アルベルト・フォン・ライヘンバッハ自叙伝   作:富川

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壮年期・七八〇年危機~グーデンバッハ空襲・第一七回国防諮問会議~(宇宙暦780年12月7日~宇宙暦780年12月10日)

 ユーバーホーレン星系はキフォイザー星系外縁部のガルミッシュ要塞よりヴァルハラ星系側へ二一七光年程離れた宙域に存在する。有人星系は第五惑星のみであり、有人と言っても建国初期に流されてきた共和主義者の末裔たちとその監視に一応置かれた一個連隊の兵士、合わせて精々一万人を超す程度しか住人は存在しない。所謂『流刑地』の中では恵まれた環境であるが、その理由は星系全体でみると資源に乏しく、わざわざ帝国政府が本腰を入れて開発するメリットは無かったこと、そしてクロプシュトック侯爵領とヴァルモーデン侯爵領の境界線上にあって両侯爵家が手を出しにくかったことが挙げられる。

 

 しかし居住可能惑星を放置しておくのも勿体無かったので内務省の管轄下において、収容所惑星の一つとして建国初期の叛乱に連座した者たちの中で従順と判断された者たちがこの惑星に放り込まれた。恐らく、ジギスムント一世帝は時代が下れば通常の直轄領とすることも視野に入れていたのであろう。尤も、他の多くの収容所惑星、中央自治領と同じく後の帝国政府がユーバーホーレン星系に関心を持つことは無く、ユーバーホーレン星系第五惑星は忘れ去られた収容所惑星として放置されることになったが。

 

 宇宙暦七八〇年一二月七日、ガルミッシュ要塞司令官ヴィンツェル・フォン・クライスト宇宙軍中将とガルミッシュ要塞駐留艦隊司令官エルンスト・フォン・ファルケンホルン宇宙軍中将の二人は、そんなさびれたユーバーホーレン星系第五惑星での滞在を余儀なくされていた。二人は秋の人事異動でガルミッシュ要塞に赴任することが決定していた。ところがリッテンハイム派の前要塞司令官ドレーアー宇宙軍中将が辞令を拒否し、率いる艦隊と共に要塞に立て籠もった為に要塞に赴任できなかったのだ。言うまでも無いが、課税派と終戦派……言い換えれば帯剣貴族と領地貴族の対立に起因する事態である。クロプシュトック派のクライスト中将が要塞を抑え、ライヘンバッハ派に近いファルケンホルン中将がそこに艦隊を率いて駐留することになれば、リッテンハイム派諸侯は常に領地を脅かされることになる、それはリッテンハイム侯爵、そしてドレーアー中将にとって首肯し難い未来図であった。

 

 結果としておよそ二か月の間、旧駐留艦隊と新駐留艦隊はキフォイザー星系からユーバーホーレン星系の間で睨み合いを続けることとなった。時として一触即発の事態もあったが、しかしドレーアー中将もクライスト中将もファルケンホルン中将も事態をそれ程深刻に捉えてはいなかった。政治的に対立しているとはいえ、まさか帝国軍同士で相討つ事態にはならないだろう、リッテンハイム侯爵と軍で何らかの取引が行われて手打ちになる、と誰もが予想していた。

 

「甘い予想だったな……しかしこれは油断の代償にしても重すぎるんじゃあないか」

 

 ユーバーホーレン星系第五惑星首都グーデンバッハ――といっても他に町が一つ、村が四つあるだけだが――には敵襲を知らせるサイレンが鳴り響いていた。一〇分ほど前から続く軌道上からの爆撃によって、町の各所で建物が倒壊、炎上している。駐留帝国地上軍の対空防御システムが降り注ぐミサイルの多くを打ち落としているが、廃れた収容所惑星の防御システムでは量的・質的に十分な対空砲火を形成することが出来ず、数発のミサイルが先程から断続的に地上に着弾していた。

 

「っ!駐留地上軍は何をやっているんだ……。大規模多重防御層形成システムを使え!」

 

 また一発のミサイルが都市郊外に落ち大爆発を起こす。ファルケンホルン中将はその様子を見ながら毒づくが、指向性エネルギー中和磁場発生装置を中核とする大規模多重防御層形成システムは莫大な建造・維持コストから限られた都市にしか配備されていない。仮に配備されていたとしても、グーデンバッハの発電能力では一瞬の展開にも耐えられないだろう。

 

「閣下!先ほどの至近弾で車が全滅しました!」

「はあ!?…………何とかしろ!」

 

 エルンスト・フォン・ファルケンホルン宇宙軍中将は苛立ちのあまり、副官を怒鳴りつけた。滞在しているホテルから臨時司令部に戻らないといけない。距離を考えると流石に走っていくのは非現実的だ。しかし足止めを食らうよりはいっそ……。ファルケンホルン中将は士官学校以来の長距離走を覚悟したが、幸いにも横転している装甲車の一つが使えそうだというが分かった。副官や護衛、ホテルの従業員ら一〇人余りで何とか装甲車を起こし、漸くホテルを出ることが出来た。……しかし、装甲車は数〇〇メートルも進まない内に停止を余儀なくされた。グーデンバッハ都市運営委員会事務局ビル前に、大量の民間人が押し寄せ、道路を塞いでいたのだ。

 

 これが辺境の惑星ならば住民たちは自分の身を守る為にするべき行動を分かっていただろう。しかし中央地域の、しかも時代から取り残されていた旧収容所惑星の住民たちには、軌道上からミサイルとレーザーが降り注ぐ状況に冷静に対応できる知識は無かった。結果として半狂乱になった住民たちが軍や内務省、都市運営委員会の施設に押し寄せることとなり、一部は暴徒化することになった。

 

「クソ!ああもう一人二人轢いても構わん!強引に押し通れ!」

 

 ファルケンホルン中将はいよいよ苛立ちのあまり強硬手段に出ようとする。しかしそれを聞いた運転手がアクセルを踏む足に力を込めるよりも早く、一発のミサイルが再び地上に着弾した。今度の着弾点は郊外では無い、中心部から殆ど離れていなかった。凄まじい爆風が民間人を一気に吹き飛ばし、漸く道が開ける。……道自体の舗装も所々吹き飛んだが。

 

「……ぐ……」

 

 勿論、装甲車も無事では済まなかった。爆風で吹き飛ばされた装甲車は二転三転した挙句、丁度先ほどホテルで見た時と同じように横転した。ファルケンホルン中将は文字通り世界が二転三転する様子を眺めながら全身を強かに打ち付ける。やっとの思いで装甲車を這い出したファルケンホルン中将はそこでグーデンバッハ宇宙港の方の空が真っ赤に染まり、その中で同港の管制塔がゆっくりと倒れていく様子を見た。

 

「……何てことだ」

 

 ファルケンホルン中将の顔色が蒼白になった理由は単純だ。炎上するグーデンバッハ宇宙港にはガルミッシュ要塞臨時司令部、同駐留艦隊臨時司令部が置かれており、敵襲の瞬間にもクライスト宇宙軍中将を初めとする多くの軍将兵が勤務していたのだ。

 

「ハァハァ……血迷った、か!グフッ……リッテンハイム……ッ」

 

 ヴィンツェル・フォン・クライスト宇宙軍中将は避難中に空港に着弾したミサイルの爆風で全身を強かに打ち付けていた。動けなくなり、炎上する空港の中ただ死を待つのみの状況に置かれていたが、幸運にもクライストの下に火が回る前に軌道上からの砲撃が止み、それによって開始された救助作戦によって命脈を保つことが出来た。

 

「クライスト中将も存外しぶといな、まあ何にせよ助かったのは良い事だ」

 

 クライスト中将が生還したことを知ったファルケンホルン中将は本心からそう言った。同部署に同格の指揮官が二人いれば九九%まで対立するというが、この二人はそもそも『部署』にすら辿り着けなかった為にそれ程険悪な仲では無かった。よってファルケンホルン中将は素直に同僚の不運に同情し……仇を取ることを誓った。

 

「ガルミッシュの阿呆共に自分の仕出かしたことの重さを思い知らせてやる……皆、覚悟は良いな?」

 

 骨折した右腕をギブスで固定し包帯で首から吊り下げ、頭には何重にも包帯を巻き、服の下にも何枚もの湿布を張りながらファルケンホルン中将は幕僚たちに語り掛けた。まさに満身創痍ではあるが、これらの傷の内八割ほどは治そうと思えば簡単に治せる。しかしファルケンホルン中将は落とし前をつけるまであえて簡易的な治療しか受けなかった。

 

政争(遊び)の時間は終わりだ……」

 

 ファルケンホルン中将は瞳に復仇の固い決意を滲ませながら呟いた。

 

 

 

 

 

 銀河帝国の体制下でイマヌエル・カントもまたその思想体系を大きく歪められた哲学者の一人である。『単一国家』や『道徳』という概念を浸透させるために西暦時代のカントの難解な思想が持ち出され、簡略化の過程で意図的に歪められ、公教育の場で使われていた。軍務副尚書カール・ベルトルト・フォン・ライヘンバッハ地上軍大将はそんな「都合の良い」イマヌエル・カントを「人生の師」として公言している。要人の中でも一際時間に正確な事で知られ、また「一般的には」清廉……というより潔癖な人物として知られている。

 

 宇宙暦七八〇年一二月七日、カール・ベルトルトが日課である食後二時間の読書を始めてきっかり一五分後、私的な端末に一本の通信が入った。通信の相手……ガルミッシュ要塞駐留艦隊第二分艦隊所属第一六任務群司令、アルノルト・カルテンボルン宇宙軍大佐は命令通りに部隊を率いてユーバーホーレン星系第五惑星を奇襲したことを報告した。

 

「上出来です、カルテンボルン大佐」

『……』

「クライストは生き残ったみたいですが……まあそれは仕方ありませんね。あわよくば、という話でした。二兎を追う者は一兎をも得ず、と古人も言っています」

 

 カール・ベルトルトはスケジュールを乱されることを極度に嫌う、父コルネリアス老が倒れた時でさえ、スケジュールの乱れを嫌って翌日まで見舞いに行かなかった。一般的な親子の情からしても異質であるし、貴族としても異質といって良い。しかしそれはただのポーズに過ぎなかった。今受けている通信のように本当に大事な用事があれば簡単に投げ捨てる程度の芝居だった。

 

『約束は……守っていただけますね?』

「カルテンボルン伯爵家の再興、一門の軍中枢への復帰でしたか。……卿の叔父上は厳格と冷酷の境目を知らない冷血漢でした。故に、カルテンボルン伯爵家は取り潰されることとなった。……しかしカルテンボルンの血筋からすると叔父上のような例は異端です。卿の御父上は立派な帯剣貴族でした。代々の当主も勇猛果敢、鉄心石腸、いずれも栄えある帝国軍の為に忠誠を捧げてきました。そんなカルテンボルンの青き血を在野に捨て置くのは忍びない。……卿が叔父上と違い、正しくカルテンボルンの誇りを示すのであれば、私は約束通り卿を再び同胞として迎え入れましょう」

『閣下の御期待に応えることで、カルテンボルンの血統の価値を必ずや証明してみせましょう』

 

 カルテンボルン大佐の力強い言葉をカール・ベルトルトは軽く頷いて受け止める。

 

「……では別命あるまで引き続きガルミッシュ要塞の方を探ってください。頼みましたよ」

 

 カール・ベルトルトはそう言って通信を切る。そして溜息を一つつくとどこかに連絡を取り、「ああ、私です。命令を遂行してください」と一方的に述べる。「命令」の内容は簡単だ。『不自然でない形でカルテンボルン大佐の口を封じる』……カール・ベルトルトに約束を守る気など全く無かった。

 

「……この程度の事でカルテンボルン伯爵家が許される訳が無いでしょう。三代は命を賭けて贖罪していただかないと」

 

 カール・ベルトルトはカルテンボルン大佐の叔父が起こした不祥事を思い出し渋面を作る。帝都幼年学校長があろうことか生徒から訴えられたのだ。忌々しい高等法院――今は大審院と名を変えているが――によって堂々と軍務省と教育総監部が批判され、その権威は大きく失墜した。軍と帯剣貴族集団はイコール――少なくとも貴族の殆どの意識では――であり、従って公的に責任を取ったのは教育総監ハーゼンシュタイン大将一人であったが、全ての帯剣貴族は当事者として、官僚貴族からの糾弾、領地貴族からの嘲笑を受け止めることとなった。帯剣貴族たちの中には今でもその時の屈辱を忘れておらず、カルテンボルン家を露骨に嫌悪・冷遇する者も居る。

 

 カール・ベルトルトにしてみればそのような些事を引きずり、わざわざカルテンボルン家への迫害などに労力を割くというのも馬鹿げた話だとは思う。思うのだがそれはそれとしてカルテンボルン家はまだ『筋』を通していないという思いも強い。実際カルテンボルン家が帯剣貴族の体面に泥を塗ったのは間違いないのだ。カルテンボルン大佐に任せた裏工作は当たり前だが表に出せる類のモノではない。そんな汚れ仕事の報酬に伯爵家の再興は高すぎる。カール・ベルトルトに言わせれば、今回の裏工作で漸くカルテンボルン家は『スタート』に戻ってきたのだ。もっと派手な功績……誰にも文句を言わせない武勲……今のカルテンボルン家はそれを手に入れる機会と手段を奪われている。それを返してやるから後は自力で戻ってこい、それがカール・ベルトルトの考えであった。

 

「……分を弁えているのであれば生かして使ってやるつもりでしたが、たった一度死線を潜り抜けた程度(・・)で再興を望むとなると……扱いにくい」

 

 カール・ベルトルトはそう呟くとカルテンボルン大佐の事を考えるのを止めた。そして携帯端末で同じくライヘンバッハ一門に属する中央軍集団司令官ホルスト・フォン・メクリンゲン=ライヘンバッハ地上軍大将に連絡を取った。

 

「……ああ、メクリンゲン卿。私です。かねてからの予定通りガルミッシュ方面で戦闘が発生しました。これで『一四号戦略』発動の大義名分が出来ました」

『……ではついに?』

「ええ。主要な諸侯は一〇日後の名士会議に備え帝都に滞在しています。今ならば帝国に巣食う寄生虫共を根こそぎ廃することが出来るでしょう。リッテンハイム派の殆どとブラウンシュヴァイク派の一部を粛清しそこなった『三・二四政変』と同じ轍は踏みません。……どうしましたか、計画に何か気になることでも?」

 

 カール・ベルトルトは画面越しに話す同門の大将の顔色が優れないことに気付き問い掛けた。メクリンゲン=ライヘンバッハの顔色が優れない理由は二つの迷いにあった。メクリンゲン=ライヘンバッハは躊躇しながらも、その内の片方を解決するべく――そしてより秘匿しておきたいもう片方の迷いから目を逸らす為に――一つの疑問をカール・ベルトルトにぶつける。

 

『……いえ。計画は成功するでしょう。しかしその後の事を思うとどうにも不安で……。諸侯が消えた後の領土をどうすればいいのか、と』

 

 これまでの会議でも諸侯を排した後の事は話し合われてきた。そこでは「中央の軍事力によって混乱を治める」「混乱が収まった地域から順番に直轄領に組み入れる」「必要ならば帯剣貴族の一族から新たな領主を派遣する」というような意見が出ていたが、辺境の警備管区を預かり、一部地域の行政を管理しつつ『流星旗軍』との死闘に身を置いていたメクリンゲン=ライヘンバッハにはその話し合いが具体性を欠くように感じられた。本来ならば諸侯の領地ごと……せめてリッテンハイム侯爵らヘッセンの三侯爵の領土位は具体的に統治を回復する段取りを詰めておくべきでは無いだろうか?

 

「確かに一時的な統治機構の麻痺、ないし消失によって混乱は起きるでしょう。しかし中央の軍事力を用いればどうにでもなりますよ。何。軍にだって行政官が居ない訳ではありません。エルザス=ロートリンゲンの少なくない地域やザールラントの特別軍政区、あるいは各地の旧収容所惑星には長年軍政が敷かれているでは無いですか。……ああそうそう。近年では制圧した旧『城内平和同盟(ブルク・フリーデン)』一七星系を直接統治下に置く為に軍務省主導でズデーテン域外鎮定総督府が設置され、成功を収めています」

『確かにノウハウはありますが……軍が面倒を見れる地域には限りがあるでしょう』

 

 そんなメクリンゲン=ライヘンバッハの懸念に対して、しかしカール・ベルトルトは事も無げに言い切った。

 

「面倒を見れない地域は放っておけば良いじゃないですか。平民や劣等人種は宇宙に上がってこれませんし」

『……』

 

 その返答にメクリンゲン=ライヘンバッハ大将は絶句する。カール・ベルトルトはそんなメクリンゲン=ライヘンバッハを不思議そうに見た。

 

『し、しかし……そう、食料はどうしますか?ご存知かとは思いますが、殆どの惑星は産業効率化の為に惑星単位での分業制を採用しています。農業惑星以外は他惑星からの輸入に食料を頼っている訳ですが……』

 

 『統治できない?ならしなくて良いじゃん』などという答えが来ると予想していなかったメクリンゲン=ライヘンバッハは言葉に窮しながらも咄嗟に食料問題を口に出す。

 

「ああ、なるほど輸送網の心配ですか。卿はあの『流星旗軍』に悩まされましたからね。不安に思うのは分かりますが流石に過大評価が過ぎるのでは?軍が本腰を入れて輸送網を維持すれば海賊や反政府勢力などは問題になりませんよ。少なくとも私兵軍よりは正規軍の方が適切に対処できるでしょう」

 

 「そういう事ではない」とメクリンゲン=ライヘンバッハは叫びそうになった。農業惑星から適切な量の食料品を回収し、適切な場所に適切な時間で適切な量を運ぶ。門外漢であり、しかも中央から派遣された軍が独力でそんなことが出来る訳がない。仮に届けられたとして、各惑星で民衆に食料を供給するのは誰の役割だろうか。現地の商人は諸侯とべったりだ。場合によっては諸侯の一門の貴族が経営している。軍政下に置かれている一部地域のように配給制度を実施するのだろうか。……必要な管理能力を持った軍人の数が圧倒的に足りないだろう。

 

「ま、勿論混乱はあるでしょうが、帝国の次の一〇〇年、二〇〇年を考えれば多少の損害は仕方がありません」

『億単位で死者が発生するかと……』

 

 メクリンゲン=ライヘンバッハは旧ブラウンシュヴァイク派諸侯の領地を念頭に置きながら、『億単位』という言葉を口にした。……『三・二四政変』で不運にも統治者一族を軒並み失った地域は著しい混乱状態にある。例えばノイケルンでは共和派が恐怖政治によって『守旧派』への苛烈な粛清――ノイケルン国際大学の試算では人口の四割が直接的・間接的に命を失ったとされる――を行っている。ランズベルクでは王党派、旧伯爵家派、共和派が血みどろの内戦を繰り広げる。バルヒェットはリッテンハイム侯爵私兵軍と旧バルヒェット伯爵家私兵軍の地上戦の余波で貧困に喘ぎ、アッフェンバッハとヴェスターラントでは深刻な飢饉が続く。同じことは『一四号戦略』で粛清された諸侯の領地で規模を大きくして再現されるだろう。

 

「私の言う多少の損害にはそれも含まれています。長期的に見れば腐敗貴族が居なくなりますから、帝国貴族領の文明的停滞が解消され、ここ三世紀ほど続いてきた人口減少も歯止めがかかるはずです。外宇宙の人類居住圏を順次帝国の支配体制に組み入れれば、そこから人を連れてくることもできますよ。まあそれは内務官僚と国務官僚の仕事ですが、我々としても協力は惜しみませんしね」

『……』

「心配はいりません。皇帝陛下と軍。帝国の欠かせない両輪(・・)が残っていれば、末端などいくらでも替えが効きますから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホルスト・フォン・メクリンゲン=ライヘンバッハ大将は自邸の執務室で椅子に腰を掛け、顔を覆い隠しながらのけぞっていた。つい先ほどまでのカール・ベルトルト・フォン・ライヘンバッハ上級大将の会話で精神的な疲労を感じざるを得なかったからだ。

 

「……どの口で諸侯を批判できるのでしょうか」

 

 そんな、メクリンゲン=ライヘンバッハの言葉に、机の上に投げ出されている端末から応じる声がした。私、アルベルト・フォン・ライヘンバッハだ。疲弊した声色の彼に私は語り掛ける。

 

『諸侯は自らの領地の為に、平気で他の領地や国を犠牲にする。それを嫌悪する帯剣貴族も、所詮は『優先順位』が違うだけなんでしょう』

「軍の為なら、平気で他の貴族や国を犠牲にする。という事ですか」

『諸侯と違って国が無ければ軍は成り立たない。帯剣貴族が領地貴族より国に忠実なのは、結局その事実があるからに過ぎない。……残念ながら、我々誇り高き帯剣貴族にさえ、そういう側面はあります』

「……」

 

 メクリンゲン=ライヘンバッハは図らずも、先ほどの会話で自分を悩ませていた二つの迷いが解消されたことに気付いた。「このままクーデターに協力して良いのだろうか」……そして「御当主様――つまり私――に協力しても良いのだろうか」という二つの迷いは今は綺麗に晴れている。

 

「……何にせよ、道は見えました。後は進むだけです」

 

 メクリンゲン=ライヘンバッハはそう呟き、私との通信を切断した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宇宙暦七八〇年一二月九日。ガルミッシュ要塞から二光年の宙域に置いて帝国軍旧ガルミッシュ要塞駐留艦隊の哨戒部隊を新ガルミッシュ要塞駐留艦隊が急襲。不意を突かれた旧駐留艦隊側の重巡航艦一隻、駆逐艦一隻が轟沈、駆逐艦一隻が大破する。第七任務群、第一一任務群が救援に駆け付けるも数的不利から撤退する。

 

『ファルケンホルン中将は頭がおかしいのではないか!?風聞に惑わされて友軍に砲口を向けるなど信じられない!』

『我々はガルミッシュ要塞を不法に占拠する武装集団を攻撃しただけです。何か問題でも?』

 

 フェザーンメディアの取材に対してドレーアー、ファルケンホルンの両中将はそう答える。ファルケンホルン中将はガルミッシュ要塞『奪還』作戦の発動を宣言しキフォイザー星系外縁天体F=二八に仮設基地を設置、ドレーアー中将もガルミッシュ要塞『防衛』作戦の発動を宣言し、麾下の部隊を集結。新旧要塞駐留艦隊の衝突は最早避けられない情勢となった。

 

『帝国宰相府はガルミッシュ要塞周辺に展開する全帝国軍部隊指揮官の指揮権を停止することを決定した。全部隊は国防諮問会議議長の統制を受け容れ、いかなる武力行使も国防諮問会議議長の許可無く行わない事。この決定に従わない者は国家叛逆罪に問われることも覚悟せよ』

 

 同月一二月一〇日、帝国宰相ルートヴィヒがリントシュタット宮殿で緊急記者会見を開き、以上の談話を発表。さらに宰相府がこの問題を預かることを宣言し、全関係者に対しリントシュタット宮殿への出頭を命じた。

 

 同日午後二時、第一七回国防諮問会議が臨時招集される。出席者はシュタイエルマルク、ゾンネンフェルスの両退役元帥を初めとする国防諮問会議議員一二名に加え、軍側から軍務尚書ルーゲンドルフ元帥以下八名の軍高官と、近衛第一・近衛第二・赤色・白色・灰色の艦隊司令官五名が出席。政府側から国務尚書クロプシュトック公爵、司法尚書リヒテンラーデ侯爵、内務尚書レムシャイド伯爵、無任所尚書兼宮廷書記官長リヒター伯爵、社会秩序維持庁長官ゲルラッハ子爵、警察総局長ノルデン子爵ら一九名が出席。そして「グーデンバッハ空襲の黒幕である」「叛逆を企てている」と軍部から弾劾されているリッテンハイム侯爵ら大貴族一七名がルートヴィヒ皇太子の命令で出席した。

 

「やあアルベルト!元気そうで何よりだ!」

「ライヘンバッハ大将、ご機嫌麗しゅう」

「……これはクラーゼン大将にノームブルク大将。お早いご到着ですね」

 

 私を初めとする五名の艦隊指揮官はいずれも帝都近郊に司令部を置いていた為に、ルートヴィヒ皇太子から出席を命じられた。緊急記者会見に先駆けて出頭命令は届けられていたが、帝都勤務の私や第一近衛艦隊司令官ラムスドルフ大将らと違い、星系外にいるフィラッハ、クラーゼン、ノームブルクの三名はギリギリの到着になるはずだった。

 

「そりゃあ、私もノームブルク卿も部隊を放り出して帝都に入り浸ってる不良軍人だからね」

「……その見解には賛同できませんな。正規艦隊司令官ともなると求められる役割は軍人の域に留まらないのです。私は……そして私の部隊は何分複雑な立場にありますので」

「なるほど。確かにノームブルク卿の場合はそうかもしれない。となると不良軍人は私とアルベルトだけだね」

「……勝手に巻き込まないでくれ」

 

 私が顔を顰めて「不良軍人」という言葉を否定すると、ラルフは肩を竦めて壁の方を顎でしゃくった。私たちが居る控室から見て、議場となるマルティン・ルターの間があるのはその方角だ。

 

「他の控室は見てきたかい?」

「……ああ、一門の老人達に会ってきたよ。その後クロプシュトック公爵とリヒテンラーデ侯爵に挨拶してきた」

「いや~参った参った。話しかけるだけで殺されるんじゃないかって位皆気を張り詰めててね。回廊戦役や第二次エルザス=ロートリンゲン戦役でもここまで重苦しい空気は経験しなかった。ルーゲンドルフ元帥に挨拶したんだがね、ノームブルク卿なんて足が震えてたよ」

「クラーゼン卿!」

「ん。冗談冗談。……まあ何にせよ、だ。軍人の戦場が宮殿になったら色々と終わりだと思うんだけどねぇ。アルベルト、君はどう思う?うん?」

 

 そう言って話を振ってきたラルフの目は笑っていない…ようにも見えた。……シュトローゼマンからの報告によると、ラルフは帝国軍のクーデター計画に勘付いているという。私は「同感だ」と素知らぬ顔で応えた。

 

「『同感だ』って君!君自身、宇宙より宮廷で戦ったキャリアの方が長いじゃないか……ま、私もそういう人間だから今更何か言うつもりもやるつもりも無いんだがね。一つ友人の誼で忠告させてくれ」

「……何だい?」

「宮廷には宮廷の、戦場には戦場の論理がある。二つの論理の均衡を取らないと見えるモノも見えなくなるよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リッテンハイム侯爵は皇帝陛下に弓引いた叛逆者である。ガルミッシュ要塞駐留部隊の私物化に留まらず、帝国正規軍への敵対行為……即刻厳重に処罰するべきだ」

 

 恐ろしい程張り詰めた空気の中始まった第一七回国防諮問会議、口火を開いたのは豪胆で鳴る宇宙艦隊司令長官バッセンハイム元帥である。バッセンハイム元帥の発言が終わると僅かに沈黙が続く。誰がどう応じるのか、出席者たちは互いに互いの様子を伺っているのだ。

 

「……ふむ。本当にグーデンバッハを攻撃したのはガルミッシュ要塞駐留艦隊なのかね?」

 

 そんな中口を開いたのは退役元帥の称号を持つ枢密院議員エーレンベルク公爵である。今回の会議に呼ばれた領地貴族は一七名。リッテンハイム侯爵に近いと目される人物が八名、アンドレアス=リンダーホーフ同盟に近い人物が五名、その他四名という内訳だ。いずれも枢密院議員の役職を保持する。

 

 エーレンベルク公爵はアンドレアス=リンダーホーフ同盟に近い人物だが、元軍部ということもあり、この会議でも帯剣貴族の肩を持つのではないか、と予想されている。というのも、アンドレアス=リンダーホーフ同盟は基本的に反リッテンハイム同盟、あるいは非クロプシュトック同盟であり、ハッキリ言って烏合の衆――皇太子・クロプシュトック公爵によって先代のエーレンベルク公爵が追い落とされた際に、三頭同盟を形成していたはずのアンドレアス公爵・リンダーホーフ侯爵が協力したのは記憶に新しい――だが、反リッテンハイムと非クロプシュトックの二点でのみ協力する派閥だ。

 

 課税・終戦を巡る争いでは流石にリッテンハイム派と共同戦線を張ったが、別に仲良しこよしという訳では無い。その為、アンドレアス=リンダーホーフ同盟の中からは今回の「リッテンハイム派の暴発」によって、課税回避よりリッテンハイム派の追い落としを優先する者が出るだろうと噂されている。

 

「軍務省は偵察衛星のデータを開示しています。攻撃部隊は間違いなくガルミッシュ要塞駐留艦隊です。偽造されたデータで無い事は調べればすぐに分かる話です」

「……しかし不自然だ!ガルミッシュ要塞からユーバーホーレン星系まで誰にも気づかれずに行軍することが出来るはずがないだろう!」

「ええ、ですから気づいた者も居るのかもしれません。……例えばガルミッシュ要塞やユーバーホーレン星系周辺を治める貴族家等は気づかなければおかしいでしょうね……」

「なんだと……!」

 

 リッテンハイム派のヴァルモーデン侯爵が疑義を呈するが軍務副尚書ライヘンバッハ上級大将は暗に「それこそがリッテンハイム派諸侯の協力があった証拠ではないか」と指摘し、あっさりと退けた。

 

「気づかなかったとすればそれは無能の誹りを免れないですし、気づいていて見過ごしたのであれば……それは最早叛逆行為と見做されても仕方がないでしょう」

「……で、どうなのかね?諸卿らはガルミッシュ要塞駐留艦隊の暴走に気付いたのかね?」

「待て!同じことはユーバーホーレン星系駐留軍にも言えるではないか!ガルミッシュとユーバーホーレン、一触即発と言われていたあの状況下におけるユーバーホーレン星系側の警備体制は厳重だったはずだ。それなのにガルミッシュ要塞から進軍する一個任務群に気付かないなんてことがあるのかね?あるとすればとんだ無能だ!」

 

 軍務副尚書ライヘンバッハ上級大将と統帥本部総長ファルケンホルン元帥の追及に対して、ヴァルモーデン侯爵が反論する。するとファルケンホルン元帥が色を為した。

 

「貴様等!よもや襲撃を受けた側に原因があるとでも言う気か!盗人猛々しい発言にも程がある!」

「あ、あそこまで完全な奇襲を許すなど、帝国のメンツに関わる話ではないか。ファルケンホルンとクライストの責任こそ追及するべきだ!大体、『盗人猛々しい』とはどういう意味だ!我等が一体何をしたというのだ!……一万、いや一億歩譲ってガルミッシュ要塞駐留艦隊が襲撃を実行したとして、それが何故我等の叛逆の証となるのだ!」

 

 ファルケンホルン元帥の一喝に怯んだヴァルモーデン侯爵に代わって、同じくリッテンハイム派のノルトライン公爵が反論する。リッテンハイム侯爵自身は会議の最初から一言も発さず会議の様相を見ている。

 

「ふん!この期に及んでよくそんなことが言えるな。リッテンハイム派諸侯とガルミッシュ要塞駐留部隊の癒着の証拠はこれでもかと挙がっているのだ。リッテンハイム派諸侯がドレーアー中将を通じてガルミッシュ要塞駐留部隊を私物化していたことは既に立証された事実だ!」

「金品授受、偏向人事、物資横領、不祥事隠蔽、特定貴族家優遇……。仮にも正規軍部隊のやることではありませんね。流石に目に余る腐敗ぶりです。……今の国家にも軍にも国費を投じて貴方方の私兵を養う余裕は無いのですよ。そうですよね?リヒター伯爵」

「……一公僕としての立場で意見を述べさせていただくならば、リッテンハイム侯爵家とドレーアー中将の関係には不適切なモノがあると言わざるを得ませんな。ただ、これはあくまでドレーアー中将の要塞司令官としての資質に対する意見だという事を、皆様には強調しておきたい」

 

 軍務次官アルレンシュタイン上級大将が資料の束を掴み、それを使って机を叩きながら迫る。軍務副尚書ライヘンバッハ上級大将は元財務尚書であり、開明派のリヒター伯爵に話を振るが、リヒター伯爵は慎重な姿勢を崩さなかった。その後も軍部によるリッテンハイム侯爵批判は続き、国防諮問会議議員の大半もリッテンハイム侯爵の処罰に肯定的な姿勢を取る。

 

「宰相殿下に伏してお願い申し上げます。軍部は国政を壟断するリッテンハイム侯爵とその一党の逮捕を望んでおります。どうかその為に、中央艦隊と地上軍を動員することをお許しいただきたい」

 

 場の雰囲気がリッテンハイム侯爵処断に傾いたことを見て取った軍務尚書ルーゲンドルフ元帥がルートヴィヒ皇太子に向き直り奏上する。今まで議論の流れを見守っていたルートヴィヒ皇太子はそこで初めて口を開いた。

 

「……軍部の意見は分かった。しかしリッテンハイム侯爵、卿の意見を聞かずに結論を出す訳にはいくまい。弁明があるなら聞かせて欲しい」

 

 ルートヴィヒ皇太子は自分と同じく一度も発言していないリッテンハイム侯爵に弁明を促す。出席者の視線がリッテンハイム侯爵に集まった。幾度の政争を生き延び、しぶとく中央政府への浸透を続け、政官界においてはクロプシュトック派・ルーゲ派・開明派の消極的な反リッテンハイム連合に果敢に挑み、財界においては政府系・ノイエ・バイエルン系・ブラッケ系の対立にフェザーンの一部勢力から支援を引き出した上で食い込み、軍部においては鉄の結束を誇る帯剣貴族集団から陰に陽に迫害を受けながらも確固たる橋頭保を築き上げた。ブラウンシュヴァイクとカストロプが失墜したとはいえ、アンドレアス、リンダーホーフ、クロプシュトック、エーレンベルク、グレーテル、ノイエ・バイエルン、ブラッケ、フォルゲンといった有力諸侯は健在だ。これらを単独で相手取りながらも未だにクロプシュトック公爵と並ぶ領地貴族の巨頭で有り続けているのは偉業と言わざるを得ない。

 

「黙っていないで何か言ったらどうだ。皇太子殿下が卿の言葉を聞きたいと言っておるのだぞ?」

 

 黙り込んでいるリッテンハイム侯爵に対し、少し焦れた様子でクロプシュトック公爵が詰め寄った。リッテンハイム侯爵にこのような態度を取れる貴族は限られており、その限られた内の一人がクロプシュトック公爵だ。先代のエーレンベルク公爵を失脚させ、その派閥を排斥・吸収したクロプシュトック公爵派は政官界においてリッテンハイム派を凌ぐ権勢を誇る。元々クロプシュトック公爵家が中央官僚であったこと、リッテンハイム・ブラウンシュヴァイク両家と激しく対立していた為に長年中央政府よりの立場を取っていたことがクロプシュトック公爵の栄達に味方した。官僚貴族たちはクロプシュトック公爵に対して比較的反感を持っておらず、クロプシュトック公爵に協力・服従することへの心理的・政治的ハードルは他の領地貴族に同じことをするよりは格段に低かった。

 

 一方で、早い段階でライヘンバッハ派との協調路線を採ったからだろう。軍部主流派との太いパイプが得られたものの、帯剣貴族に遠慮して子飼いの軍人を中央に送り込むことが出来なくなった。結果的に軍部においてはリッテンハイム派がクロプシュトック派に勝る影響力を持つに至っている。勿論、軍部主流派がクロプシュトック公爵に味方すればその勢力差は簡単にひっくり返ったが。

 

「……いや、失敬。しかし先程から何故、私の責任を追及しているのか(・・・・・・・・・・・・・・・・)理解できませんでな。……ふむ。皇太子殿下、臣が考えますに、帯剣貴族諸卿はどうにも心得違いをしていらっしゃるようです。英明で知られるリヒテンラーデ卿やリヒター卿なら気がついてもよさそうな物だが」

 

 クロプシュトック公爵の言葉を受け、リッテンハイム侯爵が漸くその重い口を開いた。そして薄気味悪い笑みを浮かべながらそんな予想外のことを言った。出席者たちの困惑を他所にリッテンハイム侯爵は語り出す。

 

「ハッキリさせておきましょうかな。……ここで話し合うべきことは、卿等の進退だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リントシュタット宮殿で第一七回国防諮問会議が開かれているのと時を同じくして、帝都でも異変が起こっていた。

 

『本日午後二時一六分、軍務省は憲兵総監テオドール・フォン・オッペンハイマー宇宙軍大将を解任、贈収賄と特別背任の容疑で逮捕した。また同時に反国家的策謀への加担が疑われる憲兵総監部の全職権を停止し、宇宙軍特別警察隊がこれに代わって帝都及び軍内の秩序維持にあたる。ヴァルハラ星系外の全憲兵総監部所管組織、及びその将兵は今後宇宙軍特別警察隊司令長官の統制に服すこと』

『宇宙軍特別警察隊司令長官クリストフ・フォン・バウエルバッハ宇宙軍元帥の名に於いてヴァルハラ星系全域に戒厳令を布告する。帝都防衛軍司令部、ゲルマニア防衛軍司令部及び、ゲルマニア州全域の宇宙軍部隊、惑星オーディン全域の地上軍部隊は今より宇宙軍特別警察隊の指揮下に入るべし。戒厳令下において、以下に挙げる政府機関は宇宙軍特別警察隊に対し最大限協力し、その指導監督に従うべし。内務省社会秩序維持庁、同警察総局……』

 

「始まったか」

 

 赤色胸甲騎兵艦隊副司令官オトフリート・フォン・ゾンネンフェルス宇宙軍中将はオペレーターの読み上げる二通の通達――前は軍務省官房長ツィーデン宇宙軍中将の名で、後者は幕僚総監バウエルバッハ元帥の名で出された――を聞きながら、緊張を滲ませつつ呟く。胸につけた小さな白薔薇のブローチを無意識の内に撫でた。

 

 元々、ガルミッシュ方面での戦闘勃発を受けてすぐ、赤色胸甲騎兵艦隊は惑星オーディン衛星軌道上に展開していた。勿論、『帝都防衛第一四号行動計画』遂行の布石だ。諸侯の警戒対象となっている主要な地上軍駐屯地が不審な動きを見せれば、諸侯はクーデターの存在を察知し逃げるなり抵抗するなりしてしまうだろう。それを防ぐための「奇策」、それが衛星軌道上からの陸戦隊降下である。

 

 故に通達前に『帝都防衛第一四号行動計画』の主兵力となる赤色胸甲騎兵艦隊陸戦隊の帝都降下は行われており、手筈通りなら既に先遣隊が統帥本部と宇宙艦隊総司令部に突入している筈だ。通達を受け、地上軍の各部隊も動き始めるだろう。それらの部隊が動く前に一刻も早く帝都や主要目標を制圧し、『予備計画』を発動しないといけなかった。『予備計画』の発動が遅れれば『帝都防衛第一四号行動計画』が成功してしまう(・・・・・・・)からだ。

 

「帝都防衛軍司令部から通信が入っています!司令官代理閣下に状況の説明を繰り返し求めています」

「近衛兵総監ラムスドルフ元帥が閣下と至急話がしたいと……」

「無視しろ。帝都防衛軍は障害にならん。近衛にこちらをどうこうする胆力も能力もない。……いや、そうだな。『これは軍部の総意だ、邪魔建てするのであれば、ルーゲンドルフ老が黙っていない』と伝えたまえ」

 

 メインスクリーンに映し出された降下作戦の様子を見ながらオペレーターに応える。『予備計画』は初動でどれだけ多くの機関と部隊を制圧できるかが肝要だ。ここで艦隊の指揮を執るゾンネンフェルスには最早祈る事しか出来ない。

 

「閣下。陸戦隊の指揮を執っているシュターデン少将から連絡です」

「!、来たか!ああ、繋いでくれ」

『失礼します。副司令官閣下、現在第一作戦目標の六二%を制圧完了。「予備計画」必須目標に限れば八〇%を制圧しております』

 

 メインモニターに細身のエリート風の青年将校が映し出される。その将校、ハンネマン・フォン・シュターデン宇宙軍少将は『一〇年に一人の秀才』と将来を嘱望される人物だ。宇宙暦七六二年に士官学校を首席で卒業、宇宙軍中尉として第八警備艦隊司令部に着任、同艦隊が活動範囲をオストプロイセンからシュレースヴィヒ=ホルシュタインに移転するにあたっての事務作業で見せた卓越した手腕を評価され、カール・ハインリヒによって宇宙艦隊総司令部に引き上げられた。その後は宇宙艦隊総司令部と中央艦隊の情報・作戦・総務畑を転々としながら経験と功績を積み上げていた。傷一つない完璧な経歴から栄達は間違いないと言われていたが、宇宙暦七七八年のフォルゲン星域会戦で臨時に一個戦隊を任された際に精彩を欠き、以後『理屈倒れ』という不名誉な仇名で呼ばれている。

 

 尤も、精彩を欠いたと言っても期待されたほどの辣腕を発揮しなかったというだけで、戦隊指揮官としての職務自体は過不足なく勤め上げたと言える。戦隊司令官の職を務めるのが初めて、さらにその戦隊が本来自分とは全く縁のない部隊、そして会戦直前にいきなり司令官に抜擢された、という事情を考えると、シュターデンは良くやった方だ。シュターデンがそれでも『理屈倒れ』と陰口を叩かれたのは、その神経質で融通の利かない性格――といってもその行動はいつも合理的ではある――を少なくない人間に疎まれているからであるが、それ以上にシュターデン帝国騎士家が五代前にその忠節を見込んでライヘンバッハ伯爵家の推挙によって貴族階級へと引き立てられた新参の一族であるからだろう。要するに嫉妬である。

 

『ところで閣下。閣下の命令書を持った士官が拘束した高官をヨハン・ライヒハート記念収容所へと集めよと求めています。……本当に従っても宜しいので?本来の「予備計画」ではシュパンダウ等四か所の収容所に移送し、シュトローゼマン大佐が身柄を預かるとのことですが……』

「……ああ、その件か。勿論問題ないよ。命令したのは私だがライヘンバッハ大将閣下の意向を受けている。もしかしたらシュトローゼマン大佐は聞いていないかもしれないがね」

 

 ゾンネンフェルスは何でもないような様子でそう答える。しかし、そこで言葉を切って真剣な表情でシュターデンに向き直った。

 

「実はね……ここだけの話、シュトローゼマン大佐は復讐を目論んでいる疑いがある」

『復讐ですか?』

「彼の父の死には、当時の軍上層部が関わっている可能性が高い。実はね、オフレッサーは帯剣貴族による組織的な非主流派将校暗殺は地上軍だけでは無く、宇宙軍でも行われていたと証言しているんだ。暗殺された将校としてはエドマンド・フォン・ヒルデスハイム、クレーメンス・アイグナー、クリストフ・フォン・ミヒャールゼン、ウォルフガング・ハードナー、カール・シュテファン・フォン・シュトレーリッツらの名前が挙がっている。そして……恐らくシュトローゼマンの父も」

『馬鹿な……!有り得ません!帝国宇宙軍がそんなこと……!』

 

 勢いよく否定するシュターデンに対しゾンネンフェルスも「そうだ。私もそう思う」と同意し、宥める。

 

「だからシュトローゼマンには任せられんのだ。……疑惑は疑惑でしかない、本腰を入れて調査する必要がある。シュトローゼマンの復讐権を否定する気は無い。復讐権は貴族特権の一つだ。しかし疑惑が確信に変わるまではただの殺人、犯罪だ。故に、ライヘンバッハ大将閣下はシュトローゼマンでは無く別の者に高官の身柄を預けさせた。身柄の受け取りに向かう者は皆、私が選んだ信用できる人材だ。安心してくれ」

『……なるほど。了解しました。しかしライヒハート……本当にライヒハートへ?』

 

 シュターデンは「ライヒハート」という言葉を、非常に恐ろしい、非常におぞましいといった様子で発しながら、再度ゾンネンフェルスに確認する。

 

「それだよ。貴官のその反応。帝国人なら誰もがライヒハートを忌避する。法と秩序、正義と平和、そして……死と恐怖の象徴ライヒハート。実際はただ警備が厳重で少しばかり(・・・・・)特殊な用途なだけの普通の収容所だ。…………貴官の得意な合理的思考を働かせたまえ。ライヒハートの立地はメルクリウス市の帝都側の外れ、帝国政府の有する収容施設では最も帝都から近い。警備も厳重な上、機密保持も容易だ。皆、まさかあの(・・)ライヒハートに帝国屈指の権力者たちが収容されるとは予想していないし、考えない。特に名誉や格式を重んじる貴族は、何の変哲もない極一般的な(・・・・・・・・・・・・)政変でライヒハートが使われるなど、想像すらしないだろう」

 

 ゾンネンフェルスの説明を受け、シュターデンは少し考え込む。

 

『確かに閣下の言う通りですね。高官を一か所で拘留するのはリスク管理の観点から不安もありますが……、警備戦力を集中しやすいという側面はあります。帝都中心地から近い為、反粛軍派も大戦力も動かしにくいでしょう。遮蔽物も多く、防衛側が有利な地形です。……了解しました。命令に従います』

「ああ、宜しく頼むよ」

 

 教本通りの見事な敬礼を決め、シュターデンは通信を切った。ゾンネンフェルスは画面からシュターデンが消えると同時に、大きな溜息をついて、座り込んだ。生真面目なシュターデンだ。一度命令に従うと決めれば、最後までやり遂げるだろう。一方であの『理屈倒れ』は生半可な理屈で丸め込める(・・・・・)相手ではない。彼に対して、『予備計画』の変更を納得させるのがゾンネンフェルスが今回果たさねばならない役割の中で最も重大な役割だった。

 

「……ふう」

 

 ゾンネンフェルスはこれから起こる事柄を思い浮かべ、陰鬱な気持ちになった。彼にとって過去の自分……すなわち勤勉で誠実で模範的な帯剣貴族であった自分は否定の対象であるが、だからと言って、過去の自分が積み重ねてきた全てを否定することはできない。そもそも、自分を生まれ変わらせたキッカケこそ、古き自分にとって唯一本当の意味での(・・・・・・・)友人であったケルトリングではないか。

 

「……ケルトリング、ケルトリングか」

 

 ゾンネンフェルスの中で再び迷いが生まれる。亡き友人の忘れ形見である少年。生前の友人とは約束を交わしていた。片方が戦死した時は、もう片方がその家族の力になると。しかし、少年が最も救いを必要としていた時に、自分は惨めにも虜囚の身にあった。そして彼を救ったのは政敵であったはずのグレゴール・フォン・ミュッケンベルガーだった。……ミュッケンベルガー、まさしく帯剣貴族の鑑のような人物だ。ミュッケンベルガーの庇護を得て、友人の遺児はケルトリングの名を捨てさせられながらも、路頭に迷う事もなく「フォン」の称号も保持したまま士官学校に通っている。

 

「……」

 

 翻って自分はどうだろう。虜囚の身にあったことは今更恥じまい。しかしだ。自分が今やっていることは彼の力になるどころか、苦境に追い落とす行為ではないか。それは明らかに恥じるべきことだ。

 

「……副官。少し外す」

 

 短くも濃密な思考の末、ゾンネンフェルスは司令室を立ち去る。一人で自室に戻ると、私的な端末を用いて一通のメールを作成した。勿論、艦隊全体に通信規制が掛かっている今、ゾンネンフェルスの私的な端末も地上との連絡は取れない、ことになっている。……今回の変に際して、地上との隠密のやり取りの為に、少しばかり改造が施されているのだ。

 

「私はこの国の民たちに、友情が、何物にも代えがたいことを思い出させなければならないのだ」

 

 ゾンネンフェルスはそう呟きながら、地上へ……グレゴール・フォン・ミュッケンベルガー宇宙軍大将の養子であり、親友クリストフ・フォン・ケルトリング宇宙軍大将の忘れ形見であるユリウス・フォン・ミュッケンベルガーへと一通のメールを送った。その様子はどこか鬼気迫っており、普段のゾンネンフェルスとは違う……危うい均衡の上にあるような、見る者を不安にさせる何かがあった。

 

「それにだ。模範的な帯剣貴族であるミュッケンベルガーが息子の命程度(・・)で止まるものか」

 

 そして、ゾンネンフェルスはミュッケンベルガー……というよりは帯剣貴族への侮蔑を滲ませながらさらにそう吐き捨て、自室を後にした。その胸では小さな白薔薇のブローチが輝いていた。

 




注釈31
 「帝国宰相」という役職は長らく慣例として空席とされ、国務尚書が宰相代理を兼任していた。それに従って建国当初宰相府が担っていた事務の殆どが他省庁に移管された。例えば科学技術庁が省に格上げされて独立、国土振興庁自治統制局と文化統合局が内務省に合流、残る広域調整局等が国務省に合流、司法省公安調査庁創設と同時に公共安全庁が解体といった具合である。それでも宰相府という名前は書類上に残っていたが、これは基本的に険悪で対立関係にある各省庁が合同で一つの業務に当たらないといけない際にその協力の場として宰相府が必要とされたからである。

 一例を挙げるとライヘンバッハ伯爵が軍務省地方管理局時代に関わった辺境自治領統治に関するガイドラインの策定は、内務省自治統制庁と合同で行われていたが、軍務省も内務省も互いの風下に立つ気は無く、主導権争いの末妥協案として両省庁から同人数の官僚が宰相府に出向して業務に当たることとなった。

 そんな状況が変わったのが宇宙暦七七九年、皇太子ルートヴィヒの宰相就任である。ルートヴィヒは自身の住むリントシュタット宮殿に宰相府を移転――これまでは一応国務省ビル内に宰相府も置かれていた――、国防諮問会議・社会経済再建計画推進委員会・自治政策検討会議を設置する。その事務局に主に政争で下野していた開明派官僚、あるいは各省庁や地方組織で冷遇されている下級貴族・平民出身官僚を迎え入れ、各省庁に頼らない独自のブレーンを揃えた。その中には救国革命第二世代の穏健派指導者ヨシュア・フリッツ・ホフマンやエルネスト・ツィーグラーの名前があり、後には工部大臣ブルーノ・フォン・シルヴァーベルヒ、内国安全保障局局長ハイドリッヒ・ラングらも宰相府に籍を置くことになった。

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