準決勝第一試合次鋒後半戦。
東四局三本場、鳴海の連荘。ドラは{8}。
ここで先行したのは、
「ポン!」
桃香だった。ネリーが捨てた{②}を鳴いて打{3}。
いや、正しくは、ネリーが桃香を使って鳴海の連荘を止めに行ったのだ。
ところが、この桃香の捨て牌を、
「ポン!」
鳴海が鳴いてきた。桃香に先行されただけで、鳴海の運は、まだ落ちたわけではない。和了りに向けて動けている。
ならば、もう一つ、ネリーは敢えて桃香が欲しいであろう牌、{2}を切った。まだ、鳴海からは聴牌気配を感じない。これならまだ振り込むことは無いはずだ。
すると、これを。
「ポン!」
狙い通り桃香が鳴いた。打{7}。
そして、その次巡で桃香は、
「ツモ!」
自力で和了り牌を引き当てた。しかも高目の{二}。
開かれた手牌は、
{二二⑤[⑤]⑧⑧⑧} ポン{2横22} ポン{②横②②} ツモ{二}
「タンヤオ対々三色同刻赤1。3300、6300。」
これで、長かった鳴海の親を流した。
南入した。
南一局。親はゆい。
ここで再びネリーは、自身に運を集中した。
現在の後半戦の順位と点数は、
1位:鳴海 173500
2位:ネリー 118300
3位:桃香 55500
4位:ゆい 52700
そして、現段階での前後半戦トータルは、
1位:鳴海 331600
2位:ネリー 226700
3位:ゆい 125400
4位:桃香 116200
もし、ここからネリーが三回連続で三倍満をツモ和了りしたら、三回目は親での和了りとなり、合計84000点の稼ぎになる。
対する鳴海は24000点を失点する。
そうなった場合、前後半戦トータルは、
1位:ネリー 310800
2位:鳴海 307600
3位:ゆい 95400
4位:桃香 86200
ネリーが再度逆転できることになる。
その後、オーラスを安手で流せればネリーの勝ちだ。
当然、ここでネリーは賭けに出る。ムリは承知だ。
彼女の配牌とツモが噛み合う。しかも、一つの色に染まって行く。
そして、
「エルティ! メンチンツモ平和ドラ3。6000、12000!」
まずは一発目………後半戦に入ってから通算三回目の三倍満をツモ和了りした。
南二局、桃香の親。
ここでは、ネリーの手は門前混一色の形で成長していった。
そして、
「オリ! メンホンダブ南白中三暗刻ツモドラ1。6000、12000!」
前局に引き続き、ここでも三倍満をツモ和了りした。
南三局、ネリーの親。
ここで親の三倍満を和了れば、ネリーは鳴海を追い抜ける。
しかし、
「ポン!」
ここに来て鳴海も動き出した。それによって運の流れも乱れてくる。
まず、鳴海はネリーが捨てた{七}を鳴いた。
しかも、その二巡後、
「カン!」
鳴海は{七}を加槓し、その次巡、
「カン!」
今度は対面の桃香が捨てた{①}を鳴海は大明槓した。
槓ドラ表示牌は、それぞれ{六}と{⑨}。ここでもドラがモロ乗りである。
そして、次巡、鳴海は、
「カン!」
{發}を暗槓した。
三枚目の槓ドラ表示牌は{白}。これもモロ乗りだった。
その次巡、ネリーは、ようやく索子の門前清一色を聴牌したが、その直後の鳴海のツモ番で、
「ツモ!」
ネリーは鳴海に先を越された。
しかも、
「發三槓子ドラ12。8000、16000!」
数え役満。
これでネリーは、逆転するどころか、むしろ点差を広げられた。
オーラス、鳴海の親。ドラは{二}。
現在の後半戦の順位と点数は、
1位:鳴海 193500
2位:ネリー 150300
3位:桃香 29500
4位:ゆい 26700
そして、現段階での前後半戦トータルは、
1位:鳴海 351600
2位:ネリー 258800
3位:ゆい 99400
4位:桃香 90200
ここで役満を和了っても逆転できないが、もしダブル役満を鳴海から直取りできれば、前後半戦トータルは、
1位:ネリー 322800
2位:鳴海 287600
3位:ゆい 99400
4位:桃香 90200
ネリーが鳴海を逆転できる。
勿論、ダブル役満ツモ和了りでも、トータルで、
1位:ネリー 322800
2位:鳴海 319600
3位:ゆい 83400
4位:桃香 74200
逆転は可能である。
幸い、鳴海はネリーの下家。ゆいか桃香が捨てた和了り牌を見逃しても、同巡見逃しで鳴海から和了れない事態には陥らない。
ならば、明日の対局の運を捨ててでも、ここに賭けるしかない。
ネリーは、全エネルギーを集中して自身に最高の運を注ぎ込んだ。
この局面でのネリーの配牌は、
{二[五]①8東東南西白白發中中中}
ここから打[五]。
ただ、この赤牌切りは、他家にはネリーの狙いがヤオチュウ牌………つまり国士無双や字一色であることを感付かせてしまう。
しかし、後半になって手が出来上がってきたところに[五]を捨てたら鳴かれてしまうだろう。それゆえの第一打牌切りだ。
次巡、ネリーはツモ{南}。打{二}。
すると、これを、
「ポン!」
ゆいが鳴いた。打{一}。
そして、同巡に桃香が切った{南}を、
「ポン!」
ネリーは鳴いて打{8}。
次のツモで、ネリーはツモ切りだったが、その次のツモで待望の{發}を引いて一向聴となった。
ただ、逆転のためには、ここからさらに{白}と{發}を引き入れての和了りが必要である。{東}を刻子にしたら字一色のみのシングル役満となり、逆転は出来ない。
ネリーは極度に緊張していた。
しかし、ここで、
「ツモ。タンヤオドラ4。2000、4000。」
ゆいにさくっと和了られた。
まだ序盤だが、字牌がネリーに偏った分、他家の手牌はチュンチャン牌に偏り、手も早かったのだ。
しかも、ネリーが鳴かせた{二}はドラである。
それに、ゆいとしても臨海女子高校に二つ目の勝ち星を取って行かれるより、臨海女子高校と綺亜羅高校に一つずつ取られた方がマシなのだ。
ネリーは、愕然とした。
珍しく彼女の目から涙が溢れてきた。
『なんで和了るんだ!』
と、ゆいに大声で怒鳴りつけたい。
しかし、これも戦略のうちだ。世界大会では、同様のことを日本チームはやられてきたし、責められることでは無い。
これで後半戦の順位と点数は、
1位:鳴海 189500
2位:ネリー 148300
3位:ゆい 34700
4位:桃香 27500
そして、前後半戦トータルは、
1位:鳴海 347600
2位:ネリー 256800
3位:ゆい 107400
4位:桃香 88200
綺亜羅高校が次鋒戦の勝ち星を手にした。
「「「「ありがとうございました。」」」」
対局後の一礼を終えると、次鋒選手達は対局室を後にした。
この時、臨海女子高校の控室では、
「ネリーが負けるなんて信じられないじょ! 咲ちゃんのところの一年生が邪魔をしなければネリーが勝てていたのに!」
優希が、ゆいの和了りに対して腹を立てていた。当然であろう。
結果的に二回戦までの先鋒と次鋒の勝ち星が入れ替わっただけである。
これと同じ頃、綺亜羅高校控室では、
「阿知賀の一年、ナイスプレー!」
敬子が大声を上げて喜んでいた。
どうやら、ゆいが何故ネリーの和了りを阻止しに行ったのか、その真意を理解できていないようである。
ここに鳴海が戻ってきた。
すると敬子が、
「勝たせてもらってラッキーだね! 最後、臨海は大三元字一色の一向聴牌まで行ってたよ!」
と鳴海に言ったのだが、当然、他のメンバーは、
「「「「(お疲れ様が先だろ!)」」」」
と思っていたのは言うまでもない。
まあ、これはこれで、いつもの光景だ。
鳴海はソファーに座ると、
「最後、いきなり赤牌とドラから切り出したから、字一色を含めたダブル役満でも狙っているのかなとは思ったけど、やっぱりそうだったんだ。」
と言いながら牌譜を手にした。
この時、鳴海は、対局中とは打って変わって辛気臭いオーラが消えており、普通の女の子に戻っていた。
「まあ、阿知賀の一年は、臨海が勝ち星二になるのを回避するために和了ったんだろうけど…。」
「そうなの?」
「ちょっと敬子、気付いていなかったの?」
「全然。」
「多分、先鋒でワシズが勝っていたら、阿知賀の一年は、臨海の和了りを阻止しには行かなかっただろうね。」
「ふーん。」
やっぱり、敬子は全体が見えていないようだ。
まあ、鳴海には大体想像がついていたが………。
「なんだかんだんで、しっかりした打ち手だよ、あの一年。」
「そうなんだ。でも、鳴海にはボロ負けだったけどね。」
「まあ、私の打ち方に慣れていなかっただろうからね。それより………。」
鳴海が美和のほうに視線を向けた。心配しているのだろう、何か言いたげだ。
この時、美和は、丁度控室を出ようとしているところだった。綺亜羅高校の中堅選手は美和なのだ。
「分かってる。私の相手、チャンピオンだもんね。」
「ゴメン、何て言っていいか分からない。正直、うちじゃ誰も宮永さんには勝てるとは思っていないけど………。」
「そりゃそうだよね。」
「でも、もし勝てる可能性があるとすれば美和だけだからね!」
「そんな、過大評価だってば。」
「過大評価じゃないよ。綺亜羅の中で美和が一番強いんだから。」
綺亜羅高校麻雀部の部内戦ランキングは、エースの美和がブッチギリの1位。そして2位が敬子。他の三人は同レベルだった。
つまり、美誇人は静香や鳴海と大差ない化物的な強さで、その化物三人組でさえ、美和には全然敵わない。
恐らく総合力では綺亜羅高校が現在最強ではないだろうか?
このとんでもないチームが、二つ上の先輩が起こした問題が原因で、今まで地下に埋もれていたのだ。実に勿体無い話である。
「勿論、最初から負けるつもりで卓には付かないよ!」
「頼んだよ!」
「やれるだけのことはやってくるから!」
そう言うと、美和は特段プレッシャーを感じることなく控室を出て行った。
通常は、咲が相手となると、魔物連中以外は、
『次のメンバー(お漏らし)入りは私?』
と思いながら、どんより顔で対局室に向かうものなのだが、この時の美和は、むしろ晴々とした表情をしていた。
美和自身も咲に勝てるとは思っていない。
しかし、絶対王者と呼ばれる咲に、自分がどれだけ通用するのかチャレンジはしてみたかった。
ようやく、その希望が叶う。
むしろ、美和は、この対局を喜んでいたようだ。
一方、その絶対王者だが、
「コーチ。」
「分かってる。ほな、行こか。」
相変わらず迷子対策に、恭子と手を繋いで、不安顔で控室を出るのだった。
毎度の如くオドオドしている。誰がどう見ても、捕食者側ではなく被捕食者側のひ弱な小動物である。
絶対王者の威厳もヘッタクレも無い。
咲が対局室に入室した時、他の中堅メンバー………臨海女子高校の郝慧宇、朝酌女子高校の森脇華奈、綺亜羅高校の的井美和は、既に卓に付いて待っていた。
この時、美和が見た咲の第一印象は、
「(これがチャンピオン? 全然怖くないんだけど?)」
であった。
どう見ても静香、鳴海、美誇人の三人の方が強そうだ。まあ、敬子はアホの娘なので、まるっきり怖い感じはしないが………。
ただ、第一印象が大したこと無くても、中味は分からない。
敬子の例もある。アホの娘をしていても、あれで静香、鳴海、美誇人の三人よりも強いのだから見かけが全てではない。
もっとも、敬子は一般常識的な部分だけがアホの娘なだけであって、学業成績は非常に優秀と言う話らしいが………。
美和は、
「チャンピオン、よろしくお願いします。自分の麻雀が、どれだけチャンピオンに通じるか、楽しみにしていたんです。」
と咲に言った。
すると、咲は優しい笑顔で、
「こちらこそ、お手柔らかに。」
とだけ言うと、静かに卓に付いた。全然、プレッシャーを感じさせない。本当に威厳も何も無い娘だ。
この時、咲は、
「(綺亜羅の人って、割と綺麗だけど、まあ、和ちゃんには劣るから許そっと。)」
暗黒物質放出スイッチは、一先ず入らなかったようだ。
場決めの牌が順次引かれ、起家は郝(慧宇よりも郝のほうが分かりやすいと思いますので郝と記載します)、南家は華奈、西家は咲、北家は美和に決まった。
咲は、西家の席に座ると、靴下を脱いだ。すると、今までに無い強烈なプレッシャーが美和を襲ってきた。
「(すっごい! やっぱりチャンピオンだけある。私がどれだけ通用するか、試させてもらうからね!)」
普通は、この圧力に負けてメゲるのに………。大した娘である。
東一局、郝の親。ドラは{8}。
まずは出だしの局。相手の様子やツモの流れを見るところから入るだろう。
郝の配牌もツモも悪くない。
中国麻将役を目指す彼女には、ドラもリーチも関係ない。ドラによる翻数は、飽くまでも結果論だ。
彼女の手は、六巡目で既に、
{四[五]六④[⑤]⑥468東東發中}
三色三同順五門斉の二向聴まで来ていた。
ここで郝は{發}をツモって{中}を切った。
そして、次巡、郝は待望の{5}をツモり、{8}を切ったところ、
「ロン。」
美和に振り込んだ。
開かれた美和の手は、
{二二③④[⑤]67888白白白} ロン{8}
「白ドラ5。12000!」
{二58}待ちで、しかも高目のドラ振込みだった。
東二局、華奈の親。ドラは{⑤}。
ここでは、華奈の手が意外と早かった。
五巡目で、
{一三四[五]六②②⑤⑥⑧35西} ツモ{7}
ここから打{⑧}。
六巡目に{七}をツモり、打{一}。
七巡目に{⑦}をツモり、
{三四[五]六七②②⑤⑥357西} ツモ{⑦}
{46}の両嵌に受けて{西}を切った。
すると、
「ロン!」
これで美和に和了られた。
開かれた手牌は、
{九九①①[⑤][⑤]22南南西中中} ロン{西} ドラ{⑤}
「七対ドラ4。12000!」
しかもハネ満だ。
すると、美和が、
「私、食虫植物が趣味なの。食虫植物って、面白いわよね。植物のクセに、虫に食べられるんじゃなくて、逆に虫を捕らえるんだから。」
と三人に言った。
モウセンゴケやムシトリスミレは、虫を誘引して捕獲し、消化吸収する。恐らく、美和は自分の麻雀スタイルを食虫植物に喩えているのだろう。
ただ、この二局で美和が見せた麻雀は、どちらかと言うと弘瀬菫の麻雀に似ている。いずれ出てくる牌を狙って撃ち取る感じだ。
ただ、咲は、それとは違う何かも持ち合わせていそうな雰囲気を、既に美和から放出されるオーラから感じ取っていた。
美和は、まだ能力を全開にしておりません。
おまけ
前回の続きです
五.『邪神がデザインしたカラダ』
トヨネが墜落した。
完全に私にミスだ。
トキのエンジンで、トヨネは準光速で動けるはずなのだ。それなのに、身体が凍りついたように動けなくなってしまった。
脳みそも停止した感じだった。それでトヨネに何の指示も出せなかった。
それにしても、トヨネもトキも頑丈だ。
あれだけ強力なエナジーの塊を受けても壊れていない。二人分のミヤモリ・エナジーがバリヤーとなって全体を薄皮のように覆っているからだろう。
でも、何発も受けたらバリヤーごと吹き飛ばされてしまうかもしれないけど…。
それはさておき、私には一つ気になることがあった。
あの光の束を受けた時、何人もの若い女性達の姿が私の脳裏を走り抜けた。あれは、いったい何だったのだろう?
クルミとハツミは、その正体を掴んでいるようだった。
二人の意識が私の意識の中に流れ込んできた。
あの光は、たくさんの女性達から吸い取ったフクジ・エナジーと、あの巨大戦艦に乗り込む女性司令官タカコのユリ・エナジーとを融合した姿だったようだ。
そして、タカコが言う『フクジ・エナジー』こそが、ミホコ波の発生源だったようだ。
再び、主砲がトヨネに向けられた。
一先ず私は、その場から少し距離を置こうと思った。この至近距離で、あの攻撃を受けるのだけは、何としてでも避けなければならない。
カゼコシ砲が、うっすらと光り輝いた。
再びトヨネを目掛けて撃ち放たれようとしているのだ。
でも、急に、その光が消えていった。
巨大戦艦の操縦室で異変が起きたのだ。
カナがタカコに向けて背後から銃を撃ち放った。その銃弾は、椅子の背もたれを貫通してタカコの身体を突き抜けた。
タカコから戦艦に供給される二つのエナジーが一瞬途絶えた。これでカゼコシ砲を撃つのを停止したのだ。
ところが、タカコの銃傷は、見る見るうちに消えていった。彼女の身体の中を駆け巡る二つのエナジーが融合して、信じられないほどの生命力と再生能力を生み出していたのだ。
カナに向けて他のキヨスミ星軍人が銃を撃ち放った。
この様子を私の身体の中でハツミが感じ取っていた。
私の頭の中にカナの声が聞こえてきた。カナの意識をハツミが捉えたのだ。
「こいつらを倒してほしいし! ウィシュアート星を…妹達を頼むし!」
カナの意識が消えた。
急に私の心の中で怒りが爆発した。
不思議な感覚だった。
私はカナのことを全然知らないし、クルミにとっても親友を連れ去った悪役に過ぎない。
でも、ハツミにとっては違っていた。捕虜として連れ去った張本人ではあるけど、マコに殺されるところを助けてくれた恩人でもあるのだ。
そして、その後、約一ヶ月間に渡り生活を共にした友人でもあった。
私の心は、そんなハツミの心と同調していた。フェードインした側とされた側は無意識のうちに心が影響しあっているのだろう。
敵の砲撃が止まった一瞬を逃さず、私はトヨネを巨大戦艦に向けて突っ込ませた。そして、レーザーソードでカゼコシ砲を斬りつけた。
切断面から巨大な炎が立ち昇った。
続いてトヨネは巨大戦艦の操縦室をレーザーソードで貫いた。
操縦機能を失った巨大戦艦は、失速して高度を少しずつ落していった。
さらに、トヨネは巨大戦艦の後の方へと飛んで行くと、エンジンの出力部分をレーザーソードで切り裂いた。
エンジンの一つから炎が吹き上がった。そして、そこから隣接する他のエンジンに連鎖的に引火していった。
今度は、トヨネが巨大戦艦の下側に回り込んだ。そして、レーザーソードを前に突き出し、キリモミ状に横に激しく回転しながら巨大戦艦の真ん中を目掛けて突き進んだ。
まるで、ドリルのようだった。
巨大戦艦の機体をトヨネが貫いた。そのまま巨大戦艦は墜落して大爆発を起こし、きのこ雲を上げた。
その爆発から逃れるように、脱出機が一機飛び立った。タカコが脱出したのだ。
『絶対に逃がさない。』
私がそう思った時、その心に連動するかのようにトヨネが脱出機を目掛けて掌から電撃を撃ち放った。
脱出機は、その攻撃を受けて爆発した。
まだ、戦闘機と宇宙戦艦十数隻が残っていた。でも、ダブルフェードインした今、戦闘機も並の宇宙戦艦も敵ではなかった。
超高速で移動しながら、電撃とレーザーソードで次々と敵を片付けていった。無我夢中だったけど、改めて思うと信じられないほどの強さだ。
地上を見ると、たくさんの人々がトヨネを見上げていた。多分、この星………ヒメマツ星で生まれ育った人達だろう。キヨスミ星に支配されて奴隷のように扱われていたみたいだ。
トヨネが猛スピードで上昇した。そして、一気に大気圏を抜けると、宇宙空間に出て合体を解いた。
ヒメマツ星の人々の喜ぶ顔を見るのは嬉しい。こんなに人に喜んでもらったのは、生まれて初めてだ。
でも、こんな時に、どんな態度を取って良いのか自分でも良く分からなかった。
何だか、ちょっと恥ずかしくて照れくさくて、その場から、ただ逃げてきた感じがする。
宇宙空間に出るとホッとした。
ふと、私は一面鏡になっている後方のドアを見た。
「誰、この女性?」
そこに映っていた女性は、クルミが私の身体にフェードインした時の姿とは少し違う雰囲気だった。
顔は、一応、クルミがフェードインした時に似ているが、もっと綺麗だ。
そして、身体のほうは、さらに破壊力が高くなっている。
クルミ単独のフェードインの時よりも背丈が少し高い。胸も、さらに巨大化している。トップとアンダーの差が、さらに開いている。
これって、JカップとかKカップになっていない?
さすがに、そんなサイズは無縁だったし、見ただけでは想像がつかない。
大きなメロンパンを何段も重ねにしてパット変わりに詰めたみたいに見える!
いや、スイカを左右一つずつか?
どっちにしても、むちゃくちゃ目立つ胸だ!
イヤラしくてふざけた胸だ!
けしからん胸だ!
見ていて、どんどん鼓動が激しくなる。
何だかんだ言いながら、何か嬉しい。
鳩尾の辺りから下腹にかけてのラインも、さらにすっきりしている。正しくは、凄く引き締まった感じだ。
手足も少し伸びて、スラッとした雰囲気がある。
わき腹も背中も余計な脂肪は無い。
まるで男を誘惑するためだけに生まれてきた女性みたいだ!
目も少し大きくなった気がする。
言うまでもなく、全身からイヤラシイ雰囲気が漂っている。
まるで、邪悪な神を見ているみたいだ。
霞「ダブルフェードイン後の姿役を任されました。よろしくおねがいします。」
巴「(このエロ姉さんが………。)」
霞「何か言った?」
巴「いえ、別に…。」
クルミがフェードインした時の身体は、今思うと全知全能の神様に与えられたような完璧な美しさがあった。
しかし、今の姿は、まさしく邪悪な神にデザインされた身体のように思える。人々を誘惑する姿だ。
初期状態の私をノーマル・塞とすると、クルミがフェードインした時の私はゴッド・塞、そして、今の私はデビル(?)・塞だ。
この顔、この雰囲気、この身体。
こんな女性が隣にいたら女性の私でも気がおかしくなる。変な道に走る。
これが私なのだと思うと、おかしな話だけど何故か股間が少し熱くなってきた。
急にナルシストになったみたいだ。
正直、Hな方に興奮していた。
そんな私を抑止するかのように、クルミの声が頭の中に激しく響き渡った。
「もう、何してんのよ?」
「え?」
私は、両手で胸と股間を触っていた。ついつい出来心だ。
「さすがに、こんなパーフェクトな姿は見慣れないもので、つい…。」
「あのね…まったく。でも、あの敵を相手に良く戦ったわ。ありがとう。それで、塞。どっちの身体にする?」
そうだった。私の報酬は、『ゴッド・塞』か『デビル・塞』になれることだ。
たしか、ゴッド・塞は、私の遺伝情報の範囲内で頭脳と身体をバランス良く発達させた姿、今の私の姿はクルミとハツミの二人分のミヤモリ・エナジーを増幅するために体力面にバランスを傾けた姿だ。
「今、ここで先払いしてあげるわ。ねえ、どっちにする?」
『何て気前が良いんだ!』
私は、そう思った。
まだ敵の本拠地にも乗り込んでいない。やるべき事の半分もしていないだろう。それなのに先に報酬がもらえる。
この時、私は珍しく即決した。普段、飲食店でも、なかなか注文が決められない私とは全然違っていた。
外見だけじゃなくて性格も少し変わったかもしれない。
「今の身体が良い!」
「そう。じゃあ、決まりね。ただ、この姿に固定したら、もう変えることはできないわよ。元の姿にも。良いわね。」
「うん。」
「じゃあ、ハツミ。」
「何ですかー?」
「力を貸してくれる? この姿で固定するわ。」
「了解ですー。」
二人が私の身体にミヤモリ・エナジーを送り込んだ。
また、身体が熱くなってきた。まるで、身体中の水分が全部一気に放出されてしまいそうな感覚だった。
私は、いつの間にか気を失っていた。
一方、キヨスミ星では、居室でヒサが、マホからヒメマツ星での敗戦に関する報告を受けていた。
ヒメマツ星は、既にキヨスミ星の支配下に置かれた星のはずだった。それが、一瞬で状況が変わったのだ。
さすがに、今回ばかりはヒサも怒りの表情を隠し切れなかった。
「あの虫けら共………。ノドカの調査団を全滅に追い込んで、ヒメマツ星の拠点を破壊した奴は同じと考えて良いわね。何とかして、そいつを追跡しなさい!」
「承知致しました。」
マホは敬礼すると大急ぎで居室を後にした。
あれから、どれくらい時間が過ぎたことだろう。
気が付くと、私は操縦席にもたれかかるようにして座っていた。
携帯を開いて見ると、ヒメマツ星を後にしてから既に半日以上が過ぎていた。
地球を飛び立ってから、たしか三日目だ。
操縦室の後の方では、クルミとハツミがペチャクチャおしゃべりしていた。久々の再会を喜び合っているのだろう。
「あんなに似ているとはね。」
「そうですねー。私も驚いたですー。」
「アコには、連絡しておいたけど。大丈夫かな。」
「それは、難しいですねー。」
何の話をしているんだろう?
クルミは、相変わらず庶民的な口調だ。それに比べてハツミは、独特な話し方だが、まあ、別に特段育ちが良いわけでも悪いわけでもなさそうだ。
私が起きたのにクルミが気付いた。
「塞、目が覚めた?」
「うん。」
「もう一回、鏡を見てくれる? この身体で良いのよね。」
そうだ! デビル・塞になったんだ!
私は、鏡に全身を映し出した。
間違いない。この身体だ。
もう私は地味な姿じゃない。今までの人生からは考えられないほどのボンバーな妖艶形美女に生まれ変わったんだ。
でも、少し戸惑いもあった。自分の存在が消えて他人になってしまったような感覚が少なからずあったのだ。
もしかしたら、整形手術の後って、こんな感じなのかもしれない。全員が全員、同じ感覚になるとは限らないけど…。
クルミが光の玉になって私にフェードインした。
すると、面白いことに私の身体は、デビル・塞からゴッド・塞に変わった。あくまでも彼女一人でフェードインした時の姿は、ゴッド・塞なのだ。
「早速だけど、今からカクラ星に向かうわよ。」
「どうして?」
私は、ここから一気にキヨスミ星に乗り込んで行くものとばかり思っていた。
たしか最初にクルミから聞いた言葉も『先ずはハツミを助けて、それから敵の本拠地を叩く』だったはずだ。
すると、私とクルミの脳内会話にハツミが割って入ってきた。口に出していない会話なのに何故か内容が分かるらしい。これは、これで凄い。
これもミヤモリ・エナジーのなせる業なのだろう。
「ちょっと待つですー。クルミには申し訳ないのですが、先にウィシュアート星に行ってほしいですよー。」
「どうして、ハツミ? 何で今更ウィシュアート星なの?」
モニターに銀河系の全体図が映し出された。
銀河系の中心を挟んで、ほぼ上下対称的な位置に赤い点と青い点が付いていた。赤い点がカクラ星、青い点が地球だ。
そして、クルミの意思に支配された私の身体が指し示したのは、カクラ星を時計の十二時、地球を六時に例えると九時くらいの位置だ。
「今、この辺にいるのよ。でもウィシュアート星は、こっちの方よ。」
どうやら、ウィシュアート星は三時くらいの位置にある。ここからウィシュアート星は、銀河の中心を挟んで丁度反対側だ。
「はっきりとは、言えないのですがー。ちょっと、先にそっちに行った方が良い予感がするんですよー。」
いくら何でもウィシュアート星経由でカクラ星に行くのは、非効率的過ぎる。
このハツミの言葉に、しばらくクルミが考え込んだ。
「分かったわ。ハツミは予知能力ではカクラ星で一番だもんね。きっと何かあるわね。じゃあ、塞。私に身体を預けて。行くわよ。」
随分、安直な決定だ。
トヨネは、トキと合体すると、長距離ワープに突入した。
そして、気が付くと、私達は土星のような輪のある惑星の近くを走行していた。
ここがウィシュアート星の位置する惑星系だ。
銀河系地図を見て、なんとなく位置関係は分かったけど、私には、この空間のどっちの方向に地球があるのか、まるっきり見当が付かない。
もし、ここで放り出されたら…。
たとえ、どんなに高性能な宇宙旅客機を与えられても、私一人では絶対に地球に帰ることができないような気がする。
あの輪のある惑星は、この惑星系の第六番惑星。ウィシュアート星は、この惑星系の第三番惑星で、月のように大きな衛星を持つ水と緑の星らしい。
何だか太陽系に似ている。
レーダーが、第五番惑星の軌道付近から発信される信号をキャッチした。どうやら、宇宙艇からのSOS信号らしい。
トヨネは、その信号の発信源に向かって小ワープに入った。
その頃、小型の脱出機が戦闘機群の攻撃を受けていた。
脱出機は、非常に不安定な動きをしていて、どう見ても十分な訓練を受けた者の操縦とは思えなかった。
戦闘機群は、まるで楽しんでいるかのように脱出機をジリジリと追い詰めていた。
その後方には、キヨスミ星の宇宙戦艦、巡洋艦、宇宙空母が各数隻ずつ確認された。
どうやら、この脱出機はキヨスミ星の軍隊から逃げ出してきたようだ。
突然、脱出機の前にトヨネが姿を現した。ワープを終了したのだ。
脱出機には三人の子供が乗っていた。
その子供達は、トヨネが自分達を追い詰める敵の新手と思ったらしく、トヨネに向けてレーザー砲を撃ちながら軌道を大きく変えようとした。
その時だった。
戦闘機の撃ち込んだレーザー砲が脱出機の後部に命中した。
命中したところから火が吹き出た。
クルミとハツミは、この脱出機からミホコ波が出ていることを感じ取った。これは、キヨスミ星軍に追いかけられる女性が乗っていると考えて間違いない。
トヨネは、両掌から電撃を撃ち放ち、戦闘機群を撃墜した。そして、急いで脱出機の後を追った。
脱出機の爆発まで、もう時間が無い。
100メートル圏内に入ったところで、クルミは急いで脱出機に乗る子供達をトヨネの操縦室内に瞬間移動させた。
操縦室後方に、リュックを背負った三人の少女が姿を現した。彼女達は、怯えるように小刻みに震えながら座って抱き合っていた。
三人とも、まだ子供なのに、よく脱出機を操縦できたものだ。
しかも、どうやら三つ子らしい。
この三人を救出した直後、脱出機が爆発して宇宙の塵と化した。
まさに危機一髪だ。
トヨネがキヨスミ星軍隊に向けて突っ込んでいった。
でも、その軍隊は、私達との戦いを避けるかのように、その場から何処かにワープした。
多分、ヒメマツ星での戦いの様子が既に報告されていたのだろう。それで、敵わないと判断して無理せず逃げたのかもしれない。
助かった。
私もクルミも超距離ワープの後で疲れていた。まともに戦ったら、こっちの方が危なかったかもしれない。
トヨネが、トキとの合体を解いた。