真尋は、
「(これが本家のステルス………。マホが見せてくれた時は、自分でツモ和了りすれば良いから怖くないって思ったけど………。でも、二度目は無い。阿知賀も私と同じように永水の姿が見えていないはずだから………。)」
ショックを受けていたが、これは偶然の産物と思っていた。
気を切り替えて、真尋は再びサイを回した。
チョンボの場合は、親流れも芝棒の追加も無く、チョンボした者が満貫払いして全てをやり直すルールになっていた。
なので、ここでは九本場のやり直しとなる。
「ポン!」
真尋は、ダヴァンから{中}を鳴き、中盤に入る前に聴牌。
待ちは{258}。
ここで前局と同様に桃子が{8}を切ってきた。しかし、真尋にはこれが見えていなかった。
そして、同巡に憧が{8}を切った。
すかさず、それで、
「ロン!」
真尋が和了った。
しかし、
「それ、また同巡見逃しっスよ!」
さっきと似たような台詞が誰もいない右側から聞こえてきた。そして、この言葉を聞いた後に、下家の捨て牌が見えてきた。たしかに同巡で{8}を捨てている。
二連続チョンボだ。
これで点数と順位は、
1位:真尋 100300
2位:桃子 99900(順位は席順による)
3位:ダヴァン 99900(順位は席順による)
4位:憧 99900(順位は席順による)
今まで稼いで来た殆ど全てを、真尋は、この二回のチョンボで吐き出してしまった。
このショックは大きい。
さすがの真尋も、もう和了るのが怖くなってしまった。
再び東一局九本場のやり直しである。
場の空気が変わった。強大な真尋の支配力が消えてしまったのだ。精神的ショックからである。
しかし、真尋自身は、それに気付いていないようだ。ここでも今までどおり和了を目指してクズ手を作って行く。
そして、不要牌を捨てたその時、
「イイんすか? それ、一発っスよ!」
またもや真尋の右側から不気味な声が聞こえてきた。何も見えないところからの声だ。
少しずつ、真尋の目に桃子の姿と捨て牌が見えてきた。たしかに、直前にリーチをかけていた。
桃子の手牌も開かれていた。
間違いなく一発で振り込んでいた。メンタンピン一発ドラ2のハネ満。ここに九本場分の芝棒が付いて14700点の支払いになる。
これで、真尋は一気に最下位に転落した。
東二局、桃子の親。
ここでは、
「ポン!」
「チー!」
憧が得意の鳴き麻雀を披露し、
「ツモ! 1000、2000!」
そのまま、憧が30符3翻の手をツモ和了りした。ここからは、桃子との共闘は無しだ。どっちが勝ち星を取るかの勝負になる。
東三局も、
「ツモ! 1000、2000!」
東四局も、
「ツモ! 2000オール!」
憧が30符3翻の手を連続でツモ和了りし、これで憧が桃子を抜いて首位に立った。
東四局一本場は、憧が先行聴牌したのを察知したダヴァンが、
「リーチデース!」
デュエルを仕掛けてきた。
憧は、ムリに勝負せずに降りた。
そして、数巡後、
「ツモデース! 2100、4100!」
ダヴァンが満貫をツモ和了りした。
南入した。
南一局、親は再び真尋。
東一局開始時点と同じように、真尋のオーラが上がってゆく。
ここでも真尋は、
「チー!」
今までと同様に鳴いて手を進めてゆく。狙うは500オールのクズ手だが、それを際限なく続ければ逆転は可能だ。
七巡目に真尋は聴牌。
これを察知した桃子が、真尋の和了り牌であろう{三}を切った。しかし、これは真尋には見えていない。
そして、同巡、桃子の姿が捉えられている憧は、桃子に合わせ打ちして{三}を切った。
真尋は、
「(これでダメだったら、次からはツモ和了りだけに絞る!)」
三度目の正直になるか、二度あることは三度あるになるかの勝負に出た。
「ロン!」
しかし、
「それ、また同巡見逃しっスよ!」
またもや同じパターンだ。やはり、憧は、何らかの形でステルスへの耐性を獲得していると認めるしかない。
まさか、親で三回もチョンボするとは。
しばらく立ち直れなさそうだ。
南一局は、やり直しになった。
真尋のオーラが急激に萎んで行った。やはり、チョンボによる精神的ショックが大きいのだ。もう彼女本来の麻雀は打てないだろう。
珍しく、親でありながら真尋の手が進まない。
それでイラつきながら切った牌で、
「イイんすか? それ、ドラっスよ!」
またもや下家から声が聞こえてきた。
もうイヤだ。
今まで多くの打ち手に恐怖を与えてきた真尋が、生まれて初めて牌を切るのが怖くなった。桃子の本家ステルスは、それ程までに驚異的な麻雀なのだ。
むしろ、その桃子が今まで全国ベスト4どころかベスト8にすら入れていないことが、今の咲達のレベルの高さを証明しているとも言えよう。
「ロン。5200!」
リーチ一発ドラ1の40符3翻の手。これで桃子が憧を逆転して再びトップとなった。
南二局は、
「チー!」
憧が自分の得意な麻雀を披露し、
「ツモ! 1000、2000!」
桃子の親を流した。これで憧が桃子を再逆転して首位に立った。まさしくシーソーゲームだ。
南三局、ダヴァンの親。
「(円光さんには悪いけど、もう私の独壇場っスよ!)」
真尋が崩れた今、ここからは他の三人の勝負である。
しかし、ダヴァンは桃子の姿が捉えられていない。ステルスは、真尋だけではなくダヴァンにも効いていたのだ。
ダヴァンが聴牌した。
「(デュエルをかけようにも、まだ誰も聴牌していないみたいデース。ここは、一旦聴牌にしておきましょう。)」
先行聴牌者がいれば、ダヴァンは、その者が聴牌していることを察知できる。それが察知できないと言うことは、まだ誰も聴牌していないはず。
ところが、それで切った牌で、
「ロン。メンピンドラ2の7700っス!」
「えっ!?」
桃子に和了られた。ダヴァンにしてみれば、まさかの振り込みである。
どうやら桃子のステルスは、ダヴァンのデュエルのレーダーにも引っかからないようであった。
そして、オーラスも、
「ロン。5200っス!」
桃子がダヴァンから和了り、前半戦を終了した。
麻雀は四人でやるゲーム。ムリに憧と真っ向勝負する必要はない。桃子は、他家から和了って憧よりも点を稼げば良いのだ。
先鋒前半戦の点数と順位は、
1位:桃子 127600
2位:憧 117800
3位:ダヴァン 93300
4位:真尋 61300
千里山女子高校にとっては、まさかの大敗であった。相手に咲や光のような超魔物はいない。この敗北は考慮していなかった。
後半戦で、真尋が立ち直れることを祈るしかない。
休憩に入った。
憧とダヴァンは、それぞれ控室に戻った。
「本当にサキの言うとおりだった!」
控室に入るなり、憧は、ステルスが破れることを真っ先に報告した。まさかとは思っていたが、本当にステルスは破れるのだ。
ダヴァンはステルス対策ができていないし、真尋は自滅状態。これなら桃子と憧の一騎打ちで勝負が決まる。
前半戦は桃子に持って行かれたが、前後半戦トータルなら勝ち星を取れる見込みは十分にある。
自然と憧の志気は上がっていた。
桃子は対局室を出て気配を消した。
「(見てるっスか、加治木先輩! 今回こそ雪辱っス。私のために先輩に会えるルートを提供してくれた永水のみんなのためにも。)」
桃子は、父親の転勤で鹿児島に引っ越した。
ところが加治木ゆみは、大学進学で都内にいる。
長野―東京間よりも鹿児島―東京間の方が何倍も距離がある。本来であれば、高校生の桃子が頻繁にゆみに会いに行けるはずが無い。
しかし、転校先は永水女子高校。
その麻雀部で霧島神境の姫である小蒔や六女仙達に出会い、様々な空間に繋がっている霧島神境の海の存在を教えられた。
それは、まさに『どこでもドア』のような空間だった。
ちなみに、二年前も宮守女子高校のメンバー達は、この『どこでもドア』を使って霧島神境まで行っている。
ゆみとの交流が続けられるのも永水女子高校麻雀部のみんなのお陰である。その恩返しになるかどうか分からないが、今のチームで優勝に貢献したい。
そう桃子は思っていた。
一方、真尋は、ガックリと肩を落として対局室から出て行った。
こんな負け方は初めてである。
まさか、チョンボの支払いだけで36000にもなるとは…。完全に自滅である。最後のインターハイに賭ける泉に申し訳ない。
顔が合わせられない。
真尋は、控室に戻らずに、落ち込んだ表情で対局室近くのソファーに腰を降ろした。
休憩時間が終わり、選手達が対局室に戻ってきた。
真尋は、まだ表情が優れない。
つい、この間まで中学生だったのだ。ちょっと休憩を挟んだくらいで頭を完全に切り替えられるほど強い心は持ち合わせていないのだろう。
場決めがされ、起家が桃子、南家が憧、西家がダヴァン、北家が真尋となった。
今回も真尋の下家に桃子がいる。前半戦と環境は殆ど変わらない。
東一局、桃子の親。
憧としては、この親に稼がせてはならない。
当然、
「チー!」
得意の鳴き麻雀で早和了りを目指す。
ただ、この鳴きを見て真尋は、
「(やっぱり阿知賀にはステルスが効いてない。永水の捨て牌が見えているんだ。)」
前半戦のチョンボは、桃子と憧がグルになって仕掛けていたものとようやく理解した。
憧が鳴いたことで、一瞬だけだが場の雰囲気が変わった。
二年前、長野県予選個人戦で咲がオーラスで桃子から鳴いた時、場の空気が変わり、桃子のステルスが消えた。
今回も、憧の鳴きと同時に一瞬だけステルスが消えた。しかし、すぐに桃子の姿も捨て牌も見えなくなった。ステルスも進化しているのだ。
「ツモ! 1000、2000!」
この局は憧が早和了りを決めて桃子の親を流した。
後半戦では、前半戦での桃子との点差、9800点を逆転しなくてはならない。
そのためにも桃子に和了らせず、自分は積極的に和了りに行く。そのスタンスで行かなければならない。
東二局、憧の親。
憧と同様、桃子も自分が和了って憧に稼がせないスタンスで行く。当然、桃子は、この親を流しに行く。
幸い、ダヴァンも真尋もステルスが効いている。この二人からの出和了りを桃子は余裕で狙えるはずだ。
とにかく和のように超デジタルの牌効率重視で桃子は手を進めた。
そして、八巡かかったが聴牌し、
「ロン。7700!」
桃子は、真尋から平和タンヤオドラ2を和了った。
この様子をテレビで見ていた染谷まこが、
「ほぉ。東横さんもやりおるのぉ。」
と呟いた。
すると、いつもの如くまこの能力が発動し、時間軸が急に大きく動き出した。
…
…
…
東三局は、憧が1000、2000の早和了りを決めた。そして、東四局も、ステルスが怖くて萎縮している真尋の親を、憧が1000、2000の早和了りでさっさと流した。
南一局は、親の桃子が中一盃口ドラ1の7700を真尋から和了り、南一局一本場は、憧がタンヤオドラ3の2100、4000(2000、3900の一本付け)を和了って桃子の親を蹴った。
南二局で、ようやくダヴァンが聴牌。鳴いて先行聴牌していた憧とのデュエルを狙い、ここでダヴァンがリーチをかけた。
当然、憧はムリせず降りた。
この局は、ダヴァンがハネ満をツモり、憧の親は終了した。
まこの能力が発動して、一気に東三局から南二局までが終了した。
この時点で、先鋒後半戦の点数と順位は、
1位:憧 114200
2位:桃子 104400
3位:ダヴァン 105900
4位:真尋 75500
真尋の一人沈みであった。後半戦は、真尋だけ未だにヤキトリである。これも仕方が無いだろう。
そして、前後半戦のトータルでは、
1位:桃子 232000(順位は席順による)
2位:憧 232000(順位は席順による)
3位:ダヴァン 199200
4位:真尋 135800
桃子と憧が同点であった。つまり残る二局でより多く取ったほうの勝ちである。
当然、桃子も憧も、
「「(先に和了る(っス)!)」」
自然と気合が入った。
ちなみに、この点数は偶々である。咲が同卓しているわけではないので意図的に操作されたモノでは無い。
南三局、ダヴァンの親。
早速、
「ポン!」
憧が鳴いてとにかく早和了りを目指すが、
「ロン。平和のみ。」
桃子も手が早い。ダヴァンからの出和了り。
たった1000点の手だが、憧は桃子に先を越されてしまった。
そして、オーラス。真尋の親。
ここでも、
「ポン!」
憧は鳴いて早和了りを目指すが、やはり鳴いて手を晒す分、他家から和了り牌は出難くなる。
しかし、ツモれば勝ち。憧は、そう思って手を進めた。
中盤に入った。
そろそろ桃子の手も出来上がっているだろう。
憧の顔に焦りが見えてきた。ここで和了れないと桃子に勝ち星を取って行かれる。真尋を潰すために共闘したが、勝ち星の取り合いは別である。
そして、ダヴァンが切った{②}で、
「ロン!」
憧はタンヤオドラ2の逆転手を和了ったはずだった。これで憧は勝ち星を掴み取ったはずであった。
ところが、
「済まないっス!」
「えっ?」
「アタマハネっス。平和のみ、1000点。」
同じ待ちで桃子も聴牌していた。この場合、桃子の和了りのみ成立する。
これで先鋒後半戦の点数と順位は、
1位:憧 114200
2位:桃子 106400
3位:ダヴァン 103900
4位:真尋 75500
そして、前後半戦のトータルでは、
1位:桃子 234000
2位:憧 232000
3位:ダヴァン 197200
4位:真尋 135800
勝ち星は永水女子高校の手に渡った。ギリギリ勝ち星ならずの憧には、非常に悔しい結果となった。
「「「「ありがとうございました。」」」」
対局後の一礼を済ませると、先鋒選手達は対局室を後にした。
これと同じ頃、各校控室からは次鋒選手が対局室に向かって動き出す。
阿知賀女子学院控室では、
「ほな、行こうか?」
「はい!」
毎度の如く、咲が恭子に連れられて控室を後にした。
咲は、途中でトイレに寄り、そこから自販機でレモン水を購入して対局室入りした。なので、控室から直行する他の選手達よりも対局室に入るのが少し遅かった。
「ほな、頼むで!」
「はい!」
恭子と別れ、咲が対局室に足を踏み入れた。
この時、咲は恐ろしい空気の流れを感じた。例えるなら、光と照と衣を同時に相手にするような雰囲気だ。
先ず、咲の目に入ってきたのは片岡優希。打倒阿知賀女子高校を目指し、この準決勝に合わせて最高状態に仕上げて来ている。
ところが、その優希が非常に驚いた顔をしている。
「咲ちゃん、こんなの聞いてないじょ!」
それもそのはずだ。
その部屋にいた二人目は、咲にそっくりな日系ドイツ人。今年の春から千里山女子高校に来た留学生、フレデリカ・リヒターだった。
「久し振り。今日は咲さんと打てるのを楽しみにしてたんだよ!」
厳密には、フレデリカは咲のクローンだが、咲もフレデリカも優希も、そのことを知らない。知っているのは極一部の人間だけだ。
そして、もう一人は神代小蒔に似た少女だった。
ただ、ちょっと小蒔よりも幼い感じがする。
「神代蒔乃と申します。この春、永水女子高校に入学しました。皆さんには、姉の小蒔がお世話になりました。」
まさか、小蒔の妹が急遽参戦してくるとは………。小蒔に不測の事態があった際には代わりに姫となる、ある意味スペア的な存在である。
当然、霊力は小蒔と大差ない。言うまでも無く神を降ろせる存在だ。
「今日は、両頭愛染と東風の神と戦えるのを、最強神が楽しみにされていました。では、よろしくお願いします!」
そう言うと、急に蒔乃の雰囲気が変わった。神が降臨したのだ。
千里山女子高校は咲にフレデリカを当てるため、永水女子高校は咲に蒔乃を当てるため、敢えて真のエースを補員登録し、ここで選手交代してきたのだ。
北大阪大会も鹿児島大会も強敵がいたはずだ。それでいて、地区大会どころかインターハイ二回戦までエースを温存していたとは………。
恐らく、どちらも今のチームに相当自信があるのだろう。
結果として、エース不在でもインターハイ準決勝まで勝ち上がって来ているが、戦う前から確実に勝てると言い切るのは難しい。結構、ハイリスクだ。
そのリスクを負ってでも打倒阿知賀女子学院を成し遂げたい。それに全てを賭けているのだろう。
フレデリカと蒔乃が出てくることを予め知っていたのなら心の準備が出来るが、対局室に来て、いきなり強敵が二人追加されているとは、咲も寝耳に水の状態だった。
さすがの咲でも、身体中から冷や汗が流れ出てきた。
阿知賀女子学院控室に恭子が戻ってきた。
この時、恭子は、みんなの表情が妙に固まっているのを見て、
「どうかしたんですか?」
と聞いた。
すると、晴絵がモニターを指して、
「フレデリカと神代の妹が出てる…。」
と震える声で答えた。
まさかの展開だ。
「えっ?………えぇっ!?」
これには恭子の顔も、一瞬で蒼褪めた。