インターハイ団体決勝戦。
先鋒前半戦が終了し、休憩に入った。
淡は、大急ぎで控室に戻ると、
「光! ちょっと教えて!」
早速、ステルス対策法について光に聞いた。
「何?」
「サキって世界大会でステルス破ってたよね。合宿でもステルス効いてなかったし。あれって、どうやってたか聞いてる?」
「ええと、西野さん相手にした時だったら、山から消える牌から西野さんの手牌を想定して………。」
「それは光が世界大会の控室で恭子に言ってたのを聞いたから知ってる。そうじゃなくて前半戦。光にアドバイス貰う前のやつ!」
「ああ、あれね。あれは、オンライン麻雀ゲームのつもりで打っただけらしいよ。」
「へっ?」
「全てをデジタル化して考えるんだって。そうすると西野さんが捨てた牌が見えてくるらしいよ。同じ理由で和もステルス破ってるって話だし。」
「ええと、それだけ?」
「それだけ。」
「へっ?」
これを聞いて、淡は目が点になった。
咲のことだから、とんでもないことをやっているように思っていたが、たしかにとんでもないことなら憧に出来るはずがない。
憧でも出来るレベルのものだ。
なら、それくらいの内容で正しいのだろう。
とは言え、
「(なにそれ?)」
余りにも次元が低過ぎる。
あれだけ手を焼いたステルスが、そんなに簡単に破れるだなんて。
淡には信じ難い衝撃の真実であった。
一方、美誇人も綺亜羅高校控室に戻っていた。
「白糸台の方は見切ったって思ったんだけどね………。」
珍しく美誇人がショックを受けた顔をしていた。
噂には聞いていたが、ステルスが本当にあるとは………。
しかも、まともにその餌食に遭ったのだ。美和にも敬子にも、三銃士と呼ばれる静香にも鳴海にも美誇人にも対応の仕方が全く分からない。
「でも、あれを二年前の長野県予選団体戦では原村和が破ってるらしいし、宮永さんも個人戦でステルスを破ってるって話だね。あと、冷えた龍門渕さんも。まあ、龍門渕さんは例外と考えた方が良いだろうけどね。」
鳴海がスマホを片手に言った。そんな情報がネット上にもあるようだ。
ただ、対策方法までは書かれていない。
さらに鳴海が検索した。そして、昨年の世界大会の記事を見つけた。
「それから、世界大会でドイツの選手。決勝で宮永さんと当たった人。」
「西野って人?」
答えたのは美和。
「そう。その人もステルスを使う人だったらしいね。しかも、和了り点は永水のステルスよりもずっと大きい。」
「そう言えばそうだった。でも、咲ちゃんは、その人相手に圧勝だったよね?」
「それを考えると、やっぱり化物だね、宮永さん。」
「まあ、咲ちゃんのことだから、とんでもない方法で破ってるんだろうな、きっと。」
まさか、擬似的デジタルゲーム化でステルスが破れるとは、さすがに美和達も、夢にも思っていなかった。
しばらくして、対局室に先鋒選手達が戻ってきた。
場決めがされ、起家が淡、南家が美誇人、西家が桃子、北家が憧に決まった。
東一局、淡の親。
当然、ここでも、
「(絶対安全圏!)」
淡は他家を強制六向聴に落とし込む。
しかも、淡が能力を使うのは配牌時のみ。ここから先は、擬似的にオンラインゲームを想像して麻雀を打つ。
たしかに、信じられないことだが桃子の捨て牌が見える。
そして、
「ポン!」
淡が桃子の捨てた{東}を鳴いた。
これで、淡が桃子のステルスに対抗できることが証明された。
「(円光さんに続いて満タンさんもステルス破りを教えてもらったみたいっスね。ミナモさんがいるから予想はしていたっスけど、二人もステルスが効かないとなると、結構しんどいかも知れないっスね。)」
ただ、桃子は、そう心の中で呟きながらも嬉しそうな表情を浮かべていた。
純粋に、自分の麻雀が、昨年の世界大会メンバーに選ばれた淡に、どこまで通用するかを試せるからだろう。
淡が鳴いたことで、一瞬、美誇人にも桃子の捨て牌が見えるようになった。ステルスが破られたからだ。
しかし、その数秒後には、再び桃子の捨て牌が見えなくなっていた。やはり、桃子のステルス………いやマイナスの気配は強化されているのだ。
この局では、その数巡後、絶対安全圏を丁度越えたところで、
「ツモ。ダブ東ドラ1。2000オール。」
淡が何とか親での和了りを決めた。
ただ、前半戦と違い、淡はステルスに怯える心配が無くなった。それが確認できただけでも大きい局だったと言える。
東一局一本場。
ここでは、桃子も憧も捨て牌を絞っていた。淡に鳴かせないため、つまり淡に和了らせないためだ。
とにかく、ここで淡の親を流す。桃子も憧も先鋒戦での勝ち星を狙っているのだ。
淡としては、絶対安全圏内に和了りを決めたいが、こう牌を絞られては鳴けないし手が進まない。
今回、淡は絶対安全圏内に聴牌まで進めることができずにいた。
そして、もう一人。ステルス対策こそできていないが、淡を首位から引き摺り下ろすべく準備を進める者もいる。綺亜羅三銃士の一人、美誇人だ。
この局では、美誇人はツモの流れを掴み、八巡目でタンヤオ七対子を聴牌した。
淡は、直感的に美誇人の聴牌を感じ取った。美誇人は聴牌した雰囲気を顔にも態度にも出さない。なので、見た目には聴牌したかどうかは分からない。
光や咲を相手に鍛えられた淡だからこそ、美誇人の聴牌を見抜けるのだろう。
ここで一旦、淡は順子を崩して安牌を切った。ヤバそうな牌を掴んできたためだ。別に聴牌していたわけでは無いし、ムリは避けるべきだろう。
それに、美誇人への振り込みは避けなければならない。下手をすればツキを一気に持って行かれる。流れに乗られたら、他家三人の中では一番面倒そうな存在だ。
その次巡、
「御無礼。ツモです。タンヤオ七対子ツモドラ2。3100、6100。」
美誇人がハネ満をツモ和了りした。
待ちは淡が止めた牌。
しかも御無礼発言。
淡に対して全てを見切ったことを強調しているつもりだろう。少なくとも、ステルス以外は全て掌握できているようだ。
さすが、春季大会で個人9位をとっただけのことはある。一歩間違えたら、淡でも逆転されるだろう。
ただ、これを放銃せずに済んでいるところを見ると、まだ淡には一応ツキがありそうだ。
本当にツキが無くなった時は、ここで聴牌して、大抵勝負するつもりで切った牌でハネ満レベルを振り込むだろう。
そうならなっただけでも良かったと、淡は心の中で自分に言い聞かせていた。
東二局、美誇人の親。
ここでは珍しく、
「ポン!」
「チー!」
桃子が憧に連続で鳴かせた。美誇人の親を流すためである。
絶対安全圏は効いていたが、ツモは普通に機能する。
それで桃子は、数巡待ってから憧に役牌を鳴かせると、その後は憧が欲しそうな端牌を敢えて捨てていった。憧の手を進ませるためだ。
この局では、桃子の目論見どおりに事が進み、
「ツモ! 1000、2000!」
憧が30符3翻の手をツモ和了りした。
美誇人としては、桃子と憧のコンビ打ちに、まんまとやられた感じを受けたが、これは仕方が無い。ヤバそうな親をさっさと流すのも戦略のうちだ。
東三局、桃子の親。
絶対安全圏は続く。淡以外は前後半戦の前局を通して六向聴からのスタートとなる。覚悟していても結構精神的に厳しいものがある。
ただ、普通に手が伸びるのが、ここでは救いである。
相変わらず、桃子も憧も美誇人も淡の早和了りを警戒して場風、淡の字風、三元牌をなかなか切り出してこない。
しかも憧は淡がチーしたい牌を捨ててこない。
それもあって、今回も絶対安全圏内に淡は聴牌できずにいた。
七巡目、
「リーチっス!」
桃子が先制リーチをかけた。
但し、声は聞こえない。
きちんとリーチを発声しており、モニター越しに見る者達には聞こえているのだが、そのマイナスの気配によって卓に付いている者達には全然聞こえないのだ。
それでも、淡と憧には出されたリーチ棒が見えていたし、捨て牌が横に曲げられているのも見えていた。なので、リーチがかかっていることは把握できていた。
この場で桃子のリーチに気付けなかったのは美誇人だけだった。
美誇人も、この巡目で聴牌。
そして、和了りを目指して切った牌で、
「ロン。40符3翻(親)は、7700っス!」
美誇人は桃子に振り込んだ。それも、子の満貫近い点数だ。結構痛い。
しかし、これで心が折れる美誇人ではなかった。
静かに深呼吸すると、前後半戦トータル暫定1位の淡に鋭い眼光を向けてきた。
東三局一本場、桃子の連荘。ドラは{1}。
「(絶対安全圏プラスダブリー!)」
ここで淡は、再び一巡目聴牌の能力を発動した。
配牌は一向聴。そして、第一ツモで聴牌。しかし、ダブルリーチはかけなかった。
この時の淡の手牌は、
{八八八①②③⑦⑨345白白}
ここから和了り形を変えて行く。
第二ツモは{[⑤]}。打{⑨}で、早速和了り牌を{⑧}から{⑥}に変更。
第三ツモは{2}。打{5}で{1}か{[5]}、つまりドラのツモに備える。
第四ツモは{北}。ツモ切り。
第五ツモは{④}。打{⑦}で{③⑥}待ちに変更。
第六ツモは{1}。ここで打{4}でドラを取り込んだ。
これで絶対安全圏は終了した。
次巡、早速、桃子が打{白}。
これを、
「ポン!」
淡は見逃さずに鳴いた。ここから打{①}で、{②⑤}待ちに変更。
そして、その二巡後、淡は{②}をツモり、
「ツモ。白ドラ2。1400、2700!(40符3翻一本場)」
和了りを宣言した。これで、再び淡は後半戦の首位に返り咲いた。
東四局、憧の親。
今回も淡は、
「(絶対安全圏プラスダブリー!)」
一巡目聴牌の能力を発動した。
当然、第一ツモで聴牌。ただ、ここでもダブルリーチはかけなかった。ここから役有りの手に変えて行くつもりだ。
ただ、今回の手は、
{二三四七七七⑦⑨135北北} ツモ{2}
ここから打{5}で聴牌したが、役有りに変えて行くには少々時間がかかりそうだ。
憧も桃子も美誇人も手が重い。
しかし、それでも美誇人は、何とか八巡目に聴牌した。
今回も美誇人には桃子の捨て牌が見えていない。ただ、見えない敵に恐れずに、
「リーチ!」
美誇人が先制リーチをかけた。
桃子は、
「(私の捨て牌は見えていないっス!)」
直撃を受ける心配はないとの判断で、堂々と危険牌を切って手を進めた。
この牌は美誇人の和了り牌だったが通し!
見えていないのだから美誇人が当たれるはずが無い。
憧と淡は一旦、安牌切りで打ち回し。
そして、次巡、
「ツモ!」
やはり人鬼である。この逆況の中、美誇人は一発で和了り牌を掴んできた。
「3000、6000!」
しかも、ハネ満ツモ。これで美誇人が再び後半戦のトップに躍り出た。
ただ、この和了りを見て淡は、
「(永水の一発振り込みを見逃してる…。そっか、ステルスで見えていないから!)」
次局では、美誇人を罠に嵌める作戦に出ることにした。
南入した。
南一局、淡の親。
今回、淡は、
「(絶対安全圏!)」
ダブルリーチの能力を敢えて使わなかった。しかも、和了りにも向かっていない。完全に様子見しながら打っていた。
九巡目、
「リーチ!」
ツモの流れを掴んだ美誇人が、先行してリーチをかけてきた。
桃子は、当然、ノーケアーで危険牌を通し。自分のステルスの能力に対して絶対的な自信があるのだ。
憧は一発回避で降り。
そして、淡は桃子と同じ牌を敢えて切った。
すると、
「ロン! 一発!」
この淡の捨て牌で美誇人が和了りを宣言した。
しかし、これはチョンボになる。桃子がリーチ直後に捨てている牌なのだ。これは見逃しフリテンになる。
「それ、同巡見逃しだよ!」
「えっ?」
淡は、これを狙っていた。準決勝戦で桃子と憧で真尋を潰したのと同じ戦法だ。
美誇人は、淡に指摘されて自分の下家の河があるであろう場所を見た。
一見、そこには何も見えなかった。マイナスの気配で桃子の捨て牌が見えなくなっていたためだ。
が、時間経過と共に少しずつ桃子の捨て牌が見えるようになってきた。
たしかに同巡見逃しだ。
これだと美誇人は、下手に憧からも淡からも和了れない。よりによって、桃子は美誇人の下家なのだ。
桃子の捨て牌を見逃せば、美誇人は、憧からも淡からも和了れなくなる。同巡フリテンになるからだ。
この場でステルスが効いているのは美誇人だけ。
淡と憧にはステルスが効いていない。
なので、敢えてこう言ったことを仕掛けてきた………つまり、嵌められたのだと、今になって美誇人は気が付いた。
南一局が仕切り直しされた。
ここで淡は、敢えて絶対安全圏を使わなかった。
すると、三巡目に、
「リーチ!」
桃子が先制リーチをかけてきた。
もの凄く仕上がりが早い。これまで絶対安全圏で強制六向聴にしていたが、それが無くなると、こうも早く聴牌できるのか?
淡は、この桃子の底力に驚きの色が隠せなかった。
しかも、ステルスがかかっている。
憧と淡は、ステルスを見破っているし、牌が横に曲げられたのが見えるのでリーチがかかっていることが認識できる。
しかし、美誇人には、これが見えていなかったし、ステルスで掻き消された聴牌気配を探知することも出来ていなかった。
美誇人も、その次のツモで聴牌したのだが、巡り合わせが悪いのだろう、まるで吸い込まれるように、
「ロン! 一発っス! 5200!」
一発で桃子に振り込んだ。
南二局、美誇人の親。
ここでも淡は絶対安全圏を封印した。
すると、
「リーチっス!」
今度は、桃子が二巡目でリーチをかけてきた。
前局以上に早いリーチ。完全に、運が桃子に渡っていないだろうか?
淡は、
「(ちょっとマズったかな?)」
次局は絶対安全圏を使って、自分が早和了りするように切り替えないと、さすがにヤバイと思っていた。
一方、美誇人はヤオチュウ牌が多かった。やはり運が低下していたのだ。
そう言った中でも、美誇人は着々と手を進めていったが、七巡目に切った牌で、
「ロン! 5200っス!」
「くっ!」
またもや桃子に振り込んだ。
思わず、悔しさの余り、美誇人の口から声が漏れた。
この段階で、先鋒後半戦の点数と順位は、
1位:桃子 108600
2位:淡 105400
3位:憧 93500
4位:美誇人 92800
そして、前後半戦トータルでは、
1位:淡 225900
2位:桃子 221100
3位:憧 186600
4位:美誇人 166400
淡と桃子の点差が4800点まで縮まってきた。
既に親番を失った美誇人にとってはダブル役満でも和了れない限り逆転できない絶望的な状況だが、それでも目の輝きは消えていない。綺亜羅三銃士と呼ばれるだけはある。しぶとい選手だ。
親を残した憧には逆転の可能性が一応ある。
淡と桃子は、勝ち星に近い位置にいる。当然、勝ち星を狙う。
残りの二局に向けて、四人の志気は、さらに上がっていた。