先鋒後半戦東二局、杏奈の親。ドラは{4}。
せっかく回ってきた親番だが、前局の倍満直撃のショックで、杏奈は完全に戦意消失していた。
余り深く考えずに、ただ、字牌から切り出し、そのまま手なりで進めて行く。
他家の捨て牌を観察する余裕も無い。
そのような中、杏奈が六巡目に切った二枚切れの{西}で、
「ロン。」
またもや下家から和了りを宣言する声が聞こえてきた。静香の和了りだ。
杏奈が、
「えっ?」
驚いて静香が開いた手牌を見た。
{一一五[五]⑤[⑤]4499西北北} ロン{西} ドラ{4}
結構大きい。
七対子ドラ4。ハネ満だ。
「12000。」
静香からは、全然聴牌気配を感じなかった。
しかも、地獄単騎。
二連続の振り込みで、杏奈は、ガックリと肩を落とした。
東三局、静香の親。ドラは{2}。
ここでも、手を進めようとして杏奈が切った{七}で、
「ロン。」
またもや静香に和了られた。三回連続である。
しかも開かれた手牌は、
{三三三四五六七223344} ロン{七} ドラ{2}
「12000。」
{二四五七八}の五面聴。
タンヤオ一盃口ドラ2の親満だ。
一瞬、杏奈の視界が真っ暗になった。
まるで振り込みマシーンだ。それも、大きな手ばかり。
杏奈の目に涙が溢れてきた。
しかし、それを気にせず、平然とした顔で静香は卓中央のスタートボタンを押した。
東三局一本場、静香の連荘。
この時、憧は、
「(どうも綺亜羅の人が臨海からツキを奪ったって感じに見える。でも、前半戦の臨海の特大リードを逆転するつもりなのかしら?)」
静香の和了りを無駄な足掻きとして捉えていた。
優希との前半戦での大差を、後半戦だけで逆転するなど無謀と思っていたからだ。
この時、憧は、一年半前に初めてインターハイ出場した頃のような、どんな相手でも負けじと喰らい付いてゆくチャレンジャー精神を完全に失っていた。
あの時は、セーラ相手に稼ぎ負けても、決して諦めることなく戦い抜いていた。
もしかしたら、春夏コクマの団体戦三連覇が、彼女の心から石に噛り付くような泥臭い執念………チャレンジャー精神を奪ってしまったのかもしれない。
それと、星取り戦になったことの弊害だろう。
決勝進出までは勝ち星を二つ上げればよい。その二つは、咲と穏乃が何とかしてくれる。
しかも憧は、この時、既に、
『最高状態の優希は、咲でさえ一気に大量リードされるレベルだから、仕方ないよね?』
と負ける言い訳を見つけて満足していたし、
『どうせ、先鋒は東風の神が取るだろうし、次鋒はネリー、中堅はサキ、大将はシズが取るから、決勝進出は臨海とうちで決まりだしね。』
と勝手に決め付けてもいた。
なので、今の憧には、静香の追い上げが滑稽にすら感じていたのだ。
『どうせ敗退するくせに』
と………。
「(でも、さすがに少しは和了らないと。)」
いくら負けが決まっていても、さすがにヤキトリはイヤだ。
憧は、
「ポン!」
杏奈が捨てた{②}を鳴き、数巡後に、
「ツモ。タンヤオドラ2。1100、2100!」
30符3翻で和了った。
東四局、憧の親。
ここでも、
「ポン!」
憧は対面の杏奈から{8}を鳴いた。
そう言えば、後半戦になってから静香が鳴かせてくれていない。
それ以前に憧が静香からチーできたのは何回あっただろうか?
思い起こせば、前半戦では東一局三本場で優希の親を流しに出た時と、南三局で静香がハネ満を和了りに行った時だけである。
後半戦になってからは、一度も鳴かせてくれていない。
たしかに、これは憧にとって厳しい。
一応、
「ポン!」
ここでも杏奈が憧に鳴かせてくれた。これなら、クイタンだけど聴牌できそうだ。
そして、
「ツモ! 2000オール!」
何とか憧は和了りに持って行くことが出来た。
東四局一本場、憧の連荘。
憧は、安手を二連続で和了ることができたが、ここまで徹底して上家が鳴かせてくれないことは珍しい。
今回は、ポンで手を進められそうに無い。
こんな時に限って、
「ポン!」
杏奈が捨てた{東}を優希が鳴いた。まだ東場だ。それこそ、優希にとっては満貫以上の和了りを狙う最後のチャンスでもあるだろう。
優希が動き出したことで、憧は焦った。いくら勝てなくても、少しは点を重ねておかないと………。
『でも、なんで?』
『どうせ、サキとシズが勝って二勝で決勝脱け出来るのに?』
『それなら得失点差なんか関係ないジャン?』
『でも、あんまりマイナスがヒドイと恥ずかしいし?』
どうも、楽をしたいことと対面的なことの二点を考えている。
勝負のほうに頭が行っていない。
恐らく以前の憧なら、こんな状態の自分がイヤになっただろう。
しかし、今は、こんな自分でも容認してしまっている。
そんな状態の人間に勝利の女神が微笑むはずが無い。
結局、この場は、
「ツモ! 東ドラ3。2100、4100だじぇい!」
優希に和了りを持って行かれた。
南入した。ドラは{3}。
優希のオーラが、急激に萎んで行くのが分かる。
ここからの優希は、守りの麻雀にシフトするだろう。ただ、振り込まないことだけを目指す逃げの麻雀だ。
憧は、ここから速攻で少しは追い上げ、前後半戦トータルで、一応、2位になれれば面目は保てるだろう程度に思っていた。
ただ、そのためには静香を追い抜きたい。
当然のことだが、和了りたいし手を進めたい。
しかし、肝心の上家が鳴かせてくれない。
そんな状態で、憧は少しイラついてきた。
そして、不用意に切った{西}で、
「ロン!」
静香に和了られた。
開かれた手牌は、
{一二三112233白白西西} ロン{西} ドラ{3}
「西チャンタ一盃口ドラ2。12000。」
しかもハネ満。
これには憧も静香を睨みつける。
「(何よ、どうせ勝ち星はユウキに持って行かれるのに!)」
しかし、静香は、平然とした顔をしていた。
振り込んだ人間に睨まれたくらいでは動じない。それでいちいち動揺していたら勝負の世界で勝つことなど出来はしないだろう。
静香は、憧から点棒を受け取ると、何事もなかったかのように山を崩した。
南二局、杏奈の親。ドラは{9}。
憧は、
「ポン!」
現在トータル2位の静香との点差を詰めることだけを目指し、和了りに向かって杏奈が捨てた{發}を鳴いた。
当然、杏奈も憧の和了りをケアするようになる。
そして、数巡後、杏奈は憧から聴牌気配を感じ取った。
この時の憧の手牌は、
{二三四[五]六11[5]67} ポン{發横發發}
杏奈は、憧への振り込みを回避するように{①}を切った。
この時だった。
「ロン。」
下家から杏奈は和了り宣言の声を聞いた。
開かれた手牌は、
{六七八②③④[⑤]⑥⑦⑧⑨99} ロン{①} ドラ{9}
平和一気通関ドラ3。高目振込みだ。
「12000。」
この振り込みで、杏奈は持ち点40000点を割った。
南三局、静香の親。ドラは{三}。
憧の配牌は、
{四[五]六七⑤[⑤]⑥468西北白}
四向聴だが割と良い手だ。
ただ、ツモは噛み合わず、ヤオチュウ牌ばかりが来る。
しかも、憧からすれば、格下と思っていた静香にビハインドを許している。
メジャーどころの優希に、しかも最高状態の優希に負けるのは許せても、綺亜羅高校の人間に大負けするのは憧のプライドが許さない。
しかし、全然手が進まない。
憧の焦りが顔に出てきた。
丁度この時であった。
静香が、何気に憧の方を見ながら{三}を切った。
すかさず憧は、これを、
「チー!」
鳴いて{横三四五}を副露した。
そして、二巡後、今度は静香が{[⑤]}を捨ててきた。赤牌だ。
これも憧は、
「チー!」
鳴いて手を進めた。
その次巡、さらに静香が{[5]}を捨ててきた。
これを鳴けば、憧の手は、打{8}で、
{六七⑤[⑤]} チー{横[5]46} チー{横④[⑤]⑥} チー{横三四[五]}
タンヤオドラ5を聴牌。
当然、
「チー!」
憧は{[5]}を鳴いて{8}を強打した。
しかし、この{8}を待っていましたとばかりに、
「ロン。」
静香が和了りを宣言した。
開かれた手牌は、
{一二三①②③⑨⑨12379}
ジュンチャン三色ドラ1の親ハネ。
「18000!」
憧のまさかの振り込みであった。
しかも、これで後半戦の順位と点数は、
1位:静香 158100
2位:優希 153200
3位:憧 62200
4位:杏奈 26500
静香が優希を抜いてトップに立った。
とは言え、前半戦の分を加算すると、まだ圧倒的に優希がトップであることには、変わりは無いが………。
ただ、このハネ満直撃は、憧にとっては大ショックだった。
続く南三局一本場。
前局の振り込みで、憧は、ますます戦意が失われ、ただ、その場にいるだけの置物のようになってしまった。
勿論、静香は、そんな憧のことなどお構いなしに、着々と手を作り上げる。
そして、今度は杏奈から、
「ロン。7700の一本場は8000!」
門前で中ドラ2を和了った。
そして、南三局二本場も、
「ツモ! 3900オールの二本場は4100オール!」
静香は和了り続けた。これで五連続だ。
杏奈の点数が15000点を割った。
そろそろ本気でヤバイ。
憧は、
「(気を入れ直さないと。ここは、親を流して………、それに、オーラスで少しでも稼いでおかなきゃ。)」
両手で両頬を叩いた。
いくらなんでも、このまま終わるのはイヤだ。
今一度、気合いを入れ直し、憧は次局に望むことにした。
南三局三本場。
よく分からないが、ここに来て再び、静香が憧の欲しい牌を捨てるようになった。憧に鳴かせないように打てるような手牌ではないと言うことだろうか?
南三局での親ハネ振込みの苦い記憶はあるが………。
理由はともかく、憧はラッキーと思うことにした。
そして、
「チー!」
憧は手を進め、
「ツモ!」
速攻で和了った。
しかも、運の良いことにドラも多く抱えての和了り………。
「2300、4300!」
満貫だ!
これに、憧は気を良くしてオーラス………自分の親を向かえた。
オーラス、憧の親。
ここでも静香は、憧の欲しい牌を不用意に切ってきた。今までの彼女の捨て牌とは全然違う。
「チー!」
勿論、憧は鳴いて手を進める。鳴くことによって、手が加速するような錯覚を感じさせるのが憧の特徴。
そして、
「ツモ! 4000オール!」
この局も、ドラを多く抱えての親満ツモ和了りとなった。
しかし、憧はトップでは無い。
ここは、
「一本場!」
当然だが、連荘を宣言せざるを得ない。和了り止めイコール敗北宣言だからだ。
オーラス一本場。
やはり、ここでも、
「チー!」
憧は鳴ける。
不思議なくらい、静香が鳴かせてくれる。
いったい、静香は何を狙っているのだろうか?
ただ、今は手を進ませてくれるのなら、それに乗るしかない。
「ツモ! 3900オールの一本場は4000オール!」
ここでも憧は、ドラ三枚を抱えた30符4翻の手を和了った。
そして、オーラス二本場。ドラは{8}。
配牌直後、静香の口元が上がった。にやっと笑ったように見える。
ここに来て、憧は、再び鳴けなくなった。
いや、静香が欲しい牌を捨ててくれなくなったのだ。
六巡目までの静香の捨て牌は、
{一九19一⑨}
憧の手牌はドラ含みのタンヤオ一直線。鳴いてさっさと手を進めたい。
しかし、これらは、憧には鳴ける牌ではない。
この局、静香の配牌は、
{一九19①③白白發發中中南}
九種九牌だが、これを流さずに、ここから手を進めた。
静香は、この手の配牌が来るのをジッと待っていたのだ。それで、敢えて親の憧に和了らせていた。
南三局三本場はともかく、オーラスでの憧の和了りは全員が均等に削られるだけ。
ならば優希と静香の点差は変わらないはず。
しかも、憧とは南三局二本場を終えた時点で、前後半戦トータルで120000点近い点差を付けていた。
ここから仮に、憧に数回親満をツモ和了りされても、それこそ全然余裕なのだ。
そして、七巡目。
ようやく静香が{⑤}を捨てた。
これを憧は、待ってましたとばかりに鳴いた。
「チー!」
この時、憧の手牌は、
{二二三四[五]②77788} チー{横⑤④⑥}
{②④⑥}の両嵌からの鳴きだ。
そして、当然、打{②}で聴牌。
捨て牌を憧は強打した。
これで憧は、この局も和了れると踏んだ。
しかも、最低でも11600点が約束された手だ。
自然と力が入って当然であろう。
ただ、この時、聴牌していたのは憧だけではなかった。
静香も聴牌していたのだ。
しかも、よりによって静香の手牌は、
{①③白白白發發發中中中南南}
もの凄い強運と言うか豪運で、殆どムダツモ無しで手を作り上げていた。まるで咲や小蒔のようだ。
言うまでも無い、門前の大三元で、{②}待ち。
今さっき、憧が捨てた牌で和了りだ!
まさかの役満振込み。
これを控室のモニターで見ていた阿知賀女子学院のメンバー達は、顔面から血の気が引いていた。
ただ一人、恭子を除いて。
おまけ
前回からの続きです
一.『私が増幅器…? ナニを増幅するの?』
次に気が付いた時、私はマンションのリビングでコタツに入ったまま横になっていた。今度は夢の中ではない。本当の目覚めだ。
異様に寒い。
窓の外は雪で一面真っ白だった。
私は、ふと自分の手を見た。
右手はある。
そして、恐る恐る右足を触った。
たしかに右足もある。
やはり、手足が吹き飛ばされたのは、夢の中だけの出来事だったのだと思ってホッとした。それにしても、あのリアルな感じは、いったい何だったのだろうか?
私の名前は塞(サエ)。
漢字で書くと、非常に珍しい名前だ。
少なくとも私は、この名前…と言うか文字を気に入っていない。
この文字を父が気に入っていたらしく、こんな名前をつけられた。
私は、どうしても、この名前が好きになれない。唯一、この名前に関してだけは、父を恨んでいる。
できれば改名したい。
普通の文字が良かった。
父は、よく私に、
『最後の砦と言われるような実力のある人間になりなさい!』
と言う。
『塞』が付く言葉、『要塞』に因んでそう言っているみたいだ。
私は、身長は154センチで細身だけど、一応胸はある。
塞「単行本では原作者がサービスしてくれて大きめに描かれていたけど(13巻p7)、実際は、あそこまで大きくないからさ。」
それから、腰のラインがちょっと自慢かも?
別に顔は大きく無い。八頭身とまでは行かないけど、七頭身くらいかな…。
容姿が酷く劣っているとは思っていないけど、ムチャクチャ優れているとも思っていない。彼氏いない暦と年齢が同じの、ちょっと地味な存在。
それでも、体力には少し自信がある。中学では陸上をやっていて、一応、一万メートル走で県大会出場を果たした実績がある。
もっとも、県大会で上位に食い込むだけの実力は無かったけど…。
頭の出来は今一つと言うか、まあ普通。
現在、高校三年生。十七歳。今度の2月で十八歳になる。
進学率五十%程度の中堅校に通っている。有名進学校には程遠い。
少なくとも超一流大学に合格する人なんていない高校だ。多分、そういった人達とは一生無縁だと思う。そんなレベルの人達は、私には宇宙人にしか見えない。
父からは、たとえ三流大学でも、大卒の肩書きが取れるなら行くべきだと言われている。この高校から入れる大学で構わない。就職の時に、高卒よりも大卒の方が有利だからと言うことらしい。
たしかに、高卒以上と書かれているところに大卒は含まれるけど、その逆は無い。
サラリーマンで、社会の実情を知っている父の言うことだ。多分、間違いは無いだろう。
冬休みが開けたら受験期に入る。気が重い。
父の名はシロミ、母の名はトシ。
母は、私のことを、たまに、
『塞ぐちゃん』
と呼んでいた。
でも、十年くらい前、私が小学校に入学した少し後に蒸発した。夫婦仲が悪かったわけではないけど、どうしていなくなったのかは分からない。捜索願を出したけど、結局見つからなかったみたいだ。
死んでしまったのか、それとも私と父を捨てて逃げたのか…。
良く分からない。
白望「今回、私の登場って、この名前だけ…。しかも一回きり。でもダルいからイイ…。」
巴「私と春なんか、もう殺されちゃってるし!」
春「うん…。」
テレビの横には、当時の家族写真が飾ってある。両親と私の三人で映っている写真だ。
その時から父一人、子一人の二人家族だ。よって、家事の殆どは私の仕事と思っている。
こんな環境にいたからだろう。結構、料理上手だ。
でも、カップラーメンの方が好きだ。
高校は、昨日から冬休みに入っていた。
この時期、この地方に雪が降るのは当たり前。結構積もっているみたいだ。
今日も昨日と同じように、リビングに置いたコタツに入って、一人でテレビをダラダラ見て過ごすのだろう。宿題は、何か出てたかな?
まあ、後回しでイイや。
受験勉強も気が乗らないし。
この時、私はそう思っていた。
ここはマンションの一室。角部屋でルーフバルコニーつきの4LDK。結構広い。
私は、ここに一人暮らし。父が秋の人事異動で単身赴任したためだ。
今の高校に通うために、私は、ここ残っている。マンションのセキュリティーが良いので、一人で残っても大丈夫だろうと思ったのだ。
父は寂しそうだったけど…。
彼氏がいれば、半分同棲状態になるかもしれない。でも、毎日一人でここにいる。もったいないシチュエーションだと自分でも思う。
リビング中央にはコタツを置いてある。昨日もコタツで寝てしまったようだ。
床暖房にエアコンでも良いけど、私はコタツが好きだ。
今、この空間の支配者は私だ。だから私の好き勝手やっている。コタツ派なんだから、当然リビングにはコタツだ!
コタツを発明した人は偉い。尊敬する。
『コタツ万歳!』
ふと窓の外に、妙に大きな白い物が見えた。まるで、空からルーフバルコニーに何かが落ちてきたようだった。
一応、視力は良い方だ。全然勉強してこなかったからかもしれないけど、いまだに2.0が両目共はっきり見える。
たまにモノクルをかけるけど、実は単なるダテメガネ。カッコイイ感じがしてかけているだけだ。友人達からは、ババ臭いからやめろと言われているけど…。
落下物は、金属光沢があるようにも見えた。絶対に雪の塊が落ちてきたのではないと感じていた。
私は急いでルーフバルコニーに出た。すると、私の目に映ったのは、直径1メートルくらいで灰白色の円盤だった。
その円盤には、体長30センチくらいで背中に羽の生えた妖精と言うか、人形のような姿をした何かが乗っていた。
よく見ると、さっきの夢の中に出てきた私の姿に似ている。これには驚いた。
塞「胡桃が妖精みたいな小人の役をやるって聞いていたけど、ウケル~!」
胡桃「うるさい、そこ!」
その羽の生えた何かは、小さくうずくまっていた。全然動く気配が無い。でも、呼吸はしている。生きているようだ。
私は、円盤ごと抱え上げてリビングに持ち運んだ。
円盤は妙に軽かった。硬いし、少なくとも金属で覆われていることだけは間違いないと思うけど、まるで紙で出来た工作を持ち上げているような感覚だった。
円盤の中にいた生物をコタツで寝かせた。
一応、顔だけはコタツの外に出してあげた。地球外生命体っぽいけど、人間と同じでコタツの中に全身入れてしまうのは良くないように感じたのだ。
改めて見ると、その生物は、さっきの夢の中で見た私と本当に瓜二つの顔をしていた。一応、胸もある(?)し、多分女性なのだろう。
夢と違っているのは、両手両足が健在なことくらいだ。
もしかしたら、私は予知夢を見ていたのだろうか?
これから、私が見た夢と同じことが、この生物の身に襲いかかるのだろうか?
コタツに入りながら、私は、そんなことを考えていた。
「んんー。」
その生物が目を開けた。
彼女は、まるで敵を警戒する猫科の動物のように俊敏な動きでコタツから出ると、身構えて私の方をジロジロ見た。
十秒くらい沈黙が流れた。でも、その間だけは妙に時間が経つのが長く感じた。
彼女は安堵の表情を見せて、
「やっと見つけた!」
と言うと、羽をはばたかせて宙に浮き、私の胸に飛び込んできた。
が…、途中で失速して私の膝の上に落ちた。
「お腹すいた…。」
その言葉が、今の彼女の全てを物語っていた。つまり、何のパワーも出ないと…。
私は、彼女を再びコタツに寝かせると、キッチンの戸棚からカップラーメンを二つ取り出した。当然、大盛だ。
今、すぐに出せる食べ物は、この箱買いしたカップラーメンだけだった。
片方は私の朝食で、もう片方は、この小さな生物の分だ。
お湯を沸かしてカップラーメンにお湯を注いでコタツの上に置いた。
ただ、よく考えると、その生物の体積よりもカップラーメンの容器の容積の方が大きいのではないだろうか?
条件反射的に二つ取り出していた。やっぱり、私って頭が悪いのかな…。
その匂いをかいで、その生物がコタツの上によじ登ってきた。
「いい匂い。これ、食べて良いの?」
「うん。でも、出来上がるまで三分間待って。」
何故か、彼女は普通に日本語を話していた。どこで覚えたのだろうか?
よくよく考えると不自然だけど、その時の私は、特に気にも留めていなかった。
彼女は、カップラーメンをじっと見詰めていた。そして、三分後、
「頂きます!」
と言うと、蓋を取って中身を手掴みで食べ始めた。
胡桃「なんか、行儀悪い役だな。本当の私は、もっと行儀が良いからね!」
もの凄い勢いで食べているところを見る限り、少なくとも猫舌ではないらしい。
ただ、手掴みしていて熱くはないのだろうか?
それ以前に、体のサイズから想定される胃袋の大きさは、かなり小さい。麺を五本も食べればお腹がパンパンになる気がする。
でも、ノンストップで彼女は、どんどん食べていった。
数分後には、麺どころかスープまで飲み干した。信じられないけど完食した。
絶対に体積の帳尻が合わないけど、そこは敢えて突っ込まなかった。
彼女は笑顔で、
「ご馳走様!」
と言うと、私の前に正座した。
「私の名前は、クルミ。カクラ星から来たの。」
「カクラ?」
「ええ。ここからだと、丁度銀河系の真ん中を挟んで反対側の星。ここから六万光年くらい離れた星よ。で、あなたの名前を教えて欲しいんだけど…。」
「塞…。」
私は、小さな声で答えた。余り他人には言いたくない名前だ。別に、文字を書かなければ問題無いんだけど、なんか卑屈になる。
でも、宇宙人のクルミには、特段変な名前に感じなかったようだ。文字で書かなかったからかな?
「ねえ、塞。あなたに、お願いがあるの。今、私達の星は、キヨスミ星からの攻撃を受けていて…それで、あなたの力を貸して欲しいの。」
予想を超えた言葉だった。
SFの世界だ。宇宙だ。
ままで想像もしたことがない展開だ。
私は訳が分からず顔が硬直していた。
「意味が全然見えないんだけど…。」
「んーとね、分かりやすく言うと、あなたには私の増幅器になって欲しいの。」
「増幅器?」
さらに意味不明だった。少なくとも、分かりやすいとは思えない。
そもそも、私が増幅器って何?
何を増幅するの?
彼女が、私の指を両手で強く握ると、静かに目を閉じた。
ただ、さっきまで彼女は、手掴みでカップラーメンを食べていた。当然、ラーメンの汁で彼女の手はギトギトだった。
私の頭の中に、空からたくさんの巨大なミサイルが降ってくるシーンが浮かんできた。ミサイル一つが高層ビル一つくらいの大きさだった。
建物は次々と破壊され、一気に一面が焼け野原になった。
逃げ惑うカクラ星人達…。
どうやら、クルミの意識が流れ込んできたらしい。
シーンが変わって、さっき見た夢と同じような光景が映し出された。
彼女の声が私の頭の中に響いてきた。
「キヨスミ星は、私達の惑星系の資源を狙って侵攻してきたの。キヨスミ星の狙いは、私達の惑星系に豊富にある特殊な超原子。ワープ機能向上のために目をつけたみたいなの。私達は自分達の惑星系を守ろうと必死で戦うことにしたけど…。」
カクラ星は、クルミ達の住む小人の星だ。そして、彼女達は『ミヤモリ・エナジー』と呼ばれる特殊な力を持っていた。一種の超能力か、魔法のようなものらしい。
でも、SFアニメや映画で見るほど強力なものではなく、衝撃波や電撃、光線が打てるわけではない。地球で一般に超能力者と言われる人のスプーン曲げ程度の能力とSFアニメの超能力者の能力の中間で、どちらかと言うと前者よりの力のようだ。異世界転生者のほうが、もっとパワーが強烈な気がする。
戦闘に使うためには、少なくとも数十倍に増幅する必要があるらしい。
今朝、私が見ていた夢は、クルミがミヤモリ・エナジーを駆使して無差別に送っていたテレパシーだった。
あの事件は、既に一ヶ月ほど前にクルミの身に起こっていたようだ。別に私の予知夢ではなかったらしい。
彼女のテレパシーの受信信号みたいなものが、私から出ていたようだ。それを円盤の中に装備された特殊な探知機で捕らえて、ここまで来たそうだ。
そのテレパシーを効率良く受信できた相手こそ、クルミ達の種族と同調率が高く、ミヤモリ・エナジーの増幅器に適していると言うことだった。
つまり、はっきりとテレパシーを受信して、明確に夢を見させられた私は、まさに増幅器にうってつけの存在なのだ。
同調率は99%。計算上、最大で数千倍の増幅が見込めるとのことだ。
このことは、彼女達のエナジーを、かなりの攻撃力に変換できることを意味する。彼女達には、かなり貴重な存在らしい。
頼られるのは嬉しい。貴重と思われるのも嬉しい。でも、何か求められ方が、自分の理想とする方向と違う気がする。
そう言えば、私が見せられた夢の中では、クルミは右腕右足を失っていた。でも、今の彼女は、両手両足共に健在である。
どうやら、同時期にキヨスミ星に侵入していた仲間に助けられて、何とかカクラ星に生還した後、生体再生技術を駆使して失った手足を復活させたらしい。
あれだけ軽い円盤を造り、何万光年も宇宙を旅してここまで来る技術と言い、生体再生技術と言い、少なくとも彼女の星が、地球よりも数段発達した科学力を持っていることだけは間違いないようだ。
それから、言葉で話さなくても、相手に触れて意識を流し込むことで状況を正確に伝えられるのは結構便利だ。言葉で話しても上手く相手に伝わらないことは良くあるけど、これなら絶対に間違い無く伝わる。
ここまで伝えたところで、クルミは私の指から手を離し、急にそわそわし始めた。
「ちょっとトイレ貸して。それと、シャワーも良いかな…」
「良いけど、使い方は分かる?」
「ええと、多分…。」
クルミは、再び私の指を両手で強く握ると、十秒ほど目を閉じた。そして、
「ちょっと悪いと思ったけど、言葉で聞くより早いと思って、あなたの意識から使い方を読ませてもらったわ。これで使い方はバッチリ。じゃあ、ちょっと待っててね。」
と言うと、リビングを飛び出した。
そして、超能力でトイレのドアを開くと、文字通り中に飛び込んでいった。
私は台所で手を洗った。いくら私でも、汁でギトギトになった手で触られて放ったらかしにしておけるほどズボラではなかった。