アルベルト・フォン・ライヘンバッハ自叙伝   作:富川

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壮年期・激戦のノルトライン(宇宙暦778年2月12日)

 自由惑星同盟市民の間で銀河帝国に対する敵意と憎悪は出自・派閥に関わりなく等しく共有されている。反戦派や避戦派に属する者たちも、当然ながら現状の帝国統治体制には不快感を感じている。しかしながら、事が帝国という国では無くその臣民となると話は変わってくる。簡単に言えば、「加害者」と捉えるか「被害者」と捉えるかで見解の相違が生まれるのだ。

 

 例えばリューベック市民を例に出そう。彼らが専制主義の犠牲者であることは同盟国内で広く知られており、彼らを敵視する同盟市民は全くいなかったといって良い。……宇宙暦七六一年のリューベック騒乱までは。

 

 一連の騒乱の全体像は機密保持の壁に阻まれ一般に対して明らかにされていない。しかし断片的に公開された、あるいは漏洩された情報からリューベック独立派と同盟情報部に接触があったと誠しやかに囁かれている。「信憑性が薄い」とこれらの情報を切り捨てるにせよ、騒乱後のリューベックが同盟という脅威を煽り立てる形で実質的独立を達成したことは同盟市民にとって極めて不愉快な事実だ。こうなると『藩王国』などと言う皇帝権力を前提とした枠組みに甘んじているのも気に入らなく感じてくる。

 

 しかしながらそれを以ってリューベック藩王国とその市民を「共和主義に対する卑劣な裏切り者」「皇帝を奉じる専制主義の信望者」と一方的に詰るのはどうにも気まずい。リューベック騒乱でバーナード・ロシェとアルベール・ミシャロンが指摘した通り、宇宙暦六六八年のコルネリアス一世元帥量産帝による親征に際して同盟が『第七艦隊共和国(リパブリック・オブ・セブンスフリート)』を見捨てたのは紛れもない事実だ。

 

 当時の同盟中央政府は第一次ティアマト会戦の大敗を受けて慌てて戦力集中を図った。その結果、前線加盟国の一部を事実上見捨てることとなり、その問題は一〇〇年以上の時を経た今でも加盟国間、あるいは中央対地方の関係にしこりとして残っている。同じように「見捨てられた」エル・ファシルなどの前線諸国は独自路線を採るリューベックの立場を擁護する。このようにリューベック藩王国成立を祝福するか批判するか、同盟国内では意見が割れるのだ。

 

 リューベックの例は少し極端だったかもしれないが、このように同盟国内の帝国臣民に対するスタンスは常に寛容派と厳格派に割れる。そして、両国の関係性や経済事情といった社会情勢で同盟市民の帝国臣民に対する感情は容易に変動し、「解放軍」として正義と慈愛の心を持って帝国領に侵入した同盟軍将兵が次の瞬間――あるいは別の地域では――「復讐者」「愛国者」あるいは「圧政者」となる……なんてことは歴史上何度もあった話だ。

 

 宇宙暦七七七年に自由惑星同盟が発動した「授業の再開」作戦においてもその事情は変わらなかった。ただし、今回の同盟軍は市民感情では無く、補給と戦略の事情によって「解放軍」としての顔と「破壊者」としての顔を使い分けることになった。「授業の再開」作戦の目標は究極的にはイゼルローン要塞の建設であり、帝国イゼルローン方面辺境の解放はその手段だ。当然の話だが、帝国首都オーディンへ一気に攻め入って帝国を民主化……なんてことは考えていない。(市民と軍人の一部にそういう意見もあったが)

 

 同盟軍はエルザス=ロートリンゲン地域で徹底的な民主化教育を始めている。この二地域に存在する有人惑星とその住民を自由の民として同盟の一員に迎え入れる為だ。当然ながらその障害となる旧統治者――貴族や代官――とその支持者に容赦はしない。相当数の地上軍部隊を投入して恭順する市民には食料と本を、反発する臣民には銃弾と死を等しく与えている。

 

 一方でそれ以外の地域――シュレースヴィヒ=ホルシュタイン、ノルトラインなど――に解放区を建設するつもりは無かった。同盟の国是を考えればいずれはこれらの地域も解放する必要があるが、まずはその拠点となるイゼルローン要塞を完成させないといけない。そしてそこからエルザス=ロートリンゲン地域を橋頭保に少しずつ解放区を広げていけばいずれは帝国全土の解放も可能である……との考えに基づいている。

 

 にも関わらず自由惑星同盟宇宙軍がノルトライン・ヘッセン・シュレースヴィヒ=ホルシュタイン方面へ進出を繰り返すのは占領では無く破壊が目的だ。これらの地域を占領した所で補給の維持は心もとない。艦砲射撃・対陸爆撃・質量攻撃で地上の軍・政府・貴族の拠点を潰す、勿論これらの手段だけで惑星の全抵抗戦力を沈黙させることは不可能だが、攻撃を行った惑星の統治機構や軍拠点の機能を当面低下させられれば同盟軍の目標は達成できる。すなわち、要塞が完成し、エルザス=ロートリンゲン地方の民主化が達成され、同盟政府の統治体制・軍の防衛体制が整うまで帝国軍が反攻に使うであろう拠点を潰せれば問題ないのだ。纏めると、エルザス=ロートリンゲン地方では「解放者」、それ以外の地方では「破壊者」としての顔を見せたと言うことになる。

 

 宇宙艦隊総参謀長ハリソン・カークライト宇宙軍大将がこの「策源攻撃戦略」を提唱したが、カークライト宇宙軍大将が拠点制圧に拘らない新戦略を打ち出せたのは腹心であるシドニー・シトレ宇宙軍少将の働きが大きいだろう。シトレ少将は民間への被害を「必要な犠牲」と許容するカークライト大将と最後の最後に対立し、宇宙艦隊総司令部を追い出されることとなったが、「策源攻撃戦略」の基礎研究に携わり、その完成に貢献した。

 

 

 

 

 

 

 年が明けて宇宙暦七七八年になっても自由惑星同盟宇宙軍と銀河帝国宇宙軍による激戦は続いていた。宇宙暦七七七年五月の第一次ボルゾルン星域会戦は睨みあったまま二か月間程散発的な戦闘が続いた後、双方兵を退いた。その後バッセンハイムがシャーヘン星系から直接フォルゲン星系を突く素振りを見せたために第二次ボルゾルン星域会戦が起こり、その結果としてボルゾルン星系が一時的に同盟の掌握する所となったが、すぐに奪還作戦が発動され第三次ボルゾルン会戦――これは第一次・第二次に比して格段に激しい戦いであった――を経て再び帝国勢力圏となっている。しかし、現在ボルゾルン星系は同盟軍によって包囲されており、星系に立て籠もる第四予備分艦隊の消耗も著しい。バッセンハイム大将はルートヴィヒ皇太子の第二作戦総軍にも協力を仰ぎ、近くボルゾルン星系の包囲部隊を攻撃する方針であった。

 

 ボルゾルン星系で同盟軍と帝国軍の主力が幾度も衝突している間、他の方面でも熾烈な戦いが繰り広げられていた。特にランズベルク星系、ヴァンステイド星系、デルシュテット星系の三星系は数度に渡って双方合わせ一万隻以上が砲火を交える大規模会戦が起きている。

 

 ランズベルク星系は帝国軍の要衝シャーヘン星系を迂回してニーダザクセン行政区に突入する為に必要な拠点である。ニーダザクセン行政区は宇宙暦七六九年の政変でブラウンシュヴァイク派諸侯の半数以上が処刑されたことで著しい混乱状態にある。当初、帝国内地への干渉を控える方針であった同盟政府であったが、直にその混乱を見て介入の欲望を抑えきれなくなったのも無理はない。

 

 例えば、フレーゲル侯爵家を継いだハンス・クレメンス・フォン・フレーゲル、シュミットバウアー侯爵家を継いだカール・エドマンド・フォン・ブラウンシュヴァイク、ヒルデスハイム伯爵家を継いだマクシミリアン・フォン・ヒルデスハイムらがそれぞれ「第三二代ブラウンシュヴァイク公爵」を勝手に襲名しブラウンシュヴァイク公爵の遺産――領地・領民・債券・美術品等――を継承する権利を主張して争っている。また、リッテンハイム侯爵家は逆賊討伐を名目にブラウンシュヴァイク公爵領へ雪崩れ込み、バルヒェット伯爵領やハーネル子爵領を実効支配している。オルテンブルク星系では領民が代官のシャイド男爵を追放しヴェスターラント伯爵家の再興を求めて決起した。ノイケルン子爵領では共和派がシュフレーン共和国建国と自由惑星同盟加盟を一方的に宣言した。ブラウンシュヴァイク公爵領ではブラウンシュヴァイク公爵の二人の弟が公爵位を巡って争い、劣勢の末弟オイゲンがついに自由惑星同盟軍の派兵を要請した。

 

 ランズベルク星系も例に漏れず、領土を接収しようとする帝国地上軍とランズベルク伯爵家旧臣が激しい内戦を繰り広げていた。これに同盟地上軍も参戦し、地上では三つ巴の争いが、宇宙では帝国宇宙軍第二作戦総軍主力と同盟宇宙軍第一二艦隊の壮絶な殴り合いが続いている。地上戦力を投入している分、他の星系とは違い同盟軍としても簡単には退けないのだ。

 

 ヴァンステイド星系は全方面で唯一同盟宇宙軍が守勢に回っている。同盟側がノルトラインやニーダザクセン、ヘッセン方面の戦況を重視していることがその主たる要因ではあるが、この方面をバッセンハイム大将から全面的に任されたグレゴール・フォン・ミュッケンベルガー宇宙軍中将率いる第一打撃艦隊の活躍も大きい。同方面ではリューベック藩王国が『未回収のリューベック』奪還を狙って蠢動しているが、ミュッケンベルガー中将はリューベック藩王国警備艦隊を牽制しながら同盟宇宙軍に対し攻勢に出るという離れ業を続けている。ミュッケンベルガー中将はシュレースヴィヒ=ホルシュタイン辺境軍管区の直轄艦隊五〇〇〇隻を指揮下に加え、アンドレアス公爵領やリンダーホーフ侯爵領からも私兵艦隊を供出させた――それがどれほど凄い事なのかはノルトライン公爵の人柄を考えてほしい、アンドレアス公爵やリンダーホーフ侯爵はあそこまで酷く無いにせよ、門閥領地貴族の一員である。彼らから私兵艦隊の指揮権を分捕るなんて『皇帝より皇帝らしい』『威厳が軍服を着て歩いている』ミュッケンベルガー中将だからこそできた芸当だ――ことで他の方面とは違い後方を二線級の部隊に任せることが出来た。

 

 ミュッケンベルガー中将は二度に渡りこの方面を守る同盟軍第三艦隊を打ち破り、特に第一次ライティラ星域会戦では第三艦隊の戦列を突き崩し、中央突破を成功させかけた。シトレ少将率いる第二独立分艦隊が第一打撃艦隊の脇腹に猛射を浴びせたことで紡錘陣形を乱され逆に窮地に追い込まれるが、反撃を受ける先頭集団の指揮統制を維持しながら頑強に抵抗し、最小限の損害でライティラ星系からの撤退を成功させた。

 

 そして私が受け持つノルトライン方面は……非常に苦しい戦いを強いられていた。先に述べた通り、同盟軍は拠点制圧に拘っていない、彼らの目標は破壊である。である以上、必然的に攻める同盟軍が守る帝国軍より有利である。彼らはどの拠点をどの程度の戦力でいつ攻撃するかを常に選択することが出来、対する帝国軍はその同盟軍の動きを見て対応するしかない。どうしても後手に回らざるを得なかった。ミュッケンベルガー中将が危険を冒して攻勢に出ているのも、同盟側に主導権を渡せばシュレースヴィヒ=ホルシュタイン辺境軍管区の各地を荒らされ後手に回らざるを得ないと分かっているからだ。

 

 ……しかし、ノルトライン警備管区では我々が到着した時既に同盟軍第二艦隊が攻勢に出ており、しかも防衛戦力は第一次デルシュテット会戦で壊滅していた。この不利な状況を打破する唯一の方法はデルシュテット星系の奪還だ。デルシュテット星系を制圧すれば同盟軍はヤヴァンハールからの補給路を断たれ、後退を選ばざるを得なくなる。しかし私に分かることを分からない同盟軍ではない。二度のデルシュテット星系攻撃はいずれも失敗した。

 

 同盟軍戦力を各地に誘引した上で実施した第一次デルシュテット奪還作戦ではカジェタノ・アラルコン宇宙軍少将率いる第二艦隊第三分艦隊に頑強に抵抗され、第二艦隊の再終結前に星系を奪還することが出来なかった。第二次デルシュテット会戦ではルーブレヒト・ハウサー宇宙軍准将率いる別動隊による奇襲攻撃もあり第二艦隊を一時的に混乱させた。しかし、攻勢に出ようとしたノルトライン派遣艦隊はラザール・ロボス宇宙軍少将率いる第二艦隊第二分艦隊を突破できず、最大のチャンスを活かせなかった。ノルトライン派遣艦隊は立ち直った第二艦隊から逆撃を受け一連の戦いの中で最大の損害を出すことになる。

 

 

 

 

 宇宙暦七七八年二月一二日。ノルトライン警備管区フェーデル伯爵領フェーデル星系第二惑星ドルトムントにおいて銀河帝国宇宙軍ノルトライン派遣艦隊直衛部隊三二〇〇隻は第二艦隊第三分艦隊二八〇〇隻と交戦状態に入っていた。

 

「ファイエル!」

『ファイア!』

 

 平凡な陣形から平凡な号令と共に始まった平凡な砲戦は、当然の帰結として数で勝る帝国軍が優勢に立った。……そう、通常ならば当然の帰結ではある。実際の所を言えば練度面に問題を抱えるノルトライン派遣艦隊がたった四〇〇隻程度の数的有利で同盟軍正規艦隊の中でも精鋭として知られる第二艦隊に対し優勢に立てるというのは異常な事である。

 

「中央管制射撃の成果ですな。帝国軍と叛乱軍の技術格差は微々たるものです。それ自体は残念な事ではありますが、つまり技術力の土俵で戦えばそれだけ練度差を気にしなくて良くなるという事でもある」

「……しかしリスキーな戦術でもあります。地球軍六万隻が黒旗軍(ブラック・フラッグ・フォース)八〇〇〇隻に大敗した第二次ヴェガ星域会戦。それはチャオ・ユイルンが仕掛けた『静寂の五秒間』無しには有り得ませんでした」

 

 情報部長ビュンシェ宇宙軍大佐は私たちが用いる新戦術――廃れた戦術の焼き直しだが――をそう評したが、作戦部長エッシェンバッハ宇宙軍大佐は不安そうにそう言った。

 

 シリウス戦役時、地球は相対的に少ない人口で莫大な戦力を運用するために艦艇の自動化を進めていた。『静寂の五秒間』はそんな地球軍艦隊のデータリンクシステムに対しチャオ・ユイルンが仕掛けた破壊工作を指す。第二次ヴェガ星域会戦序盤において数の優位を活かした地球軍は自由シリウスを中核とする植民地連合軍主力二万三〇〇〇隻を圧倒した。植民地連合軍も奮戦するが、数的不利を覆すには至らず、ついに撤退を余儀なくされる。地球軍はヴェガ星域を卑劣で不遜な分離主義者たちの墓標とすべく、全軍を挙げて追撃戦に移ろうとした。

 

 チャオ・ユイルンが切り札を切ったのはその瞬間だ、地球軍のデータリンクシステムに存在した小さな――本当に小さな――欠陥を突いた破壊工作は陣形を変更しつつあった地球軍艦艇の動きをほんの一瞬止めた。戦後の検証によると五秒から八秒程度で自動復旧システムがチャオの工作を無力化したとされる。しかし、その数秒間でジョリオ・フランクール率いる奇襲部隊八〇〇〇隻が地球軍艦隊主力に「熱狂的な」あるいは「自殺的な」とも評される突撃を敢行した。フランクールが優先的に狙ったのは数百隻から数〇〇〇隻存在したと言われるデータリンクを維持する指揮艦・中継艦である。これによってデータリンクシステムの各所を寸断された地球軍は陣形変更中であったこともあり、一気に混乱した。あるいはコリンズ・シャトルフ・ヴィネッティの『地球軍三提督』が生きていれば結果は変わったかもしれないが、能力と胆力の双方、良くても片方に欠けていた凡百の地球軍指揮官たちには暴れまわるフランクールと黒旗軍(ブラック・フラッグ・フォース)を止められなかった。

 

 『第二次ヴェガ星域会戦』の地球軍大敗は『土星決戦』における地球連合艦隊――通称・アンドロメダ艦隊――の壊滅、一三日戦争のきっかけとなった『第七次中東戦争』――別名・『無責任紛争』、あるいはJ・P・コナーが評する所の「過去と未来の全人類の目に明らかな、現在の人類の誰もが予想しなかった失敗」――、西暦二七五ニ年前後に起きたとされるドロイドの叛乱『コルサント・ゼロ』、宇宙暦七年の宇宙ステーション――銀河連邦議会が設置されていた――崩壊事故『ブレイク・ザ・ラプラス』と共に、人類に遺伝子レベルで先進技術への懐疑心を刻み込むことになる。

 

「だが止むを得んよ。ノルトライン派遣艦隊総数約一万五〇〇〇隻、その内サジタリウス叛乱軍を仮想敵としてきた戦力は大目に見積もって六割と言った所だ。勝つために必要以上のリスクを負うのは反対だが、リスクを負わないと戦えないというレベルでは選択の余地が無い」

「人事部としては新戦術を評価します。少ない人員で艦隊運用が可能になりますから。さらに私見を述べさせていただければ、先進技術の失敗と評される事例は実際の所、その失敗を直接引き起こした人物が別に存在します。『第二次ヴェガ星域会戦』のチャオ元帥とフランクール元帥、『土星決戦』のセリザワ軍務局長、『コルサント・ゼロ』のティラナス辺境伯、『ブレイク・ザ・ラプラス』のマーセナス委員長……。我々がマーセナス委員長のように初期対応に失敗するか、敵にチャオ元帥のような鬼才が現れない限りは新戦術が破綻することはありません。」

 

 少し不機嫌そうな表情で副参謀長ホフマイスター宇宙軍准将が発言し、人事部長ハウプト宇宙軍大佐が淡々と意見を述べた。

 

「中央情報司令部があらゆる情報を一元的に管理し分析する、これによって艦隊戦指揮と情報戦指揮を完全に分離させ、情報参謀を情報分析とデータリンクシステムの防衛・維持に注力させる、中央情報司令部が分析した情報と、最上級司令部の戦術判断をデータリンクシステムを通じて全て共有させることで各艦艇に人間の反応速度を超えた迅速な行動を可能にさせる。遠距離砲撃戦ではこの効果が顕著に出る。電子戦・情報戦に勝っている限りは将兵の練度に左右されず精密な射撃を続けることが可能だ。とはいえ……」

 

 私は戦術スクリーンを見上げる。前衛の第一戦隊が少しずつ崩れ始めている。第二分艦隊が時間をかけて少しずつ砲線密度を変えていたからだろう。猛攻を受ける右翼側が怯む一方で、左翼側の部隊が少し飛び出しかけている。私はデータリンクシステムを通じて第一戦隊左翼部隊に戦列を維持するよう命じる。反応が遅ければ直接操作で強引に後退させることも考えなくてはいけない。

 

「機械頼りの砲戦は精密だが単調だ。最上級司令部が大まかな目標を設定して砲撃を行っているが、当然ながら一つ一つの戦場に最善の戦術判断をすることは出来ない。下級司令部が最上級司令部から共有された大まかな戦術判断と戦況に発生した齟齬を是正することが出来なければ、少しずつ隙が生まれてしまう」

「自動化を進めた艦隊に存在する最大の欠点は上級司令部になればなるほど多大な負担がかかることだ。……通常以上にな。その負担を低減するために中央情報司令部を艦隊司令部から独立させたが……」

「第一戦隊司令オストバッハ准将は経験豊富な実戦派の帯剣貴族軍人です。……しかしその下が問題です。オストバッハ准将も精鋭第二艦隊を相手にしながら麾下の部隊の『足の上げ方、降ろし方』まで指導するのは大変でしょう」

「……」

 

 ディッケル少将とホフマイスター准将、後方部長オルゼンスキー大佐がそれぞれ言葉を交わす。彼らの言う通りだ。自動化艦隊は個々のスペックを見れば有人艦隊より遥かに強い……ように見える。にも関わらず同盟や帝国の艦隊があくまで人工知能やデータリンクシステムを補助としてしか使っていないのには理由があるのだ。戦術即応能力の低さ、そして『静寂の五秒間』で示された通りの情報攻撃を受けた際の脆弱性、これが如何ともしがたい。故にこのノルトライン派遣艦隊にしても通常の艦隊より機械に頼る比率を高めているが、完全に委ねている訳では無い。

 

「両翼を前進させて我が方前衛部隊を支援させろ。ただし接近しすぎるな。重厚な砲線構築でこちらの前線をすり減らし、疲弊させたところで一気に格闘戦に持ち込む。第二艦隊の一八番だ」

 

 私の指示を受けほぼ間髪入れずに右翼のルーブレヒト・ハウサー宇宙軍准将率いる第三戦隊と左翼のエルンスト・フォン・ファルケンホルン宇宙軍准将率いる第四戦隊が第三分艦隊中央への砲撃を強める。データリンクシステムを積極的に利用することで情報伝達がスムーズに進む。とはいえ、これがさらに大艦隊同士の戦いになったり、あるいは不安定な星域での戦いになったり、あるいはカークライト同盟軍大将の影響もあり情報戦に強い第三艦隊や第一二艦隊を相手取ることになったりすればこうも上手くはいかない。勿論、この戦いも接近戦に持ち込まれればデータリンクシステムは使い物にならなくなるだろう。

 

「第一戦隊が押されています。予備部隊を投入しましょう」

「ああ、二八三打撃群を第一戦隊右翼側後方に展開しよう。中央右翼側の綻びが無視できない」

 

 この頃になると戦況はやや同盟軍優勢へと傾いてきた。こちらも予備戦力を投じながら戦線の穴を埋めつつ管制射撃で確実に第二艦隊第三分艦隊に損害を蓄積させるが、地力の……練度の差か、時が経つにつれてこちら側の損害が増大してきた。こちらの管制射撃の『パターン』が読まれ始めたのかもしれない。

 

「閣下、ご覧ください。敵軍右翼・左翼部隊の一部が少しずつ陣形を変更しています。これは恐らく紡錘陣形への再編……つまり中央突破の前触れかと」

「卿の言う通りだな……。第一戦隊は持ちこたえられるか?」

 

 エッシェンバッハ大佐の忠告を受けて、私は彼も含めた作戦参謀たちに意見を求めるが、皆一様に首を振る。第二艦隊は攻撃型の編成を取っている。機動力や情報戦力はそれほど高くないが、正面決戦に備え、高火力・重装甲の戦艦や砲艦を多く備えており、『地力』のあるタイプの艦隊だ。長期戦や遠距離での砲戦で真価を発揮する。その第二艦隊がいよいよ格闘戦に出てくるという事は、つまり向こうの指揮官は勝負が決したと判断したという事だ。凡百の指揮官ならともかく、ラザール・ロボスと共にノルトライン派遣艦隊を翻弄し続けているカジェタノ・アラルコンの判断だ。間違いなく第一戦隊は踏みとどまれない。私もそうだろうとは思っていた。

 

 ……第二艦隊第三分艦隊司令官カジェタノ・アラルコン宇宙軍少将、解放民系軍人の名家であるアラルコン家の出身者である。士官学校を上位の成績で卒業後、積極的に志願し前線勤務についてきた。彼が属した部隊はその五〇%以上が『壊滅』判定以上の損害を敵から与えられ、七〇%以上が敵に『壊滅』的な被害を与えてきている。つまるところ、彼は常に戦場の最も危険な場所に身を置き続け、そしてそこで生き延びて武勲を挙げてきているということだ。彼の敢闘精神は同盟軍随一と言われ、数年後には正規艦隊司令官に就任することが確実視されている。『超新星』ラザール・ロボスと『黄金の精神』シドニー・シトレが台頭してきた昨今の同盟軍においても、両名に引けを取らない存在感を示し続けている。解放民系・地球系・アラルコン一族の期待を一身に背負った壮年の闘将だ。

 

 アラルコン家は地球時代から続く(とされる)名家であり、銀河連邦時代には多くの議員・軍人・官僚を輩出した。中でもサロモン・マスティーニ師との右腕として『旧敵国条項』撤廃に尽力したサカリアス・アラルコン下院議員、分権派指導者の先駆けとされるジョン・アラルコンなどは今でも教科書に名前が載っている。しかし、アラルコン家出身者で最も有名なのは銀河連邦末期から銀河帝国建国初期にかけて活躍したダリオ・アラルコン下院議員・ディエゴ・アラルコン下院議員の兄弟だろう。ダリオ・アラルコンは弱者の権利を擁護し『公正』な社会を追い求めた大叔父ジョン・アラルコンやサカリアス・アラルコンを尊敬しており、彼らに倣わんと議会に置いても良心的な姿勢を貫いた。……尤も大叔父に似て法律よりも道徳を重視する嫌いがあり、また『正義』を実行することは形式的な制度を遵守することに優先するという思想を持っていた。その思想傾向からだろうか、良心的な政治家として知られたダリオは当初こそ『鋼鉄の巨人』ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムを敵視したが、次第に彼の辣腕に期待するようになっていった。

 

 ……当時各地で結成されていた地域政党の一つ、ヴィントフック公正党幹事長であったダリオは党を挙げてルドルフの国家革新同盟に合流することを決断したが、この決定に弟のディアゴが反発した。分離主義者であるダリオはルドルフの権威主義・統一主義的志向を危うんだのだ。兄弟の対立はヴィントフック公正党の分裂を招き、ダリオ率いる左派が国家革新同盟に合流し、ディアゴ率いる右派は故郷ヴィントフックに戻りヴィントフック独立党を結成した。

 

 宇宙暦三一六年四月一二日、ディアゴ・アラルコンの懸念は現実となった。国家革新同盟総務委員長ルートヴィヒ・エルンスト・シュトラッサーら左派を対象に行われた『新月粛清』において、ルドルフと共闘していた分権派・分離派の大物たちが次々に粛清される。この頃、既に「弱肉強食」を掲げるルドルフと対立していたダリオの名前も粛清リストに入っていた。ダリオはイエッセ・ユハ・クーシネン率いる親衛隊の襲撃を受け全身に二〇数発の銃弾を受け死亡する。銃弾を受けたダリオの顔は判別が出来ない程に崩れていたが、国家叛逆者として共和国広場に晒された。

 

 ……ディアゴ・アラルコンとウィントフック独立革命戦線(FREWLIN(フレウリン))の戦いはその瞬間から始まった。ディアゴはルドルフに対し硬軟織り交ぜた交渉を行い、ブラウンシュヴァイクやカストロプ、グレーテルと同じく粛清対象者から逃れ、ザールラント伯爵位と一定の自治権を手に入れた。その後、ディアゴとウィントフックの人々は自身の復讐心を巧妙に隠した。

 

 時を経て宇宙暦三五五年、ディアゴの子エドマンド・フォン・ザールラント伯爵は『第七艦隊共和国(リパブリック・オブ・セブンスフリート)』と手を組み帝国に対し反旗を翻す。ノイエ・シュタウフェン公爵率いる辺境鎮撫軍はザールラント伯爵家の不満を察していたが、それが世代を超えて復讐を決意させる程の執念だとは見抜けなかった。第一次リューベック星域会戦で銀河連邦軍第七艦隊とザールラント伯爵軍の挟撃を受けたノイエ・シュタウフェン公爵はその生涯で数少ない敗北を喫することになった。

 

 しかしながら第一次リューベック会戦を生き延びたノイエ・シュタウフェン公爵は最終的に態勢を整えザールラントへ侵攻、ザールラント伯爵軍も抵抗するがついに力及ばず壊滅する。なお、「壊滅」と書いたがこれはあくまで正規の宇宙部隊の話であり、その後も各地で反帝国派が抵抗を続け、ついに宇宙暦七七七年には『帝国で最も多くの貴族を殺した共和主義組織』と評されるようになる。ただし、アラルコン家自体はこの時リューベックに亡命し、ダゴン星域会戦の後自由惑星同盟へと移住する。その後は解放民系の名家として同盟軍に重きを為している。

 

「敵叛乱軍!急速に陣形を変えていきます!」

「叛乱軍前衛部隊が前進を開始、第一戦隊右翼の第一〇二二巡航群に砲撃が集中しています!」

「第一〇五機動群を前衛へ。格闘戦に備えろ」

 

 第二艦隊第三分艦隊の突撃は矢のように鋭く、光のように速かった。機動戦はラザール・ロボスの一八番だが、他の提督が同じことを出来ない訳では無いのだ。第一戦隊は懸命に防戦に努めるが、第二艦隊第三分艦隊の勢いを留めることは出来ない。荷電粒子レーザー砲の射程距離内に入り、双方の電磁シールドにかかる負担が増大する。一点に集中して突撃する第二艦隊第三分艦隊に対し、第一戦隊の応射は分散しており、シールドを貫けないことも多いようだ。レールガンやレーザー水爆ミサイルといったシールドを貫通する物理兵器の射程距離内に入れば被害はさらに拡大するだろう。

 

「直属部隊で敵の勢いを殺すぞ。前衛は第七七打撃群。データリンクシステムを停止、手動操艦でに敵に殴りこむ!第一戦隊はその間に再編に務めろ!」

 

 直属部隊は旧ライヘンバッハ元帥府に属していた下級軍人が多く属しており、他より相対的に精鋭と呼べる部隊だ。私の手持ちの札はアラルコン少将に比して少ないが、それでも切り札には違いない。

 

 直属部隊が前進し、第一戦隊の崩壊しつつある戦列の穴を埋める形で第二艦隊第三分艦隊と距離を詰める。第一戦隊がその間に後退するが、後退の仕方も整然とした物とは言いにくい。流石にオストバッハ准将が直接指揮する部隊は難なく戦列を整え、直属部隊の支援を始めたが、周りの部隊の統制を回復するのに手間取っている。

 

「戦艦バッハ一二大破、戦列を離れる!巡航艦ボーデン一二七・一二九・一三五撃沈!」

「一時の方向からミサイル六二!」

「デコイ発射、残りは対空砲火で撃ち落とすぞ」

 

 艦長のアルレンシュタイン大佐がミサイル迎撃の成功を確認してから私に向き直った。

 

「司令官閣下、叛乱軍の砲撃はリューベック付近まで届いております。それだけではなく既にミサイル群の一部が前衛部隊を抜けており、極めて危険な状況と言えるでしょう。旗艦を後退させることを許可していただきたい」

「艦長の職権に指揮官が口出しをする気はない。……する気は無いが、後数分で良いからここで持たせてくれないか?艦長、君の手腕ならできると信じている」

 

 私がそう言うとアルレンシュタイン大佐は一瞬困った表情をした後、すぐにそれを取り繕い「お任せください。最善を尽くします」と凛々しい表情で応えた。本音はともかくとして、建国以来の帯剣貴族家アルレンシュタイン子爵家の分家に連なる彼が「信じている」と言われて「無理」という事は出来ないだろう。帝国軍において指揮官の無茶な命令に応えないといけない状況は日常茶飯事であるが、アルレンシュタイン大佐にそういう状況を強いてしまったことに若干の気まずさを感じた。……しかし、第二艦隊第三分艦隊にはこのままこちらに食いついてもらわないといけないのだ。

 

「耐えきったか!」

 

 猛攻を加えていた第二艦隊第三分艦隊の艦列が不意に乱れる。我が軍左翼のハウサー宇宙軍准将率いる第三戦隊が第二艦隊第三分艦隊の紡錘陣形の横腹を抉ったのだ。さらにファルケンホルン准将率いる第四戦隊が前進し直属部隊、第一戦隊と協力して第三分艦隊の前衛部隊に対し半包囲を構築する。予備戦力として残していた第二戦隊はさらに大きく迂回して第二艦隊第三分艦隊の後背を突こうとしているが、こちらは間に合わないだろう。

 

「この機を逃すな!反転攻勢に出るぞ!」

 

 第二艦隊第三分艦隊に突撃したハウサーの第三戦隊だが、時間をかければ逆に包囲されることになるだろう。その前に第二艦隊第三分艦隊の前衛部隊を叩く必要がある。アラルコン少将も私の考えを読んでいたはずだ。流石に無策で突撃してきたとは思えない。策が成る前に中央突破を成功させる自信があったか、第三戦隊の突撃に対処できる自信があったか、大方そんなところだろう。

 

 しかし、私にも勝算が無い訳では無い。第三戦隊司令官ルーブレヒト・ハウサー准将がその真価を発揮するのは単独行動、そして変則的な戦いを行う時だ。ハウサーは決断力と状況把握力の双方に秀でており、困難な状況で臨機応変な対応を取ることが出来る。平凡な砲戦での彼は「他よりは優秀な指揮官」程度であるが、このような状況ではアラルコンやロボス相手でも引けを取らない……と私は評価している。

 

「……いいぞ。流石ハウサーだ」

 

 ハウサーは私の期待通り、粘り強く柔軟に敵中で戦い続けている。第二戦隊の一部を密かに合流させているハウサーの率いる戦力はおよそ一二〇〇隻、アラルコンの想定以上の脅威であるはずだ。

 

 ハウサーの奮戦の間、直属部隊・第一戦隊・第二戦隊は若干苦戦しながらも着実に前衛部隊を削り取る。「勝てるぞ」と思いかけたその時だった。

 

「!敵前衛の一部部隊が反転していきます!」

「何?……まさかこの態勢からハウサー部隊に突撃する気か!?」

 

 ハウサーの第三戦隊はどちらかと言えば第二戦隊第三分艦隊主力を重視して相手取っていた。前衛部隊を押さえていた部隊が簡単に蹴散らされる。

 

「まずいな……」

「閣下、早急に第三戦隊と合流するべきです。突撃しましょう」

「何?」

 

 ディッケル少将の進言に耳を疑う。第三分艦隊前衛部隊は頑強に抵抗していた。無理攻めではなく着実に戦力を削るべきと進言したのは彼だ。

 

「よくご覧ください。一部が反転してから前衛部隊の動きが悪くなりました。恐らく、前衛部隊の指揮官が直属部隊を率いて反転したのでしょう。今ならば敵前衛部隊を崩すことは容易です」

「なるほどな……よし、全艦突撃せよ!」

 

 これまでの抵抗が嘘のように第三分艦隊前衛部隊の戦列が崩壊していく。一方、第三戦隊も予想外の攻撃に混乱しつつあり、このまま放置すれば敵前衛部隊と引き換えに第三戦隊に多大な損害を出しかねない。

 

 私が率いる直属部隊が第三分艦隊前衛部隊を突破した時、ハウサーの第三戦隊はまさに首の皮一枚で生き延びているような状態であった。しかし、救援を得たハウサーは持ち味を生かして態勢を整える。第三戦隊が秩序を回復するのと反比例するように第三分艦隊の方は目に見えて動きが悪くなり、ついに後退し始めた。

 

「追撃されますか?」

「……出来るならそうしたいが、流石に無理だな。こちらもかなりの被害を受けた」

 

 私がそう言うとホフマイスター准将は「同感です」と頷く。この戦いに勝敗を付けるならば恐らく帝国軍の勝利と言うことになるだろうが、この時司令部のメンバーが抱いた印象はギリギリで判定勝ちしたというようなものだった。……その報告が来るまでは。

 

「報告します!叛乱軍の通信データから先ほどの戦いで叛乱軍第二艦隊第三分艦隊司令官カジェタノ・アラルコンが戦死したとの情報が得られました」

「……何!?」

「本当なのか、情報部長!」

「裏付けはまだ取れていませんが、状況から考えるとほぼ間違いないかと」

 

 私はホフマイスター准将と顔を見合わせる。恐らく私もホフマイスター准将と同じように「信じられない」という表情を浮かべていただろう。

 

 ドルトムント星域会戦はノルトライン方面の戦況を大きく変える転換点となる。銀河の歴史がまた一ページ……。

 




ギリギリまでロボスを死なせようか迷ったのはここだけの話

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