咲-Saki- 阿知賀編入   作:いうえおかきく

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百七本場:背中が煤けてる

 準決勝第一試合次鋒前半戦

 南二局二本場、鳴海の親。

 今までと違って、鳴海は中々鳴けないでいた。

 まあ、そう言う局も無いわけではない。

 

 鳴海は、チーすることもあるが、基本戦略としては槓してドラを乗せる。そのため、狙う鳴きはチーではなくポンか大明槓である。

 ところが、たまたまだろうが、ポンさえできずに、この局は流れて行った。そのため、運を乱すことができず、ネリーは順調に手を伸ばし、

「エルティ! ツモ! メンチン一通ツモドラ2! 6200、12200!」

 三倍満を和了った。

 

 

 南三局、桃香の親番。

 ここでも、ネリーの強大な運が場を支配しているためか、誰も鳴きを入れることすら叶わない。

 そうこうしているうちに、

「オリ! ツモ! メンチンツモ平和ドラ3! 6000、12000!」

 ネリーが二度目の三倍満を和了った。

 

 

 オーラス、ゆいの親。

 この最終局でも、

「サミ! ツモ! メンホンツモダブ南三暗刻ドラ3! 6000、12000!」

 狙い通りネリーは三倍満のツモ和了りを決めた。

 

 これで次鋒前半戦は、

 1位:鳴海 158100

 2位:ネリー 108500

 3位:ゆい 72700

 4位:桃香 60700

 ネリーは、逆転こそできなかったが、原点復帰を果たし、後半戦での逆転狙いに向けて状態を立て直したと言える。

 

 

 ここで、一旦休憩に入った。

 

 

 ゆいが控室に戻った。

 別に、阿知賀女子学院控室の空気が、どんよりとしているわけではなかったが、現在、トータル点数は、

 1位:臨海女子高校 487000

 2位:綺亜羅高校 382000

 3位:阿知賀女子学院 222000

 4位:朝酌女子高校 109000

 優勝候補筆頭の阿知賀女子学院が、トータルで3位である。しかも、臨海女子高校にダブルスコアの差をつけられている。

 非常に厳しい状況だ。

 

 しかし、先鋒次鋒を戦った当事者の一人である憧は、

『最高状態の片岡さんが相手だったからしょうがないし!』

 そして、もう一人の当事者であるゆいも、

『ネリーさんと、そのネリーさんよりも凄い人が相手だったんだから仕方が無いし!』

 と、まあ、二人して負けたことを何とも思っていなかった。

 魔物二人を擁する阿知賀女子学院が、ここから確実に勝ち星を二つ上げて決勝進出は果たせると決め付けていたからだ。

 晴絵も恭子も、憧の考え方自体は否定できないが………、ただ、チャレンジャー精神を失った今の常態は不安でしかなかった。

 

 特に晴絵は、阿知賀のレジェンドと呼ばれてイイ気になっていた過去の自分があるからこそ、余計に憧達のことが心配でならなかったようだ。

 

 

 一方、ネリーは控室には戻らず、自販機の近くにいた。

「(おカネは使いたくないけど…。)」

 そして、珍しくネリーは自販機でコーヒーを買った。

 

 今のネリーは、運を与えた相手の手が高くなる前にネリーが差し込んで被害を最小限に留め、自分に運が向いた時に大きく稼ぐ戦法を取っている。

 ただ、それを逆手に取られている。

 

 恐らく、一回戦も二回戦も、鳴海は敢えて自分の本来の打ち方を封印し、ネリーの戦い方を観察してきたのだろう。

 別に、それで鳴海自身が負けても、他のメンバーが勝てば綺亜羅高校としては問題ない。

 その証拠に、臨海女子高校は二回戦まで綺亜羅高校に勝ち星を四つ取られ、ネリーが取った勝ち星だけで準決勝進出を果たしたに過ぎない。

 

 今回は優希が勝ち星を上げたが、これは最高状態に限っての話である。通常状態では静香に勝つことはできない。

 ここで自分が鳴海に負けたら、臨海女子高校は、実質、綺亜羅高校に完全全敗と言えるだろう。

 それだけは避けたい。

 

 ネリーは、

「(もし、綺亜羅のヤツがネリーの上家ならイイけど、また下家だったら差し込みはアイツの餌食になる。席順が大事だね)」

 自分の敗因を分析しながら、後半戦の戦い方を色々考え始めた。

 

 

 しばらくして、次鋒の四人が対局室に戻ってきた。そして、場決めの牌を引き、起家がゆい、南家が桃香、西家がネリー、北家が鳴海に決まった。

 ネリーは、

「(またこいつが下家か。やっぱり差し込みはできない。でも、一つだけ試したいことがある。それがダメならパワーで勝負だよ!)」

 そう心の中で呟きながら闘志を燃やしていた。

 

 

 東一局、ゆいの親。

 当然、ここでもネリーの運の操作は行われている。

 配牌と序盤のツモの悪さから、ゆいは自分に運が向いていないことを悟っていた。

 しかも、いきなり、

「リーチ!」

 五巡目でネリーがリーチをかけてきた。

 しかも、リーチ宣言牌は鳴海の現物の字牌。鳴海に一発を消されないように、ネリーなりに考えていた。

 

 そして、次巡、

「メンタンピン一発ツモ三色ドラ5。6000、12000!」

 ネリーは三倍満をツモ和了りした。

 

 

 東二局、桃香の親。ドラは{9}。

 ここでネリーは、敢えて運を鳴海に与えた。試したいことを実行するためだ。

 六巡目、鳴海は、

「ポン!」

 ネリーから{西}を鳴いた。自風だ。

 そして、その次にネリーが捨てた{1}も、

「ポン!」

 鳴海は躊躇無く鳴いた。しかも、これで聴牌だが、手牌は、

 {一二三四⑥⑦⑧}  ポン{横111}  ポン{横西西西}

 単なる{西}のみの手。

 

 その次のツモ番で、ネリーは、敢えて{一}を切った。鳴海に差し込んだのだ。つまり、ネリーが試したかったこととは鳴海への差し込み。これで和了ってくれれば安いものだ。

 しかし、鳴海は、それを見逃した。

 次のツモ番は鳴海。そこで鳴海は{1}を引き当て、

「カン!」

 加槓した。

 この{1}が来るのを予め予想していたのだろうか?

 

 嶺上牌は{①}。鳴海は、これを手に取り込むと{一}を切った。まるで合わせ打ちすることでネリーを挑発しているかのようにも見える。

 しかも、槓ドラ表示牌は、当然のように{9}。これで西ドラ4の満貫が確定した。

 

 次巡、ネリーは敢えて{①}を切った。鳴海への満貫差し込みだ。

 しかし、鳴海は、これも無視して牌をツモった。しかし、ここでは槓も無ければ和了りもない。

 鳴海は、そのままツモ切りした。

 捨て牌は{四}だった。もし、前巡でネリーに合わせ打ちしなければ、ここで和了っていたと言うことか?

 この時、鳴海は平然とした顔をしていた。本当に感情が表に出てこない。

 非常に判り難い相手だ。

 

 そのさらに次巡。

 ここで鳴海は{西}を引き、

「カン!」

 加槓した。

 新たにめくられたドラ表示牌は{南}。つまり、これで鳴海の西ドラ8が確定した。

 鳴海は、嶺上牌をツモ切りすると、辛気臭いオーラを身に纏いながら、

「アナタ、背中が煤けてるわね。」

 とネリーに言った。

 真意は分からないが、ネリーの感情を揺さぶるには十分な台詞だった。

 当然、

「(クソッ! ネリーをバカにして! 次の局で思い知らせてやる!)」

 ネリーは、そう心の中で叫びながら鳴海を睨み付けた。

 ただ、鳴海はネリーの視線をものともせず、その次のツモ巡で、

「ツモ。西ドラ8。4000、8000。」

 倍満をツモ和了りした。

 

 当然、ネリーは、鳴海の台詞も和了りも気に入らなかったし、故にドンドン感情的になっていた。

 ただ、それが鳴海の狙いでもあった。

 感情的になれば、能力が暴走する。そして、一瞬は能力によって良い結果が得られるかも知れない。

 しかし、何かがあって崩れ出すと、今度は悪い方に転げ落ちてゆく。それを知っていたからだ。

 

 

 東三局、ネリーの親。

 ネリーは、この局にも自分に運が回ってくるように設定していた。

 配牌もツモも、共に萬子に偏っている。

 まるで、

『門前清一色を和了ってください!』

 と牌に言われているようにしか見えない。

 

 この局、ネリーは順調に手を伸ばし、たった五巡目で、

「リーチ!」

 捨て牌を横に曲げた。

 そして、次巡、

「リーチ一発ツモメンチン三暗刻ドラ1。12000オール!」

 親の三倍満をツモ和了りした。

 

 これで後半戦の順位と点数は、

 1位:ネリー 156000

 2位:鳴海 98000

 3位:桃香 74000

 4位:ゆい 72000

 

 そして、現段階での前後半戦トータルは、

 1位:ネリー 264500

 2位:鳴海 256100

 3位:ゆい 144700

 4位:桃香 134700

 これでネリーが鳴海を逆転した。たった三局での豪快な逆転劇である。

 

 ただ、この時のネリーは、妙に顔色が優れなかった。運の操作………つまり能力を派手に使ったためか、体力が一気に消耗したのだろう。

 ネリーは、一瞬、まるで急激に血の気が引くような感覚に襲われた。しかし、ネリーは、それに耐えると、鳴海の方を見ながら不敵な笑みを浮かべた。

 そして、

「(これで逆転だよ。この準決勝でも、絶対にネリーが勝つ!)」

 心の中で、そう豪語していた。

 

 東三局一本場、ネリーの連荘。

 ここではネリーから運は離れていた。

 配牌とツモが噛み合い、早々に聴牌できたのは、ゆいだった。

 ゆいは、

「リーチ!」

 聴牌即でリーチをかけた。

 

 次巡、ゆいは一発で和了り牌を引くことは出来なかった。

 そして、そのさらに次巡、ネリーはゆいの和了り牌を掴んできたが、

「(これを阿知賀に差し込んだら、折角逆転できたのがムダになってしまう。それに、綺亜羅のヤツにアタマハネされてもイヤだしね。)」

 ネリーは、差し込みを控え、安牌を切り落とした。

 鳴海は字牌で振り込み回避。

 そして、その次のツモ番で、

「ツモ!」

 ゆいが和了りを決めた。

「メンタンピンツモドラ2。3000、6000です。」

 表ドラ1枚に裏ドラが一枚乗ってハネ満ツモの手。

 前後半戦トータルでは、ネリーと鳴海に圧倒的に負けているが、一先ず、ゆいは後半戦のヤキトリを回避できた。

 

 

 東四局、鳴海の親。ドラは{北}。

 ネリーは東三局で自分に強大な運を回し、親の三倍満をツモ和了りした。恐らく、その時の代償だろう。運を回したくない鳴海に運が回ることになった。

 勿論、それはネリーも十分承知している。

 

「チー!」

 鳴海がネリーの捨てた{二}を鳴いて{横二三四}を副露した。

 この段階で鳴海の手牌は、

 {⑥⑦⑧⑧⑧⑧2224}  チー{横二三四}

 {34}の待ちで聴牌していた。と言ってもタンヤオのみの安手。

 

 次巡、ネリーは敢えて{3}を捨てたが、鳴海は、これを見逃し。

 そして、数巡後、鳴海は{⑤}を引いて、

「カン!」

 {⑧}を暗槓した。

 ツモってきたのは{④}。そこから打{4}で{④⑦}待ち。

 

 さらに次巡、鳴海は{2}を引き、

「もう一つ、カン!」

 今度は{2}を暗槓した。

 嶺上牌は{[⑤]}だったが、これを手牌の{⑤}とは入れ替えずに、鳴海は、それをそのままツモ切りした。

 

「チー!」

 この{[⑤]}をゆいが鳴いた。赤牌だったからであろう。

 {④⑥⑥}と持っていたところからの鳴き。

 そこから、打{⑥}。

 

 そして次巡、鳴海は、

「ツモ。」

 自力で和了り牌を引き寄せた。

「タンヤオドラ8。8000オール。」

 これで再び鳴海が前後半戦トータルで逆転した。

 

 東四局一本場、鳴海の連荘。ドラは{3}。

 ここでも鳴海は、

「カン!」

 自らが得意とする鳴き麻雀を展開した。まずは、桃香から{白}の大明槓。当然の如く、槓ドラは{白}モロのり。

 

 そして、次巡、

「カン!」

 今度は、鳴海は暗槓した。しかも、よりによって{⑤}の暗槓だ。赤牌二枚を含む。

 勿論、ここでも新ドラは{⑤}。つまり、鳴海が副露している牌だけで役牌に加えてドラが十枚あると言うことだ。

 言い換えれば、三倍満確定。

 嶺上牌では和了れなかったが、その二巡後、

「ツモ。」

 鳴海は和了り牌を自力でツモってきた。

「白ドラ10。12100オール。」

 これで、彼女は、一気にネリーを大きく突き放した。

 

 東四局二本場。

 鳴海の強運は、まだ続いた。

 ここでも鳴海は、

「カン!」

 鳴いてドラを乗せ、

「カン!」

 再び鳴いては、さらにドラを乗せ、

「ツモ。ダブ東ドラ8。8200オール。」

 またもや親倍をツモ和了りした。

 

 これで後半戦の順位と点数は、

 1位:鳴海 179800

 2位:ネリー 121600

 3位:ゆい 56000

 4位:桃香 42600

 

 そして、現段階での前後半戦トータルは、

 1位:鳴海 337900

 2位:ネリー 230100

 3位:ゆい 128700

 4位:桃香 103300

 連続高打点和了りで、鳴海がネリーに100000点以上の差をつけた。もはや、ネリーには絶望的な点差でしかないと言えよう。

 ゆいと桃香に至っては、既に論外と言える。

 凄まじい鳴海の底力である。




おまけ
前回の続きです


四.『二人同時に私の中に…』

ノドカの宇宙船団の消息が途絶えた。
キヨスミ星では、船団との交信で、
『強力なミヤモリ・エナジーを放つ何者かによって全滅させられた』
ことだけは把握していた。
しかし、それ以外は何も分からない状態だった。

この時、マコはヒサの居室にいた。彼女は、妹ノドカの消息が分からない現状を冷静に受け止め、特に取り乱すことなく平静を保っていた。


和「まあ、妹役であって、本当の妹ではありませんからね。」

まこ「いや、私だって知人が死んだら普通にショックを受けるけど。」


「ヒサ様。恐らく、カクラ星人の仕業でしょう。念のため、あの領域を再調査されてはいかがでしょうか?」
「その必要は無いわ。もしカクラの者達の仕業なら、その強力なミヤモリ・エナジーを持つ何かは、必ず我々の領域に侵入してくるはずでしょ? 下手に戦力を分散させるよりも、それを待っている方が利口じゃない?」
丁度この時、居室の扉が開き、黒のボンデージファッションを身に着けた一人の女性司令官が入ってきた。
ただ、派手な格好の割には、妙にオドオドしている。しかも、被捕食者的なオーラが出ている。まるで小動物のような雰囲気だ。
胸は………正直、無に等しい。

容姿と着ている物の釣り合いが、今一つ取れていないようにも思える。しかし、そのアンバランスなところが意外と可愛らしい要素なのかもしれない。
「ヒサ様。」
「どうした、マホ?」


マホ「この格好、恥ずかしいですぅ。」

まこ「たしかに似合っとらんな。」


「強力なミヤモリ・エナジーを放つ者がヒメマツ星圏内に侵入した模様です。」
「やはりね。それで、その後の様子は?」
「進入後、急にミヤモリ・エナジー強度が下がり、レーダーでは、捉え切れなくなった模様です。放出量を弱めたのでしょう。」
「大体、予想通りね。じゃあ、第一、第二部隊をヒメマツ星に向かわせて、第三部隊の援護に当たらせて頂戴。それから、ユウキの第五部隊は引き続きカクラ星への侵攻を。あとは制圧完了した星の継続支配に必要な最低限の軍隊だけを残して、それ以外は全軍キヨスミ星に帰還するよう指示を出して。」
「分かりました!」
マホは敬礼すると足早に居室を出ていった。


この時、トヨネは、ヒメマツ星の位置する惑星系に侵入し、合体を解いて第七番惑星の衛星に着陸していた。長距離ワープの後なので一旦休憩だ。
クルミと私は既にフェードインを解いていた。

いきなりだが、私は顔を真っ赤に染めてトイレから出た。
「何よ、これ?」
「別に恥ずかしがらなくても良いじゃない!」
「だって、くすぐったいし…。」
トイレは、地球で使っていたものと仕様が違っていた。
私が用を足そうとして便座のようなものに座ったところまでは良かったけど、掃除機のノズルのようなものが伸びてきて股間に張り付いて吸引してきた。
たしかに、これなら周りに零れ落ちることは無いけど、妙な感じだ。
気持ち良いけど、正直、Hっぽい。
「それくらい、すぐに慣れるわよ。それより、お腹すいたでしょ。これを食べて。」
クルミが私に直径5ミリくらいの小さな粒を渡してきた。
手に取ると、見た目の割に妙に重かった。ズッシリとくる。
彼女が同じものを口に入れた。
その様を見て、私は何の疑いも無く、それを口に入れて飲み込んだ。すると、突然、お腹が苦しくなった。
食べ放題の店に行って、容量限界まで押し込んだ時と同じ感覚だ。
「な…何なのよ、これ?」
「宇宙食よ。そうね、これ一粒で、あなたにご馳走になったカップラーメン三個分くらいになるかしら。」
それは、さすがに食べ過ぎだ。
あれは大盛のカップラーメンだ。麺は五十%増し。それを三個と言うことは、通常のカップで四つ半になる。
お腹を触ると、たしかに胃の部分がポッコリ盛り上がっている。
私は、その場に横になった。

たしかに、これくらい小さければ携帯しやすい。極めて優れた宇宙食だ。この科学力には敬服する。
ただ、先に言って欲しかった。私の胃は、そこまで大きくない。
苦しい。
お腹がパンパンで張り裂けそうだ。
次からは、その粒を半分に割って食べることにしよう。
いや、三分の一くらいで十分かな。
一方のクルミは、その宇宙食をもう一粒口に放り込んでいた。
何と言う食欲だろう。今朝も、きっとカップラーメン一個では足りなかったかもしれない。大盛だけど…。
その物理量が何処に消えるのか不思議だった。まさに彼女の胃は、何でも吸い込むブラックホールのようだ。


どれくらい寝ていただろう。ようやく身体が楽になってきた。
一応、携帯と充電器を持ってきていた。
宇宙にいるので通話はできないけど、時計代わりにはなる。
それに、何故かトヨネの操縦席で充電できる。クルミが地球の規格に合わせてコンセントを作ってくれた。器用な人(?)だ。
携帯を開いた。既に地球を飛び立ってから丸一日が過ぎていた。

クルミに言われて、私は浴室に入った。
朝シャンは、毛が抜けるとか良くないとか言われるけど、昨日はお風呂に入っていない。このままでは気持ちが悪い。
シャワーを浴びれば気持ちよくなる。そう思って、私は浴室のドアを開けた。
でも、浴室と言っても地球にあるお風呂とは違って、私一人が立って入れるくらいの非常に狭いスペースで、しかもシャワーらしきものは無い。まるで立ったまま入る棺おけだ。
同じなのは、裸で入ることくらい。
私は、その中に入ってドアを閉めた。
頭の天辺から足の先まで、レーザー光線のようなものが順に照射された。続いて、強力な風が頭から吹き付けられた。この風量と丁度バランスが取れるように、両脇の壁の足元辺りにある排気口に空気が流れて行く。
風が止むと、『ピー』と言う電子音が鳴り響いた。これで終わりらしい。
レーザー光線のようなもので垢や汚れを分解して、続いて吹き付ける風で、それらを一気に吹き飛ばすようだ。
しかも、角栓とか角栓様物質も全部取り除いてくれるとのことだ。
パックも不要だし、頭皮にも優しい。これは嬉しい。
少なくとも、地球のお風呂よりは数段清潔なのだろう。
でも、身体が温まる感じは全然無いし、まるっきりお風呂に入った満足感が得られない。疲れが取れた感じもしない。

私は浴室(?)から出ると、急いで例のハイレグ水着みたいな戦闘服を身につけた。
別に、このハイレグが私に似合うとは思っていないけど、状況に応じて宇宙服にも変化する便利グッズだ。
宇宙にいる間は、不測の事態に備えて、これを着ている方が安全とクルミに言われ、私は、その言葉を素直に受け止めていた。

クルミが私の身体にフェードインして、私は例のカワイイ系美女に変身した。
フェードインされると、顔はカワイイだけでなく賢そうにも見える。実際に頭の回転は速くなっている。
しかも、このはちきれんばかりの胸。
私の友人達からは、きっと、かなり敵扱いをされるだろう。
私だって、こんな女性が生活圏内にいたら絶対に敬遠する。友達になんかなりたくない。比較対照にされるのがオチだ。
でも、それが自分だったら話は別だ。間違いなく勝ち組の人生になれる。
私は操縦席に座ると、身体の主導権をクルミに渡した。

彼女から放出されるミヤモリ・エナジーが、私の身体を通じて大幅に増幅され、トヨネとトキに流れ込んでゆく。
二体のロボットは衛星を飛び立つと合体した。そして、一気にヒメマツ星に向けて小ワープに入った。


その頃、ヒメマツ星に建設されたキヨスミ星の軍事基地の一室で、一人の女性が酒を飲んでいた。
彼女の名は、カナ。キヨスミ星でハツミを捕まえたヤツだ。
この基地では、各軍人に個別の部屋が与えられていた。
「数時間前に、強力なミヤモリ・エナジーが惑星系に進入したのをキャッチしたらしいし! 多分、ハツミの仲間だし!」
その部屋の出窓にはハツミが座っていた。
カナは、ハツミを連れ去ったことを後悔していた。
捕虜は、生かしておくことに価値がある。それなのに、まさかヒサがマコに命じてハツミを即座に殺そうとするとは夢にも思わなかったのだ。
しかも、人質を取るなど、やり方がセコイと罵られた。
それでカナは、表向き自らの手でハツミを殺して食べてしまったことにした。鳥の骨と肉でカクラ星人っぽくダミーを作り、それを丸揚げにして、みんなの前で食べて見せたのだ。
これなら周りに対して残虐性をアピールして面目を保てる。彼女にセコイと言った奴らへの言い訳みたいなものだ。
同時にハツミの存在を隠すこともできる。一石二鳥だ。
それ以来、彼女はキヨスミ星でも宇宙船の中でも、ハツミを他人の目に触れさせないようにしていた。

ハツミも、ミヤモリ・エナジーの放出をギリギリ限界まで抑えるよにしていた。キヨスミ星側にキャッチされないようにするためだ。

ここでも、カナは自分の部屋からハツミを出させなかった。見つかったら間違いなくハツミは殺されるし、自分の面子にもかかわる。
「ハツミには、悪いことをしたし! カナちゃんは、軍を辞めてウィシュアート星に戻りたかったし! ハツミを捕虜として差し出すことで、カナちゃんは自分の希望を叶えてもらおうと思っただけだし! あの時は、三人の妹達に会いたい一心だったけど、今では浅はかなことをしたと思ってるし!」
「あなたは、キヨスミ星人ではないのですかー?」
「ウィシュアート星人だし! カナちゃんのいた国が、最初にキヨスミ星に占領されたんだし! それでカナちゃんは、妹達だけでも無事でいて欲しくて、占領される直前に娘達を外国に逃がしたし!」
カナは、妹達の写真を手にして、じっと見詰めていた。

ハツミが出窓からカナの肩の上に飛び移り、その写真を覗き込んだ。
「かわいい妹さん達ですね。」
「自慢の妹達だし! カナちゃんは、生き延びるためにキヨスミ星に従って、奴らの手先になったけど、全ては生きて妹達に再会するためだったし! でも、ウィシュアート星は、殆ど制圧された状況で、妹達が生きている保証は無いし!」
「でも、死んでいると決まったわけではありませんよー。」
「だと良いし!」

突然、基地にサイレンが鳴り響いた。トヨネの接近をレーダーが捉えたのだ。
カナが銃を手に取った。
「ハツミの仲間が助けに来たみたいだし! カナちゃんとの同居生活も、これで終わりだし! ここからは、元の敵同士に戻るけど………命運を祈ってるし!」
カナが珍しくドアを開けっ放しにして出て行った。いかにもハツミに逃げろと言わんばかりであった。

ハツミの頭の中にクルミの声が聞こえてきた。
それは、出窓の方角から近づいてくるように感じた。
彼女は出窓に飛び移ると、空を見上げた。
遠くの方に、光る何かが見えた。
「クルミ。私は、ここですよー。」
彼女が目を閉じて念じた。
しかし、ミヤモリ・エナジーの放出を余り強くする訳には行かなかった。もしキヨスミ星軍のレーダーにキャッチされて自分が生きていることがバレたらカナの立場が無くなる。
彼女は、非常に微弱なテレパシーをクルミに向けて送るしかなかった。


この時、私とクルミは大気圏に突入したところだった。
高速で突き進むトヨネの機体は、空気摩擦で激しく光り輝いていた。機体表面は、とんでもない高温にまで達していることだろう。
でも、操縦室内の温度は快適そのものだった。外部温度とは全く無縁の空間だ。

トヨネを目掛けて無数のミサイルが発射された。でも、トヨネは、そんなものをお構い無しに、もの凄いスピードで突っ込んで行く。
そして、ギリギリまで接近すると、ミサイルに向けてトヨネは掌から電撃を撃ち放った。


豊音「お友達が来たよぉ!」←特に意味はありません

白望「ミサイルは友達じゃないと思う…。」


ミサイルは、次々と撃破されていった。
それから数分後、私達は敵基地から十数キロの圏内まで接近していた。
再び、トヨネに向けて無数のミサイルが発射された。
戦闘機もたくさん近づいてきて、ミサイルをかいくぐりながら、これでもかと言わんばかりにレーザー砲を派手に撃ち放ってきた。

遠くの方には宇宙戦艦十数隻が接近してくるのが見える。そして、トヨネに向けて激しく主砲を撃ち込んできた。
まさに敵の一斉攻撃だ。
これだけの数の戦闘機を、私は生まれて初めて見た。
戦艦もそうだ。私達が来ることを予想して、あらかじめ備えていた感じだ。
トヨネは猛スピードで敵の攻撃を避けながら、掌から放つ電撃でミサイルと戦闘機を次々に撃墜していった。

さらに、トヨネは両手からレーザーソードを伸ばして宇宙戦艦に突っ込んで行き、その剣を戦艦の機体に突き刺した。
突き刺されたところから炎が吹き上がり、その戦艦が爆発を起こした。

この時だった。私の頭の中に初めて聞く女性の声が響き渡った。
『クルミ。私は、ここですよー。』
ハツミのテレパシーを受信したのだ。
その発信源に向かって、トヨネは一直線に突き進んだ。

トヨネが敵基地の真上で停止した。そこは、ハツミがいる部屋の真上だった。
たくさんの戦闘機が、レーザー砲を次々と打ち込んでくる。宇宙戦艦も派手に主砲を打ち込んでくる。
『どこから湧いてきたんだ?』
そう思わずには、いられない数だ。
この攻撃を受けて、トヨネの機体が激しく揺れた。
でも、トヨネの機体には、かすり傷一つつかなかった。クルミがミヤモリ・エナジーを大量放出して機体をコートするようにバリヤーを張り巡らせていたのだ。まるで、皮一枚増えたみたいだ。

ハツミがトヨネの操縦室から100メートル圏内に入った。トヨネの内臓機能でハツミを瞬間移動させられる距離になった。
『今だ!』
眩いばかりにハツミの身体が強く光り輝いた。
そして、その直後、彼女はトヨネの操縦室に送り込まれた。私が初めてトヨネに乗り込んだ時と同じように空間を越えて移動してきたのだ。

トヨネが一気に空高く上昇した。
「ハツミ、お帰り。」
「ただいま戻りましたですよー。」
「無事でよかった。」
「それは、お互い様ですねー。一先ず、再会の挨拶は、後にするですー。」
「そうね。」
私は、クルミの気持ちが手に取るように分かった。本当に嬉しくて涙が零れ落ちそうだ。
でも、その喜びを押し殺すようにして、再びトヨネを敵基地に突っ込ませようとした。

クルミが何かを察知した。
これに呼応するかのようにトヨネの動きが止まった。
敵基地が崩れ落ち、その下から巨大な宇宙戦艦が姿を現した。それは、一種の移動要塞とも言うべき代物だった。
巨大戦艦が、ゆっくり上昇し始めた。
全長は3キロにも達し、主砲の内径は100メートルにも及んでいた。
その主砲には、どれくらいの破壊力があるのだろう?
私は、息を飲み込んだ。

巨大戦艦の操縦席中央の席には、女性司令官タカコが座っていた。
タカコがペットボトルのようなものに入った液体を一気に飲み干した。すると、彼女の身体から、とてつもない量のオーラが湧き上がった。
「これこそフクジ・エナジーとユリ・エナジーが融合した力。覚悟しろ、カクラの奴らめ。カゼコシ砲、発射用意!」
太いコードで繋がれたヘルメットのようなものが天井から降りてきた。タカコは、それを装着すると、振り絞るように身体中に力を入れた。


久保貴子「一応、司令官役か。」

華菜「カナちゃんより偉い役だし!」


私は、何か嫌な予感がした。
それは、クルミも同じだったようだ。
「ハツミ。お願い!」
「分かってますよー。」
ハツミの身体が光の玉へと変化した。そして、私の胸元からフェードインした。

今、クルミとハツミが二人同時に私の中に入っている。
凄いエナジーだ。私の身体が急に熱くなった。
クルミが単独でフェードインした時とは違う変化が起きていることは分かった。でも、それが何なのかを考えている余裕は無かった。
私の身体の支配権がクルミから私に移った。
「塞、お願い!」
「ちょっと、私がやるの?」
「ダブルフェードインした時は、私とハツミの意思のバランスが大事なの。どちらかが無理に表に出ようとすれば、バランスが崩れてパワーが半減するわ。お願い。あなたの手で、あの敵を倒して!」
そう言われても、私には何をやって良いのか分からなかった。
ただ、とてつもない不安だけが圧し掛かってきた。

思い起こせば、私の脳波をトヨネに登録したのは、このためだったのだ。最初から私が戦うことが想定されていたのだ。
何だか、ハメられた気分だ。

巨大戦艦の主砲から、強烈な光の束が撃ち放たれた。
それは、うねりを上げて一直線にトヨネを目掛けて突き進んできた。これがカゼコシ砲だ。
私は、恐怖で身がすくんだ。そして、不覚にも避け損ない、トヨネはカゼコシ砲の直撃を受けた。

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