アルベルト・フォン・ライヘンバッハ自叙伝   作:富川

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緑が同盟勢力圏
青が帝国勢力圏
黄色が双方の勢力から独立した地域です

なお、同盟勢力圏と言いつつ、反同盟勢力は完全に駆逐されている訳では無く、例えばクラインゲルト等では未だ正規軍の抵抗も続いています
一方、帝国勢力圏と言いつつ、その実「クロプシュトック公爵派勢力圏」「リッテンハイム侯爵派勢力圏」という風に分かれており、それらの一部は中央政府の十分な統制下にありません。
双方から独立した地域はリューベックのような辺境自治領だったり、叛乱軍(同盟軍に非ず)が帝国の統治機構を追い出してたり、ブラウンシュヴァイク派の残党が立てこもってたり、あるいは単に混乱していたりと、特定の勢力として纏まっている訳ではありません。


壮年期・ノルトラインの嫌われ者(宇宙暦777年5月3日~宇宙暦777年6月3日)

 宇宙暦七七七年五月三日、フォルゲン星系とシャーヘン星系の中間に存在するボルゾルン星系において自由惑星同盟軍三個艦隊と銀河帝国軍第一作戦総軍が衝突する。ボルゾルン星系は恒星の活動が不安定である上に、星系全体に四重の小惑星帯が存在し、天体の数も多い。一方でロートリンゲン辺境軍管区の主要航路であるフォルゲン=シャーヘン間航路から程近く、フォルゲンに進駐した同盟宇宙軍がシャーヘンを突破しヘッセン行政区やニーダザクセン行政区に突入するのならばこの星系を拠点にゲリラ的な抵抗を続けるカイザーリング少将の第四予備分艦隊を排除する必要がある。

 

 フォルゲン星系全域をほぼ掌握した同盟宇宙軍は五月一日、第三艦隊をボルゾルン星系へ派遣する。この報を受けた第一作戦総軍司令官バッセンハイム大将は指揮下の艦隊約三万隻の大半を率いてボルゾルン星系に向かう。同盟軍側はこれに驚いた。ボルゾルン星系は明らかに大艦隊同士が決戦を行うに適した星系ではない。ダゴン・アルトミュール・ジャンスキー=ローゼンタール星雲のように戦略的な重要性を持たない限り、不安定な星系での決戦は避けるのが定石である。

 

 バッセンハイム大将が敢えて定石を無視したのは、敗残兵――しかもその一部は元々練度が高いわけじゃない――を強引に再編した第一作戦総軍が質量共に兼ね備え、士気も高まっている同盟正規艦隊と正面から戦っても勝てる見込みが無いと判断したからである。ボルゾルン星系のような不安定な宙域での戦闘では様々なアクシデントが両軍に対して降り注ぐ。しかし、どのようなアクシデントが、どの程度の頻度で襲い掛かってくるかは未知数であり、運が悪ければ同盟軍の損害に比して帝国軍がより大きな損害を受ける可能性もある。バッセンハイムが決戦の地にボルゾルン星系を選んだのは一種の賭けであると言って良い。

 

 同盟軍は不本意ではあったが、このバッセンハイムの挑戦状を受け取らざるを得なかった。バッセンハイム指揮下の一部部隊はロートリンゲン地方各地に広がりゲリラ戦を繰り広げ、主力は同盟軍との決戦を避け遅滞戦略に務めていた。バッセンハイムは決戦に際してこれらの部隊を集結させており、同盟軍側はここでバッセンハイムを叩き、抵抗戦力を粉砕するという欲望に抗うことが出来なかった。さらに言えば帝国中央地域からルートヴィヒ皇太子率いる援軍が向かっていることは承知しており、援軍部隊との合流前に第一作戦総軍の戦力を削る機会を無視できなかった。

 

 同盟宇宙軍がボルゾルン星系に投入した戦力はおよそ三個艦隊四万隻弱。これは同盟宇宙軍が帝国辺境に投入した部隊の半数程度に過ぎない。また帝国軍第一作戦総軍の総兵力と大差ない。ボルゾルン星系という不安定な星系においては数の優位を活かすことができないという判断が理由だ。また、帝国の辺境戦力の中核である第一作戦総軍がボルゾルン星系に注力している間、黒色槍騎兵艦隊が駐屯している総軍の根拠地であるシャーヘンはともかくとして他の方面が手薄になることが予想される。あわよくば、ボルゾルン星系での決戦に合わせ全方面で帝国軍勢力に打撃を与え、帝国辺境に築き上げた解放区を広げようという意図から同盟軍は予備戦力を多めに取ったのだ。

 

 宇宙暦七七七年五月一二日。ボルゾルン星系会戦が当事者たちの予想通り消耗戦の様相を示しつつあるこの日、自由惑星同盟宇宙軍第二艦隊はフライブルク星系第三惑星ヤヴァンハールからノルトライン警備管区のデルシュテット星系に向けて進軍を開始する。同日にはランズベルク星系第六惑星レーシングに第七軌道作戦軍・第八軌道作戦軍・第二二装甲軍を中核とする同盟地上軍が降下作戦を実施した。同惑星は七六九年の『三・二四政変』後、帝国正規軍とランズベルク伯爵家旧臣を中核とする叛乱軍による内戦が発生しており、同盟軍の侵攻に全くの無力であった。

 

 同年五月一五日、ネルフェニッヒ星系第七惑星より一五光秒の距離で第九警備艦隊所属の第二一二警戒部隊が同盟軍第二艦隊を発見する。ネルフェニッヒ星系に駐留する警備部隊は鉱山惑星の第四惑星を死守する構えを見せるが、第二艦隊は軌道上の警備部隊五二〇隻を文字通り粉砕すると地上には目もくれずそのままデルシュテット星系への進軍を続ける。上位司令部である第九警備艦隊は第八、第一〇警備艦隊の来援を待つ目的でデルシュテット星系の放棄を決定するが、これにノルトライン公爵ヨッフムが反発、最終的にノルトライン公爵軍を中核とする諸侯連合七二〇〇隻に第九警備艦隊三二〇〇隻を合わせた約一万隻で迎え撃つことが決定した。

 

 同年五月二〇日、ラザール・ロボス同盟宇宙軍少将率いる第二艦隊第二分艦隊二四〇〇隻がノルトライン公爵領都ブロックラントを電撃的に奇襲。ブロックラントには四〇〇〇隻からなる駐留防衛部隊が存在したが、ロボス少将の速攻を前にその大多数が地上を離れること能わず、虚しく地上に残骸を晒すこととなった。慌てたノルトライン公爵がブロックラントに戻ったときには既にロボス分艦隊が撤退した後であり、人道的配慮から人口中心地は外されていたものの、西大陸の穀倉地帯を中心に少なくない地域が軌道砲撃とミサイル対地爆撃を受けており、四基の宇宙ステーションの内、二基は人員を退去させた上で完全に破壊されていた。

 

 五月二四日、第八警備艦隊がデルシュテット星系に向かう途中、シュトルベルク星系において第二艦隊第二分艦隊の奇襲を受け壊滅する。第二分艦隊は事前に同星系第五惑星を急襲し、ノルトライン公爵一門の代官ベッキンゲン子爵を拘束した上で第五惑星に立ち寄ろうとした第八警備艦隊を衛星の影から急襲したのだ。

 

 五月二七日、カジェタノ・アラルコン同盟宇宙軍少将率いる第二艦隊第三分艦隊が惑星クイールシードに設置された補給基地を急襲する。翌二八日にはハイルブロン星系でフェーデル伯爵軍の攻撃を受けるが、これも難なく撃退した。

 

 デルシュテット星系に集結する一万の艦隊は第二艦隊がノルトライン警備管区で暴れまわる様子に大いに動揺した。五月二八日、デルシュテット星系外縁部に第二分艦隊が出現したことを受け、ついにノルトライン公爵は一つの決断を下した。……ルートヴィヒ皇太子の援軍部隊がノルトライン公爵領で行動することを許可したのだ。信じられないことに、我々援軍部隊はおよそ半月に渡ってノルトライン警備管区の外れ、ヴェルトハイム星系に押し留められていた。背景にあるのはリッテンハイム派と中央の微妙な関係や、強引に援軍部隊を纏めたルートヴィヒ皇太子への反感だろう。

 

 同年の五月三〇日、エドワード・ルーサー・フェルナンデス宇宙軍中将率いる同盟軍第二艦隊がついにデルシュテット星系への侵攻を開始、数で劣り、動揺する諸侯連合軍はヨーナス・オトフリート・フォン・フォーゲル宇宙軍少将率いる第九警備艦隊の奮戦も虚しくあっという間に瓦解した。

 

 宇宙暦七七七年六月二日、フォーゲル少将率いる第九警備艦隊は一二〇〇隻弱まで撃ち減らされ、さらに第二艦隊の半包囲下に置かれ、完全に退き際を失う。フォーゲル少将は同世代、同階級の諸将に比べ用兵能力で優れた面があったものの、一部の帯剣貴族家にありがちな後退を恥とする考えを持っていた。そして、それが彼の戦術判断を誤らせた。無論、フォーゲル少将も玉砕するつもりがあった訳では無いが、後退を厭い「友軍支援」「殿の役目を果たす」「叛徒に一矢報いなくては」といった思いに気を取られた結果、ロボス同盟軍少将率いる第二艦隊第二分艦隊による後方遮断を許してしまう。フォーゲル少将率いる第九警備艦隊は完全な包囲下に置かれ殲滅されるのを避けるためにデルシュテット星系第五惑星マキシミリアムへの降下を選ぶしか無かった。

 

 宇宙暦七七七年六月五日、ルートヴィヒ皇太子の援軍部隊――公称・第二作戦総軍――から分離した一万二〇〇〇隻からなるノルトライン派遣艦隊がノルトライン星系第五惑星ブロックラントに到着する。司令官は……アルベルト・フォン・ライヘンバッハ宇宙軍特務中将、つまり私である。そして副司令官に白色槍騎兵艦隊司令官オイゲン・フォン・グレーテル宇宙軍中将、参謀長に第二作戦総軍作戦主任参謀カール・エルンスト・ディッケル宇宙軍少将、副参謀長に総軍司令官次席副官エドワード・ホフマイスター宇宙軍准将らといった陣容である。様々な口実でノルトライン派遣艦隊司令部に追いやられた我々には一つ共通点が存在する。……ギュンター・ヴェスターラントにとって障害になるという点である。

 

 ギュンター・ヴェスターラントは狡猾な男であった。第二作戦総軍で派遣艦隊司令官に誰を任命するか論争が起きた際、私はゼークト中将を推薦した。その理由は先に述べた通り、部隊練度と経験を考慮した結果だ。一方で奴はビューロー大将を推薦した。ビューロー大将はヴェスターラントと懇意にしている。奴が自身の影響力拡大を目指してビューロー大将を推薦したのは明白であり、周囲の人間――例えばクラーゼン中将やホフマイスター准将――にもそれは分かっていた。……ところで、私とゼークト中将は公私共に長い付き合いのある仲である。第二次ティアマト会戦で一族を悉く失ったゼークト中将の後ろ盾になったのが我が父カール・ハインリヒであることは有名な話だ。誠に不本意な話ではあるが……ヴェスターラントとビューローの関係は私とゼークトにも当てはまってしまう。つまり、私自身全く以ってそういう意図は無かったが、私がゼークトを推薦したこともまた、周囲から派閥争いの一環であると見做されてしまった。

 

 ……いつの間にか、「ゼークトか、ビューローか」という争いは「ライヘンバッハか、ヴェスターラントか」というルートヴィヒ皇太子の寵臣の座を巡る争いとしての側面も持ってしまった。そしてそこでヴェスターラントはルートヴィヒ皇太子に対して狡猾にもこんなことを言った。

 

『……ではライヘンバッハ特務中将閣下御自身にノルトラインを救援していただくのは如何でしょうか?気鋭の指揮官として知られるライヘンバッハ特務中将閣下ならば能力は無論信頼できますし、その人柄に一点の曇りもないことは皇太子殿下御自身がよくご存じのはずです』

『おお!なるほど、それは良いな!ライヘンバッハなら確かに信頼できる」

『お待ちください殿下、それは……』

『……ライヘンバッハ特務中将はどういう訳かノルトラインに格別の関心をお持ちの様子。この場は特務中将閣下の御手腕を拝見させていただこうと思います。小官のような若輩者には見えぬ景色も閣下には見えておられるのでしょう』

 

 薄ら笑みを浮かべながらヴェスターラントはそう言ってのけ、さらにディッケルやホフマイスターら反骨精神豊富かつヴェスターラントを嫌う者たち――その一部は私の事も嫌っている――が纏めて派遣艦隊司令部に押し込まれた。私を含む反ヴェスターラント派は皇太子殿下の近くから排斥され、さらにノルトライン情勢全体の責任を負う立場にされた。それでいて表向きはヴェスターラントが私に譲歩した形であり、皇太子殿下もヴェスターラントの下劣な意図には気づいていないのだ。

 

「……閣下!閣下!」

「……ん?ヴィンクラーか。どうした?」

 

 六月五日、銀河標準時一七時、惑星ブロックラント上を走る蒸気機関車――貴族の懐古趣味である――の客室で私が物思いに耽っている――つまり、ヴェスターラントの厭らしい面構えを思い出して苦虫を嚙み潰したような表情をしている――と副官のアルフレッド・アロイス・ヴィンクラー宇宙軍大尉が声をかけてきた。

 

 アルフレッド・アロイス・ヴィンクラー宇宙軍大尉は宇宙暦七七一年に帝都士官学校を席次五位で卒業した秀才だ。卒業後は辺境の総督府や警備艦隊に勤務することが多く、宇宙暦七七五年にオストプロイセン警備管区惑星チェザーリ駐屯地に配属された。

 

 チェザーリは……総督である私の意向で迫害を受けた人々を多く迎え入れている。心的傷痍軍人支援会会長カール・フランツ・ディッケル、反戦物理学者アドルフ・リーヴ、オーディン文理科大学法学部名誉教授シュテファン・フォン・クレペリン、元伯爵令息ミヒャエル・フォン・バルヒェットといった面々はいずれもチェザーリの外では安全を保障されないだろう。尤も、私が彼らを保護するよう指示を出したからと言って他の人間もそれに従うとは限らない。端的に言って私の方針に反感を持つ人間は少なくなかった。ヴィンクラー大尉――当時中尉――はそんなチェザーリの排外主義者、右翼を内務省社会秩序維持庁が煽り起こしたある暴動を鎮圧するに際に秀でた手腕を示し、頭角を現した。社会秩序維持庁の画策で私に近い駐留部隊高官が身動きを封じられている中、ヴィンクラー中尉は『少々荒っぽい方法で』指揮権を掌握し、情報に踊らされず群衆の鎮静化に努めた。

 

 ヴィンクラー中尉の働きはチェザーリの破局を回避する一助となり、マルシャ・排外主義者・右翼の陰謀を頓挫させることが出来た。その後、ルートヴィヒ皇太子から第二作戦総軍の陣容を相談された際、私は提出する推薦士官リストの末席に彼の名前を載せた。それによって彼は大尉に昇進し第二作戦総軍の後方参謀の一人となることが出来た。

 

「情報部長のエッカルト・ビュンシェ大佐から連絡がありました。ノルトライン公爵家の一部に不穏な動きがあると……」

「参ったな……。そんなに私が信用できないかねぇ」

 

 私は天を仰いで溜息をつく。そして誰に言うともなしに呟く。

 

「私は以前クロプシュトック公爵領を訪れたとき、熱烈な歓迎を受けた。『同胞の味方』『一門の英雄』としてね。それがこのノルトライン公爵領では『売国奴』『共和主義者』扱いだ。いや、別に共和主義者扱いは嫌じゃないが、テロリスト……つまりザールラント叛乱軍やら十字教抵抗派(プロテスタント)やら銀河人民赤旗武装戦線やらと同じ趣旨で使われるのは不本意だ」

「心中お察しします」

 

 民衆レベルでの私の評価は、地域によって大きく変わる。開明派・クロプシュトック派領地貴族領、帯剣貴族領、独立・分離・分権派が強い地域では私に肯定的な情報が積極的に報じられるため、私の人気は高い。……自分で言うのも恥ずかしいが。中央地域、親フェザーン派――ノイエ・バイエルン伯爵領など――領地貴族領、辺境自治領などでは私の評価は悪くはないが、否定的な意見もそれなりにある。これは帝国一般新聞(ライヒス・アルゲマイネ・ツァイトゥング)や同盟系フェザーンメディア、ワレンコフ系フェザーンメディアといった支持派だけでは無く、様々な思惑から私を批判する不支持派のメディアが少なくないからだと思われる。そしてその他の貴族領……つまりリッテンハイム派、アンドレアス=リンダーホーフ派、エーレンベルク派、旧ブラウンシュヴァイク派などの領地では私の評判はあまり良くない。メディアを握るその地の保守派領地貴族が私を旗印とする改革派官僚・帯剣貴族と対立する以上は仕方がない。

 

 尤も、私は声こそ大きいが小物である。つまり、リッテンハイムやらエーレンベルクにとって何が何でも口を封じて滅ぼさないといけない敵ではない。潰せるチャンスがあれば潰すが、協力(あるいは利用)してメリットがあれば躊躇なくそうする程度の存在だ。故にリッテンハイム領で私の名前を聞いても民衆は胡散臭さを感じるだけで排斥しようとはしない。旧ブラウンシュヴァイク派諸領の場合は胡散臭さを感じながらも私の分権支持者という肩書に期待すらするかもしれない。クロプシュトック公爵領民にとってのブラウンシュヴァイク・リッテンハイムのように、民衆レベルでの公敵となっている訳では無いのだ。……本来ならば。

 

「……何か作為的なモノを感じます。今まで殆ど縁が無かったノルトライン公爵領で閣下の悪名がここまで轟いているのは不自然です」

 

 私の前の席に座るカール・エルンスト・ディッケル参謀長――カール・フランツは長兄である――が難しい表情で言う。ディッケル参謀長の一族は十年ほど前まで授爵に最も近い平民一族の一つと言われていた。しかし、本家跡取りのカール・フランツが第二次ティアマト会戦後の激戦の中で反戦思想に目覚め、帝国で五本の指に入る程偉大な反戦活動家と成り果ててしまったことで、授爵から大きく遠ざかってしまった。

 

 ちなみに、厳格な身分制を敷いているイメージの有る帝国だが、支配階級の下層と被支配階級の上層を分ける壁は実はそれほど高くはない。要は『国家への貢献』を示せばよいのだ。貴族制度の枠組みを使って保護(そして囲い込み)する価値がある一族であると示せればよい。手っ取り早いのは私財を税として国家に収めることだろう。ジギスムント二世痴愚帝のそれは度が越しているとしても、代々の皇帝もその治世に一〇人程度は爵位を平民に与えてきた。レオポルド・ラープなんかはその代表格だ。

 

 財力が無くても能力によって貴族の末席に名を連ねることは不可能ではない。特に官僚貴族は役職の上下とリンクして爵位も変動しやすく、必ずしも爵位とセットで領地を与える必要も無い為、平民が爵位を得やすいとされる。平民で事務次官に上り詰めた者は帝国の歴史上二一名居るが、この全員が一代限りの爵位を与えられており、うち六名は一族の者も能力を示したため、永代の子爵・男爵・帝国騎士位を授爵している。

 

 帯剣貴族家、すなわち平民軍人の授爵は官僚貴族に比して厳しいが、それでも名門と呼ばれる帯剣貴族家と関係を深めることで少なくない平民一族が帯剣貴族家の末席に名を連ねた。ディッケル家もそういうルートで授爵を目指していたのだ。また、学問・芸術分野での授爵も可能であり、帝国学芸院(アカデミー・ディズ・ライヒス)に名を連ねた者は必ず男爵位以上の貴族として扱われる。

 

「兵士の士気にも影響が出ていますな。具体的には閣下への不信感と言う形で。私見を述べさせていただければ、小官としても兵士の気持ちに賛同いたします」

 

 ディッケル参謀長の横でホフマイスター副参謀長が皮肉気に語る。この硬骨漢が私を見る目は日に日に険しくなっている。私が改革者か、あるいは単なる扇動家・政治屋軍人か、彼は自身の目で見極めようとしていた。どうにもヴェスターラントとの小競り合いが祟って、彼の中における私の評価は否定的なモノになりつつあるらしい。

 

 ホフマイスターは別にディッケル家のような授爵に近い一族――準貴族層、あるいは上層ブルジョワジーとでも言おうか――の出身ではない。宇宙暦七五九年に士官学校を下位の成績で卒業後、常に前線にあって堅実に武勲を積み重ね、人材不足にも助けられて門閥に近い訳でもないのに三八歳の若さで宇宙軍准将にまで昇進している。

 

「……」

 

 私は黙り込む。現在、ノルトライン公爵領では様々な流言飛語が飛び交っているが、その中にこんな内容がある。

 

『アルベルト・フォン・ライヘンバッハは叛乱軍に内通している』

『ライヘンバッハはノルトライン公爵を暗殺し、領地と財産を奪うつもりだ』

『ライヘンバッハは帝都で命を狙われてノルトライン派遣艦隊司令官の名目で逃走してきたのだ』

『ノルトライン派遣艦隊には銀河解放戦線のシンパが相当数浸透している』

『ライヘンバッハはノルトライン派遣艦隊を利用して叛乱と革命を起こすつもりだ』

『ライヘンバッハは実はフリードリヒ四世の意向を受けてノルトライン公爵領を査察している、将来のリッテンハイム征伐への布石だ』

『中央政府はリッテンハイム派潰しの一環でライヘンバッハを送り込んできた。毒を以って毒を制すという意図である』

『中央政府にとってノルトライン公爵領の存亡はどうでもよい、それよりもこの戦いを利用してライヘンバッハを葬るつもりだ』

 

 ……私がノルトライン派遣艦隊司令官に内定してからノルトライン公爵領で俄かにこのような噂が流れ始めた。誰がこのような手回しをしたのか?……決まってる、ギュンター・ヴェスターラントだ。ジークマイスター機関の工作員や関係のある組織――銀河解放戦線(通称、戦線)・革命的民主主義者武装同盟(通称、革民同)・銀河連邦臨時人民自治評議会(フェデラシオン・コミューン)(通称、コミューン)の三大共和組織等――を総動員すればこの程度の工作は容易い。元々私への不信感は存在したのだから。

 

 ヴェスターラントの目的は何か?……私という存在を最大限利用してノルトライン公爵領に混乱をもたらすことだろう。実際、ノルトライン派遣艦隊が長らく公爵領外に止め置かれたのはノルトライン公爵家が流言飛語に惑わされて私を警戒したからでもある、そしてそのせいでノルトラインの諸侯連合と警備艦隊は数的不利を承知で同盟軍第二艦隊と交戦せざるを得なかった。

 

「失礼します。閣下、後一五分でケルントに到着します」

 

 客室に司令部付き将校として同行するヘンリク・フォン・オークレール地上軍大佐が入ってくる。ルートヴィヒ皇太子の出征に合わせ、クロイツァー近衛軍予備役少将ら数名のライヘンバッハ派が現役に復帰した。復帰した者たちはヘンリクも含め全員がルートヴィヒ皇太子の第二作戦総軍に参加していたが、私がノルトライン派遣艦隊司令官に就任した際、ルートヴィヒ皇太子の厚意でヘンリクを司令部付き将校として付けてもらうことが出来た。

 

「ああ、分かった」

 

 ケルントにはノルトライン地方で最も美しい湖畔が存在する。ノルトライン公爵はその畔に別荘を構え、夏の間をそこで過ごしているという。公爵が市街地では無くこの別荘に私を呼びつけたのは警戒心の表れだろう。

 

 

 

 

 

 ケルントの駅には厳戒態勢が敷かれていた。プラットホームにはノルトライン公爵軍の兵士が整列しており、列車の到着と同時に全ての入り口から客車内に突入していった。私たちが降りる出入口だけは兵士が突入せず、代わりに青色の瞳を持つ茶髪を七三分けにして前髪を撫でつけた若い将校が数人の兵士と共に直立不動で待っていた。

 

「ライヘンバッハ特務中将閣下、ようこそケルントへ。小官は閣下の案内と歓待を担当するノルトライン金虎騎士団所属、アレクサンデル・バルトハウザー少佐と申します」

「歓待、ね。ノルトラインの文化では銃剣を携えて客人を歓待するのかね?」

「勿論その通りです。客人の安全を守れなくては歓待の仕様もありませんから。閣下の領地では違うので?」

 

 バルトハウザー少佐は私の嫌味をさらりと受け流す。……平民出身で階級は少佐、年齢は二〇代前半といった所だろうか。特務中将を出迎える人間として相応しいとは思えない。ノルトライン公爵の意図が透けて見える。

 

 とはいえ、バルトハウザー少佐の所作は洗練こそされていないが、最善を尽くしていることは感じられた。である以上、恐らくノルトライン公爵から厄介ごとを命じられて困惑しているだろうこの平民少佐を追い詰める必要も無い、と私は考えた。

 

 私たちはバルトハウザー少佐の案内に従い公用車に向かう。そこで私はバルトハウザー少佐を呼び止めた。

 

「少佐……車が足りないような気がするのだが?我々の護衛をどうするつもりだ?」

「……公爵閣下は派遣艦隊高官と落ち着いて話し合いたいそうです」

「だから……それで何故護衛を置いておこうとするかと聞いているんだ!」

 

 私はやや気まずそうに応えるバルトハウザー少佐に詰め寄る。バルトハウザー少佐は少々躊躇った後口を開いた。

 

「閣下の艦隊には良くない噂があります。率直に申し上げて公爵閣下はノルトライン派遣艦隊の兵士を信頼しておりません」

「な!」

 

 その説明にディッケル参謀長やホフマイスター副参謀長、ヴィンクラー大尉が気色ばむ。私もバルトハウザー少佐に護衛を連れて行くよう詰め寄ったが、バルトハウザー少佐は結局最後まで首を縦に振らなかった。

 

「閣下の護衛の方々の安全はこのバルトハウザーが保障します。信じていただきたい」

 

 「卿は逆の立場で信じられるか?」とホフマイスター副参謀長が不機嫌そうに答えたが、結局バルトハウザー少佐を説得できず、我々は護衛の安全を保障するという少佐の言葉を信じて公用車に乗り込まざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 

 

「遅いっ!貴様らの怠惰で偉大な帝国の版図が失われてしまったではないか!」

 

 ヨッフム・フォン・ノルトライン公爵は私たちを見るなりそう怒鳴りつけ、手に持っていたグラスを投げつけてきた。私はそれを体で受け止める……義理も無いので身をずらして避ける。すると「何故避ける!」とさらに怒鳴ってきた。

 

「小官らにデルシュテット失陥の責任があると?」

「当たり前だ!」

「ヴェルトハイムに我々を留めておいたのは公爵閣下でしょう」

 

 私はどうせ無駄だろうと思いながらも一応抗弁する。

 

「デルシュテット会戦の時には既に入領を許可していた!卿らが戦列に参加すれば我々は叛徒共を回廊の彼方まで追い返すことが出来たのだ!」

「我々が戦列に参加するのは物理的に無理でしょう」

「無理!?無理と言ったか貴様!栄えある帝国軍の宇宙軍中将が!それも帯剣貴族の名家ライヘンバッハを名乗る者が無理と言ったかぁ!」

 

 そこまで怒鳴るとノルトライン公爵はゼェゼェと肩で息をする。そこで隣に居たひょろ長い青年が薄ら笑みを浮かべながら口を開く。

 

「父上、そうチェザーリ子爵(・・・・・・・)を怒鳴っては可哀想でしょう。何せ彼はライヘンバッハの苗字を背負っているだけで一族からは実質的に追放された身、いわばライヘンバッハの落ちこぼれ、帯剣貴族の落伍者です。期待した我々が愚かだったのです」

 

 エーリッヒ・フォン・ノルトライン公爵令息がそう言ってノルトライン公爵を宥める。その実、ただの私に対する罵倒であるが。

 

「そうだな、そうだ。全て卿の無能が悪いのは間違いないが、だとしてもそれを考慮せず真の貴族としての基準を卿に求めた我等にも非があるか。このことはしっかりと中央に報告するから卿は安心せよ」

「……報告とは?」

「つまりだ、卿らの失敗でデルシュテット星系は失陥しただろう?だがそれは全て卿らの責任と言う訳では無い。期待した我々にも僅かに、そうほんの僅かに非はあるのだ。その点も考慮して卿に寛大な処置をとるよう願ってやるという事だ」

 

 私の横でホフマイスターが「馬鹿馬鹿しい」と呟く。エーリッヒ公爵令息には少し聞こえたようで、ホフマイスターに何か言おうとするが、私はそれを遮って口を開く。

 

「公爵閣下の温情に痛み入ります。では小官は閣下の報告と共に帝都に帰還させていただきましょう」

 

 私がそういうとノルトライン公爵父子は虚をつかれた表情をする。私の言ったことが意外だったのだろう。だがやがてニヤつくと、上機嫌で「ぜひそうすると良い。卿が重罰を与えられないように名門ノルトラインの名で取り計らうぞ」と言い出す。黒い噂が絶えない私を追い出せるならそれに越したことは無いからだろう。だがその次に私が言った言葉で凍り付く。

 

「そして小官はノルトライン派遣艦隊従軍特務主任参謀としてノルトライン派遣艦隊司令部全将校、並びに主要部隊司令部全将校にデルシュテット星系失陥の責任があると判断し、これを解任します」

「……は?」

「指揮権の上位継承者が殆どその資格を失ったため、軍法に従い指揮権は上位司令部たる第二作戦総軍司令部が継承、すなわちルートヴィヒ・フォン・ゴールデンバウム宇宙軍上級大将が継承なさることになるでしょう」

「ま、待て、そんな無茶な話が……」

「無茶が通れば道理が引っ込みます。小官はこの無茶を通せる程度の権限と政治力は持ち合わせていますよ?」

 

 ノルトライン公爵が困惑しているのを確認した上で私は続ける。

 

「デルシュテット失陥の責任が誰にあるかは今話し合うべきことでは無いでしょう。本気で責任を追及すれば、『誰に本当の責任があったとしても』ノルトラインの今と未来に悪影響を及ぼすに違いありません」

 

 言外に、「デルシュテットが陥落したのはお前らのせいだ」と批判し、「今責任問題を話し合うならただで済ませる気はないぞ」と匂わせる。……尤もノルトライン公爵父子も本気で私に全責任を負わせる気があった訳では無いだろう。戦後は分からないが、少なくとも今は。これは確認と牽制である。

 

「……ふん!いいだろう。卿がそこまで言うのであれば名誉挽回のチャンスをやる」

 

 ノルトライン公爵は私の言いたいことを理解した上でいきなりそんなことを言ってきた。……本来は私を散々に脅しつけた上でこの言葉をぶつけるつもりだったはずだ。

 

「デルシュテットを取り戻してこい。ノルトライン公爵家はその功績と相殺で卿の不手際を忘れてやる」

「不手際、ね。まあデルシュテットを放置する気は元からありませんよ」

 

 私はふてぶてしいノルトライン公爵に呆れ果てながらそう返した。……同盟軍第二艦隊は同盟最精鋭艦隊とも言われる。指揮官も名の知られた者ばかりであるが、特に近年急速に功績を挙げ台頭してきたラザール・ロボス。彼との戦いはきっと一筋縄ではいかないだろう。「ついに来たか」そんな思いを胸に私はノルトライン公爵の戯言を右から左に聞き流していた。

 

 銀河の歴史がまた一ページ……。

 


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