インターハイAブロック二回戦中堅後半戦。
東二局二本場、マホの親。
この対局を、控室のモニターを通して見ながら、
「マホちゃんのコピーは、恐ろしさと穴が表裏一体ですね。」
と咲が言葉を漏らした。
これが、マホの能力に対する、咲の今の感想だった。
その隣で恭子が、
「うちもそう思うわ。まさか咲や光、元チャンピオンまでコピーするとは思わんかったけどな。」
と言いながら頷いていた。
しかし、恭子は、マホのことを咲や光レベルの超魔物とは思っていなかった。
「でも、そこまでコピーできるんは凄いと思うけどな、結局、体力が追いついてへん。多分、ここからは、ゆいに削られるやろ。」
たしかに休憩時間に、ゆいに明確なアドバイスをしてあげることは出来なかったが、それは、どこで誰の麻雀が飛び出すか分からなかったためである。
これは晴絵としても同じであった。
それに、後半戦でのマホのスタートダッシュは凄まじい。これが25000点持ちであれば既に東一局で箱割れ終了である。
加えて前半戦での大量得点。
マホがコピー能力を使い続けている間は、どう足掻いても、ゆいの力では前後半戦トータルで逆転することは不可能だろう。
しかし、ガス欠を起こせばマホは単なる三流雀士に成り下がる。そうなれば、ゆいにも一応勝機はあると恭子は踏んでいたようだ。
ただ、咲は恭子とは別の角度からマホのことを考えていた。
「それもありますけど、マホちゃんの凄いところは、私やお姉ちゃんが、その時に置かれていた状況とか立場とかに関係なく模倣できていることなんです。」
「ちょっと、それ、どう言うことか詳しく教えてくれへんか?」
「はい…。」
咲が恭子に説明し始めた。
…
…
…
咲が感じたマホの能力の恐ろしい点は、コピー元の相手が見せた能力に準備期間が必要であっても、それをマホは省略可能なことである。
これは、コピーが一局しか使えないことに起因しているのだろうが、例えば照の九連宝燈は、八回のツモ和了りを経て発動するのに対し、マホは、それをせずに、いきなり九連宝燈を和了っている。
優希の東初数え役満も、それを和了るために麻雀を打つ回数を管理される。しかし、恐らくマホは、それを知らないはず。
なので特段、優希と違って数え役満を和了るための準備期間を設けていないことが予想される。
一方の、マホの能力の穴とは何か?
二年前の長野県予選団体決勝後半戦オーラスで咲が和了った数え役満は、相手の点数と待ちを完璧に読める衣にハネ満程度と思わせて{①}を切らせたと言う背景がある。
しかもオーラスで、且つ60000点以上の差がついていたことも必要である。そうでなければ、恐らくあの場で衣が{①}を切ることは絶対になかっただろう。
あの局面だからこその数え役満責任払いなのだ。
しかし、今回は、それを前半戦で大量得点した上で、後半戦の東一局で披露している。つまり、あの和了りの本質を知らないで憧れだけでコピーしているのだ。
もし、相手が衣だったら、今回のように東一局でマホに{①}を大明槓させるなど絶対に有り得ないだろう。衣よりずっと格下の莉子だから成立したに過ぎない。
今後もマホは、沢山のコピーを披露するに違いない。しかし、本質を理解せずに上辺だけのコピーなので、多分、深いところまでは考えていない。
そこに何らかの落とし穴が生じるはずだ。
二回戦の大将の面子を見る限り、余程のことが無い限り穏乃が負けるとは思えないし、それ以前に魔物不在の副将戦であれば、今の美由紀の力量なら勝ち星を取ってきてくれると咲は思っていた。
もっとも、それ以前に次鋒戦終了時点での各校の総合点数は、
1位:阿知賀女子学院 1390100
2位:千里山女子高校 173600
3位:新道寺女子高校 24000
4位:劔谷高校 12300
超圧倒的な阿知賀女子学院のリードである。これで得失点差勝負になれば阿知賀女子学院が負けるはずが無い。
仮に中堅戦でマホに勝ち星を取られ、副将戦と大将戦で、万が一、美由紀と穏乃が二人とも勝ち星を取れなかったとする。
新道寺女子高校か劔谷高校のいずれかに二連勝されたら阿知賀女子学院は3位敗退となるが、副将戦、大将戦共に千里山女子高校が勝ち星をあげたなら、阿知賀女子学院は2位抜けである。
また、副将戦と大将戦で阿知賀女子学院が勝ち星を取れず、また千里山女子高校、新道寺女子高校、劔谷高校がいずれも二連勝できなければ、2位は得失点差勝負で決める。そうなれば、あの大差を逆転されない限り阿知賀女子学院は準決勝進出となる。
なので、絶対とは言い切れないが、阿知賀女子学院の準決勝進出は、ほぼ間違いないと判断していた。
準決勝は、恐らく永水女子高校、臨海女子高校、千里山女子高校、阿知賀女子学院の女子校対決。
咲は、そこでマホは罠に落ちると予想していた。
しかも、罠を仕掛けるのは恐らく明星。
その罠に嵌って大失点した時に、マホは精神的ショックも加わって、一気に消沈するだろう。
既に咲は、この段階で、そこまで予想していた。
モニターから、
「ロン!」
ゆいの元気な声が聞こえてきた。
「タンヤオ七対ドラ5! 16600!」
赤牌3枚と表ドラ2枚を抱えたタンヤオ七対子。この倍満を、ゆいがマホから直取りしたのだ。
東三局は、
「ロン! 12000!」
マホがハネ満を莉子に振り込み、
東四局も、
「ロン! 12000!」
同様にマホがハネ満をゆいに振り込んだ。
南入してからも、
「ロン! タンピン三色ドラ2! 12000!」
「ロン! 平和一通ドラ3! 12000!
マホは二連続でゆいのハネ満直撃を受けた。
これで南二局終了時点での、後半戦の各選手の点数と順位は、
1位:マホ 151700
2位:ゆい 124500
3位:香枝 71900
4位:莉子 51900
前後半戦トータルでの逆転は難しいが、今のマホの状態であれば、後半戦だけなら、ゆいは逆転できるかもしれない。
そのためにも、この親が勝負。
ゆいは、そう思っていた。
しかし、南三局は、ゆいが親満を聴牌した直後、
「ロン。8000。」
マホが香枝に振り込んだ。
ただ、香枝は、もう親番もないし、マホに前後半戦トータルで170000点以上差をつけられている。今更ここで和了っても逆転もヘッタクレもない状態だ。
なのに何故和了る?
一瞬、ゆいは香枝のことを睨みつけた。
もっともマホが、
『多分、満貫なら負けが決まっている人間でも南三局までなら和了るだろう』
と踏んで、敢えて香枝に差し込んでいたのだが………。
勿論、理由は、ゆいに連荘させずにさっさと場を流すためである。このまま場が流れれば前後半戦トータルでのマホの勝利は間違いない。それゆえに流しにかかったのだ。
そして、オーラス。莉子の親番。
ここに来て、再びマホのオーラが強力になっていった。
そして、六巡目、
「左手を使います。」
マホは、こう言うとリーチをかけた。
莉子、香枝、ゆいは、一先ず現物を落として一発を回避。
しかし、その次のツモ番で、
「ツモ! リーチ一発ツモタンヤオ七対ドラ4で、4000、8000です!」
マホは当然の如く、一発でツモ和了りを決めた。説明するまでも無い。これは、真屋由暉子の神の左手である。
これで後半戦の各選手の点数と順位は、
1位:マホ 159700
2位:ゆい 120500
3位:香枝 75900
4位:莉子 43900
そして、前後半戦トータルでは、
1位:マホ 325100
2位:ゆい 245800
3位:香枝 127900
4位:莉子 101200
マホの圧勝で、千里山女子高校が二つ目の勝ち星を決めた。
「「「「ありがとうございました。」」」」
対局後の一礼を終え、中堅選手達が対局室を後にした。
ゆいは、呆然とした顔をしながら途中でトイレに寄ると、そのまま個室に入り、
「う…うぅ…。」
人知れず、声を殺して涙を流し始めた。
別に高校に入って負けたことが無いわけでは無い。
しかし、ゆいは、昨年は負けても相手は年上だったし、対外試合では、同じ一年生には一度も負けたことがなかった。
加えて今回の県予選でも、団体戦、個人戦共に負け無しだった。
もっとも、個人戦では同校同士の対決が無かったので、超魔物を相手にすることが無かったからでもあるが………。
これが、ゆいにとって年上以外を相手にしての高校初黒星であった。
いくら相手が魔物候補生でも、この負けは悔しくてならなかった。
一方、美由紀は、
「行って来ます!」
気の入った顔で対局室へと向かった。
ただ、眼光は非常に鋭くなっているのだが、元の顔のつくりが可愛らしいせいか、余り怖い感じはしなかった。
本来であれば、途中でゆいに会うはずだが、ゆいは個室にこもっていた。
それで擦れ違うことも無かったのだが、美由紀は、それに特段気付かないほど、対局の方に意識が傾いていた。
対局室には、美由紀が一番乗りだった。
後から、千里山女子高校の二条泉、劔谷高校の玉木環、新道寺女子高校の江崎愛美(江崎仁美妹:政治に無関心)が順に対局室に入ってきた。
この時、泉は、
「私が高3最強や! 絶対勝つ!」
こう声に出して自分に言い聞かせていた。相手は全員2年生。絶対に負けたくない。
しかし、この一言が、美由紀の燃える心に油を注いだ。
「(どう考えても高3最強は咲先輩でしょ!)」
言葉には出さなかったものの、美由紀の表情がさらにきつくなった。
絶対に、この人には負けない。
そんな美由紀の心が、顔面に思い切り出ていた。
これをテレビで見ていた綺亜羅高校の鬼島美誇人は、
「あんな表情もカワイイ!」
美由紀の顔に見惚れていたようだったが……。
場決めがされ、起家が美由紀、南家が泉、西家が環、北家が愛美に決まった。
早速、サイが振られて対局に移る。
東一局は美由紀の親。
美由紀は、
「ポン!」
四巡目で愛美が捨てた{東}を早々と鳴いた。
その後、美由紀はツモ牌を次々と手の中に入れ、順に{白}、{中}、{二}、{四}と捨てて行った。
十巡目に入った。
環は、{一三五}の両嵌に{四}をツモり、タンピンドラ2を聴牌した。
「(これは、行くっきゃないよね!)」
そして、
「リーチ!」
{横一}切りで勝負に出たが、
「ロン! ダブ東混一混老対同三暗刻。24000!」
まさかの{一}単騎で美由紀に振り込む結果となった。
東一局一本場も、
「ポン!」
美由紀は序盤から{白}を鳴き、
「ロン!」
今度は愛美から和了った。
「18300!」
しかも親ハネ。これで、美由紀の得点は、一気に140000点を越えた。
東一局二本場は、泉が負けじと、
「ロン! 12600!」
環からハネ満を和了ったが、東二局では、
「ツモ! 3000、6000!」
美由紀がハネ満をツモ和了りし、続く東三局、東四局も、
「ロン! 16000!」
「ロン! 12000!」
美由紀が環から倍満とハネ満を直取りした。
この時の美由紀は、まるで鬼か何かが乗り移っていたかのようにも見えた。
春季大会団体準決勝戦でも美由紀は怒涛の連続和了りを見せたが、その時と同様に鬼気迫るものがあったのだ。
それだけ、この試合に勝って準決勝進出を決めたいと言う気持ちと、泉の高3最強発言に対する怒りが大きかったのだろう。
ただ、怒りに身を任せていたら自滅する。美由紀は、怒りながらも自分を見失わないように心をコントロールしていた。
高校2年生でそこまでできるとは、相当精神力の強い娘であろう。
一方の泉も、
「(これが最後のインターハイ。高3のインターハイにかける気持ちは、1年、2年とは違うんや!)」
過去に見てきた先輩達と同様に、気持ちで他家に負けることは無かった。
そして、ここから、
「ツモ! 3000、6000!」
「ツモ! 6000オール!」
「ツモ! 4100オール!」
泉は南一局、南二局、南二局一本場と、ハネ満、親ハネ、親満を立て続けにツモ和了りした。
これで副将前半戦の各選手の点数と順位は、
1位:美由紀 166200
2位:泉 148900
3位:愛美 65600
4位:環 19300
美由紀と泉の二強状態となった。
そして、南二局二本場。ここで勝負の分かれ目が来た。
ドラは{八}。
ここでも美由紀は、
「ポン!」
積極的な鳴き麻雀を見せた。
対する泉は、門前で手を作り上げてゆく。
そして、八巡目に泉は聴牌。
手牌は、
{二三四③④⑤⑥⑦23477}
{②⑤⑧}待ちだ。
しかし、ここではリーチをかけずに高目の{②}を待つ。
聴牌気配を感じなかったのか、{②}は環からすぐに出てきた。
これで泉は、
「ロン!」
和了ったはずだった。
しかし、
「ロン!」
同時に美由紀も手牌を開いた。
美由紀の手は、
{八八八②②⑤[⑤][⑤]⑧⑧} {8横88}
{②⑧}待ちで、{⑧}をツモれば三倍満の手だった。
「タンヤオ対々ドラ5。16600です!」
これは、美由紀のアタマハネになる。
まさかの倍満振り込みで、いよいよ環の点数が危なくなってきた。
そして、運命の南三局。ドラは{西}。
ここで美由紀は、
「ポン!」
愛美が捨てた自風の{西}を一鳴きした。これで西ドラ3が確定だ。
もう、ここは積極的に攻めてゆく。
環が親なのだ。ここで満貫級の手をツモ和了りすれば、環のトビで終了する。そうすれば、前半戦をトップで折り返せる。
さらに美由紀は、
「チー!」
愛美から{①}を両面で鳴き、その三巡後に、
「ツモ! 2000、3900!」
西ドラ3の手をツモ和了りした。
これで副将前半戦の各選手の点数と順位は、
1位:美由紀 190700
2位:泉 146900
3位:愛美 63600
4位:環 -1200
まさに、美由紀が圧倒的なパワーを見せた試合であった。
これには、某ネット掲示板でも、
『一大事、一大事ですわ! あの巨乳の2年生が大爆発ですわ!』
『こんな美由紀ちゃんもカワイイ』←美誇人
『和了り方も胸もスゴイ迫力だじぇい! まるでノドちゃんみたいだじぇい!』
『見た目も麻雀も姉の宇野沢プロそっくり』←照
『さすが、阿知賀の最強オモチなのです! オモチが素晴らしいのです!』
『自称高3最強がこうなる未来は見えてたで!』
『高3最強と言うよりも、降参&再教育って感じやなー』←セーラ
『私もそう思いますぅ!』←船Q
咲の放水誘発事件ほどではないが、それなりに賑わっていたようだ。
休憩に入った。
美由紀は、
「クスッ!」
泉のほうを見ながら鼻で笑うと、一旦、対局室を出た。
これは、高3最強発言に対して、
『ふざけたこと言わないでくださいね!』
と言いたかったのと、泉を怒らせて後半戦での自滅を誘うと言う二つの意味があった。カワイイ顔して結構ヤる時はヤる。
このシーンはテレビには映らなかったのだが………。正直、これは、泉からすれば非常に態度が悪い。完全に挑発行為だ。
当然、泉はカチンと来ていた。
しかし、美由紀の挑発には、スタッフも審判も気づいていない感じだ。そうなると、ここで文句をつけたり殴りかかったりすれば、悪者は泉になる。
それこそ、審判から指導を受けるか、下手をすれば退場を言い渡されるだろう。
なので、泉は一先ず深呼吸して気持ちを落ち着かせ、対局室を出ると美由紀とは反対方向に歩いていった。