咲-Saki- 阿知賀編入   作:いうえおかきく

130 / 221
百三十本場:45000点差

 春季大会決勝戦、大将前半戦。

 東四局、和の親番。穏乃の能力スイッチが入ったところだ。

 

 どうやら、卓上にかかる靄が見えるのは桃子だけのようだ。

 山支配も始まっている。

 桃子は、この時、以前に比べて、山支配が厳しくなった感じを受けていた。偶然かもしれないが、有効牌が一層、来にくくなった気がする。

 

 一方の和と敬子は、少なくとも桃子よりは手が進んでいるように見える。やはり、二人とも穏乃の能力の影響を余り受けていないのか?

 

 穏乃の背後に、微かだが火焔が見え隠れしている。

 やはり、山支配が発動した今、場全体を支配しているのは穏乃であろう。

 

 場が進むに従って、靄が次第に濃くなって行く。ただ、それをまともに感じている人間は、ここでは桃子だけのようだ。

 中盤をそろそろ終えようとした時、

「ツモ。」

 小さな声で穏乃が和了った。

「タンヤオツモドラ1。1000、2000。」

 前三局の和や敬子の和了りに比べると、30符3翻と派手ではない。しかし、この和了りは、明らかに穏乃が場を支配していることの証明であろう。

 

 

 南入した。

 南一局、敬子の親。

 ここでも穏乃の能力は継続している。

 敬子も和も、一向聴までは手が進んだようだが、その先に進めない。穏乃の山支配の影響だろう。

 やはり、敬子も和も他人の能力から受ける影響が一般人よりも若干少ないだけで、全く影響されないわけでは無さそうだ。

 

 一方の穏乃は、順調に手が進んでいる。後半では穏乃の支配力が上がって行くことを改めて感じさせられる。

 今回も山が深くなるにつれて靄が濃くなる。前局に比べて視界が悪くなっているのを桃子は感じていた。

 一方の和と敬子は、視界が悪くなった雰囲気は無い。二人とも、穏乃の山支配は効いていても、能力による幻影までは感知しないようだ。

 

 しかし、幻が見えなくても、手が進まないのは変えられない。

 ここでも先に聴牌したのは穏乃だった。

 ただ、リーチはかけない。

 そして、

「ツモ。タンピンドラ2。2000、4000。」

 聴牌した次巡、穏乃が和了りを決めた。

 点数申告の声が、前局よりも少し大きくなった気がする。やはり、穏乃としても満貫を和了れて喜びはあるのだろう。

 ただ、穏乃は、まだそれを余り全面には出さない。点棒を受け取ると、黙って卓中央のボタンを押した。

 

 

 南二局、穏乃の親。

 場が進むほど、そして局が進むほど穏乃の支配は強力になり、それと同時に卓にかかる靄も濃くなる。

 この靄も、いずれ濃霧と呼ぶに相応しいものになる。

 

 桃子の視界は既に悪い。

 何も感じない和や敬子のほうが、むしろ異常に感じる。

 とうとう桃子の目に、穏乃の背後に出現する火焔がはっきりと見えた。

 その直後のことだ。

「ツモ!」

 またもや穏乃が和了りを決めた。

「タンピンツモ一盃口ドラ1。4000オール!」

 しかも親満である。

 この和了りで、とうとう穏乃が首位に立った。

 

 南二局一本場。ドラは{4}。

 ここでも前局と全く雰囲気が変わらない。穏乃の支配が場全体を覆う。

「ポン」

 とうとう穏乃の親を流すためか、和が鳴いた。役牌では無い。チュンチャン牌だ。

 恐らくクイタンを狙っているのだろう。

 しかし、無理な状態から鳴いたのだろう。残りの手牌を和了れる状態に持って行くのに苦労していそうだ。

 

 一方の穏乃は未だに門前で手を進めている。

 たしかに穏乃は余り鳴かないほうだが、連荘を考えたら、もう少し仕掛けて行くのが普通である。

 恐らく、山の何処に何が隠れているのかをある程度把握しているので、余程のことが無い限りは鳴く必要が無いのだろう。

 

 穏乃の配牌は、

 {二四五八九②[⑤]⑧⑧8西北白中}

 

 ここから七巡で、

 {二二四[五]六④[⑤]⑧⑧⑧468}

 

 そして、次巡、穏乃は{⑥}をツモって聴牌。

 誰もが打{8}でタンヤオ三色同順ドラ3を狙うと思った。

 しかし、ここから、まさかの打{4}(ドラ)。

 これを、

「ポン!」

 待ってましたとばかりに和が鳴いた。これで和のドラ3………、つまり和了り役を足すと満貫が確定したことになる。

 

 ところが、和が鳴いたその時、ほんの一瞬だが穏乃の顔に笑みが灯った。まるで、計算どおりとでも言いたそうだ。

 そして、穏乃は次のツモで、

「ツモ。」

 {7}をツモって和了った。

「タンヤオツモドラ2。3900オールの一本場は4000オール。」

 和のドラポンは、穏乃のシナリオどおりの鳴きだったのだ。

 

 これで大将前半戦の点数と順位は、

 1位:穏乃 125000

 2位:敬子 107100

 3位:和 89900

 4位:桃子 78000

 穏乃がトップに立っていた。

 

 南二局二本場。ドラは{③}

 この局、桃子の配牌は、

 {一三六九②③[⑤]68東南西白}

 

 ここから七巡で、

 {一二三九②③[⑤]789南南南}  ツモ{①}

 聴牌した。

 いや、穏乃の山支配が発動する中、珍しく聴牌させてもらえたと言うべきか?

 普通は、ここから打{[⑤]}の九単騎を取るだろう。勿論、桃子もそのつもりだった。

 

 この時だった。桃子は穏乃の背後に再び火焔を見た。

 しかも、東四局で見えた時よりも遥かに激しい。業火と呼ぶに相応しい。

 直感的に、ここで素直に打ったら穏乃に打ち取られる。そう桃子は思った。

 

 この時、穏乃は、

 {二三四五六七③④33777}

 {②⑤}待ちで聴牌していた。

 桃子にダブ南チャンタドラ1を聴牌させて、それで出てきた{[⑤]}で打ち取るシナリオなのだ。

 

 桃子は、

「(これは、罠っス。だったら、こう行くっス!)」

 打{九}で振り込みを回避した。

 

 次巡、穏乃は{南}をツモ切り。

 そして、桃子は、次のツモで、

「ツモ!」

 まさかの{[⑤]}を引いて和了った。

「ダブ南ツモドラ3。3200、6200っス!」

 ここでのハネ満ツモは嬉しい。

 しかも、これでヤキトリも回避の上に順位も4位から3位に浮上した。まさにナイス{九}切りであった。

 

 

 南三局、桃子の親。ドラは{中}。

 前局よりも、さらに靄が濃くなっている。視界が悪い。

 しかし、そう思っているのは桃子だけである。

 

 この局、

「ポン!」

 一巡目に桃子が捨てた{中}を、敬子が鳴いた。これで中ドラ3が確定である。

 初っ端なら、配牌で対子になっていない限り鳴かれることは無い。確率的には鳴かれる可能性が低いと考えて第一打で捨てたのだが…。

 ただ、これで一つ確定した。敬子にもステルスは通用していない。

 

 和にステルスが通じないのは分かっていた。

 穏乃にも、東三局まではともかく、東四局以降になったら多分通じないだろうとは思っていた。能力をキャンセルされるからだ。

 ただ、敬子にも効かないとは………。

 

 可能性は二つ考えられる。

 一つ目は、穏乃に能力をキャンセルされ、ステルス自体が発動していないこと。

 そして、もう一つは、敬子自身が自分に降りかかる分だけだが、他人の能力をキャンセルする力があることだ。

 桃子は、なんとなく後者の可能性を考えていた。穏乃の能力を受けているはずなのに、驚きもせず普通に打っているからだ。

 大抵は、誰でも東四局から現れる靄に、何らかの反応を示すはずなのに……。

 それとも、昨日の準決勝戦で経験したから、今更驚かないと言ったところだろうか?

 

 いずれにしても桃子は、

「(やっぱり綺亜羅の大将は、他者の持つ能力のうち自分に降りかかる分だけをキャンセルしてると思っていた方が良さそうっスね。)」

 と判断した。

 ただ、これで桃子は意気消沈するどころか、むしろ燃えた。まるで一昨年の夏の県予選で和にステルスを破られた時と同じ感覚だ。

 

 六巡目に突入した。

 ここで敬子は、

「やっとかぁ。」

 こう言うと、

「ツモ! 中ドラ5。3000、6000!」

 中三枚以外に赤牌を二枚持つ手だった。

 

 これで大将前半戦の点数と順位は、

 1位:敬子 115900

 2位:穏乃 115800

 3位:桃子 84600

 4位:和 83700

 たった100点差だが、敬子がトップを奪い返した。

 綺亜羅高校も大将戦を取れば勝ち星二で白糸台高校に並ぶ。当然、敬子も勝ちに行く気満々だ。

 

 

 そして、大将戦は前半戦オーラスに突入した。

 親は和。

 穏乃の能力が最大値になる局。当然、全ての能力はキャンセルされるはずである。

 ところが、自分に降りかかる全ての能力を跳ね返せる輩が、この卓には二人いる。和と敬子だ。

 ここに来て、和は、

「チー!」

 三巡目で早々に鳴いてきた。

 その次巡には、

「ポン!」

 今度は敬子が捨てた{南}を鳴き、その四巡後には、

「ツモ。南混一色ドラ2。4000オールです。」

 完全に穏乃の山支配を跳ね返し、親満をツモ和了りした。

 しかし、まだ和は3位。

 当然、

「一本場です!」

 連荘を宣言した。

 

 オーラス一本場。

 ここでも和は、

「ポン!」

 二巡目と早いうちから東を鳴き、その三巡後に、

「ツモ。東ドラ2。2100オール。」

 さっさと和了った。

 そして、

「二本場です。」

 再度、連荘を宣言した。

 

 オーラス二本場も、

「チー!」

 早い巡目から積極的に仕掛け、

「ツモ。1200オール。」

 他家を寄せ付けないスピードで和了りを決めた。

 

 現在の大将前半戦の点数と順位は、

 1位:敬子 108600

 2位:穏乃 108500

 3位:和 105600

 5位:桃子 77300

 和がトップと3000点差のところまで追い上げてきた。

 次に和が和了ればトップを取れるかもしれない。前後半戦勝負とは言え、前半戦でトップに立ち、後半戦を優位に迎えたいのは多くの人が思うところだ。

 当然、和は、

「三本場です。」

 さらなる連荘を宣言した。

 

 オーラス三本場。

 ここに来て、珍しく、

「ポン。」

 二巡目で穏乃が敬子から自風の{西}を鳴いた。和だけではなく、穏乃も自分がトップで前半戦を折り返す気なのだ。

 その二巡後、

「チー。」

 再び穏乃は敬子から{①}を鳴き、その次巡、

「ツモ。西ドラ1。500、1000の二本場は700、1200。」

 安手だがツモ和了りして前半戦を終了させた。

 

 これで大将前半戦の点数と順位は、

 1位:穏乃 111100

 2位:敬子 107900

 3位:和 104400

 4位:桃子 76600

 桃子の一人沈みとなった。

 相手は全国上位レベルの実力者達。その中で戦い抜くには、やはりステルスの力がないと勝負にならないことを桃子は改めて痛感していた。

 

 

 休憩に入った。

 

 早速桃子は、ステルスの力を使って皆の視界から消えた。別に逃げ出すわけではない。一人で気楽に時間を潰すためだ。

 

 和は、一旦対局室を出た。

 本当は、穏乃と久し振りに話がしたいところだが、今は敵同士。しかも、ともに優勝を賭けたこの一戦。

 互いにベストを尽くすため、今は下手に会話を交わさない方が良いだろう。そう和は判断したのだ。

 

 敬子は、

「(やっぱり、あれが無いと調子狂う!)」

 そう心の中で叫びながら自販機コーナーへと向かった。

 そして、

「やっぱり、これを飲まなきゃね!」

 彼女は、つぶつぶドリアンジュースを購入すると、その場で一気に飲み干した。

 さらに彼女は、

「このまま戻ったら美誇人に怒られそうだからね。」

 一旦トイレに行って口を濯ぎ、ドリアン臭を極力落とした。KYな娘ではあるが、今、彼女は、彼女なりに気を使おうとしていたのだ。

 

 一方の穏乃は、対局室に残っていた。

 卓についたまま目を閉じて心を集中していた。

 前半戦は、一応トップを取れたが、総合得点は、

 1位:白糸台高校 1095200

 2位:阿知賀女子学院 1050200

 3位:綺亜羅高校 1033700

 4位:永水女子高校 420900

 阿知賀女子学院は、まだ白糸台高校に45000点もの差をつけられている。これを逆転できなければ優勝できないのだ。

 しかし、山が高ければ高いほど、その道が険しければ険しいほど穏乃は燃える。

『この山、登り切る!』

 と気合いが増す。

 それに、この一戦には前人未到の春夏春の三連覇がかかっているのだ。当然、まだまだ優勝は諦めない。

 

 

 それから暫くして、和、桃子、敬子が対局室に戻ってきた。

 別に敬子からはドリアン臭はしない。きちんと洗い流せたようだ。

 

 

 場決めがされ、起家は和、南家は桃子、西家は敬子、北家は穏乃に決まった。

 これを控室のモニターで見ていた憧は、

「ラス親引いてくれた。シズなら、これできっと勝ってくれるよね!」

 そう言いながら、穏乃の大逆転勝利を心の底から祈っていた。

 

 和と穏乃の点差、45000点は、主に憧とゆいで作ったものである。

 厳密には、咲が中堅後半戦で逆転勝利の演出などしなければ、余裕でひっくり返っていた可能性はある。

 しかし、それでも咲は前半戦で308800点を叩き出してトータルで余裕の勝ち星を取っている。

 さすがに咲のせいとは言えない。

 

 美由紀も、あの面子を相手によく頑張ったと思う。湧は、インターハイ個人戦では憧よりも上位だった。女子高生ランキングは8位。

 その湧を相手にしての2位。

 1位は安定した強さを誇る綺亜羅高校の三銃士の一人。

 美由紀が勝ち星を得られなかったことを誰が責められるだろうか?

 

 なので、これで、もし穏乃が勝ち星を取っても得失点差で負けたなら、それは自分とゆいが戦犯であるとの自覚が憧にはあったのだ。

 

 今になって、自分が驕り高ぶっていたことも理解した。

 あの一回戦が終わった直後の『余裕発言』は、周りから叩かれて当然だ。

 

 対局室では、卓中央のスタートボタンが押されていた。

 これより、優勝を決める大将後半戦が始まる。




怜「今回で終わらせたいんで、あんまり細かくは書かへんで!」

爽「まあ、あらすじだけ書いたって感じだね。特に後半。」




綺亜羅の旋風-8


節子は、救急車で至急病院に運ばれた。
身体は生きている。
心臓は動いている。
しかし、頭蓋骨が陥没していたとのこと。脳波はメチャクチャだった。

美和達が病院に駆け付けたが、面会謝絶の状態だ。今は、節子が何とか助かることを、ひたすら祈ることしかできなかった。





その二日後の夜のことだった。
静香は、急に寝苦しくなって、目が覚めた。
時計の針は、午前二時を示していた。
ふと、静香の耳に女性の声が聞こえてきた。
「人魚姫を海に連れてって。」
聞き覚えのある声。
多分、これは節子の声だ。
しかし、そこには自分ひとりしかいない。
「えっ? 節子?」
「お願い!」
いったい何だったのだろうか?
その後、再び部屋は静まり返り、節子の声は聞こえなくなった。


丁度同じ頃、敬子も部屋で一人、起きていた。
ただ、敬子の場合は静香と違って全然寝付けずにいた。節子が救急搬送されて以来、一睡もしていない。
彼女は節子の容態が気になって眠れなかったのだ。
もともと何か気になることがあると、それだけで頭の中がいっぱいになってしまうタイプだからだろう。

敬子が上体を起こしてベッドの上に座った。

突然、部屋の中央にうっすらと光る人型の何かが現れた。こんな現象が起きたら、普通は恐ろしさを感じるだろう。
間違いなく心霊現象だ。
しかし、敬子には特段恐怖は感じられなかった。
むしろ暖かい何かを感じる。

「敬子。」
「もしかして、節子?」
「うん。」
「もしかして夢? でも…、なんでここにいるの?」
「どうしても敬子に会いたかったから。それに、敬子には私の穴を埋めて欲しいから。」
「それって、どういうこと?」
「敬子は麻雀、もっと強くなれる。私に潜水を見せてくれた直後に敬子が纏っていた強大なオーラ。あれを出せるようにして欲しいのよ。」
「そう言われても、分かんないよ!」
「潜水で泳ぐの好きでしょ?」
「うん、一応…。」
「打つ時に、潜水している時のことを思い浮かべて。今よりも、もっと楽しい気分で打ってくれれば良いと思うから。」
「今でも、十分楽しいよ!」
「でも、もっと楽しくなるはず…。じゃあね、敬子。」
それだけ言うと、節子の姿は、その場から消えた。

その直後、突然、敬子のスマートフォンから着信音が鳴り響いた。
敬子が慌てて出ると、
「敬子?」
美和の声だ。
どうして、こんな時間に?
嫌な予感がする。
「たった今、節子のお母さんから電話があって…。節子が死んだって。」
「えっ?」
やっぱり………。
じゃあ、さっきの節子は?
幽霊?
でも、真っ先に、ここに来てくれたってことは、それだけ節子は私のことを気にかけてくれているのだろう。
そう思いながら、敬子の目からは怒涛の如く涙が溢れ出てきた。


翌朝、綺亜羅高校では節子の死がアナウンスされた。
そして、その日の午後には、節子は礼子に殺されたとの噂が校内で流れ始めていた。
事故の直後に、現場付近で礼子の姿を目撃した生徒が複数人いたためだ。


たしかに現場には礼子がいた。
警察でも、現場付近の防犯カメラをチェックしており、事件時刻に礼子が付近にいたことを確認していた。
それと、交差点を移す防犯カメラの映像から、節子は明らかに後ろから道路に押し出されていたことも確認されていた。

礼子は昨年、節子を相手に傷害事件を起こしている。
それで礼子は退学処分。
対外的なことを考慮して、書類上は綺亜羅高校を自主退学していたが、やはり事件を起こしたことが意外と周りにはバレていた。
一応、礼子は通信制の高校に編入したが、日中は時間をもてあましている。それでバイトがしたかったのだが、そんな事件を起こした人間を採用してくれるところはない。
近所からも完全に犯罪者扱い。
そう言った状況を警察も掴んでいた。
それで警察も、節子への逆恨みから、礼子が今回の節子の事故に絡んでいる可能性があると考えていた。

しかし、交差点を映しているカメラでは礼子の姿が見切れていて、彼女が犯人であるとは断定できなかった。
証拠不十分である。
結局、誰が節子を道路に押し出した犯人なのかは分からなかった。


数日後、節子の葬儀が執り行われた。
通夜、告別式を通じて、感情を余り表に出さない敬子が、ずっと大泣きしていた。
それこそ、周りからは親姉妹が死んでもケロッとしているんじゃないかとさえ言われていた敬子だが………。
それだけ節子に懐いていたと言える。





綺亜羅高校麻雀部は、もっとも大きな柱を失って意気消沈していた。
しかし、残されたメンバーで節子の悲願………阿知賀女子学院や白糸台高校、龍門渕高校と言った超強豪校と戦って自分達の力を試したい。
できれば、チームとして勝ちたい。

当然、再稼動しなければ………。

先ず節子の後任の選出だが、これは、満場一致で、現エースであろう美和に部長を引継いでもらうことに決まった。
副部長は、静香が継続する。





学年末試験も終業式も終わり、時は既に春休みに突入した。

いよいよ春季全国大会が始まった。
大会会場は都内。
当然、美和達は、その大会を見に行った。


そこで、美和達は新たな衝撃を受けた。
ドイツチームのエース、ミナモ・A・ニーマンこと、宮永光が白糸台高校に編入していたのだ。どうやら、咲の従姉妹らしい。

北欧の小さな巨人と呼ばれるだけこのとはある。
二回戦で渋谷尭深の代わりに出場すると怒涛の連続和了を見せ、あっという間に館山商業高校のトビで終了させた。

準決勝戦では、咲vs光の超魔物対決。
決勝戦では咲、光、ネリーを相手に冷えた透華が強力な支配を見せた。その支配力が消えると、今度は咲が全員の点数を完全リセット。
やはり咲は点棒の魔術師だ。

決勝大将戦では、衣が序盤で大量リード。しかし、それを穏乃が追い、最後の最後で大逆転。阿知賀女子学院が初優勝を決めた。

これを見て美和達は、節子の悲願、打倒咲、打倒阿知賀女子学院に加えて、打倒光を心に誓った。





春季大会終了後、静香の発案で、美和、静香、美誇人、鳴海、敬子、喜美子、奈緒、真帆の八人で湘南の海に出かけた。
節子が亡くなる直前に、静香が聞いた言葉を実行に移したのだ。
今では、昭和の頃と違って埼玉県からでも神奈川県に行きやすい。


敬子が、いきなり裸足になって波打ち際ギリギリのところを歩き始めた。
たいてい敬子は、誰かに言われて動き出すタイプで、今回のように自分から動き始めることは珍しい。
どうやら、海に来たことが相当嬉しかったようだ。

大きな波が来た。
みんなは、濡れないように少し後ろに下がった。それが殆どの人の反応だろう。
しかし、敬子は足を止めて避けようとはしなかった。
言うまでも無く、敬子の脚が海水で濡れた。

何故か敬子は、そのまま少し海の中へと進んでいった。そして、彼女のふくらはぎ辺りまでが海に浸かった。
そのまま、敬子は海岸線を見ながらボーっとしていた。

なんかヤバくないか?
「敬子! 何してんの!?」
静香が大声で敬子を呼んだ。
その声に反応して振り返った敬子の全身からは、今まで見たことも無いような強大なオーラが放たれていた。
能力者である美和、美誇人、静香、鳴海の四人は、その強烈なパワーを否応無く感じ取っていた。
ただ、これは能力者独特のものなのだろう。喜美子、奈緒、真帆の三人には何も感じられなかったようだ。


その日、八人は旅館の大部屋に泊まった。
しかも麻雀部員である。
当然の如く、その日の夜は麻雀大会になった。

この時、敬子は、節子の霊に言われた、
『潜水の時の………』
の言葉を思い出していた。

静香は、
「(多分、節子ならこうするだろうからね。)」
まず敬子の初戦の相手に鳴海、美誇人、そして静香自身を当てた。海で敬子は何かを掴んだはずである。それの確認だ。

場決めがされ、起家が敬子、南家が美誇人、西家が鳴海、北家が静香になった。

東一局。
敬子の捨て牌は、相変わらず、
東南西北白發

読みようの無い河だ。
美誇人も鳴海も静香も、一応、敬子の様子を見ながら打っていた。今までの敬子とは雰囲気が全然違うからだ。
しかし、この六巡目で、
「(多分、次で敬子が捨てる牌だと思うけど………。)」
百戦錬磨の美誇人が中を切った直後、急に敬子のオーラが膨れ上がったかと思うと、
「ロン! 一盃口ドラ3。12000!」
敬子に親満を和了られた。
この時、三人の目には、何故か敬子の下半身が魚のように見えていた。完全に麗しき人魚姫の姿だ。

東一局一本場も、
「ツモ! 6100オール!」
敬子が和了りを決めた。

完全に、場は敬子に支配されていた。
豪運の静香にも、今日の敬子は止められなかった。
鳴海は槓まで持って行けなかったし、美誇人も場の流れを読みきっても、それを勝利に繋げるには至らなかった。
と言うか、自らの能力を発動して敬子の対峙しているつもりなのだが、何故か敬子に先に和了られてしまう。

この半荘は、まさかの美誇人のトビで終了。
その後も、後に綺亜羅三銃士と呼ばれる彼女達を相手に、敬子は1位を連発した。
まさに人魚パワーの大爆発。
完全に敬子の覚醒であった。


窓の外には、一人の女性の姿があった。
その女性………節子は、宙に浮きながら、部屋の中で強敵を相手に勝利する人魚の化身の姿を、じっと見詰めていた。
「(これなら私が抜けた穴を埋められる。頼んだよ、敬子。それから美和、美誇人、静香、鳴海。そのKYな人魚のことをよろしくね!)」
節子は、そう心の中で呟いた。
「(KYな人魚は完全にマイペース。他人の能力に影響されずに自分の世界の中で自由に泳ぎまくる。でも、まだ獲得素点では美和には敵わないかな。美和には、喜んで振り込んでくれる人が沢山いるから………。)」
そう思いながらも、節子は、今の敬子の姿に十分満足していた。

「(じゃあ、いずれまた会いましょう。)」
別にみんなが死ななくても、また、みんなと打てる日が来る。
勿論、咲をはじめとするこの時代のスター達とも牌を交わすことができるだろう。
節子は、そんな予感を持ちながら、一旦、天へと帰って行った。





美和達は、全員、無事に2年生に進級できることが決まった。
留年者はいない。

再び夏の大会のエントリーが始まった。
ただ、エントリー締め切り日は対外試合禁止期間内に入っていた。残念だが、夏の大会のエントリーは見送ることになった。


これで、インターハイもコクマも出られない。
美和達の煮え切らない心を他所に、世間では美和達が出場を夢見ているインターハイ、コクマと、大きな大会が繰り広げられて行った。

衣、光、憩、淡と言った超魔物が威厳に満ちた顔をしているのは分かる。
ただ、チャンピオンの咲には、少しは威厳を持ってもらいたいところが………。威厳の欠片も無いし………。
そんなことより、気に入らないのは、美和達よりも明らかに弱い選手が有名選手として大きな顔をしていることだった。
『絶対にこいつらに勝ってやる!』
そんな気持ちが美和達の中で強くなっていった。

そんな中で美誇人は、
「宇野沢妹かわいい。お持ち帰りしたい!」
早速、宇野沢栞の妹、宇野沢美由紀に目を付けていた。



そして、いよいよ待ちに待った秋季大会のエントリーが始まった。
美和と静香は、エントリー初日に参加申し込みを行った。久々に埼玉県の高校生麻雀大会のトーナメント表に綺亜羅高校の文字が載ることになった。

今度は、問題を起こす者はいない。
その翌々週の木曜日から日曜日にかけて、埼玉県大会が開催され、綺亜羅高校は、無事に出場することができた。
ルールは赤牌あり責任払いあり二家和(ダブロン)あり。春季大会とは二家和ありだけ異なる。

「絶対に勝つよ!」←美和
「まあ、負ける気はしないけどね。」←美誇人
「多分、調整にもならないでしょ。」←鳴海
「全試合、目指すは勝ち星五だよ!」←静香
「でも、ホントに勝てるのかな、私達?」←敬子
相変わらず、自己評価の低い敬子であった。

大会期間中、敬子の髪はレギュラー陣達がとかしてあげた。
少なくとも残念な美少女にしてはいけない。それが、美和達の合意事項であり、顧問である校長や理事長の意図するところでもあった。
基本的に、校長も理事長も敬子ファンである。


敬子の心配を他所に、埼玉県大会では全試合勝ち星五で余裕の優勝を決めた。


世界大会では、列車事故被害で荒川憩が出場できず、天江衣も急病のため決勝戦を欠場する不利な状態にありながらも日本チームが二連覇を成し遂げた。
その原動力ともいうべき宮永咲の闘牌に、美和達も改めて感動したし、美和自身も節子以上に咲のファンになっていた。


世界大会が終わると、関東大会(東京都を除く)が開催された。
ルールは埼玉県大会と同じ。

五人全員が、孤高と言うか一匹狼みたいな独特の雰囲気を纏う綺亜羅高校。
豪運の鷲尾静香(二年:ワシズ)。
槓ドラモロ乗りの竜崎鳴海(二年:リュウ)。
非常に読みが鋭く人鬼とも呼ばれる鬼島美誇人(二年:カイ)。
第二エースは不思議ちゃんで美少女、稲輪敬子(二年)。
そして、エースは女子高生ホイホイの的井美和(二年)。

ここでも綺亜羅高校麻雀部のレギュラー全員がその実力を発揮し、やはり全試合勝ち星五で余裕の優勝を決め、その名を全国に轟かせた。





さらに時が過ぎ、春季大会へと突入した。
幸い、ルールは昨年の点数引継ぎ制から星取り戦に変わった。
これなら、突出した選手の存在よりも総合力の高いチームの方が有利だ。

綺亜羅高校のメンバーは全員が強い。超魔物には勝てないかもしれないが、それ以外の相手なら負ける気はしない。
だったら目指すは優勝。

節子の悲願達成に向けた大会が、いよいよスタートした。





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