打倒するのに、軍の外にある力を活用した。彼はジークマイスター機関が軍に立脚する組織であることを見抜いていた。勿論、我々が軍人以外に同志や協力者を有していなかった訳ではないが……。やはり軍の外で、我々を撃滅せんとする動きがあることに気づくのには遅れてしまった。

 

 リューデリッツが動かしたのは内務省保安警察庁と軍の非主流派である領地貴族出身の軍人たちである。保安警察庁は主に一般犯罪を扱う部署であり、『庁』でありながらも『局』である社会秩序維持局に比べて下に見られる傾向があった。

 

 ハッキリ言って、ジークマイスター機関もこの組織が機関摘発に動くなど予想すらしていなかった。機関の警戒はもっぱら憲兵隊や社会秩序維持局に向けられていた。おかしな言い方だが、リューデリッツが頼ったのが憲兵隊や社会秩序維持局ならば、ミヒャールゼンはすぐにその動きを察知し、適切に対処できたはずだ。

 

 そして、第二次ティアマト会戦後に急増した領地貴族出身の軍人。すなわち、元々ルドルフ大帝から軍を任された家以外の出身者たちは、軍内で白眼視されていた。詳しい説明は後に回すが、「まともな」帯剣貴族にとって領地貴族は平民以上に憎らしい連中であり、場合によっては敵に近い存在だった。まさか名門帯剣貴族のリューデリッツが、領地貴族出身のエーレンベルクたちに助けを求めるとは……こちらも予想すらできなかった。

 

 宇宙歴七五一年、機関の構成員を炙り出すべく、リューデリッツたちは一計を案じた。同年のパランティア星域会戦に際し、統帥本部や宇宙艦隊総司令部に存在した容疑者たちに偽の情報を流して反応を確かめたのだ。恐らく、百戦錬磨のミヒャールゼンは罠に気づいたことであろう。しかし、当時機関には同盟側から情報提供を求める強い要請が来ていた。理由はアッシュビーの戦死によって動揺する国内を鎮める為に、七三〇年マフィアの健在を示す必要があったから……とは言いながらも、実際は「選挙が近かったから」だろう。

 

 

 ここからは推測になるが……ミヒャールゼンと機関はリューデリッツたちの罠に気づいた上で、それを出し抜いて機密情報を手に入れることを余儀なくされたのだろう。そして激しい暗闘の末、ミヒャールゼンは信頼に足る機密情報の入手に成功し、同盟側に流したのだ。

 

 同盟軍のジョン・ドリンカー・コープ宇宙軍中将はこの情報を信じて指揮を執ったと思われる。ところが、ミヒャールゼンが暗闘の末に獲得したその情報までもがリューデリッツたちの用意したフェイクであった。コープのパランティア星域会戦における信じられない程精彩を欠いた指揮ぶりはこれが原因だろう。偽情報を信じたコープはシュムーデ艦隊によって背後から奇襲に近い攻撃を受けることになった。

 

 さて、フェイクを掴まされたミヒャールゼンだが、恐らく情報を送ってしまった後でその事に気づいたに違いない。正しい情報を入手した上で同盟側に伝えようとしただろうが、そこでリューデリッツたちに存在が突き止められたのだと思われる。リューデリッツたちの監視下に置かれたミヒャールゼンはその目を盗んで、機関のメンバーに正しい情報の入ったデータチップを渡し、別のルートで送るように指示した。しかし、ミヒャールゼンがマークされたことで同盟側とのルートのほとんどが遮断されてしまった。

 

 唯一残ったルートがジークマイスター機関のもう一つの司令塔であるハウザー・フォン・シュタイエルマルク提督が掌握していたルートだったのだろう。シュタイエルマルクの存在は機関の内部でも一握りの人間しか知らない。シュタイエルマルクには機関と対立する側にあえて接近し、巧みにその捜査状況を操作するという役割があったからだ。

 

 そして、シュタイエルマルクにはミヒャールゼンと独立して動かせる同志が何人も居た。ミヒャールゼンの死後、我々ジークマイスター機関が勢力を温存できたのは、シュタイエルマルクを頂点とするもう一つの集団が丸ごと温存されたからである。

 

 とはいえ、ミヒャールゼンが直接シュタイエルマルクに会えば、リューデリッツたちにシュタイエルマルクの存在も露見することになるだろう。そこでリューデリッツたちの監視を躱して、シュタイエルマルクの元までデータチップを届ける為に利用されたのがこの私、アルベルト・フォン・ライヘンバッハだったのだ。

 

 私が届けたデータチップによって、フレデリック・ジャスパー宇宙軍大将はコープの敗北を予想することが出来た。そして恐らくはアッシュビーには劣るだろうが、少なくともコープよりは情報活用者としての資質に恵まれていたジャスパーは戦勝に沸くシュムーデ艦隊を猛追し、痛撃を与えることが出来たのだ。……つまり、私がデータチップを届けたことでシュムーデ提督は旗下の2割を失う損害を受けたことになる。

 

 最終的に、パランティア星域会戦は辛うじて同盟が一矢を報いたが……それと引き換えにミヒャールゼンの存在は完全に突き止められた。にも関わらず、すぐにミヒャールゼンが粛清されなかったのは、ジークマイスター機関の全容を明らかにするために泳がせる目的があったのだろう。

 

 そこでミヒャールゼンは組織の為に自分を切り捨てる決断をしたのだ。恐らく10月29日の軍務省における混乱は機関による工作の結果だと考えられる。その混乱の中で『表向き』犯人不明の状態で自分が殺害される。その一方で『裏』ではその下手人がシュタイエルマルクだという事に仕立て上げたのではないか。

 

 シュタイエルマルク提督が第二次ティアマト会戦前にツィーテン元帥による秘密捜査組織に属していたということは、第二次ティアマト会戦に出征せず、生き残った僅かな高官たちに知られている事実である。「第二次ティアマト会戦の生き残りであるシュタイエルマルクが独自に捜査を続けて、ミヒャールゼンに辿り着いた」というのはとても分かりやすい物語だろう。

 

 事実、ミヒャールゼン暗殺事件の際に証言を行った士官の一部はジークマイスター機関の息がかかった人物であるか、リューデリッツやツィーテンの秘密捜査を知る一部の上層部によって『用意された』証言者である可能性が高い。恐らく前者は「シュタイエルマルク提督が殺した」というストーリーを補強する為にミヒャールゼンが用意し、後者は「シュタイエルマルク提督は殺していない」という事にして事件を迷宮入りさせるためにリューデリッツや上層部が用意した証言者だろう。

 

 リューデリッツや上層部が隠蔽に走った理由は想像に難くない。宇宙軍大将が宇宙軍中将を射殺しただけでも大スキャンダルだが、それ以上に捜査の中で連鎖的にジークマイスター機関の存在まで明らかになってしまったら、帝国軍の威信はガタ落ちである。さらに言えば軍高官の首が残らず飛ぶだろう。……あるいは物理的に。

 

 ちなみに……。ミヒャールゼンの死体を最初に発見したハンス・フォン・フリートベルク宇宙軍大佐はジークマイスター機関の幹部である我が父、カール・ハインリヒの部下であった。このフリートベルクだが、事件の半年後に私邸の執務室で服毒自殺をしているのが発見される。彼がジークマイスター機関のメンバーだったかは分からないが……。彼は父に対して遺書を残しており、その遺書を父は「燃やした」らしい。何が書かれていたかも、何故燃やしたのかも分からないが、私は彼が何らかの事実を知っているために死ななければならなかった、あるいは死を選んだのだと思う。

 

 

 さて、ここまでミヒャールゼン暗殺事件について私なりに考えて導きだした推論を書いてきたが、結局、これが真実かどうかは分からない。先ほど書いた通り、ジークマイスター機関はミヒャールゼンラインとシュタイエルマルクラインの二つの指揮系統があり、ミヒャールゼンラインは宇宙歴七五一年前後に壊滅する。生き残りの一部はやがてシュタイエルマルクラインに合流したが、ミヒャールゼンラインに関する情報の多くは散逸してしまっている。

 

 ただ、ハッキリと言えるのは、これ以降シュタイエルマルク提督はリューデリッツやエーレンベルクから一定の信用を得た事、ミヒャールゼンの死の遠因となった同盟に対しジークマイスター機関が不信感を持ったこと、それによってジークマイスター機関が『外からの変革』ではなく、『内からの変革』を目指すようになったことである。

 

 

 何にせよ、「クリストフ・フォン・ミヒャールゼン提督暗殺事件」がジークマイスター機関の転換点となった事件であることは確かである。機関は偉大な指導者を失ったが、それによって理想を繋ぐことが出来た。とはいえ、ジークマイスター機関が活動の縮小を余儀なくされたのは事実であり、ジークマイスター機関は九年後の「イゼルローン要塞建設論争」まで休眠を余儀なくされることになる。

 

 銀河の歴史がまた一ページ……。




注釈4
 ライヘンバッハ伯爵の推論は今でも証明されていない。ただ、最新の研究によってフリートベルク大佐がジークマイスター機関の構成員であったことが確認されている。また、今まで社会秩序維持局や憲兵隊ばかりが注目され、保安警察庁に関する研究はあまり行われていなかったが、近年、元保安警察官僚の邸宅からジークマイスター機関に関する捜査資料の一部が発見されており、全ての資料が発見されればミヒャールゼン暗殺事件の真相も判明するのではないかと期待されている。

 ただ、この自叙伝が学界に大きな衝撃を与えたのはそれ以上にハウザー・フォン・シュタイエルマルクという今までジークマイスター機関と対立する側に居たと思われてきた人物が、他ならぬジークマイスター機関の指導者であったことが繰り返し明確に描かれていることが大きい。自叙伝の発表後、シュタイエルマルク提督に関する研究が盛んに行われるようになった。シュタイエルマルク提督がジークマイスター機関の指導者であった、という明確な証拠は今に至るまで発見されていないものの、彼の行動には不審な点が散見されるのもまた事実であり、研究の進展が待たれる。

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