アルベルト・フォン・ライヘンバッハ自叙伝   作:富川

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壮年期・降伏禁止規定の功罪(宇宙暦779年9月17日~宇宙暦779年10月2日)

 同日二〇時、私は自治領主府主催の夜会に参加していた。フェザーン政財界関係者の他に同盟軍・帝国軍双方の捕虜交換船団幹部と、帰還兵の自治委員会委員長らが出席している。政府関係者は敢えて出席していない。あくまで捕虜交換は軍同士の接触という扱いなのだ。私も当然に出席したが、帝国側代表のバッセンハイム上級大将はこうした夜会を苦手とするタイプの猪武者である。私もこういう場を好んでいる訳では無かったが、あからさまに不愛想で不機嫌な上司に代わってフェザーンの有力者や同盟・帝国双方の軍人ににこやかに対応する羽目になった。

 

「いやはや、見事なスピーチでしたね。ライヘンバッハ大将閣下」

 

 帝国軍帰還兵代表、オトフリート・フォン・ゾンネンフェルス宇宙軍中将は少なくとも表面上は友好的な笑みを浮かべながら私に接してきた。しかしながらゾンネンフェルス宇宙軍中将は軍部改革派の領袖エーヴァルト・フォン・ゾンネンフェルス宇宙軍退役元帥の次男であり、クーデター派に近かった人物だ。私とは対立する勢力の一員だった。とはいえ、ゾンネンフェルス家は軍部改革派を標榜するだけあり、かつてシュタイエルマルク退役元帥らと共に様々な軍部の悪弊の打破に取り組んでいた。

 

「我々が軍の主流を掌握する間、帰還兵を蔑視する文化の改善は成し遂げることが出来なかったことの一つです。公正ではありますが保守的な価値観の持ち主であったリューデリッツ元帥閣下があくまで降伏に否定的な姿勢を取っていたこともその一因ではありますが、結局のところ我々には勇気が足りなかった。『生きて虜囚の辱めを受けず、死して皇室への忠義を示すべし』帝国軍で絶対的な正義とされていた心構えです。これに疑問を投げかければ、すぐさま『非国民め!』と吊るしあげられる。大英雄たるシュタイエルマルク元帥閣下ですら、降伏を良しとする姿勢は激しい批判を受けました」

「嘆かわしい事です」

 

 私は言葉少なに応じる。

 

「誰もが降伏禁止規定を不合理な規定だと考えていました。だけど誰も口にすることはできなかった。閣下はそれを口にした、それだけでも称賛に値します。……ですが、実際の所、政府は閣下のスピーチを認めるでしょうか?閣下の見解を黙殺して、帰還兵にはこれまでと変わらぬ冷遇を続けるのではないでしょうか?」

 

 ゾンネンフェルス中将は不安気な表情である。軍上層部の力関係を知るゾンネンフェルス中将は「ライヘンバッハ」という名前だけでは安心できないのだろう。ライヘンバッハ派の領袖とは言いながらも、実権を握るのは長老衆である。彼らが認めなければ私の影響力は発揮されない。

 

「そこは安心してください。……言いたくても言えない状況にあったのは貴官ら改革派だけでは無いのですよ」

 

 私は苦笑を浮かべながら答えた。ゾンネンフェルス中将はまだ不安そうであるが、ひとまず今は納得することにしたらしい。ふとゾンネンフェルス中将が視線をどこかへ向ける。どこを見ているのかと私もゾンネンフェルス中将の見ている方向を見る。

 

「……サジタリウス腕での暮らしは満たされたモノではありませんでした。しかし、得る物も多かった。我々が戦っていた相手。それは私たちと何ら変わりのない人間でした。そんな当然のことを私はサジタリウス腕に行くまで気付くことが出来なかった」

 

 ゾンネンフェルス中将はシトレ中将の方を見る。シトレ中将はクルトと話し込んでいる。

 

「閣下はシトレ宇宙軍中将のスピーチをどう思いましたか?……私は……彼と同じ夢を見たい、と思いました」

「……随分と思い切った発言ですね」

「実はね、閣下。私は捕虜になってすぐの頃、精神を少し病んだんですよ」

 

 ゾンネンフェルス中将は恥ずかしそうにそう言った。私は驚いた。精神を病んだことにではない。捕虜が精神を病むことは珍しくない。ゾンネンフェルス中将がそれを隠そうとせず、自分から私に言ってきたことに驚いたのだ。言うまでも無いが、帝国において精神病患者は先天的・後天的の別も、程度の別も無く蔑視の対象である。ゾンネンフェルス中将はこれから軍部へ復帰を試みるはずだ。精神を病んだという事実はゾンネンフェルス中将の復帰をかなり難しくするだろう。

 

「クリストフ……失礼、ケルトリング大将はやや視野が狭い所もありましたが、その分情に厚く、家族や部下、友人を大切にする男でした。……私は彼を見捨てられなかった。だが助けることも出来なかった。ただ判断に迷い、無為に将兵を死なせた。そして……自決することすら出来なかった。自分がここまで無能な卑怯者だとは思いませんでした」

「ご自分を卑下なさらない方が良いでしょう。ケルトリング大将の戦死は貴方の責任では無いですし、降伏を恥とする考えは『軍務省にとって涙すべき四〇分』を初めとする数度の敗戦で多くの指揮官を無駄死させてきた誤った考えです。貴官ら改革派もそう考えていたはずです」

 

 私は思わずゾンネンフェルス中将を励ます。ゾンネンフェルス中将は頷き、続ける。

 

「サジタリウス腕の更生施設で自暴自棄になった私を助けてくれた人も同じような事を言っていました。……その人は東洋系の女性でした。随分と失礼な事も言ってしまいましたが、彼女は献身的に私を支えてくれました。彼女を始め、シャトー=サランの人々は皆素晴らしい人格者だった」

「シャトー=サラン……」

「ええ、悪名高き洗脳収容所ですよ。でもそんなのは嘘っぱちです。単に帝国にとって都合が悪いからそういうレッテルを貼られているだけですよ」

 

 ゾンネンフェルス中将はやや憤りを滲ませてそう言った。

 

 ゾンネンフェルス中将が収容されたシャトー=サラン捕虜収容所は精神を病んだ捕虜を治療を通じて共和思想に親和的な人物に教化する手法を採っている。かつて各地の収容所で行われていた強制的な共和思想の教育はカスナー対同盟裁判の結果、人権侵害として違憲判決が出された。

 

 その為自由惑星同盟の捕虜収容所――更生施設――では、憲章違反の指摘を受けないように捕虜の価値観を自然に変化させる様々なアプローチを取っている。例えばセントクレア捕虜収容所では様々な制限を付けた上で捕虜を一般の街で暮らさせるという手法を導入しており、一定の成果を挙げている。問題のシャトー=サランは精神的な不調に付け込む形で特定の思想を植え付けるやり方が思想・信条の自由を保障する同盟憲章第一一条違反ではないかと長年に渡り問題になっており、下級審・星系審レベルでは違憲判決も出ていたが、同盟最高裁は七二一年のチェ対人的資源委員会裁判で合憲と判示した。

 

「私はシトレ中将の理想を支持したい。閣下も本当はそうなのでは無いですか?」

「……皇帝陛下次第ですね。陛下が平和を望まれれば、その実現に臣下として全力を尽くしますよ」

 

 軍務省によると毎回の捕虜交換で帰還兵の五三%前後が矯正区に送られる。その六割は半年以内に社会復帰が許されるそうだ。一方シャトー=サラン捕虜収容所出身者は八七%が祖国帰還後矯正区送りにされており、半年以内に社会復帰を許される者は一割を切るという。この結果を見るにゾンネンフェルス中将が共和主義者に『仕立て上げられて』送還されてきた可能性は低くないだろう。ゾンネンフェルス中将が帝国帰還兵代表に選ばれたのは同盟側の推薦によるところが大きいとも聞いている。……シャトー=サランでの生活はゾンネンフェルス中将にとって本当に幸福な事だったのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

「自由意志を尊ぶ国に自由意志を奪われる。哀れなものだと思いませんか?閣下」

「……ゾンネンフェルス中将の事ですか?」

 

 ゾンネンフェルス中将が立ち去った後、暫くして私に近づいてきた男は開口一番そう言った。収容所自治委員会連合会書記を務めていたユリウス・ファルケンハイン地上軍中将だ。ドラゴニア戦役時、惑星ソンヌの防衛を担当し、同盟軍に多大な出血を強いたが、回廊戦役終結と同時に武装を解除し、同盟軍に部隊ごと投降した。ちなみに今は平民階級にあるが、五〇年前までファルケンハイン家は子爵位を有していた。所謂没落貴族である。

 

「別に彼に限った話ではありません。シドニー・シトレにせよ、クリフォード・ビロライネンにせよ、フレデリック・ジャスパーにせよ、我らが祖国に盾突くその意思は、本当に自由に選択されたものなのでしょうかね」

 

 ファルケンハイン中将は面白くもなさそうにそう言う。

 

「小官はこう思うのですよ、閣下。自由などと言うモノは幻想に過ぎないと。人はあらゆるものから自由にはなれない。自由意志なんてものは存在しない。我々が今有する意思、それは本当に自分だけのモノだと断言できますか?」

「自由意志への懐疑、ですか。……人類は長い歴史の中で常に自由意志への懐疑を抱いてきました」

「そんな難しい話では無いですよ。例えばシトレ中将は劣等人種の解放を願っている様子ですがね、彼が白人の……そうですね、ブラウンシュヴァイク公爵家に生まれていたとしましょう。果たして同じ思想を抱きますかね?教育、血縁、文化……様々なしがらみが個人の人格を作り出していきます、それは自由と言えるのですか?サジタリウス叛乱軍の皇帝陛下に対する憎悪、それは本当に彼ら自身が抱いた憎悪なのですかね?小官にはそう思えない。サジタリウス腕の奴らは帝国の奴隷であることを止め、『共和主義』あるいは『自由』の奴隷になることを選んだ、それが実際の所ではないかと思いますよ」

 

 ファルケンハイン中将は皮肉気に語る。

 

「……どうせ誰かに隷属して生きるしか無いのであれば、小官はその事を自覚していたい。隷属している自覚も無い者たちこそが、本当に哀れな存在です。小官は皇帝陛下に全てを捧げると決めている。そんな小官を、『自由』やら『平等』に全てを捧げると決めている者たちが嗤うのです。滑稽でなりませんな。我々は本質的な所で何も変わらない」

 

 ファルケンハイン中将はそこで「つまらない話をしました、失礼いたします」と言い私から離れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ユリウスの奴はあれで昔はサジタリウス叛乱軍に期待していたんだろうよ」

 

 「ミンチメーカー」アルバート・フォン・オフレッサー地上軍少将はファルケンハインを見ながらそう言った。

 

「古い付き合いだ。俺の目は誤魔化せねぇよ。あいつは中々難儀な性格をしていてな。表向きは皇帝陛下の事を盲信しているようで、その実色々な事に気づいている。『眼』が良すぎるんだな。本人は皇帝陛下や祖国、伝統に盲従していたい。ただキレすぎてそういうのの負の側面って奴が見えすぎるんだ」

 

 オフレッサーは馬鹿にするような哀れむような、あるいは羨むようなよく分からない口調でそう評する。

 

「ただなぁ……やっぱり賢すぎるんだ。アンタみたいな無欲な馬鹿にはなれねぇ。保身も考えてしまうし……他の主義主張、制度、思想の問題点が見えちまうからそういうのも信じられねぇんだ。体制に盲従することも、反体制を狂信することも出来ない、賢すぎるのも考えもんだな」

「……初対面でアンタ呼ばわりか。見た目に似合わず礼は尽くす男だと聞いていたが」

 

 私の言葉にオフレッサーは困ったように笑う。

 

「アンタが礼を尽くすことを望むならそれでも良いが……むしろそれで良いのか?」

 

 その言葉に目の前の男、身長およそ二メートル、頬には大きな傷跡、危険な色を秘めた眼、筋肉モリモリマッチョマンの変態が慇懃に接してくる様子を想像する。随分と辟易しそうだ。

 

「俺も出来れば楽をしたい。アンタの事はシュトローゼマンから聞いてる。アンタに気に入られたかったらざっくばらんに腹を割った方が良いと助言されたんでね」

「シュトローゼマン先輩を知っているのか!?」

「辺境勤務時代に面識があってな。しかも捕虜になった時期が近かった。境遇も似ている。俺もシュトローゼマンも領地貴族、それも門閥と全く縁がない辺境貴族だ。官僚や軍人になっても出自で冷遇される、しかも門閥の援助も受けられない」

 

 第二次ティアマト会戦以前、軍部で栄達できるのは皆名門と呼ばれる帯剣貴族家だけであり、それ以外の出自は徹底して冷遇された。にも関わらず、その頃から軍人の道を選ぶ領地貴族や官僚貴族が居なかった訳ではない。その大半は、食い扶持に困った辺境の下級領地貴族か都市部の下級官僚貴族である。オフレッサー男爵家やシュトローゼマン男爵家のような辺境に領土を持つ小貴族は貴族社会の主流からは離れており、門閥とのつながりも無い。門閥側に彼らを派閥に組み込むメリットが無く、小貴族側もメリットはあるが派閥入りによって生じる負担を背負いきれない為だ。

 

「俺は皆が嫌がるような汚れ仕事を率先して引き受けた、積み上げた信用で何とか装甲擲弾兵科への転科試験までこぎつけた。不器用な俺だが体格には恵まれている。装甲擲弾兵は決戦兵力、他の兵科より弓矢働きの力がモノを言う。……リブニッツの旦那を戦場で助けたのが俺の幸運だった。頭が筋肉で出来てる旦那の価値基準は分かりやすい、『強い=偉い』だ。チャンスを活かすために手段は選ばなかった。多くは語らんが、地上軍首脳部の暗部として欠かせぬ存在となった俺は二〇台で将軍と呼ばれる身分に登り詰めた」

「そしてドラゴニア戦役で虜囚となった」

「……少し読み違えた。リスクを負いすぎた。ペースは遅くなるが、あのまま中央地域に居ても出世は出来たはずだ」

 

 オフレッサーは顔を顰めながらそう言う。

 

「このまま帝国に戻っても俺の立場は悪い。地上軍の長老たちは捕虜となった俺を助けた。それは俺が握っている情報の流出を恐れてだ。だがだからこそ、帰還した俺をもう長老たちは使わないだろう。いくら便利だからといって、一つの道具に頼り過ぎるのは良くないと気づいたからだ。……最悪、消される可能性すら、ある。長老たちが俺を助けた事を気づいている奴は気づいている、それに気づいていれば俺が長老たちの弱みを握っていることは容易に想像がつく」

「……それを私に言ってどうする?」

「アンタの道具になりたい。使ってくれ」

 

 オフレッサーは私の目を見据えて端的に言った。誠実さと必死さを伝えるその目の奥には、しかしながら暗い野心の炎があることが見て取れる。

 

「知人友人たち曰く、私は変わり者らしい。生憎、私は人を道具として使うという発想を持ち合わせていなくてね」

「……アンタが俺の事を嫌っているのは分からなくもない。俺がアンタの立場で、俺のような残虐な男を好きになる理由は無いからな。しかしな、人間の首を楽しんで狩る男が居ると思うか?好きで女子供をガス室に送る男が居ると思うか?人肉ステーキやら血のワインやら、そんなもんを本当に楽しんでいると思うか?俺は単に必要だから、必要とされたからやっただけだ。……責任逃れをしたい訳じゃない。そういうことじゃない。殺すからには殺される覚悟もしている。ただ、俺は異常者じゃないくて単に忠実なだけだってことを言いたい。だからアンタが俺を『そういう風』に使わなきゃ、俺も『ああいうこと』はしない」

 

 私はオフレッサーを見据える。アルバート・フォン・オフレッサーは地上軍の英雄だ。曰く、一個小隊で二個師団相手に一二〇日も耐えた。曰く、全身を一三発のブラスターに貫かれても斧を振り続けた。曰く、薔薇の騎士連隊の大隊長一人、中隊長二人を相手に互角に戦った。曰く、虜囚になりながらも単身で収容された基地を制圧した。その華々しい戦果を知らぬ地上軍人は居ない。しかしながら彼ほど詳しく知れば知る程英雄と呼ぶことを躊躇する男も居ないだろう。

 

「……私は帰還兵の擁護者になると決めている。貴官も例外ではないさ。コルネリアス老やシュティールに口利きはしておく。それ以上は無理だ、特定の帰還兵に肩入れはできない」

「今はそれで良い。アンタが元帥府を開くとき、必ず俺のような男が必要になるはずだ。その時呼んでくれ」

 

 オフレッサーは満足した様子で頷きながらそう言った。そして敬礼して私の下を立ち去っていく。その後ろ姿に私はそっと「だとするならば元帥などにはなりたくないものだ」と呟いた。

 

「そう嫌ってやらないでください。……オフレッサーのは確かに度を越しているかもしれない。しかしこうでもしないと我々は出世できないのですよ。昔に比べれば随分マシになりましたがね」

「シュトローゼマン先輩!」

 

 後ろから聞こえる声に振り向くとそこには旧知の仲である元・ドラゴニア特別派遣艦隊人事部長マルセル・フォン・シュトローゼマン宇宙軍大佐の姿があった。

 

「先輩はお止めください。私は虜囚となった一宇宙軍大佐、閣下は今をときめく大物帯剣貴族の宇宙軍大将ですよ?」

 

 シュトローゼマンはどこか弱々しく笑いながら言った。

 

「先輩は今でも先輩ですよ。その……一応兵站輜重総監部にポストを用意しています。一、二年務めれば閣下と呼ばれる身分になれる見通しです」

 

 私は先程オフレッサーに言った言葉を思い出し、少しバツが悪くなりながら、小声でそう伝えた。

 

「そうらしいですね。クルト……いや、シュタイエルマルク大将閣下が大いに憤っていました。『そういう権力の使い方は腐敗貴族と同じじゃないか』と。小官に閣下の目を覚まさせるようお命じになりました。そういう訳ですから、一応高等参事官閣下の命に従い、お諫めさせていただきます。……ただまあ、長年虜囚の身にあり、色々と背に腹は代えられない訳でして、閣下の御厚意は有難く受け取らさせていただきたいな、と」

 

 シュトローゼマンは苦笑しながら少しいたずらっぽくそう答えた。……帰還兵の内、軍務に復帰する者は七二%と言われるが、階級が上昇するのに反比例して復帰率は低下していく。高級将校程、ポストが限られている為に軍務への復帰が上手く行かないことが多く、復帰できても数年の内に予備役編入や退役を余儀なくされることが多いのだ。

 

 私はシュトローゼマンの帰還を知り、その復帰を助けるべくライヘンバッハ派の中でも信頼がおけ、また忠実なアイゼナッハ中将にお願いして、彼の古巣である整備回収局にポストを用意してもらった。シュトローゼマンは後方畑や人事畑、総務畑を渡り歩いてきた為に整備回収局の適性も高い。また、シュトローゼマンの上司になる予定のアンヘル准将はライヘンバッハ派の優秀な人材であり、ライヘンバッハ派の復権とリューデリッツ派の凋落が進む中で数年の内に上のポストに移ると見られており、その時は後釜にシュトローゼマンが座る見通しになっている。……バリバリ特定の帰還兵に肩入れしている訳だ。

 

「まあ……他の帰還兵を見捨てて私だけを厚遇するのであればともかく、閣下は帰還兵全体の地位向上に努めている訳です。恩恵を受ける私が言うのも違う気がしますが、多少は良いのでは?」

「駄目な物は駄目でしょう。正当化をする気は無いですよ」

 

 私は苦笑しながら肩を竦める。厳密に言えば、同盟ならともかくこの帝国において私が図った便宜を裁く法は無い。少なくとも違法では無いのだ。また貴族たちの認識であってもこれが道義に反するとはみられないだろう。若干の不公平感を覚える貴族はいるかもしれないが、シュトローゼマンが『先輩』、私が『後輩』という関係を考えると、むしろ美談と感じる貴族すらいるのではないか。

 

 この日、私は他にも多くの帰還兵たちと話した。オフレッサーのように私に擦り寄ってくる者も多かったが、オフレッサーに言った程度の援助しか約束しなかった。それでも帰還兵たちには充分だったようで、露骨に安堵する者や感激して泣き出す者まで居た。同盟軍人とも話をしたが、彼らはどちらかというとクルトと話をしており、私の下へ来るものは少なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宇宙暦七七九年の捕虜交換直後、帝国で政変が発生した。帝国軍三長官を兼ねる皇太子ルートヴィヒが帝国宰相に就任したのだ。三長官と帝国宰相を皇太子が兼任するのは半世紀前のオトフリート三世猜疑帝以来の事だ。新たに国務尚書にクロプシュトック公爵、財務尚書にノイエ・バイエルン伯爵、典礼尚書にグレーテル伯爵が就き、内務尚書から司法尚書にリヒテンラーデ侯爵が、司法尚書から宮内尚書にルーゲ公爵が、財務尚書から宮廷書記官長にリヒター伯爵――爵位が上げられた――が、内務副尚書から内務尚書にレムシャイド伯爵がそれぞれ転じた。これまで国務尚書として権勢を振るっていたエーレンベルク公爵は閣外に追放され、引退を余儀なくされた。

 

 表向きは宇宙暦七七七年にエーレンベルク公爵の孫シャーロットがフリードリヒ四世との間に待望の男子を産んだことが役職を辞す理由とされた。つまり、新たな皇子と国務尚書の権力が結び付けば、ルートヴィヒ皇太子の継承に支障が出るかもしれない。それを避ける為に臣下として自ら職を辞した、という形である。

 

 尤も、これは当然に口実である。ほぼ同時期に、フリードリヒ四世の側室であるルーゲ公爵令嬢ハンナ、少し遅れてノルトライン公爵令嬢アデレートも男子を産んでいるが、両名共に公職を辞しては居ない。ノルトライン公爵は単に枢密院議員に過ぎないとしても、ルーゲ公爵は司法尚書、そして今年からは宮内尚書である。国務尚書より序列が低いと言っても、宮内尚書の権限は小さくない。本当にルートヴィヒ皇太子の皇位継承を確実にするためであれば、ルーゲ公爵も職を辞すべきだろう。このことからも本当の目的が国政に強い影響力を及ぼしていた三大領地貴族……エーレンベルク公爵・アンドレアス公爵・リンダーホーフ侯爵を排除するあったと分かる。

 

 エーレンベルク公爵家を継いだのは幕僚総監フーベルト・フォン・エーレンベルク元帥である。エーレンベルク元帥は水面下でエーレンベルク公爵を失脚させる陰謀に協力していたらしく、その見返りにエーレンベルク公爵家の実権を握ったようだ。幕僚総監への転任により、近々退役に追い込まれると言われていたエーレンベルク元帥ではあるが、その前にしっかりとエーレンベルク公爵家の実権を奪う、強かな処世術と言える。

 

「また派手にやったじゃないか、アルベルト」

 

 宇宙暦七七九年一〇月二日。そんな政変の混乱をさておいて、私は帝都のクラーゼン子爵邸を訪れていた。白色槍騎兵艦隊司令官に任命されたラルフ・ヘンドリック・フォン・クラーゼン宇宙軍大将は苦笑しながらそう言った。

 

「?……何の話だい」

「心当たりが多すぎるのか?あのスピーチだよ。君が降伏を是としたことで中央は上から下まで大慌てだ」

 

 私は得心が行く。

 

「君のスピーチがきっかけとなり、軍務省に『軍規改正検討会議』が設置された。降伏に関する規定を始め、不合理だったり現実にそくしてなかったりする規定が見直される予定だ。議長はカール・ウィリバルト・フォン・ブルッフ宇宙軍上級大将。故エドマンド・フォン・ゾンネンフェルス宇宙軍元帥の親友であり、故人やその弟と同じく、軍事的合理性に反する伝統に批判的な人物だ。思いがけず親友とその弟が成し遂げられなかった降伏禁止規定の見直しに携われることになったブルッフ上級大将だが、大いに喜んでいたよ」

「妥当な人選だね」

「ああ。君が推薦しただけあってね」

 

 ラルフはからかうような笑みを浮かべながらそう言った。

 

「……私が推薦?どういうことだ」

「惚けないでくれ。あのスピーチは巷で言われているような君の暴走では無く、軍部の総意だ。そうだろう?勿論根回しをしたのは君だろうが」

 

 ラルフは確信を持った口調でそう言った。やはり鋭い奴だ。

 

「降伏禁止規定は死兵を生み出す。勝って国に帰るか、負けて死ぬか、その二択を突きつけられた将兵は死に物狂いで戦う。どんなに絶望的な状況になってもだ。だから戦場を知らない貴族連中の中には降伏禁止規定を本気で賞賛する奴もいる」

「……」

「……勿論、実際はそんなに都合の良い話は無い。降伏禁止規定はダゴン以来、帝国軍を慢性的に悩ませてきた『障害』だ」

 

 ラルフは皮肉気な口調でそう言う。その通りだ。降伏禁止規定は帝国軍に多大な不利益を与えてきた。私が降伏禁止規定を撤廃したいのは人道上の配慮もある、だが軍事的な理由も当然のごとくある。

 

「まず将兵教育だ。……帝国軍将兵に降伏は有り得ない。だから降伏後、どういう振る舞いをすればよいのか全く教育されていない。たとえ降伏を禁止していても、戦争である以上は捕虜というのは必ず生まれるモノだ。捕虜になってしまった将兵は、その状況でどうすれば良いか教育されていない為に、多くの情報を漏らす。それどころか、捕虜教育の不足によって簡単に敵軍の協力者になる。あくまで皇帝陛下への忠誠を誓おうとしても、プロの尋問に対して素人以下の捕虜たちが抗えるわけがない。たとえ非協力的な将兵が相手でも情報は抜き出し放題だ」

 

 ゾンネンフェルス中将が代表的な例だろう。虜囚を恥と考える文化によって精神を病み、捕虜教育の不足によって同盟に都合が良い人物へと仕立てられた。

 

「……それだけじゃない。帝国軍捕虜は絶望的、衝動的、狂奔的な暴動を起こしやすい。皇帝陛下への忠誠?そんな高尚な理由じゃない。単にパニックになっているだけだ」

 

 私もラルフも忌々し気な口調だ。帝国軍人の端くれとして、捕虜教育の不足には悩まされてきた。

 

「そして戦術的拘束。部隊ごと、組織ごとの降伏が許されないから、絶望的な戦線を切り捨てるという決断ができない。降伏が許されない状況での戦線切り捨ては現地部隊に死を命じることと同義だからね。帝国は人命が軽いと言われるけどね、それにしたっていくつもの部隊を本当の意味で見捨てたら将兵の士気に関わるよ」

「ドラゴニア戦役の後の地上軍の動揺は酷かった」

「……さらにいえば、降伏が許されないことで将兵が死地から可能な限り逃れようとするようになった。負ければ死ぬ、なら勝つときだけ戦いたい、そう思うのは人情って奴だ」

 

 降伏禁止規定の適用を逃れる為に、劣勢の戦線に将兵が行きたがらないとなるとそれはもう本末転倒だ。死兵を生み出すもへったくれもあったもんじゃない。ちなみにオフレッサーはそんな誰もが嫌がる戦線に好んで参戦しては叛乱軍に猛威をふるい、名を挙げた。

 

「そして最大の問題。……この帝国にも『重い命』がある」

「貴族だな。……降伏が許されない、だが死なせるわけにもいかない。叛乱軍は大物貴族を包囲して、他の部隊を誘引する戦法を好んで使う。明からさまな罠、あるいは罠すら作らず堂々と迎え撃つ準備をしていても、他の帝国部隊が救出に向かうからだ。当然毎度の如く大敗を繰り返す。一人の大物貴族を救出するために、数人の貴族と数千人の兵士を犠牲にしたこともあった」

 

 ちなみにオフレッサーはこのような戦場で大物貴族救出を八度命じられ、その全てを成功させている。これは驚異的な数字だ。『どんな死地からも救い出す男』、地上軍の長老たちがオフレッサーを引き立てたのもよく分かると言うモノだ。

 

「まともな軍人なら降伏禁止規定を擁護しようとは思わない。だが……建国期から存在する伝統だ。下手に否定したら袋叩きだ。特に軍の外の連中は皆批判するだろう。だから軍人は誰も軽率に批判出来ない。だから君が動いた。君が真正面から批判の声を挙げる。他の首脳部は『ライヘンバッハ伯爵も困ったお人だ……』と言いつつ『だがライヘンバッハ伯爵には逆らえないから……』とか『公的な場での発言を無かったことにはできない……』と『仕方なく』降伏禁止規定の見直しに乗り出す」

「……お見事。その通りだ。軍上層部、特にルーゲンドルフ公爵やコルネリアス老を始めとする地上軍長老にとって降伏禁止規定は憎悪の対象ですらある」

 

 私は観念してラルフに自白した。ラルフは満足そうに頷く。

 

「確かにね。地上軍は宇宙軍が敗北したら終わりだ。師団規模……いや、軍規模で部隊が惑星に取り残されたことも一度や二度じゃない。その度に地上軍部隊は死を覚悟しての絶望的な戦いを余儀なくされる。ドラゴニア戦役は……特に酷かったね」

「勿論、宇宙軍も他人事じゃない。宇宙軍で大物貴族が死地に取り残されることは稀だ。だが地上軍は部隊ごと取り残される訳だ。……当然、全ての大物貴族が逃げられるとは限らない。救出作戦はいつも大量の血を流して行われてきた。……地上軍首脳部からは支持、宇宙軍首脳部からは黙認を取り付けてあのスピーチをやった。皇太子殿下にも協力をお願いした。降伏禁止規定の見直しをブルッフ上級大将に任せるように頼んだ。あの人なら悪いようにはしないからね」

「大した貴族振りじゃないか」

 

 ラルフはまたからかうように言った。私は肩を竦めて受け流す。

 

「……しかしまあ、ルーゲンドルフ元帥からは苦言を呈されたよ。『兵士たちが簡単に降伏するようになった、降伏禁止規定の見直しは結構。だが時と場合を弁えてくれ』とね」

「ん?ああ……今ニーダザクセン鎮定使を務めているんだったね。ゼークト大将の紫色、ハルバーシュタット大将の黄色、カイザーリング中将の三辺が指揮下に入っているんだっけ?ニーダザクセン鎮定使と言いながらも実際には旧ブラウンシュヴァイク派が掌握していたニーダザクセン行政区、ザクセン=アンハルト行政区、ザクセン行政区の全てを管轄としている訳だ。流石に全域の秩序回復には時間がかかりそうだが、主要航路の安定化には成功しつつあるらしいじゃないか」

「まあ、ルーゲンドルフ元帥も本気では無いんだと思う。でも下から突き上げを食らったんだろうね」

「……なるほどねぇ」

 

 今回の私のスピーチは世間の予想に反し、軍上層部から大きな批判を受けることは無かった。一方で中堅・下級将校や兵士の一部は強く反発している。降伏禁止規定で一番苦しむのは彼らだというのに、長年刷り込まれた洗脳は恐ろしい。

 

「ニーダザクセン鎮定総軍だけじゃなく、各地で秩序回復に取り組んでいる前線指揮官たちは下からの突き上げを食らっているそうだ。『流星旗軍』討伐に動いた緑色のメルカッツ大将から聞いた話だけどね」

 

 第二次エルザス=ロートリンゲン戦役の終了後、帝国軍は体制の立て直しと並行して各地の混乱収拾に乗り出した。疲弊した状態での軍事行動は無理をしたものであるが、先の戦役時に帝国内部の不穏分子が同盟軍と呼応したことを考えると、最早対処を後回しにするわけにはいかないという判断だ。

 

 結局、この年が終わるまでに各地の混乱が収拾されることは無かった。

 

 銀河の歴史がまた一ページ……。

 

 

 

 

 




注釈29
宇宙暦七七九年の政変後の帝国統治体制

皇帝フリードリヒ・フォン・ゴールデンバウム四世
皇太子ルートヴィヒ・フォン・ゴールデンバウム宇宙軍元帥

閣僚
宰相ルートヴィヒ・フォン・ゴールデンバウム宇宙軍元帥
副宰相兼国務尚書ウィルヘルム・フォン・クロプシュトック公爵
内務尚書ヨッフェン・フォン・レムシャイド伯爵
軍務尚書エルンスト・フォン・ルーゲンドルフ地上軍元帥
財務尚書リヒャルト・フォン・ノイエ・バイエルン伯爵
司法尚書クラウス・フォン・リヒテンラーデ侯爵
宮内尚書ヘルマン・フォン・ルーゲ公爵
典礼尚書ヴァルター・フォン・グレーテル伯爵
科学尚書アルトリート・フォン・キールマンゼク伯爵
宮廷書記官長オイゲン・フォン・リヒター伯爵
無任所尚書ヨハン・フォン・アイゼンエルツ伯爵
無任所尚書マティアス・フォン・フォルゲン伯爵
無任所尚書カール・ヨハネス・フォン・リューネブルク伯爵

その他機関
枢密院議長フランツ・フォン・マリーンドルフ侯爵
枢密院副議長ウィルヘルム・フォン・リッテンハイム侯爵
枢密院副議長カール・フォン・ブラッケ侯爵

司法省
大審院長ゲオルグ・フォン・ルンプ伯爵

内務省
副尚書シュテファン・フォン・ハルテンベルク伯爵
自治統制庁長官オズヴァルド・フォン・ラートブルフ子爵
社会秩序維持庁長官ワレリー・フォン・ゲルラッハ子爵
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