咲-Saki- 阿知賀編入   作:おこそとのほもよろを

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百二十五本場:触手再び

 春季大会決勝戦、中堅前半戦は、南一局から再開された。

 ただ、途中中断が入ったため、後半戦開始前の休憩は無しとの通達も受けており、各選手は、予めトイレを済ませ、必要に応じて飲み物や食べ物を持ち込んでいた。

 但し、飲み物は対局中に飲んでも良いが、食べ物は前半戦終了後、一分程度で食べることとされていた。

 

 

 親は咲。

 ここから再び猛攻が始まる。

 

 現段階での中堅前半戦の点数と順位は、

 1位:咲 211000

 2位:美和 87300

 3位:麻里香 76500

 4位:春 25200

 見て分かるとおり、咲の圧倒的リードである。

 しかし、咲は決して手を緩めない。

 

 この局、咲は四巡目で聴牌すると、

「リーチ!」

 積極的に攻めに出た。

 そして、次巡、

「カン!」

 チュンチャン牌を暗槓すると、

「ツモ!」

 華麗に嶺上開花を決めた。

「リーツモタンヤオ嶺上開花ドラドラ。6000オール。」

 しかも親ハネツモ。これでは他家には手の出しようが無い。

 

 続く南一局一本場でも、

「カン!」

 オタ風牌の{西}を暗槓すると、

「ツモ!」

 またもや嶺上開花で和了った。

「メンホンツモ嶺上開花ドラドラ。6100オール。」

 まさに、やりたい放題である。

 

 南一局二本場も、

「ポン!」

 咲は、美和から{東}を鳴いた後、

「カン!」

 春から{中}を大明槓して引いた嶺上牌で聴牌した。

 

 次巡、

「もいっこ、カン!」

 咲は、{東}を加槓した。嶺上牌は{八}。これで手牌の中で{八}が四枚揃い、

「もいっこ、カン!」

 {八}を暗槓して三槓子を作り上げた。

 そして、続く嶺上牌で、

「ツモ!」

 彼女は見事に嶺上開花を決めた。

 

 開かれた手牌は、

 {⑧⑧88}  暗槓{裏八八裏}  明槓{中中横中中}  明槓{横東東東東}  ツモ{8}  ドラ{3}

 

「ダブ東中対々三槓子嶺上開花。8200オール。」

 この半荘で四度目の倍満。しかもドラ無しで、これだけの高い点数を作り上げるのだから『凄い』の一言に尽きる。

 しかも、この和了りで春の残りは4900点まで落ち込んだ。

 もう後が無い。

 

 南一局三本場。ドラは{③}。

 咲の親を流すべく、麻里香も美和も手を作ってゆく。

 麻里香の狙いは七対子。この局は順子場ではなく対子場の流れと早々に感じた故だ。

 

 八巡目、

 麻里香の手牌は、

 {五[五]③③[⑤][⑤]115[5]9西北}  ツモ{北}

 

 ここから{9}か{西}を切れば聴牌。ただ、河を見ると{9}も{西}も初牌。咲を相手に中盤以降で初牌を切るのは抵抗がある。

 しかし、七対子ドラ6の出和了り倍満の手。

 打ち回すとしてもドラは落としたくない。

 ならば{1}切りだが、やはり心情的には、ここから打ち回したくは無い。いくらなんでも倍満を捨てると言う選択肢は無いだろう。

 麻里香は、

「(通って!)」

 祈るように目を瞑りながら{9}を捨てた。

 

 しかし、

「カン!」

 上家から鳴きの発声が聞こえてきた。咲が{9}を大明槓したのだ。

 嶺上牌を引くと、

「もいっこ、カン!」

 咲は{⑨}を暗槓し、続く嶺上牌を引くと、

「もいっこ、カン!」

 さらに{九}を暗槓した。

 そして、そのさらに次の嶺上牌を引き、

「ツモ!」

 御約束と言えよう、嶺上開花で和了りを決めた。

 

 開かれた手牌は、

 {1西西西}  暗槓{裏九九裏}  暗槓{裏⑨⑨裏}  明槓{999横9}  ツモ{1}

 

「混老対々三暗刻三槓子三色同刻嶺上開花。36900です。」

 三倍満だ。

 {西}を捨てても結果は同じ。それに、もし{1}を捨てていたら四暗刻に振り込んでいた。

 結局、ここでは{北}かチュンチュン牌を落とすしか、咲への振り込みを回避する方法は無かったと言うことだ。

 

 これで中堅前半戦の点数と順位は、

 1位:咲 308800

 2位:美和 67000

 3位:麻里香 19300

 4位:春 4900

 麻里香もそろそろ危なくなってきた。

 普通に考えれば、19300点から簡単に箱割れするとは思えない。

 しかし、ここには親倍クラスを平気で和了る怪物がいる。一発大きいのを振り込んだら麻里香も箱割れしかねない状況だ。

 

 咲の親を終わらせても、咲なら子で大きな手を作り上げるかもしれない。

 ならば、咲にこれ以上稼がせない方法は一つしかない。麻里香か美和が、春をトバすことだ。

 

 南一局四本場。

 麻里香も美和も、手なりに打つ。

 非能力者の麻里香の場合、手なりに打つのは良くある話。

 しかし、美和の場合は少々異なる。彼女の場合、罠を張るために素直じゃない打ち方をすることが多いのだが、ここは罠を張るよりも、先ずは聴牌することを優先した。

 

 五巡目、

「ポン!」

 咲が{白}を鳴いた。

 ここから槓を仕掛けてくるだろう。それよりも早い聴牌が必要である。

 

 六巡目、

「カン!」

 咲が{白}を加槓した。

 麻里香も美和も、

「「(ツモらないで!)」」

 咲が和了らないことを祈った。

 幸い、まだ咲は聴牌していなかったらしく、手牌から{8}を捨てた。当然、これで聴牌した可能性はあるのだが…。

 

 同巡、春は、{234}と持つところに{[5]}を引いてきた。

 ダンラスでも、少しでも手を上げて和了りたい。当然、ここから{2}を切った。

 すると、

「カン!」

 咲が大明槓を仕掛けてきた。

 しかし、これと同時に、

「ロン! タンピンドラ1。5200の四本場は6400。」

 {25}待ちの平和手を美和が和了った。

 どうやら、ギリギリのところで咲を出し抜けたようだ。

 ただ、今回は能力麻雀による和了りではなかったようだ。それで、春は特に変な幻を見させられることは無かった。

 

 これで中堅前半戦の点数と順位は、

 1位:咲 308800

 2位:美和 73400

 3位:麻里香 19300

 4位:春 -1500

 春のトビで終了となった。

 

 

 通常なら、ここで一旦休憩が入るのだが、予め連絡されていたとおり、今回は休憩無しで後半戦を行う。

 咲は、持ち込んでいたタコスを急いで口に詰め込んだ。

 

 

 場決めがされた。

 タコス効果は顕在だ。今回も起家は後半戦も咲が引き当てた。

 南家は春、西家は麻里香、北家は美和と、南家と北家が入れ替わるだけとなった。

 

 咲は、

「(京ちゃんのリクエストだから仕方が無いよね?)」

 今まで、身体中からビンビンに伝わってきていた激しいオーラの放出を止めた。

 

 

 東一局、咲の親。ドラは{中}。

 ここでは、何故か咲が仕掛けてこない。

 しかも、良く分からないが気が抜けたような感じを受ける。

「(これってチャンス?)」

 咲が何を考えているのか分からないが、美和は、彼女の麻雀を展開することにした。つまり、誰かを捕食する麻雀だ。

 

 ターゲットは麻里香。

 オーソドックスな打ち手のため、ある意味、罠を張りやすい。

 勿論、その罠に気付いて振り込んでこないケースも考えられるが、まずは麻里香に自分の麻雀が有効かを試してみる。

 正直、この美人ちゃんにも幻をサービスしてみたい。

 どうせなら一気に大サービスしよう!

 美和は、そう思っていた。

 

 七巡目で美和は聴牌した。

 {四五六3456777中中中}

 {23568}の五面聴。

 しかし、次巡、{一}をツモると{3}を切って{一}単騎に置き換えた。

 

 普通は有り得ない打ち方だ。はっきり言って、元清澄高校部長の竹井久のような捻くれた打ち方である。

 ただ、こう言ったアブノーマルな打ち方は、オーソドックスな打ち手に対して、時として有効である。

 まさか、そんなアホなことはしないだろうと考えるし、美和の捨て牌から、

「(索子が余ったか?)」

 くらいにしか考えなかった。

 

 そして、麻里香は、引いてきた{一}をノーケア{ー}で捨てた。

 その直後、麻里香は、美和の背後から多数の触手が伸びてくる幻を見た。その触手は粘液で覆われており、それが麻里香の身体中に巻きついてくる。

 しかも、その粘液は消化液だ。

 麻里香の制服がドンドン溶かされて、肌が露わになって行く。

 そして、胸や股間を粘液だらけの触手が刺激する。こんなの反則だ!

 この刺激欲しさに美和に敢えて振り込む人間もいるかもしれないが………、少なくとも麻里香はそうでは無い(と思う)。

 

 現実世界では、当然、麻里香が捨てた{一}を、

「ロン! 中ドラ3。8000!」

 美和は見逃さずに和了っていた。

 

 麻里香は、開かれた手を見て唖然とした。

 まさか、そんな打ち方をするとは…。

 それから、あの幻は一体何だったのか?

 食虫植物?

 そう言えば、プロフィールに食虫植物栽培が趣味と書いてあった気がする。

 前半戦では美和に振り込まなかったので気付かなかったが、これが美和の能力麻雀だ。

 

 麻里香が自分の手足を見た。

 少なくとも現実世界では制服が溶かされていることは無い。あれは、能力麻雀が見せる世界の中だけの話だ。

 

 

 東二局、春の親。ドラは{2}。

 ここでも美和は、罠を張る。

 今度のターゲットは春。恐らく、麻里香はさっきの一回で美和の麻雀を相当ケアーしてくる。中々振り込まないだろう。

 それでターゲットを春に切り替えた。

 

「カン!」

 咲が{⑤}を暗槓した。

 新ドラは{4}。

 ただ、槓したにも拘らず、咲からは破壊的なオーラは一切感じない。どうも前半戦とは雰囲気が違ったままだ。

 

 とは言え、咲が槓したことで他家は咲をマークする。

 そして、春は、親ではあるが、咲の現物で一旦打ち回した。ただ、その牌を捨てると同時に、急に悪寒に襲われた。

 その発生源は咲では無い。

 これは前半戦でも経験したところから発生している。美和の能力由来だ。

 前半戦東三局で見たのと同じ幻が春の目には見えていた。多数の触手が春の全身に絡みつき、粘液で制服が溶かされて行く。

 そして、全裸にされ、胸や股間を粘液だらけの触手が刺激する。

 別に、春だってわざと振り込んだわけでは無い(と思う)。

「クッ!」

 思わず、春の口から言葉が漏れた。快楽で頭がおかしくなりそうなのを必死に耐えているのだ。

 

 現実世界では、

「ロン! タンヤオ一盃口ドラ4。12000!」

 美和に和了られていた。

 しかも、{223344}のドラ四枚使いの一盃口入り。

 またしても美和にヤられた。

 

 

 東三局、麻里香の親。

 ここでも、

「ロン!」

 春が美和に狙われた。

 幻の世界では、既に春は全裸にされている。そこに、前局以上に粘液だらけの触手が春の全身に絡み付いて刺激してくる。

 何ともイヤラシイ状況だ。

 頭が変になりそうだ。

「12000!」

 現実世界では、またもや春はハネ満を美和に振り込んでいた。二連続だ。25000点持ちなら、もう1000点しか残っていない状態である。

「(この人…。)」

 とは言え、能力由来のイヤらしさは別として、麻雀そのものは、愛宕洋榎よりも強い。それを春は肌で実感していた。

 

 

 東四局、美和の親。

 ここでも、当然、美和は積極的に攻めて行く。

 今度は麻里香に罠を張る。

 ところが、

「カン!」

 ここでは、咲が門前で暗槓してきた。

 しかも、前々局とは違って、前半戦の時のような強大なエネルギーが、咲の全身から放たれている。

 そして、

「ツモ嶺上開花ドラ1。2000、3900。」

 咲が60符3翻の和了りを決めた。

 ここに来て、ようやく咲が動き出した感じだ。

 

 

 南入した。

 南一局、咲の親。

 ここでも、

「カン!」

 中盤に入ってすぐに咲が暗槓し、

「ツモ!」

 そのまま嶺上開花で和了った。

「ツモ嶺上開花タンヤオ一盃口ドラドラ。6000オール!」

 そして、この二度の和了りで美和を逆転した。

 

 中堅後半戦の順位と点数は、

 1位:咲 125900

 2位:美和 122100

 3位:麻里香 84000

 4位:春 68000

 点差は前半戦ほど開いていないが、順位そのものは前半戦と同じになった。




綺亜羅の旋風-3


そう言えば、世の中には中間テストなんてものがあった。
三学期制なので、年間で中間試験が2回、期末試験が2回、学年末試験が1回の合計5回も試験を受けるのか。

この期間は憂鬱だ。
しかも、試験一週間前から試験が終わるまでの間は、部活動を一切やらせてもらえない。まあ、仕方の無いことだが………。
しかし、それが終われば部活動が再開される。

ちなみに、今回も静香はオール満点。敬子は全て90点超え。
二人して今回も学年1位と2位。
こいつら、やっぱりバケモノだ。





中間試験も終わり、いよいよ、夏の大会のレギュラー選抜に向けて部内戦が開催された。二週間かけて総当たり戦が行われる。麻雀は運の要素もあるため、キチンと実力を評価するために同じ人と二度対局する。
普段は18時くらいに部活は終了するが、この時期だけ、麻雀部では少し部活動の時間が長くなる。
長考者がいない限り、半荘一回に一時間もかからないが、仮に16時スタートの18時終了では半荘三回程度しかできない。
それでは、部内戦が終わらない。
一応、強豪校と言われるだけあって、土曜日も13時から18時の5時間枠で部活がある。
とは言え、各学年が20人を超える大所帯での総当たり戦だ。結構な試合数になるし、通常運行では時間が足りない。
なので、この時期だけ特別に部活動時間を延長する。
ただ、日曜日だけは部活も休みになっていた。


美和も静香も鳴海も、まだ完全には能力開花し切れたとは言い難い。
しかし、美和と対局した2年生は、妙に顔を赤らめていたし、鳴海も倍満とまでは行かなかったが、槓ドラ4の手は幾つか和了って、その能力の片鱗を見せてくれた。
あと二週間あれば、もっと形になっていたのだろうが、それでは部内戦が終わってしまう。非常に残念だ。

静香も、まだ先行リーチ者がいると若干手が縮こまるところはあるが、以前よりは攻めに転じている。
このペースなら、彼女もあと一ヶ月程度で、ほぼ完成形に近づくだろう。

残念なのは美誇人だった。
部内戦前日に急遽入院。
噂では、中国発の新型ウイルス疾患に感染したらしく、部内戦は棄権となった。不戦敗だ。
もう夏なのに何故?

どこで感染したのかは分からない。
多分、日曜日に宇野沢栞プロの顔を拝みに大宮まで出かけた時に、電車の中でうつされたのでは無いかとの話だが………。
ただ、宇野沢プロのサインをもらえたし、生写真も撮れたので、発病して部内戦に出られなくなっても本人的には幸せだったらしい。


一方の節子は、能力全開で対局に挑んだ。
旧レギュラーの先輩方も、さすがに天変地異の光景を見せられて平常心を保てるわけが無い。しかも、その超自然災害のエネルギーを纏ったかの如く、節子は高い和了りを、これでもかと連発した。


結局、部内順位は以下のとおりとなった。
1位:古津節子(1年)
2位:浦木紀子(3年)
3位:児波日和(3年:部長)
4位:増金江里(3年)
5位:風間美登里(3年)
6位:安木礼子(3年)
7位:荒木綺羅々(3年)
8位:的井美和(1年)
9位:鷲尾静香(1年)
10位:竜崎鳴海(1年)

節子だけではなく、美和、静香、鳴海も2年生を抜いて上位にランクインした。
そして、この成績を元に、麻雀部顧問は、団体戦メンバーとして節子、紀子、日和、江里、美登里を選出し、礼子と綺羅々を補員とした。

一応、補員の中でも順列はあり、礼子、綺羅々の順ではあったが、万が一の際にどちらを出場させるかは、相手との相性によっても当然変わるだろう。

また、個人戦には、節子、紀子、日和、江里、美登里、礼子、綺羅々、美和が出場することになった。

メンバー発表の前日に、顧問は大会参加登録を済ませていた。
先鋒は節子、次鋒は美登里、中堅は紀子、副将は江里、大将は日和とのこと。節子は1年生でありながらエースポジションを任された。


ただ、3年生にとって最後のインターハイを賭けた試合だ。レギュラー落ちした礼子としては、引き下がれないものがあった。
それで、レギュラー発表の日、部活の後に、礼子は節子を呼び止めた。

部室に残っているのは、礼子、節子の他にレギュラー陣………紀子、日和、江里、美登里がいた。
彼女達は、基本的に礼子側だ。

他の部員は、全員帰らせた。補員のうち、礼子だけ残って綺羅々が残っていないのは、ある意味不自然であろう。


「3年にとっては最後のインターハイに向けての試合なんだ。分かるだろ。」
「それって、どういう意味ですか?」
「だから、私ら3年にとって最後だってことだよ!」
「私にレギュラーを辞退しろと言うことでしょうか?」
「分かってるなら、顧問に言ってきな。」
「でも、そう言うわけには行かないと思います。それに、仮に私が辞退したとして、レギュラーになるのは誰ですか?」
「当然、私に決まってるだろ!」
「でも、補員から一人上がるとして、荒木さんはどうなるんですか?」
「そんなの、私の知ったことじゃない。とにかく、お前は自信が無いからといって辞退して、私を推薦すればイイんだよ!」
「それっておかしくないですか?」
「何だと! おい。イイカゲンにしろよ。」


まこ「なんだかマズそうじゃのぉ。R-15の壁を守るため、暴力シーンはカットじゃ!」


まこのお陰で時間軸が飛んだ。


その頃、美和、静香、鳴海、敬子の三人は、学校を出て丁度、敬子の家の前辺りに来たところだった。
ちなみに、美誇人は今日が退院とのこと。明日から学校に来る予定だった。

「じゃあ、私んち、ここだから。」
敬子の家は、本当に学校から50メートル圏内にあった。これなら予鈴が鳴ってから家を飛び出しても何とかなるかもしれない………と鳴海は思った。
ここから駅の方に250メートルほど進んだところに静香の家が、そこからさらに100メートルほど離れたところに美和の家がある。
このメンバーの中で、電車通学しているのは鳴海だけだった。

ここで、敬子は三人と別れるはずだったのだが………、
「でも、何かおかしいよね。安木先輩、レギュラーで打ち合わせするみたいなこと言ってたけど、安木先輩は補員だし、もし補員も含めての打ち合わせだったら、なんで荒木先輩は残らなかったんだろ?」
そう言いながら敬子は学校の方を振り返った。
何だか嫌な予感がする。
「たしかに。ちょっと覗きに行こう。変なことされてなきゃイイけどさ。」
こう言ったのは静香。
「なんかさ、安木先輩のこと、3年生の間では、
『安木礼子(やすきれいこ)で『切れやすい子』のアナグラム!』
って言われてるみたいだし。」
「ちょっと、敬子。なにそれ?」
「スイミングクラブに行ってる里中さんて3年生から聞いた。安木さんのとこじゃ大変でしょって言われて。」
「それって、本気でマズイんじゃ…。」
四人は、大急ぎで部室へと引き返した。


静香が部室のドアを開けた時、床にうずくまる節子の姿があった。
礼子は、レギュラーを辞退しようとしない節子を美登里と日和に押さえ付けさせると、モンキースパナで節子の両手の指を順に全て折ったのだ。


折っている最中、礼子は興奮していたし、節子の悲鳴を聞いても、
『ザマミロ!』
くらいにしか思わなかったし、
『快感!』
とさえ思っていた。

しかし、その悪事を終えて頭が冷えてくると、自分が取り返しのつかないことをしたのに気が付いたようだ。
礼子はモンキースパナを持ったまま顔が青ざめてブルブルと震えていた。

「何やってるんですか!?」
大声で怒鳴りつける静香。
もはや上級生も下級生も無い。悪人かそうでないかだ。
いや、こんなことをする奴らを先輩とは認められない。

すると、
「な…何も、ここまでやらなくてもねぇ。」
と、自分は無関係であることを何気に主張しようとする紀子。
そう言えば、敬子は里中さんから、
『浦木紀子(うらぎのりこ)は3年生の間では『うらぎりのこ』のアナグラムで有名』
と言われたのを思い出した。
こいつ、真っ先に礼子を裏切りやがった。

そして、
「そうそう。私も、止めようとしたんだけどね。」
こういったのは江里。
里中さん説では、増金江里(ますがねえり)で『ねがえります』のアナグラムと言われているらしい。
本当に寝返った。

他の二人は何だっけ?
そうだ。
部長の児波日和(こなみひより)は、3年生の間では『ひよりみなこ』のアナグラム、風間美登里(かざまみどり)は『ま』が抜けると『かざみどり』なので、『間抜けで風見鶏』と呼ばれているんだった。

案の定、日和と美登里も、
「せいぜい脅す程度だって思ってたのに。」
「ホントにやるなんて、信じられないよねぇ。」
まさに里中さんの言ったとおり、二人とも完全に礼子に対して掌を返した。さすが、日和見な子に風見鶏だ。

「ちょっと、何で私だけ。」
礼子だって、自分ひとりの責任じゃないと訴えたい。
しかし、他の四人は、飽くまでも礼子だけの責任にして逃げたいのがアリアリと分かる。
「だいたいレギュラー辞退しろって言うこと自体がねぇ。」
「自己中だよね。」
「お前らだって、3年最後の大会だから3年生だけでチームを組んだ方がイイって賛成してくれたじゃないか!」
「知らないわよ、そんなの。」
「言ってないし!」

ただ、3年生は誰一人として救急車を呼ぶ素振りさえ見せなかった。責任逃れすることしか頭に無かったのだ。





結局、鳴海が警察と救急車を呼んだ。
その場に居合わせた3年生五人は、全員、警察に連れて行かれることになった。当然であろう。





節子は、救急車で搬送され、一先ず美和が救急車で同行し、他の三人はタクシーで病院に向かった。
また、タクシーの中から鳴海は美誇人に電話して、このことを伝えた。
美誇人も、病み上がりではあるが、節子の一大事である。病院へと急行した。


医師の診断では、幸いにも全て単純骨折で、全治半年と言われた。
ただ、以前のように、器用に指を動かすレベルにまで機能回復するには、もっと時間がかかると言われた。


少しして、節子の母が病院に到着した。
状況は静香が説明した。
どうやら節子が、
『麻雀部には鷲尾さんって学年1位の凄い勉強が出来る人がいる!』
と言っていたようだ。
節子の母親も、多くの親達と同じで、
『勉強が出来る友人』
に弱い………と言うか信用してくれる傾向が強いようだ。
それで静香の説明を落ち着いて素直に聞き入れてくれた。


美和、敬子、静香、鳴海、美誇人の五人は、一先ず病院を出た。
「あいつら、許せないね。」
節子との付き合いが一番長い故だろう。美誇人が一番怒りを露わにしていた。
「当然! でも、もし美誇人も部内戦辞退にならなかったら、同じ目に合わされていたかも知れないよね。」
こう言ったのは美和。
「たしかに、そうだね。でも、美和だって、もうちょっと勝ってたら危なかったかもしれないよね。」
これは鳴海の台詞。

三人とも、基本的に頭の中を占めているのは礼子への非難だった。
しかし、
「でも、今回の件で大会出場停止とか、麻雀部解散とかならないよね?」
敬子は、その一歩先を心配していた。
自分達のせいでは無いのに、自分達が何らかの責任を取らされたりはしないだろうか?
それどころか、自分達の居場所が失われないだろうか?
それが気がかりだったのだ。

すると、
「敬子の言うとおりよね。仕方が無い。この手を使うか。」
と言うと、静香がスマートフォンで電話をかけた。
そして、
「もしもし? 私、静香です。実はですね………。」
先方に事件のことを説明し始めた。
さらに静香は、麻雀部を潰さないようにお願いをしていた。
果たして、相手は、いったい誰なんだろうか?


電話が終わると、鳴海が、
「誰に電話したの?」
と静香に聞いた。当然だろう。
「母方の伯父に…。実は、その伯父が綺亜羅の理事長………と言うか、要は経営者でさ。」
「「えぇっ!?」」
これには、鳴海も美誇人も驚いていた。
美和と敬子は知っていたみたいだが………。


超成績優秀な静香が、偏差値を10以上も余裕を持って綺亜羅高校に入学した理由は幾つかある。

一つ目は、家から近かったから。
これだけ聞くと、敬子と同じように聞こえるが、静香の場合は、朝は余裕を持って起床している。別にギリギリまで寝ていようなどとは思っていない。
通学時間が短ければ、他の事に時間を使うことができるし、通学でムダに体力を使うことも無い。
それに、綺亜羅高校からだって最高学府に合格する人はいる。なので、自分さえしっかりしていれば綺亜羅高校からでも十分イイ大学に進学できるだろう。別に悪い条件ではないとの考えだ。

二つ目は、敬子が心配だったから。
この不思議ちゃんとは、美和も静香も幼稚園の頃からの付き合いである。なので、敬子のKYには慣れているし、今更何とも思わない。それに、旧友故に敬子から目が離せなかった部分がある。

そして、三つ目が伯父の学校だから。
これは静香自身の理由と言うよりも、伯父の意思………と言うか依頼であった。
伯父は、身内の贔屓目無しに見て静香が極めて優秀であることを理解していた

綺亜羅高校の合格最低ラインは偏差値66。
これに10以上余裕でいると言えば、どれだけ超優秀かが分かるだろう。
つまり、静香の伯父は、彼女なら綺亜羅高校の大学進学実績に大きく貢献してくれると踏んだのだ。

「体外的な部分があるから、部そのものを完全に無罪放免ってわけには行かないらしいけど、少なくとも部を無くすことだけはしないって。圧力をかけてくれるって。」
「圧力? 誰に?」
こう聞いたのは鳴海。
すると静香は、
「校長に………。」
とだけ答えた。
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