「こんなの殆ど反則だじぇい!」
優希は納得できない様子だった。
一方のフレデリカは、
「でも反則じゃないですよ。それに、神代さんだけじゃなくて、私も本当に楽しみにしてたんですから。咲さんや、最高状態の東風の神との戦いを。」
と笑顔で言いながらも、眼光からは鋭さが感じられた。
フレデリカの実力は優希も分かっている。
世界大会で最高神を降ろした小蒔に勝利しているくらいだ。咲と同等のとんでもない化物だと言うことくらい容易に想像がつく。
ただ、その超実力者とか最強神から対局を楽しみにしていたと言われて優希も嫌な思いはしない。
「それもそうだな。ここでビビってちゃダメだじぇい。やるじょ!」
そう言いながら、優希は両頬を自分で強く叩いて気合いを入れた。
この様子を見ながら、咲も元気を分けてもらった気がした。優希のお陰で心が持ち直したと言えよう。
それに、強い相手と戦えるのだ。これはこれで麻雀を思い切り楽しめるはずだ。むしろラッキーと思おうと、咲は自分に言い聞かせた。
まさに女子高生大会の中でも歴史的対局となるであろう、インターハイABブロック準決勝次鋒戦が、いよいよ開始される。
咲vsフレデリカ。事実上、世界女子高生麻雀の頂上決戦である。
しかも、残る二人も神代小蒔の妹と最高状態の優希。テレビを見ていた人達は、これは絶対に見るべきと近しい人達に連絡を入れまくった。
そのお陰で、視聴率は90%以上に跳ね上がったと言う。
当然、録画もセット。来年の中学受験の入試問題にも出題されるのではないかと予想する者まで現れた(そんなアホな?)。
完全に社会現象扱いである。
場決めがされた。
起家は東風の神、片岡優希。これで何連続起家だろう?
これは、これで記録的である。
南家はフレデリカ・リヒター。
得意の西家を取ることは出来なかったが、別にフレデリカは点数調整をお家芸にしているわけではない。
西家は宮永咲。
靴下を脱いでスタンバイ。
今回はどんな闘牌を見せてくれるのか、日本中の彼女の手牌に注目する。
そして、北家は神代蒔乃。
既に最強神が降臨し、凄まじいオーラを放っている。常人であれば、恐れ多くて逃げ出したくなるレベルであろう。
東一局、優希の親。ドラは{三}。
咲との戦いのために、彼女は今日を最高状態に仕上げている。
当然、
「ダブルリーチだじぇい!」
お約束のパターンだ。
一発を消そうにもどうにもならない。フレデリカも咲も蒔乃も、一先ず字牌切りで様子を見た。
ただ、それは全くの無意味である。
何故なら………、
「ツモだじぇい!」
最高状態の優希は、東初でダブルリーチをかけたら即ツモ和了りするからだ。
開かれた手牌は、
{四[五]六七八[⑤][⑤]34[5]678 ツモ{三} ドラ{三} 裏ドラ{⑤}
{⑤}を雀頭にして、萬子と索子の六連続での同じ数字の順子。狙ったわけではなく単なる偶然だが、これは、超ローカル役満の双竜争珠である。
これを控室のモニターで見ながら、ローカル役満大好きっ子の十曽湧は大興奮していた。
しかも、超ローカル役満なだけではない。ダブルリーチ一発ツモ平和タンヤオドラ7の数え役満だ。
「16000オール!」
しかし、これは序の口である。
本対局で、観衆達が優希に期待していたのは、このスタートダッシュの数え役満だけではない。
今までのインターハイ、春季大会を併せて、優希しか和了れていない幻の役満がある。誰もが、その奇跡をもう一度見たいのだ。
そして、東一局一本場。それが現実と化す。
配牌が終わると、
「今日もツイてるじぇい。ツモ! 16100オール!」
天和だ。
これで通算何度目だろうか?
しかし、咲もフレデリカも蒔乃も、ここまでは最初から考慮していたようだ。全然動じた様子が無い。
続く東一局二本場。
ここでも、
「ダブルリーチだじぇい!」
優希は配牌で聴牌していた。
手牌は、
{二二三三四四③④[⑤]⑥⑦88} 打{白}
本当に簡単麻雀である。
一巡目、フレデリカは不要な{北}を切った。
続く咲が牌をツモると、フレデリカは何気に咲の方を見ていた。
対する咲も、フレデリカの方を見ながら手牌から不要牌の{中}を切った。
すると、
「ポン!」
これをフレデリカが鳴いた。そして{東}切り。
ツモは再び咲。
ここでツモった牌を手に入れると、咲は、今度は{白}を切った。
今回もフレデリカは何気に咲の方を見ているし、咲もフレデリカの方を見ている。まるで、二人で示し合わせているかのようにも見える。
まあ、二人とも優希に一発ツモで和了らせないようにと、フレデリカは、
『鳴かせて!』
咲は、
『鳴いて!』
とお互いに心の中で叫んでいたわけだが………。
この咲が捨てた{白}を、
「ポン!」
フレデリカが鳴いた。優希の一発消しを見逃しての鳴きだ。ここで{南}切り。
優希の顔に不安の表情が表れた。
まさか、{白}と{中}を鳴かれるとは…。
嫌な単語が優希の頭の中をよぎる。
『大三元!』
一方の咲は、何食わぬ顔で、そのまま次のツモで手を進めた。
本来、優希が一発目でツモるはずだった牌と、誰かが一発消しでチーした際に優希がツモることになっていた牌は、共に咲の手の中に入っていた。
ただ、これが何を意味するかを、この時、まだ優希は気付いていなかった。
次は蒔乃のツモ。
二回の鳴きでツモが狂わされ、蒔乃は一旦不要牌をツモらされたが、最強神が降りてきているのだ。優希の和了り牌くらいは分かる。
当然、振り込むことは無い。余裕の{⑦}切り。
次のツモ番は優希。
しかし、優希はツモ和了りできなかった。蒔乃と同様、フレデリカと咲の連携でツモを狂わされたせいだ。
その後、五巡の間は、一切の発声が無いまま、ただ牌をツモる音と切る音だけが対局室に響き渡った。
しかし、六巡後、優希は{發}を掴まされた。和了り牌か槓材で無い限り、リーチ者は、ツモ牌をそのまま切らなければならない。
大三元を恐れながら、優希が{發}を、イヤイヤ切った。
すると、これを、
「カン!」
咲が大明槓した。
ここに来て、とうとう場が大きく動き出した。
「(咲ちゃんのそっくりさんじゃなくて、咲ちゃんのほうだったか!)」
優希は、場の空気が咲を中心に激しく渦巻いているのを感じ取った。
一方、咲は、嶺上牌をツモると、
「もいっこ、カン!」
{②}を暗槓した。ここでめくられた槓ドラ表示牌は{⑤}。これで優希の和了り牌が一気に5枚も潰された。
この時、優希は、自分に来るはずだったツモ牌を、フレデリカと共同して咲が奪って行った理由に気が付いた。
優希に和了り牌を一つも回さないためだったのだ。
咲は、次の嶺上牌をツモると、
「もいっこ、カン!」
今度は{⑧}を暗槓した。
これで優希の和了り牌は{⑤}と{[⑤]}が一枚ずつしか残っていない。三面聴だったのが、一瞬にして薄い待ちに変わってしまった。
さらに次の嶺上牌をツモると、
「もいっこ、カン!」
咲は、今度は{西}を暗槓した。これで四つ目の槓が副露された。
そして、最後の嶺上牌をツモると、
「ツモ!」
咲が嶺上開花を決めた。これは優希の責任払いになる。
役は、まさかの四槓子。
しかも、最後の嶺上牌は{[⑤]}。優希の待ちは11枚全てが完全に潰されていた。
「32600です。」
「じぇじぇー!」
いきなり天和に続いて四槓子まで出るとは………。
観戦室で見ている者達の方が興奮して総立ち状態になった。
東二局、フレデリカの親。
ここで爆発的ともいえる強大なオーラを蒔乃が放ってきた。
恐ろしいほどの支配力だ。東場で絶対的なツキとパワーを誇る優希でさえ、全然手が進まなくなった。
そして、たった七巡で、
「ツモ。8000、16000。」
蒔乃………いや、最強神は純正九連宝燈をツモ和了りした。
まさに役満のオンパレードだ。
東三局、咲の親。ドラは{②}。
今度はフレデリカが強大なオーラを放ってきた。
まるで、
『順番的に今度は私の番よ!』
とでも言いたげだ。
対する蒔乃も引き続きオーラ全開のまま、連続での和了を狙う。配牌で萬子が三枚しかないが、それでも目指すは、当然、萬子の九連宝燈。
「ポン!」
三巡目で上家の優希がツモ切りした{北}をフレデリカが鳴いた。自風だ。
そして、そこから六巡後、蒔乃は一向聴となった。
不要牌は{南}と{西}。どちらも初牌では無いし、フレデリカは聴牌しているようだが、字牌待ちでは無い。
当然、余裕の打{西}。
しかし、この{西}を
「ポンだじぇい!」
優希が鳴いた。こっちも自風だ。
これでツモが狂い、次に蒔乃がツモったのは{⑥}だった。
マズイ牌だ。これは、まだ一枚も見えていない。過去に咲との対局で経験した大明槓からの責任払いを思い起こさせる。
さすがに、この局面でこれは切れない。相手は、咲と咲のクローンなのだ。
止むを得ず蒔乃は聴牌にとらず、{南}切りで一向聴を維持した。
同巡、フレデリカは牌をツモると、
「カン!」
{北}を加槓した。
そして、嶺上牌をツモると、
「もいっこ、カン!」
今度は{②}を暗槓した。
次の嶺上牌をツモると、
「もいっこ、カン!」
フレデリカは{④}を暗槓し、三枚目の嶺上牌を引くと、
「ツモ!」
そのまま嶺上開花で和了った。
開かれた手牌は、
{⑥⑥⑥東} 暗槓{裏④④裏} 暗槓{裏②②裏} 明槓{横北北北北} ツモ{東}
北混一色対々和三暗刻三槓子嶺上開花ドラ4。
余裕の数え役満であった。
しかも、これはローカル役満の東北自動車道でもある。
この半荘二度目のローカル役満だ。控室でモニター画面を見ながら、ローカル役満大好きっ子の湧が大騒ぎしていた。余りの興奮のあまり、半分漏らしそうであった。
もし、{⑥}を切っていたら、蒔乃の責任払いとなっていただろう。
この和了りを見て、蒔乃(神)は、
「さすが、両頭愛染の片割れだ。」
と、つい言葉にしてしまった。
すると、これに反応して、
「対局前にも言ってたけど、その両頭愛染ってなんだじょ?」
優希が蒔乃に聞いてきた。
咲もフレデリカも優希も、フレデリカが咲のクローンであることを知らない。しかし、それをここでバラすわけにも行かない。
かと言って、神が嘘をつくわけにも行かない。
それで、蒔乃(神)は、
「金剛界明王最高位が不動明王、胎臓界明王の最高位が愛染明王。両頭愛染は、その二つを合体させた姿だ。」
とだけ答えた。
これを聞いて、優希は、
「なるほどだじぇい! つまり、日本最強の咲ちゃんとドイツ最強の咲ちゃんのそっくりさんを、そう表現したってことだな! 本当に双子にしか見えないじょ!」
と、勝手に納得してくれた。
今の優希からすれば、咲を二人同時にしているような感覚だ。二人とも、見た目だけではなく、麻雀そのものも非常に似ている。
正直、双子にしか思えない。
それもあってだろう。両頭愛染と言う一つの固体が二つに分離したような感じで、優希は言葉の意味を捉えてくれたようだ。
東四局、蒔乃の親。
ここで優希は配牌三向聴牌だった。
一巡目で手が進み二向聴牌、二巡目でも手が進み一向聴牌、そして、全くのムダツモなしで、三巡目で聴牌した。
「(ここは、行くしかないじぇい!)」
優希は、
「リーチ!」
{⑨}切りで勝負に出た。
しかし、このリーチ宣言牌で、
「ロン!」
咲が和了った。
開かれた手牌は、
{一九①⑨19東南西北白發中} ロン{⑨}
国士無双十三面待ちだ。
何十局、何百局と打っていれば、十一種十一牌とか来ることはある。しかし、大抵の場合、そこから国士無双を狙っても、何故かヤオチュウ牌ではなくチュンチャン牌しかこなかったりする。完全にマーフィーの法則が待っていると言って良い。
しかし、そういった状態からでも必要牌を連続で引ける。それがチャンピオン宮永咲。
「32000です。」
この巡目で国士無双を聴牌しているとは…。
「じぇじぇー!」
またしても咲にやられた。
ただ、『じぇじぇー』であって『ジョジョー』ではない。優希は、咲のオーラに当たっても大放水するような娘ではない。
これで、現在の点数と順位は、
1位:優希 114700
2位:咲 109500
3位:蒔乃 91900
4位:フレデリカ 83900
一応、まだ優希がトップである。初回の二連続の親役満は、やはり大きい。
それにしても、これだけ派手な攻防の割に、トップとラスの差が30800点で収まっているのは、ある意味、凄いことであろう。
一昨年前の団体決勝先鋒戦………宮永照、辻垣内智葉、松実玄、そして優希の対局を思い起こさせる。
観戦室では、アナウンサーの福与恒子の興奮した声が大きくこだましていた。
「まさかまさかまさか。数え役満に始まって、天和、四槓子、九連宝燈、数え役満、国士無双と、ここまで六回の和了りは全て役満です!」
これに対して、解説の小鍛治健夜は、落ち着いた声で対応していた。
「しかも、その二回の数え役満も、一つ目は双竜争珠、二つ目は東北自動車道と、本大会のルールでは認められておりませんが、共にローカル役満です。」
「そうなんだ!」
「しかし、これだけ役満が連発した対局は、これが初めてではないでしょうか?」
「まさに歴史的瞬間ってヤツですね!?」
「そうですね。」
「すこやんが出場していた二十年前はどうだったの?」
「私の時は………。あのね、二十年前じゃなくて十二年前だから。十と二が逆だから!」
ただ、どんな話題からでも、結局は、いつもの年齢弄りネタに収束するようだ。
この頃、光は寮のテレビで咲の対局を見ていた。
昨年インターハイの個人決勝戦では、プラスマイナスゼロを利用した強制力で咲が優勝を果たした。
今でも光は良く覚えている。あの時は衣と憩の同時相手で非常に遣り難かった。特に衣の一向聴地獄は和了りに向かう道を完全に閉ざさせる。
今回、咲が相手にしているフレデリカは、衣よりも強い。そして、蒔乃に降りている最強神もとんでもなく強い。恐らく、衣と憩と同卓している時よりも強烈なオーラを受けているに違いない。
しかし、咲はプラスマイナスゼロの強制力を使っていない。恐らく、能力としては今の卓の相手のほうが強いが、能力の質としては衣や憩ほど遣り難くないのだろう。
南入した。
優希は、
「ちょっと待ってくれだじぇい!」
そう言うと、椅子を激しく回転させた。これをやることで南場でも東場のようなパワーを取り戻せるようになる場合がある。
理由は分からないが………。
勿論、これをやっても効果が全然無いことも多々あるが、今は、やれるだけのことは全てやっておきたい。
「待たせたな。」
逆回転を終えると、優希はサイを回した。