春季大会決勝戦は、中堅後半戦が終わった後、清掃作業に入った。
放送サイドは、この間、何も放送しないわけには行かない。それで、今までのダイジェスト版を急遽編集して流していた。
ただ、国営放送ゆえか、春と麻里香が見せた妖しい表情は全てカットされたし、放水を思わせる部分の映像もカットされた。
非常にお堅い選択だ。
当然、掲示板の住民達は、
『これはスバラくありませんねぇ』
『こう言った編集は良くないと思』
『ないない! そんなの!』
『そんなオカルトありえません』
『オカルトじゃなかと!』
『それよりオモチベーション維持のためオモチシーンを増やすべきなのです!』
『つまらないよモー』
『先輩が悲しんでるデー』
『こんな編集しているようじゃ暗い未来しか見えへんわ』
『美味しいシーンを放送してなんぼ、放送してなんぼですわ!』
『私が侵入して誰にもバレないように操作してくるっス』
『よろしく頼むじぇい!』
当然、不満タラタラだった。
二十分くらいして各控室に電話連絡が入った。そろそろ、副将戦を開始するので副将選手は対局室に来るようにとのことだ。
美由紀は、
「(穏乃先輩はきっと勝ってくれる。だから、ここで私が勝てば阿知賀が優勝できる!)」
と、心の中で言葉を発していた。
そして、
「宮永先輩。お願いします!」
彼女は咲に背中を向けた。王者自らに背中を思い切り叩いてもらって気合いを入れ直したいのだ。
「分かった。じゃあ、行くよ!」
咲が美由紀の背中を思い切りパーで叩いた。
「パン!」
非常にイイ音が控室に響き渡った。
「よし!」
これで気合が入ったようだ。
美由紀は、今まで見せたことの無い怖い表情をしていた。大きくて可愛らしい目が、この時ばかりは釣り上がっている。
ある意味、キツイ表情にも見える。
しかし、別に怒っているわけではない。思い切り気合が入っている証拠だ。
「行って来ます!」
そう言うと、美由紀は静かに控室を出て行った。
ただ、咲とは違って付き添いは必要ない。当然、一人で対局室に向かう。それが普通なのだが………。
美由紀が対局室に入ると、既に、そこには美誇人の姿があった。
湧とみかんは、まだ来ていない。美誇人が一番乗りのようだ。
美誇人は、美由紀の気の入った顔を見ると、
「(そんな表情もカワイイ!)」
なんだかんだで喜んでいた。顔が綻んでいる。強度の宇野沢姉妹Loveなのだから当然かもしれない。
美由紀は、美誇人の隣に座ると、
「今日は、私が勝たせてもらいます!」
と強気な姿勢を見せた。
対する美誇人も、
「私も手加減しないからね。私達だって優勝を目指す。これは、私達の………綺亜羅の悲願だから。」
と言いながら、綻びまくった表情を真顔に戻した。
二年上の先輩が起こした暴力事件のせいで、ずっと大会に出場させてもらえなかった綺亜羅高校のメンバーだからこそであろう。ベストを尽くし、勝利を掴み取ろうとする執念は他校の生徒達よりも数段強い気がする。
「はい。お互い頑張りましょう!」
「そうだね。」
しかも、暴力事件の被害者は自分の同期………友人だ。
美誇人達にとっては、その同期に捧げる勝利でもあるのだ。
絶対に負けたくない。
超魔物不在の副将戦。
白糸台高校が取れば優勝確定。
阿知賀女子学院にとっては、副将戦を取れば勝ち星二となり、優勝に向けて星取り勝負のリーチがかけられる。
そして、まだ勝ち星が無い綺亜羅高校にとっては、大将戦とセットで勝ち星を取れれば白糸台高校との得失点差勝負に持ち込める。まだ優勝の可能性が残っている。
永水女子高校も、まだ勝ち星が無く、しかも綺亜羅高校とは違って大将戦とセットで勝ち星を取っても、得失点差勝負で優勝するのは難しい。
しかし、優勝できなくても準優勝は狙いたい。
今狙える範囲で最高の順位に付きたいのだ。
なので、四校とも、絶対に落としたくない一戦だ。
対局室に湧とみかんが入室してきた。
ある意味、この四人の中で一番超魔物に近いのは湧であろう。昨年のインターハイ団体決勝大将戦で穏乃、衣、淡を相手に善戦した能力者だ。
場決めがされ、起家がみかん、南家が湧、西家が美由紀、北家が美誇人に決まった。
東一局、みかんの親。ドラは{九}。
ここで美誇人は、湧とみかんの様子を見る。牌譜は見ているが初顔合わせだ。
一応、ターゲットは湧の予定。
言うまでも無いが、美由紀をターゲットにはしたくない………と言うか、ファンなのでできない。
みかんは美和がターゲット(触手プレイ)にしたい相手なので、先に御無礼したら怒られそうだ。それこそ勝手なことをしたら、後で美和に麻雀を楽しまされ………いや、触手プレイを楽しまされるだろう。
何だか消去法でターゲットが湧になった感じになるが、一応積極的に湧をターゲットにしたい理由はある。インターハイでの活躍を見る限り、この中では湧が一番各上だろう。その湧を打ち落としてこそ、この戦いに価値があると思えるからだ。
そのためには、場全体を掌握する必要がある。それで、まずは湧だけではなくみかんの打ち方も観察する。
「ポン!」
湧が捨てた{東}をみかんが鳴いた。湧からは、余り激しいオーラは感じられない。まだ本気を出さずに場の流れを見ているようだ。
「チー!」
再びみかんが鳴いた。美誇人が捨てた{③}を鳴いて{横③④[⑤]}を副露した。これでダブ東ドラ1が確定した。
もし、もう一枚ドラを持っていたら親満になる。当然、湧も美由紀も美誇人も暴牌は打たなくなった。
みかんとしては、誰かが和了り牌を出してくれればラッキーだが、そう簡単に出してくれるとは思っていない。
まだ序盤。ツモる牌は十分ある。
当然、ツモ狙いだ。
そして、中盤に差し掛かった時、
「ツモ! ダブ東ドラ3。4000オール!」
みかんは、自力で和了り牌を引いてきた。{[⑤]}に加えてドラの{九}を二枚抱えた余裕の満貫手だった。
東一局一本場、みかんの連荘。
ここで動いたのは、
「ポン!」
美由紀だった。序盤から自風の{西}を鳴いた。そして、その次巡には、
「ポン!」
{白}を鳴き、数巡後には、
「ツモ!」
その勢いに乗ったかのように自力で和了り牌を掴んできた。
「西白対々ドラ2。3100、6100!」
しかも、比較的早い和了りでハネ満。美由紀の点数申告の声に自然と力が入る。
そして、東二局、湧の親番でも、
「ポン!」
序盤から美由紀は湧が捨てた自風の{南}を鳴いて出た。
そして、
「チー!」
再び湧が捨てたドラの{①}を鳴いて{横①②③}を副露し、その次巡、
「ツモ!」
美由紀は、まるで流れ作業のように和了った。
開かれた手牌は、
{①②③⑦⑨北北} チー{横①②③} ポン{横南南南} ツモ{⑧}
「南混一チャンタドラ2。3000、6000!」
しかもハネ満。
これで美由紀は原点から20000点以上稼いだことになる。通常の25000点持ちの麻雀であれば45000点以上。断然トップだ。
東三局、美由紀の親。
当然、今までの流れに乗って、美由紀はさらに稼ごうと、
「ポン!」
三巡目から湧が捨てた{白}を鳴いた。
しかし、
「ポン!」
今回は、ここで美由紀が捨てた{北}を湧が鳴き返してきた。
そのさらに次巡、
「ポン!」
湧は、みかんが捨てた{⑧}を鳴いた。序盤から早い仕掛けだ。
しかも、そこから三巡後に、
「ツモ!」
まるで、前局までの美由紀のツキを奪ったかのように、湧が勢いよく和了りを決めた。
開かれた手牌は、
{②②④④④東東} ポン{横⑧⑧⑧} ポン{北北横北} ツモ{東}
筒子の黒丸のみの牌と風牌のみで出来た和了り形。
これは、ローカル役満の黒一色だ。
残念ながら、本大会では認められていない役満なので、
「東西混一対々。3000、6000!」
ハネ満にしかならないが、それでも一般的には十分高い手だ。
この和了りで、さらなる勢いをつけようと、
「(よし!)」
湧は、心の中で声を出して密かに気合いを入れ直していた。
東四局。美誇人の親。ドラは{中}。
ここでも美由紀が、
「ポン!」
先行して攻めて行くが、
「ポン!」
またしても湧が美由紀を追いかけるように鳴いてきた。副露されたのは{發}。
さて、{發}が入ったローカル役満は何があるのか?
これまで湧が和了った{發}入りの手には青函連絡船があるが、あれは{發}が槓子でなければならない。
最後の一枚はドラ表字牌だ。
よって{發}の槓子は作れない。
「(コーチなら、永水が何を狙っているかわかるんだろうけど…。)」
美由紀は一般人と比べれば麻雀の雑学に詳しい方だが、ローカル役満に精通しているわけでは無い。
ただ、恭子は違う。そう言った知識も含めて、麻雀全般について色々詳しい。
恐らく、この場に居るのが恭子なら、湧が狙っている手を確定して、既に何らかの策を講じているだろう。
湧の捨て牌には、{①③⑤⑨}と筒子が目立っていた。
それで、美由紀は{②}を捨てたのだが、
「ポン!」
これを湧に鳴かれた。
しかも、聴牌気配が漂ってきた。
美由紀は、
「(これってヤバそう!?)」
今になって{②}を切らされたことに気が付いた。
珍しく湧が、
「ねえ、九州にちなんだローカル役満って知ってる?」
と聞いてきた。
ただ、美由紀にもみかんにも美誇人にも、それが何だかさっぱり分からない。
そして、次巡、
「ツモ!」
湧は{西}を引いて和了った。
開かれた手牌は、
{④④④⑧⑧西西} ポン{②②横②} ポン{發發横發} ツモ{西}
前局で和了った手に非常に似ている。風牌の片方が{發}になっただけだ。
「青の洞門!」
これは、大分県の史跡、青の洞門に見立てたローカル役満。風牌一つと{發}、それから{②④⑧}から成る和了り形だ。
もはや、ローカル過ぎて分からない。
ただ、点数としては、西發混一色対々和でハネ満になる。
「3000、6000!」
この和了りで、湧はトップの美由紀に400点差まで迫っていた。それこそ、東一局一本場の芝棒分だけの差だ。
南入した。
それと同時に、美誇人の口元が少し上がり、ニヤッと笑った。東場全部を使ったが、何かを掴んだ様子である。
南一局、みかんの親。
どうもツキの流れは、美由紀から完全に湧に渡ったようである。
美由紀は、早々に仕掛けて行きたいところだが、鳴ける牌が出てこない。
対する湧は、
「ポン!」
四巡目から仕掛けていた。
先ずは{白}を鳴き、続いて、彼女は、
「ポン!」
{中}を鳴いた。
しかし、場には{發}が三枚出ている。少なくとも大三元も小三元も無い。
恐らく狙いは宝玉開花。
しかし、この鳴きと入れ替わりで湧から出てきた牌で、
「御無礼。」
とうとう美誇人が和了った。
「ロンです。12000。」
どうやら、美誇人は湧の牌の切り出し方をある程度、牌譜から読み取っていたようだ。
東場で美誇人が和了らなかったのは、湧が自分の読んだとおりの打ち方をするかどうかを検証していたからである。
湧は、ローカル役満の完成形で使われる牌の近くの牌を最後の方まで持っている傾向があった。
例えば、{一一一}を作りたければ、万が一、手が崩れても{一二三}を作れるように{二}や{三}を聴牌直前近くまで持っている。
つまり、和了り形は決め打ちのように作ってくる割に、牌の切り出しは決め打ちではないのだ。
これは、手なりに打ってローカル役満が出来ている証拠である。ローカル役満を和了る能力ゆえであろう。
なので、先に鳴いた牌からローカル役満としての完成形を予測すれば良い。それができれば、後から出てきそうな牌が、ある程度予想できるし、それで討ち取れば良い。
もっとも、相手の癖が分かっても、それだけで確実に狙いどおり討ち取れるかと言うと、必ずしもそうでは無い。
やはり、これは美誇人だからできることであろう。
続く南二局、湧の親。
湧としても、ここで親の和了りを決めたい。当然、さっきの振り込み分に利子をつけて取り返したい。
八巡目、ここで湧の手は、
{一一①②11東東南西北白中} ツモ{①}
ここから打{②}。
しかし、この牌で、
「御無礼。ロンです。12000。」
またもや湧は美誇人に振り込んだ。まるで吸い込まれるように和了られてしまう。
湧には、なんだか自分から美誇人に点棒が流れるパターンが出来つつあるような予感がしてならない。
パターン化すると、そこからの脱却が難しくなる。
嫌な雰囲気だ。
これで中堅前半戦の点数と順位は、
1位:美由紀 111300
2位:美誇人 104900
3位:みかん 96900
4位:湧 86900
先鋒戦から中堅戦に比べると、非常に点棒の動きが小さい対局のように感じる。
それだけ今までが異常なのだが、阿知賀女子学院や白糸台高校の試合を見ると………いや、厳密には咲や光と言った超魔物の試合を見た後では、今の点差の方が例外的に感じられてしまう。
馴れと言うのは恐ろしいものだ。
南三局、美由紀の親。ドラは{3}。
ここでは、
「ポン!」
二連続振込みで失速した湧に代わって美由紀が序盤から動き出した。
鳴いたのは湧が切った{南}。これで役が付いた。
美由紀の手は、配牌から索子に偏っていた。狙いは混一色。しかも、索子の混一色ならドラ含みの手が狙える。
しかも親。
ここは稼ぐチャンスと見た。
湧自身も和了りを諦めた訳では無い。自分の能力が引き寄せる牌を信じて聴牌を目指して不要牌を切る。
しかし、
「チー!」
これをすかさず美由紀が鳴いた。
どうやら、今の流れで手なりに打つのは、湧自身にとってマイナスにしかならないようだ。他家の手を進ませるだけだ。
ただ、これに気付いたのが遅すぎた。
それから数巡後、
「ツモ! 南混一ドラ3。6000オール!」
渾身の一撃。
美由紀が親ハネをツモ和了りした。
当然、美由紀の力の入った声が対局室全体に響き渡る。
これで中堅前半戦の点数と順位は、
1位:美由紀 129300
2位:美誇人 98900
3位:みかん 90900
4位:湧 80900
美由紀が2位の美誇人との点差を広げた。
南三局で30000点以上の点差。当然、前半戦を美由紀がトップで折り返すと、誰もが思っていた。
綺亜羅の旋風-5
インターハイが始まった。
会場は東京。
夏休み中なので、節子達はインターハイを直接会場まで見に行くことにした。
綺亜羅高校は埼玉県の南よりなので、節子達は都内に出るのに、特に苦労しない。
節子の両手が心配だが、各駅停車に乗ることで満員電車を極力回避した。
シード校の試合は、節子の目からも大変興味深いものが多かった。勿論、ノンシードの高校の中にも光るモノを感じる選手達がいる。
特に節子は、阿知賀女子学院と清澄高校の選手達に興味を抱いた。
決勝戦では、節子が目をつけた阿知賀女子学院と清澄高校の二校と、留学生を中心とした臨海女子高校、そしてチャンピオン宮永照率いる白糸台高校が激突した。
この年の団体戦決勝戦は、先鋒戦から大波乱の展開だった。
まさに奇蹟の連発である。起家の清澄高校片岡優希が、いきなりダブルリーチ、天和、ダブルリーチだ。
天和はインターハイ史上初と言う。
しかし、ドラ爆娘にチャンピオン、そして昨年個人戦3位の実力者が黙っていない。その後、優希は徐々に削られた。
大きく場が荒れたのは副将戦だった。
東三局、先制リーチをかけた原村和が、阿知賀女子学院の鷺森灼の筒子純正九連宝灯に振り込み清澄高校は多く後退。
その後も精神的ショックからか和の振り込みが目立ち、大失点を記録した。
そして、大将戦。
後半戦オーラス開始時の点数は、
東家:阿知賀女子学院 101100
南家:白糸台高校 116800
西家:臨海女子高校 112900
北家:清澄高校 69200
清澄高校は、役満をツモ和了りしても出和了りしても優勝できない最低最悪の状態。もはや優勝を諦める以外に道は無い。
しかも、この局面で咲以外の三人が優勝を目指してリーチをかけてきた。
当然、誰もが清澄高校大将の宮永咲は、自ら負けを決める和了りはせず、和了り放棄してくるものと思った。
ところが、白糸台高校大星淡が中をツモ切りすると、
「ポン!」
これを咲が鳴いた。
次巡、
「カン!」
咲は臨海女子高校ネリー・ヴィルサラーゼがツモ切りした發を大明槓。
嶺上牌は白。
そして、
「もいっこ、カン!」
咲は、そのまま白を暗槓した。
この連槓で、ネリーの大三元の包が確定した。(ここでは、連槓による包を認める特殊ルールと言うことでお願いします)
続く穏乃はツモ切り。
そして、その次に淡がツモった牌は、③だった。淡は、自身の和了り牌ではないのでツモ切り。
すると、再び、
「カン!」
咲が大明槓してきた。
そして、そのまま、
「ツモ、嶺上開花。大三元。」
まさかの役満ツモ。
しかも、この和了りは大明槓による責任払いと大三元の包が適用される。つまり、淡とネリーが16000点ずつ支払う。
その結果、各校の順位と点数は、
1位:清澄高校 104200
2位:阿知賀女子学院 100100
3位:白糸台高校 99680
4位:臨海女子高校 95900
これしかない方法で、咲が奇跡の逆転優勝を決めた。
節子は、感動して涙が出てきた。
個人戦でも咲は大活躍。
まるで彗星帝国の白色彗星の如く圧倒的な力を見せ、決勝進出を決めた。
決勝卓は前年度チャンピオン宮永照、清澄高校宮永咲、千里山女子高校園城寺怜、永水女子高校神代小蒔の戦い。
前半戦は、連続和了のスイッチが入った照から、咲が大明槓による責任払いを仕掛け、そのまま咲が首位を勝ち取った。
照は打点上昇のため、どうしてもリーチに頼らざるをなくなる場面がある。そこを咲が狙い撃ちしたのだ。
そして、後半戦は、咲が十八番のプラスマイナスゼロを披露。総合得点は僅差で咲が照を上回り、咲が優勝した。
宮永咲は、中学時代には聞かなかった名前。
完全に高校デビューの選手だ。
やはり、全国は広いし、高校に進めば新たな実力者が姿を現す。
節子は、
「この人、すっごい!」
完全に咲の大ファンになった。
ただ、ファンであると同時に打倒咲を目指すライバルになりたい。最高の目標を見つけたと言えよう。
インターハイが終わると、節子は長野県大会の牌譜を入手した。
それを見て、再び節子は興奮した。
咲が天江衣と言う超化物から大明槓を仕掛け、数え役満を責任払いさせて逆転優勝していたのだ。
狙って奇蹟を起こせる超魔物。
そんな相手が同学年にいるのだ。
「この手が治れば、きっと宮永さんと戦える!」
節子は、手の完治と対外試合禁止期間の終了が待ち遠しくなった。
今すぐにでも咲と打ってみたい。そんな気持ちで節子の心はいっぱいになっていた。
夏休みが終わり、新学期がスタートした。
そして、再び都内では国民麻雀大会(コクマ)が開催された。
高校二年生と三年生がジュニアAリーグ、高校一年生と中学三年生がジュニアBリーグに区分され、各リーグで各都道府県の代表者5人でチームを組み、団体戦が行われた。
今回も、節子達は会場まで対局を見に行った。
節子の興味は、やはりジュニアBリーグ。
そこでは、長野Bチームが圧倒的な力を見せていた。
信じられないことに、一回戦を次鋒戦、二回戦を中堅戦、準決勝戦を副将前半戦、決勝戦を副将後半戦で他チームをトバし、大将の咲まで回すことなく優勝を決めたのだ。
咲の対局が見られなかったのは残念だが、やはり咲のチームと戦いたい気持ちが、より一層大きくなった。
…
…
…
その翌日、部活が終わると、敬子が少しイラついた声で、
「私、ちょっと泳いでから帰る。」
と言った。
何時もにも増して全然勝てなかったのだ。
節子が見る限り、敬子はデジタル的には全然間違った打ち方をしていない。まさにマニュアルどおりだ。
ただ、毎度の如く、全てが裏目に出ていた。
それに、中学時代からの友人の美和と静香の腕が上がり、自分だけ置いてゆかれた気持ちになっていた部分もあるのだろう。
敬子にとっては、麻雀自体が面白くなくなってきていた。
「向かいのスイミングクラブ?」
と節子が聞いた。
「うん。」
「私、敬子が泳ぐの見てみたい。」
「でも、ただ泳ぐだけだよ。」
「分かってる。イイかな?」(良い華菜、悪い華菜、普通の華菜?)
「イイけど、つまらないよ、きっと。」
「そんなことないよ。他のみんなは?」
「私はパス。これからバイト。」
「私も。」
「私も…。」
結局、見学者は節子一人になった。
ただ、節子は、
「(この超絶美少女を独り占めできるなんてラッキー!)」
と、逆に喜んでいた。
そのスイミングクラブでは、二階にラウンジのようなものがあって、そこからプールで泳ぐ人達の姿が見られるようになっていた。
節子は、そこから敬子の姿を見つけた。
「やっぱ、細くて小顔で脚長っ! それなのに、胸は、それなりにあるし、完璧にストライクど真中だわ!」
やはり敬子は目立つ。
その場に居る誰よりも美しい。
敬子がプールに飛び込んだ。
潜水だ。
もの凄く綺麗な肢体。なんだか、人魚が泳ぐ姿を見ているようだ。
しかも、とんでもないスピードだ。
あっという間に50メートルを潜水で泳ぎきった。
「マジで!?」
こんなこと、節子には到底不可能だ。
やはり敬子は不思議ちゃんだ。
その後、敬子は何回か50メートルの潜水を披露すると、節子のいるラウンジまで上がってきた。
節子は、この時、敬子から見たことのない強大なオーラを感じていた。こんな敬子を見るのは初めてだ。
「お疲れ。マジ凄いね。」
「別に大したことじゃ…。」
「大したことだって。私には、あんな泳ぎはムリだよ。」
「そんなこと無いってば。」
なんだか、褒められても余り嬉しくなさそうな雰囲気。
褒められ慣れていないのだろうか?
敬子はウォーターサーバーの横に備え付けてある紙コップを取ると、カップに注ぎ、水を身体の中に一気に流し込むように飲んだ。
結構喉が渇いたのだ。
ちなみに、この水は無料だ。
そして、敬子は二杯目の水を注ぐと、それを持って節子のいるテーブルまで来て椅子に腰を降ろした。
「私も水欲しいかな。」
「じゃあ、ちょっと待ってて。」
節子は両手が使えない。
それで、敬子が節子の分の水を取ってきてくれた。
「でも、あれだけ泳げるのに、うちの高校に水泳部が無いのは残念だね。」
「別に部活とかで水泳をやりたいって思わないからイイよ。」
「なんで?」
「中学1年の時に水泳部に入ったんだけど、フォームとか色々うるさく言われるし。それに、私、平泳ぎが下手でさ。フォームが下手過ぎとか言われて。それで、水泳部を辞めたんだ。」
でも、敬子の平泳ぎは余り想像したくない。平泳ぎの選手には申し訳ないが、敬子には平泳ぎの脚の動き………カエルのような脚の動きをして欲しくない。
やはり、さっき見せてくれた人魚のような潜水が一番似合っている気がする。あれは、正直綺麗だ!
会話をしながら、節子は間違った振りをして敬子が飲んでいたほうの紙コップを取った。確信犯だ!
そして、そのままカップに口を付けた。
すると、
「ちょっと、それ。」
敬子が少し嫌な顔をしていた。
「あっ! 間違っちゃった? ゴメン。そっちのを飲んでイイから。」
「でも、嫌じゃない?」
「なんで?」
「私が口を付けたのを飲むの、抵抗無い?」
「別に。」
「そうなんだ。」
「なんで、そんなこと聞くのか分からないけど…。」
「だって、ほら。私って最初は珍しがられてるのか、人が寄ってくるけど、すぐにみんな近寄らなくなるじゃない? すぐ飽きられちゃうみたいで。」
「(綺麗だから男子が群がり、残念な美少女と知って群がらなくなるだけだけどね。)」
「それに、殆どの女子には嫌われてるし…。」
「(それは、美人過ぎるからね。あとKY発言が多いし。)」コノオマケストーリーノナカデハKYハツゲンハイマノトコロナイケドネ
「だから節子も、私のカップを口にするのなんて嫌なんじゃないかって思って。」
「そんなこと無いよ。それに私だけじゃなくて、美和だってワシズだって敬子とずっと一緒にいるじゃん。」
「そうだけどさ…。」
「麻雀部って居場所があるんだからさ。」
「でも、なんだか私だけ麻雀が弱いままだし…。」
「(やっぱり強くなりたいか…。)じゃあ、敬子にどんな打ち方が合ってるか、少し考えてみるね。」
「ホント!」
「うん。」
「節子の指導で静香も美和も強くなったし。次は私の番って思ってイイんだよね?」
「うん。」
「お願いね。」
「分かってる。」
「じゃあ、もうひと泳ぎしてくるね!」
「それじゃ、クロールを見せてくれない? 凄いタイムで泳ぐって聞いたから。」
「凄いかどうかは分からないけど、やってみる!」
敬子は、元気を取り戻すと、再びプールへと向かった。
一方の節子は、
「(敬子の紙コップだぁ!)」
敬子が口を付けたところが何処だか分からなくなったので、紙コップを口にすると縁を一周させた。
「(どうだ、野郎ども! この紙コップが欲しいか! これで間接キスはもらったぞ! 世の男どもめ! この美女は、今、私のモノだ!)」
そんなことを心の中で口走っていた。
再び敬子がプールに姿を現した。
節子のいる場所から見て反対側の壁には時計があった。しかも秒針付きだ。
敬子がプールに飛び込んだ。
節子は、敬子の姿を追いながら秒針をチェックする。
ムチャクチャ早い。
隣のコースを泳ぐマッチョな男や、そのさらに隣でバタフライを披露する男を一気に追い抜き、あっという間に敬子は50メートルを泳ぎきった。
たしかに26秒くらいだ。凄いタイムだ。
そう言えば、さっき敬子が上がってきた時に見せたオーラ。あれは、いったいなんだったのだろうか?
あのパワーを麻雀に生かせたら強くなれるのではなかろうか?
節子は、直感的にそう思った。
でも、なんで敬子は、あの時、あれだけのオーラを纏っていたのか?
節子は、ふと敬子の言葉を思い出した。
「フォームとか色々うるさく言われるし。」
「フォームが下手過ぎとか言われて。」
もしかして、自由度が無いとダメとかかな?
でも、敬子の麻雀はマニュアルどおりだし、別にマニュアルが嫌なわけじゃなさそうだけど………。
いや、でも、もしかして?
本当は我流を好むとか、そんなところがあるんじゃなかろうか?
だったら、ちょっと試してみようか?
敬子だけのマイセオリー麻雀!
それから少しして、敬子が節子のところに戻ってきた。
「クロール泳いでみたけど。」
「凄かった。本当に26秒とかなんだね。感動したよ。」
「そんな、大袈裟だってば。」
「そんなことないよ。それとさ、ふと思ったんだけど、もしかして敬子は麻雀を自分の好きなように打っていないってことって無い?」
「多少ある。でも、オタ風、19牌、役牌の順に切るみたいに言われてるし、両面とか両嵌とかを残すのも普通みたいに言われてるでしょ。だから、その通りにしてるんだけど。」←オタ風と19牌を切り出す順は人によって逆の場合もあります
「(やっぱりそっか。)」
「でも、やっぱり運が悪いんだろうね。裏目しか来ないし。」
「もしかするとだけど、敬子だけのマイセオリー麻雀をやったらイイのかな…なんて思ったのよ。」
「マイセオリー麻雀?」
「明日、部活で色々試してみよう。」
「でも、どんな麻雀だろう?」
「それは、明日、敬子の打ち筋を見ながら考えてみるよ。」
「分かった。」
とは言え、敬子は少し不安げな表情をしていた。
今、この場ですぐに明確な答えが見えてこなかったからであろう。